>>参考 「猿にさらわれた娘」「ライオンの王
     [力太郎][力太郎・寝太郎型

 

熊の子ジャン  フランス

 老いた牡熊が森に棲んでいた。ある時、一人の若い娘が枯れ枝を拾いに行って森の奥に入り込み、この熊に洞窟の巣穴に連れ去られた。泣き叫んでも無駄で、娘は陰気な熊の妻になり、一年後に半分熊の息子を産んだ。

 熊は強く賢かったので、食べ物に不自由はさせなかったし、人間の家の軒先からおしめや下着を掠め取ってきたりもした。そのうえ非常に用心深く、外出するたびに洞窟の入り口に大きな岩を転がしてきて塞ぐのだった。

 母親は子供が赤ん坊の頃から言葉を教え、自分の身に起こった恐ろしい出来事を繰り返し話して聞かせた。子供が少し育つと、母子は逃げ出そうと岩を押したが、とても動かせない。熊の子は「僕がもっと大きくなれば……あと四、五日か一週間もすれば押し出せるよ」と断言した。そして実際にそうなった。熊は帰ってきて洞窟が空っぽなのに気付き、追ってきたが、ほんの少しの差で母子は実家に飛び込んで戸を閉めた。警報が鳴り響き、熊は森に退散した。そして気落ちのあまり死んだ。

 熊の子は祖父の家で畑仕事を始めた。それを見た人々は口々に祖父に言った。

「こんなに幼いのに、畑仕事をさせるなんて」「幼いが、この子の力は並みではないからね」

「まあ おぞましい。あんなに毛深くて、まるで半分熊みたい」「あの子には毛深いのが似合いますよ」

 毛深いので、熊の子は「熊のジャン」と呼ばれるようになった。

 ジャンは大変な怪力の持ち主で、活力に溢れていた。積荷を取りに行かせれば、畑の収穫全部でも、枯れ木二そり分でも、家畜用の小枝百束でも、どんな大荷物であろうと一度で持ち帰ってしまう。数時間で畑の草取りを全て済ませてしまう。一人で数家族分の仕事をこなし、疲れを知らなかった。こんな狭い世界で生きるように生まれついておらず、食欲はというと限りが無かったので、いつまでも家に置いておけるものではなかった。

 ある日、ついに決心して、ジャンは母に言った。

「鍛冶屋に行って二百キロの鉄の杖を注文して、家を出ます」

 ジャンは鍛冶屋の仕事場の前に大量の炭を運ぶことと引き換えに杖を作ってもらうことにした。杖を期日に取りに行ったとき、ジャンはこれでは頼りないと思った。しかし、鍛冶屋はこれ以上のものはないと言う。試しに近くの岩をぶっ叩くと、なるほど、火花は飛び散ったが杖はびくともしなかった。ジャンは満足して、あくる日に食料を持って出発した。

 谷あいの狭い道を行くと、十メートルほど谷底に石切工がいた。

「なにをしてるんだい」

「私の仕事は、初めて見る者には分かるまい。この山に埋まっているひき臼を取り出そうとしているのさ」

 ジャンは下に降りると、鉄の棒であっという間にひき臼を掘り出してやった。

「そんな鉄の塊を持って歩くなんて、あんたはよほど強いんだね」

「君だって、こんなところにいる必要は無いさ。私たち豪傑は先へ進まなきゃ」

 ジャンが熱心に勧めたので、石切は仕事をやめてジャンに付いていった。

 しばらく行くと大きな川に達した。橋は崩れており、赤毛と呼ばれる渡し守が、旅人を背負って向こう岸まで渡していた。二人が渡してくれるよう頼むと、赤毛はまず石切を渡し、次にジャンをジロジロ見て言った。

「人間は運ぶがね、鉄の塊は余計だ。保証は出来ないぜ」

「私を溺れさせないよう気をつけるんだ。さもないと杖で打ちのめすぞ。なに、杖で身を支えるから心配するな」

 用心のおかげで、何事もなく向こう岸に着けた。ジャンが言った。

「これでよし。あんたは、私たち二人と同じくらい強いな。私たちみたいな豪傑は、こんなところにいちゃいけないぜ」

 そこで赤毛も冒険の旅に付いていくことになった。三人は夜になるまで歩き続けた。幸い、行く手に明かりが見えたのでそれを目指し、やがて人気のない城に着いた。中には食料がたっぷりあり、ベッドが整えられていた。三人の仲間はたらふく食べて眠り、翌朝になると城の中を見て回った。

「しばらくの間ここで過ごそうじゃないか。二人が狩りに出ることにして、その間にもう一人が食事の支度をすることにしよう」と、ジャンが提案した。

 次の日は、石切がスープを作り、正午になったら鐘を鳴らして仲間を呼ぶことになった。他の二人は森を駆け回った。時間が来て、にわか料理人が物置に行って鐘をつき終えた途端、巨大な薪の山から醜い怪物が現れて襲い掛かってきた。怪物は長い歯をむき出して「臆病なチビめ、骨を粉々にしてやるぞ」と嘲ると、石切にむごたらしくかじりついて腹の上に石を落とした。

 その間に、狩りに出ていたジャンと赤毛が戻ってきた。ところが、昼食の支度は整っているのに料理人がいない。さんざん探し回って、やっと物置で石に潰されているのを発見した。

「一体、何をしていたんだ」

「何でもないんだ。石が落ちてきて、うっかり潰されてしまったんで」

 石切は怪物のことは何も言わなかった。ジャンは石切を厳しく叱った。あくる日になると、ジャンはその日の食事当番の赤毛に細々と注意を与えた。料理を作ること、正午に鐘を鳴らして知らせること、仲間が戻ったときにはちゃんと台所で待っていること……。

 赤毛は熱心に料理を作った。ところが、鐘を鳴らすと怪物が現れて、「臆病なチビめ、骨を粉々にしてやるぞ」と嘲った。赤毛は怪物と戦おうとしたのだが、結局はトイレの穴の中に押し込められてしまった。

 鐘を聞いてジャンたちが戻ってきたが、また料理人がいない。お腹はペコペコなのにまたも探し回らねばならず、ジャンはイライラして「お前らにはウンザリしてきたよ。あんなやつ、消え失せればいいんだ」と罵り、「小便してくるからな、そしたら食事にしよう」とトイレに行った。

「私の上からしたら、溺れちまうよ」

 下からうめき声がした。

「そんなところにいるのか、お前」

「何でもないんだ、ただ足を滑らせて、穴に落ちたんで」

 ジャンは赤毛を引っ張り上げて、糞を落としてやり、それから食事にした。

「明日は私が残る。お前らは役立たずだ。私なら間違いなく昼にはここに座っているよ」と、ジャンは言った。

 あくる日、二人の狩人は森を歩きながら、互いの不運をぼやいていた。

「ジャンの奴は利口ぶっているが、何が待ち構えているのか知らないんだからな」

 一方、城に残ったジャンが正午の鐘を鳴らすと、怪物が現れて「臆病なチビめ、骨を粉々にしてやるぞ」と嘲った。一言も言わずに、ジャンは持って来ていた鉄の杖の環を掴むとブンブンと振り回した。そうして怪物をひどく打ち据えたので、怪物は薪の山の中に隠れた。ジャンは手を休めずに薪の山を打った。その度ごとに五十センチ四方の薪が細かく砕けて飛び散った。この時、石切と赤毛が戻ってきた。

「お前達はあまり正直な仲間じゃないな、私に危険を予告しなかったじゃないか。まず食事だ、それから仕事に取り掛かる。この薪を全部運び出して、怪物を探すんだ」

 薪を運び出すとき、熊の子がどんなに二人の仲間を怒鳴りつけたことか。

 とうとう、直径一メートルほどの、かなり深い井戸のようなものが見つかった。ジャンは素早く決断して指示した。

「ブドウ運びの桶を滑車にぶら下げるんだ。一人ずつ降りてみよう」

 他の二人が綱を持ち、まずは石切が降りた。ほんの少し降りるともう恐怖に耐えられず、持っていた鈴を鳴らして引き揚げさせた。次に赤毛が降りた。石切よりは数メートル深く降りたが、やはり耐え切れずに底に行かないうちに鈴を鳴らした。

「私の番だ、綱をくれ」

 ジャンは言い、真っ暗な得体の知れない穴の底まで降りていった。鉄の杖を持って地下道を歩くと、すぐに怪物を発見した。けれども、怪物はいたる所を逃げ回り、身を隠す。それを追ううち、ジャンは二人の美しい娘を発見した。彼女達は泣いていた。

「どうしてこんなところにいるんですか」

「私達は、王の娘です。怪物にさらわれて囚われているのです。ここから抜け出す望みはありません」

「私が連れ出してあげましょう」

 ジャンは桶に二人の王女と共に乗り、仲間に合図を送った。穴が非常に深かったので、鈴の音はなかなか届かなかったが、やっと桶が引き揚げられた。めでたい結末にみんなが喜んだが、王女の一人は何か気がかりな様子だった。

「慌てたので、金の冠を地下牢に置き忘れてしまったわ」

 王女が言うと、ジャンは二度まで言わせず「綱をくれ」と言った。

 ところが、二人の仲間はジャンを厄介払いしようと決めていて、桶が下に着かないうちに手を放したのだ。桶の中にいたジャンは、咄嗟に杖でブレーキをかけていた。なんとか底に着いたものの、打ち傷だらけで上に戻れそうになかった。その間に、二人の仲間は王女達を連れて逃げていった。

 それでもジャンは諦めなかった。また逃げようとしていた怪物を捕らえて言った。

「痛めつけはしないよ。教えてくれ、上に上がるにはどうすればいい?」

「あそこにもう一匹動物がいる。ヤツに頼めば上げてくれるよ。ただ、牛の肉を一塊やらなくてはならないがね」

 ジャンは杖を一振りして牛の腿肉を切り取り、動物にやった。すると動物はジャンを光の世界へ連れ戻してくれた。赤毛も石切も王女達もいなかったが、熊の子は正しい道筋を見つけて、ただちに四人の逃亡者に追いついた。赤毛がそれに気付いて皆に警告した。

「ヤツが来るぞ。俺たちはおしまいだ」

 二人の仲間はどこかに逃げ去った。ジャンは残された王女達に説明を求めた。裏切りにはなんら関わっていなかった王女達は、自分達の無実を主張した。ジャンは、二人の王女を父親の元へ送り、金の王冠の王女と結婚した。

 確かにジャンは、今でも相変わらず毛だらけだが、美しい王女と一緒に幸せに暮らしている。

 私は私の牧場を通った。私の話はこれでおしまい。



参考文献
『フランス民話集』 新倉朗子編訳  岩波文庫 1993.

※[力太郎]型の前半と、【救い出された三人の姫】(日本で言えば「甲賀三郎」)型の後半が結合している。

 ただ、上の例話では、地下世界に落とされてからのストーリーが崩れてしまっている。補足しておくと、多くの場合、地下に落とされた主人公は大鷲の背に乗って、大量の肉を与えながら地上めがけて飛んでもらう。ところが最後のギリギリの地点で肉が尽き、主人公は自分の腿の肉を一塊切り取って与える。地上に着くと裏切った仲間が王女と結婚しようとしていたので、王女に与えられた品物(上の例話では金の王冠)を本物の英雄の証拠に示し、仲間を罰して王女と結婚する、となる。

 前半、異能ゆえに周囲に疎まれたジャンが、金棒を作ってそれを杖にして旅立つ点は、日本の「こんび太郎」と全く同じであって、興味深い。朝鮮半島(韓半島)やベトナムの類話でも同様に、怪力の主人公は鉄の棒を持って仲間達と旅をする。

 なお、[ニーベルンゲン伝説]系のシグルズ(ジークフリート)は、鍛冶屋の弟子になって怪力で道具を壊したり、作ってもらった剣をその場で鉄床に打ち付けて「こんな武器じゃ役に立たない」と壊したりするが、ジャンが鉄の杖を叩いて試すシーンと同じモチーフだと思われる。

 以下、類話を一つ挙げる。

熊の子ジャンと仲間たち  フランス プロヴァンス

 貧しい母親がジャンという一人息子を持っていて大変愛していた。飢饉が起こったとき、子供が飢えて死ぬのを見たくないあまりに、母はジャンを森に捨てた。子供を亡くしたばかりの牝熊がジャンを拾って育て、ジャンは熊の子と相撲を取ってはいつも勝つほどに強く育っていた。

 ある日、ジャンは二人の狩人に見つかって村に連れ戻され、産みの母の元に戻った。次の日から学校に通ったが、ジャンがあまりに無知なのを同級生達が嘲るので、腹を立てて何発か殴ると、同級生も先生もみんな殴り殺してしまった。ジャンは逮捕されて牢屋に入れられた。翌日になるとジャンは牢屋を破って家に戻ってきた。母はジャンに食事させ、幾らかのお金を持たせて旅立たせた。

 五、六日歩いた後、ジャンは鍛冶屋に弟子入りした。しかしあまりの怪力のために次々と道具を破壊してしまう。親方が出て行ってくれと頼むと、ジャンは条件として今まで自分が破壊した全ての鉄くずを要求し、それで一万リーブルもの重さの鉄の杖を造り上げた。

 そこから二日歩いた森で、木を鎌で刈って束にして、それを引き抜いた木で縛っている「柏のトール」という男と出会い、旅の仲間に誘った。次の日、大きな谷で風車の石臼で輪投げ遊びをしている「風車のムール」という男と出会い、彼も旅の仲間にした。
 そこから少し行くと、一台の荷馬車が車輪の半分まで泥に埋まって難儀していた。ジャンは片手でそれを押し出してしまった。
 そのすぐ近くに王都があった。三人が着いたとき、ちょうど大火事が城に迫っていた。三人は火の中に入っていって、手で燃えている建物を押して移動させ、近くの谷で壊してしまった。そして名も告げず立ち去った。

 それから、三人は森の奥の古城に着いた。この城には幽霊がいて、五百人以上の騎士がここに入ったきり戻らなかったと老婆が忠告した。三人はしばらくここに住むことに決め、交代で一人が食事当番をし、残りの二人が狩をすることに決めた。
 最初の日、柏のトールが料理をしていると、一人の小人が入ってきてスープを要求する。断ると棒を持って殴りかかってきて、トールは気絶してしまい、正午の鐘を鳴らせなかった。やっと二時に正気づいて鐘を鳴らすと、戻ってきたジャンたちが「どうしてこんなに遅くなったんだい」と訊く。「恐ろしくでかい奴に襲われて気を失っていたんだよ」。それを聞いた風車のムールは「明日は俺がやっつけてやる」と張り切るが、同じことになる。ムールはやはり「巨人に襲われた」と言い、「その巨人をやっつけてやる」と張り切るジャンを見ながら、トールと二人で薄笑いを浮かべている。
 三日目、ジャンは「スープをくれ」と現れた小人を「やるからこっちにおいで」と誘い、鉄の杖で殴りつけた。小人は「いいことを教えるから殺さないで」と許しを乞うた。「この城は魔法に掛かっています。あの扉の向こうに深い洞穴があり、そこで三人のお姫様が助けを待っています。もし、あなたが救ったら、好きなお姫様を妻に出来ますよ」。

 ジャンは小人を放してやり、鐘で仲間を呼んだ。穴に入ることにして、最初に柏のトールが腰に縄を結んで降ろしてもらった。しかしすぐに恐ろしくなって引き揚げさせた。次に風車のムールが降りたが、トールよりは深いものの、底まで降りられなかった。最後にジャンが降りて底に着いた。
 そこには見たこともない広大な国があって、老婆が糸を紡いでいた。老婆はこれまで失敗した騎士達の骨の山を見せて諌めたが、ジャンの決心が変わらないのを見て道を教えた。
 その道を進むと、たった一枚の渡し板のかかった大きな川に突き当たり、向こう岸では竜が口から硫黄と火を吐き出していた。ジャンは杖の一打ちで竜の背骨を砕いた。しばらく進むと、七つの頭の竜がいた。これは目をえぐって殺した。この竜の父親が後ろから走って追いかけてきてジャンを宙に投げ上げたが、ジャンは剣を抜いて竜の尾を切り落とした。竜の尾は岩にぶつかって粉々になった。

 ジャンが城に入ると、黄金の林檎を手にした姫が眠っていた。ジャンが触れると彼女は目覚め、悪い魔法使いに囚われていました、隣の二つの宮殿の妹達も救ってくださいと頼んだ。ジャンは同じようにして白銀の林檎を手にした姫と赤銅の林檎を手にした姫を目覚めさせた。
 ジャンは二人の仲間を呼んで綱を降ろさせ、赤銅姫、白銀姫、黄金姫の順に引き揚げさせた。二人の仲間は三人の姫全員を手に入れたいと考え、最後にジャンを引き揚げたとき綱を切った。

 ジャンは転落して大怪我を負ったが、先ほどの老婆が駆けつけて不思議な香油を塗ってくれたので一命を取り留めた。
 すると、その脇を例の小人が通りかかって「お前の脳みそを、今日、食ってやるからな」と言って逃げていった。ジャンがそれを追って大宮殿に行くと、大巨人が待ち構えていてジャンを腕に抱え込んで食べようとしたので、杖を巨人の目に突き立てて逃げ延びた。

 ジャンは空腹で死にそうになった。宮殿の中で若い娘が二人、水浴びしていて、ジャンに食べさせ、ポケット一杯に食べ物を詰めてくれた。次に、大きな石に座っている老婆に会った。老婆が何か恵んでくださいと言うので、何でも好きなものを取りなさいと言うと、老婆はあなたは立派な人だ、と言って何でも開く黄金の鍵をくれた。ジャンがその鍵で壁に触れると、地上への道が開いた。

 地上の町では、黄金姫と白銀姫と、柏のトールと風車のムールの結婚式のお祝いで盛り上がっていた。二人の仲間は自分達こそが三人の姫を救い出した英雄だと吹聴していたのだ。婚礼の部屋にジャンが入っていくと、黄金姫はすぐに気付いて、父王に「私はこの婚約者では嫌です、この人は妹の赤銅姫と結婚させてください。私はあの人と結婚したいのです」と訴えた。そして三組の結婚式が挙げられた。
 柏のトールと風車のムールはその場では何も言わなかったが、夜になると魔女に会いに行って、熊のジャンと黄金姫を片付ける方法を仰いだ。魔女は吸引すると死ぬという粉薬を渡し、二人はジャンたちの寝室にそれを撒いた。

 ただちに二人の男が現れてジャンと黄金姫を城に連れ去った。彼らは黒ひげの魔法使いの弟子だった。黒ひげの魔法使いはアリが沢山入った大袋に二人を詰めた。アリに噛まれて目を覚ましたジャンは黄金の鍵で袋を破り、二人で森に二日隠れた。そのうち恐ろしい叫び声を聞いたので行ってみると、二人の仲間が大きな樫の木の板に髪の毛でつるされていた。黄金姫の守護神に罰を当てられたのだという。ジャンは杖で木を打ち倒して助けてやった。そして黒ひげの魔法使いから逃れるために四人で遠くへ行った。

 三日後に黒ひげの魔法使いが追いついてきて、隠れ損ねた黄金姫を連れ去り、彼女の首を切ると宣言した。姫は斬首台にかけられたが、そこでいつも手にしていた黄金の林檎をかじった。たちまち林檎の精が現れて死刑執行人の剣を取り上げ、黒ひげの魔法使いの首を切り落とした。
 黄金林檎の精は黄金姫の名付け親でもあった。精は事の顛末を聞くと、仲間に手伝わせてジャンと二人の仲間を探したが、見つからない。世界中の鳥を呼び寄せて訊いても知らないという。しかし、最後に遅れてやってきた老鷲が、遠い地で洞窟や森を彷徨っては何かを捜し歩いている三人の男がいると話したので、ただちに鷲に彼らを連れて来させた。

 それから彼らは町へ戻り、結婚を祝う祭りは何事もなかったかのように続いた。


参考文献
『フランス民話集I 不思議ないちじく』 H.カルノワ著、山中知子/平山弓月訳 東洋文化社 1981.

※魔法の城の奥に眠る三人の王女は、[命の水]話群に出てくる冥界の城の眠り姫と同じ存在である。

 この話は、逆に後半が豊かになりすぎて分かりづらくなっている。
 ジャンが仲間に裏切られて落とされる地の底の国が冥界を比喩していることはお分かりかと思うが、この話で、毒薬を嗅がされたジャンと黄金姫が連れて行かれる魔法使いの城や森もまた、冥界を現しているのだと考えられる。黒ひげの魔法使いとは、恐らく冥王である。二人は死んで冥界に下ったが、彼らを殺した二人の仲間が地獄に落ちて罰を受けているのを見て、彼らを許して助けてやる。そして鷲の背に乗って地上へ帰る――生き返る。

 現界では、恐らくこれは一晩の夢の中の出来事で、だから婚礼の祝いは何事もなく続けられていたのだろう。

 なお、牝熊に育てられたジャンが、熊と相撲を取って勝っていたというエピソードが、日本の金太郎伝説との類似を感じさせて興味深い。

 

 この他、西欧の各国に類話がある。例えばスペインには、「熊のファニート」という話がある。(『スペイン民話集』 エスピノーサ著、三原幸久編訳 岩波文庫 1989.)

 村娘が山で熊に捕えられ、鹿の石と呼ばれる洞穴に閉じ込められて熊の子、ファニートを産む。熊は出入りの際に「鹿の石よ、開け」「鹿の石よ、閉じろ」と唱えて扉を開閉する。娘はそれを聞き覚えて、熊の留守中に子供と逃げる。熊は追ってくるが、娘は実家に逃げ込んで父親に助けを求めたので、父親は銃二発で熊を殺した。

 ファニートは四年間学校に通ったが、同級生と喧嘩ばかりして、母親は呼び出されて苦情を言われた。ファニートはもう学校に行きたがらず、七アロバ(80.5kg)の鉄の玉を作ってもらって旅に出た。この玉を地面に落として好きなところに井戸を掘り、現れる全ての野獣を殺した。

 旅の途中で、松の木を何本も引き抜いている「松倒しの縄作り」と、尻で丘や山をならしている「尻で丘ならし」と出会い、仲間にした。「尻で丘ならし」に巨大な山をならしてもらって平らな地を作り、鉄の玉を落として深い井戸を作って、「松倒しの縄作り」が松の木で作った縄を使って、井戸の底に下りた。そこには悪魔に囚われた王女がいて、救いを求めてきた。ファニートが武器を持っていないと言うと、ここに武器があるから使ってください、でもきれいな武器はガラス製で、役立つのは錆びた武器です、と教えた。ファニートは錆びた剣で悪魔の片耳を切り落として降参させ、王女を救い出した。王女は、まだ二人の妹が捕えられていると訴えた。

 ファニートは鈴で仲間に合図して引き揚げてもらい、二人の仲間に今度はお前達が降りて妹姫を救ってこいと命じたが、二人は怖気づいて降りない。そこでまたファニートが降り、待ち構えていた鹿を鉄の玉で殴り殺して二番目の王女を救い出した。地上に引き揚げてもらったが、やはり仲間たちは降りたがらないので、三度、ファニートは地下に降り、蛇を鉄の玉で殴り殺して末の王女を救い出した。末の王女はあなたこそ我が夫になるお方と言い、約束の印として小さい金の玉を与えた。二人は地上に戻ろうと鈴を鳴らしたが、綱は降りてこなかった。二人の仲間は二人の王女を連れて逃げ去っていた。ファニートは以前に切り取った悪魔の耳を噛み、たまらず現れた悪魔に頼んで地上に出してもらった。

 ファニートは二人の仲間より早く王女を城に送り届けた。王はファニートに「末の王女と結婚して王になるがいい。しかし、ただ一つ条件がある。これと同じ黄金の玉を作ってくるのだ」と言って小さい金の玉を見せた。ファニートは既に王女から金の玉を与えられていたわけだが、「必ず作ります」と言って一度城を去った。そして化け物が出ると評判の城に一晩泊まり、出てきた化け物を退治してお金をもらった。実家に帰って母親にお金を渡し、自分は王女と結婚するのでお母さんもここで健やかに、と別れを告げて城に帰った。

 ファニートは王女にもらっていた金の玉を王に見せ、王女と結婚して王位を継いだ。

 この他、ロシアの「熊の子、ひげの勇士、山の勇士、樫の勇士(『ロシア民話集〈上、下〉』 アファナーシェフ著、中村喜和編訳 岩波文庫 1987.)では、熊の子の母親もまた異常誕生した小さ子だったと語られていて興味深い。熊の子が短時間で異常な成長をしたり、爺と婆に見送られて家を出て、冒険の末に家に帰って親孝行したり、「こんび太郎」により近い感じてある。

 子の無い爺婆が蕪を二つ買ってきて、一つは食べて一つはかまどの中で蒸していた。すると、かまどの中から「お婆さん、出してぇ。ここは熱いよぅ」と声がする。かまどを開けると、中に生きた女の子が横になっていた。二人は神の授け子だと喜んで、レープカ(蕪子)と名付けた。

 レープカが大きくなると、近所の女の子達が森へイチゴ摘みに行こうと誘った。婆は「お前達はこの子を森に置き去りにするだろう」と断ったが、娘達が絶対そんなことをしないと言うのでレープカを送り出した。娘達は森の中でイチゴを摘むうち、一軒の小屋を見つけた。柱の上に熊が座っていて、ずっと待っていたと言い、娘達を中に入れてお粥を出した。「さあお食べ。食べない者はわしのお嫁さんにするからな」。他の娘達は食べたがレープカだけは食べず、熊の小屋に囚われた。熊は橇を揺り篭のように天井から吊るして横になり、レープカに揺すらせて子守唄を歌わせるのだった。

 一年程が過ぎ、レープカは妊娠した。熊は狩りに行くとき、小屋の戸口を樫の切り株でふさいでいったが、レープカは苦心してそれを抜け出して家に逃げ帰った。その四ヵ月後、レープカは半分熊で半分人間の男児を産み、熊の子イワシコと名付けた。

 イワシコは一時間ごとにぐんぐん育った。十五歳になると、近所の子たちと遊んでいて、誰かの手を掴めば手が抜け、頭を掴めば頭がもげるほどの怪力になっていた。村人達は爺に苦情を言った。お前の孫は元気すぎてわしらの子供を殺してしまう。村から追い出してくれ、と。老人が悲しんでいると、イワシコは自ら、二十五プードの鉄棒を作ってください、それを武器にして出て行きますから、と言った。イワシコは爺と婆に別れを告げて旅立った。(※いつの間にか、母のレープカの存在が消えており、最初から爺婆に育てられたようなニュアンスになっている。)

 旅の途中で、ひげで川魚をすくっては舌で煮て食べている「ひげの勇士」、山を谷間に運んでは大地をならしている「山の勇士」、樫の木の高さを揃えている「樫の勇士」と出会った。彼らは自らイワシコに従って付いて来た。

 四人はニワトリの足の上でグルグル回っている小屋に着いた。イワシコが「小屋よ、小屋よ、森に背を向け、こちらを向いて止まれ」と唱えると、小屋はこちらを向いて止まって扉を開けた。

 四人はしばらくここにいることにして、一人が食事を作り残りが狩をすることにした。

 最初にひげの勇士が食事当番をしていると、不意に目が回って、土の下から石が現れ、石の下から骨の一本足のヤガー(山姥)が、鉄の臼にまたがり鉄の杵で漕ぎながら現れた。その背後には子犬がきゃんきゃん鳴きながら付いていた。ヤガーが要求するので座らせて少しご馳走したところ、ヤガーは怒り出してひげの勇士を杵で殴ってベンチの下に押し込み、彼の背中の皮を一筋切り取ったうえで、料理を全て食べつくして去った。ひげの勇士はこのことを仲間には秘密にし、薪が湿っていて料理できなかったと誤魔化した。

 次に山の勇士、樫の勇士の時にも同じことが起こった。

 最後のイワシコの時、彼は逆にヤガーの杵を取り上げて殴り返し、老婆の背中から三筋の皮を切り取って物置に閉じ込めた。その日はたっぷりの料理が並べられ、三人の仲間は(どうやらイワシコのところにはヤガー婆さんは来なかったらしいな)と囁き合った。

 それから四人はサウナに入ったが、三人の仲間はイワシコに背中を見せまいとする。ついにヤガーに背中の皮を剥かれたことを打ち明けたので、イワシコは物置に行って婆さんから皮を取り戻し、仲間の傷を癒してやった。それから、イワシコはヤガーの足を縄で縛って門柱に吊り下げ、縄を切れるかどうか射撃の的にした。三人の仲間は失敗し、イワシコは縄を切った。ヤガーは逃げて、石の下に消えた。

 三人の仲間はその石を動かそうとするが出来ない。しかしイワシコは片足で転がした。そこには穴があったが、イワシコ以外は誰もが怖気づいて降りようとはしなかった。イワシコは穴の傍に杭を立てて鐘をぶら下げ、鐘に縄を結びつけた。そしてその縄の端に掴まって地下に降りていったが、ギリギリで長さが足りなかったので、ヤガーの背中から取った三筋の皮をつなげて降り立った。

 道を行くと立派な家があり、中に美しい三人の娘がいた。彼女達はヤガーの娘だったが、イワシコにヤガーを殺す方法を助言した。曰く、金の林檎を二つ銀の皿に載せて行って母に勧めなさい、母が食べ始めたら、剣を取って首を切り落とすのです、切るのは一度だけです、二度切れば母は生き返ってあなたを殺すでしょうから、と。

 イワシコはヤガーを殺し、鐘を鳴らして仲間たちに合図して、娘達を引き揚げさせた。ところが、娘は三人、勇士は四人。樫の勇士があぶれてしまったので、腹を立てた彼は縄を切り、イワシコは穴の底に転落してしまった。

 イワシコは大怪我をしたが、ヤガーの家の食料を食べて元気を取り戻した。そして地下道を通って地上に戻ると、美しい娘が家畜の番をしているのに出会った。近づいてみると、イワシコが自分の妻にしようと思っていたヤガーの末の娘である。彼女は、樫の勇士の妻になることを拒んだために家畜番をさせられているのだと話した。夕方になると彼女は帰って行き、イワシコはその後に付いて仲間たちの家に入った。そこでは三人の勇士が楽しそうに飲み食いしていた。イワシコは彼らに言った。「みなの衆、私にも一杯振舞ってくれんかな」。ウォッカを一杯、二杯、三杯振舞われると、イワシコに雄々しい心が燃え上がり、勇士達を三人とも打ち殺して、死骸を野に棄てて獣の餌にした。

 それから、ヤガーの末の娘を連れて爺と婆の家に帰り、賑やかな婚礼を挙げて幸せに暮らした。

 

 『グリム童話』には、「剛力ハンス」(KHM166)という類話がある。内容はほぼ同じだが、冒頭で母子をさらって監禁するのは熊ではなく、盗賊団。また、仲間の裏切りで地下に落とされたハンスを救うのは、指輪の精霊(ランプの魔神のようなもの)である。

 

 余談だが、鹿児島県 沖永良部島に伝わる「桃太郎」は、この熊の子ジャンに近い。

 母が川で桃を拾って帰り、父と割ると子供が生まれる。桃太郎と名付ける。桃太郎がにらの島(沖縄地方に伝わる異界)へ行くと、爺が一人で泣いている。島の人はみな鬼に食われ、自分一人が残ったと言う。羽釜の蓋の裏に鬼の島へ行く道が書いてあったので、それに従って野原の真ん中の石の下に穴があるのを発見する。穴には一本の縄が垂れ下がっている。それを伝って降りたところが鬼の島であった。桃太郎は鬼を退治し、宝物を取って帰って両親に孝行した。

 これは、厳密には【悪神退治】系の話だが、穴の中に縄を伝って降りて魔物を退治する点は[熊の子ジャン]と同一である。



英雄アイリ・クルバン  中国 ウイグル族

 昔、一人の老婆が夫に先立たれ、一人娘と二人きりで暮らしていた。娘はマリクという名で賢く美しく、母子は互いにいたわりあって細々と暮らしていた。

 マリクが十四になったとき、母子は山へ柴刈りに出かけたが、近くの山は乱伐採のためにみんな禿山になっている。仕方なく、二人は舟に乗って危険な川向こうの山へ出かけた。そこでマリクはトイレに行くと言って茂みに入り、そのまま帰ってこなかった。母は嘆いたがどうしようもない。実は、一頭の白い熊が現れてマリクを連れ去っていたのだ。

 マリクは断崖にある洞穴に閉じ込められ、熊の妻にされてしまった。熊は毎日 肉や果実を運んできたが、洞穴の出口は巨岩で塞がれていた。一年経つと、マリクは男児を産んだ。その子はマリクによく似た美々しい顔立ちをしていたが、全身に黄色い毛が生えていた。マリクはこの子に素晴らしい名を付けた。その名も、艾里・庫爾班アイリ・クルバン

 アイリ・クルバンは七歳になると父に従って狩りに出かけ、母に寄り添って人の言葉を覚えた。やがて、父と母の姿や言葉は何故こんなに違うのかと疑問を抱き、理由を話してくれ、話してくれないとここで死ぬ、と訴える。マリクは自分が熊にさらわれてきたこと、生き別れた母や故郷が恋しいこと、熊と一緒に暮らすのは嫌なのだと涙ながらに打ち明けた。

 アイリ・クルバンは母と一緒に泣いて、やがてすっくと立ち上がってこう言った。

「おっかあ、泣くことはないさ。おいらたち、もうこんなところに住まないんだ。村へ帰ろう、おいらと二人で」

「滅多なことを言ってはいけないよ。《あれ》に知れてごらん、私たちはきっと殺されてしまう。覚えておおき、クルバン。お前が大人になったら、なんとかしておっかさんを助けだしておくれ」

「おっかあ、おいらはもう大人だ。おいらと一緒に逃げれば、あんな奴ちっとも怖くないさ!」

 日はまだ高く、熊が帰ってくるには時間があった。クルバンは母を助けて洞穴を抜け出し、楽々と山を越えて、夕方には平地へ降りていた。――と、その時、遠くから熊の雄叫びが聞こえてきた。マリクは思わず息子にしがみついた。

「どうしよう。《あれ》が追って来たんだよ」

「おっかあ、怖がることなんかない。あいつが来たら、おいらが殺してやる!」

「いけない。"あれ"を負かすことなんて出来やしない。早く逃げるんだよ」

 そんなことを言っている間に熊の声はどんどん近づいてくる。マリクは走って大木の陰に隠れ、クルバンはただ一人でそれを待ち受けた。怒り狂った熊はクルバンに襲い掛かり、二人は激しく取っ組み合ったが、互角で勝負はつかない。それを見たマリクは木の陰から二つの石を投げ、手まねでクルバンにそれを使えと示した。クルバンは石を使い、わけなく熊を打ち殺してしまった。

 辺りはすっかり暗くなっていた。マリクは村に帰りたいが、川を渡ろうにも舟がない。呆然と突っ立っていると、クルバンは呑気な様子で泳いで渡ろうと言う。マリクはそれをたしなめ、木と藤蔓でいかだを作らせた。

 朝になるといかだで川を渡ったが、辺りの様子はすっかり変わっていて家への道が判らない。それでもようやく人里に出ると、人々は全身毛むくじゃらのクルバンを見て「熊男が人を食いに来た」と大騒ぎして閉じこもり、何人かの男は武器を持って飛び出してきた。しかし、マリクが必死に自分の身の上を訴えたので、人々はすっかり同情し、服や食べ物を分けてくれて、家への道も教えてくれた。マリクはついに家に帰り、母と涙ながらに抱き合って、再び一緒に暮らせる喜びを噛み締めた。

 

 アイリ・クルバンは賢くて優しくて、力が強い働き者。人が斧でも割れない薪でも、手でポンと割ってしまう。祖母は良い孫息子を得て大喜びしたが、ただ一つ困りものなのが、クルバンが外出すると必ず何か騒ぎを起こすことだった。

 クルバンは人間社会のやり方に慣れておらず、しかも正義感が強くて理不尽には黙っていられない。そして一度口を出したら、もう自分の思い通りにしなければ承知しない。うっかりすると、人に大怪我させて怒鳴り込まれることだってある。また、好奇心が強くてあちこち見て回り、そうして誰かが困っているのを見つけると手を出さずにはいられない。ところが、何しろ力が強くて大雑把。畑仕事の手伝いなら鋤の柄を折り、木挽きの手伝いなら鋸の歯を折ってしまう。

 こんなわけで、母と祖母は一日中、言い訳をしたり侘びを言ったりして歩かなければならなかった。しかし、それでもやっぱりクルバンが可愛いから、辛抱強く育てていった。

 クルバンがすくすくと育って十四になった頃には、辺り一帯の村でこの子を知らぬ者はなかった。クルバンは騒ぎばかり起こしていたが、誰もがだんだんクルバンを好きになり、「あいつは気立てのいい子だ」と言うようになった。クルバンが異を唱えたおかげで、この辺りでは女子供を殴るということが すっかり見られなくなったほどだった。

 

 そんなある日、クルバンは母に願って、都見物に出かけていった。祖母は「世間を見せてやらなきゃ」と奨励したのだが、母はまた騒ぎを起こすのではないかと心配していた。

 果たして、クルバンが人波にもまれて あれこれ楽しく見物していると、道を通っていた牛車の牛が暴走する騒ぎが起きた。クルバンは牛を正面から受け止め、頭突きをすると、牛はどおっと倒れて死んだ。牛の飼い主が来て「弁償しろ」とクルバンを責め立て、しまいに役人が来て逮捕しようとした。野次馬たちがみんな「この子が止めなかったら大惨事だ」「牛の方が弱すぎなんだ」と味方をしてくれたので、役人も仕方なくクルバンを放したけれども、クルバンはこの一件ですっかり不愉快になって、この日は都見物を切り上げて家に帰ってしまった。

 それから暫くして、クルバンは再び都見物に出かけた。母の「今度は人に何をされても手出ししてはならないよ」という言いつけを守って、何があっても、理不尽でも、ただ黙って殴られていた。そんなわけで騒ぎは起こさなかったが、クルバンはとても不愉快な思いをして、「ちぇっ、都って変なとこだ。もう来るもんか、こんなとこ!」と言ったのだった。

 

 アイリ・クルバンの噂は国王の耳にも入った。王はクルバンの力を恐れたが、罪のない者を処刑すれば国民が黙ってはいまい。そこで、東の山に何百年も住み着いている人食いの竜を退治させることにした。きっと失敗して命を落とすだろう、と考えたのだ。

「その力を国のために使って欲しい」と言われて、クルバンは二つ返事で承知したが、母と祖母は泣き出した。

「だから都へ行くな、騒ぎを起こすなと言ったのに。国王は性質の悪い方だもの、お前を殺そうという考えなのに違いない。お前が死んじまったら、おっかさんにはもう何の生きがいもありゃしない」

「泣いてても仕方がないよ。この子を助ける手立てを考えにゃあ」

 母が激しく泣くと、同じように泣いていた祖母はそう言って、クルバンに一振りの宝剣を渡しながら言った。

「王様の命が下ったからには、行かなくとも生きてはおられん。お前のお爺さんが生きとった時分、狩りに行ったことがあった。ここに その時の宝剣があるから、持って行くがいい。

 クルバン、わしの話をよく覚えておくんだぞ。わしは人に聞いたことがある。あの竜は人間を見つけると、初めに口から火を吹くということだ。だから竜が口を開けたら、すぐ水溜りを見つけて腹ばいになれ。ひょっとすると、焼かれずにすむかもしれん。次に竜は風を吹くというから、洞穴を探して逃げ込め。それから、三番目に水を吹くというから、急いで高いところへ逃げろ。

 火責め、風責め、水責めをみんなかわしてしまうと、竜の奴、今度は思いきり息を吸い込む。やるかやられるか、お前の運命が決まるのはこの時だぞ。だが、そいつは神様におすがりするしかねぇだ」

 クルバンは何日か旅して東の山に入った。竜は人の声を聞くと必ず出てくるというので、山の頂上で大声で歌を歌った。けれども、何故か竜は出てこない。探し回ると、谷間で竜は寝ていた。クルバンは宝剣を振り上げたが、そこでふと考えた。

(これじゃ、あんまり簡単すぎやしないかな。みんなは竜を恐ろしい奴と言うけれど、眠ってる隙に殺したんじゃ、おいら、英雄とは言えないじゃないか。そうだ、やっぱりこいつを起こさなくちゃ。どっちが勝つか、ひとつ正々堂々と腕比べをしよう!)

 クルバンは竜の背に飛び乗って飛んだり跳ねたり、ドタドタ走り回ったりした。竜は目を覚まして起き上がり、クルバンはコロコロと下に転げ落ちる。それから激しい戦いが始まった。クルバンは祖母の助言に従って火の息、風の息、水の息をことごとく かわしてのける。最後に竜は息を吸い込んでクルバンを吸い寄せ、呑んでしまおうとしたが、クルバンは二、三歩よろめいたものの踏みとどまった。

 竜は激怒して大暴れし、山は崩れ、地は裂け、木は倒れた。そして今一度息を吸ってクルバンを呑もうとしたが、クルバンはこれを待っていて、宝剣を抜くと自ら竜の吸気に身を任せた。クルバンはそのまま一気に竜の腹から尻の穴まで通り抜け、竜は叫び声をあげると真っ二つに裂けて倒れた。

 クルバンは退治した証拠にと竜の首を斬り、それを引きずって山を降りた。

 

 一方 都では、クルバンが出かけてから一ヶ月近く経って何の音沙汰もないので、王はてっきりクルバンが死んだものと思い、大臣たちと祝宴を開いていた。そこに衛兵が駆け込んで、アイリ・クルバンが生きた竜を伴って帰ってきました、と騒ぐ。国王は都中の兵を集めて城壁を固めさせ、クルバンが近づいたら石を投げて打ち殺せと命じた。

 クルバンは、城壁に人が鈴なりになっているのを見て、自分を歓迎してくれているのだと思ったが、近づくと石を投げられる。皆のために竜を倒したのに何だ、と怒って引き返し、一本の大木の下で休んで いびきをかき始めた。

 王はクルバンがどうなったのか気になって仕方がない。怯えて誰も見に行かないので、褒賞つきでクルバンと竜の様子を探る者を募った。一人の男が名乗り出て様子を見に行き、クルバンの連れているのは生きた竜ではなく、首だと報告した。王は、竜退治を果たした英雄を殺しては国民が黙ってはいまいと考え、一転して国民全員にクルバンを歓迎させると、褒賞として金銀や衣服を与えた。しかし、クルバンはそれらには目もくれず、さっさと村に帰ってしまった。

 

 母と祖母は無事に帰ってきたクルバンを見て喜んだ。そして、「これからは騒ぎを起こさないようにしなさい。お前ももう大人なんだから、そろそろ柴刈りでもしてお金を稼ぎなさい」と諭した。

 あくる日になると、クルバンは早速 柴刈りに出かけた。近くの山に行くと、柴は少ししかない。村人たちは苦しい暮らしをしているから、これは彼らのために取っておこう。クルバンはこう考えて、更に遠い山へ足を向けた。その山には柴が沢山あるが、猛獣がウヨウヨしているので誰も行かないのだった。

 クルバンは熊の子なので、獣の言葉が話せる。出てきた虎たちに「身の程を知って人間に手出しをするな。お前たちはしょせん人間には勝てないのだ」と言った。虎たちは怒って襲い掛かってきたが、クルバンにこてんぱんに伸されてしまった。クルバンは虎たちに柴刈りの手伝いをさせ、大木すら片端から倒して、出来た大量の薪を一束ずつ虎に背負わせると、ゾロゾロと引き連れて都へ向かった。そして都に薪を下ろすと、「これからはもう人間を苛めるな。おいらが柴刈りに行ったらまた手伝えよ」と言って放してやった。

 人々は虎を見て肝を潰し、クルバンに苦情を言った。しかしクルバンが事情を話して「これからは、みんな虎を恐れずに柴刈りに行けるよ」と言うと、「それはありがたい」と口々に礼を言うのだった。

 

 国王はますますクルバンを恐れた。しかし国民の心を掴んでいるクルバンを処刑するわけにもいかない。そこで、今度は魔王退治に向かわせることにした。

「国一番の英雄、アイリ・クルバンよ。これから魔王の国を征伐に行ってもらえまいか。魔王め、常々我らを愚弄しおって、いまや国中の者がひどい目に遭っておる。ところが、今まで我が国には魔王を討てる者が一人もなかったのじゃ。今、そなたに一振りの宝剣と二頭の馬を与える。国と民のためじゃ、まさか断りはしまいな」

 無論、クルバンが後ろを見せることなどない。今度も二つ返事で承知した。

 この話を聞くと、母も祖母も悲しんで泣き出してしまったが、国王の命令とあれば行かせるより他にない。祖母は一本の帯を取り出し、クルバンに渡してこう言った。

「これはお前のお爺さんが残してくれた宝物だよ。普段は腰に巻いておおき。イザという時に、長くしたければ長く、短くしたければ短く、どんな長さにも出来る」

 祖母はまた、何度も何度もこう言い聞かせた。

「魔王は何にでも化ける。人間に化けたり、魔物に姿を変えたり、時には美しい娘に化けることだってある。だが、慌てなくてもいいんだよ。どんなものに化けようと、頭の上の一つまみの白髪が目印だで。いいかい、くれぐれも騙されんようにな」

 こうして、クルバンはただ一人馬にまたがって魔王の国へと向かった。沢山の村を通り、山を越え、川を渡って、朝早くから夜遅くまで、ひたすら魔王の国を目指して走り続けた。

 

 そんなある日、突然、目の前に雲衝くような大男が立ちはだかり、道を塞いで大声で誰何すいかした。

「待て、貴様は何奴だ。どこへ行く?」

「おいらはアイリ・クルバン。魔王の国へ行くところだ」

「何、貴様が噂に名高いアイリ・クルバンだと!? どんな豪傑かと思っておれば、小僧ではないか。さっさと馬から降りて、俺に降参するがいい」

(おかしな奴だ。こんな分からず屋、見たことないや。)

 クルバンはそう思って逆に尋ねた。

「お前こそ何者だ?」

「俺様は大地英雄バートル。ここら一帯は俺様の縄張りだ。死んで通れこそすれ、生きて通れることなどないわ!」

「大口を叩くなよ。お前がどんなに強いか知らないが、このおいらに敵うもんか」

「何だと!? やい、馬から降りやがれ。力比べだ」

 クルバンは馬から降りて、今にも殴りかかろうとする大地英雄を押し留めて言った。

「慌てるな。殴り合いはしたくない。おいらはここに立ってるから、両手でおいらを差し上げて地面に投げ飛ばしてみろ。投げ飛ばせたら、お前の勝ちだ」

 そこで大地英雄はクルバンを両手で抱えたが、ビクともしない。三度試してみたが、まるで地面に刺さっているようで、大汗をかいて息を切らして手を離した。そこでクルバンは

「さあ、しっかりと立て。今度はおいらの番だ」

と、両手で大地英雄の腰を抱えたかと思うと、ヤッと一声。大地英雄はたちまちクルバンの頭上に差し上げられ、ポーンと地面に投げつけられた。

「まいった、まいった」

 大地英雄は慌てて地べたにひざまずき、

「どうか、私を義兄弟ともにして下さい。生涯、あなた様の言うことなら何でもお聞きいたします」と乞い願った。

 すっかりクルバンに心酔した大地英雄は何日か泊まって行けと誘い、断ると、いつ頃帰るか教えてくれと願った。出迎えの準備をしておくと言うのだ。そして別れを惜しみ、遠くまで見送ってやっと別れを告げた。

 それから、荒地英雄バートル、川英雄バートル、谷英雄バートルと同じように出会い、同じように打ち負かして義兄弟の契りを結んだ。

 

 こうして旅を続けていくうち、クルバンは小さな村に差し掛かった。その村では、人々が忙しげに大量の冷やし麺を作っていた。ある者は麺を打ち、ある者は火を起こし、ある者は茹でた麺を掬う。掬い上げた麺は、どんどん大きなたらいに空けられている。不思議に思ったクルバンは尋ねた。

「この冷やし麺、みんなが食べるの。それとも売り物かい」

「お前さん、余所者だな。だから知らないのだろうが、この辺りには冷やし麺英雄バートル様がおられて、冷やし麺を一度に盥で六杯も召し上がる。

 冷やし麺様は、両手で馬を頭上に掲げ、人間なら一蹴りで空に蹴上げるほどの力持ち。頭は鍋のように大きく、胴は樽のように太く、足は木のようにゴツいお方でな、まだ誰にも負けたことがない」

「近頃、アイリ・クルバンとかいう豪傑が現れて、間もなくここへやってくると聞きなさってな、毎日、冷やし麺を今までより一段と多く召し上がられ、体を鍛えていらっしゃる。アイリ・クルバンが来たら一勝負なさるおつもりなのさ。だから、わしらは冷やし麺様のために麺を作っているのだ。お前さん、見たかったらここで待っているがいい」

 クルバンは興味を抱き、物陰に隠れて待つことにした。やがて背が高くてでっぷりと太った男が馬に乗って現れ、盥五、六杯分の冷やし麺を見る間にたいらげると、太い丸太をへし折ったり、大岩を空中に投げ上げたりといった腕慣らしを始めた。

「お前たち、見ているがいい。アイリ・クルバンが来てみろ、片手で空に放り上げ、片足で踏んづけて地面にめり込ませ、俺の恐ろしさを思い知らせてやるからな」

 クルバンは物陰から躍り出すと叫んだ。

「おい、お前の目は節穴か。おいらこそアイリ・クルバン。さあ勝負だ!」

 冷やし麺英雄バートルが見ると、小さな子供で、自分の太腿ほどもない細さである。高笑いして、

「おい小僧、死にたいのか。こともあろうに、この俺様をからかいに来るとは」と言った。

「無駄口は、勝負してから叩け!」

「そうか。貴様、死にたいのならかかってこい!」

 取っ組み合いが始まった。闘いは一日と一晩続いて、最後はクルバンが勝った。冷やし麺は「参った」とひざまずき、

「どうか子分にして下さい。親分の行くところなら、どこへでもお供します。決して怠けたりはいたしません」と願った。

 そこでクルバンは冷やし麺英雄を子分にして、魔王の国征伐に連れて行くことにした。

 それから何日か進むと、今度は氷英雄バートルが立ちはだかった。この男は朝から晩まで両足を鍛え、どんなに厚い氷でも一蹴りで粉々に砕いてしまう。クルバンはまずは冷やし麺英雄を行かせたが、相手にせずに「クルバンと戦わせろ」と言い張る。そこでクルバンが出て一撃で倒してしまい、これも子分にして引き連れていった。

 それからまた何日か進んで、今度はひき臼英雄バートルに出会った。この男は、大きな石臼を左手で投げ上げては右手で受け止めていた。これも倒して子分にした。

 最後に、鋼英雄バートルに出会った。この男は全身を鋼のように鍛え上げていて、刀も金槌も役に立たない。おまけに、百貫匁の鉄棒を二本の指で摘み上げる怪力である。流石のクルバンもこの男には手こずったが、これも最後には降参させて四の子分にした。

 こうして五人連れになった一行は、魔王の国を目指して何日も何日も進んでいった。

 

 ある日、一行は高い山の上にさしかかり、広々とした庭のある大きな屋敷を見つけた。入ってみると、壁も瓦も全部金銀で出来ていて、階段や扉や窓には真珠や宝石が散りばめられている。そして庭中の木々や花々の美しさといったらこの世のものとは思えなかった。けれども、不思議なことに人の気配はまるでなく、物音ひとつ聞こえてこない。

 一行がここで休むことにして腰を下ろすと、美味しそうな肉の匂いが漂ってきた。冷やし麺英雄はもう我慢していられない。探し回ると、庭の大木の下に大きな鍋が七つ八つ、どれにも肉が溢れんばかりに煮込まれてグツグツ言っていた。

「親分、俺たちは一日中歩いたのに、飯もロクに食っていない。美味そうな肉がグツグツ煮えているというのに、見てるだけなんて馬鹿みたいですぜ」

 冷やし麺英雄がそう言うと、鋼英雄も

「まずはいただきましょうや。山には獣もいることだし、食い終わったら狩りをやって、また煮込んでおけばいいでしょう」

と言う。クルバンはそれも理屈だと考えて、食うことにした。一同は鍋を囲んで、手づかみでもりもりと食った。七つ、八つの鍋がたちまち空になった。すると冷やし麺が口を拭きながらこう言った。

「さあ、みんなは急いで狩りに行って来いよ。なるべく早く肉を煮とく方がいい。俺は留守番だ。この家の人が戻ったら、よく礼を言っておいてやるから」

 この言い草に他の者は腹を立て、あわや喧嘩になりかけたが、クルバンが割って入って「あいつが留守番したいならやらせておけ。狩りは四人で沢山だ」と言ったので、四人は冷やし麺を残して狩りに出かけていった。

 留守番の冷やし麺は、暫くは庭を見物していたが、やがてゴロリと横になって いびきをかき始めた。すると、突如一陣の風が巻き起こり、天地鳴動して雷鳴轟き、雨が滝のように降り始めた。冷やし麺は驚いて屋敷の中に逃げ込んだ。すると、風と共に何者かが中庭に入ってくるのが分かった。なんと、それは探し求めていた魔王ではないか。魔王は鍋が空になっているのを見て怒り狂い、つかつかと屋敷の中に入ってきた。

 冷やし麺は腰が抜けて逃げることも出来ない。魔王は冷やし麺を見つけると雄叫びを上げ、自分の髪の毛を一本抜いて、フーッと息を吹きかけた。途端に髪の毛は蛇になって、冷やし麺をぐるぐる巻きに締め上げる。魔王はもう一本髪の毛を抜いて、冷やし麺をはりにぶら下げた。続いて鉄のストローを取り出して、これを冷やし麺のかかとの血管に突き立てると、チュウチュウと血を吸った。暫くすると冷やし麺は手足の力が抜けてしまい、全身に言うに言われぬ痛みを感じた。

 魔王は存分に血を吸うと、冷やし麺を梁から下ろして一杯の砂糖水を飲ませ、「ゆっくり休んでおけ。明日また来る」と言うなり、一陣の風に乗って消え去った。冷やし麺はゾーッとして生きた心地もなかった。

 狩りから帰ってきたクルバンたちは、冷やし麺が土気色に干乾びて息も絶え絶えに転がっているのを見て驚いた。彼の両手を固く締め上げていた蛇を殺すと、それは髪の毛に変わった。話を聞いて、クルバンは自分たちが既に魔王の国に着いていたのだと知って喜んだ。

「肉を煮ろ。腹いっぱい食って、魔王との闘いに備えるんだ」

 すると冷やし麺が哀願した。

「魔王のやつ、明日も俺の血を吸いに来ると言ってた。親分、お願いだから、明日は俺を独りぼっちにしないでくださいよぉ」

 

 あくる日になると、クルバンは四人の子分を全員狩りに出し、ただ一人屋敷に残って魔王を待った。果たして、間もなく一陣の風と共に魔王が中庭に入ってきた。クルバンは宝剣をつかんで扉の陰に隠れ、魔王が戸口を抜けるや否や剣を閃かせた。魔王の首がコロリと落ちた。が、剣を収めて見れば、魔王にはまた一つ首が生えている。

 魔王は雄叫びを上げて庭に飛び出し、それを追ったクルバンと戦いが始まった。クルバンは魔王の首を五つ、六つと斬り落とすが、魔王は倒れない。それでも、勝てないと見るや、魔王は獣のような声で叫んで風を起こし、その場から消え去った。

 クルバンは地面に真っ赤な血の跡を見つけて、それを追った。暫く行くと美しい乙女が現れて、「そんなに汗をかいて、何を急いでおいでなの。リンゴでもお食べなさい」と、手に持った一皿のリンゴを勧めてくる。クルバンは祖母に聞いた話を思い出した。魔王はどんな姿にも化ける。けれど、その頭には必ず一つまみの白髪がある……。見れば、確かに乙女の頭にはそれが見える。クルバンが一喝して斬りかかると、乙女は消えてなくなった。

 クルバンは尚も血の跡を追った。今度は、一匹の蛇が横たわっているのに出くわした。蛇は鎌首をもたげて真っ赤な口を開け、舌をちらつかせたが、クルバンは少しも怯まず、剣を振り上げて突きかかった。その瞬間、蛇は消えてなくなった。

 更に血の跡を追うと、それは林の中に入り、枯れ井戸の中に消えていた。

 

 クルバンは祖母に貰った伸縮自在の帯を解き、一方を井戸に垂らし一方を岩に結んで、井戸の底に下りていった。すると、そこは異世界になっており、川もあれば木もあり、都もあれば街道もあった。クルバンは宝剣をつかみ、魔王の城目指して歩いていった。

 途中で、一軒の家を見つけた。門番をしていた二匹の蛇を斬り捨てて中に入ると、二人の娘が柱に縛り付けられていた。娘はクルバンに尋ねた。

「何をしにいらしたのですか」

「魔王征伐に。あなた方は何者ですか」

「私たちは魔王の娘です。魔王が人間を食うのを諌めたために、こうして縛られたのです。魔王は私たちをも食べると言っています。どうか私たちをお助けください」

 クルバンは、娘たちの手を縛めていた蛇を斬り殺した。娘たちはひざまずいて感謝し、私たちは常々人間に憧れていた、魔王を倒したら、ぜひ人間界に連れて行ってくださいと頼んだ。そのために協力をする、と。

「魔王といくら戦っても勝つことは出来ません。ただ、魔王の魂は秘密の場所に隠されてあり、これを捕えれば力を失わせることが出来ます」

 娘たちはクルバンをある扉に案内した。そこも二匹の蛇に守護されていた。クルバンが剣で蛇を殺すと、娘たちは言った。

「あなた一人でお入りください。中に塔があります。その天辺に登りますと、扉があって、その前に一羽の白いニワトリがおります。が、いきなり手出しをしてはなりません。扉の側にレンガがありますから、先ずそれを退かすのです。下に小さな箱があって、中に緑の豆が入っていますから、それをニワトリにぶつけなさい。一粒でニワトリの目が潰れ、ふた粒で喉が潰れます。三粒で半死半生、四粒目がとどめになって、ニワトリは石段から転げ落ちます。その時、扉はひとりでに開くでしょう。扉が開いたら、また私たちをお呼び下さい」

 クルバンは言われたとおりにして娘たちを呼んだ。娘たちはまた言った。

「この入口を入りますと、下に向かって宝石で出来た階段があります。それを下りると部屋があり、中ではひき臼が回っていて、その棒の上に一羽の緑のニワトリがとまっています。それを緑の豆で打ち殺せば、ひき臼が止まります。そのひき臼を退かしますと入口がありますから、また階段を下りていきなさい。黒い岩があって、その上に箱が置いてあるはずです。箱の中には水がいっぱいに張ってあって、一匹の魚が泳いでいます。その魚を捕まえて お腹を裂いてごらんなさい。中に一つの卵が入っていますから、それを粉々に壊してしまえば、小さな箱が出てまいります。魔王の魂はその中です。その小箱さえ手に入れれば、あなたは勝ったも同然。火に投げ込んで燃やしてしまえば、魔王は焼け死にます。

 さあ、お行きなさい。私たちはここでお待ちしています」

 クルバンは言われたとおりにして小箱を手に入れ、それに火を点けた。すると魔王が目の前に姿を現し、苦しげにひざまずいて「助けてくれ」としきりに哀願した。火が燃えれば燃えるほど魔王の体は小さくなり、箱を火から出すとまた大きくなる。クルバンは魔王にただした。

「お前は、今まで何人の人間を食った?」

 魔王は答えた。

「焼いて食った子供が四千人、煮て食った子供が一万人」

「この、極悪非道の魔王め!」

 クルバンは小箱を火に投じ、魔王を焼き殺した。

 

 国中の魔物たちが、魔王が死んだと聞くや、一人残らず王宮に集まってクルバンの前にひざまずいた。

「私どもは魔物の本分を守り、これまで人間に楯突いたことは一度もございませんでした。魔王は、それは残虐な国王でございまして、そのやり方には みんなが反対しておりました。その魔王も今やあなた様に征伐されたのですから、どうか、これからはあなた様が我々の国王におなりください」

 しかし、クルバンは母が家で首を長くして待っていることを思い、どうしても帰らねばならないのだと、それを断った。魔物たちはいくら引き止めても無駄と見て、クルバンに沢山のお礼の品物を贈った。どれも、人間が見たこともないような宝物だ。

 魔王の二人の娘はどうしてもクルバンに付いて行きたがった。また、魔王の宮殿には、魔王がさらってきて食い残した四人の人間の娘もいて、彼女たちも一緒に地上へ連れて行ってくれと頼んだ。そこでクルバンは三つの箱を整え、人間界へ持ち帰る準備をした。箱の一つには魔物から貰った宝物を、一つには魔王の娘たちを、もう一つには人間界の四人の娘を入れた。

 

 さて、話は遡る。

 四人の英雄バートルたちが狩りから戻ってみると、クルバンの姿が見えなかった。辺りには血が飛び散り、魔王の首が転がっている。親分は魔王と戦ったに違いないと、四人は相談を始めた。冷やし麺英雄は、

「もうここで解散しようぜ。お前たちは魔王の恐ろしさを知らないんだ。親分はもう帰って来やしないさ」

と言ったが、ひき臼英雄と鋼英雄は「俺は親分にどこまでも付いて行くと誓ったんだ」「魔王退治のために従ってきたのに、闘いもしないうちから逃げる気か」と叱りつける。仕方なく、冷やし麺もクルバン捜索に参加したが、氷英雄にしきりに「逃げよう」「あの親分に付いていたら命が幾つあっても足りない」などと耳打ちして、彼の心をぐらつかせた。

 一行は血の跡を辿り、井戸の中にクルバンの帯が垂らされているのを見つけた。冷やし麺は再び「親分はもう死んだんだ。帯さえほったらかしになってるんだぜ」と言って立ち去ろうとしたが、ひき臼は「親分はきっと生きている。魔王を捕えたら必ず戻ってくる」と言い返し、口論になった。

 ――と。帯が動いた。ひき臼が井戸の底に声をかけると、クルバンの応えが返ってくる。ひき臼は大喜びして鋼とともに帯を引き上げた。見れば、帯の先には箱が結んである。開けてみると、若くて美しい娘が二人。

「親分はどこだ」

「井戸の底です。でも下にはまだ箱が二つありますので、それが引き上げられてから、あの方は上がっていらっしゃいます」

 それを聞いて、ひき臼は急いでもう一度 帯を井戸の底に垂らした。一方、冷やし麺は焦って氷に耳打ちした。

「親分が上がってきたら、ひき臼たちは俺たちが逃げようとしたことを告げ口するに違いないぜ。そうなってみろ、親分にどんな目に遭わされるか……。早いとこ何とかせにゃ」

 二つ目の箱が引き上げられたとき、冷やし麺と氷は、ひき臼に言った。

「お前さんたちくたびれたろ、一休みしろ。後は俺たちがやるよ」

 二人は三つ目の箱を引き上げると、こっそり帯のあちこちに切れ目を入れた。そうして最後に残ったクルバンを引き上げると、半分ほど上がったところで帯がブツリと切れ、クルバンは深い地の底に落ちていった。

 これではきっと助かるまい。

 冷やし麺はほくそ笑み、他の英雄が止めるのも聞かず、宝物と娘を連れて逃げてしまった。

 

 地の底に落ちて瀕死になったクルバンを救ったのは、魔王の国の女たちだった。彼女たちに付きっ切りで介抱され、何日かして怪我が癒えると、クルバンは地上へ戻る方法を相談した。

「あの井戸を登ることはできません。ただ、ここから三日ほど歩いたところに、一羽の大鷹が棲んでいます。大鷹がその気になれば、あなたを人間界に送ることもできましょう。何とかして頼んでごらんなさい。それ以外に、方法はございません」

 クルバンはそれを聞くと、女たちに別れを告げて、大鷹の住処へ向かった。

 三日経って、クルバンは一本の大木を見つけた。と、木の上に沢山の鷹のヒナがいて、何かに怯えたようにピーピーと鳴いている。近づいてみると、一匹の大蛇がヒナを一羽また一羽と呑み込んでいるではないか。クルバンは大木に登り、宝剣を抜いて蛇を斬り捨てた。残ったヒナたちは喜んでクルバンを囲み、嬉しげに鳴きながら頭を下げた。ところが、やがてハッと聞き耳を立てて「早く隠れて!」と言う。「おっかさんが帰って来る。おっかさんは、人間は鷹の一番の敵だといつも言っているから、きっとあなたを食べてしまうよ!」

 クルバンは洞窟の中に隠れた。母の大鷹が巣に戻ってきて、ヒナたちが楽しそうに跳ね回っている様子を見て「お前たち、何かいいことでもあったのかい」と訊ねた。

「さっき、あの蛇が登ってきて、僕たちもう少しで食べられるところだったんだ。そしたら人間がやってきて、蛇をやっつけて僕たちを助けてくれたんだよ」

「その方はどこにいらっしゃるの」

「知らないよ。知らないけど――ねえ母さん、その人を食べちゃうの?」

「蛇を倒してお前たちを助けてくれたお方を、どうして食べられるもんかね」

 ヒナたちはそれを聞くと、クルバンの隠れた洞窟に母を連れて行った。大鷹はクルバンに会うと礼を言って「どうしてこちらへ?」と尋ねる。クルバンはこれまでのことを話し、人間界へ帰るのを助けてくれるように頼んだ。大鷹は言った。

「人間界へはとても歩いて行くことは出来ません。飛んでも十九日と十九晩かかります。途中に休むところもありません。もし、あなたがどうしても行かなければならないのでしたら、私がお送りいたします。さあ、十九日分の肉と水を用意しましょう」

 大鷹はクルバンを連れて山に行き、何頭かのサイを殺した。その肉を鍋で煮て、皮は水を入れる袋にした。すっかり用意が整うと、それを全部自分の背に積んだ。そしてクルバンを乗せて大空に舞い上がった。

 途中、大鷹が腹をすかして肉が欲しいと言えば肉をやり、喉を乾かして水が欲しいと言えば水をやった。ところが、こうして飛び続けて十九日目になったとき、肉は食べつくし、水は一滴もなくなってしまった。流石の大鷹も飛び疲れて、後ろを振り返ってはしきりに肉を欲しがる。クルバンはすっかり困ってしまった。

 しかし、肉が尽きたことを知ったら、大鷹は飛ぶ力をなくしてしまうだろう。なんとかしてこの危機を乗り越えなければ。

 クルバンは宝剣を抜き、自分の太腿の肉を一かたまり切り取って大鷹に食わせた。大鷹はぐっと力をつけ、それから一日と一晩飛んで、ようやく地上に到達した。

 

 地上に戻ると、クルバンは子分の英雄たちを何日も探し回った。そのうち一団の軍勢に出会ったが、なんと、それは冷やし麺英雄の軍勢だった。ところが、ようやく再会できたというのに、冷やし麺は冷たい態度を取る。クルバンは軍勢をやっつけ、冷やし麺を一番手ひどく痛めつけてやると、ひれ伏して

「これからはきっと忠実な家来になります。絶対に心変わりいたしません」と誓ったのだった。クルバン帰還を知ると、残りの英雄たちも次々とやって来た。

 さて、魔王の二人の娘と四人の人間界の娘たちはと言うと、全員、冷やし麺と強引に結婚させられるところだったのだが、魔王の娘が魔法を使って六匹の猫を六人の娘に変えて身代わりにしたため、冷やし麺は床入りするや全身引っかき傷だらけ。その間に娘たちは逃げ出して身を隠していた。けれど、これもクルバンが戻ったと聞いて、うち揃ってやって来た。

 クルバンが都に帰ると、人々は大歓呼し、こぞってクルバンを褒め称えた。王は民の声を無視できなくなり、祝いの席を設け、うわべだけはもっともらしい態度で、クルバンに王位を譲りたいと申し出た。ところがクルバンの言うことには、

「国王になんかなりたくないよ。おいらは、やっぱり家に帰って、野良仕事をする方が性に合ってるのさ」

 こうしてアイリ・クルバンは村に帰り、魔王の二人の娘と、それは幸せに暮らしたという。



参考文献
『中国の民話〈上、下〉』 村松一弥編 毎日新聞社 1972.

※救い出されるヒロインが六人もいて豪華である。うち二人と結婚。一夫多妻制なのか……。

熊の子ジャン」とほぼ同じ筋立てだが、全体的に主人公の事跡やその周囲の環境を好意的に捉えて描いている。親や近所の人たちはクルバンがどんなに騒ぎを起こしても決して疎外しないし、仲間たちも裏切ったのは全員ではないと語られ、クルバンも後で裏切り者を「やっつけた」だけで許してやり、再び子分に迎える。

 

 ペルーに伝わる類話では、熊の子は追って来た父熊を罠にかけて殺す。母は熊の子に洗礼を受けさせようとするが、熊の子はその怪力で誤って名付け親を殺してしまい、神父に憎まれる。神父は熊の子を殺そうと、わざと亡霊の許へ遣いに出す。しかし、熊の子は亡霊を倒してその霊魂を救済する。熊の子は無事に家に帰ったが、母は熊の子を恐れ、罠にかけて息子を殺す。(『世界昔話ハンドブック』 稲田浩二 他編 三省堂 2004.)

 この類話では熊の子は母に殺される。なんとも陰惨に思えるが、これはこの話に限ったアレンジではないと、私は思っている。異能の力を誇った英雄、ヘラクレスもジークフリートもヤマトタケルも、最後には身近な女性のためにその命を落とす。

 また、母に殺されるのではなく、逆に異能の子が意図的にではなく母を殺してしまうモチーフも、世界中の類話で見る事が出来る。日本の「桃太郎の山行き」や「小泉小太郎」では、怪力で刈ってきた柴が多すぎて家を破壊し、親を圧死させる。中国の「小黄龍」では、竜に変身した息子が姿を見せると母はショック死する。ハンガリーの「力持ちのヤーノシュ」では、怠け者の息子ヤーノシュが武勲をあげた上に王女と結婚したと聞くと、母は喜びのあまりその場で死んでしまうのだった。

 中国の「ひきがえる息子」系の話では、長い間 蛙の姿で養われるばかりだった息子がある日突然口をきいて嫁を貰い、皮を脱いで美しい若者になる。それを見ると、両親は喜びのあまりその場で死んでしまう。逆に、蛙息子の方がある日突然昇天して消え去った、と語るものも多い。異能の子は、親を殺すか、女の手によって突然の死を迎える(神になる)かするものだ、という観念が根底にあるように思える。



鬼の子小綱  日本 岩手県

 昔、爺と婆があった。二人には美しい娘が一人あったが、ある日 山へ柴を取りに行って鬼にさらわれ、それきり行方が分からなくなってしまった。爺は婆に後を頼むと、一人で娘を探す旅に出た。

 娘を尋ね歩いて幾年も経った。ある日、爺が奥山に分け入っていくと、木の枝に美しい袖が片切れ引っかかっている。暫く行くと今度は手拭が柴に引っかかっている。なおも奥へ奥へ分け入っていくと、大きな岩屋があって、その前の広場に洗濯物が干してあった。よく見るとそれは娘が家にいた時 着ていたものであった。

「やれ、懐かしや。娘はこの中にいる」と思い、爺は「もうし、もうし」と声をかけた。すると思った通り、中から出てきたのは我が娘であったけれども、なんとも変わり果てた姿であった。「あや、ととではないか」と娘は泣いた。爺も、「娘であったかやい。おらはお前を長い間 尋ね歩いて来たが、何してこんな奥山の奥の岩穴に来ておるかや」と嘆くと、「鬼にさらわれて」と娘は言った。

 岩屋の中に入ってみると立派な座敷があって、そこに玉のような男の子が一人いた。

「この子は誰の子かや」と爺が聞くと、「これはおらの子で名前は小綱というが、おら、この子が大きくおがって歩けるようになったらここから逃げ出すべと、毎日毎日考えてきた。八月十五日の満月になったら、あおじの支度で里辺の方に逃げ帰るべかと思っている」と、娘は言った。それから、「小綱、小綱、これはお前の祖父じいさまだから、おとうが戻ってきても、人間がここにいるだの言うでないぞ」と言うと、小綱は「おら、決して言わん」と言った。二人は爺をへやの隅にあったひつの中に入れて隠しておいた。

 そこへ鬼がどかりと帰ってきた。

「さぶい、さぶい、あんまりさぶいから今日は別段ええこともなかった。早う火を燃やせ、早う」と言って、炉辺ひぼとにうんと薪や柴をくべて火をどんがどんが焚き、踏んまたがって火にあたり、家の中をあなたこなたと見回した。そのうち鼻をふんふんさせて、「何やら人間のにおいがする」と言って立ち上がり、裏処うらどに行ってすぐ戻って来て怒鳴った。

「ここさ人間が一人来ておるな。乱菊らんぎくの花が一輪咲き増しておるから、隠しても分かるぞ」

 女が、「今までお前に話さなかったが、実は三月ほど前からおらの腹に子が宿っている」と言うと、鬼は「そうであったかやい」と言って、にかにか笑って喜んだ。

 あくる日、鬼が外に出て行ってしまうと、三人は「この分ではとても十五日の夜までは待たれん。一日でも早くここを逃げ出すべ。さあ、どうしたらよかんべ」と相談を始めた。すると小綱が、「おらに任せてがんせ」と言い、岩屋の中のあちこちにくそを垂れ、しまいには屋根の上まで登って垂れて、

「この糞、性あらば、おとうが小綱、小綱と呼んだら、はいと返事しろ」と糞に言い含め、それから三人は連れ立ってどんどと岩屋を逃げ出した。山を歩いたら手間取るから海の方から逃げるべと、海辺に出て、浜に繋いであった船に乗って沖の方へワサワサ漕ぎ出した。

 さて、暫くして鬼が岩屋に帰ってきて、「小綱、小綱」「かかよ、嬶よ」と呼んだが返事が無い。「嬶よ、小綱よ早うめしを出せ」と言うと岩屋のあちこちから「はい」「はい」と返事が聞こえる。だが行ってみると誰もいない。「小綱、小綱、どこだ。早く出てきて顔見せろ」と言って鬼は岩屋の隅から隅まで探し歩き、しまいには声のする屋根にまで登ってみたが、小綱は見えず、小綱のひった糞ばかりがあった。

「なんだ、返事するのはこの糞ではないか。さては、嬶も小綱も逃げたな」と鬼は気がつき、いっさん走りに海辺に駆けつけてみるともう三人の船は遥か沖の方に出ておった。鬼は地団太踏んで、すぐさま岩屋に馳せ戻り、寄せ貝をぼほぼほと吹き鳴らすと、辺り近在の大勢の鬼どもが、「それ、おかしらのお呼びだ、何事か」と寄せ集まってきた。

 鬼の頭は大勢の鬼どもを引き連れて浜辺に駆けつけ、みんなを一斉に四つん這いにさせた。そうして海の水をガッワガッワと吸わせると、三人が乗った船は、つ、つぅーっと浜に引き寄せられてしまった。もう一息で船が浜辺に上がってしまうというところで、小綱はやにわに母親の尻をまくって、朱塗りのへらでぺんぺん尻を叩いた。それを見て鬼どもはいっぺんに吹き出してしまい、どっと海の水を吐き戻し、皆して大笑いしながら家に帰って行った。おかげで船は無事に親子の故郷に戻ることが出来た。

 その里で小綱は大きくなった。けれども大きくなるに従って、人間が食いたくて食いたくてたまらなくなった。ある日、「爺な、爺な、おらはどうしても人間を食いたくなってたまらんから、いっそのことおらを殺してくなさい」と言った。爺はそれを聞いてたいそう嘆き、「孫や孫、なんぼお前が鬼の子だとて、おらの孫には変わりない。どうして殺せるかや」と言うと、小綱は「そんだば仕方ないから、おら、我と我が手で死ぬべ」と言って、山へ行き、柴を山ほど取ってきて、それを積んで小屋を作り、その中に入って火をつけて、焼け死んでしまった。その時、その焼灰が吹き飛んであぶや蚊に、田んぼに落ちたのはひるになって、思うさま人間の生き血を吸うようになったそうな。どんとはらい。



参考文献
『いまは昔むかしは今(全五巻)』 網野善彦ほか著 福音館書店

※魔物にさらわれてしまった女を、(その夫/英雄)が探して異界に踏み込み、(怪物を殺す/女を連れて逃げ帰る)という話は、世界中で見ることができる。「鬼の子小綱」もその範疇に入る話なのだが、特異なのは、さらわれた女が怪物との間に子供を産んでいて、その子供の能力で逃走を成功させる、という点である。だから、女を連れ戻しに来るのが夫ではなく、父親(または兄弟)に改変されているのだろう。

 以下、類話。

鬼の子小綱  島根県

 父と娘が山にきのこ取りに行くが、娘は手拭と前掛けだけを残して行方不明になる。それを知った母は心労のあまり病気になって、やがて死ぬ。父は何年も娘を探し続け、噂を聞いて小舟で鬼の棲む島に渡る。

 島に着くと、波打ち際で子供が遊んでいる。名前を尋ねると「小綱」と答え、母の許に案内する。果たして、それは行方不明になっていた娘だった。娘は鬼の女房にされていたのだ。小綱は鬼との間に産まれた息子だった。

 やがて鬼が帰る気配がして、娘は父を押入れに隠した。帰ってきた鬼は「人臭いぞ」と言い、娘は「実は父が訊ねて来たのです」と明かして、決して食べないようにと約束させた。

 しかし、時間が経つと、鬼はだんだん父を食べたそうな素振りを見せ始める。父と娘と小綱は、鬼が出かけた隙に小舟に乗って逃げ出した。すると、鬼たちが海岸に集まって水を呑み、舟を吸い寄せ始めた。そこで娘が着物の尻をまくって丸出しにし、お尻ペンペンと叩いたところ、鬼たちはどっと笑って水を吐き出し、舟は一気に押し出されて鬼の島から逃げ出すことが出来た。

 こうして三人は人間界で暮らし始めたが、小綱は成長すると「人間が食べたくて仕方がない」と言い出す。母が驚いて「それはダメだ」と言うと、「ならば俺を殺してくれ」と言って、薪を積んで、火を点けてくれと母に願った。母は拒み、小綱がまた願う。そうこうしていた時、雷が落ちて薪が燃え上がった。小綱は火の中に飛び込み、そのまま焼け死んでしまった。

 小綱は灰になり、その灰は飛び散って蚊になったという。


参考文献
『ドコモ電子図書館 日本の民話・昔話コレクション』 榛谷泰明収集(Web)※現在PCから閲覧不可?

熊の子ジャン」や「アイリ・クルバン」は、魔物の子が母を助けて人間界へ逃げ帰った後からが物語の本領であり、その異能の力で大きな仕事を成し遂げて幸せな結婚を果たす。ところが、「小綱」にはそれが全くない。父の鬼から無事に逃げられた、というところで話が終わっているものが多いし、その後が語られても、小綱は自ら焼け死んだか溺れ死んだ、と、無残な最期をごく簡単に語るのがせいぜいである。

 ペルーの民話では、熊の子は母を助けて人間界へ逃走するが、母はやがて熊の子の異能の力を恐れるようになり、罠にかけて殺してしまう。

 上に挙げた二つの例話では、小綱は祖父や母に殺してくれと頼み、しかし拒まれ、ならばと自ら火に飛び込んで死ぬが、恐らくは小綱は母に殺されたのが本来の形だったのではないだろうか。親が子を殺す結末はあまりに無惨過ぎるので、このように変更したのだろう。

 

  1. 娘が魔物の嫁にされる。
    1. 誘拐されて
    2. 魔物に田に水を引いてもらったり、畑に蕎麦を蒔いてもらった代わりに
  2. 父親が(娘を探し回って/娘から手紙を貰って)異界に会いに来る。
  3. (娘と魔物の間の子が出てきて魔物の家まで案内する。)
  4. 魔物は人間がきたことに気付く。
    1. 人臭いぞ、と言う
    2. 男がいると咲く花が咲いていたので。娘は「子供が出来て腹にいるからだ」と誤魔化す。
  5. 魔物は父親を食おうとする。
    1. 縄ない競争、石食い競争など挑んで、負けたら食うと言う
    2. 夜、寝ている間に食おうとするが、娘や魔物の子が声をあげて妨害する
    3. 釜茹でにしろと魔物の子に命じるが、代わりに石を茹でる
  6. 父と娘と魔物の子は水を渡って逃走する。(魔物の子は糞や針を身代わりにして返事をさせ、時間を稼ぐ。)
    1. 小舟で
    2. 魔法の車で。千里走る車は早いが川や海は越えられない。五百里走る車は遅いが川や海の上でも走る。三人は五百里走る車を選び、川を渡っていく
  7. 魔物は水を呑んで舟を吸い寄せようとする。娘が尻を出して箆で叩くと、魔物は笑って水を吐き出し、三人は逃げ延びる。
  8. 魔物の子の死
    1. 魔物の子は自ら死ぬ。
      1. 人間を食べたくなった自分を忌んで、祖父や母に殺してくれと願うが拒否されたので、自ら焼け死ぬ
      2. 人間とは暮らせないと言って飛び降り・入水自殺する
    2. 魔物の子は母または祖父母に殺される。
  9. 信仰、由来
    1. 魔物の子の死体が蚊や虱に変わった
    2. 菖蒲とヨモギを魔除けとして家の周囲に飾る由来
    3. 節分の由来
    4. 魔物の子は氏神の化身だった

 

 この話は、また、呪的逃走譚としての側面も持っている。魔物の家から逃走する際、(血/唾/糞/針/お札/トイレの柱)などが身代わりとなって返事をすること、水を渡ると魔物は追って来られなくなること、しかし魔物は水を呑んで更に追おうとすることなど、世界中の話でお馴染みのものばかりである。ただ、逃走の決定打となったのが「女の尻(女性器)を見せて魔物を笑わせる」ことだというのが面白い。

「性」には人を笑わせ和ませる呪力がある、というのは、様々な神話等でも語られているモチーフである。

 例えば日本神話では、あられもない姿で踊り狂ったアマノウズメが、怒って岩戸に閉じこもっていた太陽神アマテラスを外に誘き出す。ギリシア神話では、娘を誘拐されて物も食べなくなった地母神デメテルを、バウボという人間の女が尻をまくってみせて笑わせ、物を食べさせた。アイヌの神話では、「笑ってはいけない」試練を受けるオキクルミの前で素裸の男女神が犬の交尾の真似を演じて見せ、今までどんな試練にも耐えてきた彼が笑い、試練に失敗してしまう。

 笑いの呪力はそれほどに強いものなのだった。--> 参考<童子と人食い鬼〜呪的逃走

 

 なお、「人食い鬼が岩屋に捕らえていた人間に逃げられ、手下の鬼たちを呼び集める」というモチーフは、ホメロスの『オデュッセイア』(ギリシア神話)にもある。一眼の人食い巨人キュプロクス、ポリュペーモスの物語である。



参考--> 「猿にさらわれた娘」「鬼が笑う」「節分のはじまり」「梵天国」「三枚のお札」「月の中の木犀の木




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