>>参考 [桃太郎・寝太郎型]

 

ベネディシテ  フランス

 昔、貧しい夫婦がベネディシテという一人息子を持っていましたが、もう十八歳になるというのにベッドから出たことがありませんでした。ある日のこと、父親が息子に言いました。

「起きろ、ベネディシテ! お前の働くときが来たぞ」

 やっとベネディシテは起き出して、近くの農家に下男として雇われに行きました。給料は「一年後に、自分で担げるだけの小麦をもらうこと」とし、それに加えて、朝五時前には起きなくてもよいこと、好きなだけ食べさせてもらえることを条件にしました。農家の主人はこの条件を受け入れ、ベネディシテを雇い入れることにしたのです。

 次の日、農家の人々は全員が朝の二時に起きて、森へ樫の木を伐りに行くことになりました。主人は他の者たちと一緒にベネディシテを起こしましたが、彼は聞こえないふりをして、約束の時間になるまでは一分たりとも早く起きようとはしませんでした。

 朝ごはんになると、おかみさんはどんぶりにたっぷりスープをよそってやりました。するとベネディシテは言いました。

「なんだこれっぽっちか。スープは鍋一杯、パンは二キロ要るのに」

 おかみさんは「とんでもない!」と叫んではみましたが、既に主人が好きなだけ食べさせると約束していましたので、仕方なく言われたとおりのものを出してやりました。

 ベネディシテが食べ終わると、主人は馬小屋から一番いい馬を五頭引き出して大きな荷車につなぎ、他の者達が先に出かけている森へ行くように命じました。ベネディシテは一番悪い馬を選んで出かけました。森へ着きますと、みんなのいる所までは行かずに、四本の樫を引っこ抜いて荷車に載せ、農場に引き返そうとしました。けれども、五頭の馬で曳いても荷車はびくともしません。

「えい、役立たずの馬めが、歩く気がないのか」

 そう言うとベネディシテはもう一本、またもう一本と樫を載せて馬に鞭を当てましたが、いくら怒鳴ってみても、哀れな馬たちはいっこうに進めません。とうとうベネディシテは五頭の馬を全部荷車から外して積荷の上に乗せ、自分で荷車を曳いて農場に戻りました。随分前に出発して、だいぶん前に帰ったはずの他のみんなよりも、ベネディシテの方がずっと早く仕事が終わりました。他のみんなは、途中で大きな岩にぶつかって手間取っていたのです。

 主人は、こんなに恐ろしい力持ちを使うことが怖くなってきました。そこで、十日分の木の伐り出しの仕事を言いつけ、出来なければクビにすると言い渡しました。ベネディシテは森へ出かけ、木の根元に横になりました。昼になって下女がお昼ご飯のスープの鍋を運んできたときも、まだ横になっていました。

「あら、まだ働かないの」「余計なお世話だ」

 おやつの時間になっても、ベネディシテは何もしていません。ところが、夕方になる前に森の木を全て伐り出して、ベネディシテは帰ってきました。主人が驚いたのは言うまでもありません。

 その次の日、主人は魔物の出る水車小屋で一晩過ごすようにベネディシテに命じました。これまで、水車小屋に泊まって無事に戻った者はいないのでした。ベネディシテは夕暮れに水車小屋に入り、台所に陣取りました。真夜中になると、鎖を引きずる大きな音が聞こえてきて、悪魔が煙突から降りてきました。恐ろしい声で悪魔は尋ねました。

「ここへ何しに来……」

 悪魔は返事を聞けませんでした。あっという間に、ベネディシテに殺されてしまったからです。

 次の朝、ベネディシテはケロリとして農場に戻ってきました。

 主人は困り果てて、今度はブザンソンで警備隊の隊長をしている息子のところへ手紙を届けさせることにしました。ブザンソンまでの三十里ほどの道のりを、ベネディシテは半分は馬を肩に担いで、残り半分は馬に乗って行きました。ブザンソンに着くと隊長に手紙を渡しましたが、この手紙には、『使いの者を存分にもてなし、好きなだけ食べさせてくれ。そして機会があり次第殺してくれ』と書いてありました。そこである日、隊長は散歩中のベネディシテを射撃しましたが、彼は蠅でも追い払うように、ちょっと体を振っただけで散歩を続けるのです。隊長は尋ねました。

「さて、ベネディシテ。ここの土地はどうだね」

「ここは蠅の多いところだね。でも、それほどうるさくないよ」

 隊長は今度は砲弾を撃ち込みましたが、同じことでした。諦めて、隊長はベネディシテを両親の元へ送り返しました。

 ベネディシテが戻ると、主人は、五百年前から埋まっている深さ五百尺の井戸をさらえと命じました。仕事はたちまちのうちに終わりましたが、ベネディシテがまだ井戸の中にいるとき、五百キロのひき臼が投げ込まれました。けれども、ひき臼に開いた穴に、ちょうど彼の首が通って、まるで石の首輪をかけたような按配になったので、痛くも痒くもありませんでした。次に、一万キロの釣鐘が投げ込まれました。釣鐘は真っ直ぐ落ちて、すっぽりベネディシテの頭にはまり、帽子を被ったように収まりました。

 井戸の外の人々は、全員がベネディシテを殺したものと思っていました。ところが、ベネディシテは平気で出てきて、片手で釣鐘を外すと「ほら、俺様のナイトキャップだ。汚さないように気をつけてくれ」と言い、ひき臼を外して「こいつは襟巻きだ。日曜日の晴れ着に取っておこう」と言うのです。

「さてご主人、俺の年季は明けたかな」

「明けたとも」

「それでは給料の小麦を支払ってもらおう」

 小麦が二袋運ばれてきました。

「これは何だ、俺はもっと担いでいくぞ」

 更に八袋が運ばれました。

「なんだ、たった小指で持つ分じゃないか」

 更に三十二袋が運ばれました。

「こりゃ、指二本分だね」

 そこで主人は、百袋はやるが、それ以上は駄目だと言いました。ベネディシテは承知して、百袋の小麦を担いで両親の家へ帰っていきました



参考文献
『フランス民話集』 新倉朗子編訳  岩波文庫 1993.

※砲弾を蠅だと思う巨人のモチーフは、フランスの「巨人ガルガンチュア」にもある。


参考--> 「六人男、世界を股にかける



力持ちのヤーノシュ  ハンガリー

 その昔、七つの海の向こう、七つの国からほんの僅かなところに、一人の貧しい女と、そのでくの坊の息子が住んでいた。貧しい女は朝から晩まで糸を紡ぎ、機を織って、休む間もなかったのに、いい年をした息子は何もせずに、朝から晩まで綿埃の中でただ座り込んで、一方の手からもう一方の手へと綿埃を移し替えているだけだった。

 貧しい女はそれに押し潰されはしなかったが、常に悲しみや苦悩を抱えてはいた。やがて自分が永遠に目を閉じてしまったら、ただ一人の腹を痛めた子はどうなってしまうのだろう。神の思し召しのものさえ自分では口に運ぼうとしないろくでなしで、世界一の怠け者ときているのだから。

 そんなある日、赤ん坊のように転がっていたヤーノシュが不意に口をきいて、母親に尋ねた。

「母さん、外であんなに強くトントン叩いているのは何だろう?」

「家を建てているのさ。そうとも、材木を叩いているんだよ」

 驚きのあまり母親の目や口がポカンと開くほど、ヤーノシュは素早く跳び上がって、こう言った。

「おいらもそこへ行ってみる、母さん。ひょっとしたら役に立つことが見つかるかもしれないから!」

 建築現場へ行くと、人々はちょうど九ひろの垂木に取り組んでいたが、持ち上げることが出来ないでいた。ヤーノシュは驚いて手を打って言った。

「そんなものが持ち上げられないって言うのかい!?」

「ここから失せろ、灰き野郎。でないと今すぐお前の首に材木を落としてやるぞ!」と、大工の一人が怒鳴り返した。ヤーノシュは構わずに続けた。

「そんな細い棒さえ持ち上げられないなんて、お前さん達の食っているものの半分どころか全部が無駄だな。こっちによこしてみろよ!」

 ヤーノシュは垂木を掴み、まるで棒一本をそうするように軽々と投げ上げた。

 それ以来一度に、ヤーノシュはひどく尊敬されるようになった。あちこちの建築現場へ真っ先に呼ばれ、最も重い木を投げ上げる。こうして沢山のお金をもらったので、どうやって使えばいいか、どこに置けばいいか分からないほどだった。

 もちろん、母親の喜んだことと言ったらない。自分にはなんと素敵な息子がいるのか、自分が生きているうちは手元に置いておこう。そして牧師のところに出かけていって、これこれしかじかと自慢話を聞かせた。牧師はこれを聞くと、ヤーノシュを雇いたいと申し出た。けちな男で、下男を一人も雇ったことがなかったのに。ヤーノシュを安く使ってやろうと目論んだのだ。ちょうど潅木だらけの土地を安く買ったところで、力持ちのヤーノシュが潅木を根こそぎにしてくれるだろうと考えた。

 母親は喜んで息子の元へ走り、契約はすぐに成立した。報酬は、牧師が仕事の間のヤーノシュとその母の食べ物、飲み物、衣類の面倒をすべて見ること。更に、辞めるときには一足のポチコル(農民用の皮サンダル)の革紐を与えるというものだった。この革紐は、牧師かヤーノシュ、どちらかの背中の皮を切り取ったものとした。相手に対して腹を立てた時、ペナルティとして切り取る、と。

 元旦からヤーノシュは働き始め、潅木だらけの土地に羊を放し、晩まで帰らずに潅木を根こそぎにするように命じられたが、朝食は冷えたプリスカ(とうもろこし粉をこねて作る餅状の食べ物)がぽっちりで、弁当を入れる肩掛け袋はぺちゃんこだった。ヤーノシュはさして悲しむでも怒るでもない様子で出かけたが、羊を潅木だらけの野に放すと、火を焚いて、子羊二匹を捕まえて串に刺し、存分に味わった。

 ヤーノシュはこのことを牧師に報告し、「きっと腹を立てているでしょうね? 牧師さん」と訊いた。腹を立てれば背中の皮を切り取られる契約だ。だから、牧師は表面は「お前は正しいことをした。これからも、妻がお前の肩掛け袋に弁当を入れない時はそうしてよい」と言った。けれども、内心は煮えくり返っていた。ヤーノシュに怒れないものだから、自分が妻にそう命じたのに、お前が弁当を入れなかったせいで多大な損失をこうむった、と妻をひどく殴りつけた。

 こうして一冬が過ぎた。春になって、牧師はヤーノシュがどの程度潅木を片付けたか見ようと出かけていったが、ああ、なんとしたことだ。潅木は一本も取り除かれておらず、ヤーノシュは羊の群れの脇でぐっすりと眠りこけていた。牧師は彼を起こして叱ったが、ヤーノシュは起き上がりもせず「きっと腹を立てているでしょうね? 牧師さん」と尋ねた。

「お前は不届き者だ。背中を出せ、お前の背中からポチコルの革紐を切り取ってやる。仕事を果たさなかったのだから」

「だったら牧師さんが先に背中を出してください。あんただって契約を守らなかったんですから。お袋には一かけらの食べ物さえよこさなかったし、おいらにだって ほんの時たまにしか過ぎなかったさ」

 牧師は反論できず、こいつを使うのには手こずりそうだ、と考えた。あくる日からは、ヤーノシュの肩掛け袋には大きな白いコッペパンとベーコン、カッテージチーズ、それにパーリンカまで入っているようになった。

「さて、そろそろ仕事に取り掛かるか」

 ヤーノシュは両手で潅木を掴むと、女達が麻を引き抜くように次々と引き抜いた。二日間であらゆる草木を根こそぎにし、教会ほどの高さに積み上げて火をつけた。村人達は世界中が燃えていると思い、鐘を鳴らして、ある者は(燃えている建物を壊すための)斧を持ち、ある者は水差しを持って、慌てて火の方に駆けつけた。ヤーノシュは大笑いし、人々はすっかり頭にきて家に戻っていった。

 あくる朝、牧師が「潅木は片付いたか」とヤーノシュに尋ねた。

「一本残らず燃やしました、ご主人様。昨夜のあの大きな火を見ませんでしたか」

「なんだと!? わしは、隣の村が燃えていると聞いていたぞ。馬鹿者め!」

「きっと腹を立てているんでしょうね? ご主人様」

「くっ、まさか。腹など立てていない!」

 そう言ったものの、牧師は爆発しそうなくらい腹を立てていたのだ。牧師もその妻もなんとかしてヤーノシュを厄介払いしたいと頭を捻った。そこで、ある日ヤーノシュにこう命じた。

「この食べ物と服を、森にいるミクローシュ兄さんに持って行ってくれ。もう一年も森で豚と一緒にいるので、かわいそうに、今ではきっとボロきれのような姿になっていることだろう。探し出したら、豚と一緒に連れ帰ってくれ」

 ヤーノシュは、どこにもいない豚の群れを探しに、とてつもない大きな森に出かけた。勿論、牧師はヤーノシュが探し疲れた挙句に野獣にでも食べられてしまうことを期待したのだ。ヤーノシュは牧師が説明した場所という場所に行ってみたが、どこにも《ミクローシュ兄さん》はいないどころか、生き物一匹目にしなかった。

 既に探し始めて一週間が過ぎ、一度戻るべきかと考え始めたとき、ポキポキ小枝を折りながらドシドシと前進する音、ムシャムシャ食べる音が聞こえてきた。豚の群れに違いない。

 やっぱりそうだった。一群れの豚がうっそうとした森をドシドシと進んできて、その後から大きな黒いものがやって来る。きっと豚飼いだ。

「ヘーイ、ミクローシュ兄さん、止まってくれ。パンと清潔な下着を持ってきた。何もかも持ってきたから!」

 だがミクローシュ兄さんはただ前へ前へと進み、唸るだけだ。それは熊だった。夕食に一匹捕まえようと豚の群れを追っていたのだ。ヤーノシュはミクローシュ兄さんが耳を貸そうともしないので腹を立て、走り寄って肩甲骨を思いっきり殴った。

「ようこそ、ミクローシュ兄さん! あんたは口をきこうともしないのかい? ご主人様が清潔な下着を持たせたんだから、すぐ着ておくれ。あんたの着ていたものはボロボロになって、もう何も残っていないじゃないか!」

 熊は驚いて木に駆け上がり、そこから唸った。ヤーノシュがいくら説得しても無駄だった。ヤーノシュは激怒して木を丸ごと引き抜いたので、熊は木もろとも地面に投げ出された。熊は痛みのあまり叫び、二本足で立ち上がるとヤーノシュの頬に噛み付いた。ヤーノシュは熊を殴って服を着せ、腕を引っ張った。豚はヤーノシュに牙を剥いたし、ミクローシュ兄さんは豚を一頭食べてしまったが、なんとか翌日の夕方に牧師の家に辿り着いた。牧師は海のような豚の群れと熊を見て震えた。

「さて、ご主人様よ。おいら、豚を家へ連れて来たけど、おいらだったら、ミクローシュ兄さんのような豚飼いは土地付きでも雇わないね。兄さんを怒鳴っても無駄で、何もかも擦り切れて布切れ一枚身につけていないのに、清潔なシャツも力づくでやっと着せる始末さ。あいつにはふっくらしたパンも、こんがり焼いた肉もいらない、ただ生で食べるんだ。そうそう、豚一匹丸々食べてしまったしな。帰りは、頼むからと言っても動こうとしないんだ。おいらがご主人様だったら、これ以上雇ってはおかないね」

「勿論そうだとも。沢山だ! この家からだけでなく、村からも追い出すんだ」

 ヤーノシュは外に出て熊の耳を掴み、野へ引っ張って行ってこう言った。

「上りも道だし、下りも道だ。ミクローシュ兄さん、どちらへなりと行ってくれ」

 熊は一目散に森の方へ逃げていった。

 牧師は海のような豚の群れをどう処理するか思案した。そこでヤーノシュを呼んで「見たところあの豚どもにはよく肉がついてる。夜明けに一匹残らず殺してくれ」と命じた。ヤーノシュは夜明けより早く起きだして豚を残らず殺し、毛焼きを始めたが、朝までには牧師の干し草は全てなくなってしまっていた。牧師は、県の役人のところから背中一杯の牧草を借りてくるように命じた。ヤーノシュが出かけていくと、役人はこう言った。

「若いの、庭に行ってみろ。大きな干し草の山があるから、持てるだけ持っていくがいい」

 ヤーノシュは庭へまわり、干し草の山を丸ごと背負った。

「ありがとうございました、閣下!」

「こら、待て、不届き者め! わしの干し草全部を持っていくんじゃない!」

 だがヤーノシュは見向きもせずに全部持ち去り、毛焼きに使った。

 牧師はやっと豚の処理の心配から解放されたが、ヤーノシュとの縁は切れない。また亡き者にする策をめぐらせた。

 中庭にとても古い枯れ井戸があって、十二人がかりでも動かせないような水車の碾臼ひきうすで塞いであったが、牧師は「あの石をどけて、腐らないようにするために、肉とベーコンを井戸の中にしまってくれ」と命じた。ヤーノシュは軽々と碾臼をどけて井戸の中に入り、二十四人が手渡してくる沢山の肉を積み上げ始めたが、しばらく経った後、ぴたりと肉が下ろされてこなくなった。実は、牧師が井戸の口に碾臼を元通り置いて塞いでしまっていたのだ。けれども、ヤーノシュは碾臼の穴に頭を入れて帽子のように被って外に出てきて、

「帽子をありがとう、ご主人様。でもこんなつばの大きい帽子を被らなくとも、太陽がおいらを傷つけるほどのことはないさ」と言った。

 どうあってもヤーノシュを始末できないので、牧師の心は怒りと復讐心で煮えたぎっていた。そんな時、フランスに出陣しなければならないので、王様の軍隊に牧師本人か代わりの者をよこすように、と命令が来た。牧師は喜んで、ヤーノシュに四週間分の食料を入れた肩掛け袋と白馬を一頭与えたうえで、二十コロナ札二枚も与えて戦争に向かわせた。

「それで、向こうで何をすればいいんです、ご主人様」

「何もないさ、息子よ、何もだ。ただ殴りあうだけでいいのさ」

「それだけでいいんなら。さようなら、ご主人様。ご親切をありがとう」

 ヤーノシュは戦争に出かけた。ちょうど両軍は最大の火花を散らしていた。ヤーノシュは馬から降り、馬の頭を脚に縛り付けると、火を起こして料理を作り始めた。プリスカがちょうど頃合よく出来上がったとき、敵がヤーノシュの方に撃ってきて、大きな大砲の弾が彼のすぐ脇に落ちた。

「ここへ撃ってくるな。ヘーイ! ここには人がいるんだから」

 ヤーノシュは叫んだが、敵は大して聞いていないようだった。構わず撃ち続けたのだから。大砲や鉄砲の弾が雨あられと降り注いだ。

「撃つなと言ったろう。おいらに当たるか、プリスカを台無しにしたら、ひどい目に遭わせてやるからな!」

 そう言い終わらないうちに、大砲の弾がプリスカを焚き火もろとも跡形もなく吹っ飛ばした。ヤーノシュは地面から跳ね起き、楢の若木をへし折って敵に突進した。殴り、切り、蹴散らしたので、ある者は逃げ出し、ある者は死に、敵は一人もいなくなった。

「だから言っただろう!」

 誰も攻撃する者がいなくなると、ヤーノシュはそう言って戻り、新たに火を起こして湯気が空に舞いあがるようなプリスカを作った。

 まさに食べようとしたとき、王様がやって来た。国を敵の手から解放した英雄に丁寧に礼を述べ、男爵の位を与え、娘の一人を妻に与えた。

 この噂が故郷に伝わると、牧師はやっとヤーノシュと縁が切れたと思って、途方に暮れるくらい喜んだ。一方、ヤーノシュの母親は、やはりひどく喜んで、喜んだあまりにその場で死んでしまった。

 ヤーノシュは妻と共に幸せに暮らした。まだ死んでいなければ、今も生きていることだろう。



参考文献
『ハンガリー民話集』 オルトゥタイ著 徳永康元・石本礼子・岩崎悦子・粂栄美子編訳 岩波文庫



参考--> 「四巨人



巨人小僧  ドイツ 『グリム童話』(KHM90)

 ある百姓が息子を持っていたが、親指ほどの大きさしかなく、いつまで経っても背が大きくならなかった。

 ある日のこと、百姓が畑を耕しにいこうとすると、息子が付いて行きたがる。お前は畑仕事の役には立たないし、行方知れずになるのがオチだと断るのだが、泣いて駄々をこねるので仕方なく連れて行って畝の中へ置いておくと、向こうから巨人がやってくるのが見えた。百姓は息子を脅かすつもりで「あれはお前をさらいに来たんだよ」と言ったが、巨人は三、四歩で間近に来て、子供を二本の指でつまみ上げてしばらくじっと見つめると、本当にさらっていってしまった。父親は恐ろしさで身がすくんで、ただ、子供の命はもうないと諦めるばかりだった。

 巨人は親指小僧を連れて行って、自分の乳を飲ませた。すると親指小僧はぐんぐん育って巨人になった。二年後、巨人は小僧を森へ連れて行って木を引き抜かせてみた。若木が抜けたが、これではまだまだだと思って、もう二年乳を飲ませた。二年後には老木を引き抜くことが出来た。しかし巨人はまだ満足せず、もう二年乳を与えた。ついに、小僧は一番太い樫の木を引き抜けるようになった。巨人は満足して、小僧を父の畑まで送り届けた。

 巨人小僧が父のところに帰ると、父は息子だとは信じられずに怖がった。小僧は構わずに怪力で畑を耕し始め、父さんは帰って、母さんに食べ物を山盛り用意しておくように言っておいてよ、と頼んだ。小僧は二モルゲンの畑を一人で耕してしまい、更に、森に入って柏の木を二本根こぎにして、担いだそれにまぐわや馬を乗せて家に帰った。

 母親も、巨人小僧を息子だと信じられずに怖がった。小僧は構わずに家畜の世話などして食卓についた。出された一週間分ものご馳走を一人でペロリと食べてしまい、まだないかと言った。家中の食べ物を出しても足りない。巨人小僧は「家にいたんじゃ、お腹いっぱいになりそうもない。おいらに頑丈な鉄の棒を拵えてくれれば、世間に出て行くよ」と言った。

 百姓は喜んで、鍛冶屋から馬二頭で運ぶような鉄の棒を持ってきた。しかし巨人小僧はそれを膝にあて、えんどうのサヤのように軽くへし折った。馬四頭で運ぶ鉄の棒も、馬八頭で運ぶ鉄の棒も、全部へし折った。巨人小僧は「父さんにはおいらが欲しい鉄の棒は持ってこれないや。もう、父さんのところにはいないよ」と言って出て行った。

 巨人小僧は職人だと嘘をついて鍛冶屋に雇われた。給料は「給料日に親方を二つ殴らせること」。ケチな親方はお金を節約できるとほくそ笑んでいたが、仕事を始めると怪力であらゆる道具を破壊してしまう。怒られると親方を殴って、店にあった一番太い鉄の棒を持って出て行った。

 それから、農場に行って下男頭に雇われた。給料は、「毎年 主人を三つずつ殴らせること」と取り決めた。ケチな主人はお金が節約できたとほくそ笑んでいた。

 あくる朝、下男たちは早起きして森に行くことになったが、巨人小僧だけはグウグウ寝ていた。

「起きろよ、時間だぞ。お前も俺たちと森へ行くんだ」

「うるせえ! いいから、みんな先へ行ってなよ。おいらは後から行っても、帰るのはお前達より早いんだ」

 下男たちはこれを主人に報告した。主人は下男頭をもう一度起こして馬を荷車に付けさせろと命じたが、やはり起きなかった。巨人小僧はそれから二時間もベッドに転がっていて、起きると三斗入りのえんどう豆の袋を裏の物置から持ち出して、お粥のように煮てゆったりと食べた。食べ終わると荷車に乗って森へ出かけた。

 巨人小僧は森の入り口に入ると、木や木の枝を取って、崖に挟まれた狭い道を塞いでおいた。それから奥へ行くと、ちょうど帰る途中の下男たちの荷車と行きあった。

「構わず行きなよ。どうせおいらは、後からでもお先になるからね」

 下男たちの車が行ってしまうと、その場で一番大きな木を二本根こぎにして荷車に積み、向きを変えて帰り始めた。すると、例の道を塞いだところで下男たちの車が立ち往生していた。巨人小僧は馬を外して荷車に乗せ、自分で車を曳いてそこを通り抜けて帰ってしまった。下男たちは相変わらず立ち往生したままだった。

 巨人小僧が持って帰った木を「見事でしょう」と主人に見せると、主人は「こいつは使える奴だ。寝坊しても他の者より仕事が速い」と感心して妻に話した。

 それから一年経って、給料を払う日が来た。主人は殴られるのが不安になって、自分が下男頭になってお前を主人にしてやるから勘弁してくれと懇願した。しかし巨人小僧は何が何でも給料をもらうと言い張る。二週間だけ延期してくれと頼んで、やっと承知してもらった。

 主人は部下の事務員達に逃れる方法を相談した。事務員達は、あの下男頭に殴られれば誰であろうと死ぬだろう、ここは一つ、奴に井戸さらいを命じて、奴が井戸の中に入っているときに上から石臼を投げ落として殺してしまえばいい、と勧めた。主人はそれはいいと思って実行したが、巨人小僧は井戸の中から「ニワトリを追い払ってくれ、砂なんか跳ね飛ばしやがって」などと言う。そして石臼を首にはめて、首飾りみたいだと喜んでいた。

 二週間が過ぎ、巨人小僧は給料をもらうと言い張った。今度も、主人は二週間考えさせてくれと説得した。

 再び事務員達が集まって相談し、今度は魔物の棲む水車小屋で一晩過ごさせるのがいいと勧めた。あの水車小屋に泊まって翌朝無事でいた者は一人もいないのだ。主人は喜んで、巨人小僧に今夜中に麦を二十八石挽いておくようにと命じた。巨人小僧は早速出かけて粉を挽き始めた。真夜中になると、突然ドアが開いてテーブルが入ってきて、その上に様々なご馳走が並んだ。次に椅子が擦り寄ってきて、姿は見えないのに大勢の指だけが見え、その指がナイフやフォークを使ってご馳走を食べ始めた。巨人小僧はお腹が減ったので、テーブルに割り込んで一緒にご馳走を食べた。全て食べ終わると、ろうそくの芯が一斉に切られて真っ暗になり、突然殴られ始めた。しかし巨人小僧は怯まず、一晩中殴り合いを続けた。

 夜が明けて粉挽きの親父がやって来て、巨人小僧が生きているのをみて驚いた。一晩中魔物と戦ったという話を聞き、これでこの水車小屋は魔物の手から逃れたのだと感謝した。そして謝礼金を渡そうとしたが、巨人小僧はそんなものは欲しくない、おいらだって必要なだけは持っているからと断った。

 巨人小僧は粉を担いで農場に帰り、これで仕事は終わった、今度こそ給料をもらいますと迫った。主人は進退窮まって汗がだらだら流れ、空気を入れ替えようと窓を開けた。そこを、巨人小僧がぽーんと蹴飛ばした。主人はそのまま窓の外にすっ飛んで見えなくなってしまった。これを見ると、巨人小僧は「旦那様が戻ってこないなら、残りは奥様に払ってもらわなきゃならねえです」と言った。主人の妻はうろたえて汗をだらだら流し、別の窓を開けた。そこを、巨人小僧がポーンと蹴飛ばした。体重が軽かったので、主人の横をすり抜けてもっと高く飛んでいった。

 こうして、今でも農場の主人とその妻は宙を飛んでおり、すれ違ったまま一緒になることが出来ないでいるという。巨人小僧はと言えば、鉄の棒を持ってどこかにスタスタ行ってしまったということだ。



参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.

※主人公が最初は小人として産まれ、後に巨人に育つというのが面白い。


参考--> [親指小僧][一寸法師]




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