>>参考 <カチカチ山のあれこれ〜おまけ:色々なエピソード

 

ウサギのたくらみ  ベトナム

 昔々、ウサギと虎とめんどりが仲良く一緒に暮らしていた。

 ある日のこと、ウサギと虎は草を刈りに行くことにして、めんどりに留守番と食事の支度を頼んだ。めんどりは煮立った鍋の縁にとまってコッコッと鳴きながら鍋の中にコトンコトンと卵を産み落とし、ゆでたまごの夕飯を作った。ウサギはこの食事の作り方をめんどりから聞き出した。

 また別の日に、今度は虎とめんどりが畑仕事に出かけた。ウサギが留守番と食事の支度をすることになったが、何もかもめんどりが言ったとおりにした。つまり、煮立った鍋の縁にとまって、鍋の中にポロポロッとうんちを落としたのである。

 帰ってきた虎は、うんちの煮込みを夕飯に出されてカンカンになり、ウサギに虎パンチをお見舞いした。次の日には、「めんどりは家にいて食事を作っておくれ」と頼み、ウサギには「さっさと仕事に行け」と急き立てた。ウサギはムカついて、虎に一泡吹かせてやろうと考えた。

 一緒に出かけると、ウサギは虎に言った。

「仰向けに寝て、四本の脚を真っすぐ上に伸ばしてよ。きみは歩かなくていいんだ。きみを車代わりにして、うんと草を積んで、僕が曳いて帰るからね」

 虎の腹の上に沢山の刈り草を積み上げると、ウサギはそれに火を点けた。……どうなったかはお分かりだろう。今でも虎の毛皮に黒い筋が入っているのは、この時の火傷が元なのである。

 虎は目玉の飛び出そうな熱さに跳びあがって、逃げたウサギを追って行った。ウサギは竹藪に隠れていた。

「やあ〜虎さん。いいところに来てくれた。ここにいい音楽を奏でる楽器があるヨ。きみの強い尻尾を、この竹の間に差し入れてくれよ。そうしたら僕が弦みたいに引っ張って、いい音を出すからさ。さあさ、上手く演奏できるように、僕はちょっと向こうへ行くからね」

 虎はウサギの言うことを信じて、尻尾を竹林の中に差し入れた。すると突風が吹いて竹の幹が激しく打ち合い、虎の尻尾は挟まれて千切れてしまった。

 虎は腹を立ててウサギを追いかけた。ウサギはスズメバチの巣の側に隠れていた。ウサギを見ると虎は怒鳴った。

「よくも俺を騙して、ひどい目に遭わせてくれたな!」

「やあ〜虎さん。いいところに来てくれた。ここに素晴らしい太鼓があるヨ。ひとつ、きみの強い腕でこの太鼓を力いっぱい叩いてみてよ。世界の隅々まで響き渡るだろうからさ。さあさ、すごくジンジンするだろうから、僕はちょっと離れておくからね」

 虎はまたまたウサギを信じて、力いっぱいスズメバチの巣を叩いた。スズメバチは虎に襲い掛かった。虎の悲鳴が森の隅々まで響き渡った。

 は体中ジンジン腫らしてウサギを探し廻った。ウサギは虎が来るのに気付くと、枯れ井戸の中に飛び込んだ。

「見つけたぞ、こいつめ!」

 虎が近づくと、ウサギは井戸の中から驚いたようにこう言った。

「きみ、まだそんなところにいるのかい!? もうすぐ天が落ちてくるって話を知らないのか。そのままじゃ落ちてきた天でぺしゃんこになっちまうぜ」

「な、なんだってー!? そんなっ。俺はまだ死にたくないんだ。どうすれば助かるんだ!?」

「だったら、きみもこの井戸に入るといいよ」

 虎は井戸に飛び込んだ。けれども、びくびくしながら様子を窺っていても、ちっとも天が落ちてくる様子はなかった。虎は怒って井戸の外に跳び出ると、ウサギを高く投げ飛ばした。

 穴底から自由になったウサギはけたたましい悲鳴をあげた。

「ぎゃああああ、殺されるぅううう! 虎が僕を噛み殺すよぉおおお!!」

 声を聞きつけて、近くの村の人たちが総出で駆けつけてきた。そして虎を叩き殺してしまったのである。

 

 それからまた別の日のこと。ウサギが畑でサツマイモを盗み食いしていると、村の百姓に見咎められた。けれどすぐに死んだふりをしたので、この日は捕まらなかった。

 しかしまた別の日、ウサギはサツマイモ畑で百姓に捕まった。百姓はウサギを家に持ち帰ると、魚獲り用の籠を上に被せておいた。次の日が彼の両親の命日だったので、そのための料理にしてお供えしようと考えたのである。

 籠と並んでガラスの器が置いてあって、中に大きな魚が泳いでいた。ウサギはその魚に向かって言った。

「おいあんた、いつまでもそんなところにいちゃいけないよ。この家の奴は、明日あんたを料理しようと思ってるんだから。尻尾でガラスを壊して逃げちゃえよ」

 魚はそれを聞くと、尻尾でガラスを破った。魚が床に転がり出るとウサギは大声で叫んだ。

ギャー、魚が逃げたよ!!

 百姓が飛んできて、ウサギに被せてあった魚籠を取って、それに魚を入れようとした。それでウサギは自由になって、またまた逃げることが出来た。

 

 また別の日のこと。ウサギは川岸へ来たが、川には橋も舟もなかった。それで、その辺にいたワニに声をかけた。

「もし向こう岸まで運んでくれたら、僕の可愛い妹を嫁にやるんだけどなァ」

 ワニはその言葉を信じて、いそいそとウサギを向こう岸まで渡してやった。向こう岸に上がるやいなや、ウサギはワニに向かって言った。

「お前なんかに妹をやるもんか。このいやしんぼの怪物め」

 やーいやーいと囃し立てながらあっという間に逃げてしまった。

 そんなことがあってから暫く過ぎたある日。ウサギは新鮮な青草が食べたくなって川岸へ行き、緑の草がたっぷり茂った小さな浮島を見つけて跳び乗った。ところが、それは葉っぱを沢山乗せたワニの背中だったのだ。ワニはすぐさまウサギをぱっくりくわえて捕らえたが、あんまり怒っていたので、くわえたまま罵ろうとしてムームー言った。するとウサギは言った。

「そんなムームー言ったってちっとも怖かないね。もしあんたがハーハー言ったら、すっげえ怖いだろうけどね!」

 ワニはハーハー言おうと思って口を開けた。たちまちウサギは逃げてしまった。

 

 こうして、ウサギは人も動物もみ〜んな騙して、図太く長生きしたという話。



参考文献
『世界の民話 アジア[U]』 小沢俊夫編 株式会社ぎょうせい 1978.

※ウサギに代表される「小さいが知恵者の獣」が、虎や熊に代表される「強いが愚鈍な獣」を騙していたぶって自分は逃げ延びるという、この系統の民話は、日本、韓国、中国、東南アジア、アフリカ、南米などに広く分布している。インドや西欧にもあるようである。

 物語の筋は固定しておらず、小さなエピソード……草刈りに行って火を点けただとか、太鼓と偽って蜂の巣を叩かせただとか……を、キャンディの詰め合わせのように、各語り手がお好みでチョイスして、適当な袋(枠物語)に詰め込んでいる。

 アニメ『トムとジェリー』が、賢いネズミのジェリーが猫のトムをあの手この手でやりこめる様子そのものを主題とし、特別理由を語りはしないように、この系統の民話も、ウサギの立ち回りの面白さを語ることが重要なのであり、どうしてウサギがそんなことをしたのか、という動機付けの部分は強い統一性を持たない。

 上の例話では、ちょっとした逆恨みが原因になっている。日本の「カチカチ山」だと仇討ちだ。中国四川のツアン族の「兎と狼」では、仲間のウサギを狼に食い殺されたウサギが仇討ちを目論む。中国雲南のタイ族の「小さな白兎と虎」では、優しい顔で近付いてきた虎が、ウサギの友達の鹿とジャコウジカを「果物を取りに行こう」などと誘い出して食い殺してしまったので、ウサギが仇討ちをする、という導入になっている。ここには「食い殺そうと狙う敵から自分の身を守るため」という動機もある。

 ところで、イギリスの民話「三匹の子豚」では、実は子豚の二匹の兄たちを食い殺している狼が、何食わぬ顔をして友達のように子豚を野菜採りやリンゴ狩りに誘う。子豚は知恵を働かせて狼を出し抜いて、「カチカチ山」でウサギが狸や熊をそうしたように、最後には狼を鍋で煮て食べてしまう。これも同系統の話と言えるだろう。

 その他の動機付けは「美味しいものを独り占めして食べたかった」「他のみんなが苦労して得た酒や水を盗み飲んだ」という利己的なものであったり、単に「自分のプライドを守るため」であったりする。

 変わったところでは、メキシコ(アステカ)の伝承で、ウサギが「森で一番大きくしてほしい」と神に願い、神が「ジャガー、ワニ、猿を殺して毛皮を得ること」を条件としたため、というものがある。ウサギはまずはジャガーを言いくるめて木に縛りつけて殴殺、皮を剥いだ。次にワニを言いくるめて踊らせ、倒れたところで殴殺して皮を剥いだ。最後に猿を騙して友達になり、ジャガーとワニの皮を楽器だと偽って運ばせ、疲れた猿に休むように勧めて、猿が安心して眠ると殺して皮を剥いだ。こうして三種の獣の皮を持っていくと、神はウサギの狡猾さを恐れ、忌んだ。そこで「約束通り大きくしてやろう」とウサギの耳を引っ張って放り投げ、ウサギはワニの住んでいた池に落ちた。これ以来、ウサギの耳は長い。

 

 ウサギが鍋の中にうんちを入れて食べさせようとして憎まれるくだりは、日本の石川県や岐阜県の「カチカチ山」にも同一モチーフがある。ウサギは熊を殺し、子供が留守番している家に上がり込んで熊鍋を作るが、美味しいところは自分だけで食べてしまい、仕事から帰って来た大人が熊鍋があると教えられて鍋の蓋を取ると、中にはウサギの糞が入っていた。

 また、捕まったウサギが他の動物(水槽の魚)を騙して身代わりにし、更に大声で人を呼んでその隙に逃げるくだりは、ジョーエル・チャンドラー・ハリスの『リーマスじいや』シリーズにも類似モチーフがある。そちらでは通りすがりの熊を身代わりにする。

 最後に、騙されたワニがウサギを噛んで捕らえ、しかし上手く言いくるめられて、喋ろうと口を開けた隙に逃げられるくだりは、例えば日本の熊本県阿蘇の民話に同モチーフがある。うずらが「殿様の行列を見せてやるから」と言って狸を井杭に化けさせ、自分はその上に高慢ちきな格好をしてとまる。そこに背の高い雲助が通りかかって鶉の様子に腹を立てて棒で殴ったところ、鶉はサッと飛んで逃げたので殴られたのは井杭に化けた狸の方だった。狸は腹を立てて鶉を噛んで捕らえた。すると鶉が「母上に最期の挨拶がしたい、母上を呼んでくれ」と懇願する。狸が鶉の母を呼ぼうと口を開けた途端、鶉は逃げた。ただし、狸もなかなか諦めず食い下がったので、この時から鶉の尾羽は抜けてなくなってしまったという。(『こぶとり爺さん・かちかち山 日本の昔ばなし(T)』 関敬吾編 岩波文庫 1956.)

 

虎と意地悪ウサ  ミャンマー シャン族

 ウサギと虎が家を建てることになり、一緒に屋根葺き用の草を刈りに行った。刈り草を背負っての帰り道、ウサギは具合が悪くなったと嘘をついて、刈り草ごと虎に背負ってもらった。そして火打ち石を取り出してカチカチと火を切った。虎が尋ねた。

「カチカチいうのは何の音だい?」
「寒くて僕の歯が鳴ってるのさ」

 虎の背の刈り草が燃え上がるのを見届けると、ウサギは飛び降りて逃げて行った。虎は訳のわからないまま熱さで駆けずり回り、水牛に教えられて、湖に飛び込んで助かった。これ以来、虎の背中には焼け焦げたような縞模様が出来、恩人の水牛を決して襲わない。

 怒った虎はウサギを追い、大きな蜂の巣の下にいるのを発見した。なじるとウサギは言った。

「それは僕じゃないよ。僕はずっと前から、ここでお爺さんの銅鑼の番をしてたんだから」

 虎は蜂の巣を本当に銅鑼だと思って、叩かせてくれと頼んだ。

「いやだよ。お爺さんに叱られるもの」
「そんなこと言わずに、叩かせてくれよ」
「仕方ないな。どうしてもと言うなら叩いていいよ。だけどその前に、僕はお爺さんに捕まらないように逃げるからね」

 ウサギが走っていなくなると、虎はさっそく前足で銅鑼を叩いた。途端に蜂の大群に襲われて顔を散々に刺された。今、虎の顔に褐色のまだらがあるのは、蜂に刺された痕なのである。

 ますます腹を立てた虎はウサギの後を追ったが、その度に騙されて逃げられた。

 最後に、追われたウサギが水田の穴に落ちたのを見て、虎もその中に飛び込んだ。ところがウサギは虎の頭を伝わってさっさと外に跳び出た。虎は外に出られずに死んでしまった。


参考文献
『昔話伝説の系譜 東アジアの比較説話学』 伊藤清司著 第一書房 1991.

※虎が銅鑼を叩かせてくれとせがむとウサギが「お爺さんに叱られるから」と嫌がるくだりは、「カチカチ山」で狸が縄を解いてくれと頼むと婆さんが「爺さんに叱られる」と嫌がるくだりを思い起こさせる。

いたずらウサギ  ミャンマー パラウン族

 木の枝から蜂の巣がぶら下がっており、その傍に一匹のウサギがいた。そこに熊がやってきた。

「ウサギさん、何をやってるんだい」
「お爺さんの銅鑼の番をしているのさ」
「へえ、俺にも叩かせてくれよ」
「駄目だよ。勝手に叩くとお爺さんが怒るもの。でも、許可をもらったら叩いてもいいよ。お爺さんは山の上にいるから、許しをもらったら合図するよ。そうしたら叩けばいい」

 ウサギは山の上まで駆けていき、そこからオーオーと合図した。熊は蜂の巣を思い切り叩いて、蜂に散々刺されてしまった。

 逃げるウサギは、途中で火に掛けられた鍋を見つけた。近くの藪からトウガラシを摘んで来て中に入れると、熊がやって来てなじった。

「そんなの知らないね。僕はここでずっと、お爺さんの言いつけどおりに煎じ薬の番をしているんだ」
「その薬は何に効くんだい」
「蜂に刺された傷に効くんだよ」
「そうか、それなら俺にも分けてくれよ。蜂に刺されて難儀しているんだ」
「駄目だよ。勝手に薬をあげたらお爺さんに叱られるもの」
「そんなこと言わないで、分けてくれよ」
「だったらお爺さんに許しをもらってくるよ。いいって言ったら合図するから」

 ウサギは遠くへ駆け去り、オーオーと合図を送った。熊は鍋から薬湯を汲んで浴びたが、あまりの痛みに気を失いかけた。

 その間にウサギは逃げて、崖っぷちまで来ていた。そこには蔓の絡まった木が生えていた。ウサギは蔓でブランコを作って、熊が来るのを待っていた。やがて、烈火のごとく怒った熊が、食い殺してやると吼えながらやってきた。

「やあ熊さん。きみに教えようと思って待っていたんだ。病気や怪我のある者がこのブランコをこぐと、すっかり治るって、お爺さんに教えてもらったからね」
「本当かい? そりゃすごい。是非こがせてくれ!」

 熊はブランコに飛び乗ったが、とたんに蔓が切れて、真っ逆さまに崖の下に落ちて死んでしまった。

 その後、ウサギは田んぼの穴に落ちた。そこに虎が通りかかった。

「やあ虎さん。きみはもうすぐ天が落ちるって知らないの? 危ないからきみもここに隠れていろよ」

 虎が穴の中に入ると、ウサギは知略を用いて自分だけ脱出して、近くの村に駆けて行った。

「おーい、田んぼの穴に美味しいご馳走がいるよ!」

 虎は村人たちに打ち殺されてしまった。


参考文献
『昔話伝説の系譜 東アジアの比較説話学』 伊藤清司著 第一書房 1991.

※ウサギが穴からどう脱出したのか参照元の本では省略されていたが、世界各地の類話を参照するに、「虎の体を伝って外に出た」「虎に噛みつく、くすぐるなどして外に投げ出させた」というあたりだろうか?

小さな白兎と虎  中国 [イ泰タイ]族

 ある日、小川のほとりで白兎と鹿とジャコウジカが楽しくお喋りしながら草を食んでいた。そこにのっそりのっそり虎が近づいてきて、猫撫で声で言った。

「とても楽しそうだね。俺も仲間に入れておくれよ」

 白兎は怪しいと思ったが、鹿とジャコウジカは承知してしまった。虎は最初は確かに紳士的だった。けれどしばらくすると言った。

「やあ、どうも腹が減ったな。ジャコウジカちゃん、向こうに美味しい果物の生っている場所があるんだ。一緒に行こうよ」

 ジャコウジカは虎と一緒に出かけて行って、そのまま二度と帰らなかった。

 それから暫く過ぎて、虎は鹿と白兎に駆け比べをして遊ぼうと提案した。

「向こうの山のてっぺんまで走るんだ。そして一番になった者が王様になるのさ。さあ、まずは君たちが先に走れよ。僕はその後から走っていくから」

 白兎は怪しいと思っていたが、鹿と一緒に駆けだした。最後に駆けだした虎はたちまちウサギを追い越し、鹿に追いつくと食い殺した。ウサギが山頂に着くと鹿はおらず、待っていた虎の口は鮮血で染まっていた。

 今こそ、白兎は全てを確信した。けれどもそれを顔には出さないで、虎におべんちゃらを言った。

「いやあ素晴らしい、貴方が一等賞です。この足の速さには誰もかないませんね。あなたこそが王様ですとも!」

 そうして虎をおだててから、こうもちかけた。

「王様、我々には住む家がありません。しかし王たるもの、城の一つも持たなくては。家を建てましょう。あなたは毎日その中で暮らし、私は毎日外で食物を探します」

 そこで二人は萱を刈って小屋を建てた。そうして虎が悠々と中に入ると、白兎は外から鍵をかけて、火打ち石で火を点けた。小屋は燃え上がり、白兎は逃げた。虎は全身火だるまで小屋から飛び出し、水牛に教えてもらって池に飛び込んで助かった。だから今でも虎には焼け焦げ痕の縞模様があり、水牛を襲わない。

 虎は白兎を追い、「よくもひどい目に遭わせてくれたな」と目を剥いてなじった。すると白兎は言った。

「虎のお兄さんよ。そこら中にある青い草を食べるウサギが、まさか世の中で私だけだとは思いますまいね。あなたの探しているウサギの耳は離れてましたか? それともくっついてましたか?」
「もちろん離れてたさ」

 すると白兎は耳をくっつけて言った。
「ご覧なさい。私の耳は離れていませんよ。あなたを騙したウサギは私じゃない」

 虎はウサギ違いを納得した。それから尋ねた。

「お前はここで何をしているんだ?」
「銅鑼の番をしているんですよ」

 白兎は頭上の木の枝から下がったものを指した。虎は自分にも叩かせてくれと懇願し、叩いたところ、中から飛び出した熊蜂に顔中を刺された。それは蜂の巣だったから。

 顔を腫らした虎は逃げた白兎を追い、「よくもひどい目に遭わせてくれたな」となじった。すると白兎は言った。

「虎のお兄さんよ。どこにでもある緑の森で休むウサギが、まさか世の中で私だけだとは思いますまいね。あなたの探しているウサギの耳は離れてましたか? それとも片方は立って片方は垂れてますか?」
「くっついてたさ」

 すると白兎は耳の片方を垂らして言った。
「ご覧なさい。私の耳はくっついてませんよ。それに私はずーっとここにいたんです。あなたを騙したウサギは私じゃない」

 虎はウサギ違いを納得した。それから尋ねた。

「お前は何を持っているんだ?」
「これは大切な黄金の帯です」

 虎はその綺麗な帯を一度貸してくれとせがんだ。しかし帯を巻くと、それは虎のへそに噛みついた。毒蛇だったのだ。虎のへそは腫れあがってしまった。

 こんなことがあったので、今では虎と友達になる獣はいないのだ。


参考文献
『昔話伝説の系譜 東アジアの比較説話学』 伊藤清司著 第一書房 1991.

兎と狼  中国 ツアン族(チベット)

 狼が小兎を食い殺したので、仲間の兎は仇討ちすることにした。

 ある日、狼が氷の張った川に行くと、兎が氷の上に座り込んでいた。不思議に思って訳を尋ねると、こうすれば不老長生になるのだと言う。狼は真似をしたが、そのうち尻尾が凍って氷に貼り付いて動けなくなり、無理に剥がしたために引きちぎれてしまった。兎がそうならなかったのは、予め河原で焚いた火でお尻を温めておいたからだったのだ。

 狼は怒って、兎を探し回った。やっと見つけて近付くと、「あれあれ、あのずっと向こうの山の上に、兎が数えきれないくらい沢山いるよ」などと言っている。そちらを見たが狼の目には何も見えない。不思議に思って尋ねると、兎は目の周りにゴム糊を塗る千里眼術を施したからだと言った。

 狼は自分にもその術を施してくれと丁重に頼んだ。千里眼が使えれば、もう獲物を求めて山野を駆け巡る苦労をしなくてもよくなると考えたのだ。兎は最初渋る素振りをしたが、「そんなに言うのなら、してあげましょう。でも上手くいかなかったら、痛い目に遭うことになりますよ」と、狼に両眼を閉じさせてその上にゴム糊を塗りつけ、明朝までそのままにしておくようにと言って去った。

 狼は舌なめずりしながら朝を待ち、小鳥のさえずりを聞いて目を開けようとしたが、くっついてどうしても開かない。爪で顔中ひっ掻いて血だるまになって、ようやく開くことが出来た。

 見れば、山の上で兎が竹かごを編みながら日向ぼっこしている。狼はそこまで一気に駆け上った。すると兎は編みかけの籠の中に潜り込んだ。狼は「よくもひどい目に遭わせたな」と怒鳴ったが、兎は「だから言ったでしょ、痛い目に遭うって」と涼しい顔をしながら竹籠でゴロゴロしている。狼は気になって、どうして竹籠に入って転がるのかと尋ねた。兎は「こうすると体が鋼のように硬くなり、槍先も通らなくなる。獅子も狼もひとひねりだよ」と胸をそらして答えた。

 狼は自分にもその術を試させてくれと懇願した。兎は狼のために大きな籠を編んでやった。狼が中に入ると、兎は籠の口を塞いでしまい、崖から転げ落として殺してしまった。


参考文献
『昔話伝説の系譜 東アジアの比較説話学』 伊藤清司著 第一書房 1991.

※騙されて氷の上に座らせられた獣の尻尾が凍りつき、千切れて短くなってしまうというモチーフは、日本では【尻尾の釣り】として知られている。(カワウソ/狸/狐)が、(狐/猿/兎/熊)に、凍った池や川の上に座って穴から尻尾を垂らしておくと魚が釣れると欺く。結末はおよそ2パターンに分かれており、「尻尾が凍り、折れて短くなった(猿の場合、加えて顔と尻が赤くなった)」とするものと「尻尾が凍り付いて動けなくなり、人間に殴り殺された」とするものがある。西欧にも広く伝わっている。

 このモチーフが幾つかの「ずるがしこい計略」とまとめられている、「兎と狼」とよく似た形にまとまっている話も日本に伝わっている。

(日本 岩手県二戸郡小鳥谷村)狸と兎が萱を集めて小屋を作る。ところが兎が藤蔓を取りに行った間に狸は萱小屋を焼いて逃げてしまう。兎が怒って追うと狸は川に張った氷を割っており、尻尾を漬けると魚が釣れると言う。試した兎の尻尾は凍りつき、無理に取ろうとして千切れた。これ以来、ウサギの尻尾は短い。

 

 また、目にゴム糊を塗って開かなくさせるくだりは、中国の「猿にさらわれた娘」に同一モチーフがある。これは実際に行われていた通過儀礼に関連するモチーフらしく、糊で目や口を塞ぐのは「死」の模倣である。

 兎が狼を竹籠に入れて崖から転がり落とすのは、岩手県の「カチカチ山(D型)」で熊の手足を藤蔓で縛って山から転がり落とすエピソードと対応しているが、イギリス民話「三匹の子豚」との関連も思わせる。子豚を食い殺そうと狙っている狼は、堅牢な家から誘い出すためにリンゴ狩りに誘う。子豚は早目に出かけてリンゴを取り、狼がやって来ると、予め買っておいたバター攪拌樽の中に隠れてゴロゴロ転がって家に逃げ込む。狼は煙突から中に入ろうとして煮立った鍋に墜落して死ぬ。

虎とウサギとカワウソと鶏と象の話  インドネシア チャム族

 虎とウサギとカワウソと鶏と象がいた。みんなで家を建てることになった。屋根葺き用の萱を林に刈りに行き、荷車役の象の背に積んで、みんなで曳いて帰ろうとした。途中でウサギは「お腹が痛い」と仮病を使い、象の背に乗せてもらった。そして「お腹を温めたいから、火のついた薪をくれよ」と言って、それで象の背の萱に火を点けて逃げてしまった。象は可哀想だった。

 虎が怒ってウサギを追った。森の中で見つけると、ウサギは「これから家宝の錦の帯を巻いて、お祭りに行くところなんだ」と言う。その帯がとても綺麗だったので、虎は自分にも一度貸してくれと頼んだ。ところが巻こうとすると帯は虎に噛みついた。それは錦蛇だったのだ。

 虎は逃げたウサギを更に追った。ウサギは木の下にいて、「これは家の家宝の太鼓なんだ」と言った。とても素晴らしい音が出ると言うので、虎は自分にも一度叩かせてくれと頼んだ。ところが力いっぱい叩くと中から蜂の群れが飛び出して虎を刺した。それは蜂の巣だったのだ。

 次には、ウサギは家宝の笛だと偽って虎の舌に怪我をさせた。

 逃げ続けるウサギは途中でうっかり古井戸の中に落ちた。脱出不可能だった。そこに虎が追い付いてくる。しかしウサギは平然と言った。

「もうすぐ天が落ちてくるから隠れているのさ」

 虎は怯えて、一緒に隠れさせてくれと懇願した。ウサギは丸太棒を持ってくるなら入ってもいいと言い、虎が棒を持って入って来ると、その棒を虎の肛門に突っ込んだ。

「ギャー!」

 虎は怒ってウサギを外に放り出し、ウサギはまんまと井戸から脱出することが出来たとさ。


参考文献
『昔話伝説の系譜 東アジアの比較説話学』 伊藤清司著 第一書房 1991.

※虎の肛門に棒を突っ込んで「カンチョー!」するくだりは、日本の「カチカチ山」で狸や熊の肛門を塞いで苦しめるモチーフを思い起こさせるが、恐らく、本来は異なる形だったのだろうと思われる。シベリアのチュクチ族の民話「小さなウサギと悪魔」では、悪魔の棲処である穴の底に落ちた兎は、棒を伝って煙突から外に逃げる。『イソップ寓話』では、井戸の底に落ちた狐は山羊を騙して井戸の中に入らせ、その肩と角を伝って自分だけ井戸から脱出する。「棒を伝って脱出する」という至って正統的な方法だったものが忘れられ、こんな愉快なエピソードに変形したのではないだろうか。

 ちなみに、カンボジアの民話ではウサギは虎をくすぐって外に放り出させるし、ブルガリアの民話ではハリネズミは狐の鼻先に噛みついて外に投げ出させる。

蛙と虎  中国 哈尼ハニ

 ある日、日が暮れるのにも気づかずに夢中で蟻を食べていた蛙は帰りが遅くなり、暗闇の中で深く大きな穴の底に落ちてしまった。蛙の力では外に出られなかった。

 あくる日、通りかかった虎に蛙は急いで言った。

「虎さん、あんたはどうしてまだ地上にいるの」
「蛙さん、お前こそどうしてそんな穴の底にいるんだ」
「だって、みんなが天が落ちるって言って穴の中に隠れてますよ。虎さんも入りなさいよ」

 虎は驚いて穴の中に飛び降りた。そうして蛙と虎は穴の中で二日過ごしたが、天が落ちてくる様子はない。虎は外に出ようとしたが蛙が引き留めるのでもう一日待った。三日目、とうとう空腹で耐えられなくなった虎は出ると言い張った。蛙は頷いて言った。

「そうだね、僕もお腹が減った。虎さん、先に出なよ」
「蛙さん、外に出してやろうか?」
「いいよ。あんたが出たら僕も自分で出るから」
「じゃあ、先に出るよ」

 虎は外に跳び出した。すると同時に蛙が草の上に落ちた。蛙は虎の尻尾に掴まっていたのだ。

「蛙さん、お前、どうやって外に出たんだ」
「あんたが跳んだのと同時に、僕も跳んだんだよ」

 虎は何かが怪しいと思った。そこで蛙の力を試してやろうと思い、こう尋ねた。

「蛙さん、火が怖いかい」
「怖くないよ。なんなら、あんたと僕でどちらが火に強いか競争したっていいよ」
「じゃあこうしよう。お前がそこの萱原に入ったら俺は火をつける。それでお前がどうなるか、試させてもらうよ」

 蛙は笑って萱の中に入った。虎は火を放ち、萱は全て焼けてしまったが、蛙はその中から平気で出てきた。実は地面の穴に隠れていたのだが、虎は知る由もなかった。

「虎さん、今度は僕の番だ。あの萱原に入ってくれ。僕は火を点けて、あんたがどうなるか試させてもらうから」

 虎は草むらに潜り込めれば火から逃れられると高を括っていたのだが、そうはならなかった。萱原を走る火に追われて逃げ惑ううちに、牛に出会った。

「牛さん、助けてくれ! 火が俺を焼いてしまう」
「早く、積んだ干し草の中に潜れ!」

 虎は干し草の中に潜り込んだ。火は追い付いて、干し草ごと虎を焼いた。牛はかつて虎に子牛を食べられたことがあり、虎を憎んでいたのだった。

 全身火だるまになって虎は闇雲に走った。すると泥沼の中に水牛がいた。

「水牛のお爺さん、助けてくれ! 俺は火で焼かれてしまう」
「早く、わしの泥沼の中に転がれ!」

 虎は無我夢中で泥沼の中を転がりまわり、やっと火を消して助かった。

 こうして、虎の体には黒い縞のような焼け焦げと嫌な臭いが残ったのだという。


参考文献
蛙と虎」/『ことばとかたちの部屋』(Web) 寺内重夫編訳

※騙された対抗者が納得できず、順番に火に入ることになって、結果的に自身の身を滅ぼす展開は、インドネシアのティモールの民話「ムササビとネズミ」(『インドネシア文学 第五号』 小島恵子訳 インドネシア文学社 1977.)にもある。

 ムササビとネズミが散歩していてジャガイモを拾い、川辺で休む。ムササビはジャガイモを食べてから沐浴マンディしようと言うが、ネズミは沐浴してから食べるべきだと主張した。そこで二匹は川に入って水遊びを始めたが、ネズミは「どちらが長く水に潜っていられるか競争しよう」と言って川底に穴を掘り、川辺のジャガイモのところまで行って全部食べてしまった。

 ムササビはネズミがいつまでも浮かび上がってこないので溺れたのではないかと心配し、かつ怒っていると、ネズミは素知らぬ顔で戻って来て「お腹がペコペコだからジャガイモを食べよう」と言った。ところが川岸に行くと食いカスしかない。

 ムササビはネズミが食べたのだろうと指摘した。ネズミは白を切って、
「僕のせいにするのか! よし、証拠を見せてやる。僕を焼いてごらん。僕がジャガイモを食べたんなら死ぬだろう。そうでないなら無事に出てこられる」と言った。

 ムササビが薪を集めてネズミが積み上げた。ネズミは、ムササビが薪を集めに行っている間に薪の下に穴を掘っておいた。そうとは知らないムササビが火をつけると、火が消えた頃にネズミが無事な姿で出てきた。

「今度はお前の番だよ。僕はどっちが正しいのか知りたいんだ」

 ネズミは薪を集めて火を点けた。ムササビは焼け死んだ。ムササビは穴が掘れなかったからである。

 

 燃え盛る火の中に入り、無実なら火に焼かれないとする盟神探湯くがたち的な思想は、インドの『ラーマーヤナ』や日本神話のコノハナサクヤ姫の出産の際にも見えるが、ここではただの詭弁になっている。



参考--> 「因幡の白うさぎ」「イソップ寓話 40話




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