太陽の子1〜太陽と人間の母との間に産まれた息子が、父を訪ねていく話

パエトーン  ギリシア神話

 パエトーンという若者がいた。彼は父親を知らない子だったが、自分の父が太陽であるとの噂を耳にした。彼はそれを友達に吹聴したが、信じてもらえずに冷笑された。彼は母に訴えた。

「母上、皆が私を笑います。私の父は太陽なのですよね?」

「太陽の昇る国に行って、自分で太陽に尋ねてごらんなさい」

 そこで若者は極東の国へ旅立った。険しい坂道を登って、黄金や青銅に飾られた輝かしい太陽神の宮殿を訪れ、後光もまばゆい太陽神に向かって、自分は本当に彼の子供であるかを尋ねた。

「我が子よ、お前は確かに私の子だ。その証拠に、お前の望みを何でも叶えると誓おう」

「では、一日だけ父上の太陽の車を御させてください」

「息子よ、なんということを望むのだ。あの車は私のほかには神でさえ誰一人御せる者はいないのに。何か他の願いにするのだ」

「いいえ、私は絶対に太陽の車が御したいのです。父上はさっき何でも望みを叶えると誓ったじゃありませんか」

 仕方なく、太陽神はパエトーンを太陽の車に乗せた。鍛治神ヘパイストスの作り上げた黄金と宝石に輝く四頭立ての二輪戦車だ。太陽神は色々と注意をしたが、それも上の空で、若者は はやる心のままに曙の女神の押し開いた東の門を飛び出した。

 だが、しばらく進むうちに、馬たちは今日の御者がいつもと違うことに気がついた。馬たちは荒々しく駆け出して軌道を外れ、もはや若者が何をしても言う事を聞きはしない。しまいに若者は手綱まで取り落としてしまったので、完全に制御を失った炎の馬車は暴走した。地上のあらゆるものが燃え上がり、多くの都市が焼き滅ぼされ、高山の頂の冠雪は溶け出した。エチオピア人の肌が黒くなり、サハラ砂漠が出来たのもこの時だといわれる。様々な河は干上がって精霊ニンフたちを悲しませ、地割れから差し込む光は冥界の王や王妃を驚かせた。ついに海までもが干上がり始めて水位を低くし、海神ポセイドンも三度手を差し伸べて顔を出そうとしたが、あまりの熱気で出来なかった。海の精霊たちは海底奥深く隠れたが、地上の精霊たちは身を隠すこともできずに大神ゼウスにこの苦しみを訴えた。天を支える巨人アトラスも息絶え絶えになり、もはや神々の宮殿も全世界と共に崩れ落ちようとしていた。

 これを見たゼウスは自ら天頂に昇り、右手に持った雷電を暴走する車めがけて投げつけた。車は粉々に打ち砕かれ、髪に火のついたパエトーンの体は流れ星のように長い火の尾を引いて、エリダノス河に墜落した。

 水の精霊たちは、まだ煙を上げているパエトーンの体を葬った。河畔には太陽神の娘たち――パエトーンの異母姉妹たちが集まり、墓石の上に身を伏して嘆き悲しんだ。月が四度満ち欠けしても尚その涙は枯れず、ついに彼女たちはポプラの木に変わり、彼女たちの流した涙は河底に沈んで琥珀になった。



参考文献
『ギリシア神話 神々の時代/英雄の時代』 カール・ケレーニイ著、植田兼義訳 中公文庫 1985.
『ギリシア神話〈上、下〉』 呉茂一著 新潮文庫 1979.

※ここに現われている太陽神は、古い時代にはヘリオスだが、新しい時代にはアポロンとされる。どちらにせよ"太陽神"で、名前はあまり関係ないのだが。
 パエトーンという名は"小さな太陽"というほどの意味で、天に大きく輝く星――木星や金星をこの名で呼ぶこともあったようだ。



太陽の子1  南太平洋諸島 トンガ

 トンガ島に強大な酋長がおり、たいへん美しい娘がいた。酋長は娘を誰にも見られないように浜辺に頑丈な囲いを作り、娘は毎日そこで水浴びして、甲羅干しをしていた。

 ある日、娘は太陽に見染められて妊娠し、男児を産んだ。男児はイイ・マタイラア(太陽の子)と名付けられた。

 太陽の子は、やがて美しく賢い少年に育ったが、同時に正しい酋長の子としてひどく傲慢で、気に入らないことがあると、杖で自分の腕が痛くなるほどに友達をぶつのだった。

 ついに、耐えられなくなった友達が言ってしまう。

「おい、太陽の子、お前はいったい何者だい?

 いったいお前に、俺達を打つ権利があるのか。俺達はみな、自分の父親を知っている。ところがお前には父親が無いじゃないか。やーい、囲いの影で見つかった父無し子のくせに!」

 太陽の子はあまりの怒りのためにかえって一歩も動けず、ポロポロ涙をこぼして叫び声を上げると、母親の許に走った。そして聞いた。

「母さん、村の子供たちがいつも、お前の父親は誰だって僕にきくのは何故なんですか?」

「まあ、まあ、お前、村の子供たちの言うことなんて、でたらめですよ。そんなことを気に病むんじゃないの。だってお前は、あんな子達よりもずっと偉い酋長の子じゃありませんか。」

「だけど、僕の父さんはいったい誰なの?」

「あんな子達が、どうしてお前を笑いものにできるもんですか? あの子達はみんな地上の人間の子供なのに、お前は太陽の子なんだもの。お日様がお前のお父さんなんだよ。」

「僕は地上の人間の子供なんか屁とも思わんぞ!あんな奴らとは口もきかないし、一緒に遊んだりするもんか。さよなら、お母さん。僕はお父さんのところへ行きますからね。」

 こうして太陽の子は森に入り、そこを抜けて自分のボートの停めてある浜辺に行くと、ココ椰子の葉で帆を編んで満潮を待ち、出航した。朝早く東に向かったが、太陽には追いつけない。呼んでも返事をしない。急いで西に向かったが、追いつくより先に沈んでしまった。

 そこで、夜のうちに東の果てを目指して櫓を漕ぐと、昇ろうとする太陽のすぐ側に達することが出来た。

「お父さん、僕ですよ!」

「お前は誰だな?」

「僕は太陽の子ですよ! あなたはよくご存じでしょう。僕は太陽の子で、お母さんはトンガにいます。ちょっと待ってくださいよ、お父さん、話があるんだから!」

「いや、待つわけにはいかないんだ。地上の子は、もうわしを見たんだ。だから、お前と話をするために立ち止まるわけにはいかないな。お前がほんのもう少し前に来たらなあ! さようなら、息子よ。わしはもう行くよ!」

「待ってよ、父さん! 地上の子に見られたって、なんでも無いじゃないの。雲の中に隠れたら、僕のとこまで降りてこられるじゃないの。」

 これを聞くと、太陽は笑って言う。

「お前はなかなか利口な子だな。まだ子供なのに、もうそんなに賢いのか。」

 太陽は雲を呼んで、陰に隠れて海まで降りてくる。息子に挨拶し、母のことを話し、いろいろと役立つことを教えてくれたが、太陽の子は父の言うことを少しも聞いていなかったので、私たちは少しもそれを知ることは出来ないのだ。

「わしはもう行かなくちゃ。息子よ、よくお聞き、お前はここで、夜が水の上まで降りてくるまで待っておいで。すると、わしの妹の月が出てくる。あの人が海から出てきたら、お前は呼びかけて、おばさんの保管している二つのものの一つをくださいと頼んでごらん。一つはメラヤというし、他の一つはモヌヤというものだ。メラヤが欲しいと言えば、おばさんはきっとお前にくれるよ。わしがお前に言ったことをよく覚えていて、そのようにするんだよ。そうすれば、お前は幸せになる。だけど、言うことを守らないと、不幸なことになるからな。」

 そう言うと、太陽は黒雲の後ろから上がっていった。地上の人々は「今日はいつもより日が昇るのが遅かったようだぞ」と言い合った。

 太陽の子は帆を下ろし、帆にくるまって夕方まで眠った。夜になると帆を上げて、月の昇る場所に船を急がせた。あまり近づきすぎたので、昇る前に月は言った。

「ホラ、ホラ、地上の子、気を付けておくれ! でないと、お前の船の尖がった舳先が、私の顔に傷を付けてしまうじゃないの!」

 太陽の子は船をとめ、風の前に飛び出してさっと月を捕まえた。

「僕は地上の子なんかじゃありません。あなたの兄弟の太陽の息子ですよ。僕は太陽の子っていうのです。だから、あなたは僕のおばさんですよ。」

「お前は本当に太陽の子なの? 不思議だねえ。だけど、まあ手を放しておくれ、坊や、痛いじゃないの!」

「いやだい。放したものなら、あなたは逃げていってしまうもの。そしたら僕の父さんに言われたものを、あなたから貰えないじゃないの。」

「だけど、坊や、わたしゃ逃げやしませんよ。お前に会えたんで、本当にうれしいもの。まあ、痛いからお放しったら。」

 少年は手を放す。

「何がお前は欲しいのさ。」

 ところが太陽の子はお父さんの望んだようにではなく、自分流の考えを持っていた。いつも人の言うことを聞かず、我儘で頑固な少年だったので。

「僕、モヌヤが欲しいんです。」

「モヌヤだって! モヌヤかい? 間違いじゃないかね? お父さんは、メラヤを貰うようにって、言ったんじゃないの?」

 月は叫んだが、太陽の子は頑固に言った。

「いいえ、違いますよ。父さんは言いましたよ。メラヤはあなたが持っていて、モヌヤは僕にやるようにって。」

 月は考え込む。

「そりゃ全く変だねえ。太陽がこの子を憎んで、死ぬのを望むなんて筈はないけどねえ。だけど、しょうが無い、兄さんの言う通りにしなくちゃ。さあ坊や、モヌヤをあげます。ごらん、これはほんの小さいものですよ。このタバにくるんであるの。包みがほどけないように、もう一度しっかりと縛っておこうね。さあ、お取り、坊や、だけどよく私の言うことを守るのよ。お前がまだ水の上にいる限りは、この紐を解いて、包みを開けてはいけません。すぐに帆を上げて、トンガへ帰るのよ。向こうへ着いたら、モヌヤを見てごらん。だけど、その前に開けたら、恐ろしい不幸が起こるからね。」

 そう言って月はさよならを告げると、天高く昇っていく。水の上にいた人々は「仲良しの月が出た」と言って、村の少年少女達は家から飛び出して「広場で踊ろう」と言って喜んだ。

 太陽の子はトンガへ帰り始めたが、三日目の朝、岸が見え始めると、我慢できなくなってモヌヤの包みを開いた。

 それは素晴らしく美しい真珠貝の殻で、普通の銀ではなく、赤い輝きを帯びていた。

 これを首飾りにしたら、他の子がどんなに羨むだろうと、太陽の子は得意になって考える。

 ところが、貝殻を眺めているうち、後ろで騒がしい音がする。見ると、クジラ、鮫、ジュゴン、イルカ、亀、あらゆる海の生き物達がモヌヤを取ろうとして追いすがっていた。あっと言う間にボートは彼らでいっぱいになり、海に沈んだ。鮫が太陽の子を粉々に引き裂いた。

 こうして、太陽の子は死んだのだ。



参考文献
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社 1977.

※モヌヤは、本来は【塩吹き臼】系統の、"富が無限に湧き出るアイテム"だったのだろうと推測できる。(ここでの"富"は海の幸、魚だ。)
 "富が無限に湧き出るアイテム"は通常、女神の持ち物で、その正統な所持者にしか使いこなすことは出来ない。太陽の車が太陽神にしか制御できないものであるように。太陽の子は傲慢からそれらのアイテムを使おうとし、失敗して死んだわけだ。




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