>>参考 【二人兄弟〜基本型】「ナルト叙事詩・ゼラゼと双子の兄弟」【悪神退治】
     「楽園の林檎」「十二の首を持つ竜

 

双子の王子  チェコスロバキア

 もう、ずっと昔の話である。

 ある国に王とお妃がいた。二人には子供がなく、長い間 寂しい毎日を送っていた。

 ある日のこと、二人が窓の外を眺めていると、七人の子供を連れた女が通った。一人はまだ赤ん坊で、女の腕に抱かれている。女は王夫妻に気付くと食べ物を乞うた。子供たちに食べさせるものがなかったのだ。すると、お妃は本当に悲しそうに泣き始めた。女は驚いて尋ねた。

「いったい、どうなされたのです?」

「これが泣かずにいられるでしょうか。食べ物がないとはいえ、そなたは七人もの子に恵まれている。ところが、私には食べ物はあっても、食べさせたいと思うたった一人の子さえいないのですよ」

「泣かないでください、お妃様。あなたさまは容易く子を持つことが出来ます。王様は大きな湖をお持ちでしょう。その湖の魚を獲って、料理して食べるのです。食べられない部分は馬に与えてください。馬が食べ残したら、犬に与えてください。犬が残したものは地面に穴を掘って埋めてください」

 お妃は言われた通りにした。すると身ごもって、玉のように美しい双子の王子を産んだ。一方、残り物を食べた馬は二頭の白馬を産み、犬は二匹の茶色い犬を産み、最後のくずを埋めた庭には剣のような木が二本伸びていった。

 双子の王子は並みの赤ん坊ではなかった。日ごとに大きくなり、一年目の誕生日には もう七歳くらいの子供に、二年目が過ぎると十四歳くらいの少年に、三年目には二十一歳ほどの青年に成長していた。双子はよく似ており、父王でさえ見分けられないほどだった。

 ある日、双子の王子は父王の前に進み出て言った。

「父上、私たちは旅に出て、広い世界を見てきたいと思います」

「行くがよい。何でも見て、何でもやってみるのじゃ」

 二人は二頭の白馬にまたがり、二匹の茶色い犬をお供に加え、庭で成長したサモロストの木で作った剣を腰に吊るして出発した。

 長い旅を続けるうち、二人はいつしか深い森に入っていた。行く手には大きな樫の木があり、木の前で道は二手に分かれている。二人は木の下で立ち止まって、どの道を行くべきか迷った。すると、兄王子が言った。

「いつまでも二人でくっついているのもつまらない。ここで別れようじゃないか。

 この樫の木にそれぞれの短剣を刺して、互いの命の指標としよう。一年後の今日、ここに先に着いた方が短剣を調べるのだ。錆びずに短剣の両面が光っていたら、戻るのが遅くともここで待って合流する。しかし両面が錆びていたなら、死んだとみなして一人で先に城に帰るのだ」

 こうして、双子の兄弟は樫の木の下で別れた。兄は右の道を、弟は左の道を進んでいったのである。

 

 兄王子は、森の中を何日も進み続けた。ようやく森を抜けると、行く手に大きな町が現れた。

 ところが、町に入った兄王子は奇妙なことに気がついた。町の外も中も、行き来をするのは黒服の人ばかりなのだ。

(まるで町全体で喪に服してでもいるみたいだ。何か大きな不幸でもあったんだろうか……。)

 町の入口近くの酒場に入ると、兄王子はそこの亭主に訊いてみた。

「どうしてまた、町の人々がみんな喪服を着ているのですか?」

「ああ、若い旅の方、遠くから来られたようですね。それじゃ、私たちのこの苦しみも分かりますまい」

「一体何があったっていうんです?」

「あの森の中の岩をご覧なさい。その下に割れ目があって、もう長い間、巨大な龍が棲みついているのです。私たちは毎年くじで選んだ一人の乙女を、生贄として差し出さねばならんのですよ。それに従わんと、町中の人間が殺され、町が滅ぼされてしまうんです。

 今年の籤で、この国のお姫様が当たっちまったんです。王様は八方へ使いを飛ばして龍を殺す勇者を求めておられるのですが、なかなか見つかりません。お姫様は、それは美しく心の優しい方ですが、残念ながら もう助ける術はないでしょう。明日には龍の生贄にされちまうんです」

「それなら、私がやってみよう」

 兄王子は急いで城へ駆けつけた。王は非常に喜び、もしも龍を退治できたなら、娘をそなたの妻とし、王国の半分も与えよう、と約束した。

 あくる日、町の人々は姫を龍の棲む岩へ運んでいった。兄王子は愛馬"白"にまたがり、愛犬"茶色"をお供に、愛剣サモロストを腰にいて同行した。

 岩につくと、兄王子は馬から下りて亀裂を覗き込んだ。きっとここから龍が出てくるのだろう。――と、"茶色"が突然吠え狂った。"白"もひづめを鳴らし、サモロストも手の中で生きた蛇のようにしなった。穴の底から雷鳴のような声が響いてくる。

そこに、貢ぎ物は届いているか?

「あるとも、それもたっぷりとな!」

 兄王子が怒鳴り返すと、龍は洞穴から首を覗かせた。兄王子を見つけると怒り狂い、その恐ろしい吼え声で岩はぐらぐらと揺れ、森の木々は大風に吹き飛ばされるかのように弓なりに反った。龍は両眼から稲妻を走らせ、鼻から凄まじい煙を吐き散らし、頭から洪水のような水を噴き上げた。しかし兄王子は少しも怯まずに剣を振るい、"茶色"も喰らいつき、"白"もそのひづめで踏み蹴った。

 激戦は長く続いたが、幸運は兄王子の上に輝いた。殺された龍は長々と寝そべり、死体からは血が河のように流れ出た。

 兄王子に連れられて無事に帰ってきた姫の姿を見た王の喜びようは大変なものだった。直ちに「喪服を脱いで、祝賀の赤い服を着るように」と全市にお触れを出した。

 約束どおり、王は娘を兄王子と結婚させ、世継ぎに定めた。程なく王は死に、若い王とお妃は穏やかに国を治め、幸せな日々が続いた。

 

 そんなある夕暮れのこと。若い王が城の窓から外を眺めていると、真北の森の中で大きく輝いているものがある。その日ばかりではない。次の日も、その次の日も、王は同じものを見たのだった。王は不思議に思ってお妃に尋ねた。あの光は何なのか。そして、結婚して間もなく一年にもなろうというのに、そなたがそのことを説明しようとしないのは何故か。

 若い王妃はひどく動揺して叫んだ。

「あなた、もうあの光を見てはなりません! 考えてもいけません。さもないと、あなたにも私にも、きっとよくないことが起こります!」

 お妃は王に哀願したが、王はかえって納得できなかった。では、明日の夕方に森へ行って、自分の目で光の正体を確かめてやろう、と心に決めた。

 あくる日の夕暮れ、若い国王は愛剣サモロストを腰に吊り、愛馬"白"にまたがり、忠実な"茶色"を連れて森へ走った。深い森だった。光に近づけば近づくほど それはか細くなっていき、ついに、王は暗闇の森で進むことも退くことも出来ず立ちすくんでいた。

 王は馬から降り、急に寒さがしみて、火を起こして暖をとった。すると、どこからともなく老婆が現れて、「おお、寒い寒い」とガタガタ震えた。

「婆さん、こちらに来て暖まるといい」

「おお、お若い方。そうしたいのじゃが、そなたの馬と犬が わしには恐ろしくてな」

「何も怖がることはない。火の側に来て座るといい」

「それでは、この杖で馬と犬を火から遠ざけてもいいかえ?」

 老婆は手にした杖で"白"と"茶色"に触れた。瞬間、馬と犬は石になっていた。王があっと身構えるよりも早く、老婆の振るった杖が触れ、彼もまた石と化していた。

 

 さて、一年前に別れた弟王子は、その頃どうしていたのだろう。

 弟王子はあちらの国、こちらの国と長い旅を続け、珍しいものや不思議なものを色々見てきた。やがて一年が経つ頃になり、もう城へ戻ろうと思って兄と別れた森までやって来た。例の樫の木の下で馬をとめたが、兄の姿はどこにも見当たらない。彼は樫から兄の短剣を引き抜いてみて驚いた。片面はガラスのように光っていたが、もう片面は赤く錆びていたのだ。

「兄上は死んではいないが、生きてもいないらしい。これは幸せな境遇ではない。兄上を探しに行かなければ!」

 そう呟くと、兄の去った右の道へ馬首をめぐらせ、一散に走り出した。

 どこまでも続く深い森をようやく突っ切ると、例の大きな町に入った。町の入口に酒場があった。一年前に兄が入ったあの酒場だ。弟王子が入っていくと、大変な喜びようで丁重に迎えられた。

「おお、陛下! 私どもは大変心配しておりましたぞ。一体どうなさっておられたのですか。この三日間というもの、陛下をお探し申し上げて国中大騒ぎでございました。ご無事に戻られて、陛下のお美しいお妃様も さぞお喜びになりましょう」

 酒場の亭主は、弟王子を兄と間違えたのだ。無理もない。父王でさえ二人を見分けることが出来なかったのだから。

 弟王子は、亭主の言葉から兄がどんな境遇にあったかすぐに理解して、余計なことは何一つ口にしないことに決めた。兄の身に何が起こったか知るまでは、兄のふりをしているほうがよい、と考えたのだ。

 若い国王が再び戻ったという噂が町中に広まると、城から迎えの者たちがやって来た。若い王妃は全身に喜びを表して走り寄り、弟王子の胸に飛び込んだ。

「三日三晩、あなたの身を案じて眠れませんでした。心配で心配で、眠るどころではありませんでした。どこでどうされていたのですか?」

 王妃は矢継ぎ早に問うた。しかし弟王子は何一つ答えようとせず、長い間黙って立っていて、やがて口を開いた。

「狩をしていたのだ。ところが森が深く、道に迷ってしまった。それだけだよ」

 この言葉で、王妃はようやく満足した。

 

 夜になって、家来や召使がみんな退がってしまうと、弟王子は愛剣サモロストを兄嫁と自分の間にそっと置いた。王妃はいぶかしげに問うた。

「どうなさったのですか? 前はこんなことをなさらなかったのに……」

「三日三晩、そなたに触れぬと誓いを立てたのだ。今は何も訊くことは許さぬ。そのうち、きっと分かるときがくるはずだ」

 

 あくる日の夕方、弟王子が城の窓から外を眺めていると、ちょうど真北に当たる森に大きな光を見た。二日目の晩も、三日目の晩も同じ光を見た。

「夜になると、森の中で何か光るものがある。あれは何の光だろう? そなた、知っていたら教えてくれ」

 弟王子に問われて、王妃は怪訝そうに答えた。

「あの光に関わろうとしてはなりませんと、あれほどお願いしたではありませんか。あの光は、きっと私たちを不幸にしてしまいます、と」

 弟王子は何も言わなかった。けれど、あの光の側に兄がいるに違いないと確信した。

 あくる日の夕暮れ、弟王子は愛剣サモロストを腰に吊り、愛馬"白"にまたがり、忠実な"茶色"を連れて光る森へ走った。進めば進むほど光はか細くなっていき、ついに弟王子は進むも退くもかなわず、漆黒の闇の中に閉じ込められていた。馬から降りると、急に寒さが襲ってくる。火を起こして辺りを探索すると、石になった馬を発見した。犬もいた。そして兄も。その時、どこからともなく老婆が現れて、「おお、寒い寒い」とガタガタ震えて言った。

「婆さん、こちらに来て暖まるといい」

「そうしたいのじゃがな、そなたの馬と犬が わしには恐ろしいんじゃ」

「怖がることはない。火の側に座るといい」

「それでは、この杖でそなたの馬と犬を火から遠ざけてもいいかえ?」

 老婆が杖で"白"に触れると、"白"はたちまち石にされていた。しかし、"茶色"は一瞬早く老婆から飛び離れ、周りをグルグルと回りながら猛然と吠え立てた。老婆は必死で杖を振り回すが、触れることが出来ない。

 弟王子は、最初から油断なく老婆の動きを見ていた。犬に振り回されている彼女の背後に回り、一気に杖を奪い取った。

「もうこちらのものだ。私の言うとおりにしないと、犬に命じてお前をズタズタにするぞ!」

「おお、若いお方。何でもいたします、どうかその杖だけは返して下され」

「石にした者を全て元に戻せ。……そうしなきゃ容赦しねぇぞ、このババァーっ!」

「するよ、するったら。ここに命の水がある。これを石にかけるんじゃ。そうすりゃ、元に戻るんだから」

「お前が石にしたんだろうが! お前が元に戻せ!!」

 老婆はその言葉に従うよりなかった。四つの石像――若い国王、犬の"茶色"、二頭の馬の"白"――に、次々と命の水を振り掛けた。すると、全てが夢から醒めたように甦ったのである。

「お前のおかげで、全て元に戻った。……その礼に、これをくれてやろう!」

 弟王子は愛剣サモロストを一閃させ、老婆の首を刎ねた。その瞬間、凄まじい轟音が響き、大地が揺らいだ。弟王子は目を瞬いた。老婆の死骸は消えうせ、美しい乙女が立っていたのだ。

「長い間、私は呪いにかけられていました。今、老婆の死によってその呪いが解けたのです」

 乙女はそう言うと、弟王子に心から感謝した。

「私はこの国の女王です。そして、これは私の国の人々です」

 弟王子が辺りを見渡すと、森は消えて大きな町に変わっていた。街角という街角、通りという通りから人々が溢れ、弟王子の方へ近づいてくる。老いた人も若い人も、身分の高い人も低い人も、みんな本当に嬉しそうだ。彼らは魔法から解放してくれた感謝を口々に浴びせ、「我らの王よ」と歓呼した。

 

 双子の兄弟は喜びを一杯抱えて、ひとまず兄の城に戻った。若い王妃は自分の目を疑った。夫が二人いっぺんに帰ってきたのだから。弟王子は今までのことを全て話し、何故サモロストをペッドに置いたのかも説明した。

 それからすぐに、弟王子と森の女王の賑やかな婚礼が執り行われ、お祝いの宴は二十一日間も続いた。

 

 それは素晴らしい宴だったそうですよ。この話をしてくれた人が、実はその宴に招かれていたんです。残念ながら、もう生きてはいませんがね。



参考文献
『チェコスロバキアの民話』 大竹國弘訳編 恒文社 1980.

※冒頭で魚を食べたことにより子を授かるが、類話ではりんご(生命の果実)を食べたから、とされることがある。生命の果実と魚はしばしば入れ替え可能に語られる。日本の[桃太郎]の異伝の中には爺と婆が川を流れてきた桃を食べると妊娠したと語るものがあり、お供の動物といい、この[二人兄弟〜竜退治型]とかなり近いものがある。

 同じ食べ物を食べることで同じ日に生まれた獣たちは、主人公たちの兄弟分でもある。同じ日に生まれた人と獣には深い絆が生まれるという信仰がある。同じように、子供が生まれると同時に植えた木はその人間の生命の指標となり、その木が枯れると人も死ぬという信仰もある。



双子の兄弟  西アフリカ

 ヨルバ族の国に一組の夫婦があったが、大勢の子供はみんな早死にし、子が無かった。そこで神官に神託を乞い、財産をすべて神に捧げた。親戚や他の人々が援助し、それぞれ犬、猫、鷹をくれた。

 ある日夫が漁に行くと、大きな不思議な魚が捕れ、腹からナイフと刀が二本ずつ出た。これを幸運の印と考えて家に帰ると、妻は双子の男児を、しかも犬・猫・鷹もそれぞれ双子を成していた。男児にタイウオとケヒンデと名付けた。

 その日の内に、「親戚に子を産んだ女があれば贈り物をする」という当時の習慣にしたがって、夫の兄弟は狩りに出かけ、一頭の豹を射止めて「縁起がいい」とその二匹の子と共に連れ帰った。

 兄弟は仲良く育ち、成長すると両親の制止を振り切って、それぞれ犬・猫・鷹・豹を一匹ずつ、刀とナイフを一振りずつ持って家を出た。何日か歩き、分れ道に至ってタイウオは左、ケヒンデは右に行くことにし、そこに立っていたパンヤの木のそれぞれの方にナイフを突き刺して「ナイフの持ち主に異変があったら、ナイフが錆びるだろう」と、これを生命の指標とし、五年後の再会を約して別れた。

 タイウオは数日後 海辺の都に着き、あらゆる女が(当時の大きな悲しみを表す習慣として)髪をむきだしにしているのを見た。訳を尋ねると、海の神オロリンが領土を主張し、逆らうと洪水を起こすので、毎年都で一番美しい娘を生けにえとして捧げなければならないのだが、今年生けにえに決まったのは王の娘なのだと言う。

 タイウオは人身御供の行なわれるのが今日の日没時で、浜辺の寂しい場所だと聞き出すと、そこに行って隠れた。やがて姫が連れてこられて杙に繋がれ、儀式が済むと置いていかれた。タイウオが縛めを解くと姫は逃げるように言ったが、タイウオは笑い飛ばした。

 やがて海の水がざわついて六つの頭の海の怪物が現われ、六つの頭が同時に「今年の獲物はどこだ」と咆えた。「ここだよ!」とタイウオは答え、二日二晩、豹・猫・犬・鷹と共に戦い、最後にタイウオが雷神の助けを呼んで、怪物は稲妻に打たれて死んだ。

 タイウオは怪物の頭を切り落とし、中の二つから耳を切り取ってポケットに入れた。姫は自分と一緒に王宮に行って父王に会ってくれと頼んだが、タイウオは笑って去った。姫は首に巻いていたスカーフを裂き、一つを犬に、一つを猫に、感謝の印に巻いた。

 帰り道に姫は父に仕える将軍の一人に会った。この将軍は王に怪物を倒すと約していたのだが、いざとなると逃げてしまったのだった。将軍は姫が無事戻った訳を聞き、王には自分が雷神の助けを得て怪物を倒したのだと話して、部下に怪物の六つの頭を取ってこさせた。王は喜んで、娘を妻として与えて将軍を跡継ぎにすると国民に告げた。姫は真実を訴えたが、人々は姫の頭がおかしくなったのだと笑うばかり。

 一方、婚礼の前日にタイウオは戻ってきた。彼の犬が市場をうろついていると、姫の侍女がその首の布に気づいて姫に知らせた。喜んだ姫の命で侍女は犬を尾け、見失った代わりに猫を見付けて、その跡をつけてタイウオの家を発見した。

 姫はもう一度父王にタイウオとその動物達の話をし、王はタイウオと将軍を出頭させた。将軍はどのように自分が怪物を倒したかを話し、証拠として怪物の六つの頭を出してタイウオを責めたが、タイウオはそれを見て何か目に付くところはないか、と尋ねた。二つの頭に耳のないことが発見され、将軍は最初からそうだったのだと言い張ったが、タイウオは財布から四つの耳を取り出した。その切口はピタリと合い、更に彼の犬猫の首布を合わせると、元々姫のスカーフだということが解ったので、将軍は耳を切り取られ、タイウオが姫と結婚した。姫はタイウオとの縁結びのお礼として、再び犬と猫にスカーフを裂いて与えたのだった。

 一年後に王は死に、国民集会で次期国王にタイウオが選ばれた。平和に国を治めて三年後、タイウオがそろそろあの分れ道で兄に会うときが来たと考えはじめたころ、王宮の庭に一羽の巨大なオンドリが入って恐ろしく騒ぎ立てた。誰も追い出せない。タイウオは諦めて部屋に入ったが、オンドリは追いかけて窓枠をつついて鳴くのだった。タイウオは怒り、刀を取って供の動物と共に跡を追った。他の者はとても追いつけない。オンドリはいつか怪物を倒した浜辺に行き、日が沈むと不意に海に背を向けて森に消えた。

 タイウオはオンドリが普通のものではないと悟り、不思議な気分になった。オンドリの消えた森の中には畑があり、荒れ果てた屋敷があって一人の老婆がいた。老婆が何を死に来たかと尋ねるので、悪いオンドリを追ってきたのだと答えると、老婆はそのオンドリは自分の夫を長年苦しめてついに海に突き落としてしまったのだと言う。だから倒してくれたらありがたい、現われるまでここで待つといい、と。そして椰子酒を勧めた。長旅で疲れたタイウオと動物達は椰子酒を飲んだが、それは魔法の酒で、オンドリは老婆の召使だったのだ。そこは五年前に殺された怪物の家で、老婆はその母親なのだった。

 タイウオと動物達は六つの石像となり、老婆は「殺された息子の六つの頭の代わりじゃ」と笑った。

 さて、ケヒンデは分れ道から程近い町で名医となっていたが、分れ道に戻ってきて弟のナイフだけが錆びているのを見た。そこで弟を探して道を行き、ついにタイウオの都に至った。都の人々は彼をタイウオと間違え、王宮に迎えた。ケヒンデがここが確かに弟の都らしい、と思っていると、不意にオンドリが現われてけたたましく鳴いた。一人の老人が「こいつはあなたが前に追い払った奴だが、今あなたと一緒に戻ってきたのだ。こんなに長い間こいつとどこに行っていたのです?」というのを聞き、ケヒンデは人々の制止を振り切って、都で待つように言い、動物達と共にオンドリの跡を追い出した。

 日が沈んで屋敷に着くと老婆が現われ「あなたが探している人達は私が探してあげよう。彼らは一月前にここを通ったが、何か困難に遭遇したのではないかと心配している。まあ椰子酒でも飲んで休みなさい」と言った。ケヒンデが椰子酒を飲むと、老婆は家の裏の藁屋根の小舎に連れていき、石像と化した兄弟を見せた。「約束は果たした、お前達も一緒にここに並ぶのだよ」と。

 ケヒンデが元には戻せないのか、と聞くと「冥土の土産に教えてやろう、私の家にある二つの瓢箪に入った魔法の水をかければ」と答える。だが、ケヒンデは実は椰子酒を飲む前に自分の魔法の薬を飲んでいたのだった。故に石にならず、老婆を一突きで殺して瓢箪の水をかけ、兄弟達を元に戻したのだった。

 兄弟はこれまでのことを話し合い、オンドリを探して殺すと老婆の死骸と共に火中に投げ込んだ。翌朝 都に戻ったが、わざとケヒンデは南の門、タイウオは北の門から入って人々を混乱させた。姫も夫が分からなかったが、一方の犬と猫に王家の鎖が付いているのを見て見分けることが出来たのだった。

 一年後、双子は両親に会いに出かけ、分れ道の今はどちらもぴかぴかのナイフを抜くと、家に帰った。家は廃虚になっており、近所の人に聞くと母親は二年ほど前に死に、父はそれからまもなく川に漁に行って溺れ死んだとのことだった。双子は母の墓を尋ね、老婆の屋敷から持ち出した瓢箪の水をかけると、大地が鳴動し、裂けて大きな岩が盛り上がった。ケヒンデは急いでもう一方の瓢箪を鷹に持たせるとその場を離れた。それがオルモの岩であり、今でもアベオクタ(岩の下の都)に行けば見ることが出来る。

 次に父の溺れた場所に行き、二番目の瓢箪の水を注ぐと、水はどんどん広がって今日のオサラグネ湖になった。こうして双子は両親の記念碑を建てたのである。

 双子はタイウオの都に戻ったが、長く滞在した後、ケヒンデはタイウオの制止を振り切って自分の町に帰った。間も無くケヒンデは死んだが、すると彼の動物達もみんな死んでしまった。彼らは天空に葬られ、今日でも人々はケヒンデは月になって空に出てくると言う。タイウオは長いこと国を治め、多くの子をのこして死んだが、同時に彼の動物達も死んだ。息子が跡を継ぎ、オヨ(ヨルバ族の古い都)の最初の王になったのだった。



参考文献
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社 1977.

※「二人兄弟」の基本的なモチーフはほぼ全て入っている。
 タイウオが死ぬと彼の動物達も同時に死んだ、という点に注目して欲しい。命の指標と同じで、動物達は彼と命を共有する存在なのである。



双子の兄弟  ドイツ

 馬一頭しか持たない貧乏な百姓がいた。地を耕しても食べていけないので、池を借りて漁師に転職することにした。その池には恐ろしく大きな魚がいて、何度挑戦しても獲る事が出来ない。だが、ある日ついに網で捕えた。魚は地面の上で口をパクパクさせて、人間の言葉で語った。

「漁師よ、お前はとうとう私を自分のものにしたな。もはや私は逃れられない。そこで、よく聞け。私を殺したら、私の心臓と肝と胆嚢とひれを四枚とっておけ。心臓はお前の妻に、肝はお前の馬に、胆嚢は犬に食べさせよ。そしてひれは雨どいの下に埋めよ。もしお前がこの通りにするならば、お前は幸せになるだろう」

 漁師がその通りにすると、双子の男児と、双子の馬と、双子の犬と、二本の剣と、二丁の拳銃ができた。双子は、彼らと一緒に生じた武器で遊ぶのが好きだった。父親は危ないと思って隠すのだが、どうやってか また見つけ出しては遊ぶのだ。

 十六歳になったとき、兄息子は「こんなところでくすぶっていられない。どこか知らないところで幸せをつかむ」と弟に言って出て行った。木に小刀を刺して、「これが錆びたら僕は不幸せな目に遭っているだろう」と言い残した。

 若者は何日も馬に乗って、やがて城下町に辿り着いた。おかしなことに、城の窓という窓が黒布で覆われ、白ピンで留めてある。若者は城の向かいの宿屋に入って理由を訊いた。宿の亭主が答えた。

「若いお姫様が、明日、頭が七つもある竜の人身御供になられるからですよ。竜を殺した者には姫をやるというお触れが出されましたが、今まで誰も成功していないんです」

 翌日、若者は竜の岩山に登った。岩の上では黒服の姫が泣き伏している。やがて、竜が叫び声を上げながら空を飛んできた。若者は怖れずに戦い、一太刀で頭三つ、二太刀でまた三つ、三度目に振り下ろした剣で竜の最後の頭が落ちた。

 姫は感謝し、若者を城に誘った。父に会い、約束どおりに私の夫となってください、と。けれども、若者はそれを断った。

「私はもっと世の中を見て回りたいのです。一年経ってまだ生きていたならば戻りましょう」

 姫はせめてもの形見にと、若者に絹のハンカチを、馬と犬には珊瑚の首飾りを三巻きかけてやった。若者は絹のハンカチに切り取った竜の舌を包み、別れの挨拶をして山を立ち去った。宿屋に戻ってチェックアウトし、宿の亭主に一年後にまた来ると言い残した。

 この様子を、年取った将軍が遠くから見ていた。彼は姫を脅し、竜の七つの頭を証拠にして王に姫との結婚を迫った。姫はなんとか抵抗して、「結婚は一年待って欲しい」という条件を取り付けた。

 

 一方、城下町を離れた若者は川を渡っていた。川には橋が架かっていたが、若者が渡るとすぐに流れ去った。

「ああ、よかった。ちょうどいい時に渡ったものだ」

 川を渡ると、すぐに魔法にかけられた城に入った。一本の木も茂みもない、荒れた城だ。なのに城の側の厩には馬が沢山いた。飼い葉桶にはカラスムギがひとりでに満ちてくるのだった。若者はそこに馬をつないで城の中に入った。

 城の中には、白い乙女と黒い乙女が待っていた。白い乙女はベッドに横たわっていて生きても死んでもおらず、人形のように一言も喋りさえしない。炭のように真っ黒い乙女の方は、若者に話しかけてきた。

「もしあなたが私たちの呪いを解く気がおありなら、三晩続けて寝ずの番をして下さい。一時も目を閉じてはなりません。ここには老いた魔女がいて、もしも眠れば殺されてしまいます」

 若者は受けてたった。夜中の三時まで起きていたが、急に襲った眠気に耐えられず、泥のように眠り込んだ。すると老婆が出てきて、斧で若者を四つ切りにし、樽に詰めて塩漬けにした。

 その頃、弟は小刀が突然錆びたのを目の当たりにして、兄の危機を救うために出発した。城下町に着いて城の向かいの宿に入ると、主人が「早いですね、あれからまだ半年ですよ」と話しかけてきた。

「それは私の兄だ。兄がどっちへ行ったか知らないか?」

 弟は宿の主人に教えられて先に進んだ。やがて現れた川を渡ると、渡った途端に橋が流れ去った。

「ああ、よかった。ちょうどいい時に渡ったものだ」

 川を渡るとすぐに城が見えた。兄の犬が駆けてきて、厩には兄の馬がいる。兄はここにいると確信した。

 城に入ると、白い乙女と黒い乙女が待っていた。白い乙女は相変わらず、ベッドに横たわって生きても死んでもいなかったが、黒い乙女の方は、肌がほんの少しだけ白くなっていた。これは、兄が夜中の三時まで起きていたためだった。

 黒い乙女は、兄がどんな運命を辿ったかを語った。それを聞くと弟は激昂し、老婆を探し出して脅しつけた。老婆は怯えて兄を蘇生させたが、弟は怒りに任せて老婆の首を斬り落とした。

「ああ、これで私たちの呪いを解く方法は一つだけになってしまいました」

 黒い乙女は嘆いて言った。

「あの扉の後ろの壁に、釘が七つ出ています。その頭を剣で断ち斬らねばなりません。しかも、たった二斬りで」

 弟は一太刀で五つの釘の頭を落とした。すると、それぞれの釘から一滴ずつ血が滴った。

「さあ兄さん、残りは兄さんがやってください。兄さんは塩漬けにされていたけれど、二つを落とす力なら残っているでしょう」

 兄は、一撃で残った二つの釘の頭を断ち落とした。

 途端にトランペットが高らかに鳴り響き、大地からは木が生え、花が咲き、大勢の人の波が現れた。魔法が解けたのだ。黒い乙女はすっかり白くなり、白い乙女は甦った。白い乙女が言った。

「私はこの城の主です。ありがとう、あなた方のおかげで私たちは救われました」

 そして、弟はこの乙女と結婚した。

 

 兄はというと、例の城下町に戻って宿屋に入った。宿の亭主が言った。

「まさにピッタリ一年目のお帰りですな。一年前の今日は悲しみに包まれていましたが、今日は喜びに溢れています。向かいの城で婚礼があるんですよ。お姫様が、竜を退治した将軍と結婚なさるんです。お姫様は丸一年経ったらという条件をおつけになったのですが、それが今日というわけで」

 それを聞くと、若者は言った。

「ご亭主、見てろよ。今、私の犬が婚礼の食卓から焼肉を貰ってくるからな」

「そんなことありっこないですよ、賭けてもいい」

 若者は、犬の首にお姫様にもらった珊瑚の首飾りを三巻きかけて、「婚礼の食卓に出ている焼肉をください」と書いたメモを毛に挟んで送り出した。犬は番兵の制止も聞かずに中に入り、お姫様の膝を前足でトントン叩いた。お姫様は首飾りを見て、すぐに何が起こっているのかを悟った。犬を別室に連れて行き、メモを読むと、犬に焼肉を入れた籠を持たせて、番兵に「この犬を自由に通させなさい」と命じた。

 犬が焼肉を持って帰ってきたので、宿屋の主人は賭けたお金を払わなければならなかった。

 姫は「あの犬の主人をぜひ招待してください」と父王に強く頼んだ。王は四頭だての馬車をやって若者を招き入れた。

 若者は慎み深く一番下座についた。食卓の上にはこれ見よがしに七つの竜の頭が飾ってあり、人々が口々に将軍を褒め称えている。しばらくして若者は立ち上がり、竜の口を覗きこんで「この竜には舌がなかったのですか?」と尋ねた。将軍は慌てて「もちろん! 竜には舌などないのだ」と答えたが、若者は「いいえ、あります」と、絹のハンカチの中から七つの舌を取り出し、竜の口にピタリと合わせてみせた。

 将軍は逃げようとしたが、王の命で捕えられた。

 こうして、若者は姫と結婚し、将軍は四頭の牛にバラバラに引き裂かれて処刑された。



参考文献
『ドイツの昔話』 ヴィルヘルム・ブッシュ採話 上田真而子編・訳 福音館書店 1991.

※後半に【眠り姫】系の要素が混入している。

 黒い乙女が何者だったのかまるで説明されていないが、恐らくは眠っていた白い乙女の分身だったのではないだろうか。白い乙女は肉体、黒い乙女は分離された魂というような。

 全身真っ白、または全身真っ黒という様相を、《死》の表象とする観念があることも留意しておくべきだろう。



参考--> [黒い姫君] 「三人の従者



アラタフとモンゴンフ  中国

 昔、ある年寄り夫婦に七人の娘があったが、そのうちの二人は盲目だった。貧しい夫婦は役立たずの二人を捨てることにし、七人の娘に籠を持たせて、この籠がいっぱいになったら帰ってくるんだよと言い聞かせ、山にぶどう取りに行かせた。しかし、実は盲目の二人の籠には底がなかった。父と他の姉妹達がこっそり帰った後も二人は取り残され、ようやく捨てられたことに気づいた。

 二人は木の下で眠った。翌朝、手探りで木の幹を触ると柔らかくて丸いものがあったので、分けて食べるとぼんやり目が見えるようになった。

 翌朝、不思議な夢を見た二人はそれに導かれて北へ北へと進み、小川で目を洗い、金の井戸と銀の井戸で水を飲み、一本の金の木と一本の銀の木からそれぞれ二つずつ実っていた金の実と銀の実を食べた。すると目が完全に見えるようになった。それから何もかも揃った空き家を見つけ、そこで暮らし始めた。

 その後、姉は敷居をまたいだ時、妹はオンドルを降りようとした時、突然身ごもってその場で一人ずつ男児を産んだ。姉の子をアラタフ、妹の子をモンゴンフと名付けた。

 兄弟は実の双子以上に仲良く育った。十八歳になった時、二人は竜頭の杖を持った白髪混じりの赤ら顔の老人に出会い、教えられて赤い天馬を一頭ずつ手に入れた。天馬は東のきらきら光る池に水浴びに降りてくるのだという。そのほとりには一本の松が生え、根元には鉄の箱がある。二人は天馬に飛び乗ってどんなに暴れても放さず、すると天馬たちは二人に名を尋ねた。答えると天馬たちは言った。

「アラタフとモンゴンフがこの世に産まれた時、私達の心は躍りました。今日、あの木の下の大きな鉄の箱を開けてその素晴らしい力を見せてくだされば、私達はあなた方のものです」

 二人が難なく箱を開けると、中には実用的で素晴らしい鞍と皮の飾り紐、銅の弓矢が二組入っていた。

 二人が天馬に乗って家に帰ると、母達は怖れて長持の後ろに隠れた。息子だと分かってようやく出て来た。それからは兄弟は常に天馬と銅の弓矢で狩りをした。

 

 それからまた数年経ち、不幸にもモンゴンフの母が死んだ。すると、兄弟の留守中に土間の中から卵の頭、鉄の皮の腹、麻殻の足、黒い細い手のバケモノが飛び出して来て、モンゴンフを苛めなければお前を食い殺すと言う。それでアラタフの母の心は悪くなり、以来、息子には肉やうどんのご馳走を食べさせるのに、モンゴンフには腐った内臓しか与えなくなった。モンゴンフは食事が済むと家の近くの木に行ってそのうろの中に吐いた。

 九十九日経ち、ついに耐えられなくなったモンゴンフは家を出ていった。吐いたものを溜めた木を兄に射らせて、流れ出した汚物を見せ、おばの仕打ちを知らせた。何も気づいていなかったアラタフは、母の罪と弟との別離のショックのあまり倒れた。出て行きかけていたモンゴンフは驚いて戻って助け起こした。しかし、どうしても家に戻る気はしなかった。二人はそれぞれの矢を一本ずつ交換し、それが錆びた時には相手が死んだと思うことにして、心を残しながら別れた。アラタフはそれから毎日泣き暮らした。

 

 モンゴンフは馬で果て無い遠くへ行った。やがて天にそびえる山が道を塞いだ時、馬が後脚で立ち上がって警告した。「ご主人様、この先に卵の頭、鉄の皮の腹、麻殻の足、黒い細い手のバケモノがいて、あなたを食おうと待ち構えていますよ」と。「私は稲妻の速さで駆け抜けますから、そのバケモノの頭を射抜いてください。出来なければ私達は一巻の終わりです!」

 モンゴンフは駆け抜けざまに見事にバケモノの頭を射砕いた。

 

 天にそびえる山を越えると、大きな湖と数え切れぬほどの羊がいた。湖の向こうにはスーという金持ちの家があり、羊はすべてその家のものだという。羊飼いは、自分は子供の頃からこの家の奴隷だったと語った。毎日奥方の足を舐めてキレイにしなければならず、食べ物は牛の糞だと。モンゴンフは羊飼いを家に帰らせ、自分がその羊飼いそっくりに成りすました。この日から彼の名はトルチになり、天馬はハニという名になった。二回呼んだらすぐに来いと約束してトルチとハニは別れた。

 湖を越えて屋敷に羊を連れ帰るには、「水よ分かれろ、水よ分かれろ、分かれて道を作れ」という呪文を唱えなければならない。トルチは羊飼いにちゃんとそれを聞いていたが、わざと唱えずに羊を溺れさせた。奥方が見ていて慌てて呪文を唱え、トルチを叱り付けた。それから、トルチは牛の糞を食べたふりをして捨て、奥方の足を舐めるふりをして切り取った牛や犬の舌で撫でた。

 この家には七人の娘がいた。上の六人にはもう婿がいたが、末娘は独身だった。十八歳になった娘のために婿探しのテストが行なわれることになった。スー旦那の一尺の鎖を引き千切った力持ちの男に嫁がせるというのである。大勢の男が挑戦したが出来なかった。五日目にトルチも挑戦しに行くとみなは嘲笑ったが、トルチはあっさり鎖を引き千切った。旦那はしぶしぶトルチを婿にし、トルチは奴隷の身から解放された。

 

 やがてスー旦那が病気になり、熊の肉と肝を食べればきっと治るという話になった。朝早く六人の婿達は馬に乗って出ていったが、トルチは歩いて出ていって、村を出てからハニを呼んだ。そして空を駆けていき、熊を見つけて一矢でしとめた。熊の内臓を抜いてウサギの内臓を詰め、焚火をたいて一休みしていた。そこに六人の婿達が来てトルチを見つけて驚き、熊を売ってくれという。トルチは代金の代わりに、真っ赤に焼いたキセルの首で六人の婿達の尻に焼き印を押した。

 屋敷に帰ると、トルチは何も獲物がなかったふりをして熊の内臓を譲り受けた。そして小さく「はらわたは良い香りで味も良い、肉は臭いし酸っぱい」と呟いた。

 熊の肉は臭くて食べられた物ではなかった。しかしトルチの作った内臓スープは素晴らしく美味しかった。

 六人の婿はトルチを妬むようになり、村の東の外れに九丈の深さの落とし穴を掘って、トルチを馬の競争に誘った。ハニに乗ったトルチは先頭を走ったが、深い深い落とし穴に落ちて動けなくなった。

 ハニは「そうだ、天帝の末娘のお下げは九丈のたけ、あの人さえ連れてくれば御主人を救えるぞ」と思い付き、天に昇っていった。

 天帝の末娘は嫁入りを控えて一番いい馬を選んでいるところだったが、紛れ込んだハニを気にいってまたがった。するとハニは下界へ向けて走り始め、娘を絶対背から降ろさなかった。落とし穴まで来ると、トルチの息は既になかった。天帝の末娘はようやく事の次第を悟って、ハニに天界の自分の部屋から魔法の薬を取ってくるよう命じた。ハニは白い仔猫に変身して鳴き、天の皇后が飼い猫だと思って娘の部屋の戸を開けると、部屋に入って宝石箱の中から薬を取った。

 トルチは息を吹き返し、天帝の娘を命の恩人と崇めて、ハニに天界まで送らせた。

 トルチが屋敷に無事に戻ると、六人の婿達は仕返しを恐れて始終ビクビクし、ついにその夜更け、六人とも山で首を吊って死んでしまった。

 

 翌日、トルチは兄のくれた矢を取り出してみて驚いた。半分まで錆びている。すぐにスー夫妻に別れを告げ、妻と二人でハニに乗って実家へ急いだ。途中、例の天帝の末娘が道行きに加わった。彼女は人間を助けたかどで父の怒りを買い、追放されたのだった。

 家に着いてみると、アラタフは難病にかかって瀕死でオンドルの上にふせっていた。さっそく天帝の娘が魔法の薬で治療した。アラタフは少しずつ回復し、涙を落としながら言った。

「モンゴンフ、お前が行ってからすぐにこの病気にかかってしまった。それに、母さんは六日前に死んだよ」

 それからアラタフは天帝の娘と夫婦になり、モンゴンフ夫妻と一緒に末永く幸せに暮らした。



参考文献
『世界むかし話10 金剛山のトラたいじ』 鳥越やす子/佐藤ふみえ訳 ほるぷ出版 1979.

※冒頭部はシンデレラ系の継子譚を思わせる。特に底のない籠を与えて果物摘みに山にやるくだりは、「米福・粟福」そっくりである。
 面白いのは、母の死後、モンゴンフが継母に当たるおばから腐った内臓しか与えてもらえなくなる点だ。「継子たち」を参照していただきたい。継母に食料をもらえず、亡き母の化身たる牝牛まで殺された継子達は、殺された牝牛の胃袋の中身を墓にぶちまける。するとハチミツとバターの穴が出来る。しかし、継母の実子が真似すると出来たのは血と膿の穴だった。つまり、継子達に亡き母が与える食料や衣装などの冨は、本当は腐った死体の一部なのである。モンゴンフが実母を失った途端、継母に腐った内臓しか食べさせてもらえなくなるエピソードは、それをストレートに表しているように思う。また、それを「木」のうろに吐いて、しまいに溢れ出すのも、多くのシンデレラ話で母や牛の死体から「木」が生えて冨を与えるのを暗示しているように思う。

 中盤以降は【金髪の男】系の展開になるが、六人の義兄達の尻に押した焼き印のエピソードが全く働いていないなど、あちこち綻びがある。突然主人公の名前が変わる点からしても、元は別の話だったものを無理にくっ付けたのではないか。天人女房的なエピソードも混じっているが、上手く繋がっていない感じがする。

 とはいえ、全体的には【二人兄弟〜竜退治型】のカテゴリに入りそうだ。双子(的主人公達)は、母が金の実と銀の実――生命の果実を食べたことにより孕んだ子で、二頭の天馬は、恐らくはこの二人と同じ日に産まれたはずである。別れに際して互いの無事を確認するためのアイテムを設置する、「生命の指標」のモチーフもしっかり入っている。


参考--> 「達斡爾のシンデレラ



ラーマーヤナ  インド

『ラーマーヤナ』は西暦400年頃に成立したと見られるインド(ヒンドゥー教)の叙事詩である。長大なので、ここでは概略のみ紹介する。

 

 コーサラ国のアヨーディヤの都に住むダシャラタ王には第一妃コウシャルヤ、第二妃カイケーイー、第三妃スミトラーという三人の妃がいたが、子供がないのが悩みだった。ヴァシシュタ導師の発案で子宝祈願の馬祀祭アシュヴァメーダをすることにし、聖人シュリンギがそれを行った。すると炉の炎の中から火の神アグニが現れ、手にした乳粥キールを渡して「これを三人の妃に食べさせよ」と言って消えた。

 王は喜んでコウシャルヤとカイケーイーにだけ乳粥を等分に与えたが、二人の妃は自分たちの分を等分に分けてスミトラーにも与えた。まもなく三人の妃は身ごもり、同じ日の同じ時に、コウシャルヤは「ラーマ」、カイケーイーは「バラタ」、スミトラーは双子の「ラクシュマナ」と「シャトゥルグナ」の、四人の男児を産んだ。四人の王子は みんな賢く美しく、特にラーマが優れていた。

 

 その頃、悪魔が現れては聖者たちの修行の邪魔をしていた。アヨーディヤに隣接する森の 聖者ヴィシュワーミトゥラは、自分たちの護衛をしてくれるように王に願い出て、護衛役にラーマとラクシュマナの二人の王子を指名する。ラーマとラクシュマナは素晴らしい弓の腕で、供儀の行われている護摩壇を、襲い来る悪魔たちから守り通すのだった。

 供儀が無事に済んだある日、ミティラー国のジャナカ王が娘のシーター姫の婿選びの式をすることになり、聖者が招待され、二人兄弟もお供として従った。

 シーター姫はジャナカ王が耕作地のあぜ道で拾った(または、耕した土の中から出てきた)大地の祝福を受けた娘で、それにちなんでシーターと名付けたと言う。絶世の美女であった。

 会場の中心の台の上には"シヴァ神の弓"が置かれ、これに弦を張る事が出来た剛力の者がシーター姫の夫になれるという。多くの求婚者たちが失敗した後、聖者に勧められて進み出たラーマは、軽々とシヴァ神の弓をたわめて壊してしまった。人々は歓喜し、祝福した。これが縁で、ラーマの弟のバラタとシャトゥルグナもジャナカ王の姪たちと結婚することになり、三組の結婚式が執り行われた。

 

 ダシャラタ王はラーマに王位を譲る決意をする。三人の妃たちは歓喜するが、ある召使がカイケーイー妃に囁いた。

「喜んでいる場合ではありません。あなたの息子バラタではなく、コウシャルヤ妃の息子のラーマが王位につくのですよ。そうなれば、皇太后の位にはコウシャルヤがつき、あなたはその命令に従わなくてはならなくなるでしょう」

 それを聞くとカイケーイー妃の気持ちがにわかに変わり、以前王と交わした「二つだけ、何でも願い事を聞いてやる」という約束を盾にして、「バラタを王位につけること」「ラーマを十四年間 森に追放すること」という要求を突きつける。王はやむなく要求を呑み、ラーマは妻のシーターと弟のラクシュマナと共にジャングルでの質素な生活を始める。ダシャラタ王は悲しみと後悔のあまり死んでしまう。

 バラタは王の死によって都に呼び戻され、はじめて事の次第を知った。彼は森に兄を追いかけてきて、帰って王になるように願うが、ラーマは頑固に帰還を拒む。バラタは「私は十四年間、王の代理をつとめましょう」と、ラーマのサンダルだけを持って帰って、それを玉座に置く。

 

 それからかなり経ったある時、シュールパンカーという女悪魔が通りかかり、ラーマとラクシュマナの二人を見て「どちらかと結婚したい」と求婚してくる。しかし兄弟はからかって断る。シュールパンカーは怒って醜い正体を現し、シーターに襲い掛かるが、ラクシュマナが剣で女悪魔の鼻をそぎ落とす。

 シュールパンカーはランカー島の十の頭と十対の腕を持つ魔王ラーヴァナの妹であり、現在ラーマたちの住んでいる地方一帯を支配する悪魔ラークシャサ、カラとドゥーシャナのいとこでもあった。シュールパンカーの受けた仕打ちを聞いたカラとドゥーシャナは軍を率いて仕返しに来たが、ラーマは悪魔たちに「味方がラーマの姿に見える」という幻術をかけ、悪魔たちは互いに殺しあって死んでしまった。

 この報せを受けた魔王ラーヴァナは激怒して、幻影の力を持つ悪魔マリーチャに復讐の協力を命じる。マリーチャは以前、聖者ヴィシュワーミトゥラらの護摩壇を汚そうとしたときにラーマに手ひどくやられて以来、出家して修行者として暮らしており、ラーマに関われば滅ぶことになると忠告するが、身内を殺され傷つけられたラーヴァナの怒りは深く、耳を貸さない。マリーチャはラーヴァナに協力することにするが、「忠告の言葉も素直に聞けないようになったら、その者の終わりは近い」と言う。

 マリーチャは金色の鹿に変身してラーマたちの小屋に行く。ラクシュマナは「悪魔に違いない」と言うが、シーターは美しさに魅了されて、あの鹿を獲ってとラーマにせがむ。ラーマは鹿を追い、弓矢で射殺すが、死の間際に鹿マリーチャはラーマの声を真似てシーターとラクシュマナの名を呼ぶ。ラクシュマナは兄の身に何かあったのかと思い、シーターを置いて森に出て行く。

 シーターが一人になると、魔王ラーヴァナは小屋に行く。だが、出かける前にラクシュマナが小屋の周りに魔除けの紐を巡らせておいたので、彼は紐を踏み越えることが出来ない。しかしラーヴァナが修行僧の姿で施しを求めたので、シーターは自ら紐の囲いの外に出てしまう。たちまちラーヴァナは正体を現し、シーターを拉致して空飛ぶ馬車に押し込め、ランカー島に連れ去る。その悲鳴を聞いて鷹の王(大ハゲ鷹)ジャターユが駆けつけるが、ラーヴァナに翼を切られて墜落してしまう。

 ジャターユはこのことをラーマたちに告げて息絶えた。兄弟はシーターが落としていった宝石を辿って旅立ったが、彼女がどこに連れ去られたのかはまるで分からなかった。

 

 そんなある日、ラーマが森の奥で襲い掛かってきた悪魔カバンダを斬り殺して死体を焼くと、火の中から人間の男が出てきたので驚いた。彼は「呪われて悪魔になっていたが、魂は救われた」と言い、「シーターさまを探すなら、パンパーという湖のそばのリシュヤムーカ山に住む猿の王、スグリーヴァに会えばいい。きっと力になってくれるでしょう」と教えてくれ、フッと掻き消えた。

 ラーマたちは湖を越え、リシャムーカ山のふもとにさしかかった。そのとき一人のバラモン僧が現れ、礼儀正しく二人に話しかけた。

「あなたがたは他所からお越しですね。どちらから おいでたのですか?」

 ラクシュマナは警戒して訊き返した。

「そう言うあなたは? 何故 我々のことなど知りたがるのです」

「この地には猿王スグリーヴァさまがおられます。優れたお方ですが、今は兄王ヴァーリンに国を追われ、妻さえも奪われた身の上なのです。あなた方は王を探しにこられたのではないのですか?」

 まさに言い当てられて兄弟は驚き、バラモン僧に「あなたの正体を明かしてください」と願った。

「私は猿王スグリーヴァの家臣、ハヌマーンでございます。王の命により、あなた方の目的を確かめるため ここに参りました」

 こう言うとハヌマーンは猿の姿を現し、巨大化して肩に二人兄弟を乗せ、天空を駆けて山頂の王宮に運んだ。似た境遇の猿王とラーマは聖火に友情を誓い、互いを助けることを約束しあった。

 まずは猿王を助けることになり、彼らは猿の都キシュキンダーに向かった。そこで猿王は兄王に一対一の決闘を申し込んだ。猿王は劣勢になるが、側の木陰に隠れて手伝う手はずのラーマは全く助太刀しない。猿王が「何故助けてくれないのだ」と訴えると、ラーマは「あなた方兄弟は似ていて、私には見分けが付かないのだ」と答えた。結局、ラーマは猿王に花輪を与え、それによって区別して兄王ヴァーリンを射殺した。猿王は玉座と妃を取り戻した。

 

 猿族の軍勢と将軍ハヌマーンを引き連れ、ラーマたちは南へ進んでいった。途中で鷹王ジャターユの兄弟のサンパーティに出会い、シーターがランカー島に連れ去られたという情報を得た。そこで南の海岸に出たが、海を渡る方法がない。猿の兵士たちはそれぞれ自分のジャンプ力を報告しあったが、ランカー島まで飛び渡れるのはハヌマーンを置いてより他になかった。

 ハヌマーンは巨大化すると、高速で飛び立った。海底から浮上したマイナーカ山に休息を勧められたり、蛇母スラサーの試練で女悪魔に呑まれて、その腹を割いて飛び出したりしたが、やがて無事にランカー島に着いた。

 街は宝石できらめく高い塀で囲まれ、門を巨大な悪魔が守っていた。夜を待って塀を乗り越え、城の木によじ登って夜を明かし、城の様子をうかがった。

 城の中では、シーターが強引に魔王ラーヴァナの婚約者にされており、結婚式は二ヵ月後に迫っていた。しかしシーターは決してラーマのことを忘れず、ラーヴァナを罵って強気で反発し続けていた。

 ハヌマーンはシーターが一人になったところを見計らってラーマたちのことを伝え、喜ばせた。しかし、お腹がすいたと言って城の果樹を食い荒らしたので、兵に見咎められ、ラーヴァナの息子たちが彼を捕えに出てきた。

 王子アクシャヤは、ハヌマーンが引き抜いて投げた木の下敷きになって死んだ。次の王子メーガナンダは矢を雨のように射たが当たらない。しかしインドラジータが魔術の掛かった縄を投げると、ハヌマーンは身動きが取れずに捕らえられた。

 捕えたハヌマーンに「ラーマたちに謝らねば命はないぞ」と逆に脅された魔王ラーヴァナは怒り、ハヌマーンを殺そうとするが、王弟ヴィビーシャナは「使者を殺すのは道義から外れています」と止める。ラーヴァナはせめてひどい目に遭わせてやると、ハヌマーンの尾に油をしみこませたボロ布を巻いて火をつけさせ、市中引き回しにする。

 しかし、街の出入り口にまで来ると、ハヌマーンはたちまち体を小さくしていましめから逃げ出し、大風に乗って舞い上がる。(ハヌマーンは風神の息子である。)ハヌマーンは笑いながら屋根から屋根に飛び移り、尾の火で街中を火の海にしてしまう。ただ、王弟ヴィビーシャナの家だけが被害を免れた。ランカーの臣民は「人の妻を盗んだりするからだ」と王を恨んだ。

 

 ハヌマーンはラーマの元に戻って次第を報告する。ラーマは猿王スグリーヴァと猿の軍団とともに南に海岸に行き、海を渡してもらおうと三日三晩 海の神に祈り続けたが、何も起こらない。ラーマはブチキレて弓に矢をつがえ、

「傲慢な神よ、ならばこの手で海の生き物を全て殺し、死骸で海面を覆わせてやろう!」

と叫んだ。途端に地震・嵐・竜巻が起こったので、海の神は驚いて姿を現して、「あなたの兵士たちに橋をかけさせればよい」と言って消えた。この言葉に従い、猿の兵士たちは石を海に並べて橋を作った。不思議なことに、石は海に沈むことなく頑丈な橋になった。

 ラーマの軍勢が橋を渡る音はランカー島にまで轟いた。魔王ラーヴァナは焦り、シーターの心を乱そうと、魔術で作ったラーマの首を彼女の前に投げて「ラーマは昨夜殺した」と告げる。シーターは絶望するが、一人の召使がそっと「あの首はニセモノです」と耳打ちするのだった。

 

 一方で、ラーマ軍はついにランカーの都に辿り着き、戦いが始まる。猿王スグリーヴァは城の屋上にいた魔王ラーヴァナに飛び掛って王冠を奪い、投げ捨てる。ラーマ軍は四手に分かれて攻撃を開始する。

 魔王ラーヴァナの息子・メーガナンダは、魔術で透明になってラーマとラクシュマナに矢を放つ。矢は毒蛇になり、二人は苦しんで倒れる。しかし、神に祈ると神鳥ガルーダが現れて毒蛇を食い尽くし、二人の傷を癒して飛び去った。(実はラーマはヴィシュヌ神の生まれ変わりであり、ガルーダ鳥は蛇神の天敵であると同時にビシュヌ神の乗騎である、という裏設定がある。)

 自軍の劣勢を見てついに魔王ラーヴァナが自ら戦場に現れるが、ラーマに手ひどくやっつけられる。しかし、ラーマは戦車も武器も失った魔王に止めを刺さず、「新しい武器を用意して出直すがいい」と追い返す。

 魔王ラーヴァナは、一年の半分を眠って過ごす怪力の弟・クンバカラナを目覚めさせ、戦場に送り出す。山のようなクンバカラナを、しかしラーマは両腕を奪ったうえで射殺した。切り落とされ宙に舞ったクンバカラナの首は魔王ラーヴァナの足元に落ち、魔王はますます怒りを深くする。

 そんな時、魔王の息子・メーガナンダは、戦車にシーターを同乗させて戦場に乗り出した。

「よく聞け! そこから一歩でも近づけばシーターの首をここで刎ねてやる」

 それを聞いてラーマ軍が戦いの手を止めると、自らを無敵にする儀式を行い始めた。

 この話を聞いてラーマは動揺したが、ラーマ側に寝返っていた魔王の弟・ヴィビーシャナが「そのシーターさまは魔術で作り出されたニセモノです」と教えたので、安心したラーマの命でラクシュマナがメーガナンダに襲い掛かり、無敵儀式が完成していなかったメーガナンダは殺されてしまった。

 息子の死と弟の寝返りを知った魔王は激怒し、自ら戦場に出る。その猛攻にラーマ軍はたじたじとなり、ラクシュマナは魔王の武器で胸を貫かれて倒れる。ラーマは激怒して魔王を傷つけ、魔王軍は退却する。

 医師でもある熊王ジャンバヴァンは言った。瀕死のラクシュマナを救うためには、マホーダヤ山(ヒマラヤ)の頂にある四種の薬草を採って来なければならない。しかも、日の出前でなければ手遅れになると。ハヌマーンは天空を駆けて山ごと薬草を持ち帰り、ラクシュマナは無事に蘇生する。

 魔王ラーヴァナは自らを無敵にする儀式を行い始める。それに気付いたハヌマーンは「卑怯者め!」と挑発し、魔王は儀式を中断して戦場に戻る。ついに、魔王はラーマの炎の矢に射抜かれて死んだ。葬儀は王弟ヴィビーシャナの手によって執り行われ、ラーマたちは彼をランカー島の王位に就かせた。

 

 全てが終わり、ついにラーマとシーターは再会した。ところが、ラーマは

「私は戦いに勝ってお前を取り戻したが、長い間 他の男のものになっていた妻とヨリを戻すような みっともないまねはできない。別れよう」

と告げた。シーターはこの言葉に愕然とした。

「私は確かにラーヴァナに囚われていましたが、あなたが疑うようなことは何もありませんでした。あなたに疑われたら、私、どうすれば……」

 そしてラクシュマナに向かって言った。

「それでは、伝統に従いましょう。ラクシュマナ、薪を用意して、火を起こしてください」

 言われるままにラクシュマナが火を起こすと、シーターは手を合わせて「神よ、我が身の潔白を明かしたまえ!」と言うなり、炎の中に身を躍らせた。(このエピソードと関係するのかは知らないが、インドには近年まで、不貞とみなされた娘や嫁を焼き殺す風習があったようだ。)すると炎の中から火の神アグニが現れ、「あなたの妻は潔白です。迷いなく受け入れなさい」とラーマに告げた。ラーマは平然として、「お前が潔白だとは分かっていたが、周囲の人々にそれを知らしめるために わざと試したのだ」と言ってシーターの手を取った。

 この時、ラーマがアヨーディヤの都を追われてからちょうど十四年が過ぎていた。ラーマ一行は魔王の空飛ぶ馬車に乗って都に凱旋し、人々の歓呼の声に迎えられながら王位に就いた。

 

 こうして国王になったラーマだが、やがて国民の間からシーター王妃の貞節を疑う声が上がり始め、ラーマはシーターを森に捨てさせた。既に身ごもっていたシーターはクシャとラヴァの双子の男児を産み、双子は森の聖者の教育を受けて、父に劣らぬ弓の名手に成長する。

 そんなある日、ラーマは国の安寧を願って馬祀祭を行うが、一時的に野に放った生贄の馬をクシャとラヴァが捕えて、自分たちの獲物だと言い張って返さない。ついに王の従者と双子との弓矢の戦いになるが、双子に敵う者はいなかった。

 話を聞いたラーマが駆けつけ、我が子であると悟るが、それでも再会したシーターに貞節の疑いを再三問いただす。シーターが神の裁きを願うと、神はシーターの貞節を認め、割れた大地に彼女を呑み込んでしまう。

 ラーマは永遠にシーターを失い、失意の後、息子たちに王位を譲って死を迎えた。



参考文献
ramayana』(Web) chan著
簡訳ラーマーヤナ』(Web) tyurka著
『世界神話事典』 大林太良ほか著 角川書店 1994.

※「神秘的な生まれ方をした英雄」が「猿などの頼りになる仲間」を連れて「魔物の住む島」に攻め入り、「宝(姫)」を手に入れて「故郷に錦を飾る」という点で この物語は『桃太郎』と共通しており、『桃太郎』のルーツの一つとする説が有名である。
 ちなみに、ラーマの妃シーターもまた異常誕生した小さ子であり、土の中から現れたと言われ、「母胎から産まれなかった者」とも呼ばれる。異説には、シーターは魔王ラーヴァナの娘で、予言を恐れた父によって赤ん坊のときに箱に入れられて流されてきた、というものもあるそうだ。

 猿神ハヌマーン(ハヌマット)はインド伝承で最も人気の高いキャラクターの一人であり、中国の三大伝奇の一つ『西遊記』の孫悟空のモデルだとも言われている。
 彼は風の神ヴァーユと水の妖精アプラサスの一人アンジャナーの息子で、不死・不敗の祝福を受けている。顔はあかく尾は長く、大抵は白猿として描かれる。巨大化して音を立てて空を飛び、吠え声は雷のようである。あたかも特撮のウルトラマンのようだが、実際にタイと共同で作られた映画『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』では、ハヌマーンが巨大ヒーローとしてウルトラ兄弟とともに怪獣と戦っていたりする。

 なお、ハヌマーンは殺されたラクシュマナを甦らせるために、万能の霊草を短時間で山ごと取ってくるが、『グリム童話』の類話「二人兄弟」(KHM60)には、殺された主人公、またはその兄を甦らせるため、従者の兎が遠い山にある草の根を短時間で取ってくるエピソードがある。この点から見ても、「ラーマーヤナ」は[二人兄弟]系の物語なのだと判断できる。


 ところで、シーター姫は夫のラーマに貞節を疑われて、自ら炎に飛び込んで潔白を証明する意地を見せるが、ラーマは しれっとして「わざと試した」と言ってのける。これとほぼ同じエピソードが、日本神話にもある。

 天から天下ってきた神の子・ホのニニギは、地上の山の神の娘・コノハナサクヤ姫に求婚し、一夜の結婚をする。ところが、後にサクヤ姫が妊娠の報告に行くと、ニニギは冷たく「他の男の子だろう」と言い捨てる。怒ったサクヤ姫は「神に裁かせる」と宣言して出口のない産屋にこもり、火をかけさせた。産屋は焼け落ちたが、サクヤ姫は焼け死ぬことなく、炎の中で産み落とした三人の王子を抱いて出てきた。そして「どうですか天の子よ!」とニニギに誇ると、ニニギは たじたじとなって「私の子だと最初から分かっていたが、お前と子供の神通力を世間に知らしめるためにわざと疑ったのだ」と言ったという。この後、ニニギは王子たちを認知したが、サクヤ姫と夫婦の関係に戻ることはなかった。

 ちなみに、ニニギが天の子であるように、ラーマもヴィシュヌ神の化身であり、そもそもコーサラ国の王家は太陽神(天)の子孫の血筋である。そして、「田んぼのあぜ/畑のうね」という意味の名を持つシーター姫は「大地の豊穣の女神」の化身であり、サクヤ姫と同じく、天の男神に対する地の女神である。


 最後に、例話中で略した幾つかのエピソードについて補足。

ラーマの前世
 悪魔ラーヴァナは神のために苦行を行い、その褒賞として「神にも悪魔にも殺されることがない」という定めを手に入れる。ラーヴァナはその特権を盾にして暴虐を働いたが、神も魔も手出しが出来ない。そこでヴィシュヌ神が人間の王子に転生してラーヴァナを討つことになった。ラーヴァナは驕るあまり、「人間に殺されることがない」という定めは手に入れていなかったからである。

ラーマの父王の受けた呪い
 ラーマの父のダシャラタ王は若い頃、鹿を夜狩りしたつもりで、水を汲みに来たシュワラン・クマールという青年を射殺したことがあった。彼の両親は盲目で、彼は両親の生活の世話をすべて見て、移動する際には天秤籠に両親を入れて運んでいた。
 王は仕方なく、死んだ青年の代わりに水がめを持って、彼の両親のところに行った。彼らは息子の死を知ると悲嘆し、王に薪を用意させ、息子の遺体と共に自ら火に焼かれながら「お前も私たちのように、息子と別れて死ぬことになるがいい」と呪った。
 ダシャラタ王はラーマが森に去った時に このことを思い出し、「息子と別れた私には死が近づいている」と言って死ぬ。

 これと同じエピソードは、仏典の『六度集経』や『菩薩談子経』などに商莫迦サマカ菩薩の孝養物語として出ているそうである。関係があるのかはハッキリしないが、日本ではオリオン三星やさそり三星を「親にない星」と呼ぶ地域があり、恐らくは天秤籠で両親を運ぶ孝行息子に見立てているのだろうと、野尻抱影は『日本の星』(中公文庫)の中で述べている。


参考--> 「魔法の牝鹿




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