>>参考 【箱の中の娘

 

りんご娘  イタリア

 昔、あるところに王様と女王様がいて、子宝に恵まれないため、二人とも自棄っぱちになっていた。それで女王様が言った。

「どうして私に子供が出来ないのかしら。りんごの木でさえ実をつけるというのに!」

 やがて女王様はみごもり、子供を産んだが、あの言葉の報いなのだろうか、産まれたのは一個のりんごの実だった。それでも、それはこの世でまだ誰も見たことがないほど美しい色合いをしていて、王様はその実を黄金のお盆に載せると、大切にテラスに置いた。

 王様の宮殿の向かいに、別の王様が住んでいた。ある日のこと、この王様が窓から顔を出していると、向かいの王様のテラスに、まるでりんごみたいな白と赤の肌をした美しい娘が、日差しを浴びながら身体を洗い、髪をいているのが見えた。王様は口をあんぐりと開けて見とれてしまった。これほどに美しい娘を見たことがなかったからだ。けれども、見られていることに気付くと、娘はすぐにお盆に駆け寄って、それに載せてあったりんごの中に消えてしまった。

 王様は、もうすっかり恋のとりこになった。考えに考えて、向かいの宮殿の扉を叩くと、女王様に会わせてくれるよう頼んだ。

「女王様、折り入ってお願いがあります」

「何なりとどうぞ、王様。お隣のよしみですから、お役に立てるのでしたら……」

「実は、お宅のテラスにある、あの美しいりんごをいただきたいのです」

「まあ、何と仰いました? まさか、ご存じないわけではないでしょう、わたくしがあのりんごの産みの親であることを。そして、あれが産まれてくるようにと、どれほど わたくしが願ったのかを」

 けれども、王様が何度も何度も頼むので、隣のよしみを保つために嫌とは言えなかった。こうして王様はそのりんごを貰いうけ、自分の部屋の中へ運び入れた。そして身体を洗い髪を梳くための用意を何もかも整えた。

 娘は中から出てきて、身体を洗っては髪を梳いた。そして王様はそれに見とれた。娘は他には何もしなかった。食べもしなければ、話もしない。ただ身体を洗い髪を梳くだけで、それが済めばりんごの中へ戻った。

 ところで、この王様は継母と一緒に住んでいたが、彼女は王様が部屋に閉じこもってばかりいるのを見て、疑いの心を抱き始めた。

「息子が隠れてばかりいて、姿を見せないわけを、必ずつかんでみせよう!」

 やがて戦争の命令が出され、王様は出発しなければならなかった。心の中では泣いていた。あの可愛いりんごを置いていかねばならないなんて!

 そこで、一番忠実な召使いを呼び寄せて、言いつけた。

「お前に部屋の鍵を預けていくから、よいか、誰も入れてはならないぞ。毎日、水と櫛をりんご娘に用意して、不自由な思いをさせてはならぬ。後で娘に聞けば、お前のしたことは全て分かるのだからな」

 実際には娘が口をきくはずはなかったが、召使いにはそう言っておいたのだ。

「よいか、留守の間に、娘が髪の毛一本でも損なわれれば、お前の首は飛んでしまうのだぞ」

「ご心配なく、陛下。最善を尽くします」

 王様が出発するとすぐに、継母の女王は息子の部屋へ入るための手立てを講じた。ワインに阿片を入れさせ、召使いが眠り込むと鍵を奪った。扉を開け、部屋中を探し回った。が、いくら探しても、何も見つからなかった。あったのはただ、あの黄金のお盆に載せられた美しいりんごだけだった。

「あの子の心を釘付けにしていたのは、このりんごに違いない!」

 女王は腰に帯びていた護身用の短剣を抜き放つと、りんごの実を突き刺した。何度も、何度も。突き刺すたびに、血の筋が流れた。それを見て、女王は恐ろしくなり、まだ眠りこけている召使いのポケットに鍵を戻すと、逃げていった。

 目が覚めたとき、召使いは自分の身に何が起こったのか さっぱり分からなかった。王様の部屋へ走っていくと、辺りは血の海だった。

「大変だ! どうしたらよいだろう?」

 そして、宮殿から逃げ出した。

 召使いは叔母のところへ行ったが、その叔母というのが実は仙女で、魔法の粉薬なら何でも持っていた。彼女は甥のために、魔法にかけられたりんごによく効く癒し薬と、魔法にかけられた娘によく効く癒し薬を取り出して、二つを混ぜ合わせた。

 召使いは宮殿に戻って、りんごの全ての刺し傷に少しずつ粉薬を擦り込んだ。りんごが割れて、中から包帯と膏薬だらけの娘が現れた。

 王様が帰ってくると、娘は初めて口をきいた。

「ねえ、あなたの継母が、あたしの身体中を短剣で刺したのよ。でも、召使いが傷を治してくれたわ。あたしは十八歳になって、魔法が解けたの。もしもあなたがお望みならば、あなたのお嫁さんになってもいいわ」

 王様が言った。

「決まっているじゃないか、僕がそう望んでいるのは!」

 隣り合わせた二つの宮殿は大きな喜びに包まれ、祝宴が開かれた。ただ、逃げ出した継母の姿だけが見当たらず、その行方は二度と知れなかった。

 

 こうしていつまでも二人は仲良く暮らしたが、私には何もくれなかった。

 いや、ほんの一文だけ恵んでくれたが、そんなものは穴の中へ捨ててしまった。



参考文献
『イタリア民話集』 カルヴィーノ著、河島英昭編訳 岩波文庫 1984.

※この話では、りんご娘がりんごとして生まれたのは「魔法がかけられていたから」だと説明されているが、本来は【瓜子姫】や『ム・ジュク』などと同じ、果実(樹木)から現れた神の娘――豊穣の女神だっただろう。

参考--> 「阿加流比売



ミルテの木の娘  イタリア 『ペンタメローネ』一日目第二話

 ミアーノ村に子のない夫婦がいた。心底子供が欲しく、ことに妻の方はのべつため息をついては「おお神よ、子供が授かるなら、たとえミルテの小枝だって構いません」と言っていた。すると腹が膨れ、月満ちて本当にミルテの小枝を産んだ。女は喜んで見事な浮き彫りを施した鉢に植えて、朝に夕に世話して大事に育て、美しいミルテの木になった。

 そんなある日、コーラ・マルキオッネという王子の一行が狩りの途中に通りかかり、王子がこのミルテの木に惚れ込んで、ぜひ譲ってくれと使いをやって頼み込んだ。脅されたり宥められたりして断りかね、とうとう女は「私の娘のようにいつくしんでいたのですから、大事にして下さい」と条件を出して譲り渡した。王子は喜んでミルテの鉢を自分の部屋のバルコニーに置き、手ずから水をやって世話をした。

 

 そんなある夜のこと、ロウソクも消して城中が眠りに静まり返った頃、パタパタと足音がして、誰かが王子のベッドに入ってくる気配があった。泥棒か妖精かと思い、王子は狸寝入りを決め込んで様子を伺った。そうして身近に来たその者の手を掴んだところ、予想に反して柔らかく滑らかで最高の手触りではないか。王子はそれを抱きしめた。すると、美しい本当の妖精だったので、そのままタコのように巻きついて吸い付いたり突いたり、大わらわだった。その妖精は日が昇らないうちにベッドから抜け出して、またどこかへ帰っていった。

 こんな風に七日経ち、王子は我が身に降りかかった幸運の秘密を知りたくて知りたくて胸を焦がした。そこで、この愛しい妖精が眠っている間に巻き毛を一握り自分の腕に括りつけて逃げられないようにしておいてから、召使を呼びロウソクを灯させた。と、そこに眠っていたのは愛の魅惑そのものの美女の中の美女ではないか。王子は更に魅了され、この上ない賛嘆と愛の言葉を投げかけ続けながら娘の首に抱きついた。娘は目覚めて可愛らしいあくびをし、それを見て更に続く王子の愛の言葉に頬を赤らめた。

「王子様、そんなにお褒めにならないで。私はあなたの奴隷になって、どんな卑しい仕事でもしてお仕えいたします。鉢植えのちっぽけな小枝だった私が、こんな気高いお方に枝さしかける月桂樹になれたのですもの」

 王子はそんな娘の唇をキスで封じ、言った。

「さあ、あなたを我が妻、我が妃としよう。既に私の人生の舵を握っているのだから、この心の鍵もあげよう」

 それから数日の間、二人は数知れぬ愛の言葉と愛撫を交わし、起き上がってたっぷり腹ごしらえしてはまた愛し合う、という風に愛に溺れて過ごした。けれども運命というのは意地悪なもので、ここで王子は国中を荒らしていた大イノシシ退治に出かけねばならなくなった。王子は妖精を愛するあまり、二、三日とはいっても離れるのが不安でならず、留守の間は元の鉢に戻って姿を隠しているように言いつけた。娘は快諾したが、一つだけ願い事をした。

「小さな鈴をミルテの枝の先に絹糸で括っておいてください。お帰りになったとき、(玄関から)糸を引いて鈴を鳴らしてくださったら、出て来てお迎えいたしましょう」

 王子は言われたとおりにし、召使を呼んで「毎晩普段と同じにベッドを整え、この植木鉢に水をやり大切に扱うのだ。葉の数を数えておいたからな、一枚でも足りなくなっていたらクビだぞ」と言いつけた。

 

 さて、王子には以前から七人の愛人がいたのだが、最近王子の来訪がとんとご無沙汰になったのを怪しんで、石工を雇って自分たちの家から王子の部屋まで地下道を掘らせ、王子の部屋に押し入った。そして王子の浮気相手の証拠が何かないかと探し回るうち、ミルテの美しい鉢植えを見つけて その葉をむしった。中でも一番若い娘が鈴をつけてあった枝を丸ごと千切り取ったもので、鈴の音を聞いた妖精は王子様のお帰りだと思って現われた。その愛らしい姿を見るやいなや、女たちはどっと掴みかかり、「王子の寵愛を奪ったのはあんたね、捕まえたわ、逃がすもんですか!」と喚きながら、てんでに妖精の頭をぶん殴り、体をバラバラに引き裂いてしまった。ただ、一番若い娘だけはこの騒ぎに加わらず、姐たちに誘われても金髪をひと房取っただけだった。こうして事が終わると、女たちは地下道を通って姿を消した。

 程なく召使がベッドメイクと鉢の水やりにやってきたが、凄惨なありさまを見て死ぬほど驚いた。肉や骨を拾い集めて鉢に戻し、床の血を洗い清め、水をやりベッドを整えてドアを閉めると、一目散にこの国から逃げ出した。

 

 王子はイノシシ狩りから戻るやいなや、絹糸を引っ張って鈴を鳴らした。けれど、セールスマンのように何度リンリン鳴らしても、妖精の影も形もない。怒り狂って部屋に駆けつけ、鍵を探すのも忘れて肩でドアに体当たりして中に飛び込んだ。窓を開けて光を入れ、ミルテの葉がすっかり毟り取られているのを発見すると、泣きに泣いて嘆き悲しんだ。道端の石すらも同情するほどに嘆きの言葉を吐き続け、一口も食べず一睡もせず、顔色は黄ばんで唇は腐ったラードの色に成り果てた。

 ところで妖精はと言うと、寄せ集めて鉢に埋めてあった欠片がやがて芽吹き始め、恋人が見る影もなく衰えて嘆き苦しんでいるのを見た。可哀想でたまらなくなって、ランタンからロウソクの光がさっと漏れるように素早く植木鉢から飛び出すと、王子に抱きついて

「さあさあ私の王子様、もう沢山、泣くのはやめて涙を拭いて、もう怒らないで、お顔を歪めないで下さいまし。あの悪い女たちが私の頭を砕き、この体をバラバラにしたのですけれど、ほら、私生きていて、こんなに美しいでしょう」と言った。

 この思いがけない奇跡に王子はたちまち生気を取り戻し、血をたぎらせて恋人をかき抱いて千回も愛撫すると、何があったのか一から十まで教えてくれ、と言った。そして召使に罪がなかったことを知ってすぐに呼び戻させ、ついで父の許しを得て妖精と結婚して、盛大な祝宴を催したのだった。

 披露宴で、王子は国中の貴族たちの他に、例の七人の愛人たちも貴賓席に座らせた。飲み食いが終わったところで王子は妻を指さして、「この美しい人を痛めつけた者に、いかなる刑罰を科すべきでしょうか」と、客人一人一人に尋ねたが、皆は妖精のあまりの美しさに心打たれ、口々に絞首刑だ、いや車裂きがよい、押しつぶせ、崖から突き落とせ、などとあれこれ厳しく提案した。とうとう七人の愛人たちの番になると、愛人たちは(雲行きがおかしいな)と半ば気付きながらも、酒をたっぷり飲んで酔っていたもので、

「このような完璧な愛の化身を少しでも傷つけた者は、泥沼に生き埋めの刑が相応しいですわね」と言ってしまった。王子は言った。

「お前たちは自分で自分の裁きを下したのだ、その通りに処刑してやろう。お前たちこそ、この可愛い人の頭を卵のように割り、手足をバラバラにした張本人なのだからな。――さあ急げ、時を移さずに即刻、こやつらをナポリで一番汚いどぶに放り込め。そこで惨めに死ぬのだ」

 このように死刑執行がなされたが、王子は七人の中で一番若い娘だけは助けてやり、持参金もつけて、あの召使と結婚させてやった。それからミルテの妖精の両親が安楽に暮らせるよう取り計らい、王子は妖精の妻と幸せな一生を送ったのだった。

 本当に、非業の死を遂げた鬼女たちは

  愚者は暴走してとどまるべき時を知らぬ

 といういにしえの賢者の至言の証となったのだ。



参考文献
『ペンタメローネ』 バジーレ著 杉山洋子・三宅忠明訳 大修館書店

※以下、再話文学ものばかりだが、類話を二つ、簡単に紹介する。

ミルテの木の精  ドイツ

 草木が無く平坦な砂漠の国の、首都ポルツェラニアから数マイル隔たった荒野に、陶工の夫婦が住んでいた。夫婦には子が無く、子宝を天に祈っていたが、甲斐はなかった。

 ある年の妻の誕生日、陶工は素晴らしい揺りかごと植木鉢を作って妻に贈り、妻は揺りかごを飾り植木鉢には上等の土を入れてベッドの側に置いた。

 ある晩もまた、妻は「神よ、子をお授けください。女なら勤勉で可憐で信心深く、男なら思慮深く意思強固で勇敢に育てます。子が無理ならば、せめて心の慰めに苗木一本でもお授けください。そうしたら、手塩にかけたその木の下で、いつの日にか、主人と共に安らかに眠ることもかないますのに」と祈った。

 その晩は雷雨で、一度、閃光が室内を照らした。翌朝は快晴で、妻はミルテの木陰で夫と寄り添う夢を見て気分よく目覚めた。すると枕元にミルテの苗が置いてある。夫を起こして苗を見せ、夫婦はひざまずいて神に感謝して、鉢に植えてそれは大事に育てた。

 そんなある日のこと、ヴェッチュヴート王子が学者たちを連れて、都の建築物作りに使う良質の陶土を探してやってきた。助言を得ようと陶工の家に入るなり、ミルテの木に心を奪われ、「なんて愛らしい、もはやこれ無しではいられない、これが手に入るなら片目をやっても惜しくない」と口走り、陶工夫婦にミルテの木の対価に何を与えようかと訊いたが、夫婦はこの木は何者にも代えがたいものなのでお譲りすることは出来ません、と断り、特に妻は「この木は我が子同然、見られなくなったら私は生きていられないでしょう。たとえ国を与えると言われてもお断りいたします」と言った。

 王子はガッカリして城に帰ったが、ミルテの木への想いは募り、とうとう病気になってしまった。国中が王子の身を案じ、陶工夫婦への使者が立てられて、長い交渉の末、夫婦は「互いにミルテの木が無いと生きていけないのですから、どうかミルテの木と共に私どもをお召抱え下さい。そうすれば私たちもミルテの木を垣間見ることが出来ますから」と言って、小屋を戸締りし、絹の担架にミルテの鉢を載せて都に行った。

 馬車に乗った王子が金のじょうろを手にして出迎え、ミルテの鉢は白薔薇を飾った四人の乙女がさしかけた絹の天蓋の下、子供は花を撒き、大人たちが帽子を放り投げて歓呼する中を、城まで運ばれていった。

 しかし、都の中でただ九人の娘だけが、この喜びに加わらなかった。というのも、彼女たちは王子の恋人で、めいめいが王妃になることを夢見ていたが、ミルテの木が見い出されて以来すっかりご無沙汰、捨て置かれていたからである。

 王子はミルテの鉢を自室の窓際に置かせ、陶工夫婦にはその窓が見える住居を庭園内に与えて、いつでもミルテが見られるようにしてやった。王子はすっかり回復して、細やかにミルテの木の世話をし、ミルテの木はすくすくと育って全ての人を喜ばせた。

 そんなある晩、人が寝静まった深夜、王子がミルテの鉢の側の寝椅子でまどろんでいると、さわさわと葉ずれの音がして、何者かが動き回る気配がし、かぐわしい香りが漂った。どうも、その気配はミルテの木からしている。様子をうかがううちに再びさやさやと鳴ったので、王子は歌うように呼びかけた。

語れ、我が麗しのミルテよ
何故そのように甘く囁くのか
私の恋焦がれる木よ

 すると、可憐な歌声が微かに返った。

感謝の気持ちを示したい
優しい主人に応えるために
あなたの為に花開く

 暗闇の中、誰かが足元に座っているのが見えた。

「私の素性を尋ねないで下さい。ただ、時に夜ふけにあなたの足元に座って、あなたのミルテへの愛情のお礼を述べることだけをお許しください。私はミルテの木に宿る精霊ですが、あなたへの感謝の気持ちが溢れて木に収まりきれず、神がこうして、時に人の姿であなたの側に侍ることをお許しくださったのです」

 王子はミルテの精と語らい、その賢さ、話術の巧みさにますます魅了され、どうしても顔を見たいとせがんだ。すると彼女は言った。

「その前に歌を歌わせて下さい」

ミルテよ、そよげ
夜は更けて静まり
月と星は空の牧場を渡る
雲の羊を追って、彼方の光の泉まで
おやすみ、おやすみなさい愛しいお方
再びお逢いできるときまで

 歌に合わせるようにミルテはそよぎ、雲は流れた。王子が眠り込むと、ミルテの精はそっと立ち上がって木の中に消えた。

 王子が目を覚ますと、ミルテの精はいなかった。あれは夢だったのだろうか……?

 けれどもミルテの鉢を見て、王子はあれは現実だったに違いないと思った。一晩のうちに、白い可憐な花が沢山咲いていたからである。

 夜が来るのを待ちわびるうちに、再びミルテの精が現れた。

 今度も、王子が明かりを点けさせてくれと願うと、精霊は「その前に歌を」と願った。

ミルテよ、そよげ
星明りの中でお眠りなさい
キジバトの歌で雛鳥も眠る
雲の羊は向かう、彼方の光の泉へと
おやすみ、おやすみなさい愛しいお方
再びお逢いできるときまで

 果たして王子は眠ってしまって、目覚めると愛しい姿は消え失せているのだった。

 このようにして七夜が過ぎ、その間にミルテの精は統治の秘訣をすっかり王子に教え込んだので、王子の想いはいよいよ募った。

 その晩、王子は「今夜は僕に歌わせてくれ」と頼み込んだ。

耳を澄ましてごらん
聞こえるかい泉の囁きが
聞こえるかいコオロギの歌声が
夢見心地のままに死する幸福
雲の揺りかごで月の子守り歌を聞く喜び
夢の翼に乗って天を翔け
花のように星を摘むのはどんなに幸せなことだろう
おやすみ、夢で天翔けながら
君の目覚めを待ちながら、私は喜びに震えているから

 優しい歌声を聞いてミルテの精はうとうとし始め、とうとうすっかり眠り込んだ。そこで天井から柔らかい絹の網を落として捕らえ、ランプの灯を点けたところ、まあ、なんということだろう。金の巻き毛にミルテの花冠を戴き、銀の縫い取りの緑衣をまとった、言いようも無く美しい乙女だった。王子は感嘆の声を上げ、乙女の指に自分の指輪をはめてプロポーズの言葉を並べた。ミルテの精は目を覚まし、赤面して明かりを吹き消したが、もう遅い。王子が自分を捕まえたことを嘆き、「きっと不幸を招くでしょう」と言った。それでも、王子が懸命に謝ると とうとう折れて、もし私の両親が許すのでしたら王妃となりましょう、と約束した。

「ただし、結婚の準備を万端整えてから両親の意向を尋ねてください。それまではあなたにはお目にかかりません」
「準備が整ったら、どのようにしてあなたをお呼びすればいいのでしょうか?」
「私の枝の先に、小さな鈴を結びつけておいてください。それを鳴らしたら出てまいりましょう」

 こう言い終わると精霊は網を破り、木がそよいで姿を消した。

 夜が明けるとすぐに、王子は家臣を集めて結婚の準備を整えるように命じた。ところが、そこで猟場の猪が暴れているという報せが入り、王子は猪退治に出かけていった。王子の九人の恋人たちは美しく着飾って窓辺に横たわり、それぞれ、馬に乗って出かけていく王子が自分に目を留めることを期待していたが、頭から無視された。娘たちは怒り心頭し、一致団結して復讐する決意をした。実は暴れ猪の話も、彼女たちが何とか王子を外に誘い出そうとて考えたでっちあげなのだった。

 そこに、一番年長の娘の父親たる大臣がやって来て、王子が婚礼の支度を命じたことを報せた。大臣が去ると娘たちは怒りを爆発させた。自分こそが王妃になるのだと思い込んでいたからである。

 娘たちは左官を一人呼んで王子の部屋まで通路を掘らせ、十人目の若い娘を誘って、全員で王子の部屋に忍び込んだ。この若い娘はただ好奇心から付いてきただけだっだが、九人の娘たちはこの娘に事後の罪を被せようと考えていたのだった。

 娘たちは部屋の中を探し回り、苛立ってミルテの木の枝をむしった。すると銀の鈴が鳴り、ミルテの精が花嫁衣裳で歩み出てきた。九人の娘は合点して、てんでに襲い掛かってミルテの精を殺し、ナイフで切り刻んで、それぞれ指を一本ずつ持ち去った。

 やがて王子の侍従が部屋に入ってきて、この有様を見て肝を潰した。王子に留守中のミルテの木の世話を任され、枯らしたら死刑だと言われていたからだ。部屋の隅に取り残されて泣いていた十人目の娘が、一部始終を説明した。二人は泣きながらバラバラの肉や骨を集めて鉢に埋め、出来るだけ床の血を洗い清めると手に手を取って逃げ出した。娘は、ひと房の巻き毛を哀れな被害者の形見として持っていった。

 その頃、都に戻った王子は陶工夫婦のもとへ出向き、ミルテの精の話をして結婚の許可を願っていた。夫婦は呆然、次いで歓喜し、快諾して、王子に伴われて娘に逢うために部屋に向かった。ところが、部屋は血で汚れ、木はめちゃくちゃ、その傍らには土饅頭。三人は悲鳴を上げて、終日鉢の側に座って涙を注ぎ、嘆きに嘆いた。国中が悲しみに沈んだ。

 この悲しみの中でも、三人はミルテの木に出来るだけの手当てをしていた。すると再び芽吹き始め、若枝の一本にミルテの精にやった指輪がしっかりはまっているのを見て、王子は歓喜に震えた。愛しい恋人はきっと生きている。

 あくる日、陶工夫婦と一緒に呼びかけていると、ついにミルテは応じて歌った。

どうか哀れと思し召せ
腕に足りない指九本
王子の国に今育つ、若いミルテの枝九本
それが私の肉と骨
どうか私にもう一度
指を揃えて下さいな

 王子と陶工夫妻は大変に心打たれ、夜が明けると王子は国中にお触れを出した。美しいミルテの木を持参する者には王子自ら褒美を与える、というのだ。九人の娘たちは喜んだ。というのも、持ち去った指を埋めたところから美しいミルテの若芽が生えていたからである。

 娘たちはそれぞれ着飾って、ミルテの苗を持って城に行った。王子の言う褒美とは、きっと結婚のことなのだと思っていた。王子は全ての苗を受け取らせ、娘たちには後に連絡するから祝宴の支度をして待て、と伝えた。九本の苗をミルテの鉢の側に置くと、ミルテの精の歓喜の歌声が聞こえた。

ようこそ、ようこそ 九本の小枝よ!
ようこそ、ようこそ 九本の指よ!
ようこそ、ようこそ 私の肉と骨よ!
ようこそ、ようこそ 鉢へお入り!

 王子が苗を鉢に埋めると、その日のうちに九本の新芽が芽吹いた。

 一方、あの十人目の娘が出頭してきて、王子の足元に身を投げ出して許しを請うた。

「私はミルテを持っておりません。ですが、この巻き毛をお返しいたします。どうかどうかご慈悲を」

 娘は持ち去っていた巻き毛を渡し、真相を語って、逃亡している侍従を許し、私と結婚させてくださいと願った。王子が赦免状を渡すと、娘は森の木のうろの中に隠れていた恋人のもとへ走って行き、共に都に帰ってきた。

 巻き毛を鉢に埋めると、ミルテの精は歌った。

もうすっかり元通り
もうすっかり綺麗だわ
冠を載せて下さいな
婚礼の舞踏会へ連れて行って下さいな

 王子はお触れを出して、全国民の前での大祝宴を催し、人々の目の前で、ミルテの木から現れる花嫁を披露した。

 初めて娘と対面する陶工夫妻は娘を抱きしめて歓喜した。

 王子は列席の人々に「このミルテの精を傷つけた者にはどんな罰を与えるのが良いか?」と尋ねて廻った。九人の娘たちが「大地に呑まれ、地中から片手だけが出ているような罰を」と答えると、たちまち大地が割れ、本当に娘たちを呑み込んで、その上には手のひら形の葉を持つ蛇イチゴが生えたのだった。

 婚礼が行われ、侍従と十人目の娘も結婚し、やがて生まれた若君は老いた陶工夫婦の揺りかごで揺られた。鉢植えのミルテの木は大きくなったので、王妃のたっての願いで、陶工夫婦の元の小屋の傍らに植え替えられた。小屋は別荘に建て替えられ、ミルテの木はミルテの森となった。陶工夫婦はかねてからの願い通りにミルテの木の下に葬られ、ミルテの森では彼らの孫たちが遊び戯れた。

 きっと、王夫婦も同じように葬られていることだろう。これはずいぶん昔の話なのだから。

 

参考文献
『ドイツ・ロマン派全集 第四巻』 矢川澄子訳 国書刊行会 1984.
『ドイツのメルヘン ミルテの精』 クレメンス・ブレンターノ著 林昭訳 東洋文化社 メルヘン文庫 1980.
『世界のメルヘン11 ドイツ童話(1) こうのとりになったカリフ』 池田香代子訳 講談社 1981.
『母と子の世界のメルヘン17 ミルテの木の妖精』 クレメンス・ブレンターノ著 池田香代子訳 講談社 1984.

※私は『ペンタメローネ』にあるものよりこちらの話の方が好きなのだが、出典を忘れてしまった。すると調べて資料まで送ってくれた人がおり、おかげさまで長年の石詰りが取れたのだった。多謝。

 この作者のクレメンス・ブレンターノはグリム兄弟と同時代のドイツの詩人で、兄弟とも親しかったが、グリムが(一応)民話の原型を伝えることを目指していたのに対し、民話を基に話を膨らませ、アレンジを強める創作法を取っていたそうだ。この「ミルテの木の精」は、『ペンタメローネ』にあるものをアレンジしたものらしい。

 なお、ブレンターノは有名な「ローレライ伝説」の、ある意味産みの親でもある。彼が創作した物語詩「Die Lore Lay」を元にハイネが書いた詩によってこの妖精の名が知られるようになったからである。

ローズマリーの娘  イタリア

 子供のない王夫婦がいる。ある日、妃は庭のローズマリーの草むらを見て、「ローズマリーにはこんなに子供があるのに、女王の私には一人もないなんて」と言う。しばらくして妃はローズマリーの苗を産み、美しい鉢に植えて日に四回ミルクを掛けて育てる。

 甥の若いスペイン王が訪ねてきてローズマリーをとても気に入り、無断で持ち去る。船に山羊を乗せて航海中もミルクを鉢に与えるのを欠かさず、スペインに帰ると庭に植え替える。
 王は笛が好きで毎日笛を吹いて庭を踊りまわっていたが、ローズマリーの葉陰から長い髪の娘が出てきて一緒に踊り始める。

「君はどこから出てきたの?」
「ローズマリーからよ」

 それ以来、仕事を早く済ませて庭に出て笛を吹き、ローズマリーの娘と踊ったり、手を握って語らったりするようになる。

 やがて戦争が起き、スペイン王は出征する。ローズマリーの娘に「僕が帰るまでは決して葉陰から外に出てはならない。帰ったら三つの音色を吹くから、それを合図に出てくるのだよ」と言い聞かせ、庭師に日に四回ローズマリーにミルクを与えるように命じ、帰ってきたときに枯れていたらお前の首をはねるぞ、と脅す。

 王には三人の妹があり、兄が庭で笛を吹きながら何時間も過ごすのは何故なのか知りたがっている。兄が出かけると兄の部屋から笛を取り、三人で奪い合いながら順番に吹くと、偶然に三つの音色が鳴って、ローズマリーの娘が出てくる。妹たちは「これで分かったわ、お兄様が庭に入ったきり出てこなかったわけが!」とローズマリーの娘につかみかかり、ひどく殴って痛めつけた。ローズマリーの娘は葉陰に飛び込んで消えた。

 庭師はローズマリーが枯れかけているのを見て絶望し、妻にローズマリーの世話を頼んで逃走した。山野をさまよううち森の中で日が暮れ、木の上に登っていると、真夜中に木の下にオスの竜とメスの竜が来て話し始める。

「何か面白い話はないの?」
「王様のローズマリーが枯れたよ」
「助ける方法はないの?」
「あるが……どこで誰が聞いているか知れたもんじゃないからな」
「誰が聞いているって言うの、言いなさいよ」
「では言うが、俺の喉の血とお前の脳味噌の皮を取って、鍋で煮て、ローズマリーの葉に塗れば、草は枯れるが、娘は元気になって出てくるのさ」

 庭師は喜び、竜たちが寝入ると下りていって、折った枝でたったの二撃で竜を殺し、喉の血と脳味噌の皮を取って家に帰り、妻を叩き起こして鍋で煮させて、ローズマリーの葉の一枚一枚に塗った。すると元気な娘が出てきて草は枯れた。庭師は娘の手を取って家に連れて帰り、ベッドに寝かせて温かいスープを与えた。

 やがて王が戦争から帰ってきて、すぐに笛を取って庭に走り、三つの音色を吹いたが、娘は現れない。見に行くと、ローズマリーは枯れている。王は怒り狂って庭師の家に行き、「今すぐお前の首をはねてやる」と騒いだ。庭師は言った。

「どうかお静まりください、この家の中に素晴らしいものがございます、どうかそれをご覧になってください」

 王が家に入ると、そこにはローズマリーの娘がいた。彼女は涙を流し、王の妹たちにひどく殴られたが、庭師が命を救ってくれたのだと説明した。王は庭師に感謝し、妹たちを憎んだ。

 王は娘と結婚することにし、叔父の王夫婦に知らせて招待状を出した。王夫婦はローズマリーの鉢が行方不明になって悲嘆にくれていたのだが、この知らせを受けて狂喜した。王夫婦を乗せた船が港に着くと祝砲が鳴り、ローズマリーの娘が両親を出迎えた。

 

参考文献
『みどりの小鳥』 イータロ・カルヴィ−ノ著 辻村益朗訳 岩波書店

※この話は、全体の筋立ては「ミルテの木の娘」と同じだが、ミルテが再会時にのみ鈴を鳴らすのとは違って、出会いからして王がローズマリーの前で笛を吹いたことによっており、音楽が妖精を呼び出すことが明示されている。これは、シャーマン(吟遊詩人)が琴や笛を奏でたり、鈴を鳴らして交霊(冥界下り)するのと同じ信仰が下敷きになっているのだろう。

 日本のお伽草子の「花世の姫」は冒頭部分が「ミルテの木の精」や「ローズマリーの娘」などとよく似ており、その片鱗があると思う。

 

 ミルテ(マートル)は日本では天人花、銀梅花、銀香梅ともいう、フトモモ科の常緑低木。葉に芳香があり、梅に似た白い花にもよい香りがあり、香水の原料にされるハーブである。また、花嫁のブーケにもよく使われ、"祝いの木"と呼ばれる。愛の女神アフロディーテの聖木だ。

 ローズマリーは迷迭香まんねんろうともいい、シソ科の常緑低木で良い香りがあり、ハーブとして使われている。




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