昔、母と三人の子が住む家があった。
ある日のこと、母は峠向こうの長者の家に穀物を売りに行った。(あるいは、娘の家に行った。)お土産に餅(またはムック(緑豆や蕎麦のでんぷんで作った寒天状の食品))をもらい、夜道を帰途に就いたが、山の中腹で虎に出会ってしまった。
「虎よ、堪忍して下さい、家には三人の子供がいて私がいなければ暮らしていけません」
「ウムー、だがわしは何日も何も食べていないから死にそうだ。よし、それならお前の持っている餅を少し、代わりに食べさせろ。そうしたらお前を食わないぞ」
母は餅を一つ虎に投げると急いで逃げた。けれども、しばらくすると虎が追いついてきて「食べ足りない」と言う。母は仕方なくまた一つ餅を投げた。そうこうするうちに、持っていた餅は一つもなくなってしまった。すると
「服をくれたら、お前を食わないぞ」
と言うので、母は
それでも虎は許さなかった。また追いかけてきて「わしの腹はまだペコペコだ、お前の腕をよこせ」と母の片腕を噛み千切った。母は片腕を食べられている間に まだ逃げて行ったが、虎は追いついてきて もう片方を噛み千切り、片足を食い千切り、残った足を食い千切り、最後に胴体まで食べたので、母は頭だけになって とうとう食い殺された。虎は母を食べてしまうと、母の服を着て三人の子供の待つ家へ向かった。
家では三人の子供たちが空腹を抱えて母の帰りを待ち焦がれていた。すると外からボトボトと足音がして、しわがれた声がこう聞こえた。
「母ちゃんが帰って来たよ、早く戸を開けなさい」
「お前の声は母ちゃんの声じゃないよ」
子供たちは怪しんで、「お前の手を出してごらん、母ちゃんの手かどうか触ってみるから」と言った。虎はしょうがなく戸の隙間に手を入れた。子供たちが触ってみると毛がもじゃもじゃしているので、
「お前は母ちゃんじゃない、母ちゃんの手はこんなにザラザラしていないもの」
と言ったが、ずるい虎は
「馬鹿な子だね、お前たちは母ちゃんの手もわからないのかい。母ちゃんは今日は土いじりをしたんで(あるいは、毛の手袋をしているので)、手がザラザラしているのさ」と嘘をついた。
子供たちが騙されて戸を開けると、虎はサッと家の中に入って末の乳飲み子を抱き、わざとらしく上の兄妹に
「お前たちお腹がすいたろう、母ちゃんが餅を食べさせてやるから少し待っていなさい」
と言って台所に入った。
しばらくすると《ガリガリ》と何か噛み砕くような音が聞こえてきた。子供たちはお腹がすいて、「母ちゃん、何食べているの」と訊いたが、「おいしいもんじゃない、炒り豆だよ」と取り付く島も無い。
そっと台所の戸を開けて覗いてみると、そこにいたのは大きな虎で、末の乳飲み子を食べて残った指を齧っているところだった。子供たちは驚いて、急いで裏口に向かって走って逃げだした。(あるいは、裏庭で大便をすると偽って外に出た。)そして垣根の側に立っていた古木に登った。
虎は乳飲み子を食べてもまだ食べ足らず、残った兄妹を食べてやろうと部屋に戻ると、誰もいない。虎は子供たちの行方を捜し求めて、古木の下にある井戸を覗いた。井戸の水に子供たちの姿が浮かんでいる。
「こいつらを釣り上げようか、おたまで掬い上げようか」
子供たちが本当に水の中にいると思って虎がそう言うと、木の上の妹がハハハと笑った。虎は木の上を見上げて子供たちに尋ねた。
「お前たち、どうやってそこに登ったんだい」
「裏の家からゴマ油をもらってきて、幹に塗って登ったんだよ」
虎はその通りにしたが、滑って登れなかった。
「お前たち、どうやってそこに登ったんだい」
「裏の家から菜種油をもらってきて、幹に塗って登ったんだよ」
虎はその通りにしてみたが、やっぱり滑って登れなかった。
「お前たち、本当はどうやってそこに登ったんだ!」
「斧で幹に刻み目をつけて登ったのよ」
三度目に妹がそう答えたので、虎はすぐ斧を取って来て、木を削り足場を作った。子供たちは虎が登って来ようとしているのを見ると慌てた。しかし、天に登る道はないし、地面にもぐる門もない。子供たちは天に向かって言った。
「神さま、神さま、私たちをお助けくださるのでしたら新しい蔦の綱を下ろし、お見捨てなら腐った綱を下ろしてください」
すると、天からゆらゆらと新しい綱が下りてきた。子供たちはその綱を伝って天に昇った。
虎は食べようとする肉が天に昇って行くのを黙って見ていられるかと、子供たちがやったのを真似して天に祈った。すると綱が下りてきたが、それは腐っていたので途中で切れ、虎は空に投げ出されて、ちょうど黍の上に落ちて幹が肛門に突き刺さり、死んだ。その時 血が飛び散ったので、今でも黍の幹には赤い斑点があるという。
神は天にやってきた兄妹を呼んで、
「ここは遊んで食べてはいられないところだから、兄は太陽になり、妹は月になりなさい」と命じた。
けれども、何日か経つと妹が「お兄ちゃん、夜に一人で歩くのは怖いの。私と代わってください」と頼んだので、兄はそれを聞き入れた。こうして妹が太陽になったが、妹は大勢の人に見つめられるのが恥ずかしいと思い、強い光を放って眩しくしてしまった。それで私たちは今でも太陽を直視できないのである。
参考文献
『韓国神話』 金両基著 青土社 1995.
昔、ある気立てのよい娘がいた。両親と三人で幸せに暮らしていたが、母が病死して父が再婚すると、全ては変わってしまった。
痩せて薄い茶色の目をした継母は継娘をひどく憎み、初日からこの娘を追い出せと夫に迫った。自分の連れて来た実娘ばかり可愛がって、継娘に朝から晩まできつい家事をやらせた。それでも継娘はミズキの花のように美しく活き活きしていたので、継母はますますこの娘を憎むのだった。
父親は毎日毎日「この娘を捨ててこい」と責められ続けて、とうとうある日、娘を捨てるために出かけて行った。日の差し込まない暗い森に入り、丘に登ると、父は肩に負っていた布袋から妻の焼いた黍の丸パンを取り出して、力いっぱい転がした。
「ほら、パンと駆けっこしてごらん。パンを捕まえておいで!」
娘がパンを追いかけている間に父は帰ってしまい、娘は取り残された。父を探してさまよううちに日は暮れ、娘は声をあげて泣いた。
その森の外れには丸太小屋があり、一人の老婆が住んでいた。彼女は泣き声を聞きつけると小屋を出て、暗い森に向かって声をかけた。
「誰が泣いているんだい。女の子かね、男の子かね。
もしも女の子だったら、お婆さんのところへおいで!
もしも男の子だったら、どこかに行っておしまい!」
「お婆さん、私は女の子よ」
「それなら早く、こちらへおいで」
娘はお婆さんの所へ行くと、涙を拭きながら尋ねた。
「どうして男の子だといけないの、お婆さん」
「家の中のことを手伝ってくれる子が欲しいんだよ。男の子じゃ、お手伝いがうまくないだろう」
娘は小屋に入り、老婆が暖めてくれたものを食べて、こしらえてくれた寝床で眠った。
次の朝になると、娘は老婆よりも早く起きて家の中を片付け、箒で部屋を掃いて、桶に水を汲んだ。老婆は目を覚ましてこの様子を見るとにこにこした。それからいつものように森にキノコ取りに出掛けたが、出かける時に娘にこう言った。
「子供達にご飯をやっておくれ。なあに、部屋の下に、蛇とトカゲと亀がいるんだが、あの子たちに
娘は麩をお湯で練って、冷ましてから地下の部屋に持って行って生き物たちに食べさせた。それから小石の玉を繋いで首飾りを作って、蛇とトカゲと亀たちの首に飾ってやった。
お昼になって老婆が小屋に戻ってくると、小さな生き物たちはいそいそとその足元に寄って行って、口々に嬉しそうに言った。
「首飾りをつけてもらったよ」「お腹もいっぱいだよ」「お姉さんは、僕たちに優しくしてくれたよ」
「ほう、よかったね、みんな」と、老婆もにこにこした。
小屋の側に小さな川が流れていた。昼食が済むと、老婆は娘を川の岸へ連れて行って、草の上に横たわった。
「いい子だね。私はちょっと昼寝をするから、眠るまで歌を歌っておくれ」
娘は老婆の側に座って、花の間を飛ぶミツバチの羽音のように静かに、優しい歌声を響かせた。老婆は心地よく眠りに入りながら娘に言った。
「しっかり水を見ているんだよ。初めに青い水が流れてくるが、そのあと赤い水になって、その次には黒い水が流れてくる。黒い水の次に金の水が流れてくる。いいかね、金の水になったらすぐに私を起こすんだよ」
老婆がうとうとし出すと娘は川を見張って、金の水が流れてくると急いで老婆を起こした。老婆は素早く起き上がって、娘を掴んで川の中に突っ込んだ。
「それ! しっかり掴むんだよ。なんでもいいから川の中にあるものを掴んでごらん!」
それから老婆が娘を引き上げると、娘は髪も服も金色になっていて、小さな箱を抱えていた。
「その箱は家に帰ってから開けなさい」
老婆はそう言って娘に小さな鍵を渡すと、森の外れまで送ってくれた。
「ほら、この道を行くと家に帰れるよ。お前はとてもいい子だ。元気を出して暮らすんだよ」
老婆は娘の背中をぽんと押し、娘は礼を言うと歩いて家に帰った。
娘が無事に戻ったのを見て父は喜んで抱きしめたが、継母はガッカリした。鍵を開けてみると箱の中からは金貨が溢れだし、髪も服も金色になった娘の美しさは家の中を明るく照らし出した。継母は嫉妬と悔しさから金切り声をあげ、誰がお前にこれほどのものを与えたのかと問い詰めた。怯えた金の娘が森の中の老婆のことを話すと、継母は「私の娘も、あの森に連れて行っておくれ」と大声で夫に言った。
継母は上等の小麦粉でふかふかの丸パンを焼いて、夫と実の娘を送り出した。娘は同じようにパンを追いかけているうちに置き去りにされて、こんなことになったのも金の娘のせいだと恨みながら泣き声をあげた。
「ひどくやかましいが、どうしたんだね」と、丸太小屋から出てきた老婆が声をかけた。
「どうもこうもないわ。私は、来たくて来たんじゃないんだから」と、娘はぷりぷりして喚き散らした。老婆はもう一度声をかけた。
「誰が泣いているんだい。女の子かね、男の子かね。
もしも女の子だったら、お婆さんのところへおいで!
もしも男の子だったら、どこかに行っておしまい!」
「私は女の子よ」と娘は答えて、自分からさっさと小屋に入った。そして中をじろじろ見て「なんて汚らしい部屋かしら!」と悪態をついた。老婆は黙って食事を温めてもてなし、寝床をこしらえてやった。娘はたっぷり食べると挨拶もしないで寝床に入って、あっという間に眠ってしまった。
次の朝、日が高く昇っても娘は眠りこけていた。仕方なく老婆は娘を揺り起こして、「私はキノコを採ってくるから、お前は家の中を片付けて水を汲んで来ておくれ」と指示をした。けれども娘は家の手伝いをしたことがなかったので、何をどうしたらいいのか分からずにぼうっとしていた。億劫そうに床を掃いたが、水を撒かなかったので、辺りに埃が立った。
「子供達にご飯をやっておくれ。なあに、部屋の下に、蛇とトカゲと亀がいるんだが、あの子たちに
「いちいち煩いわね」
娘は襖に熱いお湯を注いで、冷めないうちに持って行き、「さっさと食べなさいよ」と乱暴に蛇とトカゲと亀に食べさせた。小さな生き物たちは、お昼に老婆が帰ってくるとさっそく言いつけた。
「お腹が痛いよう!」「ご飯が熱くて火傷したよぅ」「お姉さんは、僕たちを苛めたよ」
「おう、よしよし、大丈夫か」と老婆は宥めた。
昼食が済むと、老婆は娘を連れて川に行き、草の上に横たわった。
「いいかね。私はちょっと昼寝をするから、眠るまで歌を歌っておくれ」
娘は老婆の側にどかりと腰を下ろすと、大きな声で歌い出した。あまりにひどい声だったので辺りの草や花が萎れるほどだった。
「もう、おやめ! やめておくれ。もっと静かに歌えないものかね。こんな歌ではとても寝つけやしないよ」
老婆がそう言うと、娘はむっつりと黙り込んでしまった。
「お前にも何かあげよう。この川は水の色が変わるから、しっかり見ているんだよ。青い水がやって来た時に私を起こしてはいけない。金の水の時にも赤い水の時にも起こさないでおくれ。いいかね、黒い水がやってきたら、すぐに私を起こすんだよ」
やがて老婆はうとうとと眠りだし、川の水が変わり始めた。青い水が金の水になり、それから赤い水が来て、唐突に黒い水に変わった。娘は急いで老婆を起こした。老婆は素早く起きて娘を川の中に突っ込んだ。
「それ! しっかり掴むんだよ。なんでもいいから川の中にあるものを掴んでごらん!」
それから老婆が娘を引き上げると、娘は髪も服も真っ黒になっていて、大さな箱を抱えていた。
「その箱は家に帰ってから開けなさい」
老婆はそう言って娘に小さな鍵を渡すと、森の外れに連れて行って指差した。
「ほら、この道を行くと家に帰れるよ」
娘は何も言わずに箱を抱えて走りだした。
村外れでは、継母が今か今かと我が子の帰りを待っていた。辺りが薄暗くなったころ、森の方から待ちかねていた娘が走って来たが、顔も手足も真っ黒ではないか。
「うわぁ! ど、どうしたんだね!」
継母はこんなことになったのも金の娘のせいだと思って更に憎んだ。それでも、娘が大きな箱を抱えていたので早く中が見たくてたまらず、鍵をひったくって家に駆け戻ると箱を開けた。けれど中から溢れ出したのは金貨ではなく、大小の蛇やらトカゲやらゲジゲジやらムカデやらだったので、継母と娘は悲鳴をあげて外に逃げ出した。
金の娘も驚いて外に飛び出した。継母が大きな声で夫に命じた。
「あんた、あの子から金の着物を取るんだよ! 私の娘に着せるんだから」
「そんなこと、出来ないよ」
「私の言うことがきけないの!?」
妻が怖くてたまらない父親は、仕方なく自分の娘の後を追い始めた。娘は逃げ続け、父は追い続けて、とうとう捕まえようとした時。金の娘は悲しそうに天に手を差し伸ばすと、鳥のように羽ばたいて父の手をすり抜け、舞い上がった。辺りは金色の光に包まれた。そのまま金の娘はどんどん昇天していって、ついに細い光の筋を残して空の彼方に消えた。父親はいつまでも空に手を広げて「戻って来ておくれ」と泣いていたが、娘が戻ることは二度となかった。
人々は口々に「こんな不思議なことは初めてだ」「あの娘はどこへ行ったのだろう」と言いあった。
その夜から、月は今まで見たことのないような明るい金の光に包まれるようになったのだという。一説によれば、娘が月に
参考文献
『吸血鬼の花よめ ブルガリアの昔話』 八百板洋子編訳 福音館文庫 2005.
※娘の美しさで家の中が明るく照り輝いたり、娘が捕まえる親の手をすり抜けて昇天し、その際には辺りが輝いたり、この話はどこか【かぐや姫】を思わせる。月は本々存在していたが、ある娘が昇天したことで以前よりもっと明るく輝くようになったと語る話には「岩崗と竹娥」もある。
森の外れに住む老婆が「もしも女の子だったら、お婆さんのところへおいで! もしも男の子だったら、どこかに行っておしまい!」と唱えるのは、【桃太郎】や【瓜子姫】で婆が川を流れて来た二つの果実や箱に向かって「良いものはこっちへ来い、悪いものは流れ去れ」などと唱えるモチーフと共通しているように思える。森の婆は「ヘンゼルとグレーテル」の魔女と本質的には同じ、冥界の女神なのであるが、同時に神を迎える巫女としてのイメージも重ねられているのだろう。森から泣きながら現れる子供は、冥界から来訪する神の子でもあるわけだ。また、川の水に乗って善いモノも悪いモノも両方流れ来て、善いモノを掬い上げるのこそが優れた巫女であり母神であるという思想も滲んでいるように感じる。
参考 --> 「継母と継娘」「バヴァン・プティとバヴァン・メラー」「黄金の髪の美童子」「舌切り雀」「シン・シン・ラモと月」
※別伝によると、太陽になった妹は盲目だと語られる。自分で目を潰したので、兄が哀れんで太陽役を譲ったのだという。朝鮮のまた別の話に「日妹・月兄」のようなものもある。
妹が太陽で兄が月、というのが面白い。カナダのイヌイット族の話にも、妹が太陽に兄が月になる話がある。(ただしこの話は近親相姦話で、自分の恋人が兄だったことを知って怒り逃げる妹を兄が追い回すうち、二人は天に昇る。だから今でも太陽と月は追いかけっこをしているのだ、と。)
着ているもの、持っていた食物、同行者や自分の体を逃げながら少しずつ人食い鬼に与えるというモチーフは[牛方山姥]や、赤ずきんちゃん系の伝承にも見られる。
参考--> 「銀の南瓜の蔓、腐った南瓜の蔓」「天道さん金の鎖」「月の中の木犀の木」「月の中の怪物」「シン・シン・ラモと月」