>>参考 「熊の子ジャンと仲間たち

 

眠れる女王  イタリア ピストイア県 

 かつて正義と善行によってスペインを治めたマッシミリアーノ王に、グリエルモ、ジョヴァンニ、アンドレイーノという三人の息子がおり、とりわけ末の息子は両親の愛情を集めていた。

 王はふとしたことで病んで盲目となり、あらゆる医者が召し出されたが回復しなかった。ついに古老の言葉によって占い師たちまでもが召し出されたが、いくら易占の本をっても、有用なことは何も言えなかった。ところが、この中に見知らぬ一人の魔法使いが紛れ込んでいて、占い師たちがそれぞれの言葉を終えると、最後に進み出てこう言った。

「マッシミリアーノ王よ。あなたのように目が見えなくなった者の例を、私はよく知っている。治療薬は眠れる女王の国にのみ見い出されるであろう。それは女王の井戸の中の水である」

 この言葉を聞いて人々が驚きざわめく中、魔法使いの姿は消え、二度と行方は知れなかった。誰もその正体を知らなかったが、ある占い師は、あれは秘術を使ってやって来た、アルメーニア辺りの魔法使いだと言った。

 さて、眠れる女王の国とはどこにあるのか。誰も知らなかったが、長男のグリエルモが進み出て探索を申し出た。

「旅に出るべき者がいるとすれば、それは僕です。父親の健康を気遣うべき者がまず長男であることは、当然ですから」

「よくぞ申した。お前の門出を祝っておこう。旅に必要なものは、金でも馬でも、何なりと持って行くがよい。三ヶ月後にはお前が栄光の帰還を果たすのを待っておるぞ」

 グリエルモは王国の港から船に乗って出発した。ブーダの島に三時間ほど停泊し、アルメーニアへ向かうという航路だった。しかしブーダに見物に降りたグリエルモは、なまめかしい物腰の美女と出会い、話し込んでいるうちに時間を忘れてしまった。船は彼を置いて出航し、最初はそれを悔やんだものの、美女にかしずかれるうちに、すぐに父親の病のことも旅の目的も忘れてしまったのだ。

 三か月経ってもグリエルモが戻らなかったので、王は彼が死んだのだと思った。光を失った苦しみに、息子を失った苦しみが更に加わった。それを慰めるために、次男のジョヴァンニが、薬の水と一緒に兄のことも探してみましょうと自ら申し出た。王は不安に苛まされながらも、次男を旅に出させた。

 ジョヴァンニは船に乗り、たちまちブーダの島に着いた。今回は、船は半日停泊した。ジョヴァンニは船を降りて島を見物した。天人花や糸杉や月桂樹の茂る庭園に入ると、あちこちに澄んだ池があり、色とりどりの魚が泳いでいた。次に、美しい並木道と街路の交差する町へ入り、白い大理石の噴水のある広場へ達した。周りには記念碑や建造物が立ち並び、中央には堂々たる宮殿があって、金や銀で彩られた石柱が幾つもそびえ、ガラスの壁が太陽に燦然と輝いていた。

 そのガラスの壁の向こう側に、散歩をしている兄の姿が見えた。

「グリエルモ! こんなところにいたのか! 何故、帰って来なかったんだ? 僕たちは死んだものとばかり思っていた!」

 二人は抱き合って喜んだ。

 グリエルモはこれまでの経緯を説明し、今はこの辺り一切の持ち主である美女にもてなされているのだと語り聞かせた。

「その貴婦人の名は、ルジステッラと言うのだ。彼女には素晴らしく美しい妹がいて、名前をイザベッラと言うが、お前が望みさえすればお前のものだよ」

 要するに、十二時間が過ぎたとき、船はジョヴァンニを乗せないまま錨を上げた。初めのうち彼も少しだけ悔やんだが、すぐに父親の病のことも不思議な水のことも忘れて、兄と同じようにガラスの宮殿の客になってしまった。

 

 三か月が経ち、次男も帰ってこないことを知ってマッシミリアーノ王は失意に落ち、王の嘆きと共に宮廷は深い悲しみに包まれた。その時、勇気を出して、末王子のアンドレイーノが父親に宣した。今度は自分が眠れる女王の水と二人の兄を探しに行って来る、と。「お前まで私のもとを離れていくのか? このようなめしいになってまで、一人の息子もなく悲しみに打ちひしがれながら生きねばならないのか?」と王は言ったが、アンドレイーノは、息子が三人とも無事で、そのうえ不思議な水まで持って帰ってくるのだから、と希望を持たせた。それゆえ父親もついには旅立ちを承諾した。

 船はブーダの島に錨を投げた。そして二日間そこに停泊することになった。「降りるのは自由だが」と船長は言った。「時間までには帰ることだ。何ヶ月か前に二人の若者の身がそうなったように、あんたもこの土地に留まることになりたくなければな。その二人の消息は二度と聞かなくなったよ」と。アンドレイーノはそれが兄たちのことだと気づいて、二人とも島にいるに違いないと思った。そこで島の中を歩き回り、ガラスの宮殿の中にいる二人を見つけた。抱き合って喜んだ後に、二人の兄は口を揃えて、自分たちをブーダに引きとめている魅惑について語った。

「僕たちはこの世の楽園にいるのだよ。僕たちにはそれぞれに美しい貴婦人が付いているのだ。僕の方はここの女主人で、ジョヴァンニの方はその妹だ。お前もここに留まりたければ、僕たちの貴婦人の従妹にあたるひとがいるから」

 しかしアンドレイーノは言った。

「正常な頭を失くしている証拠ではありませんか、父上に対する務めを思い出せないのだから! 僕は眠れる女王の水を探し出さねばなりません。この決意をひるがえすことは何ものにも出来ない。富であれ、歓楽であれ、また美女であれ!」

 兄たちはこの言葉を聞くとむっつりして、弟に背を向けた。アンドレイーノはすぐに船に戻った。船は帆を上げて追い風をはらみ、アルメーニアの陸地へ向かった。

 

 アルメーニアに上陸するや、アンドレイーノは眠れる女王の城がどこにあるのか尋ねて回ったが、誰も知る者はいなかった。そんな中、高山の頂に住むという古老なら知っているかもしれないと勧められた。

「その方は、この世と同じくらいに古い者で、名をファルファネッロと申します。あなたの探す国をその古老が知らないようであれば、誰も知るはずはありません」

 そこでアンドレイーノはその山をよじ登った。そして粗末な小屋に住み長い髭をたくわえた、枯れ木のような古老に探すものについて尋ねた。

「なるほど、若者よ。確かに話に聞いたことはある。しかしとても遠いところですぞ。まず、大海原を越えていかねばならない。少なくとも一月はかかるだろう。それに航海は危険に満ちている。無事に渡り切ったとしても、眠れる女王の島には更なる危険が待ち受けているだろう。そこは不幸の影を宿した島だ。名前からして《嘆きの島》というのだから」

 初めて確かな情報を手に入れて、アンドレイーノは喜び勇んでブリンディッセの港から出航した。大海原の旅は、泳ぎ回る巨大な白熊によって大型船さえ転覆させられかねない危険なものだったが、アンドレイーノは狩りの達人だったので少しも恐れなかった。こうして船は、白熊の牙を逃れて嘆きの島に着いた。

 

 港はさびれて、物音ひとつ聞こえなかった。アンドレイーノが上陸すると、銃を持った歩哨が一人、じっと立っている。道を尋ねたが身じろぎ一つせず、まるで彫像のように強張って口をききもしない。荷物を運ばせようと人夫たちを呼んでみたが、彼らもじっとしたままで、中には重い木箱を肩に担いだままの者や、片足を踏み出しかけたままの者もいた。

 町なかに入ると、道の片側で靴直しが一人、縫い糸を引きかけたまま固まっていた。反対側ではコーヒー屋の男がポットを持ち上げて、客の女に中身を注ごうとしていた。だが、二人ともそのままの姿で硬直している。街路にも、窓辺にも、またあらゆる商店にも沢山の人影があった。けれども、みんなおかしなポーズの蝋人形のようだ。人も、馬も、犬も、猫も、何もかもが動作の途中で止まっていた。

 アンドレイーノは、その静まり返った町を歩き回って、素晴らしい宮殿に着いた。左右に彫像や石碑が並び、島の歴代の王たちの偉業を偲ばせていた。また、正面の壁には様々な人物の浮き彫りが飾られ、まばゆく輝く黄金の文字が添えられていた。『このパリムスの島をしろしめす、我らの光り輝く女王陛下に』

(その女王は、一体どこにいるのだろう)と、アンドレイーノは心の中で己に尋ねた。(それこそが眠れる女王と呼ばれる方なのではないか?)

 アンドレイーノは雪花石膏アラバスターの大階段を昇り、化粧漆喰が施された広間から広間を横切って行った。どの部屋の入り口にも警備兵が立っていたが、例によって、彫像のように固まって動かなかった。

 大広間には壇上に通じた大理石の階段があり、その上に天蓋のついた玉座があって、ダイヤを散りばめた王家の紋章が嵌められていた。黄金の植木鉢から一株の葡萄が生え出て、玉座や天蓋に枝葉を巻きつけている。部屋中を覆うその葉蔭からは沢山の葡萄の房が垂れ下がっていた。また、他の鉢からも、庭に面した窓からも、ありとあらゆる種類の果樹が大広間に侵入していた。

 歩き回って空腹を感じていたアンドレイーノは、一つの枝から林檎をもぎ取ってかぶりついた。途端に、目が霞んで何も見えなくなった!

「ああ、弱った! 盲になってしまった! この見知らぬ国で、彫像しか住まない町で、これからどうすればいいんだ!」

 手探りで元来た道を引き返そうとしたが、揚げ蓋の中に足を踏み入れて、もんどりうって落ち込み、水の中に沈んだ。もがいて水面に浮かび上がり、水の外に顔を出すと、視力が戻っていることに気がついた。深い井戸の底に自分がおり、上の方に高く空が見える。

(とすれば、これがあの魔法使いの語った井戸なのか。これが父上の病を癒す不思議な水か。何とかしてここを抜けだし、この水を持って帰らなければ)

 やがて井戸の中に垂れていた一本の綱を見つけて、それを伝って外に出た。

 もう夜になっていたので、アンドレイーノは眠るためのベッドを探した。王のものと思われる部屋を見つけて中に入ると、大きなベッドがあり、天使のように美しい乙女が眠っていた。乙女は目を閉じて安らかに唇を結んでいる。魔法の力で眠らされているに違いない、とアンドレイーノは思った。少しためらった後で、彼は服を脱ぎ、彼女のベッドの中へ入り込んだ。そして自分が一緒にいることを少しも気づかれることなく、限りなく甘い一夜を彼女と共に過ごした。

 夜が明けてベッドから跳び起きるや、彼は傍らの小机の上に次のような言葉を書き遺した。『スペイン国マッシミリアーノ王の子・アンドレイーノ、一二〇三年三月二十一日、大いなる喜びのうちに、このベッドに眠る』。そして視力を回復する水を入れた壜と、視力を奪う林檎の実とを持って、その場を後にした。

 

 船が再びブーダの島に寄港したので、アンドレイーノは二人の兄を訪ねた。そして嘆きの島の不思議な様子、またその国のうら若い女王との夢のような一夜を語り、視力を奪う林檎と視力を取り戻させる水を見せた。二人の兄はすぐに嫉妬に駆られ、密かに裏切りを企んだ。アンドレイーノの水の壜を盗み、似たような別の壜とすり替えたのだ。それから、自分たちも妻を父王に紹介するために一緒に帰りたいと言い出した。

 一行がスペインに着くと、息子たちが三人揃って無事に帰って来たのだから、マッシミリアーノ王の喜びは言い表せるものではなかった。互いに抱き合う感激のひと時が過ぎると、王が言った。

「それで、お前たちの誰が、一番の幸運に恵まれたのだ?」

 グリエルモとジョヴァンニは黙っていた。それでアンドレイーノが言った。

「父上、恐れながら私こそが最も幸運に恵まれました。何故なら、私は行方知れずになっていた兄上たちを探し出し、家に連れ帰ってきたからです。また、眠れる女王の国まで行き、父上の目を癒す水も取ってまいりました。更にもう一つ、信じがたい力を持つ物まで持ち帰りました。早速に、その不思議な力を試してごらんにいれましょう」

 そう言って彼は林檎の実を取り出すと、母親に向かい、食べるように促した。王妃がそれに歯を立てると、たちまちに視力が失われていったので、悲鳴を上げた。

「怖がらなくてもいいのです、母上」

 アンドレイーノはそう言いながら、水の壜を取り出した。

「この水をほんの少しつければ、あなたの目はまた元通り見えるようになるのです。それどころか、長い間見えなくなっていた父上の目も」

 しかしそれはすり替えられた水だったので、母親の視力は戻らなかった。王妃は泣きだし、王は怒り狂い、アンドレイーノは茫然としてしまった。その時、二人の兄が進み出て言った。

「これは、弟のついた嘘のために起こったこと。実は、眠れる女王の水を見つけたのは私たちなのです。それはここにあります」

 そして盗んだ水で濡らすと、二人の老人の目は元通り見えるようになった。

 そこで大騒動が起こった。アンドレイーノは二人の兄を盗人め、裏切り者めと罵った。兄たちの方は弟を蔑みながら、根も葉もないことを言う嘘つきだと言い返した。王は何がなにやら分からなかったが、結局、グリエルモとジョヴァンニと二人の妻たちの言葉を信用して、アンドレイーノに言った。

「黙れ、恥知らずめ! 私の目を治そうとしなかったばかりか、母親までめしいにしようとしたくせに! 者ども、この人でなしを捕らえて森の中へ連れて行き、殺してしまえ。そして心臓を抉り出して持ち帰ってくるのだぞ。さもなければ、お前たちの首を切り落とすからな」

 兵士たちは、なおも絶望的に抗議の声を張り上げるアンドレイーノを引っ立てて、城壁の外の藪の中に連れ込んだ。しかしアンドレイーノは機会をとらえて、兵士たちに自分の物語を話して聞かせ、彼らを納得させた。無辜むこの血で自分たちの手を汚したくはなかったので、兵士たちは二度と国内に戻らぬことを約束させてからアンドレイーノを逃がしてやり、王には、農家で買ってその場で殺した豚の心臓を持ち帰って来た。

 

 さて、九ヶ月が過ぎて、嘆きの島では眠っていた乙女が玉のような男児を産み落としていた。その瞬間、彼女は目を覚ました。女王が目覚めると、彼女を妬んで大魔女モルガーナが掛けた魔法が解かれ、国中の人々が目を覚まし、町は生き返った。気をつけの姿勢で直立していた兵士たちは休めの姿勢に入り、休めの形を取っていた兵士たちは気をつけの姿勢に戻った。靴直しは糸を最後まで引き、コーヒー屋はコーヒーを注いだ。港の人夫たちは今まで担いでいた肩が少し疲れたので、反対の肩に荷物を担ぎ直した。

 女王は目をこすってから、ふと自分に問いかけた。

(一体どこの勇敢な方が、こんな奥まで入ってきてこの部屋で一夜を過ごし、私と我が愛する臣民たちの魔法を解いてくださったのかしら?)

 侍女の一人が、小机の上に残されていた紙を差し出した。それで女王は、その人がマッシミリアーノ王の子・アンドレイーノであったことを知った。ただちにスペイン王に書簡をしたため、一刻の猶予もなくアンドレイーノを寄越すように、さもなければ戦になるであろうと告げた。

 マッシミリアーノ王は手紙を受け取るや、グリエルモとジョヴァンニを呼び寄せて彼らにも読ませ、意見を求めた。二人には答えようがなかった。しまいに口を開いたのはグリエルモだった。

「これは難しい話なので、誰かが女王の所へ行って直接尋ねてみなければ。私が行って、聞いてまいりましょう」

 グリエルモの旅はひどく容易なものだった。何故なら、もはや大魔女モルガーナの魔法は解け、白熊たちは影をひそめてしまっていたからだ。彼は女王の前に進み出て、自分こそはアンドレイーノ王子だと名乗った。

 女王は疑り深い性質を持っていたので、根掘り葉掘り尋ねた。「初めてここへ来たのは何月何日でしたか? 町の中の様子はどうでしたか? その時、私はどこにいましたか? 宮殿の中でどんなことが起こりましたか? 今回再び来て、何か新しくなっていましたか?」。こんな具合だったから、グリエルモは混乱し、前後を間違え、言い淀んだ。それで嘘をついていると女王にはすぐに分かった。その場で捕らえて首を刎ねさせ、切り落とした首は鉤に引っ掛けて城門の上に晒して、立て札を出させた。『嘘をついた者は、みなこのような運命を辿る』

 女王はマッシミリアーノ王に再び書簡を送り、こちらの開戦準備は整っている、アンドレイーノを寄越さぬならスペインの国土を焼き払い、王家の一族は勿論、刃向かう者は皆殺しにするだろうと告げた。王はアンドレイーノを処刑したことを既に悔いていたから、ジョヴァンニを相手に愚痴をこぼした。

「今となっては、どうすればいい? アンドレイーノが既にこの世にいないことを、どう説明すればいいのか? それにしてもグリエルモは何故帰ってこないのだ?」

 そこでジョヴァンニは、自分が眠れる女王の所へ行ってみようと申し出た。そして島まで行ったが、城門の上に晒されたグリエルモの首を見て、もう何もかも忘れ、風のように素早く逃げ帰って来た。

「父上! もう助かる途はありません! グリエルモは死にました。その首が城門に晒してあります。私も中に入れば、今頃は扉の上に掛けられたもう一つの首になっていたでしょう」

 王は頭を抱えて、虚ろな言葉を繰り返した。

「グリエルモが死んでしまった! ああ、きっとアンドレイーノは無実であったに違いない。何もかも、私が下してしまった罰のためだ。だが、ジョヴァンニ。せめてお前は本当のことを言ってくれ。私が死ぬ前に、この裏切りの真相を明らかにしてくれ」

「過ちの元は、私たちの妻にあったのです!」と、ジョヴァンニは言った。「私たちは二人とも、眠れる女王の所まで行きませんでした。ただ、アンドレイーノの壜をすり替えただけなのです」

 王は罵り、泣き叫んで、髪の毛を掻きむしりながら兵士たちを呼び集め、アンドレイーノが埋められた場所へ案内するように命じた。兵士たちはひどく当惑して顔を見合わせた。それを見て、王は一縷の望みを抱いた。

「さあ、本当のことを申せ。これは王の言葉だ。どんなことであっても許す」

 それで兵士たちは震えながら、命令に背いて死刑を実行しなかったと述べた。すると王は嬉しさで気も狂わんばかりになって、彼ら一人一人の手を取り、抱き寄せ、口付けまでした。ただちに、いたる所の街角に、アンドレイーノを探し出した者には王が一生安楽に暮らせるだけの褒美を取らせるというお触れが出された。

 アンドレイーノが戻ってくると、年老いた父親も、宮廷も、喜びに沸き返った。そしてすぐに彼は嘆きの島に向かって出発し、そこでも歓喜のうちに迎え入れられた。

「アンドレイーノ、私と我が臣民の救い主よ」と女王が言った。「あなたは私の夫であり、永遠にこの国の王です!」

 それから後は、何ヶ月経っても、その島からは喜びの歌声しか聞こえてこなかった。そのために、人々はここを《喜びの島》と呼ぶようになった。



参考文献
『イタリア民話集(上)』 イータロ・カルヴィーノ著 河島英昭編訳 岩波文庫 1984.

※資格を得られなかった求婚者の首は城門に晒される。「トゥーランドット」など、女王(または、その父親)が謎かけや競技で求婚者たちを試すタイプの説話に見られるモチーフだが、ババ・ヤガーの小屋の柵に頭蓋骨が刺してある情景をも思い起こさせる。冥界の光景の一つである。

 名前しか登場しない大魔女モルガーナは、ケルト神話の女神モリグーが原型だろうか。どうやら冥界の女王神という位置づけらしく、同じイタリアの民話「プレッツェモリーナ」にも登場している。

 

 しかし、次男はあらゆる点で要領いいよなぁ。結局、スペインを継いだのは次男なのだろうし。ブーダ島も手に入れたのかもだし。最後まで《過ちの元は妻にあった》と言ってるあたりも憎らしい。責任は誘惑や嫉妬心に負けたあなた自身にあると思いますよ。

 眠れる女王のキャラクターを、ペローの眠れる森の美女やバジーレのターリアと比較してみると面白い。女は甘いばかりではないのである。



参考 --> 「いばら姫



処女王  ロシア 北コーカサス地方 アワール

 あったことか、なかったことか。

 昔、一人のハンに三人の息子がいた。年老いた汗の目が見えなくなってくると、息子たちは「どうしたら治るでしょう、父上!」と尋ねた。

「方法はたった一つだけある。それは処女王の庭にある果実じゃ。しかし、この魔法の庭に入ることの出来た者は一人としておらぬ。お前たちにも恐らく無理であろう」

「誓います、父上。その果実を手に入れるか、死すかです!」

 息子たちは声高く誓い、出発の準備を始めた。

 まずは一番息子が出かけていった。長いこと行って、雪を被った高い山さえ越えた。すると、老人が座り込んでせっせと何かをしている。見れば、彼はひび割れた大地を縫い合わせようとしているのだった。

汝に平安あれサラーム・エレイクム! お前のくだらない仕事は無駄に終わるだろうよ!」

 すると老人は返した。

「お前の方こそ無駄に終わるだろうさ」

 一番息子は馬を鞭打ち、更に進んでいった。どんどんどんどん行くと、ミルクの川が流れ、庭にはぶどうや珍しい実の生っている国にたどり着いた。一番息子は驚いて、(此処こそが処女王の庭園というものに違いない)と思い、振り分けの布袋に果実を一杯に詰め込むと、帰途についた。

 城に着くや、すぐさま彼は父のもとに向かい、その足元に誇らしげに袋を置いた。汗は驚いて問うた。

「なんと早く戻ったものじゃ。――話してみよ、お前はどこでこの実をもいだのか?」

「城を出て遥かに進み、白く雪の積もった山を越えました。それから更に進むとミルクの川の流れる国があり、その庭にはぶどうや見たこともないような果実が実っていました。此処こそが処女王の庭だと悟り、こうして実を摘んで帰ったのです」

 けれども、汗は首を振って言った。

「若かりし頃、わしもその庭園まで行った。団子入りスープの煮える間にな。処女王の庭はそこではない。かの庭に行くのはそうた易いことではないのじゃ」

 次いで、二番息子が出かけていった。長いこと行って、雪を被った高い山を越えた。すると、彼もまた ひび割れた大地を縫い合わせようとしている老人に会った。

汝に平安あれサラーム・エレイクム! そんな馬鹿な仕事をしても報われることはないだろうよ!」

 すると老人は返した。

「お前の方こそ報われないだろうさ」

 二番息子は気にせずに先に進んだ。どんどんどんどん行ってミルクの川が流れる国に着き、更にその先にどんどんどんどん行った。こうしてバターの川の流れている国にたどり着いた。そこでは土ぼこりが舞い、泥土が膝まであり、うっそうとした庭園には見たこともないような実が生っている。二番息子は(此処こそが処女王の庭園というものに違いない)と思い、振り分けの布袋に果実を一杯に詰め込むと、帰途についた。

 そして彼も無事に城に戻り、父の前に袋を置いた。

「息子よ、お前も早く戻ったものじゃな。――して、お前はどこでこの実をもいだのか?」

「城を出て遥かに進み、白く雪の積もった山を越えました。それから更に進むとミルクの川の流れる国があり、そこからまた更に進むとバターの川の流れる国に着きました。うっそうとしたその庭には驚くような果実が実っていました。此処こそが処女王の庭だと悟り、こうして実を摘んで帰ったのです」

 けれども、汗はため息をついて言いました。

「若かりし頃、わしはその庭園へも行った。タバコの火の消えてしまわんうちにな。処女王の庭はそこではない。バターの川から処女王の領地までは天と地ほどにも遠いのじゃ」

 末息子の番になった。彼もまた、長いこと行って雪を被った高い山を越え、ひび割れた大地を縫い合わせようとしている老人に出会った。

汝に平安あれサラーム・エレイクム! お爺さん、あなたの仕事が巧くいきますように!」

 すると老人は返した。

汝にも平安あれワレイクム・アッサラム! 若武者よ、どちらへ行くのかな?」

「私は老いた父のため、目を癒すという果実を取りに、処女王の庭園を目指しているのです」

「では、よくお聞き。わしが手を貸してやるから。この先、お前は数多くの国を通ることになるだろう――蜜の川が流れる国にたどり着くまでは。その川が処女王の領地の境なのだ。女王自身は鉄の門のついた大きな城砦に住んでいる。いいかね、その門を先端に鉄釘の付いた棒で開けてから、両足を草でくるんで庭へ入り、実を木の棒で摘むのだ。でなければ、鉄の門と茂った草と木が声を上げて、お前は処女王の剣で死ぬことになるだろうから」

 末息子は老人に礼を言って先に進んだ。どんどんどんどん行ってミルクの川が流れる国を過ぎ、更にどんどんどんどん行ってバターの川の流れる国も過ぎて、鉄の門のついた大きな城砦が見えるまで果てなく進んでいった。

 城砦に着くと、末息子は先端に鉄釘にの付いた棒で鉄の門の端を突いた。門はゆっくりと開き、ぎぎぎー、と激しくきしんで声を上げた。

『鉄が重いぞ……、鉄が重いぞ……』

「それ以上何が重いと言うの? きしむでない、私の眠りをさまたげるでない」

 夢うつつの処女王の声が響いた。彼女は門と門がぶつかり合ったと思ったのだ。

 末息子は両足を草でくるみ、庭園に入った。

『草が匂うぅ、草が匂うぅ』

 草は激しくざわめいた。

「草の他に何が匂うというの? ざわめくでない、私を静に眠らせておくれ」

 処女王は腹を立てた。

 末息子が棒で果実を叩き落すと、木はざわついて言った。

『木がいるぞぉお……、木がいるぞぉお……』

「そんなに喚かないで……枝を打ち合うのをおやめ。そうすれば何も居りはせぬ」

 袋が果実で一杯になると、末息子は城砦の外に出ようとした。だが、ふっとあつかましいことを思いついた。

 彼は処女王の寝室に入り込むと、眠っている処女王に三度キスし、その柔らかな頬をそっと噛んだ。

 そして彼は帰途に就き、自分の城に戻ると父に果実を渡した。

「随分とかかったな、息子よ。時が来たらこの実の効能を試してみよう」

 汗は満足げに頷いて そう言った。

 

 さて、女王の方はどうなっただろう。彼女は目覚めてから魔法の鏡を覗き、自分の頬に歯型が付けられているのに気が付いて叫んだ。

「私の頬を噛んだのは誰!?」

 魔法の鏡が答えた。

「汗の三番目の息子です、女王様。彼は老いた父を癒すために多くの国を越えてこの地にやってきて、鉄釘の付いた棒で門を開け、両足を草で覆って庭園に入り、木の棒で果実をもいで、女王様に三度キスした後、頬に歯形を残して行ったのです」

「ただちに軍隊の用意をせよ! その向こう見ずな男の顔が見てみたい」

 女王は命じた。たちまちのうちに彼女の支配下の七つの国の軍が出発した。

 しばらくの後、勇敢な女王を先頭とした大軍は汗の城の城壁近くに陣を張り、汗のもとには「果実を盗んだ者を ただちに引き渡すように」との要求を持った使者が遣わされた。

 女王の並外れた美しさの噂は兄たちにも伝わり、まず彼らが出かけて行った。

「魔法の庭から実をもいだのは私たちです」

 女王は尋ねた。

「どんな風にしてもいだのですか?」

「勿論、こう、両の手で」

「この嘘つきどもを追い出しなさい!」

 女王は叫び、その命令はただちに実行された。

 そこで末息子が出かけ、「私が魔法の庭から果実をもぎました」と言った。

「話してごらんなさい、どんな風にしたのです?」と、女王は尋ねた。

「鉄釘の付いた棒で門を開け、両足を草で覆って庭園に入り、木の棒で果実をもぎました」

 彼は出来事をそのまま語った。

「それで、どうして私に噛み付いたのです? あなたには仕返しをしなければなりません!」

 女王は叫ぶと、若者の頬に思いっ切り噛み付いた。

「これでおあいこです。でもまだ足りないわ。もっと罰をせねば。もう一方の頬もよこしなさい」

 充分に罰を与えると、女王は声高く言った。

「それでは私をあなたの父のもとへ、祝福のために案内しなさい」

 汗は果実を食べて若返ったが、まだ目は見えなかった。けれども、女王がその目に触れると光は甦った。

 喜びのうちに汗は華やかな婚礼の式を挙げさせた。末息子にはまもなく子供たちが生まれた。父に良く似た男の子たちと、母に良く似た女の子たちが。



参考文献
『ロシアの民話〈I、II〉』 ヴィクトル・ガツァーク編、渡辺節子訳 恒文社

※この系統の民話の中ではシンプルだが、要点は押さえている。兄たちの裏切りのモチーフは抜け落ちているが、スッキリと読みやすく、後味も良くていいと思う。

 なにより、女王の《おしおき》が気が利いている。



命の水  チェコ

 ずっと昔のこと。ある国の王に三人の息子がいた。息子たちが成長するのを待っていたかのように、王の目は突然悪くなった。国中の医者が集められたが、誰も治せなかった。

 ある夜、王は夢を見た。命の水で目を洗えば見えるようになるというのだ。三日続けてその夢を見た後、王は息子たちを呼んで言った。

「わしは三日というもの、同じ夢を見た。命の水で洗えば、わしの目は治るというのだ。そなたたちのうち、誰が その水を探しに行ってくれるだろうか?」

「父上、私が行きます」「いや、私にやらせてください」「いえ、私が行きます」

 三人の息子は、われ先に申し出た。王は満足げに頷いた。

「三人揃って行くことは許さぬ。わしは老い、目も不自由だ。誰もいなくなってしまえば わしの面倒は誰が見てくれる? ――それでは、長男のそなたが行くのだ」

 一の王子は金銀と見事な馬をもらって旅立った。三日の間 飲まず食わずで馬をとばし、大きな町に入った。ひどく疲れていたので暫くこの町で休もうと思い、ある居酒屋の扉を押した。そこでは着飾った女たちがサイコロ賭博をしていて、興味深そうに見ていた一の王子を「やってみるかい?」と誘った。一の王子は夢中でやり始めた。なんと、三日三晩も熱中し続けたのだ。父王にもらった金銀はすっからかん、全てスッてしまい、乗ってきた馬まで取られてしまった。何も賭けるものがなくなると、その女は言った。

「それじゃ、自分の体を賭けようか。あんたが勝ったら、アタシはあんたの女さ。この酒場もね。でも、私が勝ったら、あんたは私のもの。いいわね?」

 王子は頷いてサイコロを振った。――そして、やはり負けた。

 

 王はジリジリしながら一の王子の帰還を待っていた。目の病状は日ごとに悪化するが王子は帰ってこない。たまりかねて、二の王子が進み出た。

「父上、命の水を探しに行かせてください。兄上の消息もどこかで聞けるかもしれません」

「うむ――そうか。行ってくれ。そなたに神のご加護を賜らんことを」

 二の王子も立派な馬に乗って沢山の財宝を持って出かけた。兄の行った道を辿り、三日目には例の大きな町に入った。とても疲れていたので暫くこの町に逗留しようと思い、酒場に入った。見ると、美しい女たちがサイコロ賭博をやっている。側に寄って見物していると、女たちの一人が言った。

「あんたも、やってみるかい?」

 二の王子は賭博に熱中した。三日経つと、持ってきた財宝も乗ってきた馬も自分の体さえも、みんな巻き上げられていた。

 

 王は二人の息子の帰りを一日千秋の思いで待ち続けていたが、二人とも帰る様子がないと悟ると、目は更に悪化した。見かねた末の王子が言った。

「父上、私に命の水を探しに行かせてください。兄上たちの消息もどこかで聞けるかもしれません」

 王は、最後に残った王子までを危険な旅に出したくはなかった。

「兄たちの身に何が起こったのか、わしには見当も付かぬ。そなたまで旅に出て、どこかで命を落としたら、わしは何を生きがいにしたらいいのか」

 末の王子はひるまなかった。父王を説得し、やっと許しを得た。王子はただちに愛馬シバークに乗り、僅かな金貨を携えて旅立っていった。

 兄たちの通った道を辿り、三日目に大きな町に入った。王子はこの町が気に入ったが、兄弟の帰りを待ちわびている父王のことを思うと、休むわけにはいかないと思った。王子は再びシバークの背に乗って先へ進んだ。

 

 馬上の旅が更に続いた。行く手にまた大きな町が見えてきた。町の周囲には堀がぐるりと取り巻きアーチ型の橋が架かっている。

 突然、シバークの足が止まった。それ以上一歩も進もうとしない。シバークから降りた王子が堀の中を覗き込むと、中には鳥か獣に食い荒らされた、ボロボロの人間の死体が浮いていた。王子は、通りかかった町の人間に訊いてみた。

「どうして、この死体を埋葬しないのですか?」

 すると、町の人間は答えた。

「そいつは、借金で首が回らなくなったのさ。死んだからって解放されない。借金を返せなくなった奴らへの見せしめに、わざと放り出してあるワケだ」

「では、誰かがこの人の借金を返したなら……」

「そしたら、丁重に埋葬してやるとも。死体の借金を返すような馬鹿がいればだがね」

 王子は町へ入ると、死体の借金を払って丁重に埋葬した。

 その町を出て王子の旅は続いたが、深い森に足を踏み入れたとき、巨大な一匹の狼が姿を現し、王子の周りをグルグル回りだした。王子は剣を抜いた。

『剣は鞘の中に収めておくものだ、王子』

 狼が言った。

『俺を一緒に連れて行ってくれ。きっと役に立つ。お前がどこに行こうとしているのか、俺は知っている』

「では、付いてくるがいい」

 剣を鞘に収めると、王子は言った。

 

 こうして、道連れを増やして旅は続いた。やがて森が切れ、瑞々しい若草が一面に広がる平地に出た。狼は言った。

『王子、シバークをここへ放しておけ。草を食わせるのだ。その間、俺がお前を背に乗せ、命の水の在り処へ案内しよう。さぁ、俺の背に乗れ』

 王子を背に乗せると、狼は放たれた矢のようにビョウビョウと風を切って飛び駆けた。やがて、行く手にキラキラ光る水晶の山が見えてきた。山の周囲には砂漠が広がり、その頂には銀の城がそびえている。

『王子、あまりゆっくりは出来んぞ。あの銀の城へ行け。城の庭に噴水が二つある。左の噴水は死の水、右が命の水だ。いいか王子、水を汲んだら すぐに引き返すんだ。グズグズしていると面倒なことになる』

 王子は銀の城の庭に踏み込んだ。狼の言った通り、二つの噴水が水をたたえている。素早く右の噴水の水を汲んでから、すぐに戻ろうとして、ふと王子は考えた。

「この城の中には何があるのだろう? 今まで、こんな城の話は聞いたこともなかった」

 一人ごちて、また城の方へ引き返した。

 城内への入り口には、十二の首を持つ巨大な龍が寝そべって目を閉じていた。きっと、ここのぬしなのだろう。次の部屋には、十二人の美しい乙女が銀のベッドで眠っていた。次の部屋には、今まで見たこともない、どう形容していいのかさえ分からないほど美しい乙女が一人、金のベッドで眠っていた。

 乙女は黄金の王冠を被っていた。テーブルの上には銀のベルトが置いてある。王子はうっとりと乙女に見とれた。もしも狼が窓の外から『なにをやっている! 王子、急げ!』と合図をしなかったら、まだ乙女の虜になっていたに違いない。王子は急いで自分のベルトを外してテーブルに置き、乙女のベルトを自分の腰に巻いた。王子が再び狼の背にまたがって舞い上がったとき、目を覚ました十二の首の龍が怒り狂って追いかけてきた。王子は剣を抜き、龍の翼を切り裂いた。龍は石ころのように落下して海に沈み、凄まじい水しぶきは雲まで届いた。

 狼は飛空し続け、初めて出会った森の辺りまで戻ってきた。そこで立ち止まり、王子を降ろすと、狼は口を開いた。

『王子よ、どうやら別れる時が来たようだ。気をつけて帰れ。――俺の体を埋葬してくれて感謝する。他でもない、俺は借金を残したまま死んだ男の魂だよ。埋葬のお礼に、ちょっと手を貸したってワケだ。

 最後に、もう一つ忠告することがある。帰り道で、死刑台から肉を買ってはならない。肝に銘じておけ』

 そう言い終わると狼の姿は掻き消え、もうどこにも見えなかった。

 

 王子は、父王の待つ城へと道を急いだ。あと三日ほどで城に帰れるという時、大きな町に入ろうとすると、大勢の人たちがやってくる。王子はシバークの手綱を引いて人に訊いた。

「一体何事ですか?」

「二人の馬鹿な男を死刑台へしょっ引いて行くんでさぁ。こいつらサイコロ賭博でスッテンテンになった挙句、トンズラしようとしやがったんで」

 王子は人垣に囲まれて引っ立てられていく二人の死刑囚に近づいてみて驚いた。なんと、それは行方知れずの二人の兄ではないか。兄たちもすぐに弟に気がつき、恥も外聞もなくひれ伏して助けを乞うた。王子はすぐに博打の借金を払い、二人の縄を解いた。

 兄弟三人は揃って父王の待つ城に帰れることになった。道中、兄たちが訊いた。

「おい、命の水は探し出せたのか?」

「勿論です」

 そう言って、末の王子は命の水を取り出して見せた。

「よくやったぞ、これで父上も救われる」

 兄たちは弟を褒め称えたが、心の中には弟への嫉妬と、己の不手際を父に知られる恐れが渦巻いていた。二人は素早く目配せをすると、恐ろしい計画を決めてしまった。

「今日はこの宿屋に泊まって骨休めしよう。疲れきった顔で帰っては、父上を心配させるからな」

 そう言って宿屋に入ると、弟が寝入るのを待って、命の水の器をすり替えた。すり替えた器には猛毒の水を仕込んでおいたのだ。

 城に着くと、末の王子はただちに父王のもとへ進んだ。

「父上、命の水です」

 その時、兄たちが叫んだ。

「父上、弟を信じてはなりませぬ!

 弟は裏切り者のペテン師です。その水をお飲みくださいますな、猛毒です。

 私たちが命の水を見つけました。帰る途中で殺されかけていた弟を救ったのです。嘘だとお思いなら、弟の持参した水を犬に飲ませてみてください」

 末の王子の持っていた水を飲ませると、犬はその場に倒れて死んだ。それから、兄たちが持っていた水を振り掛けると、犬はすぐに息を吹き返して、何事もなかったかのように元気に去って行った。

 父王は激怒した。末の王子を怒鳴りつけ、どんな言葉も聞こうとしなかった。しまいに、窓以外を塗り潰した、城の物見の塔に封じ込めたのである。

 

 塔の中で、末の王子は呆然としていた。何がなんだか分からなかった。どうして こんなことになってしまったのだろう……。

(そういえば……別れる時、狼が不思議なことを言っていた。『死刑台から肉を買うな』とか……。そうだ、あの時は意味が解らなかったが、あれは死刑にされかかった兄たちのことを言っていたのだ。)

 それでは、兄たちが水をすり替えたのだ。恐らく、あの宿屋で。そして父王を騙し、自分を陥れた。本当の裏切り者のペテン師は兄たちだ!

 しかし、今更分かっても、最早どうしようもない。

「ああ、狼の忠告を守っていたら、こんなところで飢え死にしなくてもよかったのに!」

『死ぬこともあるまい』

 突然、王子の頭の上から声が降ってきた。

『悪事はいつでもデカい顔をしてのさばるが、真実は必ず勝つものさ。元気を出せ』

 いつかの狼の声だった。見上げると、狼が高い窓から顔だけ覗かせていて、口から食料を落とした。

『今夜から毎日食い物を運んでやる。お前の無実が明かされるまではな』

 

 さて、末の王子が去ったあと、銀の城では何が起こっていたのだろうか。

 王子が空中戦の末に十二の首の龍の翼を切り裂いて海に落とすと、黄金のベッドで眠っていた城の女王が目を覚ました。銀のベッドにいた十二人の侍女も一斉に目を覚ました。水晶の山はたちまち緑の木々で覆われ、砂漠は大きな町に変わった。町には湧くように大勢の人々が現れてきた。全てが、龍の魔法から解き放たれたのだ。

 それから間もなく、銀の城の女王は男の子を産んだ。赤ん坊は日ごとに成長し、七年が過ぎた。ある日、息子は母の金庫から銅製のベルトを見つけて、さっそく母のもとへ持っていって尋ねた。

「母上、これは何ですか?」

「そなたの父上のベルトですよ」

「父上? 私に父上がいるのですか! 父上はどこにいるの? 会うことは出来るの?」

「まぁ、少しお待ち。手紙を出してみましょう」

 銀の城の女王の権勢は絶大だった。全ての王侯貴族の上に君臨していたので、彼女はこのベルトの持ち主がどこの誰の息子なのかを探り当てていた。そして、三人兄弟の父王宛てに、次のような手紙をしたためた。

"そなたの子息のうち、私の銀の城から命の水を持ち出した一人を、ただちに私のもとへ遣わせ"

 父王は息子二人にその手紙を見せた。二人は少し驚いた様子だったが、さりげなくその命令を受けた。父王を騙したように、女王も騙しおおせると踏んでいたのだ。

「二人で一緒に行くことは許さぬ。わしはもう年じゃ、いつ死を迎えるやもしれぬ。一人はわしのもとへ居てくれ。そうじゃ、兄のそなたが行け」

 一の王子はただちに旅立った。今度は囚われることもなく、銀の城までたどり着いた。城内に入るには二つの橋と二つの門がある。一つは鉄、もう一つは金で出来ていた。

 女王の息子が城の窓から見ていると、一の王子が馬に乗って城へ入ろうとしていた。

「母上、私の父上が来ましたよ」

「どちらの橋を渡ってきたの?」

「鉄の橋です」

「それは、そなたの父上ではありません。そなたの父は、命の水のために自らの生命さえ顧みなかったお方なのですよ。金銀財宝には全く無関心の方です」

 一の王子は城に入って、女王の前に進んだ。

「では、そなたが命の水を汲んだというのですか」

「そうですとも」

「そなたが命の水を取りに来たとき、この城で何を見ましたか?」

「えぇ……それは……」

 一の王子はしどろもどろになった。答えられるはずがなかったのだ。銀の城の話など聞いたことがなかったのだから。

「お前は裏切り者のペテン師です。――この者を塔へ閉じ込めておしまい!」

 一の王子は塔に封じられた。女王は再び手紙をしたためた。

"私の銀の城から命の水を持ち出した、そなたの息子を遣わせ。先日そちらから来た息子は、裏切り者のペテン師である"

 手紙を受け取った王は愕然として次男を呼びつけた。

「そなたは間違いなく、命の水を取りに銀の城へ行ったのじゃな?」

「勿論です、父上。それでは、私がただちに女王のもとへ参じましょう」

 そうして、二の王子も銀の城に行った。二の王子が城に入ろうとしている時、女王の息子は窓からそれを見ていた。

「母上、私の父上が来ましたよ」

「どちらの橋から入ろうとしているの?」

「鉄の橋です」

「それは、そなたの父上ではありません。そなたの父は、命の水のために自らの生命さえ顧みなかったお方なのですよ。鉄の橋を渡ってくるような人ではありません」

 二の王子が城に入って女王の前に進むと、女王は尋ねた。

「では、そなたが命の水を汲んだというのですか」

「そうですとも」

「そなたが命の水を取りに来たとき、この城で何を見ましたか?」

「勿論見ましたよ、沢山の召使や貴族をね」

「嘘をおつき、お前は裏切り者のペテン師です。――この者を塔へ閉じ込めておしまい!」

 二の王子は塔に封じられた。女王は三度目の手紙をしたためた。

"そちの国とそちの首が大事なら、私の銀の城から命の水を持ち去った そなたの息子を遣わせ。そちが遣わした二人の兄は裏切り者のペテン師である"

 王は落雷に撃たれたかのように驚き、今こそ兄二人に騙されていたことを知った。しかも、末の王子の言葉に耳も貸さず、むざむざ餓死という残酷な最期を与えてしまったのだ。激しく後悔したが、今となっては全ては遅かった。

 

 末の王子は死んだ。今更何ができるだろうか?

 しかし、女王の命令は絶対である。王は塔を壊し、せめて王子の骨だけでも女王のもとに届けようと思った。ただちに塔の破壊を始めたが、その時、死んだと思われていた末の王子が中から飛び出し、父王のもとへ走った。誤解を解こうと今までの一切を話す王子の前で父王は膝を折り、泣きながら詫びた。

 父王から銀の城の女王と兄二人の話を聞くと、末の王子はすぐに愛馬シバークに飛び乗り、銀の城目指して一散に走った。

 女王の息子が窓から見ていると、シバークに乗った末の王子が走ってきた。

「母上、私の父上が来ましたよ」

「どちらの橋から入ろうとしているの?」

「金の橋です。ほら、馬のひづめで金のかけらが飛び散っていますよ」

「それこそ、そなたの父上です。そなたの父は、命の水のために自らの生命さえ顧みなかったお方。黄金の橋の価値すら気にかけたりしないのです」

 末の王子が城に入って女王の前に進むと、女王は尋ねた。

「では、そなたが命の水を汲んだのですね」

「ええ」

「そなたが命の水を取りに来られたとき、この城で何を見たのですか?」

「庭には二つの噴水がありました。左の噴水には死の水、右には命に水がたたえられていました。城の入り口には十二の首の龍が眠り、その奥の部屋には十二人の乙女が銀のベッドに眠り、さらに奥の部屋には金のベッドで眠る乙女――あなたがいました。これが、その証拠のベルトです」

 王子は見たこと全てを話し、女王の銀のベルトを見せた。

 

 あとは、全てがうまく運んだ。

 ただちに父王のもとに迎えの使者が走り、父王が銀の城に着くと、女王はすぐに盛大な婚礼の支度を命じた。喜びと安堵から、父王は子供のように声を上げて泣いた。

 婚礼の祝宴は十四日もの間続いた。結婚式の当日には全ての罪人が赦され、借金で苦しむ人々にはお金が与えられた。この話が今の時代のことなら、天の助けと思う人もいるに違いない。だが、これは遠い昔の話なのだ。――残念でした。



参考文献
『チェコスロバキアの民話』 大竹國弘訳編 恒文社 1980.

※王子を助ける超自然的援助者の設定がとてもしっかりしている。類話では、行き会った者に丁寧に挨拶したからとか、現れた狼が王子の馬を食って、その代償として王子を助けるだとか、いま一つ《王子を助ける動機》が弱いことが殆どなのだが、ここでは王子に供養してもらった死者が狼の姿となって現れる。しかもなかなか含蓄のある台詞を吐いたり、アフターケアまであったり、キャラクターとしても魅力的なのだ、この狼。

 物語的にも、飛んで追いかけてくる十二首の龍と空中で戦って海に落としたり、その後、魔法の解けたガラスの山が緑の山に変わり砂漠が町になって人々が現れるなど、とてもダイナミックで映像的で、この系統の物語としても、ダントツに語りの巧さを感じさせる。

 また、この話は[ニーベルンゲン伝説]と共通する要素が多い。《宝を守る竜を殺す》《軍事力を持った眠る乙女》《初夜の証にベルトを持ち去る》《兄弟分たちに裏切られて暗殺される》など。



参考--> 「死人の借金を払った男」「体の中に心臓を持たない大男



若返りのリンゴと命の水  ロシア 

 昔、ある国に王様と三人の王子がいました。一番上の王子の名をフョードル、二番目をワシーリー、末の王子をイワンといいました。

 王様はすっかり年をとり、目もかすんできましたが、海や山を越えた遥か遠いある国に、若返りのリンゴの生る木と命の水の湧く井戸があるという噂を聞きました。若返りのリンゴを食べれば老人は若返り、命の水で目を洗えば見えるようになるというのです。そこで王様は盛大な宴会を開き、領主や貴族たちを集めてこう言いました。

「我こそはと思う者は、遠い彼方の国へ行って、若返りのリンゴを取り、命の水を"十二の注ぎ口のついた水差し"に汲んできてはくれぬか。それを成しえた者には、わしの国の半分を譲り渡そう」

 すると年上の者は若い者の後ろに隠れ、若い者はもっと若い者の陰へと隠れ、一番若い者からは返事がありません。

 その時、フョードル王子が進み出て言いました。

「父上、この国を他人に渡すことはできません。私が行って、若返りのリンゴと命の水を持ち帰りましょう」

 フョードル王子は馬小屋に行き、まだ乗り慣らされていない馬に真新しい馬具を着け、真新しい鞭を持ち、飾りではなく、鞍をしっかりさせるために十二枚の腹帯を重ねておきました。こうしてフョードル王子は旅立ちましたが、王子が馬にまたがったのは見ていても、誰も どの方角に行ったかは知りませんでした。

 幾つの谷を渡り、幾つの山を越えたでしょうか。夕日が沈むまで、王子は一日中馬を走らせました。すると道が三つに分かれていて、平たい石にこう書いてありました。

"→ 右:自分の命は守れるが馬は死ぬ"

"← 左:馬の命は守れるが自分は死ぬ"

"↑ まっすぐ:花嫁が待っている"

 フョードル王子はしばらく考え、

「よし、花嫁が待っている道を行こう!」と、馬を走らせました。

 王子がどこまでもまっすぐに馬を進めていくと、金色の屋根の御殿に行き当たりました。中から美しい娘が走り出てきます。

「王子様、手をお貸しいたしますからどうぞ馬をお下りください。そしてご馳走を食べて お休みなさいな」

「いや、娘さん、ご馳走は要りません。旅の途中で居眠りで時間を潰すわけにはいかない。私は先を急がねばならないのだ」

「王子様、旅をお急ぎになるより、先にイイコトをなさいな」

 王子は美しい娘に助けられて馬を下りました。娘は王子を御殿に案内すると、ご馳走を並べてもてなし、それからベッドに寝かせました。フョードル王子が壁の方に体を横たえた途端、美しい娘はベッドをひっくり返し、王子は底知れない地下に向かって落ちていきました。

 

 それからどのくらいの月日が経ったでしょうか。王様はまた盛大な宴会を開いて領主や貴族を集め、こう言いました。

「我こそはと思う者は、遠い彼方の国へ行って、若返りのリンゴを取り、命の水を"十二の注ぎ口のついた水差し"に汲んできてはくれぬか。それを成しえた者には、わしの国の半分を譲り渡そう」

 すると年上の者は若い者の後ろに隠れ、若い者はもっと若い者の陰へと隠れ、一番若い者からは返事がありません。

 その時、ワシーリー王子が進み出て言いました。

「父上、この国を他人に渡すことはできません。私が行って、きっとそれらのものを持ち帰りましょう」

 ワシーリー王子は馬小屋に行き、まだ乗り慣らされていない馬に真新しい馬具を着け、真新しい鞭を持ち、鞍をしっかりさせるために十二枚の腹帯を重ねておきました。こうしワシーリー王子は旅立ちましたが、王子が馬にまたがったのは見ていても、誰も どの方角に行ったかは知りませんでした。

 馬を進めるうちに、例の三叉路にさしかかりました。平たい石に書かれた文字を見て王子はしばらく考えていましたが、結局、真ん中の花嫁の道を選びました。やがて王子は金の屋根の御殿に着き、走り出てきた美しい娘の勧めで馬から下りてご馳走を食べ、ベッドに横になりました。ワシーリー王子が壁の方に体を横たえた途端、娘はまたもベッドをひっくり返し、王子は底知れない地下に向かって落ちていきました。

 すると、底の方で声がしました。

「落ちてくるのは誰だ?」

「ワシーリー王子だ。そこにいるのは誰だ?」

「フョードル王子だ!」

「やぁ、兄さん。兄さんも引っかかっていたんだね!」

 

 それからどのくらいの月日が経ったでしょうか。王様は三度目の大宴会を開き、領主や貴族を集めて言いました。

「我こそはと思う者は、遠い彼方の国へ行って、若返りのリンゴを取り、命の水を"十二の注ぎ口のついた水差し"に汲んできてはくれぬか。それを成しえた者には、わしの国の半分を譲り渡そう」

 またもや、年上の者は若い者の後ろに隠れ、若い者はもっと若い者の陰へと隠れ、一番若い者からは返事がありません。

 すると、イワン王子が進み出て言いました。

「父上、私を祝福してください。遠い遠い国へ、若返りのリンゴと命の水と、そして兄上たちを探しに行ってきます」

 王様はイワン王子に祝福を与えました。王子は自分に合った馬を選ぶために馬小屋に行きましたが、王子が目を向けただけで馬たちはガタガタ震え、背中に手を置くとヘナヘナと倒れこんでしまいました。

 イワン王子は自分に合った馬を選ぶことが出来ず、しょんぼりして歩き始めました。すると、向こうから"人目を忍んで暮らしている"お婆さんがやって来ました。

「こんにちは、イワン王子。何をそんなに悲しそうにしているんですか?」

「だって、お婆さん、悲しまないではいられないよ。いい馬を選べないんだ」

「最初から私に頼めばよかったのに。いい馬は穴倉に鉄の鎖で繋がれていますよ。それを連れ出せたなら、あなたのいい馬になるでしょう」

 イワン王子は穴倉に行くと、鉄の扉を蹴り飛ばしました。中に飛び込むと、馬は前足を王子の両肩に乗せてきました。王子がそのまま怯みもせずにいると、馬は鉄の鎖を引き千切って穴倉から外に躍り出し、イワン王子を引っ張り上げました。

 王子は馬に真新しいくつわをはめ、真新しいくらを乗せ、勇士の印として十二枚の腹帯を重ねておきました。

 こうしてイワン王子は遥かな国へと旅立ちました。王子が鞍にまたがったのは見ていても、どの方角に走り去ったか知る者はいませんでした。

 例の分かれ道までやってくると、王子は考えました。

(右へ行けば馬を失う。――馬がいなくてはどうしようもない。まっすぐ行けば花嫁が待っている。――僕は結婚するために来たわけじゃない。左へ行けば馬を守ることは出来る。……そうだ、この道こそ僕の行く道だ。)

 王子は左の道を行きました。幾つの谷を渡り、幾つの山を越えたでしょうか。夕日が沈むまで、王子は馬を走らせました。すると、一軒の小屋が見えてきました。その小屋は全く奇妙でした。なにしろ、小さな窓がたった一つしかなく、その上、ニワトリの足が生えていたのですから!

小屋よ、小屋よ、森に背を向け、私に正面を見せておくれ!
私がお前の中に入れるように、外へ出られるように

 王子が唱えると小屋はぐるりと回って森に背を向け、イワン王子に正面を向けました。王子が中に入ると、年取った山姥ババ・ヤガーが座り、絹糸を紡いでは横木に掛けていました。

「クン、クン。臭うよ。見知らぬロシア人が、今日は自分からやってきたね」

 王子は言いました。

「骨足のババ・ヤガーめ、捕まえてもない鳥の羽をむしるように、まだ知りもしない僕のことを悪く言うのかい? 旅疲れた僕にご馳走を食べさせ、飲ませて、ベッドに寝かせておくれ。そうしたら僕は横になって、枕元で尋ねるお前に僕のことを話すから」

 それで、ババ・ヤガーは王子にご馳走を食べさせ、飲ませ、ベッドに寝かせて、枕元に座って色々と尋ねました。

「お前さん、どこからお出でだね?」「どんなお家の生まれだね?」「親御さんはどんなお人だね?」

「お婆さん、僕はこれこれこうの国の王子、イワンというものだ。海や山を越えた遥か遠い国にあるという、命の水と若返りのリンゴを取りに行くところなんだよ」

「そうかい。しかしお前さんの行こうとしているところまでは、まだずっと遠いよ。命の水と若返りのリンゴは、わしの姪の《青い目》の庭にある。だが、お前さんに手に入れられるかねぇ……。《青い目》は、そりゃ力の強い女勇士なんだよ」

「お婆さん、僕のたくましい肩を信じて知恵を貸しておくれ。そうしたら、僕はもっと強くなれるから」

「沢山の若者がここへやってきたが、お前さんほど丁寧に頼んだ者は、そうはいなかったよ。わしの馬に乗っておいき。わしの馬の方が足が速いし、お前をわしの姉のところまで連れて行ってくれるはずじゃ。姉に色々教えてもらうがいい」

 あくる日、イワン王子は朝早く起きて、顔をきれいに洗い、泊めてもらったお礼を言うと、ババ・ヤガーの馬に乗って走り出しました。

 しばらく行って、突然王子が叫びました。

「止まってくれ! 手袋を落としてしまった」

 すると馬は答えました。

「もう遅いですよ。そこから二百キロは走りましたからね」

 どれほど行ったでしょうか。馬は一日中走り続け、夜になりました。その時、ニワトリの足の上に載った小さな窓のある小屋が、遠くの方に見えました。

小屋よ、小屋よ、森に背を向け、私に正面を見せておくれ!
私がお前の中に入れるように、外へ出られるように

 王子が唱えると小屋はぐるりと回って森に背を向け、イワン王子に正面を向けて止まりました。その時、馬のいななきが聞こえ、イワン王子の乗っている馬がそれに応えていななきました。馬たちは兄弟馬なのです。

 その声を聞きつけて、前のババ・ヤガーよりも もっと年をとったババ・ヤガーが、

「どうやら妹が遊びに来たようじゃな」と言いながら、入り口の階段のところに出てきました。

「クン、クン。臭うよ。見知らぬロシア人が、今日は自分からやってきたね」

 王子は言いました。

「やぁ、ババ・ヤガーのお婆さん。人を見かけで判断するのはやめてほしいな。それより、僕の馬を馬小屋に入れ、旅疲れた僕にご馳走を食べさせ、飲ませて、ベッドに寝かせておくれ」

 それで、ババ・ヤガーは馬を小屋に入れ、王子にご馳走を食べさせ、飲ませ、ベッドに寝かせて、枕元に座って色々と尋ねました。

「お前さん、どこからお出でだね?」「どこに行こうとしているんだね?」

「お婆さん、僕はこれこれこうの国の王子、イワンというものだ。これから女勇士《青い目》のところへ、命の水と若返りのリンゴを取りに行くところなんだよ」

「そうかい。しかし、お前さんに出来るだろうかねぇ……。《青い目》のところまで行く着くのは、生易しいことではないよ」

「お婆さん、僕のたくましい肩を信じて知恵を貸しておくれ。そうしたら、僕はもっと強くなれるんだ」

「沢山の若者がここへやってきたが、お前さんほど丁寧に頼んだ者は、そうはいなかったよ。わしの馬で、一番上の姉のところへ行くがいい。きっと良い知恵を貸してくれるはずじゃ」

 こうして一晩泊めてもらうと、あくる朝、イワン王子は早く起きて顔をきれいに洗い、泊めてもらったお礼を言うと、ババ・ヤガーの馬に乗って出発しました。

 しばらく行って、突然王子が叫びました。

「止まってくれ! 手袋を落としてしまった」

 すると馬は答えました。

「もう遅いですよ。そこから三百キロは走りましたからね」

 イワン王子は赤い夕日が沈むまで一日中馬を走らせ、ニワトリの足に載った、小さな窓のある小屋までやって来ました。

小屋よ、小屋よ、森に背を向け、私に正面を見せておくれ!
長いこととは言わない、一晩だけ泊めておくれ

 王子が唱えると小屋はぐるりと回って森に背を向け、イワン王子に正面を向けました。ふいに馬のいななきが聞こえ、王子の乗っていた馬がそれに応えて いななきました。入り口の階段に、まえよりもっと年をとったババ・ヤガーが出て来ました。

「クン、クン。臭うよ。馬は妹のものだが、乗っているのは見知らぬロシア人だね」

 王子は丁寧に頭を下げて言いました。

「こんにちは、お婆さん。人を見かけで判断するのはやめてほしいな。そして、僕の馬を馬小屋に入れ、旅疲れた僕にご馳走を食べさせ、飲ませて、ベッドに寝かせておくれ」

「お婆さん、僕はこれこれこうの国の王子、イワンというものだ。あなたの下の妹さんに真ん中の姉のところへ行けと言われ、真ん中の妹さんにはここへ来るよう言われてやってきた。どうか、《青い目》のところから、命の水と若返りのリンゴを手に入れられるように、僕のたくましい肩を信じて知恵を貸しておくれ。そうしたら、僕はもっと強くなれるんだ」

「よかろう、イワン王子。お前さんに知恵を貸すとしよう。《青い目》はわしの姪で、それは力の強い女勇士じゃ。あれの国の周りには、高さ六メートル、厚さ二メートルの城壁が巡らされておる。門は三十人の勇士に固められておって、お前さんなど入れるものではない。だから、お前さんは夜になってから行くのじゃ、わしの馬でな。

 城壁に着いたら、真新しい鞭で馬のわき腹を強く打つがいい。馬は城壁を飛び越える。お前さんは馬をつないで、庭園に入るのじゃ。すぐに若返りのリンゴの木と、その下に命の水の湧く井戸があるのが見えるはずじゃ。リンゴは三個もぐのじゃ、それより多くはダメだよ。命の水は、十二の注ぎ口のついた水差しに汲み取るのじゃ。

《青い目》は眠っているじゃろうが、あれのところへは決して行ってはならぬ。馬に乗ったら、再びわき腹を強く打つがいい。馬は城壁を飛び越えるはずじゃ」

 イワン王子はババ・ヤガーのところに泊まらず、借りた馬に乗ってそのまま出発しました。この馬の足の速いこと、コケに覆われた沼をひょいと飛び越え、あっという間に川や湖が尻尾の影に消えて行きました。

 どれほどの沼や川を渡り山を越えたでしょうか。

 真夜中、イワン王子は高い城壁までやって来ました。門のところに三十人の勇士が眠り込んでいました。王子は両足でぴったり馬を締め付け、真新しい鞭で力いっぱいわき腹を打ちました。馬は猛り立ち、城壁を一気に飛び越えました。

 王子は馬から下りて庭園に入りました。見ると、銀色の葉と金色の実をつけたリンゴの木があり、その下に命の水の井戸がありました。イワン王子はリンゴを三個だけもぐと、十二の注ぎ口のついた水差しに命の水を汲み取りました。

 けれども、王子は強くたくましいという《青い目》を、一目見たくなりました。

 王子は城の中に入りました。そこでは両側に六人ずつ、十二人の女勇士たちが眠り、真ん中に《青い目》が大の字に手を伸ばし、ゴウゴウと流れる早瀬のような寝息を立てて眠っていました。

 イワン王子は我慢できずに顔を近づけ、《青い目》にそっとキスをしました。

 ところが、王子が馬のところにもどってまたがると、馬が言いました。

「王子様、あなたは忠告を無視して城に入り、《青い目》のところに行きましたね。だから、私は壁を飛び越えることができません」

「役立たずの大食らいめ、ここでグスグズしているわけにはいかないのだ。そんなことをしたら、首をはねられてしまうぞ!」

 罵って王子が激しくわき腹を打つと、馬は先程より激しく猛り立ち、城壁を一気に飛び越えました。けれども、蹄鉄の一つが城壁に引っかかり、その途端に、そこに張り巡らされた弦が鳴り響き、鐘の音が響き渡りました。

《青い目》は目を覚まし、泥棒が入ったことに気づきました。

「起きなさい! 泥棒よ」

《青い目》は天下無敵の馬に鞍を置くように命じ、それに飛び乗ると、十二人の女勇士たちを従えてイワン王子の後を追いました。馬に鞭をあて、飛ぶように走る王子に、《青い目》はぐんぐん迫ってきます。

 王子が一番上のババ・ヤガーのところまでたどり着くと、そこにはもう馬が引き出され、出発の準備が出来ていました。王子はこの馬に乗り換え、またも馬を駆り立てて走り出しました。彼が出るか出ないかという時、《青い目》が戸を開けて飛び込み、ババ・ヤガーに尋ねました。

「お婆さん! ここを獣が走り抜けなかった?」

「いいえ、誰も来なかったよ」

「若い男が通らなかった?」

「いいえ、誰も来なかったよ。お前、ちょっとミルクを飲んでおいき」

「飲みたいけど、ミルクを搾るのに時間がかかるでしょう」

「そんなことないさ、すぐだよ」

 ババ・ヤガーは牛のところに行き、わざとゆっくり搾りました。《青い目》はミルクを飲むと、またイワン王子の後を追いかけました。

 イワン王子は真ん中のババ・ヤガーのところに着くと馬を取替え、また走り出しました。王子が閉めていった戸を《青い目》が開けて飛び込み、尋ねました。

「お婆さん! ここを獣が走り抜けなかった? 若い男が通らなかった?」

「いいえ、誰も来なかったよ。お前、ちょっとパンケーキを食べておいき」

「でも、焼くのに時間がかかるでしょう」

「何を言ってるんだい、すぐに焼けるよ」

 ババ・ヤガーはパンケーキをゆっくりと焼き上げました。《青い目》はそれを食べ、またイワン王子を追いかけていきました。

 王子は一番下のババ・ヤガーのところまで来ると、自分の馬に乗り換えて走り出しました。王子が閉めていった戸を《青い目》が開け、ババ・ヤガーに「若い男が通らなかったか」と尋ねました。

「いや、来なかったよ。お前、ちょっと一風呂浴びておいき」

「でも、沸かすのに時間がかかるでしょう」

「そんなことないよ。すぐに沸くさ」

 ババ・ヤガーは蒸し風呂を沸かし、《青い目》は一風呂浴びると、またもや王子を追いかけていきました。《青い目》の馬は山から山を軽やかに飛び越え、川と湖が見る間に尻尾の後ろに消えていきます。イワン王子は追い詰められました。

 王子が振り返ると、十二人の女勇士と《青い目》が、今にも首を落とされそうな距離に迫っています。観念して王子が馬を止めると、《青い目》が追いついて叫びました。

「一体どういうことだ、許しもなく私の井戸から命の水を盗み、蓋をしないで行ってしまうとは!」

 イワン王子は応えました。

「まぁいいさ。馬の足で三歩離れて戦おう」

 二人は馬に乗ったまま三歩飛びすさり、棍棒と槍と短剣で戦いました。激しく打ち合うこと三度、棍棒は折れ、槍も短剣もボロボロに刃がこぼれましたが、勝負はつきません。二人は馬から飛び降り、組み付いて格闘を始めました。

 朝から赤い夕日が沈むまで、二人の戦いは続きました。ついに、イワン王子が足に一撃を受けて地に倒れました。《青い目》は王子の胸を片ひざで押さえつけ、短剣を構えて王子の胸を切り裂こうとしました。その時、王子は言いました。

「《青い目》、僕を殺さないでくれ。それよりも僕の腕を取って起こし、甘い唇でキスをしておくれ」

《青い目》は王子を抱き起こし、甘い唇でキスをしました。

 二人は広い緑の草原に天幕ユルタを張り、三日三晩一緒に過ごして、指輪を取り交わしました。

《青い目》が言いました。

「私はこれで帰るわ。あなたも家にお帰りなさい。ただし、どこにも寄り道しないようにね。三年経ったら、きっとあなたの国へ行きますから」

 二人は馬に乗り、それぞれの方向に別れていきました。

 

 それからどのくらいの月日が過ぎたでしょうか。

 イワン王子は最初の分かれ道まで戻ってきました。そして、道しるべの石の前で考え込みました。

(これで僕は帰ることが出来る。でも、兄さんたちはどこへ行ってしまったんだろう……。)

 そして《青い目》の忠告を守らず、"花嫁の待っている道"へ行ってみました。金の屋根の御殿に着くと、イワン王子の馬がいななき、兄王子たちの馬が応えました。三頭は兄弟馬だったのです。

 イワン王子が入り口への階段を上り、指輪で戸を叩くと、御殿の丸屋根が揺れ始め、窓枠がかしぎ、美しい娘が駆け出してきました。

「まぁ、イワン王子様、ずいぶんお待ちしましたわ! 私と一緒にいらして、ご馳走を召し上がり、一眠りなさいな」

 娘は王子を案内してご馳走を出しましたが、王子はそれを殆ど食べず、みんなテーブルの下に投げ込みました。それから寝室に連れて行かれましたが、王子は娘をベッドに突き倒すと、素早くベッドをひっくり返しました。娘は地下の深い穴へ向かって落ちていきました。

 イワン王子は穴の上に屈み込み、叫びました。

「そこにいるのは誰だ!」

 穴の中から声が返ってきました。

「フョードル王子とワシーリー王子だ」

 イワン王子は二人を穴の中から引き上げました。二人の顔は薄汚れて、もうコケに覆われていましたが、命の水で洗ってやると元に戻りました。

 こうして三人は馬に乗り、揃って出発しましたが、別れ道のところでイワンが横たわって一眠りすると、フョードル王子が言いました。

「命の水も若返りのリンゴも持たずに帰るのは、みっともないよ。父上にガチョウの番でもさせられそうだ」

 ワシーリー王子が答えました。

「イワンを崖から突き落としてしまえ。そして、命の水と若返りのリンゴを父上に持って帰るんだ」

 二人はイワンの懐から若返りのリンゴと命の水の入った水差しを抜き取ると、底なしの淵に投げ込みました。そして国に帰り、まんまと手柄を奪ってしまったのです。

 

 さて、遠い遠い《青い目》の国の方では、何が起こっていたでしょうか。

 彼女は、二人の男の子を産んでいました。男の子たちは日に日にどころか一時間おきに大きくなるような按配で、すくすくと育っていきました。

 やがて約束の三年が過ぎると、《青い目》は二人の息子を連れ、軍隊を率いて、イワン王子を探すために出発しました。

《青い目》はイワン王子の国までやってくると、果てなく広がる緑の草原に白い麻の天幕を張り、天幕への道に色物のラシャの敷物を敷きました。そして王様に使者を出しました。

『王よ、王子を返すように。返さなければ そちの国に攻め入り、火をつけ、そちを捕らえるが、よろしいか』

 王様は驚きました。それで、上の息子のフョードル王子を使者に立てました。

 フョードル王子は色物のラシャの敷物を踏んで、白い天幕へ歩いていきました。すると、中から二人の男の子が飛び出してきました。

「お母様、お母様、こちらへいらっしゃるのが僕たちのお父様?」

「いいえ、あの方は あなたたちの伯父様よ」

「じゃあ、どうしたらいいの」

「たっぷりお見舞いしておあげなさい」

 すると二人の子供たちはアシの茎を持ち出し、フョードル王子のお尻をビシビシぶち始めたので、王子はほうほうの態で逃げ帰っていきました。

《青い目》はまた王様に使いを送りました。

『王子を返すように』

 王様は前よりも驚きました。そして、真ん中のワシーリー王子を使者に立てました。ワシーリー王子が《青い目》の天幕にやってくると、中から二人の男の子が飛び出しました。

「こちらへいらっしゃるのが僕たちのお父様?」

「いいえ、あの方は あなたたちの伯父様よ。たっぷりお見舞いしておあげなさい」

 二人の子供たちは またアシの茎でワシーリー王子をビシビシ打ち据えましたので、王子もほうほうの態で逃げ帰らなければなりませんでした。

《青い目》は三度目の使者を王様に送りました。

『三番目のイワン王子を、すぐに探し出せ。探し出せなければ、そちの国に攻め入り、火をかけ、焼き払うぞ』

 王様はこの前よりもっと驚きました。フョードル王子とワシーリー王子を呼び出し、弟を探し出すように命じました。すると二人の王子は父王の足元に泣き崩れ、眠っているイワン王子から命の水と若返りのリンゴを奪って崖から突き落としたことを、すっかり話しました。

 これを聞いた王様の目からは、後から後から涙が溢れ出ました。ああ、けれども 今となってはどうすることが出来るでしょうか?

 

 話を少し戻しましょう。

 底なしの崖から突き落とされたイワン王子は、三日三晩もの間、その崖を落ちていきました。気がつくと、波打ち際にいました。そこには空と水しかなく、ただ、海辺に樫の老木があって、その下で雛鳥が雨に打たれてピーピー鳴いていました。

 イワン王子は上着を脱ぎ、それで雛鳥を覆ってやって、自分は樫の木の下で雨宿りをしていました。

 嵐がおさまったとき、ナガイという巨鳥が飛んできて、樫の木の下に降り立ちました。

「私の坊やたち、大丈夫だった?」

「大丈夫だよ、ロシア人が守ってくれたんだ。上着を脱いで、ボクたちに被せてくれたんだよ」

 それを聞くと、ナガイ鳥はイワン王子に尋ねました。

「あなたは、何のためにここに来たんですか」

「兄上たちが命の水と若返りのリンゴを奪うために、僕を崖から突き落としたんだ」

「私の子供たちを守ってくれたお礼に、金銀宝石、何でもお好きなものをさしあげましょう」

「金も銀も宝石も要らないよ。ただ、僕を僕の国に送り届けてもらえないかい?」

「分かりました。それでは、樽を二つ手に入れて、それに二百キロずつの肉を詰めてください」

 イワン王子は波打ち際でがんや白鳥を射止めては二つの樽に詰め、一つをナガイ鳥の右肩に、もう一つを左肩に載せて、自分は背中に乗りました。肉を食べさせるとナガイ鳥は飛び立ち、高く高く舞い上がっていきました。

 どのくらい飛んだでしょうか。気がつくと、二つの樽は空になっていました。けれども、ナガイ鳥は振り向いて肉を欲しがりました。王子はナイフで自分の足の肉を切り取ってナガイ鳥に与えました。ナガイ鳥は元気を取り戻して飛び続けました。しかし、しばらくするとまた振り向いて欲しがります。王子はもう一方の足の肉も与えました。間もなく王子の国に着くという時、ナガイ鳥はまた振り向いて肉を求めました。王子は自分の胸の肉を切り取って与えました。

 とうとう、ナガイ鳥は懐かしい故国へイワン王子を送り届けました。ナガイ鳥は言いました。

「旅の間は大変ご馳走になりました。でも、最後の肉ほど美味しいものを、今まで食べたことがありません」

 イワン王子はナガイ鳥に傷跡を見せました。ナガイ鳥はげぷっと三つの肉片を吐き出して、「傷跡にぴったりと貼り付けてください」と言い、王子がその通りにすると肉片は貼り付き、傷は元通りに治りました。

 ナガイ鳥と別れて都に入ると、人々が口々にフョードル王子とワシーリー王子を讃えていました。二人は命の水と若返りのリンゴを持ち帰り、それによって父王の病を癒したというのでした。イワン王子は家には帰らず、飲んだくれや遊び人たちを集めて、酒場という酒場を飲み歩くようになったのです。

 

 さて、話を元に戻しましょう。

 三度目の使者を出して待っている《青い目》の天幕の方に、敷いてあるラシャを引き裂き蹴散らしながら、フラフラした一行が近づいてきました。

「お母様、お母様、なんだか酔っ払いみたいな人が、ならず者を連れてやってきますよ!」

 すると《青い目》は言いました。

「その方の手をお取りして、天幕の中にお連れしなさい。その方が、あなたたちの本当のお父様よ。悪いこともしないのに、三年もひどい目に遭われたのよ」

 二人の男の子はイワン王子の手を取り、天幕に案内しました。《青い目》は王子の顔を洗い、髪をとかし、服を着替えさせ、寝かせました。そして飲んだくれたちには酒を飲ませて、帰しました。

 あくる日、《青い目》とイワン王子は連れ立って王様のところへやって来ました。

 すぐに二人の結婚を祝う酒宴が始まりました。一方、恥知らずのフョードル王子とワシーリー王子は城から追い出され、爪弾きにされて、最初は泊めてくれる人もありましたが、三日も経つと誰も相手にしてくれる者はいなくなりました。

 イワン王子はというと、父王の国には残らず、遠い《青い目》の国に行ってしまいました。

 

参考文献
『ロシアのむかし話〈1、2〉』 金光せつ編訳 偕成社文庫 1991.

※この話には、《冥界下り》の要素がかなり色濃く現れている。

 ババ・ヤガーのニワトリの足の生えた小屋は、冥界の入り口である。普段はその扉は森(冥界)の方を向いているが、王子が呪文を唱えると回転してこちら(現界)を向き、この世とあの世を繋ぐ中継点になる。ババ・ヤガーは恐ろしい人食いでもあるのだが、王子が恐れずに挨拶して食事を要求すると、《同じ釜の飯を食った仲》の呪力で、身内として扱われ、その援助を得られるようになる。

 回春のリンゴや命の水のある庭に住まっている乙女は、ギリシア神話のヘスペリデスやヘラやアフロディーテ、ケルトの伝承の様々な女妖精たちと同じ、冥界(生命)を支配する女神の一形態である。その庭の果実を得ることは女神との結婚を意味し、死と再生(永遠)の呪力を得たことを現す。これらの類話では、老いた父王が自分が甦るために命の水や回春のリンゴを求めるが、実際には《復活した王》=《新たな王(息子、後継者)》である。よって、この物語は《王位継承者を選定するためのテスト》を描いたものなのだ。

 なお、魔法の城(冥界)から逃げ出すとき、弦音と鐘の音が鳴り響いて眠っていた冥界の主を起こす下りは、たとえば「ジャックと豆の木」や、日本神話でオオクニヌシが冥界から逃れるくだりにも現れている、おなじみのモチーフである。弦楽器の音は世界中でしばしば招霊に使われ、霊の声を現わす音だという点に関係があるのだろう。

 眠っていた《青い目》が勇敢な女戦士である点は、[ニーベルンゲン伝説]と共通している。しかし、イワン王子が《青い目》を打ち負かし屈服・征服して妻にするのではなく、イワン王子が負けたとき「僕を愛してくれ」と乞うて結ばれる点が、なんだかロマンチックではある。勝ち負けではなく、互いの力を認め合った末の結びつきというのか、王子が寝ている《青い目》にキスした時から、その美しさに屈服していた、というのか。



参考 --> 「三つのシトロン」「金のたてがみのはえた馬、金の毛の生えたブタ、金の角をもつシカ」「蛙の王女




おまけ:グリム童話中の類話について 

『グリム童話』にも、「命の水」(KHM97)という類話が収録されている。

 ただし、これには《眠り姫》のモチーフは現れていない。鉄の門扉とライオンに守られた魔法の城の姫は最初から目覚めていて、やってきた王子に抱きついて感謝し、自ら一年後の結婚を約束する。王子に感謝するところを見ると、恐らくは王子が来ることによって何かから救われたのだろうが(城に閉じ込められていたのか?)、その詳細は一切語られていない。ただ、姫の部屋の前の部屋に「魔法で縛られた王子が何人も転がっていた」とあるので、幾人もの王子が姫を救おうとして果たせなかった、らしい。

 だが、グリムの採取した類話のうち、ドイツのハノーヴァー地方のものには、眠り姫の要素が出ているものがある。以下、その概略。

 三人の息子を持つ王が病気になり、命の水を所望する。一の王子と二の王子は道中で路銀を使い果たし、泥棒をして絞首刑が決まる。通りかかった末の王子は(泥棒が兄であるとは気づかないが)自分が帰るまで刑の執行を待ってもらう。

 末の王子は旅を続けて森に入る。馬が進まなくなったので徒歩で奥に行くと、一軒の家の前に巨人が寝転んでいる。

「お前は何を探している」「命の水を知りませんか」「知らぬが、俺の子分たちなら知っているかもしれない」

 巨人は口笛で三百匹以上のうさぎと狐を集めて尋ねるが、誰も知らない。巨人は「自分の兄なら知っているだろう」と言って、王子を古狐の背に乗せて運ばせる。

 瞬きするうちに三千マイルを越えて、もっと大きな巨人の家に着く。しかし、やはり命の水の在り処を知らない。「俺の子分たちなら知っているかもしれない」と、火や風を呼び寄せて尋ねる。遅れてやって来た北風だけが知っている。

 北風につれられて魔法の城に行くが、その城がこの世に現れているのは(夜中の?)十一時から十二時までで、これが過ぎると海に沈んでしまうと言う。北風は、そのほかに色々な心得を王子に教える。

 王子が城に入ると、立派な部屋の中に美しい姫が眠っている。次のもっと立派な部屋に行くと、もっと美しい姫が眠っている。最後に一番立派な部屋に行くと、最も美しい姫が眠っている。王子はありあわせの紙に自分の名前と年月日を書き記してベッドの中に入れ、自分も一眠りしてから、姫の枕の下にあった三つの鍵を取って地下室に行き、三本のビン一杯に命の水を汲む。それから大急ぎで外に出ると十二時の鐘が響き、城は海に消える。

 王子は北風に連れられて古狐のところに帰り、古狐に連れられて最初の森に帰り、馬に乗って兄王子たちの捕らえられている町に戻る。

 泥棒を見ると兄たちだったので、釈放金を払って放免してもらう。しかし、兄二人は弟を妬んで、命の水を奪ってすり替えておく。父王は末息子が自分を毒殺しようとしたと思い、猟師に森で射殺するように命じる。しかし猟師は王子にこのことを打ち明けて逃がす。

 魔法の城の姫は息子を産んでいる。手紙を書き、自分の城に来た王子を婿にしたいと要求する。兄王子たちが出かけるが、その話を聞いて姫は偽者だと気づく。末の王子に呼び出しがかけられる。その時、死んだと思われていた末の王子が現れて、ボロボロの姿で魔法の城に行く。姫は王子を喜んで迎える。

 

 また、『腕利きの狩人』(KHM111)という話にも"冥界下りして眠り姫を抱く"モチーフが見られる。

 錠前職人の息子が修行の旅に出て、緑の服の猟師(これは魔的な存在である)の弟子になって腕利きになり、修行の報酬として必中の空気銃を得る。大きな森に迷い込んだ猟師は真夜中に三人の巨人が焚き火を囲んでいるのに出くわし、必中の銃で食事の邪魔をして悪戯する。巨人たちは猟師の腕を認め、湖のほとりの塔に忍び込んでお姫様をさらう計画をもちかける。ただし、塔の前に一匹の小犬がおり、これが吠えると城中の者が目覚めてしまうと言う。猟師は舟で湖を渡り、吠え掛かる小犬を撃ち殺す。城の最初の部屋には命じれば目の前の敵を必ず切り裂く銀の剣が置いてあり、金の星のマークと王の名が書いてある。これを取って腰に下げる。奥の部屋には美しい姫君が横たわって眠っている。彼女のスリッパやスカーフには星のマークが二つずつ付いていて、彼女と父王の名が書いてある。それぞれ、王の名の付いている方を取って持ち去る。スカーフを切り取っても姫は全く目を覚まさない。彼女は自分の肌着の中に縫い込まれたようになっている。(猟師は姫の体に触れなかった、とグリムはわざわざ書いている。)

 猟師は外に出て、待ちかねていた巨人たちに「姫は捕らえたから、戸の穴から一人ずつ入れ」と言う。そして穴の内側に待ち構えて、入ってきた巨人の首を順に切り落とし、その舌を切り取って、自分の故郷に帰る。

 城の王が目覚め、巨人の死骸を確認すると娘を目覚めさせて英雄は誰なのか尋ねる。姫は眠っていたので知らないと答えるが、見ればスカーフが切り取られ、肌着も少し切り裂かれている。王は城中の者を呼び集めて英雄は誰か知らないかと尋ねる。家来の中から醜い姿の隊長が進み出て「自分がやった」と嘘をつく。王は姫を隊長に娶わせようとするが、姫は固く拒む。王は怒って、だったら城から出て陶器売りでもして働けと命じる。姫がそうすると、王はわざと陶器を壊させて嫌がらせをする。姫がそれでも世の中に出たいと泣いて訴えると、王は森の中に小屋を建ててやり、そこで生涯、誰にでも無料で料理を煮炊きしてやるように、と言う。

 乙女が誰にでも無料で食事を振舞う小屋は評判になり、猟師の耳にも入って彼がやってくる。姫は父王の名の書いてある剣を目にし、彼こそが真の英雄であることを知る。二人は共に城に行き、父王は証拠の品々を見て喜ぶ。

 祝宴が開かれ、何も知らない隊長もそれに列席する。王は「三人の巨人の舌はどこにあるか」と質問し、隊長は「舌は元々無かった」と答える。更に「嘘をついた者はどんな目に遭うべきか」と尋ねると、隊長は「引き裂かれるべき」と答えた。王は「お前は自らに裁きを下した」と言って隊長を牢へ入れ、四つ裂きにした。それから猟師は姫と結婚し、両親も呼び寄せて幸せに暮らし、王の死後は王位を継いだ。

 グリム兄弟が採取した類話では、猟師は番兵に睡眠薬を飲ませて塔に入り、侍女の眠っている第一の部屋と第二の部屋を過ぎて、姫が裸で眠っている最後の部屋に入ったと言う。姫は父なし子を産み、怒った父王は姫を牢に入れた後、無料宿屋に住まわせる。この宿屋で姫は猟師と再会して結婚する。

 

 湖の向こうの塔の前で吠える小犬が、ギリシア神話の地獄の番犬ケルベロス〜龍に相当する、冥界の関守なのはお分かりだろう。

 若者は眠る姫の肌着を切り裂き、王の名のついた品物をことごとく自分のものにして持ち去る。冥界女神との結婚、冥王の力の入手の暗示がある。半分に裂かれた姫のスカーフが本物の英雄の証拠となるモチーフは、アファナーシエフの『ロシア民話集』「王子とそのお守り役」(AФ124)にも見えるが、竜退治の英雄が証拠に竜の舌を切り取って持ち去るモチーフと関連している。

 姫が城を出て陶器売りをして商品を割られるくだりは、グリムの「つぐみのひげの王様」(KHM52)でも知られるモチーフだが、ここには処女(聖)性の破壊の意味が隠れ潜んでいるように感じられる。かつてバビロニアの女性は一生に一度は愛の女神の巫女――神殿娼婦として見知らぬ男性に身を任せねばならない掟だった。神殿娼婦は娼婦であると同時に神聖な女神であり神の花嫁でもある。彼女たちを抱く見知らぬ男性は、観念的には"神"である。そしてこの勤めを済ませて後、ようやく女たちは聖性を捨てて、神の花嫁から人の花嫁に変わるのである。

 高貴な身分の姫が世に出て卑しい仕事をする――しかも「陶器が割れる」「誰であろうと煮炊きして食べさせる」ということは、彼女が《聖》と《穢》を併せ持つ神殿娼婦として働いたことを意味しているのだと解釈できないだろうか。森の中の無料宿屋は冥界の城であり、神殿であり、娼館であったかもしれない。



参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.



笙の笛の物語  中国 ミャオ族

 ミャオ族の村にカオチュエとウェイニャオという年老いた夫婦が住んでいた。二人の間には四十を過ぎてからやっと授かったパンカオという娘がおり、たいそう可愛がっていた。

 パンカオは気が利いて手仕事が上手。綿紡ぎや刺繍にかけたら、村中誰も適う者がいない。若者は誰もがパンカオに気に入られたいと思ったが、その中でパンカオの気に入る若者はいなかった。パンカオには心ひそかに慕っている若者がいたのだ。それは勇敢な狩人、マオシャだった。

 マオシャはりりしい若者で、かつて、一人で虎を退治したことさえある。父親と一緒に森に狩に行ったとき、草むらから一頭の大きな虎が飛び出してきて、父親を突き倒してのしかかった。マオシャは腰の刀を抜き放って虎に立ち向かい、やっつけて父親を救い出したが、父親は深い傷を負ってとうとう死んでしまった。それからというもの、マオシャは天涯孤独の身になってしまった。犬を連れて狩をしながら、定まった住まいもなく、山から山へと、あてどなくさすらう暮らしが始まった。

 そうして、さすらうマオシャはパンカオの住む村にも立ち寄ったのだった。マオシャがこの村にやってきたとき、どこといって変わったことのない普通の村なのに、何故か、アヒルや鶏が一羽もいなかった。村人に訳を尋ねると、近くに昔から住みついている二羽の鷹が残らず爪にかけてしまったのだという。マオシャは「俺が見に行ってやろう」と言って弓矢を持ち、村人に案内させて鷹の住む崖まで行くと、その広げた筵のように大きな鷹を百発百中で射落としてしまった。村中が喜びに沸き、この勇敢な狩人を賞賛した。この中にパンカオもおり、彼にすっかり心奪われてしまったのだった。

 マオシャが村に留まったのはたったの三日ほどで、パンカオが想いを告白する暇もなく旅立っていった。しかし、パンカオの心はいつも遠くマオシャのもとへ飛んでいた。パンカオは日に日に美しくなり、多くの若者が妻問いに来たが、皆断られてしまった。

 ところが、どこかのヌシである白い雉がいて、これもパンカオを見染めてしまった。白い雉は娘の心をつかむことができないと分かると、よこしまな方法で娘を奪うことにした。

 パンカオが座って刺繍をしていると、突然めまいがして、そのまま気を失ってしまった。途端につむじ風が巻き起こり、パンカオを巻き込んで連れ去ったのだ。両親は突然の災難に目の前が真っ暗になり、狂わんばかりに嘆き悲しんだ。村人たちも我がことのように胸を痛めて総出であちこち探し回ったが、パンカオの行方はようとして知れなかった。

 

 その頃、マオシャは獣を追って名も知らぬ山や森を幾つも越え、誰も足を踏み入れたことのないような深い谷間を抜けていた。いつしか谷は深い深い森に入り込み、そこで何人かの漢族の樵夫きこりたちに出会った。マオシャは彼らに気に入られて家に泊めてもらったが、かがり火を囲んで森の様子を尋ねるうち、樵夫たちは「ここはいいところだが、もう住んでいたくない」と言い始めた。

「先日、白い雉がこの森にやってきたんだ。毎晩、真夜中を過ぎると、そいつがあの大きな木の一番上の枝に飛んできて、背筋の凍るような気味悪い声で鳴くんだ。しばらく経つと、また一声鳴いて二番目の枝に飛び移る。またしばらく経つと、もう一度鳴いて三番目の枝に飛び移るんだ。その頃になると、もう空が白み始めるってわけさ。それだけじゃない、もっと不思議なのは、夜が明ける前にシクシク泣く女の声が聞こえてくるってことだよ。

 こんな変なことばかり起こるので、こんな場所からはおさらばしようって、皆で話し合っていたところなんだ」

「怖がることはない。きっと何かの化物の仕業だが、俺が退治してやるさ」

 夜が更けると、マオシャは皆と一緒にその大きな木の側に身を潜めた。辺りは真っ暗で、殆ど何も見えない。そのままじっと待ち構えていると、真夜中頃になって、なるほど、一羽の大きな白い鳥が木の枝にとまるのがぼんやり見え、ぞっとするような声で鳴き始めた。それどころか、若い娘がさめざめと泣いている声が遠く近く聞こえてくる。鳥が三度目に鳴いたとき、空はもう白々と明けて、その化物の姿をはっきり見て取ることが出来た。マオシャは矢を放ち、狙い違わず化物の胸を射抜いた。化物は石のようにまっすぐに、木の上から谷底に落ちていった。その途端、娘の泣き声も聞こえなくなった。

 すっかり夜が明けると、マオシャは谷底に降りて行って白い雉の死骸を確認し、記念に羽を一本抜くと頭に挿した。娘の泣き声の謎はとうとう分からずじまいだったが、人の役に立てたことが嬉しく、意気揚々と樵夫たちの家を後にした。

 

 パンカオは、白い雉にさらわれて以来、岩穴に押し込まれていた。白い雉は嫌がるパンカオにしつこく妻になれと迫った。けれどもパンカオが承知するはずもなく、「家に帰して」と一日中泣き通し。そこで白い雉はパンカオに魔法をかけたのだ。魔法のためにパンカオは深い眠りにつく。しかし、毎日夜明け前になると眠りから覚めて、シクシクと泣き始める。その時、白い雉がすかさずぞっとするような声で鳴くと、パンカオはまた、次第に深い眠りに落ちてしまうのだった。

 ところが、今、白い雉がマオシャの矢で殺されたので、パンカオははっきりと眠りから覚めた。急いで岩穴から飛び出し、ここがどこだか分からないまま山を降りていくと、ばったり漢族の樵夫たちに出会った。樵夫たちはパンカオの話を聞いて、あの夜毎の泣き声はこの娘の声だったのだと知り、あの若い狩人によって救われたのだと悟った。パンカオは、白い雉がを倒したのがあのマオシャだと知って胸を高鳴らせたが、彼は既にこの地を去ったと聞かされ、どうすることも出来なかった。樵夫たちは「あの若者がどこに行ったか分からないが、頭に白い雉の羽を挿しているよ」と教え、パンカオを故郷まで送り届けてやった。

 パンカオが無事に戻ったので、両親は涙を流して喜び、これまでどこにいたのかを尋ねた。パンカオは白い雉にさらわれたこと、その白い雉をマオシャが倒したことを詳しく話し、「私がお慕いしているのはあの方だけなの。今はどこにいるのか分からないけれど、いつまでもお待ちしているわ」と打ち明けた。

 カオチュエ老人はその話を聞いて喜んだ。というのも、彼も以前マオシャに会ったときから、その勇敢な若者が気に入っていたからだ。しかし、さすらい者のマオシャは、一体どこにいるのだろう。いつまたこの村にやってくるのだろう。一家は待ち続けたが、半年が過ぎてもマオシャはその影すらも現さなかった。一途に待ち続けるパンカオは、すっかりやつれてしまった。

 ある日のこと、カオチュエ老人はハタと膝を打って、妻に言った。

「いい考えがあるぞ、これならきっとマオシャを探し出せる。

 わしらで歌や踊りの芸尽くしをやって、あちこちの村の連中を皆呼び集めるんじゃ。そうすりゃ、きっとマオシャもやってくる」

 カオチュエ老人は頭が良く手先も器用だった。竹を切ってくると盧笙ルーシェンという笙の笛を作り、美しい調べを吹いた。この作り方を村の若衆にも教えたので、みんなもだんだんと笛の演奏がうまくなっていった。

 年越しの時、人々は笙の笛の集いを催し、総出で歌い踊って笛を吹いた。土地の者だけでなく、近隣の人々も大勢やってきた。集いは盛り上がり、踊りは九日の間、夜も昼も続いた。

 九日目に、パンカオは人の群れの中に頭に白い羽をつけた若者を見つけた。マオシャだ。パンカオは喜びながら父親に報せに走った。早速、カオチュエ老人はマオシャを家に招待してもてなした。マオシャは何のことだかさっぱり分からない。訳を訊こうとしたとき、老人が言った。

「勇敢な若者よ、あんたは以前、この村を荒らす性悪な鷹を討ち取ってくれた。――時に、一つお尋ねしたいのだが、頭の白い雉の羽はどうやって手に入れましたのかな」

 マオシャは(何故そんなことを訊くのだろう)と少し不審に思ったが、森の中で白い雉を退治した一部始終を老人に語って聞かせた。

「白い雉を討ち取ると、それまで聞こえていた女の泣き声がふっつり聞こえなくなったのです。それがどういうわけなのか、未だに分かりません」

 マオシャは最後にこう言った。その時、パンカオが出てきた。目に涙を一杯ためてマオシャを見つめている。老人は娘を指差し、言った。

「この娘こそが、その泣き声の主です。あなたは、白い雉にさらわれた私の娘を救ってくださったのです」

 話を聞いて、マオシャは恐ろしい目に遭ったパンカオに深く同情した。それに、美しいパンカオを見て、誰が愛さずにいられるだろうか。

 こうして、マオシャとパンカオは結ばれ、幸せな夫婦になった。

 

 ミャオ族の笙の笛の集い(盧笙会)は、この時から始まったのだという。盧笙会ルーションホイと呼ぶのは漢族で、ミャオ族では岡登りチ・ピエと呼ぶ。)毎年正月や三月、九月などに、地方ごとの特定の岡に近隣数県の若い男女が集まる。男たちは盧笙の腕を競い、女たちは太鼓を囲んで踊り、その間に好きな人を選ぶ。意中の若者の笙に、娘は自分が刺繍した帯をかける。その後、男女は村はずれの特定の場所に移動して、男女向かい合って並んで問答式の即興歌をやりとりして求婚する。

 この歌垣で笙の音に合わせて踊る際、ミャオ族の若者は男も女も、こぞって頭に白い雉の羽を挿すようになった。これは魔よけでもあり、意中の恋人を見つけるためのおまじないでもある。しかし、白い雉の羽はめったにないものなので、後には、娘たちは雉の尾の形をした銀のかんざしを作ってそれに代えるようになったのだ。

 

参考文献
『中国の民話〈上、下〉』 村松一弥編 毎日新聞社 1972.

※盧笙は、日本の笙の原型ともいうべき笛。

 この話には命の水や果実を求めてさまようモチーフはなく、【竜退治】の要素が濃いが、偽の英雄の要素がなく、さらわれた娘が魔法の眠りについていて、英雄が魔物を倒すことにより目覚める点から、ここに並べてみた。

 パンカオがさらわれたことは、"死"の比喩であると読み取れる。谷際の深い深い森の巨木で泣き叫ぶ怪鳥は、冥界の怪物であると同時にパンカオの亡霊でもあるだろう。マオシャは冥界からパンカオを連れ戻し、妻にしたのである。




inserted by FC2 system