>>天稚彦の草子

天の庭  日本 鹿児島 沖永良部島

 キーチャ殿どんはきりりとした若者で、大和の国(日本本土)には似合いの嫁がいない。那覇の王の娘、玉のミショダイの姫こそ相応しいと人が言う。そこでキーチャ殿、心に決めた。行って嫁ごにせにゃならぬ。

 百の馬から選びに選んだ馬に乗り、

「さぁ馬よ、一気に走れ。那覇の王の館まで。お前が見事に駆けて戻れば、我が床の前にお前を据えて、神のごとくに拝んでやるぞ」

 それっと一鞭かけたれば、たちまち馬は那覇の王城の庭に立っていた。それっともう一鞭かけたらば、一巡り一里の王の庭を、たちまち三度駆け巡る。

「我らの馬こそ一の速さと思うていたが、それより速い馬がいるとは」

 ミショダイの姫、驚いて、城の戸口から身を乗り出すと、そこへキーチャ殿駆けよって、姫をつかんで馬に乗せ、城の裏に連れて行き、「そなたこそ、我が嫁ごぞ」と、それだけ言うと返答もさせず、すぐさま大和に連れ戻った。

 こうして二人は夫婦となって、三日目に海から船がやってきた。

「あなた、向こうに見えるはいくさ船ではござらぬか」

 キーチャ殿が行ってみると、果たして船はいくさ船。ただちに戦い、切り結び、船の兵を切り殺し、勇んで帰るその時に、髪は高々、巻き型に結い、黒ひげゆらゆら揺らめかし、一人の若者現れた。キーチャ殿をば呼びとめて、

「お前は我が妹をただで返すか、戦って返すか」

「男は戦って返すもの。ただ返すものか」と、キーチャ殿。そこで二人は七日七晩戦って、ようようキーチャ殿、若者の首を討ち取った。

 戻って行くと妻が訊く。

「何の船でしたか、あなた」

「いくさ船ぞ。船の者はすぐ切り殺し、さて戻ろうというときに、髪を高々、巻き型に結い、黒ひげ揺らめかせた若者が現れて、それと散々戦って、今の今までかかったぞ」

「さても、あなた。それは私のたった一人の兄様ぞ。兄様をなくして、なんで私が生きられよう」

 妻はすぐさま駆け出して、いきなり井戸に飛び込んだ。

「ちょう、しもうた」と、キーチャ殿、急いで井戸に降り引き揚げたが、残念無念、もう遅い。妻のなきがら、酒樽に酒塩して揉み込むと、

「さぁ、よい人間の魂は天に上がると聞いておる」

 キーチャ殿はそう言って、また例の馬に支度して、握り飯三つ、たもとに入れて

「さぁ馬よ、一気に走れ、天の庭まで。お前が見事に駆けて戻れば、我が床の前にお前を据えて、神のごとくに拝んでやるぞ」

 それっと一鞭かけたれば、たちまち馬は白雲の中。そこで握り飯一つ食わせて力をつけて、それっともう一鞭かけたれば、たちまち馬は天の半ば。そこで握り飯も一つ食わせ、力をつけて、それっともう一鞭かけたれば、たちまち馬は天の庭。そこで握り飯も一つ食わせ、力をつけて、行くが行くが行くと、ブレ星(すばる)に行きうた。

「ブレ星、ブレ星。玉のミショダイの姫を見なかったか」と訊いたところがブレ星は、

「おらは麦まきが遅くなったで見なかった。後から三つ星(オリオン)が来るから、あれに訊いてみ」

 また行くが行くが行くと、三つ星に行き会うた。三つ星に訊いたところが、

「おらは田植えが遅くなったで見なかった。後から夜明け星(明けの明星)が来るから、あれに訊いてみ」

 また、行くが行くが行くと、夜明け星に行き会うた。夜明け星に訊いたところが、

「おお、見たぞ、見た見た。ここから行くと、野っぱらの真ん中に池がある。池の端には一本松。それに馬をつないだら、お前はその木に登っておれ。そうすりゃ赤牛が来て水を飲み、鼻切れ牛が来て水を飲み、七人連れが来てみそぎをし、五人連れが来てみそぎをし、三人連れが来てみそぎをするが、その中の一人は玉のミショダイの姫なるぞ」

 ありがたや、と礼を言って、行くが行くが行くと、広い野原の真ん中に、松の木一本立っていた。そこに馬をつないで木に登り、今に来るかと待っておると、赤牛が来て水を飲み、鼻切れ牛が来て水を飲み、七人連れが来てみそぎをし、五人連れが来てみそぎをした。だがその中に玉のミショダイの姫らしきものは見当たらぬ。さて次に、三人連れが来てみそぎしたらば、その真ん中歩くは、まさしく玉のミショダイの姫。姫は帰りに松の木につないだ馬を見つけて

「おお、これは大和のキーチャ殿の馬ではないか。どうしてここに来たのかや」と、馬の首かき抱き、涙したした落として泣いた。松の上のキーチャ殿も思わず涙がほろりと落ちて、その涙、ポトリと姫の上。

「あれま、迷い鳥が人の上にしょんべんして」と言う間に、キーチャ殿は下りてきた。

「どうしてここへ」と驚く姫に、

「そなたを迎えに来たのだが、そなたはもう人間には戻れぬか」とキーチャ殿。

「戻る法はございます」

「どうすればいいか」

「私は後生(冥界)の約束で、アンダ王(冥王)の息子の嫁になる運命さだめ。でも、あなたが王の城の門前で、夜昼七日、火で煮炊きしたものを食べなかったら、私は人間に戻れます」

「それはいとも容易いこと」

 キーチャ殿はさっそく王の城の門前で、夜昼七日、火で煮炊きしたものを食べずにいると、ミショダイの姫の婿になる男、木が枯れるがごとくに痩せ細る。父なる王は心を痛め、島々の巫女ユタ々、国々の巫女々を呼んで八十占い(米占い)をさせてみた。けれど、どんな巫女にも息子の病は分からない。そこでアンダ王、もう他に巫女はいないかと探したら、隣に卑しい新米巫女ナマユタがいた。残るはこの巫女だけだからと、これにも八十占いさせたれば、

「門前にキーチャ殿という者が、ミショダイの姫を連れて行こうと火の物嫌っているために、あなたの息子は木の枯れるがごとくに枯れていくのでございます」

 王はすぐさまキーチャ殿を呼んで、「姫が欲しいなら連れて行け」と、紙袋一つ渡して言った。

「この中にミショダイの姫が入っておるから、家に帰るまでは開けてはならん」

 ところがキーチャ殿、馬のいるところまでも待ちきれず、すぐさま袋を開けてみた。すると中から青蝿が一匹 飛んで出た。

「ちょう、しもうた。あれぞ玉のミショダイの姫であったものを。もう、仕方なや」

 馬のところに戻るとキーチャ殿、「さぁ馬よ、一気に走れ。また元の大和の国へ」と一鞭かけたれば、下りはいとも易々と、たちまち元の家の築山の上。すると、酒樽に揉み込まれていた玉のミショダイの姫、酒樽から出て布をチョンチョと織っている。キーチャ殿は大喜び、また元の通りに夫婦となって、いついつまでも幸せに、二人ともども暮らしたそうな。

 ガッサ、トーサ。



参考文献
『いまは昔むかしは今(全五巻)』 網野善彦ほか著 福音館書店

※ハッピーエンドに終わっているが、姫を誘拐して妻にして、取り戻しに来た妻の兄を殺し、そのために妻が自殺するなど、結構笑えない話である。
 ギリシア神話の「オルペウスとエウリュディケ」や日本神話の「イザナギとイザナミ」と同じ、冥界に死んだ妻を取り戻しに行く話。妻の魂が一匹のハエである点が興味深い。魂をハエに例える話は多いけれど、恐らくは、死体に群がるハエからきているキャスティングだろうからだ。イザナギがイザナミの腐り果てた死体を見てしまうエピソードと同根だろう。



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