太陽の花嫁〜太陽や月を訪ねて結婚し、天にとどまって神の眷属になる話

>>参考 「月の中の乙女」「雨期の起こり」「虹になった娘」「月に登ったシャマン

 

太陽神と結婚した娘  ギリシア

 昔々、あるところに一組の夫婦がいた。子供がなかったので、子宝をくださいと神に祈った。何度も何度も祈ったので神は女の子を授けたが、そのとき、娘は八歳で死ぬだろうと夫婦は告げられた。

 後に妻は言った。

「あなた、この子が八歳になって死ぬとしたら、私たちは悲しみの底に突き落とされるでしょう。いっそのこと、まだ小さな今のうちに殺した方が、悲しみが深くなくていいんじゃないかしら」

 すると夫が言った。

「可哀想なお前。私もそのことを心配しているのだ。娘を殺すのなら、いっそのこと、小さな木箱に入れて浜辺に捨て、どこなりと神さまにお任せした方がいいだろう」

 夫は木箱を作った。ある晩に眠っている娘を木箱に入れ、一緒に嫁入り道具の一切を詰めて、木箱にしっかり鍵をかけ、海岸に捨てた。捨てる際に夫婦は願をかけた。

「さあ、お前が太陽神イリオスの花嫁になりますように

 だが、太陽神イリオスが人間と結婚することなどあるだろうか。

 木箱を海岸に捨てたとき、北風が吹いていた。海が木箱をさらい、何日も海の上を漂って旅をした。娘は木箱の中で生きていた。日数が重なり、木箱はひとつの島に打ち寄せられた。その島は太陽神イリオスの島で、太陽神イリオスが姉妹たちと一緒に住んでいた。また、召使いとして一人の少女がいた。

 ある日、太陽神イリオスが目を覚まして世界を照らしに出かけようとしたところ、浜辺にひとつの木箱を見つけた。そこで姉妹たちに言った。

「あの木箱が何か、調べてくれ。もし着る物だったらあげるけど、他の物だったら私のものだ」

 太陽神イリオスは出かけた。姉妹たちは木箱を引き上げ、それを開けた。何が出てきただろうか。中にいたのは、他ならぬあの女の子だった。姉妹たちは少女を見てビックリしてしまい、思わず声をあげた。

「まあ、なんてことでしょう。あなたは人間なの?」

「私は人間です。あるとき木箱に入れられて浜辺に置き去りにされたということの他は、何も知らないんです」

「外に出なさい。食べ物をあげるわ。あなたはお腹がすいているんでしょう」

 姉妹たちは少女を連れて自分たちの城に案内し、食べ物を与えた。やがて日が暮れると姉妹たちは少女に告げた。

「話しておかなければならないことがあるけれど、怖がることはないわ」

「どんなお話ですか。言ってください。怖がりませんから」

「今すぐ、下に降りてあしの陰に隠れてもらいたいの。というのは、私たちには太陽神イリオスの兄がいて、お腹をすかせて帰ってきたら、あなたを食べてしまうでしょうから」

「いいわ。そのお兄さんが怖いのなら、隠れるわ」

 少女は下に降りて隠れた。程なくして太陽神イリオスが帰ってきた。

「やあ、こんばんは」

「お帰りなさい、お兄さん」

「あの木箱の中に何が入っていたか、教えてくれないか」

「そうねぇ、まず召し上がりなさい、お兄さん。その後で教えてあげるわ」

 太陽神イリオスは腰を下ろし、食事をした。

「ああ、お腹がいっぱいになった。あの木箱に何が入っていたか教えてくれ」

「ええ、あの木箱の中には女の子が一人入っていたの。連れてきましょうか。でもお兄さん、食べては駄目よ」

「うん、食べないよ。ここへ連れてきてくれ」

 姉妹たちが少女を連れてくると、太陽神イリオスは少女の手を取って「よく来たね」と言った。

 また朝になって太陽神イリオスは出かけた。彼が行ってしまうと、少女は姉妹たちの中で最も年長で賢い者を呼んで、こう言った。

「私はあなたにお姉さんになっていただきたいのです。太陽神イリオスさまを私の夫にくださいませんか」

「結構だわ、そうしましょう。弟が帰ってきたら、私がこう言うわ。『あの娘があなたに水をかけて、あなたの体を洗いたいそうよ』って」

「いいわ」と少女は答えた。

 夕方になり、また太陽神イリオスが帰ってきた。姉妹たちは再び少女を隠した。太陽神イリオスが食事を終えると、姉が言った。

「あの娘が、あなたに水をかけて、あなたの体を洗いたいそうよ」

「それはありがたい。今すぐ娘を呼んできて、私に水をかけてくれ」

 姉は少女のところへ行って声をかけた。

「さあ、この水差しを持って行って、水をかけてあげるのよ」

 少女は水差しを手に、太陽神イリオスに水をかけ、その体を洗った。

 ところで太陽神イリオスは、それまで一度たりとも、誰かに体を洗ってもらうなど考えてみたこともなかった。そこで太陽神イリオスは娘に飛びついてキスした。そして心の底からこの少女が気に入った。

太陽神イリオスさまは私を愛して、私にキスされたわ」と、娘は姉に報告した。

 また、太陽神イリオスも姉のところへ行ってこう伝えた。

「私はあの娘が好きになった。妻にしたいのだけど」

「あの娘もあなたと結婚したいと言っているわ」

 そこで太陽神イリオスが言った。

「今日は世界を照らしに行くのはやめよう。ここにいたいから曇りの日にしよう」

 かくして太陽神イリオスはその少女を妻にした。

 後になって、姉が太陽神イリオスに言った。

「あなたは結婚の冠を戴いていないでしょう。それは罪よ」

 姉妹たちは花の咲いたアグランベリを摘んで、花冠を二つ作り、二人に被せた。

 また時が経って、姉は嫉妬にとらわれてしまい、太陽神イリオスの妻を殺そうとした。太陽神イリオスはそれに気付き、毎日、妻を連れ歩くことにした。だから太陽神イリオスは、毎朝妻を連れて、世界に光を与えに行くのである。

 

 かくして二人は幸福に暮らした。けれど私たちは、もっと幸せなんですよ。



参考文献
『バルカンの民話』 直野敦/佐藤純一/森安達也/住谷春也 共訳編 恒文社 1980.

※神に願いに願って子を授かったが、その子の寿命は短いと予め定められていた…というモチーフは【運命説話】でも見られる。そちらでは親が子供を守って大切に育てていたのに、結局運命どおりに死んでしまう。しかしこの話では、親は早々に諦めて、子供をうつぼ船に詰めて冥界へ渡らせる。

 これは《神に捧げた》ということだ。同じギリシアの民話「太陽の子」も併せて見るに、神に授かった申し子は神に奪い返されてしまうという思想があったように感じられる。

 ところで、話を読む限りこの娘はまだ八歳になる前のはずなのに、鉢かづき姫がそうしたように太陽神の沐浴を手伝って妻になる。異様な事態ではあるが、グリムの「白雪姫」でも姫が森に追いやられたのは七歳のときだった。【運命説話】を見ていると、定められた寿命は三歳、七歳、成人の日または結婚式の日とされていることが多い。成人または結婚は、人生の区切りとみなされるものだった。それまでの自分が死に新たな自分に生まれ変わるのだ。よって、三歳や七歳という年齢にも同じようなイメージが持たれていたのかもしれない。医療の進んでいなかった時代は子供が死ぬことは多かっただろうから、七歳以前に死んだ子供は「神に取られた。神の国で生まれ変わって、神に愛されて幸せになっている」と思おうとしたのかもしれない。

 

 この話は結局、 「月の中の乙女」や「雨期の起こり」と全く同じ事を語っている。親が原因で家を出た娘(の魂)が神の世界(冥界)へ渡り、神の眷属の女性の援助を得て、優しくも恐ろしい神の、花嫁になるのだ。



参考 --> 「人食い鬼



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