日月を盗みでもたらす〜まだ太陽も月もなかった原初、文化英雄神が隠されていたそれを盗んで来て人々にもたらしたという話。火盗み・穀物盗み神話に近い。

 

ワタリガラスが日と月と星を盗んだ話  アメリカ アラスカ州 トリンギット族

 世界が始まったばかりの頃、世界に光はなく、みんな暗黒の中に暮らしていた。この世で最も知恵持つ者たるワタリガラスが、あらゆる獣と人間と植物を作ったのだが、彼は太陽と月と星を作ることができなかったからだ。

 ある時、ワタリガラスはナース川の岸に住む大族長が、太陽と月と星を杉の木箱に入れて持っていることを知った。ワタリガラスは近くの高い松の木の上に飛び上がると松葉に変わり、大族長の美しい愛娘が水を飲むコップの中に入った。娘は松葉ごと水を飲み、身ごもった。やがてワタリガラスは大族長の孫として生まれ、大変に可愛がられた。

 星と月と太陽は、美しい彫刻の施された木箱に別々に入れられて、床の上に置いてあった。孫は星や月と遊びたいと言って泣きやまず、祖父がそれを取り出して渡してやると、煙出し穴から外に放り出した。それらはあっという間に天に散らばった。大族長は落胆したが、孫が可愛いので叱ったりはしなかった。次に、孫は箱の中の太陽が欲しいと言って泣きだした。あまりに泣いたので本当に病気になってしまい、祖父はとうとう太陽を孫に与えた。孫はしばらく遊んでいたが、パッとワタリガラスの姿に戻ると、箱を持ったまま煙出し穴から逃げ出した。

 ワタリガラスはナース川から遠く離れた場所まで来ると、闇の中で喋っている人々に話しかけた。

「おい、そこにいるのは誰だい。光が欲しくないか」

「いい加減なことを言うなよ。そんなこと誰にも出来やしないのに」

 ワタリガラスは美しい木箱を開けて太陽の光を放った。人々は驚いて逃げ出し、世界中に散り散りに広がった。

 それ以来、人間は世界中に暮らし、天には太陽と月と星があって暗黒になることはない。



参考文献
『世界の太陽と月と星の民話』 日本民話の会/外国民話研究会編訳 三弥井書房 1997.

※鳥の姿の神霊が生命の木(冥界)にとまり、そこから葉(不死草〜生命の果実)となって女性に経口摂取され、処女懐胎によって新たな生命として誕生している。

 ワタリガラスは太陽の入った箱を抱えて逃げて行く。中国の古伝承では太陽の中には三本足のカラスがいるだとか、カラスの背に乗って運ばれるなどと言われており、天空を横切って行く太陽自身を《鳥》とみなす古い観念が窺える。

 箱に厳重にしまわれていた日月星の様子は、アイヌの「日の女神を救え」にて、怪物にさらわれた日の女神が箱の中に閉じ込められていた点と共通したイメージを感じさせる。

 

三姐、月を引き出す  中国 漢族

 かつて、月は玉皇大帝と王母皇后の宝庫に十八枚の宝布で包まれて厳重にしまわれており、太陽が沈むと世界はひどく暗かった。玉皇の三番目の娘、三姐サンチェは、父の前にひざまずいて月を出すように懇願したが、彼は承知しないばかりか娘をひどく罵倒した。三姐は怒り、二度と天宮へは戻らないと誓ってきぬた一本を持って太湖(江蘇省)に天下った。砧は地面に着くと山となり、彼女はその奥深くに身を隠して二度と現れなかった。また、土地神は太湖の肥沃な土を山に運び、花神が香りのよい花を咲かせ、木が茂って山を覆って、三姐を玉皇の目から隠していた。

 三姐を娘の中でも特に愛していた王母は、夫のせいで娘が家出したと知ると、必ず探し出すようにと迫った。玉皇は仕方なく天神や天将たちに探させたが見つからない。夜になり、彼らは真っ暗で何も見えませんと訴えた。そこで玉皇は宝庫から月を出して、高々と天空に掲げた。

 これ以来、夜になると月が空に輝くようになった。人々は感謝して、砧山の麓に三姐廟を建てた。我々の目に三姐は見えないが、連れ戻されたのなら玉皇はすぐに月をしまい込むだろうから、月が照る限り、彼女は砧山の下に隠れているはずである。


参考文献
「三姉さん、月を引き出す」/『世界の太陽と月と星の民話』 日本民話の会/外国民話研究会編訳 三弥井書房 1997.

※宝重としてしまわれていた日月を、策謀を用いて天に輝かせている。ただし《盗む》という形はとっておらず、やや変形していると言える。

 三姐が山の下に隠れて二度と出て来なかったという部分には、天の岩戸に籠もったアマテラスと近いイメージも感じられる。また、多すぎる太陽を巨神が山の下敷きにしたと語る「」系の伝承が中国にはあるが、《山の下》と《岩屋の中》は同義で、即ち、《割れる山の中〜冥界》だと考えられるので、三姐自身に《日月》のイメージが重ねられているのではないだろうか。



参考 --> 「火を盗む犬




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