小さな太陽の娘  インド

  昔、貧しい乳搾り女が、缶いっぱいのミルクを売るために街に行った。彼女は一歳くらいの小さな娘を連れていた。家には誰も面倒を見てくれる人はいなかったのだ。疲れて彼女は道端に座り、側にミルクでいっぱいの缶と子供を置いた。突然それは起こった。二羽の大きな鷲が頭上を飛んでいたかと思うと、その一羽が襲いかかって子供を奪い取り、母親の視界の外へ飛び去ったのだ。

 とても遠く、遥か遠くに鷲は小さな赤ちゃんを運んだ。彼女の故国の境界さえ越えて、彼らの故郷であるそびえ立つ木に到着するまで。そこで老いた鷲たちは立派な巣を作った。それは鉄と木で出来ていて小さな家ほどに大きかった。周り中が鉄で囲まれていて、外に出るには七つの鉄のドアを通り抜けねばならなかった。

 この要塞の中で、小さな赤ちゃんは鷲の雛のように扱われて、太陽の娘スーリヤー・バイと呼ばれた。鷲たちは共に子供を愛して、毎日、豪華で希少なものを彼女に持ってくるために遠い国へ飛んだ。王女のために作られた服、希少な宝石、素晴らしいおもちゃ。全てが最高に高価で珍しかった。

 ある日――スーリヤー・バイが十二歳の時、夫の老鷲が彼の妻に言った。

「妻よ。私たちの娘は小指に王女がしているようなダイヤの指輪をはめていないね。出かけて取ってきてあげようじゃないか」

「そうね」と妻の老鷲は言った。「でもそのためにはとても遠くへ行かなければならないわ」

「その通りだ」と彼は続けた。「そんな指輪は紅海より近くにはない。そこへは十二ヶ月の旅になるぞ。それでも行くんだ」

 そこで鷲たちは出立した。彼らが留守の間に飢えたりしないように、十二ヶ月分の食料と共にスーリヤー・バイは堅牢な巣に残され、小さな犬と小さな猫に彼女の世話が任された。

 彼らが出かけて暫くしたある日、悪い小さな猫が幾らかの備蓄食料を盗み食いしたので、スーリヤー・バイは彼女を罰した。猫は鞭で打たれたのが不服だった。まして盗みで捕まったことに苛々していた。そこで仕返しに、火床に走って火を消した。

 木から決して降りないスーリヤー・バイにとって、鷲の巣の中で燃える火を保持することは責務だった。さもなければちゃんとした料理を作ることができないからだ。

 猫のしたことを見て小さな娘はとても苛立ち苦しんだ。猫は最後の調理済みの食料を食べてしまっていた。そして猫は自分たちの食料は調理しなければならないのだということを知らなかった。

 丸三日の間、スーリヤー・バイはこの問題について頭を悩ませた。そして丸三日の間、スーリヤー・バイと犬、そして猫は、何も食べるものがなかった。

 ついにスーリヤー・バイは、巣の縁をよじ登って下界に火が見えるか確かめようと考えた。もし何か火が見えたなら、降りて行って、光っている所の誰かに料理を作るための火を少し分けてくれるように頼もうと。

 そこで彼女は巣の縁をよじ登り、そうして、遥か彼方の地平線に紫煙が薄くたなびいているのを見た。そこで彼女は木から降りて、一日中、煙の立ち昇ってくる方へ歩いた。

 日が暮れる頃にその場所に着いて、小さな小屋が建っているのを見つけた。中に老婆が座っていて火に手をかざして暖まっていた。

 今、スーリヤー・バイはまだそれを知らなかった。彼女は羅刹ラクシャス(人食い鬼)の国に来てしまっていたのだ。そしてこの老婆は邪悪で年経た羅刹女以外の何者でもなかった。この人は小さな小屋で彼女の息子と共に暮らしていた。若い羅刹はしかし、その日は出かけていた。

 老いた羅刹女はスーリヤー・バイを見つけてとても驚いた。何故なら少女が太陽のように美しかったからだ。そして彼女の豪華な服は宝石で眩く輝いていた。彼女は内心で言った。

(なんて愛らしい子供だろう! なんて美味しそうな御馳走だろう! ああ、もし私の息子がここにいたら、これを殺して、煮て、食べることが出来るだろうに。息子が戻るまで留まらせておこう)

 そしてスーリヤー・バイに向かって言った。

「お前は誰だい、何をしに来たんだい?」

 スーリヤー・バイは答えた。

「私、大鷲の娘です。でも彼らはダイヤの指輪を取ってくるために遠くへ旅しているんです。そして巣の中の火は消えてしまいました。お願いです、あなたのかまどから少し分けてください」

 羅刹女は返した。

「まずは私のためにこの米を搗いておくれ。私は年寄りで、助けになる娘も一人もいないからね。そうしたら間違いなく分けてやろう」

 スーリヤは米を搗いたが、搗き終わるまでに若い羅刹は帰ってこなかった。そこで老いた羅刹女は言った。

「もしお前に親切な心があるなら、この穀物を挽いてくれないかい。年寄りの手にはきつい仕事なんでね」

 そこで彼女は穀物を粉に挽いたが、若い羅刹は戻らなかった。老いた羅刹女は彼女に言った。

「それより、家を掃いてくれたら火をあげるよ」

 そこでスーリヤー・バイは家を掃いたが、若い羅刹はまだ帰ってこなかった。彼の母はス―リヤーに言った。

「どうしてそんなに急いで家に帰らなきゃいけないんだい? 少し井戸から水を汲んで来ておくれ。そうしたら火をあげよう」

 そしてスーリヤー・バイは水を汲んできた。それをすると彼女は言った。

「私、全てあなたの言いつけ通りにしました。今すぐに火をください。でなければどこか他に行って探します」

 息子はまだ帰らなかったので、年取った羅刹女はとても無念に思ったが、これ以上スーリヤー・バイを留めておくことができないことを見てとった。

「ここから火を持ってお行き。炒った穀物も少し持って行くんだ。私たちの家からお前の家まで、か細い道を作るために、道に沿ってそれを撒き散らしておくんだよ」

 そう言ってスーリヤー・バイに一掴みほどの炒った穀物を与えた。少女はそれらを持って、悪意を疑いもせず、穀物を道に撒き散らした。それからよじ登って巣に戻り、七つの鉄のドアを閉ざし、火を点けて食物を調理した。そして犬と猫に料理を与えて彼女自身も食べ、眠った。

 スーリヤー・バイが羅刹の小屋を出てから殆ど間を置かずに若い羅刹が戻ってきた。そして彼の母は言った。

「ああ、ああ、せがれや! どうしてもっと早く来なかったんだい? 美味そうな小さな子羊がここにいたのに。ついさっきそれをのがしたんだよ」

 彼女はスーリヤー・バイについての全てを彼に話した。

「どっちにそいつは行ったんだ?」と、若い羅刹は尋ねた。「それだけ言ってくれ。朝になる前に捕まえてこよう」

 彼の母は、どんな風にスーリヤー・バイに道に撒く炒った穀物を与えたかを話した。それを聞くと彼は跡を追って走り、走り、走って木の根元まで来た。そこで見上げて、彼は頭上の高い枝の上に巣を見出した。

 さして悩まずに彼は上に登った。そして大きな外側のドアに着いた。彼はそれをガタガタ揺さぶって、揺さぶって、しかし入ることができなかった。スーリヤー・バイがかんぬきを掛けていたためだ。そこで彼は言った。

「入れておくれ、私の子よ。入れておくれ。私は大鷲だよ。彼方から帰ってきたんだよ。お前に沢山の綺麗な宝石を持って来たし、お前の小指に合う輝くダイヤの指輪もここにあるよ」

 しかしスーリヤー・バイは彼の話を聞いていなかった。ぐっすりと眠っていたのだ。

 次に、彼は再びドアをこじ開けようとしたけれども、それは彼にとってあまりに頑丈過ぎた。けれども努力の結果、彼の指の爪……羅刹の爪は最も毒性が高い……の一本が折れて突き立った。彼は立ち去る時、その破片をこじ開けかけたドアにそのまま残しておいた。

 あくる朝、スーリヤー・バイは下界を見下ろすために全てのドアを開いた。しかし彼女が第七のドアに来たとき、ドアに刺さっていた鋭いものが彼女の手を貫いた。そしてすぐに彼女は倒れて死んだ。

 まさにその瞬間に、二羽の哀れな鷲たちが長い一年間の旅行から帰って来た。美しいダイヤの指輪を、彼らの小さなお気に入りのために紅海から取ってきたのだ。

 巣の門のところに彼女は横たわっていた。相変わらず美しかったが、冷たくなって死んでいた。

 鷲たちはその状況に耐えられなかった。そこで彼らは指輪を彼女の指にはめて、それから大きな叫び声をあげて、二度と戻らぬために飛び去った。

 

 けれどもそれからほんの少し後に、偉大な王マハ・ラジャが狩りにやってくるという事件が起こったのだ。

 彼は鷹と猟犬と従者を連れて、馬に乗ってやって来た。そして鷲が巣を作った木の下に屋根が傾斜した仮小屋を作った。それから見上げると、最も高い枝の間に、何か奇妙な小さな家が見えてきた。そこで何人かの従者をやってそれが何か確認に行かせた。彼らは間もなく戻り、木の上に鳥籠のような珍奇なものがあるとラジャに話した。そして入口の最初のドアの前に豪華な服を着た美しい乙女が横たわっており、彼女は死んでいて、彼女と並んで小さな犬と小さな猫が立っていると。

 王はそれを運び降ろせと命じた。彼がスーリヤー・バイを見たとき、彼女が死んでいることを非常に悲しく感じた。そして既に硬直しているだろう彼女の手を取ったところ、それは全くしなやかだったし、死者のように冷たくもなかった。そして再び彼女の手を見て、王は長い棘のような鋭いものが、柔らかい手のひらを殆ど貫通しているのを見つけた。

 彼がそれを引き抜くやいなや、スーリヤー・バイは目を開いた。そして立ち上がると叫んだ。

「私、どこにいるの? あなたは誰? これは夢なの、現実なの?」

 王は答えた。

「これは全て現実だ、美しい女性ひとよ。私は近隣の土地の王だ。そなたのことを話してもらえるか?」

 彼女は返した。「私は鷲の子供です」

 しかし王は声をあげて笑った。

「いいや」と彼は言った。「そんなはずはない。そなたはどこかの権勢ある王女だ」

「いいえ」と彼女は答えた。「私は王室の人ではありません。私の言うことは本当のことです。私は今までずっとこの木で暮らしていたの。私は鷲の子供でしかないわ」

 王は言った。

「たとえそなたが王女の生まれではないとしても、私がそなたをそうするだろう。私のラニになると言っておくれ」

 スーリヤー・バイは同意した。そして王は彼女を彼の王国へ連れて行き、彼女は彼の妃になった。

 

 しかしスーリヤー・バイは彼のただ一人の妻ではなかった。第一妃は彼女に羨望と嫉妬を抱いた。

 王はスーリヤー・バイに多くの信頼に足る従者をつけ、彼女を守り、常に共に過ごした。従者の一人である老婦人は他の何よりも彼女を愛していた。年経た人はスーリヤー・バイに言った。

「第一妃に気を許してはなりません、奥さま。彼女はあなたが不幸になればいいと望んでいます。彼女はあなたに危害を加える力を持っています。いつか彼女は毒か何かの方法であなたを殺すでしょう」

 しかしスーリヤー・バイは答えた。

「馬鹿馬鹿しいわ! 何を警戒するようなことがあって? どうして私たちが一緒に、二人姉妹みたいに幸せに共存していけないことがあるかしら?」

 老婦人は話を再開した。

「おお、奥さま。あなたが決して、ご自分の信頼を後悔することがありませんように! 杞憂であるように祈りますよ」

 そこでスーリヤー・バイは第一妃にしばしば会いに行った。第一妃もまた、しばしば彼女に会いにきた。

 

 ある日、彼女たちは宮殿の中庭の池の近くに立っていた。そこでは王族の人々が沐浴をするものだった。第一妃はスーリヤー・バイに言った。

「なんて素敵な宝石を持っているの、妹よ! しばらく着けさせてちょうだい。そしてどんな風に池に映っているか見てちょうだい」

 老婦人はスーリヤー・バイの傍に立っていた。そしてひそひそと彼女に囁いた。

「宝石を貸してはなりません」

「お黙り、あなたは愚かな老婆だわ」と彼女は答えた。「どんな危険があるというの?」

 そして彼女は宝石を妃に渡した。そのとき妃は言った。

「あなたのものはなんて素敵なの! どう、私が着けても映えると思うかしら。池に降りましょう。あれはガラスと同じくらい澄んでいるわ。私たちとこの宝石が清い水にどんな風に映って輝くのかを見られるわよ」

 老婦人はこれを聞いて非常に怪しんだ。そしてスーリヤー・バイに、わざわざ危険を冒して池の近くへ行ってはなりませんと懇願した。しかし彼女は言った。

「黙っていてと命じたでしょう。私は私のお姉さまを疑わないわ」

 彼女は池に行った。そして誰も近くにはおらず、彼女たちが一緒に覗き込んで水に映った自分たちの鏡像を見たとき、第一妃はスーリヤー・バイを池の中に突き落とした。その人は水に沈んで溺れ死んでしまった。そして彼女の体が落ちた場所から明るい金色のヒマワリが生え出した。

 王はしばらく後でスーリヤー・バイはどこだと尋ねた。――しかしどこにも彼女を見つけることは出来なかった。それでとても怒り、王は第一妃の所へ行くと言った。

「あの子供がどこにいるのか、私に教えてくれ。そなたが彼女を連れ去ったのだろう」

 しかし彼女は答えた。

「あなたは私を誤解していますわ。私は彼女について何も存じません。恐らく、老婦人です。あなたは常に彼女を共に居させていました。彼女が何か害をなしたのです」

 それで王は、哀れな老婦人を牢に入れるように命じた。

 

 彼はスーリヤー・バイと彼女の全ての愛すべき言動を忘れようとした。しかしそれは無駄だった。どこへ行こうとも彼は彼女の面影を見た。たとえ何を聞いたとしても彼は彼女の声を聞き取ろうとした。日を追うごとに彼はやつれていった。食べもしないし飲みもしない。そして他の妃とは話すことすら耐えられない。「彼は死んでしまうよ」と、全ての彼の臣民が言った。

 こんな様子だったある日、王は池のほとりをぶらついて、手すりの上に寄りかかって水を見た。そしてすぐ近くに池から生え出しているものを見て驚いた。それは堂々とした金の花だった。彼がそれを見ると、ヒマワリは上品に頭を垂れ、彼に向かって身をかがめた。

 王の心は和やかになり、その葉にキスして囁いた。

「この花は、消えた妻を思い出させる。私は好きだ。美しくて上品で、それに慣れていた彼女のようだ」

 毎日、彼は池に降りて行くとそこに座り、花を見た。

 妃はこれを聞くと、彼女の召使いに命じてヒマワリを引き抜かせ、遠いジャングルへ持って行ってそれを焼いた。

 次に池に行った王は花が消え去っているのを見た。彼は激しく悲嘆したが、誰がそうしたかを王に告げる勇気を誰も持たなかった。

 

 その後、ジャングルのヒマワリの灰が投げ捨てられた場所から、高くて真っ直ぐなマンゴーの若木が生え出した。それはとても速く成長して、国中を驚かせる美しい木になった。

 ついに、その一番上の大枝の上に美しい花が一輪咲いた。花は散り、小さなマンゴーが赤く赤く、そして大きく大きく、それが見事な大きさと形になるまで育った。人々はそれを見るために遠くからも近くからも群れ集まった。だが、あえて採ることはしなかった。それは王のために取っておかれた。

 さて、そんなある日、スーリヤー・バイの母親である貧しい乳搾り女が、一日の仕事を終えて、空のミルク缶を持って帰路についていた。市場バザールから長く歩いて来てとてもくたびれていて、マンゴーの木の下に横たわると眠りに落ちた。すぐに、彼女の一番大きいミルク缶の中に見事なマンゴーが落ちた。哀れな女は目覚め、何が起こったのかを見た。彼女はひどく怯え、内心で考えた。

(もしも誰かが、この素晴らしい果物と私が一緒なのを見れば、王の全ての偉大な臣民があれほど多くの週のあいだ見ていたんだもの、私がそれを盗んだんじゃないとは決して思わないだろうね。私は牢に入れられる。それでもここに果物を残していくのは無意味だわ。それにこれは私のミルク缶の中に落ちている。だから出来るだけこっそり家に帰って、子供たちと分けて食べてしまおう)

 そこで乳搾り女はマンゴーの入った缶をすっかり覆って、素早く彼女の家に持って行った。彼女は部屋の隅にそれを置いて、そのうえに1ダースの別のミルク缶を置いて積み重ねた。

 そうして暗くなるとすぐに、彼女は夫と長男を呼んだ。(彼女は六人の子供を持っていた。本当は七人だったのだが。)そして彼らに言った。

「今日、私にどんな幸運な出来事が起こったと思う?」

「考えつかないな」と彼らは言った。「答えられない」

 すると彼女は言った。

「見事な、それは見事なマンゴーが、私が眠っている間に私のミルク缶の一つに落ちたんだよ! それを家に持ってきたのさ。あの一番下の缶だよ。行っておくれ、あんた。分け前をあげる子供たち全員を呼んでちょうだい。あんたと息子とで、大量の缶を下ろして、私にマンゴーを持ってきて」

「母さん」と、一番下の缶を取った時に息子が言った。

「俺が思うに、冗談だったんだね。ここにマンゴーがあるって言うのは」

「いいや、全然そうじゃないよ」と彼女は答えた。「そこにマンゴーがあるよ。一時間前に私がそこに置いたんだから」

「さーて。全然違うものが今はあるけど」と彼女の息子は返した。「見に来てよ」

 乳搾り女はその場所に走った。そしてそこで、一番下の缶の中に彼女は見たのだ。マンゴーはなかったが、けれど小さなちっちゃな可愛い娘を。赤と金の豪華な服を着て、マンゴーよりも少しも大きくはなかった! 彼女の頭の上で小さな太陽のように宝石が輝いていた。

「なんておかしなことだろう」と母親は言った。「こんなの、今までの人生で聞いたことがないよ! でも、この子は私たちのところに授かったんだ。これからは私の子供みたいに世話をしよう」

 日ごとに小さな娘の背は高く高くなって、普通の女の大きさになった。彼女は穏やかで愛すべき性質だったが、いつもたいそう悲しそうで無口だった。そして自分の名前は《太陽の娘スーリヤー・バイ》であると言った。

 子供たちはみんな、とても彼女の経歴を知りたがったのだが、乳搾り女と彼女の夫は彼女が何者であるかしつこく聞き出すような真似をする気はなく、子供たちに言った。

「待とう。そのうち、彼女がもっと私たちを知れば、彼女の話を彼女自身の意思で、きっと話してくれるだろう」

 さて、その時にだけそれは起こった。スーリヤー・バイが乳搾り女を手伝って井戸で水を汲んでいたとき、王が馬に乗って側を通りかかった。そして彼女がどんどん歩いているのを見たので、彼は泣いた。

「あれは私の妻だ」

 そして彼女の後を出来るだけ早く馬で追った。スーリヤー・バイは馬の蹄が大きくパカパカ鳴るのを聞いて怯え、彼女に出来うる限り素早く家に駆け込んだ。そして王がそこに着いたとき、そこには年取った乳搾り女だけがいて、彼女の小屋のドアの前に立っていた。

 王は彼女に言った。

「彼女をよこせ、老いた女よ。お前には彼女を手にしている権利がない。彼女は私のものだ!」

 しかし年取った女は答えたのだ。

「あんたは頭がおかしいのかい? 何を言ってるのか分からないね」

 王は返した。

「私を欺こうとするな。私は私の妻が、その家であるに違いない、お前の後ろのドアに入るところを見たのだ」

「あんたの妻?」と、年取った女は叫んだ。

「あんたの妻だって? さっき井戸から戻った私の娘のことを言ってるのかい! あんたは私が、私の子供をあんたの命令で諦めたりすると思っているのかい? あんたはあんたの宮殿の王だが、私は私の家の王だよ。そして私は、あんたにどんな命令をされても、私の小さな娘を諦めはしませんよ。帰っとくれ。さもなければ、あんたの顎髭を引き抜いてやるから」

 そして彼女は長い棒を掴んで王に打ちかかり、大声で呼ばれた彼女の夫と息子たちが助太刀するべく駆け寄って来た。

 王は、彼にとって不利な状況だと見てとった。そして本当にスーリヤー・バイを見たのか確かではない、あるいは、あれは本当に乳搾りの娘だったのかもしれないと思って、彼の従者たちよりも巧みに馬を操って駆け去り、宮殿に戻った。

 彼はしかし、問題をふるいにかけようと決意した。第一歩として、彼はスーリヤー・バイの年取った従者に会いに行った。その人はまだ牢にいた。王は彼女から、彼女がスーリヤー・バイの死に関して全く潔白というだけでなく、それを引き起こした第一妃を真剣に疑うべきであることを充分に学んだ。従って、彼は老婦人を(監視付きではあったが)自由にするよう命じて、長く行方不明の彼女の女主人への忠誠を証明するために、乳搾り女の家に行って、彼に乳搾り女の家族、特に彼が井戸から帰るところを見た娘について、出来るだけ多くの情報をもたらすように命じた。

 そこで従者は乳搾り女の家へ行き、彼女と友人になって幾らかのミルクを買った。それ以降は留まって彼女とお喋りした。

 これを何度かやって、二、三日経つと乳搾り女は彼女を警戒するのをやめ、かなり心打ち解けた。

 そしてスーリヤー・バイの従者は、彼女がどんな風に第二妃の侍女を務めていたか、そして彼女の女主人の死によって、王がどんな風に彼女を牢に入れたかを話した。その話のお返しに、老いた乳搾り女は彼女が木の下で眠っていたとき、どんな風に見事なマンゴーが彼女の缶に転がり落ちたか、そしてそれが一時間の間にどんな風に美しい小さな娘に奇跡的な変化を遂げたかを打ち明けた。

「私は、どうして彼女が他のどんな場所でもなく、私のあばら家で暮らすのを選ばなけりゃならなかったのか不思議に思うんですよ」と老いた女は言った。スーリヤー・バイの従者は言った。

「あなたはこれまで彼女に、彼女の経歴を尋ねましたか? 多分彼女は今、あなたにそれを話すのを嫌がりはしないと思いますよ」

 そこで乳搾り女は娘を呼んだ。そして老いた従者は彼女を見てすぐに、それが他ならぬスーリヤー・バイであると知って、心臓は喜びに跳ね躍った。しかし彼女は黙ったままでいて、とても怪しんだ。何故なら、彼女の女主人が池で溺れ死んだことを知っていたからだった。

 老いた乳搾り女はスーリヤー・バイの方を向いて言った。

「私の子や、お前は長く私たちと暮らして、私にとって良い娘だった。けれど私は今までお前に経歴を尋ねなかったね。悲しいものに違いないと思ったからだよ。けれど今、もしお前が話すのを恐れないなら、私はそれを聞きたいんだ」

 スーリヤー・バイは答えた。

「お母さん、あなたには本当のことを話すわ。私の話は悲しいものよ。私は、私の本当の母はあなたのような乳搾り女で、私が小さな赤ん坊だったある日、私を連れてミルクを売りに市場へ行ったのだと信じているわ。けれど長く歩いて疲れ果てて、彼女は腰を下ろして休み、私をも地面に置いた。その時突然大鷲が舞い降りて私を連れ去ったんだって。けれど私が今まで知っていた全ての父と母は、二羽の大鷲なの」

「ああ、私の子供! 私の子!」と乳搾り女は叫んだ。

「私がその哀れな女だよ。私の長女がたったの一歳だった時、鷲が連れ去ったんだ。長い年数の後で、私はお前を見つけたんだよ!」

 そして彼女は走って彼女の子供たちと夫を呼び、この素晴らしいニュースを伝えた。そして大きな歓喜が彼ら全員の間に沸き起こった。

 彼らが少し落ち着くと、彼女の母はスーリヤー・バイに言った。

「話しておくれ、愛しい娘や。最初に私たちがお前を失ってから、どんな風にお前の人生が消費されてきたのか」

 そしてスーリヤー・バイは続けた。

「年取った鷲は私を彼らの家へ連れ去ったわ。そしてそこで、私は何年も幸せに暮らした。彼らは私に彼らが見つけることの出来た全ての美しいものを持って来るのが好きだった。そして最後の日、紅海から私にダイヤの指輪を持ってくるために、彼らは連れ立って出かけて行った。ところが彼らが出かけている間に、巣の中の火が消えてしまったの。それで私はお婆さんの小屋に行った。そして彼女は私に火を分けてくれた。その次の日、どうしてそうなったのか分からないけれど、私が籠の外側のドアを開いたら、それに刺さっていた鋭いものが私の手を貫いて、私は気を失って倒れたのよ。

 どれくらい長くそこに倒れていたのか分からないわ。けれど意識を取り戻してから、鷲たちは帰ってきて、私が死んでいると考えて立ち去ったに違いないと私は悟った。だってダイヤの指輪は私の小指にあったから。結構沢山の人々が私を見守っていて、彼らの間にいたわ。

 王、その人は私に求めた。一緒に帰って妻になってほしいって。そして彼はその場所へ私を連れて行ったの。私は彼の妃だった。

 けれど彼の別の妻、第一妃は、私を嫌っていて……彼女は嫉妬深かったのよ。そして私の殺害を望んだ。ある日、彼女はその望みを果たしたわ。私を池に突き落として。私が若くて愚かで、誠実な老いた従者の警告を無視したために。その人はその場所の近くで、私に行かないように頼んだの。ああ! 彼女の言葉を聞いていたなら、私は今でも幸せだったかもしれないのに」

 この老いた従者、その人は裏の見えないところに座っていたが、前に飛び出して来てスーリヤー・バイの足の甲にキスし、泣き叫んだ。

「おお、私の奥さま! 私の奥さま! 私はとうとうあなたを見つけたのですね?」

 そしてそれ以上留まって話を聞くことなく、王に喜ばしいニュースを告げるために宮殿に駆け戻った。

 それからスーリヤー・バイは、彼女が池で完全に死なずにどのようにヒマワリになったか、そして第一妃が王の植物への愛情を見てどのようにそれを捨てさせたか、次に、彼女がヒマワリの灰からマンゴーの木の姿にどのように育ったか、木が花開いた時に彼女の全ての魂がどのように小さなマンゴーの花に宿ったかを語った。

 彼女はこう言って話を終えた。

「そして花が果実になったとき、私は訳も分からずに、抗えない衝動からあなたのミルク缶の中に身を投げたのよ、お母さん。これは私の運命だったんだわ。そしてあなたが私を家へ連れて行くとすぐに、私は人間の姿を回復しだした」

「どんな理由で」と彼女の兄弟姉妹が尋ねた。「あなたは王さまに、あなたがお妃のスーリヤ・バイで、生きているって話さないの?」

「ああ!」と彼女は答えた。「私はそう出来なかったわ。彼が今は第一妃に影響されて私の死を望んでいる可能性がないって、誰が知っているかしら? むしろみんなのように貧しい方が危険から守られるわ」

 そのとき彼女の母が叫んだ。

「おお、私はなんて馬鹿な女なんだろう! 王がある日、お前を探してここに来たんだよ。だけど私とお前の父さんと兄弟たちは彼を追い払ったんだ。何故って、お前が本当に消えたお妃さまだなんて知らなかったものだから」

 彼女がこれらの言葉を話し終えた頃に、馬の蹄の音が彼方から聞こえた。そしてスーリヤー・バイが生きているという良い報せを老いた従者から教わった王本人が現れた。

 長い間行方知れずだった妻を見つけた王の喜びは筆舌に尽くし難い。だが、それは夫の元に戻ったスーリヤー・バイの喜びの比ではなかった。

 そして王は老いた乳搾り女の方に振り向いて言った。

「老いた女よ、お前は私に真実を話さなかったな。実はお前の小屋に私の妻がいるのだと」

「はい。お粗末な保護でした」

 老いた乳搾り女は答えた。

「しかしそれは私の娘でもありました」

 そして彼らはスーリヤー・バイがどうして乳搾り女の子供であるのかを話した。

 これを聞いて、王は彼ら全員に一緒に宮殿へ戻るよう命じた。彼はスーリヤー・バイの父に村を与え、家族を貴族に叙した。そしてスーリヤー・バイの老いた従者にはこう言った。

「お前の行った良い働きによって、お前は宮殿の家政管理人になるだろう」

 加えて、彼女に大きな富を与えた。

「私はお前に借りている負債を決して返すことが出来ぬ。また、お前を不当に投獄したことへの十分な賠償も出来ていない」

 しかし彼女は返した。

「陛下、あなたの怒りさえ節度あるものでした。あなたが私に死を与えていたら、これらの幸せのどれもがあなたに出会わなかったかもしれません。あなた自身に感謝してください」

 悪い第一妃は、老いた従者が投げ込まれていた牢に死ぬまで投獄された。しかしスーリヤー・バイは彼女の夫と共に死ぬまで幸せに暮らした。そして彼女の冒険を記念して、王は彼らの宮殿の周りにヒマワリの生け垣とマンゴーの木の林を植えた。



参考文献
Old Deccan Days; Or, Hindoo Fairy Legends Current in Southern India』 Mary Frere 1868.
LITTLE SURYA BAI.」/『Internet Sacred Text Archive』(Web)

※これはメアリー・フレア編訳で十九世紀に発行されたヒンドゥー神話と南インドの魔法昔話の本『OLD DECCAN DAYS OR, HINDOO FAIRY LEGENDS CURRENT IN SOUTHERN INDIA.』に収録されている話。インドの【眠り姫】類話として、古くから研究者の間では知られているようだ。

 確かに「太陽と月とターリア」や「ペルセフォレ」に近い、指先に(この話では手を突き抜けるほど深くだが)何かが刺さって眠りにつくモチーフが入っている。とはいえ偽の花嫁に殺されて、植物などに何度も転生して最後に娘の姿に再生して夫の元に戻るという展開は、【三つの愛のオレンジ】や【蛇婿〜偽の花嫁型】や[その後のシンデレラ〜偽の花嫁型]に属すると言えるだろう。

 以下に紹介するインドネシアの民話は【三つの愛のオレンジ】話群、特にドイツの「たまご姫」を思わせる。しかし全体的に「小さな太陽の娘」ともそっくりである。

木の上のたまご姫  インドネシア スマトラ島

 ある日、王が大勢の家来と犬を連れて森へ狩りに行った。ところがその日に限って何も獲物が獲れない。疲れ切った王は、池のほとりの葉のよく繁ったキンマの木の下で休み、家来たちも弁当を食べていた。すると突然、犬が木の上に向かって激しく吠え始めた。見上げれば、木の枝の間に小さな家のようなものがある。やがてその中から豊かな長髪を垂らした乙女が顔を出した。王は尋ねた。

「美しい娘よ、お前は何者だ。人間か、それとも妖精か」
「私は王と同じ人間でございます」
「ではどうしてそんな所にいる。名は何と言うのか」
「私はたまご姫と申します。兄にそう名付けられました」

 そう言うと娘は悲しそうな顔をした。

「お前の兄はどこにいるのだ」
「兄は遠い海におります。ある日、兄は洞穴でたまごを一つ見つけて食べました。すると激しく喉が乾いていくら飲んでもおさまらなくなったのです。仕方なく兄は遠い海へ行って水を飲むことにしました。海に行く前に私のためにこの家を作ってくれ、こう言ったのです。『妹よ、お前をたまご姫と名付けよう。この木の上で暮らせばお前に危害を加える者もないだろう。お前を残していくのは辛いが、こうなった以上は仕方がないのだよ』と。
 兄は海へ去って水を飲み続け、七つ頭の竜に変わったと言います。兄がそれからどうなったかは私には分かりません」
「なるほど、お前の苦しみはよく分かった。だがいつまでもそこにいるわけにもいくまい。私はこの国の王だが、私の妃になって王宮へ来ないか」
「お望みならば妃になりましょう。披露宴を開いて人々に私との結婚を報せ、その後で私を迎えに来てください。ただし、宴会の時に飲む水は、絶対にこの木の下の池から汲んでください」

 王は承知して家来たちと共に王宮へ帰り、披露宴を開いた。

 ところが、王命で宴会に使う水をキンマの木の下の池に汲みに来たジャジャビという名の女召使いが、水に映ったたまご姫の美しい顔を見て自分の顔だと思い込んだ。

「私はこんなに綺麗なんだから水汲みなんてやることないわ。王さまのお妃になるのが相応しいわよ」

 ジャジャビは水汲み用の竹筒を叩きつけて壊すと王宮に戻り、王に自分の顔がよく見えるようにしながら「竹筒が壊れて水を汲んで来られませんでした」と言った。王は呆れて、丈夫な新しい水桶で汲んでくるよう命じた。ジャジャビはまた出かけたが、やはり水面に映った美しい顔にほれぼれして水桶を壊した。王は今度は皮の水袋で汲んでくるよう命じた。ジャジャビはやはり水面に映った美しい顔を見て「こんなに美しい私が水汲みするなんて間違ってる」と水袋を地面に叩きつけたが壊れない。腹を立てたジャジャビは何度も何度も叩きつけた。

 木の上で全てを見ていたたまご姫は思わずくすっと笑った。木の上を見たジャジャビは自分の勘違いを悟って、恥ずかしく思うあまりに激しくたまご姫を憎んだ。彼女は猫撫で声で言った。

「ああ、心優しいお姫様。私にそのキンマの葉をくださいませんか」
「いいわ。でもあなたは木の上まで登ってこられるかしら」
「まあ、それは無理ですわ。でもお姫様の長い髪の先にキンマの葉をくくりつけて下に垂らしてくだされば、私でも取れますわ」

 疑うことを知らないたまご姫は言われた通り髪を垂らした。ジャジャビは素早くそれを掴んで腕に巻き、ぐいっと引っ張った。たまご姫は木から落ちて死んだ。

 ジャジャビはたまご姫の死体を池に沈め、自分はたまご姫の服を着て木の上に登った。

 一方王は、ジャジャビがいつまでも戻らないので、池の水なしで宴会を終えねばならなかった。そして大勢の家来を連れてたまご姫を迎えに来ると、彼女を木から下ろして輿に乗せた。たまご姫の服を着たジャジャビはまるでたまご姫そのもののように見えたので、誰も疑わず、いなくなった召使い女のことを思い出す者もいなかった。

 それから暫くして、ジャジャビがたまご姫を沈めた池のほとりに一本の薔薇の木が生え出てきた。たった一輪咲いた花の香りは素晴らしく、王宮にまで漂った。王はこんなにも良い香りをさせる花はどんなものだろうと思い、香りを辿ってその薔薇を見つけた。彼は喜んでそれを摘み、持ち帰って妃に見せた。ジャジャビはもしやこれはたまご姫の生まれ変わりではないかと閃き、何食わぬ顔で受け取って、王が立ち去ると引き千切って庭に捨てた。

 暫くすると、王宮の庭にナスの木が芽を出し、育って、大きく美しいナスを一つだけ実らせた。

 ある日、散歩していた王が通りかかり、そのナスをもぎ取って帰ると、それでグレー(香辛料で肉や野菜を煮込む料理。カレー)を作るよう妃に言った。妃はナスを召使いに渡して調理を指示した。やがてかまどの上でナスのグレーがふつふつと煮え立ったが、不思議なことに、その音は人の囁きのように聞こえるのだった。召使いは驚いてジャジャビのところに走って行き、これを伝えた。ジャジャビが一人で台所に確かめに行くと、確かに人の言葉を出しているらしく思われた。

 妃はジャジャビ、妃はジャジャビ
 妃はジャジャビ、妃はジャジャビ

 ジャジャビは恐ろしさに震えながら鍋を持ち上げ、王宮の外に持ち出して捨てた。たまたまそこで食べ物を漁っていた犬の背に煮え立ったグレーがかかったので、犬はキャンキャン鳴きながら一目散に逃げて行き、野原の草に背中をこすりつけて、ナスの種を落とした。

 それから幾日か経って、その野原に一本のマンゴーの木が生えた。葉は生い茂っていたが、実は一つしか実らなかった。しかもその実は木のてっぺんにあったので、誰にも気づかれることはなかった。

 ある日のこと、ルビアという花売りの女がそこを通りかかった。その日は日差しがあまりにも強かったので、ルビアはそのマンゴーの木蔭に休み、眠りこんだ。その間にマンゴーの実が落ちてルビアの花籠の中に入った。

 日が暮れてルビアは目を覚まし、籠の中にマンゴーの身が入っていることに気が付いた。嬉しくなってそのまま家に持ち帰り、水浴びした後でナイフを取ってマンゴーの皮を剥こうとした。すると突然、マンゴーの中から声がした。ルビアは驚いて、マンゴーを放り投げて逃げ出した。やがておそるおそる部屋に戻ってマンゴーを調べたが、特におかしなところはない。気のせいかと思ってもう一度皮を剥こうとすると、やはりマンゴーが喋って、ルピアは恐怖に駆られて逃げた。

 そんなことを何度も繰り返した後で、マンゴーを切ろうとしなければ特別なことは起こらないのだとルビアは気が付いた。思い切って彼女はマンゴーに話しかけてみた。

「マンゴーの中から喋ってるのは誰だい。人間かい、それとも妖精かい」

 するとマンゴーの中から優しい声が答えた。

「心優しいルビア。どうかナイフで私を傷つけないように、そっと皮を剥いてくださいな。そうすればここから出ていきますから。怖がらないで、私は人間です」

 それでもまだ気味悪かったが、ルビアは思い切ってナイフを手に取り、慎重に皮を剥いた。すると中から小さな小さなたまご姫が出てきたのだった。

 マンゴーの中からすっかり出てしまうと、たまご姫は元通りの姿と大きさになった。その美しさときたら、たとえようもなかった。彼女がこの家に置いてほしいと頼むので、ルビアは驚いたものの、快く承知した。

 

 ルビアは毎日、花束を作っては売り歩いていたのだが、たまご姫と暮らすようになってから花束がよく売れるようになった。というのも、彼女が見たこともないような綺麗な花束を作ってくれるからだった。ルビアは次第に裕福になっていった。

 ある夜、たまご姫は普段より更に念を入れて美しい花束を作り、それを王のもとへ持って行くようにルビアに頼んだ。あくる日にルビアがそれを持って王宮へ行くと、王はこれをとても気に入り、ルビアに尋ねた。

「ルビアよ、この花束を作ったのは誰だね」

「私の他に誰が作ると言うのでございましょうか。うちには私以外誰もいませんよ」

 王はルビアに褒美を与えた。ルビアは喜び勇んで家に帰り、たまご姫に王宮での出来事を細々と話して聞かせた。たまご姫は嬉しそうにそれを聞いて、微笑っていた。

 それから何日か過ぎて、王はまたあの素晴らしい花束が欲しくなり、家来に命じて、ルビアの家に注文に行かせた。そのとき、たまたまルビアは留守だったので、たまご姫が出てきた。たまご姫は訪ねてきたのが王宮の使いと知って驚いたが、家来の方もたまご姫の美しさに仰天して、花束の注文も忘れて王宮に急ぎ戻り、このことを王に伝えた。王はすぐに馬を用意させると、自分で確かめるために家来を引き連れて出発した。

 ルビアが王の一行を出迎えた。

「ルビアよ、先日私はお前に尋ねたな、花束を作ったのは誰かと。お前は自分で作ったと言った。今度嘘を言ったら許さぬぞ。さあ、娘をここに連れて来るのだ」

 ルビアはこれ以上隠すことはできないと観念し、たまご姫のところに行って、王の前に出るように言った。たまご姫が出てくると王は一目で虜になり、そのうえ、どこかで彼女に会ったような気がした。

「娘よ、名を何と言う?」
「お忘れになりましたか。私はたまご姫でございます。昔、王が森へ狩りにいらしたとき、木の上にいた者でございます」

 それを聞いて王は驚いた。

「たまご姫なら、もう私の妃になっているではないか」

 たまご姫は微笑んで、こう言った。

「あれは王の召使い、ジャジャビです。私を騙して殺したジャジャビが、私の服を着て私になりすましているのでございます」

 王はそれを聞いてジャジャビに腹を立て、すぐに家来に命じてジャジャビを捕らえさせると串刺しの刑にした。

 たまご姫は王宮に迎えられ、大宴会が開かれた。こうしてたまご姫は王の妃になったのだった。


参考文献
大人と子どものための世界のむかし話8 インドネシアのむかし話』 松野明久編訳 偕成社 1990.

※木の上から現れる美しい乙女がたまご姫と名乗るのは、《たまご=魂》であり、彼女が冥界から現れた祖霊神の化身、つまり女神であることを暗示しているのであろう。不思議な木に鳥が産みつけた卵と、不思議な木に実る果実と、不思議な山の上や屋敷の奥にある卵は、イメージ的に同一のものだ。冥界で憩う魂である。スーリヤー・バイもまた、鳥にさらわれて巨木の上の巣の中で育てられた。鳥の卵、ヒナのイメージであり、親である魔女や魔王によって塔に閉じ込められたお姫様のイメージでもある。

 何かを食べて焼けつくように喉が乾き、水をがぶ飲みするうちに姿が変わってしまうモチーフについては、こちら。→<小ネタ〜三匹のイワナ

 スーリヤー・バイやたまご姫が潜んでいたような高い木が冥界を表していることはドイツの「魔法の木」のような民話からも分かるが、【白雪姫】話群で、死の眠りについた娘を入れた柩を木の上に安置したと語られることがあることからも伺い知ることが出来る。フランスの「魔法の靴下」では、猟師が木の下を通りかかって枝の上に何か光っていることに気付き、木の上で死の眠りについていた娘をおろして、目覚めた後に妻にしており、「小さな太陽の娘」と共通している。

 

 スーリヤー・バイが育った鷲の巣は高木の上にあり、出入りするには七つの鉄のドアを開け閉めせねばならない。これはメソポタミア近辺の信仰〜現在でもキリスト教、ユダヤ教、イスラム教に受け継がれている〜において、冥界への道には七つの扉がある(七層の世界を通り抜けねばならない)とされていたことと恐らく関連している。説話の中の冥界は、広大な森の中心や海の向こうの黄金(青銅)の城、周囲を堀や高い塀で囲まれた屋敷、鉄の門に閉ざされた家、出入り口のない高い塔など、外界から頑強に隔絶された場所として語られることが多い。そしてその出入り口を猫や犬やライオンや竜が守っている。スーリヤー・バイが住んでいた鷲の巣も、人間の世界から《境界を越えた》先、鉄の七重の扉に閉ざされた高木の上にあり、小犬と小猫がいた。なにより、スーリヤー・バイ自身が死んだ状態でそこに横たわった。

(余談ながら、鷲がダイヤの指輪を探しに行った紅海は、現実の紅海とは異なる場所のように思われる。というのも、説話の中に現れる紅海は、血のように赤く、その上に鎖で吊るされた不思議な城があったり、ライオンと龍が戦っていたりと、どうも《世界の果て》、異界(冥界)として語られているものだからだ。ギリシアの伝承では、紅海は世界を囲む大海オケアノスのほとりとされており、そこで太陽神ヘリオスが沐浴し馬を洗うとされていた。つまり太陽が沈む・休む、想像上の場所だったようなのである。)

 

 ところで、娘が高空にある幾つもの扉に閉ざされた家に猫や犬と共に住んでいて、扉を順番に開けて行くが、一人の悪い男のためにサイクルが一度途切れてしまう、というと、私は以下の伝承を思い出す。

月の十五の扉  中国 遼寧省

 月には一人の娘がいて、天狗(天の犬)と共に番をしている。月には十五の扉があり、毎日一つずつ開けていって、全部開けてしまうと今度は毎日一つずつ閉めていく。ところがヤンという若者が時々娘を覗き見に行く。すると娘は怒って全ての扉を閉めてしまう。これが月食である。


参考文献
世界の太陽と月と星の民話』 日本民話の会/外国民話研究会編訳 三弥井書房 1997.

 スーリヤー・バイは太陽の娘と呼ばれ、額に宝石を輝かせていたが、「小さな太陽の娘」の物語には月の女神のイメージも混入しているのではないだろうか。

 

 鷲が子供をさらうモチーフに着目すれば、以下のような類話もある。

鷲の育て子  イスラエル

 子供のない夫婦がいた。妻はある日、食べると子供を産むという林檎を物売りから二つ買った。ところが二つとも夫が食べてしまったのだ。夫は外で密かに女児を産み、赤い産衣を着せてから木の下に置き去りにした。女児は鷲の夫婦に拾われ、木の上で育てられた。

 月日が流れ、一人の王子が馬に乗って通りがかった。木の傍の池で馬に水を飲ませようとすると、馬が怯える。水面に木の上の娘の姿が映っていたのだった。王子は彼女を誘ったが、鷲の夫婦に叱られると言って決して木から降りてこない。

 王子は城に帰ると、私は不治の病になりましたと母親に告げた。木の上に素敵な娘がいたのに、決して降りてこないのですと。母親はそれを聞くと、羊を買って例の木の下へ行った。そこで羊の屠殺を始めたが、なんと、首ではなく足を切ろうとしている。木の上から様子を見ていた娘は、思わず「それでは駄目だわ」と口を出した。「じゃあ降りて来て、どうすればいいのか教えてちょうだい」と母は言った。娘は渋々、素早く降りて作業を終えると、また急いで木に登ってしまった。次に母親は鍋を火にかけたが、なんと、鍋は上下逆さまだった。娘はまた黙っていられなくなり口を出す。そうして木から降りてきたところを母親が捕まえ、城に連れ帰った。娘は王子と結婚し、子供も二人産まれた。

 そんなある日、王子は巡礼の旅に出ることになり、妻に何でも願いの叶う魔法の指輪を渡して旅立った。やがて嫁姑の仲はうまくいかなくなり、妻は指輪で新しい城を出すと子供たちと共に移り住んだ。母は三頭の羊を殺して埋め、嫁の服を着て嫁に化けると、帰ってきた息子に「お姑さんも子供たちも死にました」と嘘をついた。こうして息子と夫婦生活を送り、ついに子を身ごもったのである。

 妊娠すると、彼女は隣家の庭に見える見事な葡萄が食べたくて仕方なくなった。そこで王子は奴隷を隣家へ遣わし、葡萄を分けてくれるように頼んだ。ところが、実はこの隣家は本当の妻と子供たちの移り住んだ魔法の城だったのだ。本当の妻は奴隷に全ての真実を話したが、同時に奴隷の舌を切り落とした。そのため、戻ってきた奴隷は王子に真実を告げることができなかった。王子はまた別の奴隷を送ったが同じことになった。こうして全ての奴隷が同じ目に遭い、とうとう王子自らが隣家へ行った。彼は全ての真実を知り、母親を焼き殺した。


参考文献
『世界の民話 イスラエル』 小沢俊夫/ 小川超編訳 株式会社ぎょうせい 1978.

※見事な葡萄の実った庭のある魔法の城は、ラプンツェルの実家の隣にあった魔女の菜園と同じく、女神の園〜冥界の暗示である。妻と子供たちは姑に殺されていたわけだ。その城を訪ねた奴隷たちが舌を切られるのも死の暗示と言える。

 魔法の果実を食べた《男》が子供を産むくだりは『西遊記』の子母泉のエピソードを思い出さされるが、ギリシア神話の天空神ゼウスが自身の頭や腿から子供を産んだり、北欧神話の奸智の神ロキが女神や雌馬に変身しては子を産んでいる点をも彷彿とさせる。この異常な誕生は、産まれた子供が特別な存在〜神の申し子であることを表しているのだろう。この子供は赤い衣を着せられ、鷲によって高木の上で育てられる。赤い色は炎のイメージ、鷲は天空神の化身とされることが多い。高木の上は異界〜冥界のイメージだ。つまりこの娘が神の子、太陽の化身である暗示とみなせる。


参考 --> 「ブルブル」「白檀の木」<小ネタ〜鷲の育て児

 以上の話に死の眠りのモチーフはないが、全体の構成は「小さな太陽の娘」とよく似ており、かつ、娘が魔法の指輪で城を出して移り住むくだりは、『千夜一夜物語』版の眠り姫類話と共通している。姑が嫁と孫たちの殺害を目論むくだりは「眠れる森の美女」と共通しているし、姑が息子の妻になる異様な展開は、「太陽と月とターリア」や「小さな太陽の娘」で、眠り姫を迫害するのが王の古妻である点を彷彿とさせる。

 

 最後に、インド神話における太陽の娘スーリヤーについて。彼女は太陽神スーリヤの娘であり、同じく太陽神であるプーシャンの妻だという。また、アシュヴィン双神の御す鷲(または馬)の曳く三座三輪の戦車に同乗するともされる。

 太陽神に仕える小女神という点で、彼女はギリシア神話で太陽神アポロンに仕える女神ターリア(タレイア)を思わせるかもしれない。ターリアは芸術の九女神ムーサ(ミューズ)の一人ともされるが、インドの『リグ・ヴェーダ』によれば、太陽の娘は詩的霊感を授けるとされる。また、アシュヴィン双神は医療の神としても知られ、天空を馬車で飛翔しながら甘露を降らせて世界を育むとされるが、アポロンも医療(生命)と関わり深い神である。なお、ギリシアの伝承では、暁の女神エーオースは太陽神ヘリオスに先んじて天空の門戸を開け、《光》と《輝かしいもの》という二頭の馬が曳く馬車で天空を駆けるとされる。インド神話で対応するのは女神ウシャス。彼女は太陽神スーリヤの妻とも恋人とも母ともされる。

 つまり、太陽の娘とは「朝の太陽」を比喩したものとイメージできる。



参考 --> 「タムとカム



第九の警備頭の話  アラビア 『千夜一夜物語』

  かつて、彼女の夫の襲撃にも拘らず妊娠できない女がいた。そこである日、彼女はアラーの神に祈って言った。

「亜麻の匂いに耐えられない子でもいいから、私に娘を授けてください!」

 このように亜麻の匂いについて話しながら、たとえその女の子が亜麻の鎮痛剤の匂いに喉を掴まれて殺されてしまうほどに繊細で敏感だったとしても、自分には娘が必要なのだと言うのだった。

 間もなく女は妊娠して、昇る月のように綺麗で、月光のように白く繊細な女の子を安産で産んだ。

 彼女が十歳くらいで小さなシットゥカーンと呼ばれていた時、サルタンの息子が窓の下を通って彼女を見て恋い焦がれ、宮殿に戻って病気になった。

 医者という医者が彼のベッドの傍で成功の実を結べなかった。しかしついに、ある運搬人の妻によって派遣された老婆が王子を訪ね、あれこれ聞いた後で言った。

「あなたさまは恋をしておられます。でなければ、周囲の親しいどなたかがあなたさまに恋をしているのでございます」

「私は恋をしている」と、彼は答えた。

「私に彼女の名前をお話しください」と老婆は頼んだ。「私はあなたさまとその方の間を取り持てるかもしれません」

「彼女は美しいシットゥカーンだ」と彼は答え、老婆は彼を慰めて言った。

「あなたさまの目に活力を戻し、あなたさまの心臓を落ち着かせてください。私が彼女を連れてまいりましょう」

 それから彼女は出かけて、少女を探した。彼女は母親の家の扉から外に散歩に出ていた。平和への祈り[サラームと挨拶の後、老婆は言った。

「アラーは多くの美を守護しますよ、娘よ! あなたのような愛らしい指をした女の子は、亜麻を回して糸を紡ぐことを覚えなければね。錘の糸紡ぎに慣れた指ほど素敵に見えるものはありませんよ」

 そして彼女は離れて行った。すぐに娘は母親のところへ行って言った。

「お母さん、私を女先生のところへ連れて行って」

「何の先生?」と彼女の母親は尋ねた。

「亜麻の先生よ」と娘は答えた。

「そんなことを言うんじゃありません!」と女は叫んだ。「亜麻はあなたには危険なのよ。その匂いはあなたの胸に致命的で、触れれば殺されるわ」

 しかし娘は「私は死なないわ」と言って母親をなだめた。そして亜麻の先生のところに行かせてくれるように泣いてせがんだ。

 

 白い女の子は一日中そこにいて、錘を回すことを学んだ。そして同輩の弟子たちは、彼女自身とその指の美しさに驚嘆した。ところが、亜麻の一片が彼女の爪の一つの裏に入った途端、彼女は気を失って床に倒れた。

 人々は彼女が死んだと思って、彼女の父と母のもとへ送り、言った。

「アラーはあなた方の命を延ばしたもう! 来て、お宅のお嬢さんを受け取ってください。死んでいますから」

 男と彼の妻は、彼らの唯一の喜びを失った悲しみで自らの衣服を引き裂き、災厄の風に打ちのめされて出向いて行くと、娘を葬った。しかし老婆が彼らに会い、そして言った。

「あなた方は裕福な方たちです。ですから、美しいお嬢さんを墓土の中に横たえるのは恥となるでしょう」

「それではどうすれば?」と彼らは尋ねた。そして老婆は答えた。

「河の流れの真ん中に彼女のための施設を建てて、あなたが彼女を訪ねることができるように、ベッドに彼女を寝かせなさい」

 そこで彼らは川に柱を突き立てて大理石の施設を建てた。そして緑の芝生を庭に植え、娘を象牙のベッドの上に据えて、泣くためにしばしばそこを訪ねた。

 

 さて、何が起こっただろうか?

 老婆はまだ恋の病にかかったままの王子のところへ行って、彼に言った。

「お嬢さんに会うために、私と一緒に来てください。彼女はあなた様を待っています。川の流れの真ん中の施設の中に横たわって」

 王子は立ち上がって、彼の父親の宰相ワジールに、彼と共に散歩に行くように命じた。二人は一緒に出かけて、施設へ行く老婆の後を追った。そして王子は言った。

「ドアの外で待っていてくれ。そう長くかからないから」

 彼は施設に入り、象牙のベッドの傍で泣き始めた。そしてあまりの美しさへの讃嘆から詩句を思い浮かべた。彼はキスするために彼女の手を取り、細く白い指に彼の手を通して、彼女の爪の裏に挟まったままの一片の亜麻を発見した。彼は怪しんで、そっと引き抜いた。

 たちまち娘は気を取り戻して象牙のベッドに身を起こした。彼女は王子に微笑み、囁きかけた。

「私はどこにいるのでしょうか?」

「きみは私の側にいるんだ」と彼は答え、彼女を抱きしめた。

 彼は彼女にキスし、彼女と共に寝た。そして彼らは四十日と四十夜の間、共に留まっていた。それから王子は彼の愛しい人から離れ、こう言った。

「宰相がドアの外で待ってるんだ。私は彼を宮殿に連れ帰して、戻ってくるよ」

 彼は宰相を見つけ、庭を横切って門の方へ歩いて行った。そこにはジャスミンと白薔薇が彼に見せるべく生い茂っていた。これらの光景は彼を心動かし、彼は同行人に言った。

「白い薔薇とジャスミンはシットゥカーンの頬のようだ! 私がシットゥカーンの頬を見に行く間、三日間ほど待っていてくれ」

 彼は再び施設に入ってシットゥカーンと共に三日留まり、白薔薇とジャスミンのような彼女の頬を称賛した。

 彼は宰相と再会して共に庭を横切って門へ向かった。そこには稲子イナゴ豆の黒い長い実が、彼に見せるべく天に伸びていた。彼はその光景に心動かされて言った。

「黒く長い稲子豆はシットゥカーンの眉のようだ。おお宰相よ、私がシットゥカーンの眉を見に行く間、ここで更に三日待っていてくれ」

 彼は再び施設に入って娘と共に三日留まり、長く黒く双つ生った稲子豆のような彼女の完璧な眉を称賛した。

 彼は宰相と再会して共に庭を横切って門へ向かった。そこには噴水の単水流が彼に見せるべく噴き上がっていた。彼はその光景に心動かされて言った。

「噴水から噴き上がる水はシットゥカーンの腰のようだ。私がシットゥカーンの腰を見つめに行く間、ここで三日ほど待っていてくれ」

 彼は再び施設に入って娘と共に三日留まり、噴水から噴き上がる水流のように細い彼女の腰を称賛した。

 それから、彼は宰相と再会して共に庭を横切って門へ向かった。しかしシットゥカーンは、恋人が三度戻ってきたのを見た時、内心で呟いた。「何が彼をここに引き戻すのかしら?」。そこで今、彼女は彼を追って施設の階段を下り、何かがあるらしい庭に通じるドアの陰に隠れた。

 王子は偶然振り向いて、彼女の顔を見つけた。彼は青ざめて取り乱した彼女の方に戻って、悲しげに言った。

「シットゥカーン、シットゥカーン。私は二度ときみに会うことはない。二度と、二度と再び」

 彼が宰相と共に立ち去ると、彼の心は二度と返らなくなった。

 シットゥカーンは庭をさまよい、泣いて、寂しくて、自分があの時本当に死ななかったことを悔やむばかりだった。水辺を歩いていると、何かが芝の上できらめくのを見て拾い上げた。それは魔法の指輪だった。彼女は紅玉髄カーネリアンの飾りをこすった。すると指輪は口をきいて言った。

『我を見よ。何を望むか?』

「おお、精霊王[スライマーンの指輪よ」とシットゥカーンは返した。

「私は宮殿を建ててほしいの。以前は私を愛していた王子様の宮殿の隣に。そして私を以前よりも美しくしておくれ!」

『目を閉じて、そして開くがよい!』

 指輪は言った。そうしてみて、娘は自分が王子の宮殿の隣の、壮麗な宮殿にいることに気が付いた。彼女はそこにあった鏡を見て、自分の美しさに驚嘆した。

 失われた愛が馬に乗って通りかかるまで、彼女は窓にもたれていた。王子が彼女を見たとき、彼は彼女を覚えていなかったが、愛を感じて、自分の母親のもとへ急ぐと言った。

「新しく建った宮殿に住んでいる女性に贈れるような、何かとても綺麗なものがありませんか? それから、彼女に私と結婚するように頼んでもらえないでしょうか?」

「私は二反の高級な錦を持っているわ」と彼の母親は答えた。

「これを彼女に持って行って、あなたの求婚を推し進めましょう」

 少しも時を移さずに女王はシットゥカーンを訪ねて、こう言った。

「娘や、私はあなたがこの贈り物を受け取って、私の息子と結婚してくれることを願うわ」

 娘は彼女の黒人奴隷を呼んで錦を渡し、切って雑巾にするように命じた。それで女王は怒って彼女の家に帰った。

 息子は、彼の恋い焦がれる女性が金糸織りに召使いへのサービス品になる運命を辿らせたと知って、もっと豪華な贈り物をするように母親に頼んだ。そこで女王は再び訪問し、傷のないエメラルドのネックレスを持って行った。

「この贈り物を受け取ってちょうだい、娘や。そして私の息子と結婚しておくれ」

 彼女は言い、シットゥカーンは答えた。

「おお、奥さま。あなたの贈り物を受け取りましょう」

 彼女は奴隷を呼ぶと言った。

「鳩たちはもう餌を食べたかしら?」

「まだです、ご主人様」と奴隷が答えた。

「彼らにこの緑のゴミを持って行って!」

 シットゥカーンは言った。

 彼女がこのとんでもない発言をしたとき、女王は叫んだ。

「あなたは私たちを足蹴にしました、娘よ。今すぐに、せめて私にはっきり言ってください。私の息子との結婚を望んでいるのかいないのか」

「あなたが私と彼の結婚を望むのなら」とシットゥカーンは答えた。

「彼が死んだふりをするように命じてください。七重の屍衣を着せ、葬列で嘆きながら街を通って、私の宮殿の庭に、彼の親族によって葬ってください」

「彼にあなたの条件を話します」と女王は言った。

「どう思いますか!」と、帰ってきた母親は息子に叫んだ。

「あなたがあの娘との結婚を望むなら、あなたは死を装わねばならない。あなたは七重の死衣をまとい、嘆きの葬列で街を運ばれ、彼女の庭に葬られねばならない!」

「それだけですか? 愛する母上」と王子は大喜びで尋ねた。

「あなたの衣服を引き裂いて泣いてください。そして叫んでください。『私の息子は死んだ!』って」

 女王は自分の衣服を掻き毟り、悲痛な甲高い声で泣き喚いた。

「災厄かな不幸かな! 私の息子は死んだ!」

 宮殿の全ての人々がその場に駆け集まって来て、王子が床の上に大の字になって女王がその上で泣いているのを見た。身体を洗い七重の屍衣で包んで、長老と聖典コーラン読みが連れ立ってやって来ると葬列を作り、特別なショールで覆われた若者を運んで街じゅうを巡った。最後に彼らは荷物をシットゥカーンの庭に据え、彼らの領域に立ち去った。

 間もなく、かつて一片の亜麻によって一度死んだ、ジャスミンと白薔薇の頬の、双つ生った稲子豆の眉の、噴水から噴き上がる細い水流の腰の娘が王子のもとに下りてきて、一枚また一枚と七重の屍衣を開いた。

 そして「あなたかしら?」と彼女は言った。

「あなたは女性のために遥か遠くまで行くことができる。彼女たちがお好きに違いないわね!」

 王子は狼狽して彼の指を噛んだ。しかしシットゥカーンは彼をなだめ、言った。

「それは今回は重要じゃないわ!」

 そして彼らは愛の喜びの中、共に暮らした。



参考文献
Edward Powys Mathers: The Book of the Thousand Nights and One Night: London 1964, v. 4, p. 390 ff.
The Ninth Captain's Tale」/『maerchenlexikon.de』(Web)
『完訳 千一夜物語 13』 豊島与志雄/渡辺一夫/佐藤正彰/岡部正孝 訳 岩波文庫 1988.

※マルドリュス版の940〜954夜「バイバルス王と警察隊長たちの物語」の九番目の話中話となる。指先に亜麻の繊維が挟まって死の眠りにつくモチーフは南欧の「太陽と月とターリア」「ペルセフォレ」と全く同じで、非常に興味深い。以下に紹介するイタリアの民話は、神に子宝を願うくだりもそっくりである。

眠れる美女と子供たち  イタリア カラーブリア地方

 昔、ある所に王と女王がいて、子宝に恵まれなかった。そのため王宮は常に通夜のようで、みなが絶望していた。女王は夜昼となく祈りを捧げたが、あらゆる聖人が聞こえぬふりをしたので、もはやどの聖人に祈っていいのかさえ分からなくなり、ある日とうとう、こう祈ってしまった。

「聖母さま、なにとぞ私に娘をお授けください。十五歳で糸巻き棒の尖った先に刺されて死ぬことになっても構いませんから!」

 するとたちまち身ごもって、それは美しい女の子が生まれた。盛大に洗礼式を行い、カローラと名付けた。またとない授かりものを得て、王と王妃ほど満ち足りた心の持ち主は他にこの世にいなかった。

 幼子は一日に四日分も成長して日ごとに美しくなった。十五歳を迎えようとした時、女王は自分の掛けてしまった願のことを思い出した。それを打ち明けられた時の王の悲しみときたら、とても口で言い表せるものではなかった。王国中の糸巻き棒を破壊しろとのお触れが出され、もし隠し持っている者があれば首を切る、今まで糸巻き棒で暮らしを立てていた者には、申し出れば食べられるだけの保証を与えると布告された。

 しかしこれだけでは安心できず、万全を期すために、王は娘を鍵のついた部屋に閉じ込め、誰にも会わせようとしなかった。

 独りぼっちのカローラは、窓から外を眺めて憂さを晴らしていた。すると向かいに住んでいる老婆が日向ぼっこをしながら糸を紡いているのが見えた。ご存じのとおり、老婆たちの中には、自分のことばかり考えて、たとえこの世が滅ぼうとも他のことには見向きもしない者がいるのだ。

 カローラは生まれて初めて糸紡ぎの道具を見たので、物珍しそうに尋ねた。

「おばさん! おばさん! 何をなさってらっしゃるの?」
「この綿くずの塊を紡いでいるのだよ。でも、誰にも言ってはいけないよ!」
「私にも少しやらせてくださらない?」
「ああ、いいとも娘さん! ただ、人に見つからないようにしておくれ!」
「じゃ、おばさん、私が下の通りへ籠を下ろしますから、その道具を中へ入れてくださいな。お礼の方も入れておきますね」

 そこで、老婆にあげるお金の袋を下ろして、糸巻き棒と綿くずの塊を引き上げた。そしてすっかり嬉しくなって紡ぎ始めた。まず最初の糸を紡ぎ、二番目の糸も紡いで、三番目のを紡ぎかけたとき、手が滑って、糸巻き棒の先が右手の親指の爪の下に刺さってしまった。途端に、娘は床に倒れて死んだ。

 いくら扉を叩いても返事がないので王が調べてみると、部屋は内側から留め金が掛けられていた。紡いでいるところを見られまいとして娘が掛けたのだ。扉を壊して中へ入ると、カローラが床に倒れ、糸巻き棒の傍に息絶えていた。

 王と女王の嘆きは言いようもなかった。可哀想に、娘は相変わらずの美しさで、まるで眠っているだけのように見えた。触れても頬は冷たくない。だが息はなく、心臓の鼓動も途絶えている。魔法にかけられたように思えた。

 哀れな両親は何週間も娘の枕元に付き添って蘇るのを願ったが、目を開けはしなかった。しかしどう見ても死んだとは思えなかったので、埋葬はしなかった。ある山の頂に城を建てさせ、高い所に窓を一つだけ穿たせた。そして黄金の刺繍の天蓋が付いた花で埋もれた大きなベッドに娘を寝かせて、銀の小鈴を沢山吊るした七枚のスカートの花嫁衣装を着せた。薔薇の花びらにも似たあのふくよかな頬に最後の口付けをすると、王と王妃は城の外に出て、ただちに出入口を塗り込めて塞いだ。

 それから随分月日が経ったある日のこと、年若い別の王がその辺りへ狩りにやってきて、たまたま例の城の下に立った。

(何だろう、これは? 入口がなくて窓も一つしかない城なんて? 一体何だろう?)

 猟犬たちは城の周りでいつまでも吠えたてた。若者は中に何があるのか見たくてたまらなかった。でも、入口はなく窓は高い。どうすればいいだろう。

 あくる日、若い王は絹の縄梯子を用意して戻ってきた。それを窓に投げ、上までよじ登ってみた。

 太陽のように美しいあの娘が、バラの花のように爽やかな顔立ちで、血とミルクのような頬をして、花々に埋もれて眠っていた。それを目にしたとき、若い王は気が遠くなって危うく落ちるところだった。勇気を奮ってそっと忍びこみ、娘の額の上に片手を置くと、幽かな温もりが感じられた。

(どうやら、まだ死んでいない!)

 そう思うと、いくら眺めても見飽きなかった。そうして日暮れまで目を覚ますのを待ったが、一向に起きる気配はなかった。若い王は、あくる日もそこへ行った。また次の日も。今や一時いっときも彼女から離れてはいられなくなった。口付けをして、貪るばかりに見つめていた。要するに、彼女を愛してしまったのだった。若い王は母親と二人で暮らしていたのだが、息子を毎日家の外に連れ出し、日ごとに責め苛んでいる苦しみの元が何であるのか、母である女王には分からなかった。

 ところで、この若い王の愛があまりに深かったものだから、眠れる美女に男女の双子が産まれた。今までに見たこともないほど美しい子供達だった。しかし誰がお乳をあげればいいというのだろう、母親は死んだように眠っているというのに。赤ん坊は泣いた。また泣いた。けれど母親には聞こえなかった。幼い小さな口は何か吸うものを探し求めた。そのうちに男の子の方が母親の手を見つけて、親指を吸い始めた。そうしてしきりに吸っているうちに、爪の下に刺さっていた糸巻き棒の先が抜けた。眠っていた美女は目を覚ました。

「まあ、よく眠ったこと!」と、目をこすりながら言った。「一体……ここはどこかしら? 塔の中? この二人の子供たちは誰の子なの?」

 訳が分からずに呟いていると、若い王がいつものように絹の縄梯子を伝って昇って来た。そして部屋の中へ跳び下りた。

「どなたです? 私に何の御用?」
「ああ! 生き返ってくれた! 口をきいてくれたね! 僕は幸せだ! 愛しい人よ!」

 最初の驚きが去ると、二人は語り合い、互いに王家の血筋に生まれたことを知って喜び合い、若い夫婦として抱き合った。そして男の子の方には太陽ソーレ、女の子の方にはルーナと名を付けた。

 王は、一度宮殿に戻って素晴らしい贈り物を持って迎えに来るから、そのうえで結婚式の手順を決めようと約束をした。しかし、哀れなカローラは本当に不運な星の下に生まれていたのだ。宮殿へ着くなり王が病の床に倒れてしまったのである。それはそれは重い病だったので、意識も殆どなく、食べ物もろくに摂れず、ただうわごとのように繰り返すばかりだった。

  おおソーレ、おおルーナ、おおカローラ、
  お前たちを食卓に迎えることさえ出来れば!

 母の女王はこの言葉を聞いて、息子は魔術で呪われてしまったのではないかと疑い、彼が毎日出かけていた森の中の場所を突き止めさせた。そして物淋しい城の中に見知らぬ女が住んでいて、愚かにも息子がその女に恋をして、二人の子供までもうけてしまったことを知った。女王は冷酷非情な方であったので、激しい憎しみに取り憑かれた。そこで密かに兵士たちを差し向け、王が病の床にあって会いたがっているので、息子のソーレを差し出すように命じた。カローラは泣く泣く承知して、息子を兵士たちに渡した。

 兵士たちの帰りを、女王は宮殿の階段の上で待ちかねていた。そして男の子を受け取るや、料理人の所へ持っていった。

「これを、王のために丸焼きにするのだよ」

 しかし料理人は立派な男で、子供を殺すような心を持ち合わせていなかったから、子供は妻に渡して育てさせ、王の所へは仔羊を丸焼きにして持って行った。王はいつものように、食べ物を見るとため息をついて言った。

  おおソーレ、おおルーナ、おおカローラ、
  お前たちを食卓に迎えることさえ出来れば!

 母の女王は皿を差し出しながら言った。「食べるのですよ、さあ、お前のものをお食べなさい!」

 若者はその言葉を聞いて母親に目を向けたが、何のことやら分からなかった。

 あくる朝、あの残忍な女王は同じ兵士たちを森の城へ送って、女の子を連れて来させた。これも料理人に助けられて、代わりに別の仔羊が丸焼きにされた。再び女王は言った。「食べるのですよ、さあ、お前のものをお食べなさい!」。すると蚊の鳴くような声で、王が、何を言っているのですかと尋ねた。しかし母親は答えなかった。

 三日目には、若い女を連れてくるよう命じられて、兵士たちは城へ向かった。可哀想にカローラは怯えきって、例の銀の小鈴を吊るした七枚のスカートの花嫁衣装で、兵士たちの後に従った。女王は階段の上で待ちかねていたが、カローラを見るや、いきなり平手打ちを喰らわせた。哀れな女は尋ねた。

「何故、私を打つんです?」
「何故、ですって? 私の息子に魔法を掛けたくせに。醜悪な魔女め。息子は死にかけているのですよ! でも、すぐに見せてあげますからね、あなたがどんな末路を辿るのか」

 そう言って、女王は煮えたぎるピッチの大釜を指差した。

 その頃、王の部屋には女王の命令で楽隊が入れられており、病人の心を慰めるための音楽が奏でられていて、彼には何も聞こえていなかった。

 さて、自分の処刑のために用意された大釜を見た時のカローラの驚きと絶望と言ったら、口では言い表せぬものだった。

「そのスカートを脱ぎなさい!」と、女王が言った。「ピッチの中に飛び込むのだよ」

 若い女は震えながら従った。最初のスカートを脱ぐと、銀の小鈴が音を立てた。王はぼんやりとその音を聞いた。そしてどこかで聞いた音だと思った。しかし目を開くとまだ楽隊が大きな音を立てていたので、気のせいかとも思った。

 若い女が二枚目のスカートを脱いだ。鈴は前よりも激しく鳴った。王は首を起こして、あれはカローラのスカートの鈴の音に違いない、と思った。だが楽隊がシンバルを打ち鳴らしたので、よく聞き取れなかった。しかし、更にはっきりと鈴の音が聞こえたような気がして耳を澄ました。

 こうして若い女は七枚のスカートを一つ一つ脱いでいき、その度に鈴は大きな音を立てた。そして最後には、宮殿を揺るがすほどに大きな音を響かせた。

「カローラ!」

 そう叫んで、王はベッドを跳び下りた。病気のために足元はおぼつかなかったが、かろうじて階下へ降りた。すると愛する女が、今まさに大釜の中へ投げ込まれようとしているではないか。

「待て!」 そう叫んで剣を握るや、女王に切っ先を突き付けながら言い放った。「これはどういうことですか。説明してください!」

 そして大切な子供たちが料理されてしまったことを知って、調理人を殺すつもりで調理場に走った。けれども子供たちが元気であると知らされると、喜びのあまりに気が違ったように大きな笑い声をあげて踊りまわった。

 大釜の中には女王が投げ込まれた。それは当然の報いである。料理人は素晴らしい贈り物をいただいた。そして王は、カローラとソーレとルーナと一緒に、幸せな一生を送った。

 

  長い話もあれば短い話もある、
  私の話が終わったからには、次はあなたが話す番。


参考文献
『イタリア民話集(下)』 カルヴィーノ著 河島英昭編訳 岩波文庫 1985.

※神の申し子として生まれたカローラは、一日で四日分もの成長をし、たちまち十五歳(年頃)の娘になる。この異常成長のモチーフは、「瓜姫物語」や「桃太郎」、韓国の神話などにも現れているものだ。窓一つしかない閉ざされた城は冥界(墓所)を暗示している。ピッチの煮えたぎる大釜も冥界、特に地獄の暗示である。地獄ではピッチが煮えているという観念がある。女王が嫉妬の憎しみから孫を調理させ、それを「お前のものをお食べ」と息子に食べさせるくだりは、ギリシア神話の女王メディアのエピソードや、グリムの「杜松の木」を思い出させる。


参考 --> 「太陽と月とターリア

 眠るカローラは花嫁衣装として七枚のスカートを着せられ、出入り口のない城に安置される。同様に、シットゥカーンの王子も七重の屍衣を着せられ、棺桶に安置された。これは「小さな太陽の娘」の七つの鉄の扉と同じで、冥途にある七つの門から来ていると思われる。女神イナンナの冥界下りの神話にもあるように、死者は冥界への門を潜る度に身に着けていた衣服を一つずつ外していくとされていた。このように、異界へ所属を変更させる際に裸になると語る伝承は多い。《死んだ》王子の衣を一枚一枚脱がせていくことで、彼を《蘇らせた》というわけだ。これは或いは、[ニーベルンゲン伝説]や【白雪姫】で、体を締め付けていた衣服を脱がせると死の眠りから覚めるモチーフとも繋がっているかもしれない。

 元々、一度死んで蘇ったのはシットゥカーンの方だが、その後で逆転が起こっている。立ち去りかけた王子の様子を彼女が覗くと、王子はたちまち、もう二度と会えない、と言って立ち去ってしまう。そして次に会った時には彼女のことを忘れている。物語上では、これに「シットゥカーンの容姿が変わっていたから」「王子は浮気性だから」という辻褄合わせを加えているのだが、恐らく後付けの設定だろう。このシーンにはどうも、オルペウスやイザナギが、見てはならない冥界の妻の姿を見てしまったために永遠に引き裂かれた、あのモチーフと同根のものが感じられる。

 説話の世界では、冥界からこの世に戻った時、あるいは死んで冥界に行った時、前の世界でのことを忘れてしまうと語られることが多い。つまりここでは生者と死者の立場の逆転が起こっていて、シットゥカーンが見てはならない姿を覗き見てしまったために王子は冥界(異界)へ去ってしまったのである。シットゥカーンはそれを追い、彼を《蘇らせた》。シットゥカーンのことを思い出すというのは、そういうことだろう。

 

 ところで、物語の最後、シットゥカーンを思い出して指を噛む王子を止めて彼女が言うセリフ。岩波文庫版では「今度だけは、見のがしてあげます」と訳しているのだが、どうなのだろう。私は、文中明記されていないものの、恐らく王子がシットゥカーンを蘇らせた方法が、彼女の指先を口に含んで麻の繊維を吸い出すというものだったのであり、それを踏まえて、王子が自分の指を噛んでくわえたのを見たシットゥカーンが「今回はそれは必要ではない(もうあなたは甦っているから)」と言ったというオチなのだと思ったのだが。「太陽と月とターリア」や「ペルセフォレ」などの類話では赤ん坊が指を吸ったおかげで眠り姫は目覚めているからだ。

 

参考 --> 「鷲の育て子




おまけ

 以下に紹介するのは、フランスのオーノワ夫人(マリー・キャサリン・ドヌワ男爵夫人/ドルノワ夫人)が、ペローが童話を発表していたのとほぼ同時期の1697年に刊行した『新しい物語集、あるいは現代風の妖精たち』に収めていたものだ。民話を元にしたファンタジー小説集である。全体的には【眠り姫】話群に属するとは言えず、むしろ『グリム童話』の「小さな兄と妹」や、或いは「人狼の皮」系統に感じられるが、冒頭の、不妊に悩む王妃が子宝の啓示をザリガニから受けるシーンが、グリムの「いばら姫」第二版までの冒頭と類似しているというので、【眠り姫】の論考文にしばしば名が挙げられている。だが実際の内容がどんなものかに触れられることがないので、今回、古い英訳版からの重訳になるが翻訳して紹介してみることにした。

 ちなみに、冒頭に【運命説話】モチーフ…「眠りの森の美女」や「いばら姫」にあるのと同じ、誕生の際に現れた女神の一人が子供に不運を授けるエピソード…が入っている話は、オーノワ夫人の童話集のうち「爛漫の姫君」にも見える。こちらの話は「森の牝鹿」の別バージョンと言っていいかもしれない。オーノワ夫人のこの二つの童話に登場するキャラクター名は、チャイコフスキー作曲のバレエ版『眠りの森の美女』に取り入れられているので、世間的に古くから類話と見なされていたようだ。これも併せて英訳版から重訳して紹介しておく。

 

 オーノワ夫人の物語集の英訳版は、グーグルが電子ブック化しており、(かなり読みにくいが、一応)無料で閲覧できる。

 なお、アンドリュー・ラングはこれを「白い牝鹿」というタイトルで『だいだいいろの童話集』(1906年)に収めている。大筋は同じだが細かい部分を意訳・抄訳してアレンジしているようだ。ちなみに、そちらでは泉の妖精の仮の姿はザリガニではなく蟹である。「爛漫の姫君」のラング版も『あかいろの童話集』(1889年)に収録されている。ラングの童話集は日本語翻訳版が出版されているようだ。



森の牝鹿  フランス オーノワ夫人

 昔々、とても幸せな王と王妃がいた。彼らは互いに心から愛し合っており、臣民たちに敬慕されていた。だが、誰もが彼らに跡継ぎがいないことを残念がっていた。

 王妃は、子供があれば王は更に愛してくれるだろうと確信し、地域の泉の水を飲むことを決して怠らなかった。人々が大挙して詰めかけ、地球の四分の一の人間がそこで会うことになっているほど有名なその泉は、森にあって、大理石と斑岩で囲まれていた。何故なら、誰でもその泉を飾るのが好きだったからだ。

 ある日、王妃が泉の傍で座っていたとき、彼女は従者に一人にしてほしいと頼んだ。そして愚痴をこぼし始めた。

「私はなんて不幸せなんだろう。子供が持てないなんて! 貧困の底にある女性でも有り余るほど子を持つというのに。五年間、神に祈ってきたけれど甲斐がなかったわ。私は母になる喜びを知ることが出来ないの?」

 そうこぼしていて、彼女は泉の水が揺れ動いたのに気付いた。大きなザリガニが現れて言った。

「偉大な王妃さま。あなたはあなたの望みを叶えるでしょう。
 ここから程遠く、妖精が建てた素晴らしい宮殿があります。けれど雲に覆われ、死すべき者の目で見つけることはとても難しい。しかし私はとても謙虚なあなたの召使いです。もしあなたがこの哀れなザリガニに全てを任せてくださるなら、そこへ連れて行きましょう」

 王妃は遮ることなく全てを聞いた。喋るザリガニの物珍しさにすっかり驚いて申し込みを受け入れ、しかしながらザリガニのように後ろ歩きは出来ないと言った。ザリガニは微笑んで、すぐに立派な老婦人の姿になった。

「よろしい、マダム。私は後ろ歩きしないと約束します。
 あなたの友人の一人として扱ってください。あなたの幸せを願っているばかりなのですから」

 彼女は水から出てきたが、服は全く渇いていた。ガウンは白く、深紅の線が入っており、白髪は緑のリボンでまとめられてあった。これ以上に優雅な老婦人に会うことはできないだろう。彼女は王妃を抱きしめ挨拶のキスをした。そして少しも手間取らずに、今まで見えなかった道に王妃を導いた。

 彼女は、そこでどのようにしなければならなかっただろう?

 それは妖精の道で、普段は茨や棘のある植物によって閉ざされていたが、王妃と彼女の案内人が現れると、茨は薔薇の花を咲かせ、ジャスミンとオレンジの木は葉と花のアーケードを作るために彼らの枝を分け、大地はスミレで覆われ、千羽の様々な種類の鳥が木々で魅惑的に歌った。

 驚きから立ち戻る前に、王妃の目はすっかりダイヤモンドで出来た宮殿の輝きによって圧倒された。壁、屋根、天井、床、階段、テラス、バルコニーさえ、全てがダイヤだった。王妃は大きな賞賛の声をあげずにいられず、これは幻か現実かと彼女の連れに尋ねた。「現実以外の何物でもありませんよ、マダム」と彼女は返した。

 宮殿の門が開き、六人の妖精が前にやってきた。それにしても、妖精たちは今まで見た中で最高に美しく華麗だった。彼女たちは王妃にうやうやしく会釈をし、それぞれ宝石の花の花束を渡して自らを紹介をした。それは薔薇、チューリップ、アネモネ、おだまき、カーネーション、そしてザクロだった。

「奥さま。私たちを訪ねて来てくださって感謝の念にたえません。そして、あなたが非常に美しい王女の母になることをお報せ出来るのは嬉しいことです。
 長い間《望んで》いたのですから、あなたは彼女に《望みデジレ》と名付けることになっています。
 彼女が生まれたらすぐに、私たちを呼んでください。何故なら、私たちは彼女にあらゆる良い運勢を授けたいのです。私たちを連れてくるためには、ただ、私たちが差し上げた花束を手に取り、それぞれの花の名を唱えて、私たちのことを一心に念じればよろしいのです」

 王妃は歓喜して、自分のネックレスを彼女たちの首にかけて、半時間以上も抱きしめた。

 それから、妖精たちは王妃を宮殿に誘った。それについて、どんな説明をしようとも充分にはならないだろう。責任を負って太陽をデザインした創造者は、その天体を本当に小型化して複写した。輝きは王妃には殆ど手に負えず、ずっと目を閉じていなければならなかった。

 妖精たちは庭に彼女を連れて行った。彼女はこれほど見事な果物を今まで見たことがなかった。なにしろ、杏が男性の頭より大きかったのだ。四つ割りせずにサクランボを食べることは不可能だった。そしてその風味があまりに洗練されていたので、それを食べた後は、王妃は他のどんな種類の果実も決して取りたがらなかった。まさに本物のように生い育っている、人造の木の果樹園がそこにあった。

 王妃の非常な歓喜、またどんなに小さなデジレ姫について話したか、どんなに頻繁に、彼女に快いニュース記事を伝えた親切な生き物に感謝したかは、筆舌に尽くし難い。だが愛情と感謝が忘れられることなく表現されたのは確かだ。泉の妖精は感謝されて然るべきだった。そして王妃は夜まで妖精の宮殿に留まっていた。音楽を愛する彼女は神々しい天使たちの歌声を聴いた。彼女は贈られた物を積み、接待役に感謝して、泉の妖精と共に出発した。

 

 全ての家人が彼女の失踪で苦しみ、とても心配して捜索していた。彼らは彼女に何が起こったのか想像もつかず、誰か大胆不敵な異邦人が、若くて美しい彼女を連れ去ったのではないかと恐れていた。

 そんなわけで、彼らはみんな、彼女が帰還してとても喜んだ。そして彼女にもたらされた希望が、とてもよい気質を彼女に生じさせていたので、誰もが彼女の心地よく素敵な会話に魅了された。

 泉の妖精は彼女の家の前で立ち去っていた。別れの際に挨拶と抱擁は繰り返された。王妃は八日以上泉に滞在していたので、魅力ある老婦人と共に妖精の宮殿の他も訪ねることができた。彼女はいつも最初はザリガニの姿で現れて、次に素の姿になった。

 

 定め通り、王妃は王女を産んでデジレと名付けた。王妃は花束を取って、花の名前を次々呼んだ。そして妖精たちはすぐに到着した。それぞれが異なるタイプの二輪戦車に乗っており、あるものは白鳩に引かれる黒檀の馬車、あるものは大鴉に引かれる象牙の馬車で、他は杉や籐のものだった。これらは平和な時の彼らの車で、怒っている時には飛竜、目と口から炎を発する蛇、ライオン、豹、黒豹に引かせ、それらはおはようと言うだけの僅かな時間に、地球の端から端まで彼女たちを運ぶのだった。

 だがこの時、彼女たちは素晴らしい気分の中にいた。彼女たちは贈り物を運ぶ小人たちを引き連れ、陽気に、そして荘厳に王妃の部屋に入った。王妃を抱きしめて小さな王女にキスした後に、彼女たちは新生児用品一式を示した。それは百年着られそうに見えるほど素晴らしく上質なリネンだった。彼女たちが手隙の時に織ったのだ。レースの美しさはリネンをしのぎ、針と糸巻きで施された刺繍は世界の歴史を表した図案だった。それから彼女たちは、一千人の異なる子供たちが遊んでいる図柄がはっきり刺繍された産着とベッドカバーを見せた。刺繍家がこの世に現れてからこの方、これほど素晴らしいものは何も出来ていないだろう。けれども揺り籠が現れると、王妃は喜びのあまり感嘆した。それは他の何よりも優れていた。十万の王冠分のお金が必要なほど非常に珍しい木で作られていて、それぞれ素晴らしい出来の四人の小さなキューピッドで支えられていた。それらはダイヤとルビーで出来ていたが、あまりに高く称賛するわけにはいかなかった。素材の価値よりも芸術性の方が勝っていたのだ。更に、妖精たちはそれに生命を授けていた。子供が泣いた時、それは彼女を揺すぶって眠らせ、その便利さは乳母たちに大いに評価された。

 妖精たちは小さな王女を運び、彼女たちの手で着替えさせて、百以上もキスを与えた。彼女は既にとても美しく、見れば彼女を愛さずにはいられなかったのだ。彼女たちは赤ん坊がお腹を空かせていると言い、彼女たちの杖で地面を叩いて、幼児の養育に完璧に適した乳母を出現させた。

 今は、赤ん坊に授ける贈り物が残るだけだった。妖精たちはそれを急いだ。一人が与えたのは美徳。他は知性。三番目は奇跡的な美しさ、四番目は幸運、五番目は健康と長寿を授けた。そして最後の妖精は、全ての世話を引き受け王女を成功させることを保証した。

 王妃は非常に喜び、妖精たちが小さな王女に授けた好意に一千回の感謝をしていた。その時だ。戸口につっかえそうなくらい巨大なザリガニが、部屋に入って来たのは。

「恩知らずなお妃さま」と彼女が叫んだ。「あなたは私を忘れた。あなたは私の姉妹たちを呼び出すとき、泉の妖精のこともその親切のことも思い出さなかった。あなたは彼女たちを召喚して、私を忘れた。
 あなたがそうしたのは、初めて話した時、私がザリガニの姿を装っていたからなんだろう。それであなたの愛情の目盛りは進まずに後戻りしたのだ」

 王妃は自分の失敗を激しく後悔して、彼女を遮って許しを請うた。あなたの名をつけた花が宝石の花束の中にあると勘違いしていた。恩義を忘れていたわけではない、と。友情を取り下げず、また、特に王女から守護を失わせまいと振舞った。妖精たちは、彼女が王女に悲惨で不幸な運命を授けることを恐れて、宥めるために王妃に協力した。

「愛する姉妹よ。王妃は決してあなたを不快にさせるつもりではなかった。あなたの妃殿下に怒らないで。ザニガニの扮装を捨て去って、あなたの中の美しさを見せてちょうだい」

 泉の妖精は少しばかり軽薄だったので、姉妹の賞賛は幾分彼女を宥めた。彼女は言った。

「よろしい。私はデジレの身の上に完全な災いをもたらすわけではありません。確かに彼女に危害を加えるつもりでしたし、それを妨げるものは何もなかった。
 しかし今、私はこう警告しましょう。もし彼女が十五歳の誕生日を迎える前に日の光を見たなら、彼女はそれを悔やみ、恐らく命を失うでしょう、と」

 王妃の引き裂くような悲鳴も、妖精たちの嘆願も、どちらも宣告を覆すことはできなかった。ザリガニの変装を解くことなく、後ろ向きに歩いて泉の妖精は退いて行った。

 

 彼女が消え去ってすぐに、嘆く王妃は妖精たちに助言を求めた。彼女の娘を差し迫った不幸から救う最も良い方法は何なのか。彼女たちは会議を開き、多くの議論の後、ドアも窓もない宮殿を建てて地下道を中に引き、王女を入れて、脅かす不幸が過ぎ去る運命の歳までそこで暮らすのが最良だと決定した。

 建築は開始され、杖の三打ちで完成した。それは白い大理石で、外側は緑で、天井と床は花や鳥や、沢山の可愛いものをかたどったダイヤモンドとエメラルドだった。タペストリーとカーペットは色のついたベルベットで、妖精自らが過去と未来の注目すべき出来事を刺繍した。世界で最も偉大な王(ルイ十四世)の偉業は多くのタペストリーを満たした。

(中略。ルイ十四世とフランスへの賛歌が十二行)

 賢い妖精は、若い王女に英雄と偉人の人生の様々な出来事を教える、この方法を考案したのだ。

 蜜蝋燭は光を提供し、それが強かったので、日光をほぼ免れていた。家庭教師が彼女のもとを訪れたが、知識も快活さも技術も非常に高かったので、いつも彼らが彼女に教えることを予測していた。そして教授は絶えず、他の子供なら自分の乳母の名前も知らないような年齢の彼女の、注目に値する発言に驚いた。妖精の贈り物は無知と愚鈍を含まなかった。彼女の美しさはその知性に比例していた。それに少しも引きつけられそうにない人々さえ魅了された。

 そして王妃は、決して彼女を見守ることをやめなかった。彼女がその任務についている間、王は彼女を呼ばなかった。

 善い妖精たちは、時折王女を訪ねた。彼女たちは貴重な贈り物を持ってきた。そして、エレガントで可愛い、上出来のガウンが、最も魅力的な王女の結婚式に相応しかった。

 しかし全ての妖精のうちチューリップは最も王女を愛し、そして心配して、王女が十五になる前に日光を見させないように王妃に警告した。

「私たちの泉の姉妹は執念深いのです。私たちがこの子供にどんなに気をつけていても、そう出来るなら、彼女は王女を傷つけるでしょう。そう、奥さま、これ以上の用心は不可能なんです」

 女王は王女の警護に入ると約束した。しかし彼女の最愛の娘が無事に城を出るかもしれない時が近付いたので、彼女は娘を描いた肖像画を、世界中のあらゆる大きな王室へ持って行った。

 

 王子たちはそれを見るやいなや賞賛し、中の一人は打たれたようになって、それを手放すことを拒んだ。彼はそれを自分の私室の中に置いて閉じこもり、まるでその絵が生きて意思を持つかのように、とても情熱的に話しかけた。

 王は彼の息子を滅多に見なくなり、何をしているのか、以前より遥かに陽気で快活でなくなったのは何故なのか尋ねた。廷臣たちのうち、話したがりで、しばしばそうする性格の者が王に教えた。王子は私室に一人で籠もって鍵をおかけになりますが、まるで誰かがそこにいるかのように話しておいでです。そのようにして一日中過ごしておられるので、気が違ったのではないかと大いに恐れているのです、と。この情報は王を心配させた。

「そんなことがあり得るものか。私の息子が分別を失っていると言うのか? 彼は常にとても理知的だった。お前は、どんな嘘がいつも人を驚かせるか知っているな。たとえ悲しげでも、彼は全く正気を失ってはいないように見える。
 私は彼と話さなければなるまい。そして何が悪いのか見定めよう」

 そこで王は息子を呼びにやり、廷臣たちに下がるよう命じて、二、三の質問をした。しかし王子は上の空で、とても的外れの答えを返した。その後で王は、何が彼の様子と性質の変化を引き起こしたのかを尋ねた。王子は好機の瞬間を掴んで、父親の足元に身を投げ出した。

「あなたは私とノアレ姫(黒人の王女)との結婚を決めています。
 あなたが結婚の中に見い出す利益を、私はデジレ姫とのそれにおいて約束できません。しかし陛下、私は彼女にだけ魅力を感じ、他の者には感じることができないのです」
「いや全く、そなたはいつ、その女性と逢ったのだ?」

戦士ゲリエ》王子――三つの大きな戦争で勝ったのでそう呼ばれた――は答えた。

「彼女の肖像画が私のところに持ち込まれました。そして私は、デジレ姫への熱情がとても大きいことを自認しています。もしあなたが黒姫との婚約を撤回しないなら、私は死ぬでしょう。愛する女性を手に入れる全ての望みが終わっているなら、世を去った方が幸せです」
「それはそうと、彼女の肖像画について私は思うぞ。そなたはそれを大事に持って会話をして喜んでいるが、それは宮廷の物笑いの種になっている。彼らはそなたが狂ったと思っているのだ。そして、私がそう報告されてどんなに苦しんだかをすっかり知っているなら、そなたはそのような弱さを恥じることだろう」
「私は、私の熱情について、自分を責めることはできません。あの美しい娘の肖像を見れば、あなたも私の気持ちが理解できることでしょう」

「すぐにそれを取って来てくれ」と、王は耐えかねて言った。王子に作用してこうも苦しめている魔力、デジレの美しさが見せかけなのかどうか王は量りかねていた。

 王子は王に絵を持ってきた。そして王は彼の息子と殆ど同じくらい、それにうっとりした。

「よろしい、私の愛しいゲリエ。私はそなたの望みに同意しよう。我が宮廷にこのように美しい王女が存在すれば、私の青春も蘇るだろう。
 ぐずぐずせずノアレ姫に急ぎ大使を送り、彼女に婚約の破棄を報せよう。たとえ戦争の危険を冒してでも構わぬ」

 王子はひざまずき、謹んで父の手にキスをした。非常に喜んでいたので廷臣たちには彼が別人のように見えた。彼は王に訴えて、ノアレ姫にだけではなくデジレにも大使を送りたい、後者は、とても裕福で有能な男である自分を選んでもらうための好機を作る重要任務なのだから、目を引く外観と説得力を備えた優れた者がいいと望んだ。王は一億の賃貸明細帳(領地を与えている家臣)の中では、とても雄弁な若い貴族、Becafigueがいいと決めていた。

 彼は強くゲリエ王子を忠愛しており、彼を喜ばせるために、手に入れることのできる中で最上の、立派な馬車と豪華な制服を注文した。日々高まっていく王子の愛のために、作成を可能な限り最大級に急がせた。そして王子は絶え間なく彼に出発するように嘆願した。彼は密かに打ち明けた。

「私の命は次第に衰えている。王女の父君は別の誰かとの婚約を決め、私のためにそれを破る気はないかもしれない。それがあり得そうだと思うと、私は取り乱してしまう。そうなれば私は彼女を永遠に失うんだ」

 時間を稼ぐために、Becafigueは王子を元気づけた。というのも、彼は自分の出費が名誉をもたらすことを切望していたからだ。彼は金とダイヤで輝く八十台の馬車を得た。最も高度に完成した精密画でも、装飾されたそれには及ばなかった。この他、五十台の馬車があり、二十四時間中、馬の背に乗った従者が列をなし調和して待機していた。

 別れの謁見で、王子は愛情を込めて彼の大使を抱きしめた。

「忘れないでくれ、親愛なるBecafigue。私の命がこの結婚交渉にかかっていることを。私の魅惑のプリンセスを獲得するために、為し得ないままにしないでくれ」

 彼は一千の、珍しくて華麗で豪華な贈り物を大使に託した。愛の銘句はダイヤに彫り込まれ、時計にはデジレのモノグラム(図案化したイニシャル)と共に石榴石[カーバンクルが飾られた。それからハート型のルビーのブレスレットと、本当に何もかも最上に彼女を喜ばせそうなものが沢山あった。

 大使もまた彼の王子の肖像画を持って行った。それはたいそう腕の良い画家が描いたもので、口をきき、見事にスピーチをした。しかし完璧に応答するものではなかった。

 Becafigueは王子に、彼が望んだものを獲得するための手段を惜しまないと誓って、持って行く物の中に大金を加えた。王が王女を与えることを拒否したなら、王女の侍女の一人を買収して、彼女を連れ去ろうと。

「ああ!」と王子は叫んだ。「それには同意できない。彼女は無礼な方法に腹を立てるだろう」

 Becafigueは返答しなかった。そして任務に取り掛かった。

 ゲリエ王子の使者がやって来るという噂は先んじて広まっていた。王と王妃は喜んでいた。彼は王位継承者だ! 元首は高貴で尊敬に値し、王子の偉業は聞き及んでいる。この時点でもう、彼らは王子個人の功績にかなり満足して、世界中広くで娘のための婿を探しても、これ以上相応しい人を見つけられないのは確かだと感じていた。宮殿はBecafigueを迎える準備ができて、廷臣は最大級に見事で壮大に見せるように命じられた。

 王と王妃は大使にデジレを見せなければならないと決意した。しかし妖精チューリップは王妃のところへ行って言った。

「しっかりしてください、奥さま。私たちの子供をBecafigueに取られてはなりません」

 このように、まさに今、王女が彼に会えば危険を被るだろうと話した。彼女の十五回目の誕生日の後まで帝王のもとへ行かせないでくれと。

「私は確信しています。彼女が先走ってしまえば、きっと何がしかの不幸が起こりますよ」

 王妃は善きチューリップを抱きしめて、彼女の助言を守ると約束した。そして彼らは訪問に注意を払った。

 大使は到着した。金の鈴と蹄鉄、金の刺繍を施したベルベットと錦の馬具の六千頭のラバの行列が終わるのに二十三時間かかった。通りは人込みでごったがえし、王と王妃が自ら彼を出迎えたことで、来訪を喜んでいるとことを誰もが一目で理解した。非常に容易く想像できることなので、ここでBecafigueが述べた口上、およびお互いに交わされた挨拶を繰り返すことは無駄である。だが、デジレ姫との面会の要求が拒否された時、彼は非常に驚いた。

「気まぐれからではありません、Becafigue卿」と王が言った。
「私たちは、あなたの全ての要求を呑むことは出来ません。私たちの娘の奇妙な話を聞いてください。
 彼女が生まれたとき、妖精は彼女に激しい憎悪を燃やして、十五歳になる前に日光を見たならば、凄まじい不幸に脅かされると言いました。そのため、彼女は地下宮殿に住んでいます。
 私たちはあなたを連れて彼女を訪ねようと決心しました。しかし妖精チューリップはそうしないようにと勧めました」

「それで、私は彼女なしで帰ることになっているのですか?」とBecafigueは言った。
「貴公は自らの意思で、苛立ちの極致で彼女を待っている私の主君の息子と彼女の結婚を望んでいる。しかし、妖精の予言のような詰まらないことに左右されている!
 ここにゲリエ王子の肖像画があります。そして私は彼女にこれを贈って問いかけ乞う者です! これは大変な優れ物で、これを見ると、私は彼と会っているように思えます」

 彼は肖像画を提示して、王女とどう話すかの説示をするばかりだった。肖像画は言った。

『愛らしいデジレ。どんなに熱心にあなたを待っているか想像できないでしょう。あなたの無類の美しさでいろどるために、すぐに私たちの宮廷へ来てください』

 王と王妃は非常に驚いて、王女に彼への好意を抱かせるために、それを自分たちに与えてくれるようBecafigueに頼んだ。彼は喜んで彼らに世話を任せた。

 

 王妃は起こっていたことを娘には知らせておらず、彼女に大使の到着について話すことを待つように侍女に指示していた。しかし彼女たちは従わず、王女は自分の結婚が熟考されていることを知っていた。彼女はしかし、母に何も疑っているとは思わせないように慎重に振舞った。

 王子の肖像画が見せられ、彼女への愛情のこもった華麗なスピーチをしたとき、彼女は大きな衝撃を受けた。というのも、今までこんなものを見たことがなかったからだ。王子の優しそうな表情、知的な雰囲気、整った容貌は、それが喋ったことと同じくらい彼女を驚かせた。

「どう、あなたは好きかしら」と王妃が微笑みながら言った。「この王子のような夫を持つことは?」

「マダム」と彼女は勧めに返した。
「それは私が選ぶことではありませんわ。あなたが私のために予め定めた方であれば、誰であろうと満足ですもの」

「でもね。もしも私の選考に当たった方が彼なら、それは幸運だと思いませんか?」

 デジレは目線を落として、頬を染めた! そして声を返さなかった。王妃は腕の中に娘を捕らえて何度もキスをした。彼女はすぐに娘を失うことを考えただけで涙を流さずにはいられなかった。なにしろ、三ヶ月で彼女は十五歳になる。しかし悲しみを隠して、彼女は傑出したBecafigueの使節団についてすっかり話して、彼が彼女のために持ってきた洗練された贈り物を渡した。彼女はそれらに感服して、最上級に上品な言葉で褒め称えた。けれど彼女の一瞥は、今まで彼女に知られていなかった歓びによって、時折、王子の肖像画に移るのだった。

 

 大使は、彼らの厳粛な誓いによって王女を与えられる望みに甲斐がないまま満足しておかねばならないのを見て、彼の主君に交渉の結果を報せるために帰った。

 王子が最愛のデジレ姫を得る前に三ヶ月あると知った時、彼の嘆きは宮廷中を苦しめた。彼は眠らず、食べることもしなかった。彼は憂鬱になり白日夢にふけるようになった。彼のぴかぴかしていた顔色はマリーゴールドの色になった。自分の部屋のソファーに横たわって、王女の肖像画を見つめ、まるでそれが読むことができたかのように手紙を書いては一日を費やした。彼の体力は次第に衰えていき、重体になった。医療師も医師も病因を発見することはできなかった。

 王は絶望していた。父親は決して、息子を弱々しい気持ちでは愛していなかった。その時彼は、自分が彼を失う間際であるのを見た。その深い悲しみは、記述した以上に想像してもらえるかもしれない。彼を治療する手段はなかった。彼の望みの全てはデジレで、彼女なしでは彼は死ななければならないのだ。

 従って、悲しむ父親は解決するために、最後の機会であったが、自ら王と王妃のところへ行って、王子の容体を憐れんで結婚を遅らせないでほしい、王女の十五回目の誕生日まで待つならば、なにもかも永遠に得られないだろうと哀願することにした。それは勿論、大変異例な手続きだった。しかし彼が、大いに愛される息子が死ぬのをよしとしたならば、その方がなお一層に驚くべきことだっただろう。

 しかしながら、一つの克服し難い困難があった。王の高齢は籠による旅行しか許さなかったのだ。彼の息子の切望のためには進行速度があまりに遅すぎる方法である。そこで彼は信頼できるBecafigueに再び移動の任務を与え、送り出したのだった。王と王妃が彼の望みに同意してくれるような哀れな手紙を持たせて。

 

 その間、デジレは王子が彼女の肖像でしたのと全く同じくらいに、王子の肖像を見ることで多くの喜びを見つけていた。あらゆる可能な機会に、彼女はそれが据えられた場所を訪れた。そして、彼女が自分の気持ちを隠す努力をしたにもかかわらず、それは簡単に周囲に見破られていた。

 彼女の侍女であるジロフレ(ニオイアラセイトウ)とロングエピーヌ(長い棘)は、彼女の心が不安定なのを見た。ジロフレは情熱的に、そして忠実に彼女を愛していた。ロングエピーヌは彼女を密かに妬んでいた。彼女の母は王女の女家庭教師で、今は彼女の侍女で、よく彼女を愛し続けた。しかし彼女は自分の娘を熱愛していたので、娘の王女に対する憎悪を見て、彼女の幸福の世話をすることはやめていた。

 

 その任務が知られたとき、ノアレ姫の宮廷に急送された大使は殆ど歓迎されなかった。エチオピア人は非常に執念深い性質で、最初に彼女と婚約しておきながら、彼が彼女との交流をやめるのは傲慢なふるまいだと考えた。彼女は王子の肖像を見て、それと情熱的に恋に落ちた。そしてエチオピア人が恋愛の神アモールの犠牲者になったとき、彼らの情熱は他に比べてとてつもなく強いのだ。

 彼女は大使に尋ねた。

「あなたの主君は、私を裕福で充分に美しいと思わないのですか? 私の王国を見てまわってください。あなたはこれより大きな領土を見つけることは殆ど出来ないでしょう。私の金庫に入ってください。ペルーの鉱山に埋蔵されているよりも多くの黄金を見るでしょう。
 私の漆黒の顔と、平らな鼻と厚い唇を見てください。それは女性を素敵にする、望む全てではありませんか?」

「マダム」と大使は返した。彼はトルコ人(乱暴者)に殴打を食らわされるより悪いことを恐れていた。

「この件があえて行われるほどに、私は主君の行いを呪います。もし天が私を玉座に置いたなら、私は自分が誰とそれを共有するべきか分かっております」

「その弁舌はあなたの命を救うでしょう」と、彼女が言った。

「私はあなたによって私の復讐を始めると決めていました。しかし、あなたは王子の行動の扇動者ではないのだから、これは不正でしょう。
 行きなさい。彼にそれを話すのです。不名誉な男性を決して愛することが出来なかったゆえに、私は婚約から解き放たれて嬉しく思います」

 大使は出国許可以上のものは何も望まず、それが得られるやいなや利用した。

 しかしエチオピア人は、許すにはあまりにひどくゲリエ王子に腹を立てていた。彼女は一時間で十リーグ走れる、六羽のダチョウによって引かれる象牙の二輪馬車に乗り込んだ。彼女は泉の妖精の宮殿に急いだ。その人は彼女の名付け親であり、親友でもあった。何があったのかを話して、復讐を手伝うように頼んだ。妖精はノアレ王女に同情して万知の本を開いた。彼女はゲリエ王子がデジレ王女のためにノアレ王女と縁を切り、惑乱するほど彼女を愛していて、逢いたいあまり病気にかかったというようなことを知った。

 その情報は妖精の怒りを再燃させた。――誕生の時以来デジレを見ておらず、それはもう殆ど消えていたのだが。十中八九、彼女が決して少しの災いも降りかからせないノアレ姫のためだろう。

「何ですって!」と彼女は叫んだ。「愚劣なデジレが、いつも私をなにかしら不快にさせる。いや、私の最愛の王女よ、私はあなたをそのような侮辱で苦しませたままにはしておきませんよ。あなたのために天と精霊の助けを得ましょう。帰って、あなたの名付け親を信頼してください」

 ノアレ姫は感謝して、花と果物で贈り物を作った。そして、それを彼女はとても横柄な態度で受け取った。

 

 一方、大使Becafigueは、デジレの父親の首都に可能な限りの速さで旅した。彼は王と王妃の足元に身を投げ出して、王子がデジレなしではどんな風に死んでしまうかを非常に感傷的な言葉で伝えた。デジレが十五歳になるまでの三ヶ月間このままなのは不可能だった。どんな不幸が、非常に短い間に彼女の身に更に降りかかるかもしれない。彼は無礼を顧みず、妖精をそのように堅く信じることは彼らの高い地位にあまり相応しくないと警告した。

 実際のところ、最後には彼の雄弁さによって聴衆は確信していた。彼らは王子の悲しい容態に心を一つにして泣き悲しんで、回答をする前に若干の猶予が欲しいとBecafigueに話した。彼は二、三時間を与えられるだけだと返答した。彼の主人は瀕死なのだ、遅れれば王女の悪意に起因するとみなす、と。王夫妻は、夜に彼らの決定を報せると約束した。

 王妃は彼女の娘の宮殿に急ぎ、彼女に起こった全てを話した。デジレは悲しみに打ち負かされて気を失いそうになった。状況は、彼女の王子に対する感情を明らかに示した。

「自分を苦しめないで、私の聡明な娘」と王妃が言った。「彼をあなたの手で癒すことが出来るとしても、私はただ、あなたの出生から、泉の妖精の脅威を心配するばかりなのです」
「私は思います、マダム」と彼女は答えた。「きっと邪悪な妖精の裏をかける予防策があるはずです。例えば、日光を見なくて済むように、私は閉ざした馬車で旅が出来ないでしょうか? 夜には食べ物を入れるために開けることが出来ます。このようにして、私は無事にゲリエ王子のもとへ到着するべきです」

 提案は王妃に認められた。そして王がそれを知った時、彼もまた認めた。Becafigueは呼び出され、王女が間を置かずに出発するであろうこと、良い報せと共に彼の主人のもとへすぐに戻れるかもしれないという見込みを受け取った。

 彼女の出発を延ばさないために、彼女の身分に相応しい立派な馬車と嫁入り道具の用意を待つべきではないと彼らは通知した。大使は大喜びして、彼らの足元に我が身を投げ出して感謝した。王女に会うことなく、しかし出発した。

 

 もしデジレが王子を偏愛して好意を抱いていなかったならば、両親との別離をとても痛烈に感じていたことだろう。だが、残る全てを抑える感情があった。

 彼女のために造られた馬車は外側が緑のベルベットに金の装飾板で飾られ、そして内部は銀の錦織で覆ってカーネーションが飾られた。窓はなく、非常に大きくて、箱と同じくらいしっかりと閉められた。鍵は、王国の第一位の貴族のうちの一人に与えられ、管理された。

 歓喜と明るい笑いとやんごとない落ち着きが、彼女を引き立たせ、美の女神のように見せた。恋愛の神は彼女を崇拝し、とても甘い御前に従うことを切望して、足元でたわむれた。落ち着いて堂々とした彼女の高貴な魅力、彼女の顔から輝く神々しい優しさ、優れた特質はあらゆる心を揺り動かし、この高潔な乙女はまことに申し分ない。彼女の美徳は数知れず、ここで話すことも出来ない。魔力にも等しいのだ。一度結婚の神と共に辺境全体の平和を導く運び手として来たなら、彼女はアデレードの朋輩だった。

 おびただしい従者の列が煩わしかったので、彼女にはほんの僅かな役人が付き添った。後は、与えられた最高に美しい宝石と、立派なガウンがいくらか付いてきた。王と王妃と廷臣の息を殆ど詰まらせた別れの挨拶の後、泣くまいとする彼らの努力の中、彼女はジロフレとロングエピーヌと共に暗い馬車に閉じ込められた。

 ロングエピーヌは、喋る王子の肖像に激しく心奪われていた間は、王女を愛していないことを恐らく忘れていた。要するに、恋愛の神の矢がそれはひどく彼女を傷つけていた。いよいよ出発というとき、彼女は王女の結婚がなされるなら自分は死ななければならないと母親に話した。だから、あなたが私の命を救いたいなら、結婚を中止させる方法を見つけなければならないと。娘を宥めるために、侍女は私があなたを幸せになるようにしようと約束した。

 王妃が最愛の子供を送り出すとき、全てを越えて彼女(ロングエピーヌの母親)をこの不運な娘の世話係に推薦した。

「私はあなたになんて重要な責務を信任しているのでしょう! これは私にとって、自分の命よりも大切なことです。私の娘の健康によく気をつけて、慎重に、とりわけ日光を見ることから守ってください。その時、全ては失われてしまう。
 あなたは彼女が脅かされる災いについて知っています。そしてゲリエ王子の大使は、彼女が十五歳になるまで、蜜蝋燭のそれ以外の光を見ない城の中に置かれると私に約束しました」

 王妃は、その心をより確かにするために女性への贈り物を積み上げた。彼女は、王女を見守って、到着したら直ちに起こった全てを書き送ると王妃に約束した。王と王妃はすっかり彼女を信用して、それ以上の不安を感じず、彼らの娘の旅立ちから少し慰められた。

 しかしロングエピーヌは、食料を与えるために毎晩馬車を開ける役員から、彼らを待望している街が近いことを学んで、ぐすぐずせずに計画を実行するよう母親に訴えた。王か王子が出迎えに来てからでは遅すぎるのだ。

 正午、太陽の熱が最も高い時に、彼女は突然、王国の馬車を、計画のために持っていた大きなナイフで切り裂いた。そうしてデジレ姫は初めて日光を見た。彼女がそれを見るやいなや、深くため息をついて、白い牝鹿の姿になって馬車から跳び出した。そして隣接した森に駆け込み、暗い場所に身を隠して、立った今失った自分の美しい姿のことを、孤独の中で嘆くのだった。

 この不幸な事件の原因であった泉の妖精は、王女の随伴者たちが義務を知っており、何人かは彼女を追って森の中へ、他の者はゲリエ王子に事故を報せるために街へ向かった様子を見出すと、恐ろしい嵐を呼んだ。雷と稲妻は彼らの中で最も勇敢な者さえ驚かせたほどに凄まじかった。その結果、妖精は彼女の莫大な知識によって、厄介な存在であった忠実な使用人たちを遠くに運ぶことに成功した。ロングエピーヌ、彼女の母、そしてジロフレだけが留まっていた。最後の者は彼女の女主人を追っていき、森と岩に叫びと悲嘆を反響させた。

 他の二人は自分たちだけ残されて喜び、彼女たちの計画を運ぶことを少しも躊躇いはしなかった。ロングエピーヌはデジレの最も素敵なガウンを身につけた。結婚式のために作られた王族の衣装は他に類のない壮麗さだった。そして冠のあらゆるダイヤは、あなたの拳の二、三倍は大きかった。王笏は誠実に磨かれてあり、他方の手に握りしめた宝珠は、あなたの頭より大きな真珠だった。それは非常に貴重で特別に重かったが、王女であったと人々に信じさせるためには、王族の特徴はどれも省略しないのが賢明であると、ロングエピーヌは考えていた。

 これほどに装って、母親を裾持ちとして連れて、ロングエピーヌは街へ向かった。偽りの王女は、王と王子か彼女を出迎えに来るだろうと考えて、とても威厳ある様子で歩いた。しかし実際は、騎兵団の一隊が彼女たちを見たとき、殆ど近付いてこようとはしなかった。その中には、ラバによって背負われ、王女のお気に入りの色である緑の羽根の大きな束で飾られた、金や宝石で光っている二つの駕籠があった。

 駕籠の中の王と、他方の駕籠にいた王子は、近付いてきた女性についてどう判断すればいいのかまるで分からなかった。騎手で最も熱意のある者は、彼女たちまで全力で駆け寄って、衣装の輝きから高貴な人物であると判断した。彼らは降りて、謹んで彼女たちに挨拶した。

「あなたはまずまず礼儀正しいわ」とロングエピーヌは言った。「私に教えなさい。それらの駕籠の中にいるのは誰ですか?」

「ご婦人たちよ」と彼らは返した。「デジレ姫を迎えるためにやって来た、王と彼の息子です」

「申し訳ありませんが、行ってください」と彼女は言った。「そして私がデジレであると、彼らに話してください。私の幸せを妬む妖精は、凄まじい嵐によって私の付添人たちを散り散りにしてしまいました。けれど私の侍女が、ここに私の宝石と父からの手紙を託されています」

 騎士は彼女の長衣の裾にキスして、王に、王女が来ていると速やかに告知した。

「なんだと!」と彼は叫んだ。「彼女は徒歩で、しかも真っ昼間に来たぞ!」

 彼らはそれから、彼女が話した内容について報告した。

 王子は切望に身を焦がして、彼らを呼び出し、どんな質問もすることなく言った。

「さあさあ、打ち明けてくれ。彼女は美しさも非凡さも、最も完璧な王女の奇跡だっただろう?」

 王子が大変に驚いたことに、彼らは沈黙を作った。

「賞賛すべきものは非常に多くある」と彼は続けた。「お前たちは黙っているのが好きなんだな」
「殿下」と彼らの中で最も勇敢な者が言った。「彼女と直接お会いになってください。明らかに、旅の疲れは彼女の容姿に影響を及ぼしました」

 王子は大いに驚いた。彼がそんなに衰えていなければ、すぐに彼の短気と好奇心を満たすために駕籠から跳び出していただろう。王は、しかし彼の駕籠から出た。そして彼の全ての廷臣たちと共に進み、自称王女に追いついた。しかし直接彼女に会うと、彼は大きな泣き声を発し、歩く速度を少し落として後ろに下がった。

「私は何を見たんだ?」と彼は言った。「なんて裏切りだ!」
「陛下」と大胆に進み出た女性が言った。「こちらはデジレ姫。王と王妃からの手紙はここにあります。私はまた、出発の際に預かりました宝石の小箱をお渡しします」

 王は暗い沈黙を保ち、王子はもたれながらロングエピーヌに近付いた。おお神よ! 彼が娘に会ったとき、どう感じただろうか? 彼女の驚くべき容貌は見た者に殆ど恐怖をもたらした。彼女は王女のガウンが殆ど膝下まで届かないほど背が高かった。恐ろしいほど痩せていて、鼻はオウムのくちばしのようで明るい赤色をしていた。彼女の歯は黒くて不揃いで、本当に、デジレが美しいのと同じくらいに醜かったのだ。心が彼の美しい王女で満たされていた王子は、この娘を見て恐怖で殆ど身動きできなかった。何を言う力もなかった。呆然と彼女を見て、王を振り向くと言った。

「私は裏切られました。この人は、少しも私の心を奪った美しい絵のようではありません。私は騙されました。そして私の命は費やされてしまった」

「どういう意味ですか?」とロングエピーヌが言った。「どう騙されたと? 言っておきますが、私と結婚するなら、あなたは誤ちを犯しておりませんわ」

 彼女の的外れな言葉と傲慢さに限りはなかった。それでも、侍女は殆ど彼女を凌いでいた。

「親愛なる王女さま」と彼女は言った。「こんな行いをするとは、一体どんな国なんでしょう? これは高貴な女性を迎える方法ですか? なんという矛盾! なんというふるまい! あなたのお父様は賠償を得なければなりませんわ」

「むしろ我々の方にですな」と王が言った。
「我々は美しい王女を約束され、その代わりに骸骨、ミイラを送られた。見るもおぞましい! この宝が十五年もの間閉じ込められていなければならなかったことを、私はもはや驚くまい。あなたの王は誰かを食いものにしたかったのだ。そして、彼が我々を選んだゆえに、我々は復讐を行うだろう」

「なんと法外なふるまいでしょう!」と偽りの王女が叫んだ。
「そういう人々との婚約を信じて、私はなんて愚かだったのか。画家に少々あなたの機嫌を取らせることがどんなに間違っているか、私は知っています! しかしそれは日常的なことではありませんか? 王子たちがそんな理由で彼らの花嫁にカッとなるなら、彼らの多くは結婚しないでしょう」

 王と彼の息子は、返答するにはあまりに腹を立てていた。彼らは再び駕籠に乗り込んだ。そして何の式典もなく騎手の一人が王女を馬の後ろに乗せ、侍女も同様に扱った。王命により彼女たちは街へ連れて行かれて、三つの破風のある城に閉じ込められた。

 ゲリエ王子は、暫くは悲しみを表す言葉を見つけられないほどに打ちのめされていた。自分の中のそれをさらけ出せることに気付いたとき、彼は自分の運命の苛酷さを痛感せねばならなかった。彼はまだ恋をしていた。そして彼の情熱が向かうのは肖像画だった。彼の望みはついえた。デジレについての楽しい想像の全ては空中の楼閣だったのだ。死は、彼がデジレだと思っていた女性との結婚よりも好ましかった。苦しみの深さゆえに、宮廷での生活はもはや耐えられないと感じて、彼の健康がそれを許したらすぐに、密かに宮殿を出て、どこか人のいない場所で残りの人生を過ごそうと決意した。

 彼はBecafigue以外の誰にも計画を話さなかった。何処へであろうとBecafigueは付いて来るだろうと確信を覚えており、しばしば、彼がはめられた卑劣な策略について語り合った。

 前よりも気分がよくなるとすぐ彼は出発し、悲しみがそれほど痛切ではなくなった時に戻ると約束した手紙を王に残して、一方で、彼らの共通の復讐について考えて、醜い王女を自由にしないようにと頼んでおいた。

 息子の手紙を読んだ王の悲しみを想像することは容易いだろう。実際、最愛の子供との別居は、殆ど父親の命を失わせた。

 誰もが彼を慰めることに専念していた間に、王子とBecafigueは遠く旅をして、三日目の終わりに、大きな森に入り込んだことに気付いた。厚く繁った木はそこを非常に暗くし、生き生きした草とサラサラ言う小川はそこをとても気持ち良くした。馬から降りた王子は、病気から完全に回復したとは言えないこともあり、長旅で疲れ果てていた。彼は地面に物憂げに身を投げ出して手枕をした。殆ど口もきけないほど弱っていた。

「殿下」とBecafigueは言った。「あなたが休む間、私は辺りを見廻って、いくらか果物を見つけてきます」

 王子は同意の仕草だけを返した。

 

 私たちが牝鹿を森に置き去りにしてから長いが、今、私は比類なき王女について話さなければなるまい。自分の姿が小川に映ったのを見たとき、彼女は絶望して牝鹿のように泣いた。

『私、何を見たのですか?』と彼女は言った。『今日私は、妖精の力が罪のない王女のために考案した一番おかしな変身を経験しました。どのくらいこの変身は続くのでしょう? 私を匿える、ライオン、熊や狼のいないところは何処なのでしょう? どうすれば草を食べて生きていけるのでしょうか?』

 彼女は自分自身に一千もそのような質問をして、可能な限りもっとも苛烈な苦しみに苛まれた。唯一の慰めは、彼女が王女だった頃と同じくらい美しい牝鹿であるということだった。非常に空腹で、旺盛な食欲から草を一口食べて、それが可能であると知って多大に驚愕した。彼女は苔の上に横になり、凄まじい恐怖の中で夜を費やした。近くで野獣の吼える声を聞いて、しばしば牝鹿であることを忘れて木に登ろうとした。

 夜明けは、少し彼女を安心させた。彼女はその美しさを称賛した。そしてそれを見るのをやめることができなかったほど、彼女には太陽は素晴らしい何かのように思われた。彼女が聞いていた全てが、現実の前では遥かに不足するようになった。それはこの荒涼とした場所での唯一の慰めだった。そこで彼女は数日の間、まったく孤独なままだった。

 

 妖精チューリップは王女の不運にとても苦しんだが、しかし、変わらずに彼女を愛しており、彼女の助言に大して注意を払わなかった王女の母親、そして自分自身に対して腹を立てた。彼女は、王女が十五歳になる前に地下宮殿を出るならば災いが後に続くだろうと何度も何度も王夫妻に話していたが、しかしながら、王女を泉の妖精の怒りに委ねたままにしておくなど出来なかった。そしてジロフレを森に導いたのは彼女だった。忠実な友である彼女が、不運の真っただ中にある王女の救いになるのかもしれないのだから。

 美しい牝鹿は小川の側で静かに草を食んでいた。その時、疲れ切ったジロフレは休むために横になって、悲しげに、どちらの方へ彼女の女主人を探しに行こうかと考えていた。牝鹿は彼女を見て、広くて深い小川を跳び越えた。そしてジロフレにすり寄って優しく彼女を撫でた。ジロフレは大いに驚いた。この辺りの動物が人間に特別の愛情を持っていて、殆ど人間的であるという状況に躊躇したからだ。あるいは、牝鹿が彼女に知り合いのように親しげに接し、それがたまたま通りかかったからに過ぎないなら、牝鹿が森の主人役を務めるに充分にたしなみ深く、完璧なのは奇妙だった。

 ジロフレは注意深く牝鹿を見つめた。そして、極度の驚きは彼女の眼から涙を落とした。彼女は等しい尊敬と愛情でもって、あたかもそれが手だったかのように牝鹿の足にキスをした。彼女は話しかけた。牝鹿はそれを理解したが、言葉を返すことはできなかった。お互いの涙とため息はますます増やされた。ジロフレは彼女の女主人に、あなたを見捨てないと誓った。牝鹿は頭と目で、嬉しい、そして災難の中で慰められたという様子を見せた。彼女たちは丸一日、殆ど一緒にじっとしていた。

 牝鹿は、彼女の忠実なジロフレが飢えたりしないよう心配して、野生の果実が実っているのを見た森の中の場所へ彼女を案内した。ジロフレは飢えていたので、大変な量を食べた。食事が終わると、彼女は自分たちが眠ることのできる場所について非常に心配するようになった。夜のあらゆる危険にさらされる森の中に残ることを、決めかねていたのだ。

「あなたが怖くないなら、美しい牝鹿よ」と彼女は言った。「夜をここで過ごしますか?」

 牝鹿は天に目を向けて、ため息を落とした。

「しかし」とジロフレは続けた。「あなたは既にこの僻地の一部を歩き回りました。家か、きこりか、炭焼きの人か、あるいは隠者がいませんか?」

 頭を振ることによって、牝鹿は、彼女が誰にも会っていないことを示した。

「おお、神よ」とジロフレは叫んだ。
「私は明日の日の目を見はしないでしょう。たとえ充分な幸運で虎や熊から逃れたとしても。恐怖で死ぬだろうと確信しています。
 けれど、あなたはそんなことを考えてはいけません、私の愛しい王女さま。私が私の命を惜しまねばならないのは、私自身の責任です。それはひたすら、あなたの命に向かっています。
 ああ、あなたをこの場所に遺していくよりも不幸で、まるきり安らげぬことが、何か有り得るでしょうか?」

 小さな牝鹿は泣き出して、殆ど人間のようにすすり泣いた。

 その涙に、彼女を優しく愛している妖精チューリップが触れた。王女の約束違反にも拘らず、彼女は常に王女を見守っていた。そしてその時突然に彼女の前に現れて、こう言った。

「あまりに可哀想で、私はあなたを叱れません」

 牝鹿とジロフレは、前者は彼女の手を舐めることで愛情を示し、後者は王女を憐れんで元の姿に戻してくれるように嘆願して、彼女を遮った。

「それは私の力では出来ません」とチューリップは言った。
「彼女は大きな力による災いで変えられた。しかし私にも苦難の時を短くすることは出来る。夜と昼が交代したら直ちに王女が牝鹿の姿になるようにすることで、忌々しさを減らすことができるでしょう。
 けれども、彼女は毎日、夜明けには再びそれを装って、人類としては死に、野や森をさまよわなければなりません」

 夜に牝鹿でいることをやめられるのは、確かにありがたいことだった。飛んだり跳ねたりすることで王女は喜びを証言し、チューリップを大いに喜ばせた。

「その幅の狭い道に沿って行きなさい。この状況にそれほど悪くない田舎家を見つけるでしょう」

 この言葉と共に彼女は消え去った。

 二人は彼女に従い、指示された通りにして、小屋の前に座って枝で籠を編んでいる老婆に出会った。

「私と私の牝鹿に宿をくださいませんか? 小さな部屋が欲しいのです」

「いいとも、私の綺麗な娘」と彼女は答えた。「喜んで部屋を空けてあげよう。おいで、あんたとあんたの牝鹿」

 彼女は二人を桜材を張ったとても素敵な部屋に案内した。そこには素晴らしいリンネルのシーツの掛かった二台の小さな白いベットも置かれてあった。そこは全く簡素で清潔だったので、王女は、これからこれ以上に好ましいものはそれほど得られないだろうと言った。

 間もなく夜が地球をすっかり包むと、デジレは牝鹿であることをやめた。彼女は最愛のジロフレにキスをして、運命の道連れになってくれたことにお礼を言い、自分が全ての償いを終えたとき、権力によって彼女を幸せにすると約束した。

 老婆はドアを穏やかにノックして、中に入ることなく、ジロフレに見事な果物を与えた。王女は旺盛な食欲で食べた。それから彼女たちは眠った。

 日の光が現れたとき、デジレは再び牝鹿になってドアを引っ掻き始めた。ジロフレはそれを開いた。そして、それは長い間ではなかったが、別離することに二人は真摯な哀惜を見せた。牝鹿は森の最も深い部分へ疾走して、概ねいつも通りに歩き回り始めた。

 

 私は既に、ゲリエ王子が森で足を止めた、Becafigueが食物を探しに行ったと話している。

 Becafigueが老婆の小屋に着いたとき、日は暮れていた。彼は礼儀正しく老婆に挨拶して、彼の主人のために必要としたものを求めた。老婆はすぐに彼のためにバスケットを満たしてくれた。

「あなたが夜をここで過ごすんでしたら」と老婆は言った。
「宿がないと危険があるかもしれないことが心配ですよ。私が提供できる宿はとても粗末ですが、少なくともライオンからは遠ざかれます」

 彼は感謝し、その親切な申し出を受けるよう言わねばならない友人がいると話した。王子は、善良な女性の家に行くべく説き伏せられた。彼女は戸口で待っていて、非常に静かに彼らを部屋に案内した。王女のそれと同じような部屋で、そちらとは薄い壁で隔てられているだけだった。王子はいつも通り、心の塞いだ夜を過ごした。

 太陽の最初の光が窓の中で輝くとすぐに彼は起きて、自身の惨めさを変えることを願って森へ向かい、Becafigueには一人でいたいと話しておいた。しばらく目的を定めずに歩いて、ついに木で覆われた苔むした場所に着いた。牝鹿がサッと飛び出した。彼はその後を追わずにはいられなかった。獲物の追跡(狩り)は彼を支配する情熱だったが、異なる情熱に彼の心が取り憑かれてからというもの、広大な領地の少しででも楽しみにふけりはしなかった。にも拘らず、彼は今、哀れな牝鹿を追っていた。そして時々矢を放った。それらは彼女を傷つけはしなかったが、彼女を恐怖で殆ど死にそうにさせた。彼女の友・妖精チューリップが彼女を守護した。そして確かに、よく狙い定められた矢による由々しき結果を防ぐためには、妖精の助けの手は不可欠なものだった。

 牝鹿は疲れ果てた。彼女はこれだけの運動には全く不慣れだったのだ。ついに彼女は脇道に入った。そして幸運にも、ハンターは彼女を見失った。とても疲れていることに気付いて、彼は牝鹿を追跡することをやめた。

 一日がそんな風に費やされた後、牝鹿は嬉しそうに戻る時間を歓迎して、ジロフレが気を揉んで待っている家へ歩みを向けた。彼女はまっすぐに自分の部屋に着いて、息を切らし疲れ切った様子でベッドに身を投げ出した。ジロフレは何が起こったのか知りたそうにしながら彼女をを撫でた。定められた時間が来て、王女は本来の姿を取り戻した。そして彼女のお気に入りの首にしがみついて言った。

「ああ! 私、恐れるものは泉の妖精か、この森の乱暴な住民たちしかないと考えていました。けれど今日、どんな方なのか殆ど見ていないけれど、若い猟師に追われました。それで逃げて恐れたの。彼が放った矢は、私を逃れられない死でおびやかしたわ。本当に、どんな幸運で逃げることが出来たのか分かりません」

「二度と出かけてはいけませんわ、私の王女さま」とジロフレが返した。
「この部屋であなたの償いの時間を過ごすようにしなければ。私は一番近い街へ行って、気を紛らわせるための本を買ってきます。最新の魔法物語を読んで、私たちも詩や歌を作りましょう」

「親愛なる人よ」と王女は言った。
「ゲリエ王子への想いは私の心を楽しく満たすに充分なものです。けれど彼と同じように、力が私を支配して、日がある間、牝鹿が私の意思に反して行動するようにさせるのです。そのようにして、私は走り、跳ね、草を食べる。そして、そうなっている時には、部屋に閉じ込められるのは耐えられないのです」

 空腹を満たすとすぐに、夜明けが来るまで美しい目を閉じたほどに、彼女は疲れていた。それからいつもの変身が起こり、彼女は森に戻った。

 

 王子は、同じように夜になってから友人と合流した。

「私は、私の時間を過ごしたよ」と彼は言った。「最高に美しい牝鹿を狩っていて、その時から今までに分かったのは、彼女が最高に素晴らしい技術で百回、私から逃れたということだ。どんな風に《彼女》を失ったか考えなくていいほど、私はしっかり狙いをつけた。見つけたらすぐ、私はあの牝鹿を探さねばならない。そして見つけることが出来るだろう」

 実際のところ、王子はその時思い浮かべた《存在しない女性》の顔が心から消えることを願っていて、追跡という目標を前面に出し、それに忙殺されることが残念ではなかったのだった。

 彼は、牝鹿を最初に見た同じ場所に早く行った。しかし彼女は、昨日の不愉快な冒険を繰り返すことを恐れて、そこに行かないよう良く注意していた。王子は至る所を探し、長い間歩いたが、甲斐はなかった。非常に暑かった。そして彼は、好みに合う赤い色のリンゴを見つけて大いに喜んだ。幾つか集めてそれらを食べ、木の下の新鮮な草の上に横たわって、ぐっすりと眠り込んだ。そこは一千羽の心地よく歌う鳥たちの会合場所のようだった。

 彼が眠っている間に、隠れ場所を見つけたがっている臆病な牝鹿が、彼のいるまさにその場所にやって来た。もっと早く彼に気付いていたなら、彼女は逃げていただろう。だがその時には近くまで来ていたので、彼を見ざるを得なかった。その深い眠りは彼女に勇気を与え、彼の特徴を調べる余裕を持った。

 だが、彼を見分けたときの彼女の心情を察してほしい。彼の魅力的な印象は、彼女が短い期間では忘れることのできなかった記憶に、非常に深く刻みつけられていた。

 おお恋愛の神アモール、恋愛の神よ、あなたの目的は何なのか? 牝鹿が彼女の恋人の手によって死ぬことなのか? ええ、本当に、彼女はその危険にさらされている。安全の見込みはありはしない。

 彼女は彼から何歩か離れた場所に行った。彼を見る喜びがとても大きかったので、少しの間も目を離すことができなかった。彼女はため息をついて呻き、そしてより大胆になって近付き、触れた。すると彼は目覚めた。

 彼は、自分に多大な労苦を与え、長時間無駄に探させた牝鹿を認めて非常に驚いた。彼女が親しげな様子であることを全く理解することが出来なかった。彼が捕らえようとするまでは彼女は待っておらず、自身の最高の速度で逃げた。彼は出来るだけ速く続いた。時々、彼らは息を整えるために立ち止まった。何故なら、美しい牝鹿と王子は昨日の追跡でまだ疲れていた。だが、最も牝鹿の飛躍を遅らせたものが、矢よりも魅力によって彼女に大怪我を負わせた彼との別れであったことは、認めねばならないだろう。

 王子は、彼が彼女を殺すつもりなのかどうか尋ねるように、牝鹿がしばしば頭を向けてくることに気がついた。そして、彼がまさに彼女に追いつこうとした時はいつでも、彼女は新たに逃げる試みをした。

「ああ! お前が私の言葉を理解することが出来さえすれば、小さな牝鹿よ」と彼は叫んだ。
「そうすればお前は私から逃げ去らないだろうに。
 私はお前が可愛い。ペットにしたい。お前は、最上の世話をしたくなるほどに魅力的だ」

 だが、彼の言の葉は宙に漂って消えた。それらは彼女に届かなかった。

 森中を廻った後で、走り続けるにはあまりに疲労した牝鹿は歩を緩めた。そして王子も。彼女に追いつけると確信し、彼は一層喜ばしく感じた。彼は牝鹿の全ての体力が費やされるのを見た。そして半死半生の小柄な生き物は横たわり、勝利者に命を取られることを予測した。

 しかし、それどころか、彼は彼女を撫で始めた。

「牝鹿よ」と彼は言った。「恐れることは何もない。私はお前を一緒に連れて行きたい。そして常に一緒にいよう」

 彼は巧みに何本かの枝を切り落として、それらを曲げ、苔で覆った。そして辺りの藪に咲いた薔薇をその上に撒き散らした。腕で牝鹿を抱きかかえ、頭を彼の首にもたれさせて、そっと即席のソファーに置いた。彼は彼女の側に座り、時々、素晴らしい草を採って食べさせた。鹿は言葉を理解することがないと解っていたが、王子は彼女に話をし続けた。

 彼との交際に感じた喜びにも拘らず、日暮れが近付いたので、彼女は心配をし始めた。

『何が起きるのかしら』と、彼女は内心で考えた。
『彼が、突然私が姿を変えるのを見たなら?
 飛びあがって私を避けるわ。いいえ、そうでないとしても、彼のことも併せて、この森の中には不安な全てがある』

 彼女は逃げる何かの方法を絶えず考えた。そのとき、幸いにも王子自身が機会を提供した。彼女は彼が喉の渇きを感じたに違いないと考えた。王子は、彼女を連れて行くかもしれない小川を探しに行った。彼が去った間に、彼女はこっそり出て離れ、ジロフレの待つ小屋に着いた。彼女は自分のベッドに身を投げ出した。夜が来て変身が起こり、彼女はこの日の冒険を物語った。

「信じられるかしら?」と彼女は言った。
「私のゲリエ王子はこの森にいるのですよ。彼は二日の間私を追っていた猟師で、ついに私を捕らえて、そして何度も何度も優しく撫でました。彼の肖像は本物よりも遥かに劣っていたわ。彼は絵より百倍もハンサムでした。激しい猟の結果の不調や疲労さえ、彼の美貌から何も失わせることはなく、むしろ言いようのない魅力を加えていました。
 私は、彼を避けなければならないから不運なのではありません。私の最も近い血族によって私に縁付けられた王子。私を愛していて、そして私は愛を返している?
 何故、邪悪な妖精は私が生まれた日に私に嫌悪を覚えねばならず、私の人生の何もかもを惨めにしなければならなかったのでしょうか?」

 王女は泣き始めた。ジロフレは、彼女の災難は間もなく喜びに変えられるという見込みによって慰めようとするのだった。

 

 王子は流れを見つけて、最愛の牝鹿のところへ戻ったが、もはや彼女は彼のもとを去っていた。無駄に探し回って、彼女に苛立ちを感じたのと同じくらいに何か起こったのではないかと推測した。

「私はいつも」と彼は言った。「嘘つきで不実な女性に愚痴を言っているように思える」

 とても憂鬱な気分で、彼は老婆の家に戻った。そして牝鹿との冒険を友人に物語る際に、彼女の忘恩を訴えた。Becafigueは王子の怒りに微笑むよりどうしようもなく、次に牝鹿に会ったなら罰するように勧めた。

「それが、私がここに留まる唯一の理由だな」と王子は返した。
「その後、我々は更なる旅を続けるだろう」

 

 太陽が戻り、王女は再び白い牝鹿の姿をとり始めた。彼女はどう行動するか決めかねていた。普段のように、王子の行きつけの場所へ行くべきかどうか。それとも違う道を行って彼を避けるか。

 彼女は後者のコースを選んで遠くへ行った。ところが、同じくらいずるい王子は、彼女がその策を試すと思って同じように行動し、彼女を森の最深部で見つけた。

 彼を見たとき、彼女はこの瞬間はまだ、自分は安全だと考え始めた。茂みの上に跳ねて、彼女は飛び出した。そして、彼を避けようと講じた策のせいで更に悪い待遇を受けることを恐れているかのように、彼女は風よりも速かった。しかし彼女が道を横切った途端、とても確かに狙いをつけたので、彼の矢が彼女の足に当たった。彼女は激しい痛みを感じた。そして力強さは彼女を捨てて、彼女はくずおれた。

 残酷で野蛮な愛。何を思いますか? 無類無比の娘が優しい恋人に怪我を負わされる事態を許して!

 しかし、悲惨な事故は必然のものだった。何故なら、泉の妖精はそれが変事の転機になるように運命づけていたからだ。

 牝鹿が夥しく血を流したのを見て、王子は心を痛めた。彼は痛みを和らげるために薬草を傷に付けた。再び枝で即席のソファーを作り、自分の膝を枕に牝鹿の頭を固定した。

「気まぐれな生き物よ。自分自身だけを非難するがいい」と彼が言った。
「この苦痛によって。何故、お前は昨日、私を見捨てたのだ? お前には今日は勝ち目はないぞ。何故なら、私はお前を一緒に連れて行くつもりだからな」

 牝鹿は反応を返さなかった。まったく、何を言うことができただろうか? 彼女は調子が悪くて話すことができなかった。確かに不当で、沈黙を守るだけの、とんでもない出来事だ。

 王子は何度も何度も彼女を撫でさすった。「傷つけてすまない」と彼は言った。
「お前はそのせいで私が嫌いだ。そして、私はお前に好きになってほしい」

 牝鹿に言うために、何か神秘的な霊の啓示を受けたように思われた。

 

 ついに、彼の年取った女宿主のもとへ戻る時間になった。彼は獲物を背負った。そしてそれは、彼に少しの労苦も与えなかった。彼はそれを連れて行き、運び、時々引きずった。

 牝鹿には、彼と一緒に行きたいという願望がまるでなかった。

『何が起きるのかしら』と彼女は言った。
『夜が来る。そして私は王子のところで一人きりなの? 死んだ方がいいわ』

 彼女は自分を出来るだけ重くしようとした。そして彼は苦労して汗をかいた。そこは小屋から遠くはなかったが、助けなしでは着くことが出来ないと彼は踏んだ。誠実なBecafigueを呼んでくることに決め、しかし逃げるのを恐れて、彼の獲物を残していく前に、木の幹に多くのリボンで結びつけた。

 ああ! 世界で最も美しい王女が、彼女を愛していた王子によってこのように扱われる日が来るなど、誰が想像しただろう!

 彼女はリボンを引き千切ろうとしたが無駄だった。彼女の努力は、より堅い結び目を作るだけだった。ジロフレが部屋に閉じこもっているのに飽きて幾らかの空気を吸いに行って哀れな牝鹿がもがいている場所に来たとき、彼女は、王子が最高に不器用に作った引き結びで自分を殆ど絞め殺すところだった。

 女主人の状態を見た彼女の驚愕は、容易く想像できるかもしれない。

 リボンはとても多くの場所に結ばれていたので、彼女の解放はあまり速やかにはいかなかった。そのため、彼女が牝鹿を得る準備ができたちょうどその時に、王子とBecafigueは現場に到着した。

「あなたに対する敬意は非常に大きいが、マダム」と王子が言った。
「あなたが犯している窃盗について抗議させていただきたい。
 私が牝鹿に傷を負わせた。それは私のものです。私はそれを気に入っている。私に引き渡してくださるようお願いします」

「殿下」とジロフレは返した。礼儀正しく。何故なら、彼女は美しく上品だったからだ。
「牝鹿は元々、私のものでした。私の牝鹿よりも、むしろ私が命を失います。彼女が私を知っていることを確かめたいのでしたら、彼女を自由の身にさせてください。
 来てください、私の小さな白い愛しい人。私を抱きしめてください」

 牝鹿は娘の首に身を寄せた。

「私の右の頬にキスしてください」

 命令は遂行された。

「私の心臓に触れてください」

 牝鹿は、それに彼女の足を置いた。

「ため息をついてください」

 そして、彼女はため息をついた。王子は、ジロフレの言葉の真実をもはや疑うことが出来なかった。

「彼女をあなたに引き渡します」と礼儀正しく彼は言った。
「しかし白状すると、そうするのは非常に残念です」

 ジロフレはすぐに、彼女の牝鹿と共に立ち去った。彼女たちは、王子が彼女たちの家に住んでいることを知らなかった。王子は彼女たちの後を追って、老婆の小屋に入るのを見て驚いた。彼は間もなくそこに着き、好奇心に突き動かされて、若い女性は誰なのかと老婆に尋ねた。彼女は、知りません、彼女とその牝鹿を受け入れました、彼女はよく支払って、完全に閉じこもって暮らしていますと答えた。Becafigueは彼女の部屋がどこであるか尋ねて、それが彼らのそれの隣で、薄い壁でだけ隔てられていると聞いていた。

 自分たちの部屋に着いて、Becafigueは王子に言った。大使の役を務めたとき宮殿で彼女に会ったと確信します、牝鹿と共にいる娘がデジレ姫に仕えていたのでなければ、ひどい人違いだ、と。

「どうしてお前は、私の魅惑的ゆえに致命的な記憶を蘇らせる? 彼女がここにいる可能性があるものか?」

「私に言えることはありません、殿下」とBecafigueは付け加えた。
「しかし、私は彼女に対して別の観察をしたいのです。そして、木の構造物だけが我々を隔てているなら、穴を開けるつもりです」

「なんて無為な好奇心だろう」

 Becafigueの言葉によりあらゆる悲しみを思い出させられて、悲しげに王子は言った。彼は森に面した窓を開けて夢想に陥った。一方、Becafigueの努力によって穴は作られ、彼は、金とエメラルドの刺繍を施し赤い絹の花をあしらった銀の錦のガウンを着た、愛らしい王女を見た。その髪は長い巻き毛となって美しい肩から流れ落ち、肌の色は素晴らしく、瞳は輝いていた。ジロフレはひざまずいて、夥しく出血した王女の腕に包帯を巻いていた。彼女たちは共に、その傷のことで非常に悩んでいるようだった。

「死なせてください」と王女が言った。
「死は、私が過ごしている哀れな生活よりも好ましいわ。一日中鹿の姿でいて、結ばれる運命であった人に逢っても話もできず、私の悲惨な話を伝えることもできないで!
 ああ! 彼がなんて甘い声を持っていて、なんて高潔で魅力ある物腰で、私に言ったことがどんなに切ないものであったか、あなたが知っていたなら。あなたはそうする以上に、私が彼に事情を説明できないことに同情することでしょう」

 見聞きした全てへのBecafigueの驚きは容易に想像できるかもしれない。彼は王子のもとへ走って、言い表せるより遥かに多くの喜びを備えて、彼を窓から引き離した。

「殿下」と彼は言った。
「ぐずぐずせずに壁に来てください。あなたを魅了した肖像の本物に逢えますよ」

 おかしな魔法を掛けられた犠牲者に違いないと危ぶんでいたのでなかったら、王子は見るやいなや彼の姫君を見分け、我を忘れて喜んだことだろう。しかしこのような驚くべき遭遇を、どうやって三つの破風の城に閉じ込めたロングエピーヌとその母親と結びつけることができただろうか。また、誰が彼女たちをそれぞれデジレとその侍女だと明示しただろうか?

 彼の気持ちは、勿論、私たちのこれまでの望みがいよいよ叶えられることを確信させるものだった。そしてこんな場合に唯一行うことは、説明の要求だ。

 ジロフレが考えていたのは善い老婆のことである。王女の傷に包帯を巻くには彼女の助けが必要だと。急いでドアを開けて、王子と鉢合わせて非常に驚いた。

 彼はすぐに部屋に入り、デジレの足元に身を投げ出した。彼の物凄い喜びは、まともに話すことの一切を妨げた。そのため彼がその最初の瞬間に言ったことを、知ろうと努力したにも拘わらず、誰一人として私に言える者はいない。王女の答えも同様で、混乱していた。だが愛が。それは面談の三分の一を占めた無言の際に、しばしば解説役として役立って、これまでそれほどうっとりするようなことを言っていなかった恋人たちに、その存在を確信させるほどだった。そして確かに、それは全く非常に優しくて感動的だった。涙、ため息、誓約、そして微笑みは役割を果たした。

 このようにして夜が過ぎ、そして夜が明け始めた。デジレはそれが近付いたことを失念していた。そして、彼女は二度と牝鹿になりはしなかった。状況に気が付いた彼女の喜びに並ぶものは何もなかった。その喜びの共有をしないではいられないほどに、王女は王子が愛しかった。彼女は彼に自身について物語った。最も賢い男および女をもしのぐ魅力と天性の雄弁を備えた、彼女の物語を。

「私の愛らしい王女」と彼が叫んだ。
「白い牝鹿の姿を傷つけた、それがあなただったのか? どうすれば大罪を償うことができるだろう? あなたの眼前で悲しみによって死ねば、それで足りるだろうか?」

 彼は非常に苦しんで、悲嘆が顔に表れていた。これは傷よりもデジレを苦しませた。彼女は、負傷はごく取るに足りないもので、これだけの良いことをもたらした不運をむしろ楽しんだと請け合った。こう言った彼女の態度は非常に親切だったので、彼は彼女の断言を信じざるを得なかった。

 自分の側の全てについて説明するために、王子はロングエピーヌおよび彼女の母親の不正行為について王女に伝えた。彼がなされたと思っていた屈辱の腹いせに、彼女の父親に戦争を仕掛けるつもりだったので、デジレを見つけたという素晴らしい幸運を急ぎ父親に知らせなければならないと付け加えて。デジレはBecafigueに手紙を届けるよう頼んだ。彼がそれに従おうとしたとき、トランペット、クラリオン(ラッパの一種)、大太鼓および小太鼓の大きな音が森に聞こえた。まるで大群衆が小さな家の側を通ろうとしているかのようだった。

 王子は窓の外を警戒して、自分が参加できるまで待機するように命じた数人の将校と彼自身の旗、軍旗を認めた。王子がデジレの父親に向けてこれを率いるつもりだと考えて軍隊は高揚していた。王は高齢にも拘わらず自ら彼らを指揮していた。彼はベルベットを金で飾った駕籠の中にいた。そして、ロングエピーヌおよび彼女の母親が乗った、開いた二輪戦車が続いていた。

 ゲリエ王子は駕籠を認めて、そこに急いだ。そして王は非常に優しく彼を抱きしめた。

「そなたはどこから来たのだ? 私の愛しい息子よ」と彼は叫んだ。
「そなたが去ることでどれほどに私を悲しませることが出来たものか?」

「陛下」と王子は返した。
「恐れ入りますが、私の話をお聞きください」

 王は駕籠から出た。そして奥まった場所に退いて、彼の息子は幸運な出会いとロングエピーヌの悪行について話した。王は喜び、彼の手を握って、感謝の印に天に目を向けた。

 デジレ姫はあらゆる星を合わせたよりも美しく見えた。彼女の頭は数多の色の羽根で飾られ、考え得る限り最大のダイヤモンドが彼女のガウンで見られることになっていた。彼女は見事な跳ね足の素晴らしい馬に乗り、女猟師の服を着た。ジロフレは彼女に同行したが、同じようにキラキラ輝いていた。

 これはチューリップの守護の賜物だった。彼女は慎重に、そして上手く全ての世話をした。こじゃれた木の家は王女のために意図的に建てられたものだった。そして老婆の姿を装って、チューリップは数日間、彼女をもてなしたのだ。王子が彼の軍隊を認めて父親に会いに行ったとき、チューリップはデジレの部屋に入って、息を吹きかけて彼女の腕の傷を癒し、王の前に出向くための豪華な衣装を与えたのだった。

 王は、全ての種類が祭典に相応しいと言い、彼の臣民の女王になることを延ばさないでほしいと彼女に願った。何故なら、と彼は続けた。

「私はあなたを、その価値により相応しいものにするために、ゲリエ王子に王国を渡す決意をしました」

 デジレは高貴な女性に期待される最大限の優雅さで応答した。そして二輪戦車の中で己の手で顔を覆った二人の囚人を見てから、彼女たちを赦すように、そのうえ、彼女たちがどこへ行きたがろうと、その二輪戦車を使ってよい自由を与えてやってほしいと願った。王は同意し、その間ずっと彼女の優しい心を褒めそやし、大いに彼女を称賛した。

 軍隊は帰還の命を下され、王子は彼の愛らしい姫君に同行するために彼の馬に乗った。彼らは大きな歓呼と共に首都に迎え入れられた。結婚式のためになされた準備は、王女を愛していた六人の親切な妖精の存在のために、非常に厳粛な雰囲気になった。彼女たちは考え得る最高に豪華な贈り物をした。その中に、デジレ姫の母親が彼女たちを訪ねた、あの素晴らしい宮殿があった。それは唐突に、五万人のキューピッドによって支えられて空気中に現れた。彼女たちは川の近くの美しい平野にそれを置いた。そのような贈り物の後では、他のものは少しも重要には思われなかった。

 誠実なBecafigueは彼の主人に頼んだ。王子が王女と挙式するときに自分たちも結婚したいと、ジロフレに口利きしてほしいと。王子は完全に乗り気だった。そしてその娘も、よい連れ合いを遠い国で見つけて非常に喜んだ。

 妖精チューリップは彼女の姉妹たちよりももっと気前がよく、インドに持っていた四つの金鉱を王女に与えた。そのため、彼女の夫は自分が妻より裕福だとは言えなかったかもしれない。

 結婚の祝宴は数か月の間続いた。新しい娯楽は毎日出てきた。そして全世界は白い牝鹿の冒険を歌い称えたのだった。



参考文献
D'Aulnoy, Marie Catherine Baronne. The Fairy Tales of Madame D'Aulnoy. Miss Annie Macdonell and Miss Lee, translators. Clinton Peters, illustrator. London: Lawrence and Bullen, 1892.
The Hind in the Wood」/『SurLaLune Fairy Tales.com』(Web)

※『だいだいいろの童話集』に収められたアンドリュー・ラング版「白い牝鹿」では幾分アレンジされ、泉の妖精の仮の姿はザリガニではなく蟹であり、また、妖精の宮殿に行く際に木々が道を開け茨が花開く描写もなく、ただ、茨の代わりにスミレが地を覆い、薔薇やジャスミンが枝垂れかかった、としている。偽のデジレ姫と王たちが対面するのは城のホールで、Becafigueも同席している。王子が白い牝鹿をリボンで木に繋ぐシーン、牝鹿が暴れたために絞め殺されそうになる描写は削除されている。Becafigueが隣室を覗くために穴を開けるシーン、鋸を使ってかなり大きな穴を開けたが、娘たちはネズミの音だと思って気にしなかった、という風に描写が詳細化している。王子とデジレ姫が出会ってからはひどく簡略化されて、すぐに物語が終わってしまっている。また、偽のデジレ姫とその母親は島流しにされたことになっている。

 キャラクターの名前も変えられており、《長い棘》を意味する《ロングエピーヌ Longue-pine 》は《サクランボ》を意味するらしい《 Cerisette 》に、《ニオイアラセイトウ(ジリフラワー)》を意味する《ジロフレ Girofle 》は《ノバラの花》を意味する《 Eglantine 》になっている。

 

 成人するまで閉じ込められ、一切の太陽の光を見てはならない子供に関する考察はこちら。→<小ネタ〜太陽を見てはならない子供

 日の光が一切射し込まない馬車に閉じこもって移動するくだりは、韓半島の高句麗神話で、天神(つまり、太陽神)を逃すまいと革の輿に閉じ込め龍車に乗せるが、小さな穴を開けてそこから天に帰ってしまうエピソードを思い起こさせられる。



参考 --> 「白檀の木」「ラール大王と二人のあどけない姫



爛漫の姫君  フランス オーノワ夫人

 昔々、数人の子供たちを持つ王と王妃が暮らしていた。だが彼らはみんな死んでしまい、王と王妃はとても残念に、とても残念に思って、慰められずにいた。彼らはとても裕福で、彼らの望みの一つは多くの子供を持つことだった。王妃の最後の息子が産まれてから五年。とても可愛かった、そして死んでしまった小さな王子たち全員を想う際に彼女がとても自分を苦しめたので、皆はもはや彼女は子供を持つことはないと考えていた。

 しかしついに、王妃は別の子供が自分に生まれることを知った。そこで寝ても覚めても彼女の思考を占めたのは、どうやって小さな生き物の命を保ち続けるか、あるいはそれを呼ぶ名前か、その服か、それに与える人形とおもちゃのことだった。指令は下され、トランペットの音によって公布されて、全ての公共広場に掲示された。王妃が自分の幼な子のために選びたがっているので、最も優れた乳母は王妃の前に参上すること、と。そこで乳母たちは地球の四方の全てからやって来たが、世話するべき赤ん坊がいない者はいなかった。

 それから暫くしたある日、王妃が大きな森で空気を吸っていたとき、腰をおろして王に言った。

「陛下。乳母を全て招集して、一人を選んでください。私たちの牝牛のために、多くの乳児を養うに足るほどのミルクを持ってはいけません」

「それはいいね。私の愛よ」と王は言った。「おいで。そして全ての乳母を呼び出そう」

 そこで乳母たちは交互にやって来て、王妃の前で多くの尊敬をこめて頭を下げ、その後は木に背を向けて列をなして立っていた。彼女たちが位置に着くと、王と王妃は彼女たちの生き生きした顔色、美しい歯、そして健康で力強そうな見た目に感心した。

 二人の醜い小人によって押されている、小さな手押し車がやって来るのが見えた。中には歪んだ足の恐ろしい生き物がいた。彼女の膝は自分の顎に触れ、背中には大きなこぶがあり、両目を細めて、肌はインクのように黒かった。腕には小さな猿を抱いていて、それを世話していた。そして彼女は、彼らには理解できない特殊な言葉を話していた。彼女もまた乳母として自分を売り込みに来たのだが、王妃は彼女を追い払って言った。

「離れていなさい、とても醜いものよ。その忌まわしい顔で私の面前に来るとはとても無礼です。もう一分ここで過ごしたなら、放り出させますよ」

 それで、不機嫌な生き物はぶつぶつ言って通り過ぎた。彼女の恐ろしい小人に引かれていって、全てを見ることができるように大木のうろの中に居すわった。

 王妃は彼女についてそれ以上何も考えず、優れた乳母を選んだ。ところが選んだ名を挙げた途端に、草の下に潜んでいた恐ろしい蛇が乳母の足を噛んだ。そして彼女は意識をなくして倒れた。王妃はこの事故を悲しみ、目を他の者に向けた。すぐに鷲が空を通り過ぎて、運んでいた亀を哀れな乳母の頭に落とし、それをガラスのように粉々に砕いた。王妃は更に悲しんで、三人目の乳母を呼んだ。強い熱意によって進み出た彼女は、大きな棘の灌木をぶつけられて眼球が飛び出た。

「ああ!」と王妃は叫んだ。
「私たちは今日、本当に不運だわ。悪運をもたらさずに乳母を選ぶことが出来ないなんて。私は、侍医に彼女たちの治療を任せなければならない」

 宮殿に戻るために立ちあがったとき、おし殺された笑い声を聞いた。振り向いて、彼女は背後に邪悪なせむし女を見た。手押し車の中に小鬼と座っていたので、類人猿のように見えた。一団の全て、特に女王を嗤って彼女はそこにいた。女王は彼女が乳母に起こった凶悪な運命の原因だと確信し、行って殴りたいほどに腹を立てた。だがせむし女は、彼女の杖の三打ちで小人を翼あるグリフィンに、手押し車を火の二輪戦車に変えて、脅かされる恐ろしい叫び声を発して空に飛び去った。

「ああ! 私の愛よ。我々は地獄に落ちた」と王が言った。
「あれは妖精カラボスだ。あの邪悪な生き物は私を嫌っているのだ。私が小さな男の子だった頃、いたずらを仕掛けて、硫黄を彼女のブイヨンスープに入れた時から。以来、彼女は私に復讐しようとしていた」

 王妃は泣き始めた。

「もし私が彼女の名を知っていたなら」と彼女は言った。
「私は彼女と友人になろうとしたでしょう。しかし今、私は死にそうな気分です」

 王は彼女の苦悩を見て言った。

「おいで、私の愛よ。私たちは何をすべきか考えなくては」

 そして彼は腕を貸して彼女をもたれさせた。何故なら彼女は、未だにカラボスに与えられた恐怖によって震えていたからだ。

 

 王と女王は彼らの部屋に参事官を呼んで、何も聞かれないようにドアと窓を閉ざした。それから彼らは、子供の誕生の際に一千マイルの範囲内にいる全ての妖精を出席させることを決心した。一刻を争って使者を急送して、美しい文章で最高に礼儀正しい、王家の幼な子の誕生に居合わせてくれると嬉しい、その件に関しては誰にも何も言わないでほしいと願う手紙を送った。

 全てを台無しにしに来るカラボスの耳には入れまいと彼らは戦々恐々とした。そして妖精たちへの報酬として、青いビロードのハンガリーの上着、紫赤色のビロードのスカート、そして深紅のサテンの靴、一対の小さな金色のはさみ、また細い針でいっぱいの裁縫箱が約束された。

 使者が出発するとすぐに、王妃は彼女のメイドと使用人と共に、妖精たちに約束した全てを用意するために働き始めた。多数の来訪が期待できるかもしれないと踏んでいたが、来たのは五人だけだった。小さな姫君が産まれたちょうどその時に彼女たちは到着した。それで彼女たちは妖精の贈り物を授けるために、すぐさま王妃の部屋に閉じこもった。

 最初の者は、彼女に完全な美を与えた。二番目は素晴らしい賢さ、三番目は歌う力。四番目は散文と韻文の両方を書ける力。

 五番目が話そうと口を開いたとき、煙突の中で、尖塔のてっぺんから大岩が落ちたような騒音が聞こえた。そして煤まみれのカラボスが、彼女の登場を作って金切り声をあげた。

「小さい者への私の贈り物はここにある。我は願う、
 彼女の青春期の全てが曇りであり、
 二十歳を過ぎるまでそのままであれ

 この言葉で、横たわっていた王妃は泣き始めた。そしてカラボスに小さな姫君を憐れんでくれるように懇願した。また全ての妖精たちが言った。

「ああ! 姉妹よ。この呪いを彼女から取り去ってください。彼女があなたに何かしましたか?」

 しかし醜い妖精は唸って返事をしなかった。それで、どんなものも授けていなかった五番目の妖精が、呪いの期間が過ぎた後、子供に幸福と長寿を授けることによって埋め合わせをしようとした。カラボスは嗤って、ありとあらゆる馬鹿にした歌をうたいだすばかりだった。そしてやって来た同じ道を登り、宮殿を出て行った。

 妖精たち全員、特に王妃は、大変なショックの中にあった。彼女はしかし、妖精たちに約束したものを与えることを忘れなかった。そして妖精たちが非常に好むリボンさえ加えて、手厚く彼女たちを喜ばせた。

 

 カラボスが去っていたので、年長の妖精が提案をした。姫君が二十歳になるまで、彼女のために選ばれた従者以外の誰もいないどこかに閉じこもり、念入りに保護されるべきだと。

 そこで王は塔を建設した。そこには一つの窓もなかったし、蝋燭の光以外は見ることはできなかった。そこに入るには地面の下に伸びた1リーグの通廊(アーチ型の天井の地下通路)を通り抜けねばならなかった。そしてこの通路を通って、乳母や女家庭教師が望んだものは何でも持ってくることが出来た。二十段ごとに大きなドアがあり、強力に鍵が掛けられた。そして多くの警備員がそれに沿って配置された。

 若い王女は爛漫の姫君プランセッス・プランタニエールと呼ばれていた。何故なら、百合と薔薇のような顔色をして、春よりも新鮮で明るかったからだ。全ての点で彼女は抜きん出て優れ、まるでそれが全く簡単なものであるかのように最も難しい科学を学んだ。彼女は背が高く、美しく育ち、王と王妃は喜びの涙なしには彼女に会えなかった。

 時々、彼女は彼らに彼女の家に滞在してほしい、あるいは一緒に連れて行ってほしいと頼んだ。どうして塔にいるのか知ることなく、飽き飽きしていたからだ。しかし彼らは常にそれを先延ばしにした。

 彼女を一度も置き去りにしたことがなく、知性も乏しくなかった乳母は、時折、世界がどのようなものかを彼女に伝えた。すると彼女はすぐに、まるで本当にそれを見たかのように全てを理解するのだった。王は王妃にしばしば言った。

「私の愛よ。カラボスを馬鹿に出来るぞ。私たちは彼女を出し抜いた。そして私たちの爛漫の姫は彼女の予言にも拘らず幸せだ」

 そして王妃は、邪悪な妖精が不快になっている様子を思い浮かべて涙が出るまで笑った。

 爛漫の姫君を手元の塔から解き放つ時のために、彼らは彼女の肖像画を描いてもらって、世界じゅういたるところに送り届けさせ、彼女の結婚を望んだ。

 

 とうとう、僅か四日で二十年は完了しようとしていた。そして宮廷と街は、近付いた彼女の自由を考えただけでうきうきしていた。また、マーリン王が彼の息子のために彼女を迎えたいと思い、結婚の意思を尋ねようとを大使Fanfarinetを派遣していたと聞いたとき、その喜びはあまりにも大きかった。

 姫君に全てを話した乳母は、彼女にこの報せを持ってきて、世界のどんな光景もFanfarinetの魅力ほど素晴らしくないと言った。「ああ、なんて不運なの、私!」と姫君は叫んだ。

「まるで何か大犯罪を犯したみたいに、私は暗い塔に閉じ込められている。私、とても驚くべきものだって言う空も、それに太陽も見たことがないわ。絵の中で以外、馬も、それに猿も、ライオンも見たことがない。
 王と王妃は、私が二十歳になったら解放してくれるって言う。でもあの人たちが言うのは、我慢しなさいってことだけよ。
 私は本当によく知っているわ。あの人たちは私がここで死ねばいいって思っているんだって。それでも私は彼らの気に障らないようにしてきた」

 その上で彼女は長く、そして悲痛に泣き始め、目からは拳ほどに大きな涙が流れた。それで彼女の乳母と乳姉妹、下位の乳母や子守唄を歌う女性、そして小さい子守女、彼女を情熱的に愛している全員が、長く、そして悲痛に涙を流し始めて、苦悩の大きさで息が詰まるに違いないと思うまで、すすり泣きとため息で何も聞こえなかった。

 姫君は彼女たちが悲嘆に暮れる準備が出来ていることを見てとると、ナイフを取って大声で言った。

「そら! あなたが私にFanfarinetの見事な魅力を見させる何かの手段を見つけないなら、私はこの場で自殺するつもりよ。王と王妃は知らないでしょう。だから選びなさい。私がここで自殺するのを望むか、さもなければ私が頼んだことをするのか」

 この言葉で、乳母とその他の者たちはいっそう大声で再び泣き叫び始めた。そして全員が、彼女にFanfarinetを見せるか、失敗して自分たちが死ぬかの決意をした。

 夜の残りを、彼女たちはどのようにそれを実行するかの計画を練って過ごした。けれど甲斐はなく、爛漫の姫君は絶望の中でひっきりなしに言った。

「私を愛してるって、もう二度と言わないで。愛と友情があれば何でも出来るって聞いているわ。あなたたちが見つけようと思うなら、何か方法を見つけられるはずでしょう」

 ついに彼女たちは、Fanfarinetが来る街の側へ塔の中で穴を開けるという結論に達した。姫君のベッドを押しのけて、彼女たち全員は夜昼休みなく仕事に取り掛かった。引っ掻くことにより、最初に漆喰を取り、それから小さな石を取った。多大な困難を伴い、ついに彼女たちは――細い針なら滑り込ませることが出来るかもしれない穴を作り上げた。

 爛漫の姫君が日の光を見たのはそれが生まれて初めてで、全く目が眩んでしまった。彼女は小さな穴を通してしっかりと、Fanfarinetが彼の全部隊の先頭に見えるのを覗き見た。

 彼はトランペットの音に合わせて躍る白馬に乗っていた。そして見事なやり方で馬を後ろ脚で立たせた。六人のフルート奏者は正面を歩き、最高のオペラの旋律が流れた。また、六人のオーボエ奏者が演奏を始め、それからトランペットとタンバリンが始まった。Fanfarinetは真珠で飾られたダブレット(ルネサンス期の男性用の袖なし上衣。シャツの上に着て腰をベルトで締める)を着ていた。ブーツは金で、真紅の大羽が兜の上で手を振っていた。そして飾り紐は彼の盛装のあらゆる部分からひるがえっていた。彼がこのようにダイヤモンドで覆われた間…マーリン王は部屋をそれでいっぱいにした…太陽の輝きは彼のそれに敵いはしなかった。

 爛漫の姫君はこの光景で我を忘れて、完全に腰砕けになってしまった。ほんの少し問題を思案した後で、彼女は美しいFanfarinet以外とは結婚しない、同じように彼の主人が美しいと考える根拠はないのだから、と宣誓した。彼女には上位の男と結婚する野心はなかった。塔の中でも楽しく暮らせたのだから、必要とあらば、彼の田舎のなにがしかの城で幸福に暮らせる。チキンとプラムの砂糖漬けより、彼の一門に交わってのパンと水の方が良いと考えた。

 手短に言えば、彼女がこれほどに多くを話したので、乳母たちは、彼女の話の四分の一しか理解することができなかった。彼女たちが姫君の身分と彼女の誤りを訴えたとき、彼女は黙っているように言って、その言葉を聞いてやろうとはしなかった。

 

 Fanfarinetが王の宮殿に入るとすぐに、王妃は彼女の娘を呼びにやった。全ての通路には絨毯が敷かれ、貴婦人たちが窓辺に立った。姫君が通り過ぎた時に投げるために、その何人かの手の中には花でいっぱいの籠、何人かには真珠でいっぱいの籠があり、その他、それ以上に良いのは美味しい砂糖菓子だった。

 メイドがちょうど姫君に着付けを始めていたとき、象に乗った小人が塔にやって来た。彼は姫君が生まれたとき贈り物を授けた五人の善い妖精に送られたのだった。彼らは姫君に、冠、笏、金襴緞子のドレス、蝶の羽のスカート、最も素晴らしい方法で加工された貴重で価値ある宝石でいっぱいの小箱を届けた。そのような宝は目にしたことがなかった。この光景に、王妃は讃嘆のあまり言葉も出ないようだったが、姫君は全てを興味なさそうに見ていた。Fanfarinetのことばかり考えていたからだ。

 王妃たちは小人に感謝して、健康を祝って乾杯したうえにピストール金貨を与え、また沢山の染められたリボンを一千エル以上も与えた。彼は自分の素晴らしい靴下止め、胸の飾り結び、そして帽子の薔薇飾りを作った。小さいので、彼が全てのリボンをつけた時には、もはや見ることが出来なかった。

 王妃は妖精に届けるために何か素敵なものを探しに行くと言った。そして非常に人に親切な姫君は、杉材で出来た糸巻き棒と共に、幾つかのドイツの糸紡ぎ車を与えた。

 王妃たちが、小人が持ってきた最高に珍しい全ての品々で姫君を盛装させると、太陽は嫉妬して雲に隠れた、そして彼女が路上にいた間、普段はさして内気でない月が現れる勇気を持てなかったと思えるほどに美しく見えた。

 彼女は豪華な絨毯を踏んで通路を歩いた。そして集まった人々は彼女を囲んで大勢でむせび泣いた。

「ああ、彼女はなんて美しいんだろう! なんて美しいんだろう!」

 彼女が豪華な礼服で王妃と四、五ダースの名門の姫たち…言うまでもなく、十ダース以上は近隣の国から祝宴に出席するために来た…の間を歩いた途端、空は暗くなり、雷鳴が低く轟き、激しい雨と雹が降り始めた。王妃は王家のマントを被り、貴婦人たちは彼女たちのスカートでそうした。爛漫の姫君がちょうど同じことをしようとしていたとき、数羽のワタリガラスが、そしてコノハズク、ハシボソガラス、その他の鳥たちがあげた、不吉な予兆の叫び声を空に聞いた。彼らの鳴き声は良い前兆になりはしない。巨大な醜いフクロウが現れるやいなや、くちばしに蜘蛛の巣のように精緻でコウモリの羽の刺繍をあしらったスカーフをくわえて襲い掛かった。そのスカーフが爛漫の姫君の肩に掛けられると、それがカラボスの計画による災いをなす仕掛けであるという確かな証拠に、大きな爆発的な笑い声が聞こえた。

 この恐ろしい光景に誰もが泣き叫び始めた。そして王妃は他の誰よりも苦しんだ。娘の肩に打ちつけられたように見える黒いスカーフを剥ぎ取りたいが、一体どうすれば。

「ああ!」と彼女は叫んだ。
「これは私たちの敵が仕掛けた企みだわ。何も彼女を宥めることはできない。私たちの特別な砂糖と同程度の五十ポンドの砂糖菓子、そして二つのマインツハム(ドイツのハム)を送ったけれど無駄だった。彼女はそれらを気に留めはしなかった」

 彼女がこのように嘆いていた間に、人々はみんな濡れ鼠になっていた。爛漫の姫君の頭の中は大使でいっぱいで、完全な沈黙の中で考えは加速し続けていた。もしも彼に気に入られるなら、カラボスも彼女の不吉なスカーフも気にならないのに、と。彼女は彼が会いに来ないのを不思議に思っていたが、そのとき突然、彼女は王の側で彼に会った。すぐにトランペット、太鼓にバイオリンの演奏が陽気に始まった。人々の叫びは倍増し、実際、歓喜に限度はなかった。

 Fanfarinetは非常にウィットに富んでいた。こんなにも優美で高潔な穢れなき爛漫の姫君と会ったとき、非常な喜びのため、話す代わりに大口を開けただけだった。実際はカップ一杯のチョコレートを飲んだだけだったけれども、人は彼が酔っていたと言っただろう。彼は、何ヶ月も毎日繰り返して眠っていても言えるほど充分知っていたスピーチをすぐに忘れてしまったことに絶望した。言葉を呼び戻すために記憶を探る間、彼は姫君の前で深くお辞儀をし続けた。彼女の方は半ダースも会釈をしていたことには気付かずに。

 ついに彼女は口を開き、見たところの問題から彼を救うために言った。

「Fanfarinet卿、私は全く、あなたの思考力が魅力的であることを確信しています。あなたが知性で溢れていることを存じておりますもの。ですが、私たちは急がなければ。そして宮殿に着かねばなりませんわ。土砂降りが激しく降っていますもの。
 邪悪なカラボスは私たちをずぶ濡れにしたいのです。ですが、屋内にいれば、私たちは彼女を笑うことができます」

 彼はたいそう華麗に答えた。妖精は賢明にも姫の穢れなき目を輝かせる火を予知していた、そしてそれはカラボスの注ぎ出す大洪水を和らげることになっていた、と。

 これらの少ない言葉と共に彼は道中で彼女を助けるために自分の手を貸した。それと同時に、彼女が彼の耳に低く囁いた。

「私、あなたが予想もしないのだろうと思います。私が気持ちを言わない限り。そうすることは少し難しいけれど、『邪悪な考えを抱く者に災いあれ』ですわ。ですから、知っていてください、大使卿。私がとてもあなたを賞賛したこと。始めてあなたを、あなたの素晴らしい跳ね躍る馬の上に見たとき。そして私は、あなたが他の方の使いとしてここにいらしたことを、とても残念に感じました。
 あなたの勇気が私のものと同じくらい大きいなら、このための救済手段が見つかりますわ。あなたの主人の名において、代理人のあなたと結婚式をする代わりに、私、あなた自身と結婚したいのです。
 あなたが王子ではないことは知っています。けれどあなたは私を、ちょうどあなたと同じくらい意にかなわせているわ。だから私たち、一緒にどこか世界の隅へ逃げましょう。
 初めのうちは、それはいくらか悪く言われることでしょう。けれど他の娘が私と同じような、ことによるともっと悪いことをするはずだわ。そうすれば人々は私たちを放っておいてその娘のことを噂するもの。そして私はあなたと一緒に暮らすことができる 」

 Fanfarinetは夢を見ているのではないかと思った。爛漫の姫君が素晴らしい姫だったので。運命がなにがしかおかしな気まぐれを起こしたのでない限り、彼女が彼に与えたこの名誉を決して望んではいなかった。彼女の問いかけを受け流す力さえない。もし他に誰もいなかったなら、彼女の足元に身を投げ出していただろう。そんなわけで、彼は彼女の小指をとても力強く握りしめさせていただいた。しかし彼女ものぼせ上がっていて、決して叫んだりはしなかった。

 彼女が宮殿に入ると、ありとあらゆる楽器が演奏を始め、天使のそれのような声と合わさった。それは、誰もが物音を立てまいと思うあまりに息を殺したほど見事なものだった。王は彼の娘の額と両頬にキスを落とした後で、彼女に言った。

「私の小さな子羊や。(彼は、彼女にあらゆる種類の称号を与えた。)そなたは偉大なマーリン王の息子と結婚して嬉しくはないのか? こちらのFanfarinet卿は、王子の代理人として式典を行い、そなたを世界で最も素晴らしい王国に連れ去るだろう」

「ええ、お父様」と深く会釈をして彼女は言った。
「私の良き母がそう望むのであれば、望むようにいたします」

「ええ、望みますよ。愛しい子」と王妃が言い、彼女を抱きしめた。
「さあさあ、デーブルに料理を広げて」

 そして素早くそれがなされた。人の記憶にないほどの百の御馳走が大勢の前に並べられた。

 爛漫の姫君とFanfarinetだけは加わらなかった。周囲で行われている全てを忘れて夢見心地になるまで、お互いを見つめることを考えるばかりだったので。

 祝典の後、舞台で演じられるバレエによる楽しいひと時があった。しかし既に時刻がかなり遅く、誰もがとても沢山食べていたので、彼らの努力にも拘わらず、人々は椅子の上で眠っていた。王と王妃ももまた眠り、ソファーにもたれかかっていた。貴婦人と騎士の大半はいびきをかいていた。音楽家は調子の外れた指揮をして、演奏者は自分が何を奏でているのか分からなかった。

 私たちの恋人たちだけは鼠のように用心深く、はっきり目を覚ましていて、惚けた表情で互いを見ていた。彼らの座にいる警備員も眠っていたので、姫君には何も恐れるものがなかった。そしてFanfarinetに言った。

「私を信用して。好機を利用しましょう。結婚式が行われるまで待っていたら、王は私に侍女を付け、そして王子があなたのマーリン王のところにまで私を伴うでしょう。今、出来るだけ早く行った方がいいわ」

 立ち上がって、彼女はダイヤモンドを散りばめた王の短剣を取り、王妃の頭飾りを外した。彼女は身体が楽になってもっとよく眠るかもしれない。

 姫君はFanfarinetに自分の白い手を与え、彼はそれを取ってひざまずき、言った。

「あなたに永遠の誠実と忠誠を誓います、殿下。
 偉大な姫君。あなたは私のために全てをしてくださる。私は何と役立たずなのでしょうか!」

 彼らは宮殿を出て、大使は手提げランプを持った。そしてとてもぬかるんだ道を通って港に着き、小さいポートに乗り込んだ。その中には貧しい船頭が眠っていた。彼らは彼を起こした。船頭は爛漫の姫君がこんなにも美しく、こんなにも華やかな服、沢山のダイヤと蜘蛛の巣のスカーフを身に着けているのを見て、夜の女神だと思ってひざまずいた。しかし無駄な時間はなかったので、姫君は出航するよう命じた。

 月も星も見えず、それは非常に冒険的だった。そして空はカラボスが引き起こした嵐で未だに満ちていた。王妃の頭飾りの紅玉石カーバンクルが五十の松明たいまつよりも明るく輝いたのは本当である。そしてFanfarinetは、全く手提げランプなしで済ませられたのかもしれない。そして紅玉石には彼らの姿を見えなくする力がある。

 Fanfarinetは、どこに行きたいかと姫君に尋ねた。

「ああ!」と彼女は言った。
「私はあなたと一緒に行きたい。それが私の関心の全てよ」

「勿論です、マダム」と彼は答えた。「私にはあなたをマーリン王の宮廷へ連れて行かない勇気がある。そこに行けば私は犬のように死なねばならないでしょうから」

「よろしい」と彼女は答えた。
「絶海の孤島、栗鼠リスの島へ行きましょう。私たちが追跡から逃れるために充分遠いところへ」

 彼女の命令によって水夫は出発した。ほんの小さなボートであったが彼は従った。

 

 夜が明けて、少し身ぶるいして目をこすってから最初に、王と王妃とその他の人々は考えた。姫君の婚礼を完遂しようと。

 王妃はとても慌てて、自分の頭に着けていた見事な頭飾りを探した。棚からシチュー鍋の中さえ、人々は至るところでそれを探したが見つかるはずもない。非常に心配した王妃は上下階段、地下室、屋根裏まで探させたが、それはどこにも見当たらなかった。

 王の方は、彼の素晴らしい短剣で自身を盛装させたかった。そして同様に至るところをくまなく探し始め、百年以上開けられたことのなかった箱や小箱を開けた。彼らはありとあらゆる珍品、頭と目を動かす人形、黄金の羊とその小さな子羊、レモンの皮、塩漬けのクルミを見たが、それらのどれも王の損失の埋め合わせにはならなかった。

 彼は自分の顎髭を引き千切らんばかりに必死だった。王妃も一緒になって彼女の髪を掻き毟った。何故なら、実は頭飾りと短剣はマドリードと同じくらい大きい街十以上の価値があるものだったのだ。

 どちらも見つけられる希望がないと見てとると、王は王妃に言った。

「私の愛よ、勇気を持つんだ。式典を完了するために急ごう。もうすっかり私たちの貴重な時間を犠牲にしてしまった」

 彼が姫はどこにいるのかと訊いたとき、乳母は進み出て言った。

「陛下。私は彼女を二時間以上探したことを保証いたします。そして彼女を見つけることができませんでした」

 この言葉は王と王妃に悲しみの極致を運んできた。王妃はヒナを奪われた鷲のように泣き始め、ふらついて倒れた。このように哀れな光景をあなたは見たことがないだろう。そして彼女が意識を取り戻す前に、人々は彼女の尊顔の上にハンガリー水(蒸留したワインにローズマリーを漬け込んだ、香水兼化粧水)をバケツ二杯以上も掛けなければならなかった。宮廷の貴婦人たちと花嫁の付添人たち、そして全ての側用人たちは泣いた。

「王の娘は本当にいなくなったのか?」

 第一の従者に言われて、王は姫が見つからなかったことを理解した。

「行って、どこかその辺の隅で眠っているFanfarinetを連れて来るのだ。彼が来れば、恐らく私たちと共に嘆くだろう」

 そこで従者は至るところでFanfarinetを探し回ったが、爛漫の姫君、頭飾りと短剣が見つからなかったように、彼はいなかった。これは彼らの災難へのもう一つの追加だった。そして彼らの君主は絶望していた。

 王は彼の全ての評議員と兵士を一堂に呼び集め、王妃と共に、既に黒い弔旗の掛かっている大きな広間へ行った。夫妻は華美な服を自粛し、それぞれ腰を紐で結んだ長い喪服を着ていた。人々が中で彼らの有様を見たとき、それほど硬くない心臓が壊れる準備はできていた。そしてホールにはすすり泣きとため息が反響し、涙の川が床に長く流れた。言葉を言えるようになったのは三時間前で、王はスピーチを準備する時間がなかった。ついに彼は始めた。

「貴きも貧しきも、今、聞いてくれ。私は愛しい娘、爛漫の姫君を失った。私は彼女が消えうせたのか、それとも盗まれたのかどうかを知らぬ。王妃の頭飾りと私の短剣、それは黄金に等しい価値があるが、それも消えた。そして更に悪いことは、大使Fanfarinetがもはや見つからぬことである。
 私は、彼の主君たる王が変事を知らずに来て、我々の宮廷で彼を探し、我々が彼をバラバラに切り刻んだとして訴えることを非常に恐れている。
 もし私が金銭を持っているならば、まだ耐えることも出来ただろう。しかし娘の結婚の経費が私を破産させたことを認めねばなるまい。
 したがって、私に助言してくれ、我が親愛なる臣民たちよ。私が娘、Fanfarinet、および失った財産を取り戻すために何が出来るのかということについて」

誰もが王の素晴らしいスピーチを称賛した。彼はこれまではこれほど上手には話さなかった。それで、王国の高官であるガンバイユ卿は話した。

「陛下。我々はあなたを見舞った災いを大変残念に思います。そして悲嘆の理由を減らすために、最良の女や僅かなものを差し上げたことでしょう。しかしこれらは明らかに妖精カラボスの仕業です。姫君の二十年は未だ完了していませんでした。そして私は、彼女がFanfarinetを常に見ている、彼もまた彼女を常に見ていたと気付いた時から、それをあなたに率直にお話せねばなりませんでした。恐らく、失踪は彼の何がしかの策略によるものです」

 これらの言葉で、非常に短気だった王妃は彼を遮った。

「そなたの発言は聞き流せませんね、ガンバイユ卿。姫がFanfarinetと恋に落ちたかったはずがないではありませんか。私は完璧にあの子を育てたのですから」

 すかさず、全てを聞いていた乳母が、王の王妃の前に進み出てひざまずいた。

「私は、何が起こったのか告白に参りました」と彼女が言った。
「姫君は、ご自身がFanfarinetを見なければならない、さもなければ死ぬと断言されましたので、私どもは小さな穴、それを通して彼女は彼をご覧になったのですが、それを開けました。そしてすぐに、姫君は他の誰とも決して結婚しないと誓ったのでございます」

 これを聞いて誰もが大変に困った。というのも、高官ガンバイユが非常に鋭く、目の利く人物であるとよく知っていたからである。王妃は激怒し、乳母、乳姉妹、下位の乳母、子守唄を歌う女と小さな子守女を、批難の中で彼女たちが半死半生になったほどに激しく叱責した。

 そこでシャポー・ポワンテュ提督が王妃を遮って叫んだ。

「我らが行って、Fanfarinetを探してまいります。疑う余地なく、この悪党が我らの姫君と駆け落ちしたのです」

 皆はこれを救いとし、拍手した。

「我々が行きます」と、何人かは船便で乗り出した。他の者は王国から王国へ陸路で行った。太鼓を打ち鳴らしトランペットを吹き鳴らして、人々が周囲に集まると彼らは叫ぶのだった。

「誰か、綺麗な人形、乾物か液体の保存食料、一対のはさみ、貴族の礼服、素晴らしいサテンの帽子を得たい者があれば、我らに伝えるだけでよい。Fanfarinetに盗み去られた爛漫の姫君の居場所を」

 しかし誰もがこう答えた。

「どこか他にお行きなさい。私たちは彼らに会いませんでした」

 

 船で姫君を追跡した人々の方が幸運だった。出航して長い時間が過ぎたある夜、彼らは大きな火のようなものが前方で輝いているのを見た。彼らはその近くへ行く勇気がなかった。何が起こるか分からない。しかしすぐに、この光は絶海の栗鼠リスの島へ上陸するように見えた。

 実は、それこそが姫君とその恋人に他ならなかったのだ。そして彼らが見た輝きは紅玉石カーバンクルであった。爛漫の姫君とFanfarinetはボートから降り、彼らを連れて来た善き男に百のクラウン金貨を与えた。別れを告げ、見聞きしたことを何も話さないように、目で誓わせた。

 船頭が遭った最初のものは王の船であった。彼はそれを認識するやいなや回避しようとした。しかし海軍大将は彼の後にボートを送り、善き男はとても年取っていて、充分速く漕ぐ力がないほど衰えていた。追いつくと、兵士たちは彼を海軍大将の前に連れて行って身体検査した。彼らは船頭の持つ百のクラウン金貨が全く新しいことを知った。というのも、それらは姫君の結婚披露宴の資金として鋳造されたものだったからだ。海軍大将は彼を尋問したが、答える義務はないと、耳と口が不自由であるように偽った。

「結構」と海軍大将が言った。
「この口のきけない男を大マストに縛り付け、体罰を与えよ。それが口のきけない全ての者への最高の治療なのだからな」

 老人はこの意味するものを見て、娘……人ではなく天使のような……と美しい騎士が、絶海の栗鼠リスの島へ連れて行くように命じたことを認めた。これを聞いて海軍大将は、それは姫君に違いない、自分は島を包囲する艦隊を送らねばならないということを悟った。

 

 一方、浜辺でぐったりしていた爛漫の姫君は、厚く繁った木の陰に緑の芝生を見つけて、横になって静かに眠るようにした。しかし飢えが愛よりも勝っていたFanfarinetは、長く彼女を休ませたままにはしなかった。

「何を考えている、マダム」と彼は言い、彼女を起こした。
「ここにずっといられるのか? 食料が何も見当たらないぞ。あなたが最初からもっと障害のない人であれば、これほど食べることで厄介なことにはならなかった。私の歯はとても長い。そして私はとても空腹だ」

「何なの、Fanfarinet」と彼女は答えた。
「私があなたへ感じる愛情は、全ての代わりになってあなたを我慢させはしないのかしら? あなたの心は、あなたの幸運で満たされてはいないのかしら?」

「むしろ私の不運で」と彼は叫んだ。
「あなたが暗黒の塔にいるままだったら、私は天国だっただろうに!」

「騎士さま」と、丁寧に彼女が言った。
「怒らないでください。行ってあちこち探せば、私きっと、何か果物を見つけられるでしょう」

「私は望むぞ」と彼は答えた。
「お前が、自分が狼に食われちまうってことを見つけられることをな!」

 大きな苦悩の中、姫君は森を走った。綺麗な服はいばらで裂け、白い肌は、まるで猫たちと遊びでもしたかのように、棘で引っ掻き傷だらけになった。

 恋に落ちるとは何かを考えよ。――災いだけがそれから起こった。

 至るところを探し回った挙句、何も見つけられなかったと話すために、彼女はとても悲しい思いでFanfarinetのもとへ戻った。しかし彼は彼女に背を向けて、ぶつぶつ言って立ち去ったのだ。

 あくる日、彼らは再び食料を探したが、全く無駄なままだった。そのため彼らは葉っぱと何匹かのコフキコガネ虫以外は何も食べずに三日を過ごした。

 姫君は非常に繊細ではあったが、不満がらなかった。

「私、気にしないわ」と彼女は言った。
「私が一人で苦しんで、飢えて死んでしまうとしても、あなたに充分に食べさせられるなら、私、気にしない」

「私にとってはどっちでも同じだがな」と彼は答えた。
「お前が死のうと死ぬまいと、私は望むものを受けられる」

「そんなこと有り得るの」と彼女は尋ねた。
「あなたにとって、私の死はそんなに小さな相違なの? それがあなたが私にした誓いなのかしら?」

「大きな相違だ」と彼は答えた。
「飢えも乾きもせず快適な男と、絶海の孤島で死にそうになっている不運で哀れな男とじゃな」

「私も同じ危険の中にいるわ」と彼女は言った。「そして私は不満じゃない」

「お前はそう望んでいるんだろうよ」と、険しく彼は返した。
「お前は父と母から離れることを望んでいた。そして上へ下へとぶらつきに出て行った。さて、全く素晴らしい場所に我らはいる!」

「でも、あなたへの愛を受け入れてくれたじゃない、Fanfarinet」

 彼女は言って、手を差し出した。

「私は、そんなものなくても済ませることができたんだ」と彼は答え、背を向けた。

 

 悲しみで打ちひしがれた美しい姫君は、石さえ憐れみの心を動かしたほどにひどく泣きだした。彼女は赤と白の薔薇で覆われている茂みの側に座った。しばらくそれらを眺めた後で、彼女は言った。

「あなたはなんて幸せなのかしら、若い花よ。西風の神ゼフィルスはあなたを愛撫し、露はあなたを潤わせる。太陽はあなたに美しさをもたらし、ミツバチはあなたを愛し、棘はあなたを防護する。
 誰もがあなたを称賛している。
 ああ! どうしてあなたは私よりも幸せでなければならないの?」

 こうした思いから彼女は多くの涙を流し、薔薇の木の根元をすっかり湿らせてしまった。その後、ざわざわしているのを見て、彼女は非常に驚いた。そして薔薇が大きく開き、それら全ての中で最も美しいものが言った。

『あなたが恋に落ちなかったら、あなたの多くは私と同じほどに望ましかったでしょう。誰であろうと、恋は最大の危険を剥き出しにします。
 可哀想なお姫さま。向こうの木のうろで見つかる蜂の巣を取りなさい。けれどFanfarinetにそれを与えるような愚かな真似をしてはなりませんよ』

 夢かうつつか分からないうちに、彼女は木に走った。彼女は蜂蜜を見つけた。そしてすぐに、恩知らずの恋人にそれを持って行った。

「ここに」と彼女は言った。
「蜂の巣があるわ。私が自分勝手だったら、これを全部一人で食べたかもしれない。でも私は、これをあなたと共有したい」

 感謝の言葉もまなざしさえもなく、彼はそれを彼女の手からむしり取って全て食べてしまった。彼女に一口でも与えることを拒否して。残酷な性質に等しく嘲りを加え、これは甘過ぎるからお前の歯を悪くすると言い、似たような嘲りを百も言った。

 苦悩の増した爛漫の姫君はオークの木の下に座り、薔薇の木にそうしたように盛んに語りかけた。オークは憐れみで動き出し、その枝の何本かを下げてきて、こう言った。

『あなたが死ぬのは気の毒だ、爛漫の姫君よ。ミルクの入った水差しを取って、それを飲みなさい。そしてあなたのその恩知らずな恋人にひとしずくも与えてはならない』

 とても驚いた姫君は、木の向こうを覗いて大きなミルク入りの水差しを見た。彼女の思考を占めていたのは、十五ポンド以上の蜂蜜を食べた後のFanfarinetの喉の渇きだけだった。そこで彼女は水差しと共に彼のもとへ走った。

「お飲みなさい、私の美しいFanfarinet」と彼女は言った。
「そして私に少し残すのを忘れないで。私は飢えと渇きで死にそうなんだもの」

 しかし彼はそれを荒々しく彼女から奪い取り、一飲みで全てのミルクを飲みほしてしまった。それから、石の上に水差しを放り投げて粉々に壊し、馬鹿にした微笑みを浮かべてこう言った。

「何も食べなかった奴は喉も乾きゃしないさ」

 姫君は手を握りしめ、美しい目を天に上げて言った。

「私はそれだけのことをしたんだわ。
 これはこれほど軽率に、知らない男性と恋に落ちたことへの罰。彼と駆け落ちしたことへの。自分の身分も、カラボスが私を脅かしていた不運のことも忘れて」

 そして彼女は再び、これまでの人生でそうしたよりひどく泣き始め、森の最も深い辺りに飛び込むと、全くの弱さから楡の木の根元に倒れ込んだ。そこではナイチンゲールが木にとまって美しく鳴いていた。その翼を振り、爛漫の姫君の助けとなるためだけのように、鳥はこれらの言葉を詠った。このために詩人オヴィディウスからそれらを学んだのだ。

  愛は裏切り者。彼の狡猾さに注意なさい

  彼は優しくしていても、彼は対価を求めてる

  最も彼らが誘うとき、最も危険が満ちている

  最高に甘い微笑みは、最高に強い致死の毒なのです

「誰が、私がこうしたよりもよく、それを知っていることが出来たの?」

 泣いて彼女は遮った。

「ああ! 私は彼の矢の鋭さと私の運命の厳しさをあまりによく知っているだけだわ」

『勇気を出して』と優しいナイチンゲールが言った。
『そして、この藪で探しなさい。砂糖漬けのプラムとタルトを見つけるでしょう。ですがFanfarinetに何か与えるほど愚かな真似はしないでくださいよ』

 自分のために食べ物を取っておけというその警告は、姫君には全く必要なかった。彼女はまだ、彼が仕掛けた最後の二つの卑劣な行為を忘れていなかった。そしてまた、彼女は大変な食料不足にあったので、砂糖漬けとタルトを、一人で、音をたてて食べた。

 貪欲なFanfarinetは、彼女が彼無しで食べているのを見て、彼女に向かって走り出すほどの気分になった。彼の目は怒りでギラつき、彼の剣はその手の中にあった。彼女を殺すために。

 姫君はすぐに、頭飾りの上の石の覆いを取った。それは彼女の姿を見えなくした。加えて遠くへ行ってから、彼女は彼の忘恩を非難した。しかし、そのような方法で彼にそれを充分よく理解させたように、彼女はまだ自分に彼を嫌わせることが出来なかった。

 

 一方、シャポー・ポワンテュ提督は、藁しベ新兵のジャン・カケを議会への常任急使として急送した。姫君とFanfarinetは栗鼠リス島に上陸している、しかしその土地についての詳細が分からず、待ち伏せ攻撃があるかもしれないことを恐れている、と王に報せるために。

 このニュースは彼らの君主に大きな満足を与えた。そして王は巨大な本を取り寄せた。その各ページは八エルの長さがあった。それは博識な妖精の傑作であって、世界中に関する記述があるのだ。彼はこの本から、栗鼠リス島が無人島であることを知った。

「行くのだ」と彼は言った。即ちジャン・カケに。
「そして我が名代の海軍大将に、すぐに上陸するように命じよ。彼は恐らく、我が娘をFanfarinetとこんなにも長く共にしたままにしておくと考えただけで、全く耐えられないであろう。いずれにせよ、私はそうだ」

 ジャン・カケが艦隊に到着するとすぐに、海軍大将は太鼓を打ち鳴らし、シンバルとトランペットを響かせ、オーボエ、フルート、バイオリン、ハーディガーディ(リュートに似た弦楽器)、オルガン、ギターに演奏を始めるよう命じた。彼らはなんと懸命に騒いだことだろう! 『戦争か平和か』の編曲が島中で聞こえた。この騒音で姫君は驚き、彼に力を貸すために恋人のもとへ走った。

 彼は勇敢ではなかった。そして彼らの共通の恐怖は非常に速やかに彼らを和解させた。

「私の後ろの位置を保って」と彼女は言った。
「私が前を歩きます。そして姿を隠す石の覆いを取り父の短剣を取って、あなたが他の人をあなたの剣で殺す間、私たちの敵の一部を殺すことにするわ」

 そうして姿を消した姫君は前方、兵士たちの中へと踏み込んだ。そして彼女とFanfarinetは姿を見られることなく彼ら全てを殺した。「やられた」「死にそうだ!」という叫び以外は何も聞こえなかった。姫君と彼女の恋人が常に身を沈めていたため、兵士たちは虚しく彼らの剣を抜いたが、何にも触れることが出来なかった。そして攻撃は彼らの頭の上を通り過ぎた。

 そのような驚異的な方法で多くの男を失って、ついに海軍大将は、誰が襲撃者なのか、またどのように身を守るべきかも分からないままに退却して、議会を開くために彼の船に戻った。

 

 既に夜がかなり更けて、姫君とFanfarinetは森の最も深いところに逃げ隠れた。疲れていた彼女は草を掻き分けて横になった。そしてちょうど眠りに落ちかけたとき、小さな柔らかい声が耳にささやいているのが聞こえた。

『走って、爛漫の姫君。Fanfarinetはあなたを殺して食べようとしている』

 素早く彼女は目を開き、邪悪なFanfarinetの腕が掲げられて、彼の剣を彼女の胸に突き立てようとしているのを、紅玉石カーバンクルの光の中に見た。彼女がどんなに豊満で色白なのかを見て、非常な空腹のあまり、彼女を殺して食べたくなったのだ。

 自分がすべきことについて、彼女は長くはためらわなかった。戦いからずっと持ったままだった短剣を黙って引いて、彼がその場ですぐに死んだほど激しく突き刺した。

「そら、あなたは恩知らずな卑劣漢だわ」と彼女は泣き叫んだ。
「私の手から、この最後の好意を受け取りなさい。あなたの最も相応しい報いに! これから現れる全ての誤った恋人たちへの戒めであれ。そしてあなたの不実な魂は安らかに眠りはしないでしょう!」

 

 怒りの最初の熱が過ぎ去って、自分の状況について考えたとき、彼女は自分が殺したばかりの彼とほとんど変わらないほどに死にそうだった。

「何が私に起こるのかしら?」と彼女は叫び、泣いた。
「私はこの島で一人だわ。野獣が来て私を貪るでしょう。さもなければ飢えて死ぬでしょう」

 Fanfarinetが彼女を食べるのを自身がよしとしなかったことを、姫君は殆ど残念に思った。ぶるぶる震えて腰をおろし、彼女は夜明けを待ち、切望した。幽霊――また特に、悪鬼が怖かったのだ。彼女は木にもたれ、闇の向こうをじっと見ていた。

 その時、彼女は一方に、羽冠のある大きな六羽の雄鶏に曳かれた壮大な黄金の二輪戦車を見た。御者は雄鶏で、騎手頭は太った若鶏だった。二輪戦車の中の貴婦人は、それはそれは美しく、まるで太陽のようだった。彼女のドレスは全面に金のスパンコールと銀線の刺繍が施されてあった。

 そして、六羽のコウモリを引き具で繋いだもう一台の二輪戦車を、彼女は見た。御者は大ガラスで、騎手頭は黒いカブトムシだった。そしてこの二輪戦車の中には恐ろしい小さな怪物がいた。彼女は蛇皮の服を着ていて、髪の結い飾りは大きなヒキガエルだった。

 決して、決して誰も、若い姫君ほどは驚きはしなかっただろう。

 これらの驚くべきものを見ていて、彼女は二輪戦車が互いに見合うために突然進み、そして綺麗な貴婦人が黄金の槍を、恐ろしい小鬼が錆びた矛を構えて、苛烈な戦いを始めたのを目にした。それは四分の一時間以上も続いた。

 ついに美しい貴婦人が勝利し、醜いものは彼女のコウモリで飛び去った。

 その瞬間に美しい人は地面に降り立って、爛漫の姫君に挨拶をした。

「恐れないで、親愛なる姫君よ」と彼女は言った。
「私がここに来た理由は、あなたへの奉仕以外の何物でもないのですから。カラボスとの戦闘も、全てあなたへの愛ゆえです。
 あなたが二十年経つ四日前に塔から出てきたので、彼女はあなたを叩く権限を欲しがりました。しかしあなたは、どのように私があなたの権利を得て、彼女を他所へ追い払ったかを見たでしょう。ですから、幸せを謳歌しなさい。私があなたに与えたものを」

 感謝した姫君は彼女の前に身を倒した。

「偉大な妖精の女王よ」と彼女は言った。
「あなたの寛大さは私を大いに喜ばせます。あなたが血を流さず、まさに勝利を逃さないで、あなたにどう感謝すればいいのか分かりません。けれども、あなたが血を流さずに勝利を守り抜いたのでなければ、あなたの奉仕は無意味だと感じたことでしょう」

 妖精は三度彼女にキスして、彼女を今よりももっと……それが可能であるならば……美しくした。

 彼女は雄鶏に、王の船へ行って、海軍大将に恐れずに来るように話すよう命じた。それから、太った若鶏を彼女の宮殿へ送った。爛漫の姫君のために、世界で最も美しいドレスを取ってこさせるためだ。

 海軍大将は雄鶏の報せを聞きながら、死にそうになるほど大変に喜んだ。彼は部下たちと共に島に急いだ。そして彼らが下船した時どんなに急いだかを見ていたジャン・カケも一層、同じように、また急いで、獲物の肉をたっぷり刺した焼き串を肩に負っていった。

 シャポー・ポワンテュ提督は殆ど一リーグも行かない楽な道で二輪戦車と雌鶏を見た。そしてその中の二人の貴婦人を。彼は姫君を認め、行って、彼女の足元に身を投げ出した。しかし彼女は、全ての尊敬は、彼女をカラボスの手中から救った気前の良い妖精に与えられるべきものですと言った。そこで彼は、今まで同じような時にしてきた中で最も綺麗なスピーチを妖精に行った。話している彼を遮って彼女は叫んだ。

「私は断言します、ローストビーフの臭いを感じると」

「はい、マダム」とジャン・カケが答えた。すばらしい鳥でいっぱいの焼き串を見せて。
「賞味されますか? 殿下」

「非常に喜んで」と彼女は言った。
「けれど私のためと言うより、多くの美味しい食事が必要な姫のためです」

 そこで彼らは、必要な全てで直ちに船で前祝いを行った。そして再び姫君を見つけ出した喜びに良いご馳走を加えて、何もこれ以上の望みを残さなかった。

 

 食事が終わり、太った若鶏が帰って来た。妖精は爛漫の姫君にルビーと真珠の散りばめられた緑と金の錦のドレスを着せた。彼女は姫君の金髪をダイヤモンドとエメラルドの紐で結んで、花の冠をいただかせた。そして彼女が姫を妖精の二輪戦車に乗り込ませたとき、彼女が通るのを見た全ての星が、それをまだ消えていなかった夜明けであると考えた。そして彼らは通りながら彼女に挨拶をした。

夜明けの女神オーロラ、万歳』

 妖精と互いに優しいさよならを告げた後、爛漫の姫君は言った。

「そして、マダム。誰がこんな親切を私にしてくださったかについて、女王……私の母に話しませんか?」

「綺麗な姫君」と彼女は答えた。
「私のために彼女にキスしなさい。そして彼女に話すのですよ。私はあなたの誕生の際に贈り物を持ってきた五人目の妖精であると」

 

 姫君が船にいたとき、彼らは全ての銃を撃って、火矢を無限に撃ち放った。彼女は全くつつがなく港に着き、王と王妃が多くの愛情と共に出迎えているのを見つけた。過去の愚かな行為を赦して欲しいと姫君が頼む時間を、彼らは全く与えることがなかった。彼女は会うとすぐに彼らの足元に自らの身を投げ出すつもりだったのだけれども、両親の優しさは彼女に先んじた。そして彼らは、老いたカラボスに全ての非難を与えた。

 

 まさにその瞬間に。彼の大使から何の報告も受け取れなかったことを心配した、偉大な王の息子が到着した。

彼は一千頭の馬を持っていて、三十人の下男は細い金モールのついた赤い華美な服だった。そして彼は、過ちのFanfarinetよりも百倍は美しかった。

 人々は彼に姫君の冒険の物語を話さないよう注意した。それは彼に幾分疑念を抱かせるかもしれないからだ。人々は非常に厳粛に彼に話した。あなたの大使は喉が渇いていて、飲み水を汲みあげようとして、井戸に落ちて溺れました、と。

 彼がこれを信じるのは難しいことではなかった。そして結婚は、過去の不幸な記憶を完全に消してしまうほど、大変な喜びの中で祝われた。



参考文献
D'Aulnoy, Marie Catherine Baronne. The Fairy Tales of Madame D'Aulnoy. Miss Annie Macdonell and Miss Lee, translators. Clinton Peters, illustrator. London: Lawrence and Bullen, 1892.
Princess Mayblossom 」/『SurLaLune Fairy Tales.com』(Web)

※……いいのかコレ。二十歳まで塔に閉じ込められて日の目を見ず、掛け落ちまでした相手に裏切られた姫君も可哀想ではあるが、乳母たちを脅して塔に穴を開けさせたのも、大使を誘惑して無人島に駆け落ちさせたのも、姿を消す宝冠を使って捜索隊の兵士たちを殺したのも、みんな姫君自身の意思でやってるんだが…。なのに両親は謝罪一つさせる隙を与えず、全部カラボスのせいに。確かにカラボスは執念深くて頑固でひどい奴ですが、恨まれる原因を作ったのは王と王妃ですし。(特に王がやったことは、子供のしたこととはいえシャレにならないよ…) そして完全に騙されて、大使の死の真相も何も知らず、殺人者の姫君を花嫁にする王子は哀れナリ…。

 それにしても爛漫の姫君の腹の据わりっぷりはすごいと思う。追手が来ると戦闘指示して自ら立ちまわって戦い、殺人も厭わぬとは。どういう箱入り姫なんだ。(昔は、戦争も殺人ももっと身近だったということなのだろうか。)

 

 この物語はアンドリュー・ラングの翻案版による英題「The Princess Mayblossom」が知られており、日本では「サンザシ姫」と訳されているようだ。《サンザシ姫》という名は《いばら姫》と類似した感じでなかなか魅力的なのだが(サンザシは薔薇科で、野いばらや野イチゴのような花が咲く、棘のある木)、オーノワ夫人の文章では名前の由来を「百合と薔薇のような顔色をして、春よりも新鮮で明るかったからだ」としていて、《サンザシ姫》では矛盾してしまう。フランス語の原題は「La Princesse printanire」で、直訳すると《春の姫》になる。恐らく、アンドリュー・ラングがこれを意訳して「Princess Mayblossom(春爛漫の姫/花盛りの姫/花世の姫)」としたのを、Mayにサンザシの花という意味もあることから、和訳する際に《サンザシ姫》にしてしまったのではないだろうか。(ちなみにラング版では、名前の由来を「she was as fresh and blooming as Spring itself, 春のように元気で花盛りだったので」としている。…あるいは、ラングはこれとグリムの「いばら姫」の関連を感じて、暗示的に《花盛り》と《サンザシ》を掛けてみたのだろうか。)

 姫君と駆け落ちする大使 Fanfarinet は、ラング版では英意訳されて《Fanfaronade ファンファリネード》となっている。実は、この名は《こけおどし、見かけ倒し、空威張り、大ボラ吹き》といった意味の言葉なのである。しかしそう和訳してしまうと物語の先が最初から分かってしまうので、フランス語の単語のままにした。海軍大将《Chapeau-Pointu シャポー・ポワンテュ》は盛装用の三角帽のことで、ラング版では《Cocked-Hat コックド・ハット》。一兵卒《Jean Caquet ジャン・カケ》の Caquet にも鳥の鳴き声の擬音的な意味があり、《(無駄な)お喋り》というような意味がある。完全に和訳すれば《チュンチュン太郎》《ペチャクチャ太郎》《ピーチクパーチクくん》だとか《お喋りジャン》になるだろうか。ラング版では《Jack-the- Chatterer》と意訳されている。

 なお、ラング版では後半の姫君の殺人のくだりはかなり改変されている。追手がやって来た時、姫君は背後にファンファリネードを並べて姿を消しながら、短剣で兵士たちの攻撃からファンファリネードを守るだけである。兵士たちも気を失って砂の上に倒れただけになっている。更に、ファンファリネードは姫を食べるために殺そうとしたのではなく、姫を殺して、姿を消せる宝冠を奪おうとしたのであり、崖の側を通りかかった時に後ろから突き落とそうとする。しかし姫君が素早く避けたため、自分が落ちて死んだことになっている。また、王子がやって来た時に人々が大使は井戸に落ちて事故死したと嘘をつくくだりは完全削除されている。

 余談ながら、最後に姫君を救いに現れる五番目の妖精の二輪戦車を曳いている鳥が、原作では鶏たちなのだが、ラング版では何故か白鳥と孔雀に変えられている。鶏だと太陽神との関連が感じられるので、夜を暗示するカラボスのコウモリと対比出来て面白いのに…。しょんぼり。

 ちなみに《Carabosse カラボス》は辞書には《鬼婆》として載っている。チャイコフスキー作曲のバレエ『眠りの森の美女』の悪い妖精の名に流用されている。

 冒頭、王と王妃の間には何人もの子が生まれたが、皆幼くして死んでしまい、それは妖精カラボスの呪いであったと語られている。アフリカ・ナイジェリアのイグボ族には《オグナンジェ Ognanje 》という俗信があるという。一人の女が何人も子供を産むが、皆死んでしまう。それは邪悪な精霊の仕業であり、母親を苦しめるために子供は何度も産まれてきては死に、また生まれ変わって来るのだと。この観念は西欧一帯に伝承される《妖精の取り換え子》に類似しているとされる。

 幼時の王が老婆(カラボス)のスープに硫黄を入れて呪われるくだりは、「三つの金のオレンジ」等に見られる、王子が老婆の水がめに石を投げて割り、呪われるモチーフと通じている。

 

 姫君が王妃から盗んだ、遥か彼方からでもその光が見えるほどに紅玉石カーバンクルの輝く頭飾りは、本来は、それを身に着ける者が太陽の化身であることを意味したものだったと思われる。ギリシア神話で、ミノタウロスの迷宮にテセウスが下る際、古い異伝では導きとして使用したアイテムは糸玉ではなく、女神もしくは王女アリアドネから授かった輝く冠であった。「小さな太陽の娘」でもマンゴーから再生したスーリヤー・バイ(太陽の娘)の頭には小さな太陽のように宝石が輝いていたとある。

 また、紅玉石カーバンクルの頭飾りを使えば姿を消すことができるが、ニーベルンゲン伝説で地下の小人王の持つ隠れマントや、ギリシアの冥王ハーデスの持つ隠れ兜と同じ、《霊は人の姿に見えない》という意味を持つ効果であろう。太陽神は天空にある時は輝き、夕方に地下に沈むと冥界神になる(霊となり、見えなくなる)ものなのだ。

 

 成人するまで閉じ込められ、一切の太陽の光を見てはならない子供に関する考察はこちら。→<小ネタ〜太陽を見てはならない子供




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