十二の首を持つ竜  チェコスロバキア

 深い森の中の小さな家に猟師と息子が住んでいた。息子は父親から猟師としての腕を仕込まれて育ち、成長したある日、こう言った。

「親父、俺は旅に出るぜ。遠い国で自分の幸せを見つけるんだ」

「そうか、行って来い。ウチにいるんじゃ、広い世間のことも分からないからな」

 息子は旅支度を整え、父親に別れを告げて旅立った。

 遠い国のあちこちを彷徨ったが、幸せを見つけることは出来なかった。いつしか深い森に踏み込んで、森の旅が始まっていた。

 と、いきなり藪の中から狼が飛び出してきた。息子は咄嗟に矢を放とうとした。ところが狼は叫んだ。

「撃つな! わしを一緒に連れて行くといい。きっと役に立つぞ」

「そうか、それなら一緒に来い」

 息子は狼を連れて森の旅を続けた。

 あくる日、藪の中から熊がノソリと出てきた。息子は矢を射掛けようとした。

「撃つな! わしも一緒に連れて行ってくれ。きっと役に立つぞ」

「いいとも。一緒について来い」

 熊も仲間に加えて旅は続いた。

 三日目、藪の中からライオンが飛び出してきた。息子は矢をつがえ、射ようとした。

「撃つな! わしを一緒に連れて行け。きっとお前の役に立つぞ」

「それなら一緒に行こう」

 息子は猛獣達三頭を引き連れて旅を続けた。

 

 森を抜けると、広々とした平野に出た。平野の真ん中には大きな町があり、町は周囲を高い壁に囲まれていた。町へ入る門は十二もあったが、いずれも真っ黒に塗り潰されている。

 その時、時刻は真夜中に近かったが、門の一つから四頭立ての馬車が出てくるのを猟師の息子は見た。馬車も馬も黒い布で覆われ、御者も黒いコートを着ていたし、帽子には喪章を着けていた。馬車の中には、純白の花嫁衣裳を着た美しい乙女が乗っていた。頭には薔薇で編んだ冠をかぶっている。そして、馬車の後ろからは大勢の人々が泣きながら付いて来ていた。

 息子は不思議に思って、中の老人に訊いた。

「どうして皆さんは泣いているんです? あの乙女はこんな夜更けにどこへ行こうというんですか?」

「おお、若いお方、遠くから来なすったらしいの。それではわしらの悲しむわけを知らぬのも無理はありますまい。本当にひどい話じゃ。

 あの丘の藪を御覧なされ。藪の向こうに岩があって、岩の間に大きな湖がある。一年前からその湖に十二もの頭を持つ大きな竜が棲み付いて、毎月一人の娘を生贄に差し出さんと、畑を破壊し、家畜を食い殺し、町の人々を追い回して、それはひどい仕打ちをするんじゃ。

 わしらはもうどうしていいか分からずに、毎月くじを引いて生贄の娘を決めておる。既に十一人の娘が差し出されたが、それでも飽き足らぬものらしい。とうとう王様の娘を差し出さねばならないことになって、こうして竜のところへお連れするところなんじゃ」

「竜を殺そうとした者は誰もいなかったのですか?」

「もう何人もやってみたのじゃが、上手くいった者はいなかった。王様は、竜を殺し姫を救った者には、報酬として国の半分と娘を与えるというお触れを出しておられるが、我こそはと名乗り出た者はおりませなんだ。なんにしても、もう遅い。遅すぎる……」

「いや、まだ遅くはないぞ」。深く溜め息をついた老人に向かい、猟師の息子は呟いた。「この俺がいる」

 息子は町の人々の後に付いて行った。途中で人々は引き返し、御者だけが馬車を駆って、姫君を藪の方へ連れて行った。少し離れて息子と三頭の獣が続いた。馬車が藪へ入ると、息子は声をかけた。

「そこで停まれ。後は俺が姫君を送る。あんたはここで待て」

 馬車が停まると、姫君が降りてきた。湖のほとりまで一緒に歩いてから、息子は木に寄りかかってこう頼んだ。

「姫君、俺は長旅で少し疲れているので、木の下でちょっと仮眠を取りますが、あなたはここにいてください。湖水が波立ち、岩が揺れ、森の木々が騒ぎ出したら、俺を起こしてください」

 息子が眠って暫く経つと、激しい風が吹き始めた。湖水はミルクのように白く泡立ち、巨大な岩がグラグラと揺れ動き、森の木々はざわめいて弓のようにしなりだした。

「起きて、起きて下さい!」

 姫君に揺り起こされた息子が見ると、湖の真中から十二の首が現れるところだった。息子は鋭く光るナイフを抜き放ち、三頭の仲間に向かって言った。

「お前達、今こそ役立つ時が来た。しっかり頼むぞ!」

 竜は波を蹴立てて、真っ直ぐにこちらに突進してくる。息子と三頭の獣に気付くと、十二の首が猛然と襲い掛かってきた。

 ライオンは首の股に飛び掛り、熊は背に飛び乗り、狼は尾に食い付いた。獣達が噛み付き、引き裂くと、竜の体から血が噴水のようにほとばしった。竜は、凄まじい苦鳴を上げてのた打ち回る。息子は、その首を次々と切り落としていった。全て落としてしまうと、口をこじ開けて舌を抜き取り、それを袋に詰めた。

 傷一つ負わずに戻った息子の姿を見ると、姫君は涙を浮かべて喜んだ。

「本当にありがとう。さあ、一緒に父の城へ行きましょう。父から約束の物を貰うのです」

「いいえ、俺は行けません、今は」。心にもないことを息子は言った。「旅を急ぐんです。来年の今日、きっとここへ戻ってきます。その時に約束のものをいただきます」

 姫君は指輪を抜くと息子に渡し、必ず戻ってきて下さいと念を押した。馬車まで姫君を送ると、息子はそのまま旅立っていった。

 

 さて、一部始終を馬車の陰からうかがっていた御者は、勇者がなんの報酬も貰わずに去っていくのを見ると、あるアイデアが閃いた。暫く行くと馬車を停め、姫君を脅しにかかった。

「竜を殺したのは、俺だ。お前を救ったのも、この俺様なんだ。王には俺の言った通りのことを伝えろ。嫌だと言うなら、生かしておかないからな!」

 姫君はどうすることも出来ず、屈服するよりなかった。

 御者に連れられた姫君が城に戻ると、王の喜びは大変なものだった。すかさず、御者は竜と果敢に戦って姫君を救ったというデタラメを吹聴し、証拠として十二の竜の首を並べた。

「陛下、これが竜めの首でございます。ただちに姫をいただきたい」

「うむ、分かった。約束じゃ。そなたは姫を救った。わしはその恩に報いねばならぬ」

 姫君は御者が恐ろしくて真実を訴えることは出来なかったが、それでも必死に食い下がって抵抗した。

「父上、私はまだ若すぎます。せめて来年の今日まで、結婚は待ってください」

「さようか。それほど言うなら、来年まで待つがいい」

 御者もそれ以上せっつくことはできなかった。

 

 一年が過ぎようとしていた。姫君と御者の婚礼の支度が始まり、国中の人々が祝賀の赤い服を着ていた。多くの人が御者の幸運を羨み、それ以上の人々が不思議がっていた。あんなに弱そうな男が、どうして竜を倒せたのか? 多くの勇士が失敗していたのだから、尚更だった。だが、証拠は厳として揃っている。それを見せられると誰もが黙ってしまった。

 それでも人々は楽しそうに婚礼を指折り数えて待っていたが、姫君だけは涙の日々だった。

 婚礼の当日、猟師の息子が町に戻ってきた。彼は酒場に入ると、そこの亭主に訊いた。

「ご亭主、去年この街に来た時はみんな黒い服を着ていたが、今日は赤い服を着ている。どういうことなんだい?」

「これはようこそ、旅のお方。今日はめでたい日なんでさ。ちょうど一年前、お姫様は十二の首を持つ竜の生贄になるところを、御者に救われたんです。それで今日はそのお二人の婚礼の日で、みんなで赤い服を着てお祝いしとるわけです。今頃、お城の中じゃあ婚礼が始まってることでしょう」

「………。ご亭主、私の頼みを聞いてくれないか。謝礼は、勿論する」

 息子は言った。

「城へ行ってくれ。婚礼の広間に入っていくのだ。花嫁にこの指輪を渡し、『一年前、そなたの命を救った者が、グラスにワインを満たしてそなたに与える』とだけ伝えてくれればいい」

 酒場の亭主は城へ行き、婚礼の広間に入った。そして花嫁に指輪を渡して告げた。

「お姫様、これは私の店に来た見知らぬ客からです。一年前お姫様の命を救った者が、グラスにワインを満たしてお姫様に与える、と」

 その指輪を一目見て、姫君は誰からなのか分かった。憂いにやつれた姫君の顔は、見る見る喜びに輝き始めた。側で聞いていた王は怪訝な顔になって問いただした。

「亭主、どういうことじゃ? ここにおる御者が姫を救ったのではないのか?」

 御者は真っ青になって叫んだ。

「陛下、その男はとんでもない詐欺師です。私こそが姫君をお救いした者です。証拠だってございます」

 花嫁は一言も喋らず、グラスを取ると、一番上等のワインを注いで亭主に渡した。

 王の命で、猟師の息子は城に連れてこられた。彼が婚礼の広間に入った途端、王は語気鋭く言った。

「お前がわしの娘を助けたというのか? よくもそんな大ぼらが吹けたものだ。竜を殺し娘を救った者は、ここにちゃんとおるわ。証拠の首も揃っておるぞ!」

 息子は落ち着いて答えた。

「陛下、それでは竜の首をここへ持ってくるように命じて下さい。首には舌がなくなっているはずです」

 家来に命じて持ってこさせた首を調べてみると、確かに舌の付いている首は一つもない。息子は袋から十二の舌を取り出して言った。

「これが竜の舌です。首と合わせてみて下さい」

 舌は十二の首とピタリと合った。

 今こそ、姫君は事の真相を話し出した。旅の若者が竜を殺して自分を救ってくれたこと、御者に脅されて今日まで黙っていたことを。王の怒りは凄まじかった。

「余を偽ったこやつを、生きたまま塔の壁へ塗り込めてしまえ!」

 厳しい王の命に従って、御者は連れて行かれた。

 すぐに新たな婚礼が始まったが、美しい花嫁はもう泣かなかった。



参考文献
『チェコスロバキアの民話』 大竹國弘訳編 恒文社 1980.

※【竜退治】の典型的な物語だが、旅する主人公の前に三種の動物が自ら現れて従者になり、その後の化物退治を忠実に助ける点が[桃太郎]と非常に似ているので、ここに載せてみた。

 ところで、 [二人兄弟〜竜退治型]に属する『グリム童話』の「二人兄弟」(KHM60)では、お供になって共に竜退治をする獣は兎、狐、狼、熊、ライオンの五種になっている。主人公が森で狩をして獣を銃で撃とうとすると、獣が命乞いをして「見逃してくれたら私の子供をあげる」と言い、子供の獣は主人公の忠実な家来になるのだ。
 この獣たちは人間の言葉で口をきき、戦うだけではなく、主人公の使いとして活躍したりする。また、主人公が敵に首を斬られて殺された時、そして主人公が誤解から兄の首を斬って殺してしまった時には、兎が二百時間かかる彼方の山にある再生の草の根を二十四時間で取ってきて、生き返らせる。これはインドの叙事詩「ラーマーヤナ」で猿神ハヌマーンがやったことと同じである。

参考--> [二人兄弟〜竜退治型]



 数種の獣が供となる物語の幾つかのパターンを簡単に記す。

命を共有する者 --> [二人兄弟〜竜退治型]

 主人公が生まれた同じ日に生まれ、共に育った獣は、主人公の旅立ちにも従って忠実に仕え、主人公が死ぬ(石になる)と共に死ぬ(石化する)

(双子/同じ日に生まれた人と獣/人が産まれた日に植えた植物)は繋がりを持ち、互いに運命や命を共有する、という信仰が根底にあると思われる。

獣の義兄 --> 『グリム童話』の「三人姉妹」など

 主人公は異界に住む三種の獣の義弟になり、それぞれから死の試練(一定期間穴にこもる、気絶する)を受ける。試練の後、主人公は妻を得るための冒険を始めるが、危機の際に呼ぶと義兄たちが現れて助けてくれる。主人公が冒険をやり遂げると、義兄たちに掛けられていた呪いが解け、彼らは人間の姿になる。

 これは地中海沿岸を中心に、北欧やアメリカインディアンにまで広まっている話型だそうで、三種の獣は陸・海・空を象徴する「熊・鯨・鷲」であるのが一般的だそうだ。

肉の分配 --> 「ガラスの山

 アリ、ライオン(熊/狼)、鷲(カラス)などの数種の獣が肉の分配で揉めており、通りかかった主人公が裁定する。その返礼として、妻を得るための主人公の冒険の際、危機になるとその獣に変身して行動できるようになる。




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