割かれた体〜二つに割かれて天に投げ上げられた体が、生き生きとしている方が太陽に、死んでいる方が月に変わる。

>>参考 「太陽女」「首の怪物(インド)

 

割かれた子供  ポリネシア クック諸島

 女神パパが一人の子を産んだ。ところが、その父親としてヴァテアとトンガ・イティ(一説にはタンガロア)の二男神が名乗り出た。男神たちは争い、子供を真っ二つに切って半分ずつ取ることで落ち着いた。

 ヴァテアは上半身を取り、天空に投げ上げると太陽になった。下半身を取ったトンガ・イティは、初めはそれを地面に置いていたが、後でヴァテアを真似て天空に投げ上げた。けれど既に血が流れ出て半ば腐っていたため、太陽ほどには輝かなかった。それが月である。



参考文献
『世界神話事典』 大林太良/伊藤清司/吉田敦彦/松村一男著 角川書店 1994.

※大岡裁きはここでは起こらなかったようだ。



参考 --> 「太陽女



月と太陽  ロシア シベリア ケト族

 三人兄弟が一軒の土小屋に住んでいた。上の二人は巫術師シャーマンで、末の弟だけは普通の人だった。

 ある日の夕方、兄弟が小屋にいると、ふいに扉が開いてムィラク(魔物)が入って来た。

「何をのんびりしている。今夜、お前たちの家に死人が出るのだぞ。棺桶を作って準備しておくのだな」

 ムィラクはそれだけ言うと、扉をバタンと閉めて消えてしまった。兄弟はびっくりして、言われたとおりに棺桶を作った。作業を終えてから眠ったが、朝になって見ると、一番上の兄さんは眠ったまま冷たくなっていた。二人は遺体を棺桶に入れて小屋から運び出し、扉の側に安置した。

 兄弟が嘆き悲しんでいると、日が暮れかかった頃、ふいに扉が開いて、あのムィラクが入って来た。

「またのんびりしているな。棺桶を作れ。朝になったら、お前たちの家に死人が出る」

 ムィラクは姿を消した。朝になって末の弟が目を覚ますと、二番目の兄さんは死んでいた。弟は遺体を棺桶に入れると、外の寒い場所に運び出して、上の兄さんの棺桶の横に置いた。そして自分は小屋の中に戻って考えた。

(兄さんたちは本物のシャーマンだったのに、あのムィラクには何も抵抗できなかった。俺ももう死ぬんだ。ムィラクから逃げても無駄なことだ)

 こうして一日が過ぎ、辺りが暗くなったころ、ふいにムィラクが小屋の中に入って来た。

「何故じっとしている。どうして棺桶を作らないのだ。さあ作れ。お前はもうじき死ぬのだからな」

 ムィラクは姿を消した。弟は斧を取って自分の入る棺桶を作り、小屋の中に運び込んだ。そして棺桶の中に横たわって死ぬのを待った。しかしいくら待っても死は訪れず、とうとう待ちくたびれて棺桶から出た。

(どうして俺は死なないんだろう。俺の死はどうなったんだ)

 その時、小屋の外からムィラクが呼びかけた。

「お前、まだ生きているのか」

「生きてるぞ」

「そうか。お前はもうじき死ぬのだ。棺桶の中に横になれ」

 ムィラクはそう言って姿を消したが、かなり経ってからまた扉の向こうに現れた。

「若造、もう死んだか」

「いいや、生きてるぞ」

「生きているのか!」

 ムィラクは小屋の中に飛び込んできて、若者に襲い掛かった。二人は取っ組みあって小屋の中を転げ回ったが、力は互角でなかなか決着はつかなかった。だがやがてムィラクが弱りだしたので、若者は力を振り絞ってムィラクを棺桶の中に突き落とした。すると蓋が勝手に棺桶の上に落ちて、どこからか二匹の蛇が現れて棺桶にしっかり巻きついた。その間に若者は外に逃げ出した。

 きっとムィラクは追ってくるに違いない。どこに隠れようかと見回した時、若者は天に登る道を見つけた。その道を長いこと歩いた果てに、一つの天幕チュムを見つけた。若者はその天幕に入りたいと思ったが、知らない娘が入口に片足を出して道を塞いでいる。

「足を引っ込めてくれ」

「いや。あなたがここに来たのは、私の足をまたぐためよ。さあ、またぎなさいな」

 若者は娘の足をまたいでこの天幕のあるじになり、娘を妻にした。そして二人は仲睦まじく暮らした。

 

 そんなある日、森へ狩りに出かけた若者が帰ってくると、出がけは楽しそうだったのに目に涙を浮かべていた。妻がそれを見つけて尋ねた。

「どうして泣いているの。話して」

 すると若者はこう うそぶいた。

「お前の森は俺が気に食わないのさ。俺が森を歩いていたら、木の枝が俺の目をピシッと打ったんだ。それで痛くて泣いているだけだよ」

 妻は外に出ると、木の枝を折り取って訊いた。

「枝や、私に話してごらん。どうしてあなたはうちの人の目をぶつの」

「違うよ、おれたち、ぶったりしないよ」

「それじゃあ、どうしてうちの人は泣いているの」

「あの人が泣いているのはおれたちのせいじゃないんだ。狩りにやって来て、ここから下界を見下ろすと、兄さんたちのことを思い出して泣くんだよ」

 妻は枝を投げると、天幕にいる夫の所に戻った。

「あなたは私に本当のことを言わなかったのね。枝はあなたをぶったりしなかったのに。あなたが泣いているのは他に理由があるんでしょう?」

 若者は答えた。

「地上で俺の兄さんたちが死んだというのに、泣かずにいられるはずがないじゃないか。毎日狩りに行くたびに、兄さんたちが葬ってもらえずに放って置かれているのが見えるんだ。二人の棺桶が見えるんだ。これが泣かずにいられるか」

 すると妻は櫛と火打石を取り出して夫に手渡して、こう言った。

「これを持って下界へお帰りなさい。けれど危ないことが起きたらここに戻るのよ。困った時にはこの櫛を後ろに投げて。それでも駄目なら火打石を投げるの。さあ、お行きなさい」

 若者はちょうど七年ぶりに地上に戻った。土小屋の辺りは七年経っても何も変わっていなかった。戸口には兄さんたちの棺桶が置いてあり、小屋の中にはムィラクを閉じ込めた棺桶があって、蛇も巻きついたままになっていた。

 若者はムィラクがどうなったのか確かめてみたくなった。棺桶を蹴ると、蛇はするりと離れて蓋が開き、ムィラクが飛びかかって来た。再び長い格闘になり、ムィラクが弱ったところで棺桶の中に突き落とすと、前と同じように勝手に蓋が閉まって蛇が巻きついた。

 若者は外に飛び出して、天にいる妻の所へ駆けだした。すると誰かが追ってくる足音が聞こえてきた。振り返ってみると、ムィラクだ。

 若者は櫛を後ろに投げた。するとうっそうとした森が現れてムィラクの足を阻んだ。若者はその間にどんどん逃げたが、しばらくするとまた足音が迫って来た。今度は火打石を投げた。するとそれはとてつもなく大きな切り立った崖になってムィラクの足を阻んだ。

 若者は天へ登る道を走り続けた。天幕までもう少しのところまで来たが、振り向けばムィラクはすぐ後ろまで迫っていた。今にも捕まりそうになって、若者は最後の力を振り絞って走りながら大声で叫んだ。

 その叫び声を聞きつけた妻が天幕から飛び出し、助けに飛んできた。妻は夫に駆け寄ると、その右腕を掴んだ。するとムィラクが左腕を掴み、両方から引っ張り合いになった。

「ムィラク、何の理由でお前にこの人が必要なの!?」

「お前こそどうしてなんだ!」

「この人は私の夫なの。だから私に渡しなさい!」

「やなこった。渡すもんか。こいつを喰うんだ!」

 こうして引っ張り合った果てに、若者の体は真っ二つに引き裂かれてしまった。

 ムィラクは若者の左半分を掴んで逃げてしまい、心臓のない右半分が妻の手に残った。妻はその半分を土小屋に持ち帰って赤ん坊にするようにあやした。すると半分の若者は夜には一人前の男になったが、朝になるとまた半分になってしまった。

「ムィラクがあなたの心臓を持って行ってしまったからね。悔しい。心臓がなくては、あなたが生きていられるのは夜だけ。これ以上は私にはどうすることもできないわ」

 そして妻は半分になった夫に言った。

「これからは私たち、こうしましょうよ。私は昼のあいだ人々を照らし、あなたをあやします。夜に私が眠ったら、今度はあなたが大地を照らしてください」

 天に太陽と月が出来たのは、こういうわけなのだ。



参考文献
『シベリア民話集』 斎藤君子編訳 岩波文庫 1988.

※太陽と月がもともと夫婦だったこと、しかし離れて交互に天を照らすようになったと語られている。太陽が女性で月が男性なのは、日本や朝鮮地域の神話伝承と同じである。

 また、一説によれば月が冷たい目で見るのは心臓がないからだという。



参考 --> 「月の満ち欠け」「太陽女」「」[呪的逃走



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