ニーベルンゲンとは《霧の国の人》を意味する。霧の国とは北欧神話で言うところのニブルヘイムに通じ、冥界の一形態とみなせる。思うに、[ニーベルンゲン伝説]は「英雄が冥界に潜り幸を得て、愛死して神に転生する話」(前半)、「冥界の幸を巡って人々が争う話」(後半)という、冥界を巡る二つの物語で構成されている。他にも、冥界下りのモチーフがこれでもか、これでもかというほどに何度も何度も重複して現われている。

 また、[命の水]で紹介した民話群との関連も深い。枝分かれした伝承の一端、よりシンプルなものが[命の水]話群なのではないか。不死を得るための冥界下り、龍退治、眠る女王との一夜婚、嫉妬した兄弟分たちが英雄を暗殺すること、英雄の死後に彼の妻が軍を率いて兄弟分たちを殺し、復讐を成し遂げること……など、骨子の部分は共通している。

 

 アンドレアス・ホイスラーは『ニーベルンゲン伝説とニーベルンゲンの歌』(1921年)において、以下のように[ニーベルンゲン伝説]の発生と伝播の推論を述べた。

 まず、五〜六世紀頃にライン河畔フランケンの領地に歌謡の形で発生し、民族移動に伴ってドイツ一帯に伝播した。これが十三世紀初頭に、叙事詩「ニーベルンゲンの歌」として結実する。騎士物語の影響を受け、キリスト教化もしている。

 一方、九世紀頃にバイキングによって北欧に伝播されたものが『エッダ』に収められた歌謡群になった。これは伝説の古い形を残しているものと推測される。十三世紀にはそれらをまとめて一繋がりにした「ヴォルスンガ・サガ」が成立した。

 他方、十二世紀頃にニーダーザクセンのハンザ商人たちによってノルウェーに伝えられたものを、恐らくアイスランド人の詩人が十三世紀半ばに「ティードレクス・サガ」としてまとめた。これは低地ドイツに伝わっていた比較的新しい形の伝承に由来すると推測される。

 この三つが[ニーベルンゲン伝説]群でも主となるものだが、他にもこれを題材とした無数の詩や戯曲が存在する。

 十九世紀には、ワーグナーがこれらの伝説群を基に歌劇「ニーベルンゲンの指輪」を作成し、現代、関連物語の中では恐らく最も知られている。



ヴォルスンガ・サガ  アイスランド 

 これは、フン族の王の血統、ヴォルスング家の滅亡の物語である。

 ヴォルスング家の祖先は北欧の主神オーディン(オージン)の血を引く。ヴォルスングの祖父はシギといい、奴隷の男ブレジが自分より優れていたのを妬んで殺し、国を追放された。彼は父オーディンの助けを得てバイキング(海賊)になり、フン族の国を支配した。だが、妻の兄弟たちに玉座を奪われ、殺される。彼の息子のレリルが国を取り戻して父の仇を討つ。

 レリルと妃の間には子ができない。神々に願うと、オーディンは巨人フリームニルの娘、フリョーズという戦天女ヴァルキューレにリンゴを渡した。彼女はカラスに変じて飛んで行き、妃の膝の上にリンゴを落とす。このリンゴを夫婦で分け合って食べると懐妊した。ところが六年過ぎても子供は生まれてこない。その間にレリルは征旅の途中で病死する。妃の願いでやむなく腹を割いて子供は取り出され、妃も死ぬ。

 こうして生まれたのがヴォルスングである。やがてリンゴを届けたフリョーズがその父によって送られてきて、彼と結婚した。夫婦の間にはシグムンドとシグニューの双子の兄妹、その下に九人の男児が産まれた。

 シグニューが年頃になると、ガウトランド王シッゲイルに嫁ぐことになった。シグニュー自身は乗り気ではないが、父のヴォルスングが定めたことである。結婚式の最中、見知らぬ隻眼の老人が入ってきて、広間の中央のリンゴの木に剣を突き立て、抜くことが出来た者にこの並びない名剣を与えよう、と言って姿を消す。誰が試しても抜けないが、花嫁の兄のシグムンドが手をかけるとすぐに抜けた。花婿のシッゲイルは三倍の重さの金と交換しようと持ちかけるが、「あなたがこの剣に相応しかったら抜けたはず、あなたの持つ全ての黄金を差し出されても私の手に入ったこの剣を手放すつもりはない」と言われて腹を立て、僅か一日の滞在で自国に帰る。シグニューはシッゲイルとは気が合わないから一緒に行きたくない、と訴える。

 三ヵ月後、シッゲイルはヴォルスング王と全ての息子を祝宴と称して招待する。シグニューは夫の企みに気づいて、やって来た父たちに帰るように忠告するが、父は危険を知りながら留まる。翌日には戦になり、ヴォルスングは戦死し、息子たちは縛り上げられる。シグニューは殺す代わりに足枷を付けるように夫に懇願し、兄弟は森に足枷で繋がれる。そこに夜毎に老いた雌狼がやってきて、兄弟たちを一人ずつ食い殺し、ついに長男のシグムンドを残すのみとなる。シグニューは腹心の者に蜂蜜を持たせ、シグムンドの顔に塗らせて口にも含ませる。夜にやってきた雌狼はシグムンドの顔の蜜を舐め、口の中に舌を差し込む。シグムンドがそれに噛み付いたので雌狼は暴れ、足枷は壊れ、雌狼の舌は根元から千切れて死ぬ。シグニューは森に地下室を作って兄を匿う。

 シグニューは夫との間に二子を得て、これを復讐の駒として鍛え上げようと一人ずつ森の兄に託すが、彼らは臆病なので、不適格として殺させる。シグニューは一計を案じ、ある魔女と姿を取り替えて兄のもとへ行き、交わって男児シンフィヨトリを産む。肌着を肉に縫い付けても泣きもせず毒蛇も恐れないシンフィヨトリは、十歳になるとシグムンドのもとに送られ、鍛え上げられる。

 シンフィヨトリが成人すると、父子はシグニューの手引きでシッゲイルの城に侵入するが、捕らわれて、大きな墓塚の真ん中を巨岩で仕切った穴に一人ずつ生き埋めにされる。シンフィヨトリのアイディアでシグニューが剣とベーコンを藁束に隠して穴に投げ込み、父子は大岩を剣で切り開いて脱出する。ついに王の館に火を放ち、復讐を果たし終えたシグニューは兄に近親相姦の秘密を明かし、夫と子供たちのもとへ行く、と自ら炎の中に消える。

 

 シグムンドは故国を奪い返して王位につき、ボルグヒルドという妻を得る。彼女との間に産まれた息子ヘルギは運命の女神の予言通りに名高い王になる。しかし、ボルグヒルドは継子のシンフィヨトリを憎む。というのも、彼がある娘をめぐってボルグヒルドの弟と争い、殺してしまったからである。彼女は三度シンフィヨトリに毒酒を飲ませ、二度までは不死身のシグムンドが息子の代わりにそれを飲むが、三度目は酔っていたため間違った助言をしてしまい、シンフィヨトリは毒死する。シグムンドは息子の亡骸を抱いてフィヨルドへさまよい、オーディンの化身であろう老人が小船で亡骸を持ち去る。シグムンドは妻を離縁して追放する。ボルグヒルドはやがて死ぬ。

 シグムンドはエイリミ王の娘・ヒョルディースという新たな妻を得る。だが、彼女に求婚していたフンディング王の息子リュングヴィが怒って戦争を仕掛けてきた。シグムンドは奮戦していたが、戦場に帽子を目深に被った灰色マントの老人が現われ、槍をピタリとシグムンドに向ける。シグムンドが槍を斬り付けると、剣は真っ二つに打ち砕かれた。神の寵愛を失った途端、シグムンドは敗北する。

 国から逃げ出し森に隠れたヒョルディースは、夜の戦場に赴いて瀕死の夫を発見する。シグムンドは「お前は男児を生み、その子は我が一族でも最も優れた者になるだろう、その子はこの折れた剣から剣グラムを鍛え、私の仇を討つだろう」と言い残して息絶える。

 その後、ヒョルディースは通りかかったデンマークのヒャールプレク王の子アールヴに拾われる。彼女は下女と衣装を交換して身分を偽っていたのだが、やがてその美しさから正体が知れる。彼女は男児シグルズを産んだ後にアールヴと再婚した。この子は目つきが鋭く、力と身の軽さは誰にも負けなかった。

 

 話は変わる。

 主神オーディンは奸智の神ロキ、俊足のヘーニルと共に地上を旅していた。アンドヴァリの滝に差し掛かると、一匹のカワウソが鮭をくわえている。ロキは石を投げてカワウソを殺し、得意満面だった。それから、三人は近くにあった屋敷に行って一夜の宿を乞うた。だが、屋敷の主人のフレイドマルは、食料として差し出されたカワウソと鮭を見て顔色を変える。実は この一族は変身の力を持っていて、三人息子のうちの一人オトルは昼の間はカワウソに変身して鮭を捕り、父に持ち帰っていたのだ。父と二人の息子は神々を縛り上げ、神々は知らずにやったことだから賠償金で許してくれと乞うた。フレイドマルは、カワウソの毛皮が中も外もすっかり覆われるだけの黄金を要求し、ロキは黄金を調達に出かけた。

 ロキは海の女神ランから網を借り、アンドヴァリの滝で川カマスを捕った。彼は、このカマスが小人の王アンドヴァリの変身であることも、アンドヴァリが非常な財宝の持ち主であることも知っていた。捕らえられ脅されたアンドヴァリは財宝を奪われるが、ただ、一つの腕輪だけは残しておこうとした。それさえあれば再び黄金を作り出せたからだ。しかし、ロキはそれさえも奪った。アンドヴァリは「その黄金と腕輪を持つ者は、誰でもそのために命を落とすことになるぞ」と呪って地に消えた。

 オーディンたちは黄金をフレイドマルに差し出した。しかし「まだ、ひげが一本はみ出ている」と言うので、オーディンは仕方なく例の腕輪を渡した。それを見て、ロキは「この黄金はお前たちの命取りになるだろうよ」とフレイドマルの一家に言った。

 莫大な黄金を手にしたフレイドマルはそれに心奪われ、決して息子や娘たちに分けなかった。恨んだ長男のファーヴニルは弟のレギンと協力して父を殺したが、今度は自分が独り占めして弟に分けなかった。彼は邪竜に変身して荒野に行き、黄金を埋めてその上にとぐろを巻いた。レギンは兄を恨んだが、兄を殺す力は無いので機会をうかがうことにした。

 レギンは刀鍛治としてヒャールプレク王のもとに身を寄せ、シグルズに出会った。彼はシグルズの養い親になり、あらゆる武芸や言語などを教え込んでいった。また、シグルズはヒャールプレク王の飼育馬の中から名馬グラニを選び出して自分のものにした。この時、長髭の老人の姿のオーディンが現われて、馬の選び方を助言した。シグルズはオーディンの言うとおり、馬たちを水の中に追い込んで、全く怖気なかったものを選んだのだ。この馬は神馬スレイプニルの血を引くといわれる。

 

 シグルズが成長したある日、レギンは竜ファーヴニルの守る黄金の話をし、その財宝を手に入れようとそそのかした。母の財産は再婚した義父のものであり、シグルズ自身は全く財産を持っていなかったからだ。シグルズは龍を倒せるだけの立派な剣を要求した。だが、レギンが二度剣を鍛えても、シグルズがその場で鉄床かなとこに斬り付けると折れてしまうのだった。シグルズは母が父の形見の剣のかけらを持っていたことを思い出して、それを貰い受け、レギンに鍛えてもらった。こうして出来上がった剣グラムは真の名剣であり、鉄床を斬り付けると台までが断ち切られた。

 レギンは早速 竜を倒しに行こうと誘うが、シグルズはその前に父の仇を討たねばならないと言う。母方の叔父のグリーピルはシグルズの不吉な運命を予言するが、シグルズは運命を受け入れると言い、父シグムンドの国を我が物にしていたフンディングの子リュングヴィの一族を皆殺しにする。

 

 国に戻ったシグルズは、今度こそレギンに手を貸すことになる。彼はそこで出会った長髭の老人(オーディン)に教えられたとおり、竜の通り道に何筋もの溝を掘ってその一つに隠れ、竜が水を飲むためにその上を通ったとき、下から左の肩甲骨の下に剣を付け根まで突き立てた。瀕死のファーヴニルはシグルズの名を尋ね、レギンはシグルズの命を奪うだろう、また、黄金はその所持者に不幸と災いをもたらすだろう、と予言めいたことを言って死ぬ。

 レギンはファーヴニルが死んだことを確認するとシグルズを褒め称え、焼いた竜の心臓と竜の血を食べさせてくれるように頼み、自分は寝てしまう。シグルズは言われたとおりに心臓を串に刺して焼いていたが、熱い肉汁に触れたので指を口に入れた。竜の心臓の血が舌に触れた途端に鳥の言葉が聞き取れるようになり、レギンが自分を殺そうとしていることを知る。自分が手引きしたくせに、レギンは兄を殺したシグルズを憎んでいる。四羽の小鳥たちは、いっそレギンを殺して財宝を奪い、心臓は自分で食べるのがいい、そうすれば誰よりも賢くなるからなどと喋っている。また、雌鹿山ヒンダルフィヨルに行けば奇しき知恵が手に入る、とも。シグルズは眠っているレギンの首を刎ね、心臓の半分を食べて残りは取っておき、竜の這った跡を辿って洞穴へ行き、莫大な黄金を二つの箱に詰めて愛馬グラニに積み上げた。

 こうして、シグルズはヒンダルフィヨルに向かった。見ると山の上には天まで届くような炎が燃え上がっていたが、そこに火炎に包まれた盾の城(垣)があった。シグルズが炎をものともせず中に入ってみると、一人の男が完全に武装した姿で眠っている。だが、兜を取ってみれば、それは女だった。彼女の鎧は肌に食い込んでいて脱がせ難く、シグルズは首もとから鎧を切り裂いていって裾まで達し、彼女を解放した。

 目覚めた女はブリュンヒルデと名乗った。(『エッダ』ではシグルドリーヴァ) ブズリの娘で戦天女ヴァルキューレの一人だったが、かつて二人の王が争っていたとき、オーディンの定めに逆らって、ヒャールムグンナル王ではなくアグナル王を勝たせてしまったため、"眠りの茨の棘"で刺されて眠り込まされていたのだと言う。また、オーディンに結婚を強制されたが、かえって恐れを知らない男としか結婚しないと誓いを立ててやったと豪語した。

 シグルズは賢い彼女から様々な助言を受け、ルーン魔法などの神秘的な知識を授かった。ブリュンヒルデはシグルズこそが《恐れを知らない男》であると気づき、シグルズもこの賢い娘以外は妻にしたくないと望み、二人は契りを交わす。

 

 やがてブリュンヒルデの館を後にしたシグルズは、領主ヘイミルの館に立ち寄る。ヘイミルの妻・ベックヒルドは戦天女ヴァルキューレであり、ブリュンヒルデの姉だったが、主婦になる道を選んで地上に帰化したのだった。

 シグルズはヘイミルの息子アルスヴィズに大歓迎され、共に鷹狩をして遊んだ。すると、鷹が塔の窓に飛び込んで出てこない。鷹を追って塔に入ったシグルズは、中にブリュンヒルデがいるのに気がついた。彼女はその時、養父でもあるヘイミルのもとに戻っていたのであった。気位の高いブリュンヒルデはシグルズだけに側にいることを許す。ブリュンヒルデは不吉な予言をする。シグルズはギューキ王の娘グズルーンを妻とする。私たちは短い命を散らし、結ばれることは無いのだと。(かつてグズルーンは美しい鷹の夢を見、その夢解きをブリュンヒルデに頼んだという。ブリュンヒルデはグズルーンの運命を予言した。)しかしシグルズはブリュンヒルデへの愛のみを誓い、二人は再び愛を交わす。

 

 ブリュンヒルデのもとを旅立ったシグルズは、ライン河畔のギューキ王の館に身を寄せる。王には魔法に長けた妃グリームヒルドとの間に、グンナル、ホグニ、グットルムの三人息子、そして名高い美女のグズルーンがいた。グリームヒルドは娘がシグルズに恋していることに気付き、この高名な英雄を娘婿に出来たらと思って、忘れ薬を混ぜた酒の満ちた角杯を彼に勧めた。たちまちシグルズはブリュンヒルデを忘れ、ギューキ王の勧めでグズルーンと結婚することになった。シグルズはいつか残しておいた龍の心臓の半分を妻に与えた。グズルーンはこれにより この上なく賢くなったが、また、冷酷にもなった。二人の間にはシグムンドという息子が産まれた。

 次いで、グリームヒルドは長男のグンナルにブリュンヒルデに求婚することを勧めた。グンナルは母の指示で、道を知るシグルズを伴って出発した。ブリュンヒルデの父ブズリと養父ヘイミルを訪ねた後、ブリュンヒルデの広間に行ったところ、その周囲には炎が燃えていた。グンナルは自分の馬を駆り立てるが馬は逡巡して進まない。シグルズの馬グラニを借りても炎の壁を飛び越せなかった。そこで、グリームヒルドが予め指示していたとおり、二人は魔法で姿を交換した。グンナルの姿になったシグルズが炎の壁を越えてブリュンヒルデに求婚すると、彼女は炎の壁を越えた男と結婚すると誓っていたので拒まなかった。二人は三夜、床を共にした。ただし、グンナルの姿のシグルズは二人の間に抜き身の剣グラムを横たえて花嫁には触れなかった。また、彼はかつて自分が与えたアンドヴァリの黄金の腕輪を抜き取り、代わりにグンナルとして、また別のアンドヴァリの腕輪を彼女に贈った。

 こうしてブリュンヒルデはグンナルの妻になるが、二人の婚礼に至って、シグルズはブリュンヒルデとの愛の記憶を取り戻す。だが、今となってはどうしようもない……。彼は黙って運命を受け入れる。

 

 ある日、ブリュンヒルデとグズルーンは水浴びに出かける。ブリュンヒルデが先に水に入ると、グズルーンは「どういうつもりか」と怒り出した。ブリュンヒルデは、自分の父はあなたの父より強大で夫は炎の壁を越えた勇者だ、それに比べてあなたの夫はヒャールプレク王の従僕である。だからあなたに遠慮するいわれはないと言った。グズルーンは、炎の壁を越えて初夜をこなし、腕輪を取ったのは私の夫・シグルズだと暴露する。腕輪を見せられて、ブリュンヒルデは青ざめて沈黙した。

 ブリュンヒルデは心痛から寝込み、見舞いにきた夫を責めて殺そうとさえする。グンナルの弟ホグニは彼女に足枷をつける。ブリュンヒルデは機織り機を破壊する。七日後、シグルズが訪ねてくる。皆が自分を騙していたことを非難し、グンナルに一度も笑いかけたことさえないと言うブリュンヒルデに向かい、シグルズは自分もあなたを愛していた、運命に示されたように命の短い自分たちだが、あなたにはグンナルを愛して欲しいと懇願する。しかしブリュンヒルデは冷たく突っぱねる。

  

 ブリュンヒルデはグンナルに迫る。シグルズはあなたとの約束を破って初夜に私に触れた、私は同じ館に二人の夫を持つ気はない、私たち三人の中の誰かが死なねばならない。シグルズと彼の息子を殺せ、と。ブリュンヒルデを失いたくないグンナルはホグニの反対を押し切り、若い故に思慮の浅い弟・グットルムを説得する。蛇と狼の肉を食べて力をつけたグットルムは、シグルズの寝込みを襲う。二度怯んだが三度目に刺す。シグルズは致命傷を負いながらも逃げる襲撃者に剣グラムを投げつけて真っ二つにするが、自分も妻の腕の中で「運命に逆らうことは出来ぬ」と呟きながら息絶える。血の中で目覚めたグズルーンの悲鳴を聞きながらブリュンヒルデは高らかに笑う。グンナルは妻を恐れる。

 やがてブリュンヒルデは、シグルズは初夜に触れないという約束は破っていなかったと夫に告白し、グンナル自身やグズルーンの娘スヴァンヒルドの不幸な死を予言し、シグルズの遺体を焼く火で共に焼かれて死ぬ。この火には殺されたシグルズの息子も共にくべられた。

 

 この後はグズルーンの復讐譚になる。

 嘆くグズルーンに母グリームヒルドは忘れ薬を飲ませ、兄弟たちへの恨みを忘れさせる。

 グズルーンはフン族のアトリ(エッツィラ)と再婚する。しかしアトリは、今はグンナルたちが受け継いでいるシグルズの財宝を手に入れたいと考えていた。こんな目論見のもと、宴会にギューキ王の一族を招待するが、企みを見抜いたグズルーンは指輪にルーン文字を刻んで兄弟に知らせようとする。が、ルーン文字は途中で書き換えられる。

 戦いの末に、ギューキ勢ではグンナルとホグニだけが生き残る。しかし「弟の心臓を見るまでは宝の在り処は教えない」とグンナルが言ったためにホグニは心臓をえぐられて殺され(しかし笑いながら殺されて豪胆ぶりを示した)、それを見て「これで宝の在り処を知るのは俺だけになったぞ」と笑ったグンナルは蛇牢に入れられた。グズルーンは竪琴を差し入れて、兄に足でそれを奏でさせる。すると蛇たちは眠り込むのだが、ただ一匹だけ眠らなかった蛇がグンナルの肛門から入って心臓を噛んだ。グズルーンは兄弟を殺した夫を憎み、復讐を誓った。彼女は夫との間の二人の子を殺し、肉を料理し、血はワインに混ぜ、頭蓋骨は杯にして夫に供したのだ。

 その後、父の死を知ったホグニの息子ニヴルングが軍勢を率いて現われ、グズルーンの手引きでアトリを殺す。グズルーンは墓を作らせた後アトリの館に火を放ち、中の生きている人々ごと、全てを焼き尽くす。

 

 グズルーンは石を抱いて海に身投げしたが、遠く流されてヨーナク王に救われ、彼と三度目の結婚をした。グズルーンにはシグルズとの間に産まれたスヴァンヒルドという娘がいたが、彼女もここで育てられた。彼女はシグルズの太陽のような面影を良く残していた。

 娘が年頃になったとき、年配のイェルムンレク王が彼女に求婚し、求婚の使者として彼の若い息子ランドヴェールがやってきた。これは申し分の無い縁組のように思われた。ところが、大臣ビッキは王子をそそのかす。この若く美しい姫は老いた王の妻に相応しくない、若いあなたにこそ相応しい。一方、王には王子が花嫁と通じている、謀反してあなたを追い落とすつもりだと讒言した。王は怒って息子を縛り首にし、花嫁は馬に踏み殺させた。

 これを知ったグズルーンは憤激し、ヨーナク王との間の三人の息子に、姉の復讐をせよ、と命じた。長男はこの戦いに出れば生きては戻れぬことを知っていたが、グズルーンは意に介さない。彼女の胸の中には、未だに最初の夫シグルズへの愛と悲しみが燃え盛っているのだった。

 三人の息子たちはイェルムンレク王の両手両足を切り落とすが、様々な禁忌を犯したために運を失う。彼らは刃の通じない装備をしていたが、隻眼の老人が現われてイェルムンレク王に「石を投げて殺せ」と教え、投石によって殺された。これで物語は終わる。



参考文献
『ニーベルンゲンの歌 ドイツのジークフリート物語』 山室静著 筑摩書房
『エッダとサガ ―北欧古典への案内―』 谷口幸男著 新潮選書
『世界神話事典』 大林太良ほか著 角川書店 1994.
『ジークフリート伝説 ワーグナー『指環』の源流』 石川栄作著 講談社学術文庫 2004.

※ブリュンヒルデとシグルズが可哀想だ、と思ったあなたへ。『エッダ』の中には、彼らのその後を語るエピソードもあるそうだ。死んだブリュンヒルデはヴァルキューレに戻り、勇ましく馬を駆って冥界に下り、その後はシグルズとずっと一緒に暮らしたと。

 また、シグルズとブリュンヒルデの娘の活躍する「ラグナル・ロズブロークのサガ」もある。どうやらシグルズが忘れ薬を飲まされる前の交わりからブリュンヒルデは身ごもり、娘アースラウグを産んで、養父ヘイミルに預けていたらしい。

 

 ゲルマン系民族は己の祖霊を「狼」としていたそうで、それ故にヴォルフ(狼)の名のついた名前は好まれる。南スラヴ民族の間でも、新生児を狼の皮の中にくぐらせ、「雌狼から生まれた」とする習俗がキリスト教以前にあった。この「ヴォルスンガ・サガ」中盤の主人公のシグムンドも、落ちていた狼の皮を被って凶暴な狼に変わってしまったエピソードを持っている。

 

 面白いことに、「王子が眠り姫を目覚めさせる」モチーフが二回も現れている。

1)山上の垣の中へ勇敢な王子が侵入
2)狩の途中、鷹を追いかける王子が城に進入

 特に(2)は、「太陽と月とターリア」と同じモチーフだ。これらの物語が、やはり根を一つにしていることを示しているように思う。

 

 後半のグズルーンの復讐のくだりは、ギリシア神話のメディアや、ヘラクレスの死のエピソードを思い出させる。

 ギリシア神話のヘラクレスは、シグルズ(ジークフリート)によく似た性質の英雄である。時には暴走して人殺しもするような乱暴者で、竜を殺した。輝かしい英雄だったが、本妻を差し置いて新しい妻を娶ったため、古い妻の嫉妬によって謀殺され(正確には、古い妻は夫の愛を取り戻そうとして、媚薬と偽られた毒薬を夫の下着に塗る)、薪の上で焼かれた。

 ヘラクレスは女王神ヘラに憎まれていて、それ故に様々な苦難を与えられたとされる。ところが、彼の名前《ヘラクレス》は「ヘラの栄光」という意味なのだ。しかも、彼は死後に神となり、ヘラの娘で青春の女神のヘベと結婚したという。ヘベはヘラの分身のような存在である。

 以上のことから、実際には、ヘラクレスはヘラに愛されていたのだと考えられる。ブリュンヒルデがシグルズを愛しながら死を願ったように、愛しているのに英雄に苦難を与える。女神の夫になることとは、この世での死であるということだろうか。

 

 シグムンドは雌狼の舌を噛み切って殺す。これは、竜を退治した証拠に舌を切り取るモチーフと関連するだろうが、雌狼がジグムンドの口に舌を差し入れてきた、という描写には性的なニュアンスを感じ取ることもできる。シグニューと魔女と雌狼は、観念的には同一の存在かもしれない。ちなみに「ティードレクス・サガ」では、ジグルトの母でありジグムントの妻である王妃ジジベが、森で舌を切られそうになる。



参考--> 「あなたはだれ?



ティードレクス・サガ  ノルウェー

※「ティードレクス・サガ」は1250年頃にノルウェーの老ハーコン王の命で編纂されたとされる。ベルン(イタリア)の王ティードレク(シドレク/ディエトリーヒ/ディートリッヒ)を主人公とする物語だが、中にニーベルンゲン伝説と符合する箇所がある。以下はその概略。

 タルルンガラント(後のフランス)の王ジグムントが戦に出征し、留守を二人の騎士、ハルトヴィーン伯爵とヘルマン伯爵に任せていく。ハルトヴィーンは王妃ジジベ(ヒスパニアのニードゥンク王の娘)に横恋慕して迫るが、彼女は従わない。ハルトヴィーンはヘルマンにも協力させて執拗に迫ったが、とうとう彼女は従わなかった。

 やがて王が凱旋したが、二人の騎士は不義が王妃の口から発覚することを恐れた。先んじて王を出迎えると、王妃は召使いと通じて彼の子を宿したと偽りの報告をした。怒った王はハルトヴィーンの入れ知恵に従い、王妃を十年間誰も足を踏み入れたことのないシュヴァーベンの森に連れて行って、証拠として舌を切って持ち帰らせることにした。

 王が森で待っていると騙された王妃は、二人の騎士に付いて森へ行く。だが深い森の谷底に降りると、騙されたと知って激しく泣いた。ハルトヴィーンは王妃の舌を切ろうとしたが、ここに至って良心の呵責に耐えかねたヘルマンが止め、二人は争い始めた。その時、王妃は男児を産み落とした。王妃はその子を持参したガラスの箱に入れたが、ハルトヴィーンが戦ううちに箱を川に蹴り落としたので、そのままショック死した。ヘルマンはハルトヴィーンの首を刎ね、戻って王に虚偽を交えた報告をした。王は命令を遂行しなかったヘルマンを追放したが、彼はむしろ、死刑にならなかったことを喜んだ。一方ジグムントは、ジジベを深く悼んだ。

 箱は川を流れて海に至り、浜に流れ着いた。二頭の仔鹿を連れた雌鹿が通りかかり、箱の中の赤ん坊にも乳を与えた。赤ん坊は一年間そこに留まって雌鹿に育てられた。一年後、鍛冶屋のミーメが森で炭焼きをしていると、雌鹿に育てられた男児が近づいてきた。彼は男児を連れ帰り、ジグルトと名付けて養育した。

 ジグルトは十二歳になったが、ひどい怪力の乱暴者で、ミーメの下僕をぶちのめしてしまう。鍛冶屋の仕事をさせてみたが、道具を壊すばかりの役立たずであった。思い余った養父は彼を亡き者にしようと計画する。彼にはレギンという邪悪な弟がおり、普段は竜に姿を変えて森の奥に住んでいた。ミーメはこの弟にジグルト殺しを依頼し、翌日、ジグルトに九日分の食料を与えて森へ炭焼きに行かせた。

 ジグルトは森へ行って仕事を済ませると、九日分の食料を一度に食べてしまった。そこに竜がやって来たが、簡単に打ち殺すと食べるために料理を始めた。煮え具合を確かめようとして指を火傷し、指を口に含むと、枝でさえずる二羽の小鳥の会話が理解できるようになる。鳥の声によって養父が自分を殺すつもりだったことを知ったジグルトは激怒し、鳥の言うとおり全身に竜の血を塗って角質の肌の強靭な肉体となり、家に帰る。(この時、背中の間にだけ血がかからず、そこが弱点になる。)養父は名剣グラムや鎧を与えて宥めるが、ジグルトはその剣で養父を試し斬りして殺した。

 独りになったジグルトは、馬の飼育場を持ち名馬グラーネを飼っているという女王ブリュンヒルトの噂をミーメがしていたことを思い出し、彼女の城に向かった。ジグルトが閉ざされた城門を蹴破って中に入ると、女王は喜んで彼を迎えた。というのも、この少年がジグムント王の息子であると知っていたからである。ジグルトは彼女に自分の出生の秘密を教えられ、望みのままに名馬グラーネをも授かった。

 この後、ジグルトは悪名高いベルタンガのイーズンク王に仕え、十一人の王子を従える勇士になる。彼らにティードレク王率いる十一人の勇士が勝負を挑む。ティードレク王に敗北したジグルトは、王の勇士の一人・グンナルの故国、ニフルンゲル(ニーベルンゲン)に従うこととなった。

 ジグルトはグンナルの妹・グリームヒルトを妻にする。その披露宴の最中、ジグルトはグンナルに、ゼーガルトの女王ブリュンヒルトに求婚するよう勧めた。自分はそこへの道を知っているので案内すると。グンナルはジグルトに導かれ、異父弟ヘグニ、ティードレク王を伴って出発する。

 ブリュンヒルトの城に着くと、女王はジグルトにだけ大変冷たい対応をした。というのも、彼女は初めて会った時にジグルトと婚約を交わしており、にもかかわらず彼がグリームヒルトと結婚したことを知っていたからである。彼女はジグルトをなじったが、ティードレク王とグンナルに説得され、グンナルとの結婚に同意した。

 グンナルとブリュンヒルトの結婚式は彼女の国で盛大に行われた。だがその初夜、彼女は夫が自分の隣に寝ることを許さず、格闘の末に帯(ベルト)で彼の手足を縛って鉤に吊るしてしまった。第二夜も三夜も同じことになった。グンナルが義弟ジグルトに相談すると、彼は言った。

「彼女は処女である限りは、どんな男にも力で負けることはありません。しかし処女が奪われれば普通の女になるでしょう」

 絶対の秘密を誓い合って、グンナルはジグルトに自分の身代わりに初夜を果たすよう依頼した。ジグルトはグンナルの服を着て頭巾をかぶって寝室に入り、格闘の末にブリュンヒルトの処女を奪うと、彼女の指輪を抜き取った。それからグンナルと服を交換して何食わぬ顔をした。

 五日続いた婚礼の宴が終わり、グンナルは妻を連れて自国に戻ると平和に国を治めた。

 そんなある日、ブリュンヒルトが宮殿の広間に入るとグリームヒルトがいたが、彼女は座ったまま立ち上がらず挨拶しなかった。ブリュンヒルトが無礼を怒ると、グリームヒルトはここは私の母国なのであなたに頭を下げるいわれはない、と言い返す。たとえあなたの母国でも今は私がこの国の王妃だ、あなたはジグルトを追って森に入って雌鹿の道を探すがいいとブリュンヒルトが言ったところ、ついにグリームヒルトは「あなたの処女を奪ったのは誰かしら」と言い出した。そしてジグルトが初夜にブリュンヒルトから奪ってグリームヒルトに贈った黄金の指輪を見せ、ジグルトこそがあなたの処女を奪ったと暴露したのである。

 大勢の前で恥をかかされたブリュンヒルトは、狩りから帰って来たグンナルと、その弟ゲールノーツ、異父弟ヘグニにこのことを訴えた。三兄弟は黙秘の誓いを破ったジグルトの暗殺を決意する。

 数日後、男たちは揃って馬に乗って森に狩りに出かけた。暑い日で、小川の前に屈んで男たちは水を飲んだ。グンナルとヘグニが飲んだ後、ジグルトが来て飲み始めたところでヘグニが立ち上がって、槍でジグルトの両肩の間を貫いた。それは彼の胸を貫いて突き出し、ジグルトは無念の言葉を吐いて息絶えた。

 男たちがジグルトの遺体を抱えて帰ると、ブリュンヒルトが出迎えた。彼らは遺体をグリームヒルトのもとへ運んでベッドに投げ込む。グリームヒルトは目覚めて、死んでいる夫を見て嘆いた。楯も兜も無傷だ、きっと誰かに殺されたに違いないと言う彼女に、ヘグニは彼はイノシシに殺されたのだと言う。グリームヒルトは、そのイノシシとはあなた以外の何者でもないと言う。嘆く彼女をよそに、三兄弟とブリュンヒルトは晴れ晴れとしていた。ジグルトは埋葬され、誰もが彼の勇猛さを讃えて死を悼んだ。

 後にグリームヒルトは再婚相手のアッティラ(エッツィラ)王をそそのかして兄の一族を呼び寄せ、皆殺しにする。この不幸は何度も予言されているが回避できない。最後、国を追われてアッティラ王の王宮に身を寄せていたティードレクがニフルンガル族生き残りのヘグニを捕らえるが、復讐に心とらわれ悪鬼に成り果てたグリームヒルトを殺し、ヘグニを逃がす。



参考文献
『ジークフリート伝説 ワーグナー『指環』の源流』 石川栄作著 講談社学術文庫 2004.

※ジグルトは怪力の乱暴者の大食らいで、養父から厄介者扱いされ、憎まれる。これは珍しいモチーフではなく、「熊の子ジャン」や「こんび太郎」など、世界各地の英雄伝承に現れてくるものである。

 

 夫が讒言によって妻の不義を信じ込み、殺そうとする展開は、シェイクスピアの「シンベリーン」を思わせる。



ニーベルンゲンの歌  ドイツ 

 遠い昔、ライン川の中流にブルグントという国が栄えていた。国王は若き勇士グンテル、その妹のクリームヒルトは女性の鑑とするような身も心も美しい娘だったが、彼女のために多くの勇士が命を失う定めであった。

 ある日、クリエムヒルトは飼っていた強く美しい鷹が二羽の鷲に引き裂かれるという夢を見た。それを聞いた母后・ウオテは「お前の夫は早死にするかもしれない」と心配するが、クリエムヒルトは「恋愛事のドロドロなんてイヤだもの。私は一生、恋なんてしませんわ」と言うのだった。

 さて、ライン川の下流のニーデルラントという国には、武勇の誉れ高いジーフリトという王子がいた。彼はクリエムヒルトの噂を聞いて、ただ十二騎の部下だけを連れて求婚に旅立った。グンテル王の叔父で重臣のハゲネはジーフリトの身分を見抜いて彼の武勇を説明する。それによれば、ジーフリトが供も連れずに一人で馬を進めていたとき、とある山の麓でニーベルンゲン族の二人の王子シルブンクとニベルンクが、洞窟から運び出した一族の財宝を巡って争っているのに出くわした。王子たちはジーフリトに調停を頼み、彼は承諾して名剣バルムンクを報酬に得た。しかし彼の調停に二人の王子は満足せず、十二人の巨人をけしかけた。ジーフリトも腹を立て、名剣バルムンクを振るって巨人の他に二人の擁する七百名の勇士をも倒し、二人の王子も討ち殺した。彼らに仕えていた小人アルプリヒは復讐しようとしたが、返り討ちにあった。ジーフリトはアルプリヒから隠れマントを奪い、彼を家来にして財宝の番を命じた。また、ある時には龍を退治して、その血を浴びて全身が刃が通らぬほど固くなったという。

 ブルクントに入国したジーフリトは大変傲慢で挑戦的な態度を取ったが、王と王弟のとりなしでスポーツ大会が開かれ、人々と打ち解ける。

 折りしも、ザクセンとデンマルクがブルグントに宣戦布告をしてきたが、兵が揃わない。ジーフリトは「私が国を守ろう」と言い、僅かな手勢を率いて敵を撃退した。この武勲から、祝宴の最中、ジーフリトはついにクリエムヒルトと会うことを許され、恋心を募らせた。

 その頃、海の彼方のイスランドの処女王プリュンヒルトの噂が評判になっていた。この上ない美女でありながら武芸に優れた彼女は、求婚する者に対し槍投げ、石投げ、幅跳びの三つの勝負を持ちかける。勝てば彼女を妻に出来るが、負ければ命を奪われる。そうして、未だに彼女の夫になれた勇士はいないのだと言う。この話を聞いたグンテル王は、どうしても彼女に求婚したいという妄執に取り付かれる。

 そこで、ジーフリトがグンテル王を手助けすることになる。成功すればクリエムヒルトと結婚させるという条件で。

 ところで、この物語では一切の詳細が語られないのだが、ジーフリトとプリュンヒルトは以前からの知り合いだったという。ジーフリトがグンテル王の臣下を装って現われたとき、プリュンヒルトはてっきりジーフリトが求婚に来たものだと思っていたので、求婚者はグンテル王だと知って大いに驚いた。そして例の勝負が始まったが、豪華で重い甲冑をまとっているのに並外れた剛力を見せるプリュンヒルトに対し、グンテル王は恐怖心を抱く。グンテル王は隠れマントで姿を隠したジーフリトに助けられ、どうにか勝負に勝つことが出来た。この隠れマントは姿を隠せるばかりか自分の力の他に十二人分の力が加わるのだ。この力がなければジーフリトとて到底勝つことは出来なかっただろう。

 勝負に負けたプリュンヒルトは屈服せざるを得なくなったが、彼女の臣下たちは納得できずに騒ぎ立てる。なにしろ、グンテル王たちはたった四人でこの地に来ていたし、黙らせることは難しくないと思われた。しかしジーフリトは一昼夜ボートを漕いでニーベルンゲンの国へ行き、門番の巨人と財宝の番人のアルプリヒを調伏して、三千の援軍を出させた。プリュンヒルトはついに観念し、グンテル王の妃としてブルグントに旅立った。だが、誇り高い処女王は未だにグンテル王に初夜を許していなかった。

 

 一行はブルクントに戻った。ところが、結婚を認められたジーフリトとクリエムヒルトが王夫婦と並んで席に座ると、プリュンヒルトは泣き始めた。「どうしてクリエムヒルトがあのジーフリトという臣下の男と結婚することになったのか、それを知るまでは私はグンテル王とは床を共にしない」と言うのだ。グンテル王は「ジーフリトは一国の王子だし、妹も幸せになるはずだ」と宥めたが、プリュンヒルトの憂鬱は晴れなかった。結果として、彼女は夫に決して体を許そうとしなかった。グンテル王は強引に妻を抱こうとしたが、プリュンヒルトはその剛力で夫を退け、ついには自分の帯(ベルト)で縛り上げて一晩中壁に吊るしておいた。

 翌日、王からこれを聞いたジーフリトは、「では、今晩は私があなたたちの寝室に一緒に入って、あなたの手助けをしましょう」と言った。そしてその夜、隠れマントを着て寝室に入ると灯りを消し、グンテル王のふりをしてプリュンヒルトに挑み掛かった。プリュンヒルトは屈せずに彼をタンスと壁の間に押し込んだが、ジーフリトは諦めずに反撃し、とうとうプリュンヒルトを押し倒すことに成功し、グンテル王に譲り渡した。男に征服されたプリュンヒルトは許しを乞い、夫に従順になった。そして、それまで持っていた処女王としての力を失い、ただの女になってしまった。

 この時、ジーフリトは彼女の指から黄金の指輪を抜き取り、彼女のベルトも奪い取った。そしてそれを妻のクリエムヒルトに与えたのである。

 

 二週間続いた結婚の祝宴が済むと、ジーフリトは妻を伴って故国に帰り、王位を継いで十年が過ぎた。その間に二組の夫婦にはそれぞれ一人ずつ息子も生まれた。

 そんな頃、プリュンヒルトの発案でジーフリト夫妻はブルグントに招待された。夫婦たちは互いに再会を喜び、楽しい時間が過ぎたが、ふとしたことから亀裂が入った。プリュンヒルトとクリエムヒルトが夫自慢を始めたのだ。夫ジーフリトが誰よりも優れた王であると無邪気に主張するクリエムヒルトに対し、夫グンテルがいる限りそうではないと返すプリュンヒルト。彼女はグンテル王が自分の元に求婚に来たとき、ジーフリトが自らグンテル王の臣下と名乗ったことを例に挙げた。クリエムヒルトは激昂し、翌日の礼拝の際に限りなく豪華に着飾って現われ(ニーベルンゲンの黄金を手にしたニーデルラントは大変な金持ち国だった)、プリュンヒルトより先に堂内に入ろうとした。更に、「臣下の妻の分際で」と言ったプリュンヒルトに向かって、言うべきではないことを口にしたのである。

「口を慎むのが身のためでしょうよ。いつの世に愛人の身で王妃になれた者がいるのかしら。あなたの純潔を奪ったのはグンテル王ではなく、私の夫のジーフリトですわ!」

 そして、何か証拠があるのかと詰め寄るプリュンヒルトに金の指輪と宝石をちりばめた絹の帯を見せた。私の夫があなたの傍らで寝た後、私にくれたものですよ、と。

 プリュンヒルトは悲憤し、この悔しさを夫と家臣たちに訴えた。特に家臣たちは怒り、ジーフリトを殺そうと決意する。グンテル王と王弟ギーゼルヘルは賛成しかねていたが、重臣ハゲネはジーフリトを謀殺する計略を練り始めた。

 

 四日後、物々しく装った三十二名の騎士が宮廷にやってきた。再びザクセンとデンマルクから宣戦布告が来たのだと騒がれたが、実はこれはハゲネの謀略だった。そうとは知らないジーフリトは、今回も討伐に出ようと申し出た。ハゲネはクリエムヒルトのもとに出陣の挨拶に出向き、ジーフリトを守るためにも彼の弱点を教えて欲しいと願う。クリエムヒルトは、かつてジーフリトが龍の血を浴びたとき、背中の肩甲骨の間に菩提樹の葉が一枚貼り付いていて、そこだけが不死身ではないと明かす。ハゲネは内心(しめた)と思いながら、衣服のその場所に小さい印を縫いつけておいてくださいと頼み、クリエムヒルトはそこに十字の印をつける。

 翌朝、いよいよ出陣というとき、宣戦布告は間違いだった、とハゲネは報告する。力の余ったジーフリトは狩に誘われて、翌日、嬉々として出かける。不吉な夢を二つも見たクリエムヒルトは夫を止めるが、ジーフリトは気にしない。

 楽しい狩の後、宴会をするとき、ハゲネはわざと飲み物を別の場所に送ったので、一同は喉の渇きに悩まされる。ハゲネは近くの泉まで走っていって、一番に着いた者が水を飲むゲームを持ちかける。一番はジーフリトだったが、彼はグンテル王より先に水を飲むほど無作法ではなかった。王が水を飲んだ後、彼も水を飲もうと屈み込んだ時、ハゲネは後ろから彼の弱点を槍で貫いた。ジーフリトはそれでも死なず、盾を持ってハゲネを追いかけ、殴りつけた。盾は粉々に砕けたが、ハゲネは死ななかった。そしてジーフリトは呪いの言葉を吐きながら倒れて死んだ。

 ジーフリトの遺体は黄金の盾に乗せられて運ばれ、クリエムヒルトの部屋の前に置かれた。彼を殺したのがハゲネであることは半ば公然としていた。

 ニーデルラントに戻らずブルグントに留まったクリエムヒルトは、聖堂に詣でながら日々を過ごす。やがて兄と和解した彼女は兄の勧めで夫の遺産――ニーベルンゲンの財宝を取り寄せる。この財宝のうちでも黄金作りの小杖を使いこなせた者はこの世の何者をも支配できると言う。財宝の管理者となっていた小人のアルプリヒは、「ジーフリト様が不幸にあったのも、元はと言えば我々から秘宝の隠れマントを奪ったからだ」と言う。この財宝は、国の災いになると危惧したハゲネが独断でライン川に沈めてしまったので、クリエムヒルトはますますハゲネを憎む。

 

 その後はクリエムヒルトの復讐譚となる。

 ジーフリトの死から長い年月が過ぎ、クリエムヒルトは強大な権力を持つフン族のエッツェル王と再婚し、一子を産んだ。それからまた長い年月が過ぎた時、クリエムヒルトは故国ブルグントの人々を招待した。ハゲネは復讐されると悟って行くのを渋るが、「では身に覚えのあるお前だけ残ればいい」と言われては行かぬわけにもいかない。母后ウオテも不吉な夢を見たと言って止めるが、今更やめられるものでもなかった。

 旅の途中、ハゲネは水の乙女たちが水浴びしているのを見かけ、その衣を奪う。衣を奪われた乙女たちは「返してくれたらこの旅の結果の予言をしてやる」と言い、「つつがなく旅を終えて大きな名誉を受ける」と言う。ハゲネが喜んで衣を返すと、乙女たちは「本当は、お前たちは牧師一人以外は皆殺しにされることに定まっている」と明かす。ハゲネは牧師を川に投げ込むが、彼が沈まなかったのを見て、不吉な運命を受け入れる。

 幾つかの困難の後、一行はエッツェル王の宮廷に到着するが、雰囲気は最初から悪い。エッツェル王の取り成しもむなしく、ハゲネは最初から敵意を剥き出しにし、傲然と振る舞い、幾つかのトラブルを経た後、ついには殺し合いになる。ブルグント勢はエッツェル王とクリエムヒルトの間の一子を始め、宮殿にいたフン族の殆どを殺し、死体を外に投げ捨てた。まだ生きていた者もこの時に死んだ。クリエムヒルトは宮殿に火をかけさせるが、ブルクント勢は死者の血をすすって渇きを癒し、六百人ほどが残って戦い続けた。最後に残ったのはグンテル王と重臣ハゲネのみで、彼らはエッツェル王の客として居合わせたベルネのディートリヒ王に捕らえられた。

 クリエムヒルトは捕らえられたハゲネに、ニーベルンゲンの財宝を返すように迫る。しかし「主君が生きているうちは明かせない」とうそぶくので、泣きながら兄のグンテル王の首をはねさせる。だが「御身のような魔女には永遠に知らせない」と言われ、ついに自ら剣を取ってハゲネの首を打ち落とした。これを見た勇士たちは、歴戦の勇士が女に殺されるとは見るに耐えない、と怒り、クリエムヒルトをその場で斬殺した。

 かくて、王者の華やかな物語は悲嘆を持って幕を閉じる。これを「ニーベルンゲンの災い」と呼ぶ。



参考文献
『ニーベルンゲンの歌 ドイツのジークフリート物語』 山室静著 筑摩書房
『世界神話事典』 大林太良ほか著 角川書店 1994.
『「ニーベルンゲンの歌」を読む』 石川栄作著 講談社学術文庫 2001.
『ジークフリート伝説 ワーグナー『指環』の源流』 石川栄作著 講談社学術文庫 2004.

※この物語ではヒロインの立場は完全にクリエムヒルトに移っており、プリュンヒルトは階級意識が強く石のように硬くて冷たい厭な女になってしまっている。彼女はジーフリトの死後には全く登場せず、説明すらなく物語から消え去っている。作者はクリエムヒルトびいきだったようだ。実際、ことあるごとにプリュンヒルトとクリエムヒルトは対比され、理想の女たるクリエムヒルトに対して、プリュンヒルトはグンテル王にすら「こんな女に二度と求婚しない」と言われ、美しさにおいてもクリエムヒルトのほうが僅かに勝っていたと語られる。両王妃の争いはフランク王国の史実が元になっているとの説もある。

 ゲルマンの伝承をキリスト教的世界観に再構築している。そのためジーフリトは力を至上とする古代ゲルマン的英雄と、礼節をもって主君に仕え奉仕愛ミンネを求めて姫にかしずく中世キリスト教的騎士というキャラクター像の間をフラフラしており、ハゲネは裏切り者と言うより封建社会の理想的忠臣として扱われ、後半部ではゲルマン的英雄の片鱗すら見せて華々しく活躍している。

 

 冥界の女王への求婚の試練について。「ヴォルスンガ・サガ」では炎の壁を超える試練だったものが、ここでは三つの競技で勝利することになっている。競技の勝敗によって求婚の成否を決めるモチーフは、ギリシア神話のアタランテの物語が有名だが、ウラジーミル・プロップはこれらを、霊魂崇拝の儀式と関連付けている。日本でも、綱引きや相撲が《神に見せるために》行われてきたものだが、競技は神霊を満足させ供養するために行われるもので、時には神霊自身が参加すると考えられていた。人と神霊と繋がる方法の一つとしてみなされていたのだろう。

 

 グンテル王は処女王プリュンヒルトに求婚し、課せられた難題をジーフリトの援助で成し遂げる。だが結婚後にそれを知ったプリュンヒルトは、グンテルとジーフリトを憎んで復讐を目論んだ。同じモチーフを持つ民話を以下に紹介。

足のない勇士と盲目の勇士  ロシア(AФ198)

 昔、ある王と王妃にイワンという息子がいて、彼の守り役は《樫の帽子》という二つ名を持つ勇士・カトマだった。老いた王夫婦は病気になって死期を悟ると、若い息子を呼び寄せて言った。

「樫の帽子・カトマを敬い、何事も彼に相談して決めるのだよ。素直に助言を受け入れれば幸せになるが、そうでなければ蠅のように身を滅ぼすだろう」

 あくる日に王夫婦は亡くなり、イワン王子は守り役に支えられて暮らした。

 やがて成人した王子が結婚したいと相談すると、カトマは頷いて、広間に行くように勧めた。そこにはあらゆる王女の肖像が掛けられてある。その中から求婚したい一人を選びなさいと。王子はじっくり眺めて、この世にまたとない美女・麗しのアンナ姫が気に入った。ところが、その肖像の下には「王女に謎掛けして、解けなかったら王女はその者の妻になる。しかし王女が謎を解いたら、その者の首が飛ぶ」と書いてあった。王子はしょんぼりしてカトマの所へ行き、アンナ姫を妻に出来るだろうかと相談した。彼は「とても難しいことですが、私がお力添えすれば、恐らく上手くいくでしょう」と言った。そこで王子はカトマに同行を頼み、よきにつけ悪きにつけ彼の言葉に従うと約束して、アンナ姫に求婚するために出発した。

 道のりは遠く、多くの国を通り過ぎて三年が経った。道中でカトマはお金の詰まった財布を拾い、中身をすっかり自分の財布に移し替えると、王子に言った。

「イワン王子、いい謎が見つかりましたよ。アンナ姫にこう謎かけをしなさい。『旅の途中、道端で福を見つけました。これ幸いと拾い上げ、自分の福に収めました。さて、これは何を意味するのか』。アンナ姫はあらゆる知識が書いてある魔法の本を持っていて、どんな謎でも解いてしまうのですが、この謎は解けるはずがありません」

 やがてアンナ姫の宮殿に着くと、バルコニーから二人の到着を見ていた姫が何用かと尋ねさせ、求婚者だと知って招き入れた。イワン王子は例の謎かけをした。姫は魔法の本のページをめくったが、くまなく調べても答えは見つからなかった。そこで宮廷の人々はアンナ姫はイワン王子の妻になるべしとの決定を下した。アンナ姫は渋々婚礼の支度を始めたが、なんとか厄介払いしてやろうと王子を呼んで言った。

「ねえ、婚約者の王子さま。私たちの婚礼の支度を急ぐために、我が国の某所にある鋳鉄の柱を取って来て、厨房で細かく刻んでくださいな。料理番の燃やす薪にするのです」
「姫よ、何を仰る。私はここに薪割りに来たのでしょうか。それは私の仕事ではありません。そのために召使いがいるのですから。樫の帽子のカトマという者です」

 王子に命じられたカトマはたちまち仕事を成し遂げ、いずれ役立つことがあるだろうと、切り刻んだ鋳鉄を四切れほどポケットに入れておいた。あくる日に姫は言った。

「ねえ、婚約者の王子さま。明日は結婚式です。私は馬車で行きますが、あなたは駿馬に乗ってお行きなさい。今のうちに試し乗りをされるといいでしょう」
「私がするには及びません。召使いがいるのですから」

 イワン王子に命じられると、カトマはアンナ姫の企みをすぐに見抜いた。王子を馬に殺させるつもりなのだ。厩舎に行くと、十二人の馬丁が十二の錠前を外して十二の扉を開き、十二本の鉄の鎖で繋いである魔法の馬を引き出した。カトマが飛び乗ると馬は舞い上がり、不動の森の上の空を高く駆けて行った。カトマはしっかりとまたがって、片手でたてがみを掴み、もう片手でポケットから鋳鉄の切れ端を取り出すと、それで馬の耳と耳の間を叩いた。あまりにひどく打ったので鉄片は折れ、もう一本取り出して叩いた。これも折れた。こうして三本目、四本目と叩くと、ついに馬は人の言葉でこう訴えた。

「カトマの旦那、命ばかりはお助けください。何でも言うことを聞きますから」
「よく聞け、痩せ馬め。明日はイワン王子がお前に乗って結婚式に向かうはずだ。王子がお前に近づいて手をかけてもじっとして、耳一つ動かしてはならん。王子が乗ったらひづめまで地面にめり込め。そして歩くときは、背中にひどい重石を乗せられたようによろよろ歩くのだぞ」

 半死半生で馬が地上に降りると、カトマは馬の尻尾を掴んで厩舎の脇に投げつけ、厩舎に片付けておくように馬丁に命じた。

 いよいよ結婚式の日になった。アンナ姫は、イワン王子は広い野原で魔法の馬に踏み潰されるに違いないと思っていたが、馬は王子が触れてもピクリともせず、乗ると蹄が地面に埋まり、十二本の鎖が外されると滝の汗を流してよろよろ歩いた。それを見ると、人々は「なんという剛力無双の勇士だろう」と囁き合った。

 しかし結婚式が終わり教会から出てから、姫が組んでいた王子の腕を締め上げてみると、王子は苦しさに顔色を変えて目玉は飛び出しそうになった。それで姫には、イワン王子は勇士などではないと分かった。全てはカトマの誤魔化しであると気付き、復讐を誓ったのだ。

 

 それから、アンナ姫は表面上はイワン王子を神に授かった夫のように丁重に扱い、一方で事あるごとにカトマの悪口を吹き込んだ。カトマさえ始末してしまえばイワン王子などどうにでもしてしまえるからだ。しかし王子は一向に取り合わずに、いつもカトマの肩を持っていた。

 一年ほど経った頃、王子は妻を連れて自分の国に帰ることにした。カトマを御者にした馬車で出発したが、そのうちに王子は眠りに囚われた。するとアンナ姫が揺り起こして、「カトマはわざと馬車を溝や窪みに落として、私たちを死に向かわせようとしているみたい。親切に話しかけてもせせら笑っているのよ。あの男を罰してやらないことには、私は生きていられませんわ」と訴えた。夢うつつの王子は「お前の思いどおりにするがよい」と答えてしまった。

 アンナ姫はカトマの両足を斬り落とさせ、巨木の切り株の上に置き捨てた。そしてイワン王子は縄で縛って馬車の後ろに引いて、馬車の向きを変えると自分の国に引き返して行ったのだった。

 イワン王子は牛飼いの身分に落とされた。毎日牛を追って広い野原へ行き、夕方に帰ると、アンナ姫が宮殿のバルコニーから牛の数をあらためる。数え終えると家畜小屋に入れるよう命じ、最後の雌牛の尻尾に接吻させた。牛の方もそれを心得ていて、家畜小屋の門まで来ると立ち止まって尻尾を上げるのだった。

 

 切り株に置き去られたカトマは、三日間そのままだった。飲まず食わずで飢え死にするしかなかったが、突然、一人の勇士が狐を追って近くの深い森から駆け出して来て、狐が急に方向転換したものだから、額を切り株にぶつけた。切り株は根こそぎになり、カトマは地面に転がった。

 聞けば、狐を追っていた勇士は両目が見えないのだと言う。しかし嗅覚と足の速さに優れ、獣を狩って、この森に三十年も住んでいるのだと。目は生まれつきのものではなく、麗しのアンナ姫に目を抉り取られたからだと話した。二人は意気投合し、それからは盲目の勇士がカトマを背負って、二人一組で狩りを始めた。

 そんな生活が続いたある日、カトマは言った。

「我々は一生、こうして二人だけで生きていかねばならないのだろうか。聞いた話では、ある街の富豪の娘は乞食や不具者にとても親切で、誰にでも施しをしてくれるそうだ。どうだ兄弟、ひとつその娘をさらってきて、ここで主婦代わりになってもらおうじゃないか」

 盲目の勇士はどこからか持ち出した荷車にカトマを乗せ、風のように走ってその豪商の屋敷に向かった。窓から二人を見た娘がすぐに施し物を持って飛び出してきたが、カトマはそれを受け取るふりをしながら娘の手を掴んで荷車に乗せ、盲目の勇士に大声で合図した。盲目の勇士は馬も敵わぬほどの速さで駆け出し、商人の差し向けた追手は追い付くことができなかった。

 勇士たちは商人の娘を森の中の小屋に連れて来ると、言った。

「どうか血を分けた妹の代わりになってくれ。わしらと住んで、面倒をみてもらいたい。なにしろ不具者のわしらには、食事を作ったりシャツを洗ったりしてくれる者がいないのだ。神様はきっとその親切に報いてくださるだろうよ」

 娘は二人のもとに留まることにした。勇士たちは娘を大切にして本当の妹のように扱い、娘は勇士たちが狩りに出かけている間、留守を守って、炊事をしたり洗濯をしたりしていた。

 ところが、そのうちに美しかった娘が青ざめて、だんだんやつれていった。カトマが気づいて問い詰めてもなかなか理由を話さなかったが、とうとう打ち明けたところによれば、勇士たちが留守にすると、すぐに長い白髪で恐ろしい顔の老婆、骨の一本足のババ・ヤガーがやって来て、娘に頭の虱を取らせ、娘の白い胸から血を吸うというのだった。口止めされていたので言えなかったのだ。

 あくる日、盲目の勇士は庭に出て窓の下に立ち、カトマは長椅子の下に隠れさせた。娘には、ババ・ヤガーの虱を取りながら、その髪を窓から一房垂らすように命じておいた。髪が垂らされるとそれを掴み、カトマにババ・ヤガーを取り押さえるよう言った。

 勇士たちがババ・ヤガーを捕らえ、薪を積んで焼き殺して灰を風に飛ばしてやると言うと、老婆は泣いて命乞いをした。「それでは、万病治癒の霊水の出る井戸へ案内しろ」と勇士たちは命じた。老婆は勇士たちを深い森の奥へ案内し、盲目の勇士はカトマを背負って老婆の髪を掴んで付いて行った。しかし辿り着いた井戸に小枝を落とすと、それは水面に届く前に燃え上がった。

 二人の勇士は怒ってババ・ヤガーを井戸に投げ込もうとした。老婆は泣いて、また別の井戸へ案内した。その井戸に小枝を投げ込むと、水面に届く前に芽吹いて花を咲かせた。勇士たちは喜んで目を洗い、切られた足を浸した。すると目が見えるようになり、足が元通りに生えた。

 二人は喜び、一方でババ・ヤガーを炎の井戸に連れ戻すと、投げ込んで殺してしまった。

 

 カトマは商人の娘と結婚した。三人そろって麗しのアンナ姫の国へ行くと、イワン王子は牛を追っていた。カトマは、彼に自分と服を交換するように言った。自分が代わりに牛を追って行くからと。そして王子に自分の正体を明かした。カトマは死んだと思っていた王子は、彼を固く抱いて嬉し涙に暮れた。

 カトマは王子の服を着て、牛を追って宮殿に戻った。アンナ姫が牛の数をあらためて家畜小屋へ入れるよう命じ、雌牛は立ち止まって尻尾を上げた。

「この痩せ牛め、何を待っているんだ!」
 カトマは駆け寄ると雌牛の尾を掴んで引っ張った。すると皮がつるりと剥けてしまった。これを見たアンナ姫は怒り、カトマを引っ立てて来させると何者かと尋ねた。

「お前は何者です。どこから来たのです」
「私はあなたに両足を斬られ、切り株に乗せられた者ですよ。名は樫の帽子の守り役カトマです」

 アンナ姫は、この男が両足を取り戻したからには、あがいてもどうにもならないと観念した。カトマと王子に許しを請い、今まで犯した数々の悪事を詫び、これからは永遠に王子を愛して従うと誓った。イワン王子はアンナ姫を許して、夫婦睦まじく暮らし始めた。盲目の勇士は二人のもとに留まり、カトマは妻と共に豪商のもとへ赴いて、舅の家に腰を落ち着けた。



参考文献
『ロシア民話集』 アファナーシエフ著 中村喜和編訳 岩波文庫 1987.

※物語中に出てくる《広い野原》や《森》、《馬車を溝や窪みに落とそうとする》という表現には、それぞれ《冥界》の暗示があるらしく読み取れる。また《両足がない》ことや《目が見えない》ことも、《死》を暗示している。彼らが住んでいた深い森は冥界の一形態だ。そこに現れるババ・ヤガーは、死霊である。西欧の民間信仰では、死者は屍鬼(吸血鬼)として化けて出ることがあり、それは胸から血を吸うと伝える地域もある。ババ・ヤガーは虱を取ってもらっているうちに髪を掴まれて身動きとれなくなるが、日本神話でオオクニヌシが根の国(冥界)に下ったとき、冥王スサノオが頭の虫を取らせているうち眠りこむと、オオクニヌシがスサノオの髪を柱に縛って逃げるくだりがあり、関連を思わせる。

 王子が尻尾に接吻せねばならない雌牛は、アンナ姫自身を象徴し、そして冥界の女王を暗示しているように思われる。「アラタフとモンゴンフ」では、羊飼いは湖の向こうの城の女王の奴隷で、毎日仕事から戻って城に入る際には、女王の足を舐めねばならない。また、類話を並べて見るに、鉄片で殴られて大人しくなるじゃじゃ馬も、どうやら《反抗的な花嫁》の暗示である。

 魔法の本は、類話によっては「どこに隠れても映し出す魔法の鏡」になる。類話によっては、難題はかくれんぼで、男は針に姿を変えて魔法の本、または女の服に刺さる。すると女は男を見失い、屈服して男の妻になる。


参考 --> 「忠臣ヨハネス」「三人の従者」「トゥーランドット

 

 冒頭、クリエムヒルトは不吉な鷹(鷲)の夢を見て夫の死を予感する。同じモチーフは日本中世の説経「小栗判官おぐりはんがん」にもある。鷲が家宝の鏡を持ち出して三つに割った夢を見て、照手てるて姫は夫の小栗の死を予感する。

小栗判官  日本

 裕福で高貴な二条大納言兼家には子が授からない。妻が鞍馬寺の毘沙門天に祈願したところ、夢に毘沙門天が現れて三つ生りのありの実(実が三つ付いた梨の枝)を授けた。果たして懐妊し、玉のような男児を産んで、梨の実にちなんで有若ありわかと名付け、元服すると常陸小栗ひたちおぐりと名を改めた。ここは「ヴォルスンガ・サガ」で子のないレリルが神々に祈ってリンゴを授かり、ヴォルスングを授かるのと類似のモチーフである。授かった果実にちなんで子供に名づけるあたりは「桃太郎」に近い。

 小栗は賢く豪胆であったが並外れて我が儘。どんな妻を与えても満足せずに追い返す。迎えて返した妻は七十二人にも及んだ。ついに自ら理想の妻を探すことにした彼は鞍馬を目指して出発し、途中、深泥みどろヶ沼のほとりで笛を奏でたところ沼の大蛇が立ち現れ、美女となって小栗と結婚した。シグルズが戦乙女であったブリュンヒルデと結婚したように、神霊と縁を結んだわけだ。

 魔物と結婚したことで小栗は罰され、常陸に流される。そこで武蔵・相模の郡代・横山の娘、照手姫の噂を聞く。彼女は日月の申し子であり、最高の美しさを持つという。彼女はグズルーン(クリエムヒルト)に相当する存在である。小栗は横山の一族の了承を得ないまま、勝手に照手と結婚してしまう。

 これに横山と五人の息子たちは怒る。グンナル、ホグニ、グットルムの三兄弟がシグルズ暗殺を目論み、特にホグニが奸智を巡らせ計画を練ったように、横山の五人の息子のうち、三男の三郎があれこれ計画をした。横山は鬼鹿毛おにかげという人食い馬を飼っていたが、これを乗りこなせと難題を言った。ところが鬼鹿毛は小栗を見ると神の申し子であると見抜き、前脚を折ってひれ伏し、涙を流した。シグルトが冥界を暗示するブリュンヒルトの城で名馬グラーネを入手したように、小栗は鬼鹿毛を乗りこなして術で縛り、譲り受けた。

 さて、横山の家には七代伝わる唐鏡があり、照手の調子の良い時には輝き、悪い時には曇るのであった。ところがある夜、照手は天から舞い降りた鷲がこの鏡を宙で三つに割る夢を見た。一つは奈落に沈み、一つは微塵に砕け、一つは鷲が掴んだまま天にあった。次に、小栗が大事にしている鎧通し(短刀)が根元から折れている夢を見た。その次に、小栗が大事にしている村重籐むらしげどうの弓を、これも舞い降りた鷲が宙で三つに折って、一つは奈落に沈み、一つは微塵に砕け、一つは卒塔婆代わりに野に立つのを見た。そして最後の夢は、小栗と十人の家来が白装束を着て、弔旗を掲げ、千人の僧を従えて、小栗は逆鞍、逆あぶみ(馬に後ろ向きで乗ること。この世とあの世は逆転しているという観念により、死者は反対に馬に乗るという世界的な信仰がある。)で馬に乗って、北へ北へと去っていくのに、照手は追い付けないというものであった。

 三郎が小栗を宴席に招待する。不吉な予感に駆られた照手は止めるが、小栗は夢たがえの呪文を唱えて出かける。ホグニがシグルズを狩りに招いて水を飲ませ、その隙に刺し殺したように、三郎は内部を二つに仕切った二口銚子ふたくちちょうしを用意して自分たちは薬酒を飲んで油断させ、小栗一門には毒酒を飲ませて殺した。陰陽師の占いによって小栗の家来たちは火葬にし、小栗は土葬にした。

 これ以降は[ニーベルンゲン伝説]とは大きく異なり、照手の遍歴と小栗の復活の物語となる。

 横山は、人の子を殺して自分の子を殺さぬのは道理に合わないとて、鬼王、鬼次の兄弟に命じて、石を結びつけた牢輿(箱)に照手を乗せて、相模川のおりからが淵に沈めよと命じた。しかし兄弟は照手の美しさを見て同情し、石を切り離して牢輿を流した。

 牢輿は海に出てゆきとせが浦に流れ着いた。漁師たちが輿を打ち壊したところ、中からたいそう美しい姫が現れたので、魔物だと思って櫂で殴り殺そうとした。しかし漁師の長の太夫が止め、「継母に苛められた娘のように思える、それがしには子がないから養子にしよう」と引き取った。太夫の妻の姥は照手の美しいのを妬み憎んで、色黒にしてやろうと松葉で一日燻したが、千手観音の加護により照手は無事であった。腹を立てた姥は照手を人買いに売って、夫にはあなたを追って海に出て行方不明になったと嘘をついた。しかし太夫は嘘を見抜いて悲しみ、財産は全てやると言うと、離縁して出家してしまった。

 照手は次々と売られていき、とうとう美濃の国の青墓おうはかの宿場町にある、よろづ屋という百人の遊女を抱えた遊女屋に売られ、常陸小萩ひたちこはぎと呼ばれた。しかし自分は性病持ちなので遊女にはなれぬと言い繕う。よろづ屋の主人は、きっと死に別れた夫に操を立てているのだろう、客を取らぬなら恐ろしい境遇になるぞと脅したが屈しない。とうとうシンデレラのような下働きを十六人分もさせられることになったが、日月の申し子である故に、普通の十六人の下女よりも素早く仕事をこなすことができた。こうした日々は三年続いた。

 一方、冥土黄泉に至った小栗は十人の家来たちの歎願、そして土葬されてまだ肉体が残っていたこともあって、ただ一人娑婆へ帰ることを閻魔大王に許される。しかし墓穴から這い出た小栗は髪はぼうぼう手足は痩せ細り腹は膨れた異形の姿。目も見えず耳も聞こえず口もきけず、歩けもせずに這いまわるしか出来ない。

 閻魔の導きにより藤沢の清浄光寺しょうじょうこうじの上人がやってきて、小栗の復活を悟る。胸に下げた札を見れば、閻魔大王のサイン付きで、「この者を藤沢の上人の弟子の一人として渡す。熊野本宮の湯の峯に入れれば、浄土から薬湯を与える」と書いてある。熊野で湯治させれば元の姿に回復するのだと分かったが、横山一門に知られればどうなるか。上人は小栗の頭髪を剃って僧形とし、餓鬼阿弥と名付けて、札に「この者を一引き引いたは千僧供養、二引き引いたは万増供養」と書き足した。土車(土砂運び用の台車)を作って餓鬼阿弥を載せ、二本の綱を土車につけて引いて行った。道中で行きあった多くの人が、功徳になるのならと車を引いた。横山一門の者たちはそれが小栗であると知らずに、照手の供養のために車を引いた。

 富士浅間に至ると上人は帰り、以降は代わる代わる様々な人が車を引いた。ついに青墓の宿場町に至ると、照手がこれを見て、夫の供養のために車を引きたいと思う。よろづ屋の主人に三日間の休暇を願い出て、あなた方夫婦の危機には私が身代わりになりましょうと頼むと、主人は五日の休暇をくれた。

 照手は主人から古い烏帽子をもらい、身の丈の髪を解いてふり乱して、顔にはピッチ(鍋墨)を塗り、着物の裾をあげて、御幣をつけた笹を持った。(姥皮をまとうがごとく、)姿を異様で畏ろしいものに装って、男たちに付け入られないようにしたのである。

 戻らなければならない日の前夜、照手は餓鬼阿弥との別れの切なさに泣き明かし、札に「海道七か国に車を引いた人は多くとも、美濃の国、青墓の宿しゅく、よろづ屋の君の下働きの水仕女・常陸小萩という姫、青墓の宿から上り大津や関寺まで引いてさしあげた。熊野本宮、湯の峯にお入りになって、病い本復したならば、必ずお帰りの際には、一夜の宿をよろづ屋にお取りくだされ。かえすがえす」と書き足して、泣き泣き帰って行った。

 その後も多くの人に車を引かれて麓に達し、山伏たちに背負われて山を登り、出発から四百四十四日目に熊野本宮の湯の峯に入ると、七日目に目が開き、十四日目に耳が聞こえ、二十一日目に口がきけるようになり、四十九日目には元の長身の偉丈夫に回復した。

 すると山人が現れて熊野詣の記念に金剛杖を二本買えと言う。小栗は、餓鬼阿弥として人に世話されたのさえ無念に思っているのに、杖を買えとは俺を調伏する気かと言って怒った。すると山人は、この杖は音無川に流せば舟と帆柱となり、好きな場所へ行ける。金がないなら無料で差し上げると言って消えた。小栗は、さてはあれは熊野権現であったかと感謝して頭を下げた。

 修行者を装って父の屋敷へ行き、施しを求めるふりをして中に入ろうとすると、門番に箒で打たれて追い出された。それを小栗の伯父が見かけて、小栗に似ている、今日は小栗の命日でもあるし、招き入れて施しなさいと門番に命じた。小栗は母のところへいって名乗り、帰還の挨拶をした。父は息子は死んだはずだと訝るが、幼い頃から教えてきた、放たれた矢を両手と歯で挟み止める武芸を試させると、見事にやり遂げたので、これは我が子に間違いないとて、再会を喜んだ。この話を帝が聞いて感心し、五畿内五カ国を与えようと言うと、小栗はそれはいらないので美濃の国が欲しいという。帝は面白がって、五カ国に足して、馬の飼料代として美濃の国を与える。

 小栗は大勢の家来を従え、領主として青墓の宿のよろづ屋に行く。札に署名した常陸小萩という女に会いに来たのだが、思いがけず夫婦は再会して喜びの涙に濡れることになった。小栗は照手が十六人分の水仕事をさせられていたと聞いてよろづ屋の主人を罰そうとするが、照手が、車を引くために三日の暇を願ったところ五日の暇をくれた、むしろ褒美をあげてくださいと言ったので、美濃の国の総政所に命じた。主人は百人の遊女の中から三十二人を選りすぐって照手の女房(侍女)として贈った。

 小栗は横山一門を攻め滅ぼそうとするが、照手が止めた。この次第を手紙で書き送ると、横山は「我が子に勝る宝はないと今こそ思い知った」と、十駄の黄金に鬼鹿毛を添えて小栗に贈った。一方で、三郎を罪人として引き渡した。

 小栗は黄金で御堂と寺を建て、鬼鹿毛は漆で固めて馬頭観音として祀った。三郎は簀巻きにして西の海に沈め、ゆきとせが浦の姥は首から下を地面に埋めて首を竹鋸で切り落とし、一方、太夫には領地を与えた。

 常陸の国に大きな屋敷を構え、二代に渡る長者として栄えて、小栗は墨俣の正八幡(八幡神社)、照手は契り結ぶの神(結神社)として祀られた。



参考文献
小栗判官」/『み熊野ねっと』(Web)

※小栗判官は、民話、伝説、絵巻、演劇等、様々な形で伝わっており、それぞれで内容も異なる。


参考 --> 「ラグナル・ロズブロークのサガ

 ところで、初夜にプリュンヒルトがグンテルを帯で縛って鉤に吊り下げてしまうくだりは、「青髭」で開かずの部屋の中に前妻たちの死体がぶら下げられてあったり、「アリ・ババと四十人の盗賊」でカシムが四つ裂きにされて洞穴内に吊り下げられることと共通したモチーフである。死体が吊り下げられている、これは冥界の光景の一形態だ。つまりこの時点のプリュンヒルトが並の男の太刀打ちできない神の女〜冥界女神であることを暗示していると思われる。



参考--> 「トゥーランドット




おまけ

 

不死身のザイフリート  ドイツ

※「ニーベルンゲンの歌」には三十数種類もの写本が存在するが、中の一つ、十五世紀頭頃に記録されたと思われる写本mは、一般に知られているものとはかなり違った筋立てになっている。とはいうものの、たった一枚の断片で内容目録しかないのだが。その目録によると、クリーミルデを一匹の乱暴な龍が岩山に連れ去り、ジーフェリートが苦労して龍を打ち倒してクリーミルデをライン河畔に連れ戻したことになっている。

 [ニーベルンゲン伝説]は岩山に囚われているプリュンヒルトとライン河畔の館にいるクリームヒルトのダブルヒロインものだが、写本mではヒロインが統合され、一人になっているようである。

 この「龍にさらわれたお姫様を英雄が救い出す」という話型は、民話の世界では非常にポピュラーなものだ。[命の水]話群でも類話の多くがそれになっており、姫は冥界の館で救い主の英雄が現われるのを待っている。

 写本mの実際の内容は現在知ることは出来ないが、しかし、恐らく類似の物語であろうものは読むことが出来る。印刷物として伝承された十六世紀の韻文「不死身(角のように硬い〜角質)のザイフリート」である。

 ニーデルラントのジグムント王にザイフリートという王子があった。彼はひどい乱暴者だったので両親は困り果て、顧問官たちの助言に従って彼を旅立たせた。

 旅立った少年は森の中の鍛冶場に辿り着き、そこに弟子入りしようとした。ところが、鉄を打つと鉄床かなとこを地面にめり込ませてしまう。咎められると、聞き入れるどころか親方と徒弟を痛めつけた。親方は少年をもてあまし、森の菩提樹の後ろにいる炭焼き人の所へ行くように言いつけた。その菩提樹の側には恐ろしい竜が住んでいたので、少年を片付けてしまえると考えたのだ。しかし少年は容易く竜を殺し、谷間に棲んでいた悪竜やガマや毒蛇をも捕らえて一緒に焼いた。怪物たちが溶けて油が流れ出したのでその中に体を浸すと、少年の体は油の付かなかった両肩の間を除いて角質化し、角のようにすっかり硬くなった。

 さて、ライン河畔ヴォルムスのギービッヒ王には三人の息子と一人の娘がいたが、その娘クリームヒルトが、ある日窓辺に立っていたとき、飛んできた乱暴な竜に岩山ドラヘンシュタインに連れ去られた。国王はあらゆる国に使者を派遣して娘の行方を捜し求めた。

 その頃、ザイフリートは狩に出かけて竜の足跡を発見した。それを追跡するうち陰気な森の中で道に迷ったが、そこで小人オイゲルに行き会った。(前述の設定と矛盾するが)オイゲルは森に捨てられ親方に育てられた孤児のザイフリートに、彼の両親がジグムントとジゲリンデであることを教えてくれた。更に竜にさらわれて岩山に囚われているクリームヒルトのことを教えると、ザイフリートは「その娘のことならよく知っている。ギービッヒ王の国で親しい間柄だったのだ」と言って乙女を救い出す決意をした。

 オイゲルは姫を救い出すには竜の岩山を開く鍵を持つ巨人クペランと戦わねばならないと言う。ザイフリートはさっそくクペランの住処に出かけてこれを倒し、命乞いをするクペランを家来にする。しかしクペランは岩壁の扉を調べているザイフリートを背後から襲う。オイゲルが霧の頭巾(隠れマント)を投げかけて覆ってくれたので難を逃れ、もう一度クペランを倒し、また赦す。岩山を開いて中に入り、姫と再会して互いに愛を誓う。それからクペランの案内で唯一竜に打ち勝てるという剣を手に入れるが、ここでもクペランが背後からザイフリートを襲ったので、とうとう命乞いを無視してクペランを岩山から投げ落として殺した。

 ここでオイゲルの計らいで食事をとろうとしたが、食べないうちに竜が近づいてきた。この竜はある色事のために姿を変えられた人間で、五年後には魔法が解けることになっており、その時に姫を妻にしようと考えていたのだ。竜が口から吐いた炎を逃れて洞穴に入り、ザイフリートは財宝を発見した。この洞窟で回復したザイフリートは例の剣で立ち向かい、竜に従っていた六十匹の小竜たちは岩山から落とされて元来た道を戻っていった。長い戦いが続き、竜は己の吐いた炎で溶けて流れ始める。柔らかくなった竜を、ついにザイフリートによって真っ二つに両断された。ザイフリート自身もあまりの熱さから倒れて気を失い、それを見た姫も失神して倒れた。

 やがて正気を取り戻した二人は無事を喜びあい、小人の一族の丁重なもてなしを受けた後ヴォルムスへ向かった。途中までオイゲルが見送りに付いてきたので、ザイフリートは自分と妻の将来を占わせた。すると「君は奥方と八年しか暮らせない。暗殺によって命を失うのだ」と告げる。しかし妻がその復讐を果たすと聞くと安心して、誰によって暗殺されるのかは聞かなかった。また、ザイフリートは洞窟から財宝を運び出して馬に積むが、ライン河畔に差し掛かったときオイゲルの予言を思い出して、財宝の全てをライン川の底に沈めてしまった。

 こうしてヴォルムスに帰り着いたザイフリートは大歓迎を受け、祝福されてクリームヒルトと結婚した。

 けれども、ヴォルムスの三人の王子たちはザイフリートを妬み、彼がオーデンの森で泉の水を飲んでいたとき、ハーゲンが背後からその両肩の間を突き刺して暗殺してしまった。



参考文献
『「ニーベルンゲンの歌」を読む』 石川栄作著 講談社学術文庫 2001.
『ジークフリート伝説 ワーグナー『指環』の源流』 石川栄作著 講談社学術文庫 2004.
『妖精の誕生 ―フェアリー神話学―』 トマス・カイトリー著 市場泰男訳 教養文庫 1989.

※眠り姫のモチーフは完全に消失しているが、代わりに、ザイフリートとクリームヒルトが洞穴で竜を倒した後に気絶し、その後に目覚めている。これは死と復活〜冥界潜りの暗示である。冥界下りして一度気絶し、目覚めてから原界に戻るというモチーフは、『千夜一夜物語』やチベット族の「仙女と魔女」にも見えるが、チベットの『死者の書』において、死者の霊は気絶したまま冥界へ行き、切り刻まれて浄化した後に、気絶したまま新しい母胎に飛び込む(だから人間は死んでいた間のことを覚えていない)と説かれていることも思い出しておくべきだろう。

 岩壁を鍵で開くのは「岩あなの娘と金のすず」や「たから山のたから穴」など、「アリ・ババと四十人の盗賊」系で有名なモチーフ。開いた岩壁の向こうの財宝の詰まった洞穴世界は、冥界である。

 

 韻文「不死身のザイフリート」では、彼の結婚後の暗殺の物語は七行しか書かれていない。しかし十七〜八世紀の民衆本「不死身のジークフリート」には、英雄の死後の妻の復讐譚が語られている。ただし「ニーベルンゲンの歌」とは異なる。夫・ジークフリートを暗殺されたフローリグンダ(クリームヒルトに相当)は、ジークフリートの父のジークハルドゥス王のもとに息子と共に身を寄せ、その助力で復讐を成し遂げる。ジークフリートを害したハーゲンヴァルトは勇士としては死なず、臆病者に降参した挙句に眠っている間にその臆病者に殺されるという恥辱的な死を迎えている。フローグリンダの息子レーヴハルドゥスは祖父ジークハルドゥスの館に留まって立派な勇士になる。

 

 ところで、この話では超自然的援助者として小人が活躍し、岩山を開いて冥界に下る方法を教えているが、[命の水]系のグリム童話「命の水」(KHM97)でも、小人が超自然的援助者として現れ、彼に礼儀正しかった末の王子を助け、失礼だった上の二人の王子を岩山に挟んで身動きできなくしている。この件に関しては<小ネタ〜開け、ゴマ!>も参照。



ニーベルンゲンの指輪  ドイツ ワーグナーの歌劇

 神々の長ウォーダン(オーディン)は巨人の兄弟ファーゾルトとファーフナーに新たな居城を築かせるが、対価として生命のリンゴを育てる女神フライア(フレイア)を渡すと勝手に約束していた。フライアの兄に怒られ、ウォーダンは約束の取り消しを巨人たちに求め、交渉を火と奸智の神ローゲ(ロキ)に任せる。遅れて現れたローゲは話をそらし、ラインの娘たち(ライン川の精霊)が黄金を盗まれた話を語る。巨人たちはその黄金を夕刻までに調達せよと要求し、引き換えにするとしてフライアを連れ去る。たちまち神々は老い始め、ローゲとヴォータンは連れ立って黄金を調達しに出かける。

 ライン川の黄金を盗んだのは地底に住む小人、ニーベルング族の王アルベリヒだった。彼は"暗黒のアルベリヒ"と呼ばれ、対してヴォータンは"光のアルベリヒ"と呼ばれる。すなわち、小人のアルベリヒは冥王であり、ヴォータンと対を成す存在である。

 ラインの黄金は、もしそれで指輪を作ることが出来たなら、その指輪を手にする者に世界の全てを与える呪力を持つ。しかし、指輪を作ることが出来るのは愛を捨てた者だけなのだ。ラインの娘たちは「そんな者はこの世にいない」とタカをくくっていたのだが、彼女たちに相手にされず愛を得られないアルベリヒは黄金を奪い、指輪を作ってしまった。

 彼は地底の国で金の鉱脈を発見し、指輪の力で君臨して、小人たちを奴隷のように使って細工物を作らせている。アルベリヒの弟・ミーメは、念じるままどこにでも行け、姿を自在に変えられる隠れ兜を作り出し、兄を出し抜こうと考えるが、道具を使いこなすことが出来ずに失敗する。そこにローゲとヴォータンが現われ、ローゲに乗せられたアルベリヒは隠れ兜で変身を繰り返して、小さなカエルになったときに押さえつけられ、黄金とラインの指輪と隠れ兜を奪われてしまう。アルベリヒは「指輪を手にした者は指輪に縛られる、指輪は全てを与えるが全てを奪う」という呪いをかけ、地に消える。

 ヴォータンたちは巨人たちに黄金を渡す。しかし、巨人たちは「まだフライアの髪が見える」と言って隠れ兜を要求し、「まだ目が見える」と言ってラインの指輪まで要求する。ヴォータンは渋るが、美しい知恵の女神エルダが地の底から現れて「その指輪は不吉である」と警告したので、それも渡す。果たして、黄金を手に入れるなり巨人の兄弟は争い、弟ファーフナーが兄ファーゾルトを殺してしまう。それを見てヴォータンは指輪の呪力を不吉に思う。

 

 

 時は移り、舞台は人間界に変わる。

 一人の傷ついた男が民家に逃げ込んでくる。その家の妻が男を介抱していると、出かけていた夫のフンディングが帰ってくる。フンディングは妻とこの男の顔がとても似ている、と内心で驚く。

 男はヴェーヴァルト(苦しみを司る者)と名乗り、自らの生い立ちを語った。自分は狼のごとき勇猛で名を知られるヴェルズング族で、両親と双子の妹がいたが、ある日父と共に狩に出て帰ると家が焼かれ、母は殺されて妹は連れ去られていたこと。それ以後は父と森に潜んで、襲撃者と戦いながら生きてきたこと。やがて父は狼の皮を残して姿を消してしまったこと。森を出たが友も愛も得られず、白い目で見られ、常に不幸を得てきたこと。

 今、武器も失って追われているのは、意に沿わぬ結婚を強いられた娘に助けを求められ、その親族と戦って打ち殺したが、娘は感謝どころか親族の死を悲しみ、しかも駆けつけた他の親族に殺された。そして自分は槍も盾も砕かれたのだ、と。

 それを聞いたフンディングは、自分が先程まで出かけていたのは、一族を殺した男に復讐するために呼び集められたからだと明かす。――つまり、ヴェーヴァルトを追っていたのだと。しかしせめてもの仁義で戦うのは明日にしてやろう、と。

 その夜、武器のないヴェーヴァルトは、生き別れの父の語った予言を思う。「危急の時、お前は相応しく優れた剣を手に入れるだろう」と。また、フンディングの妻の優しい面影を想う。と、夫の寝酒に睡眠薬を入れた妻が、ヴェーヴァルトの部屋に忍んで来る。

 妻は家の大黒柱のトネリコの木に刺さった剣を見せる。自分には両親と兄がいたが、幼い頃、父と兄が狩に出た隙に襲われ、勇敢な母は戦って死に、自分は連れさらわれた。そして無理矢理フンディングの妻にさせられたが、その結婚式の夜、片目を隠した灰色の衣の老人が現れ、柱に剣を刺して「これを抜いた者に剣を与える」と言った。しかし、誰もその剣を抜けなかったと。だが、ヴェーヴァルトが手をかけると簡単に抜ける。

 妻は「自分を救ってくれる定めの男性が現れた」と喜び、ヴェーヴァルトも「父が予言した剣こそ これだ」と喜び、二人は互いに愛を囁く。語り合ううちに半ば予想していた真実を手に入れる。二人は生き別れになっていた双子の兄妹だと。そして、あの片目を隠した老人は生き別れになった父だと。運命は自分たちに味方している。ジークムント(勝利の加護を受けた者)という名を取り戻した男は、妹であり愛する妻でもあるジークリンデを連れて、フンディングの家から出奔する。

 

 

 再び舞台は変わり、神の世界。

 ヴォータンはお気に入りの娘、全智の女神エルダとの間の子である戦乙女ヴァルキューレの一人ブリュンヒルデを呼び寄せ、ジークムンドに勝利を、フンディグに死を運ぶように命じる。ヴァルキューレたちは武装した姿で戦場を飛びまわっては戦士の魂を掠め取り、特別に優れた英雄の魂を神の宮殿ヴァルハラに運ぶ、死の天女である。

 ブリュンヒルデと入れ替わりに、ヴォータンの正妻であり倫理と結婚の女神であるフリッカが、怒り狂ってやってくる。ジークムントとジークリンデの二人が、実の兄妹でありながら夫婦になったことを怒っているのだ。ヴォータンは、「心の通わない結婚をするより、血が繋がっていようと愛し合う者同士が結ばれるのが自然だ」と主張するが、フリッカは許さない。実は、双子はヴォータンが人間の女との間に作った子供であり、そのこともフリッカは気に入らないのだ。

 ヴォータンは、神々には出来ない行為が人間の英雄には出来る、そのためにジークムントを生み出して苦難の中で成長させたのだ、と主張するが、フリッカは「全てあなたが手を貸したことでしょう」と一蹴する。そしてヴェルズング族から手を引け、与えた剣も魔力を奪って折ってしまい、一切手を貸すな、と迫る。言い負かされて、ヴォータンはそうせざるを得なくなる。

 再びブリュンヒルデが戻ってきて、打ちひしがれた父の様子に胸を痛め、父の膝に身を投げ出して何があったのか話してくれとせがむ。ヴォータンは最も信頼している娘に告白する。老いるにつれ権力への憧れが頭をもたげてきたこと、だから手に入れたラインの指輪を手放し難かったこと。だが、その時 知恵の女神エルダが「その指輪を持ち続ければ神々の黄昏が訪れる」と予言したこと。ヴォーダンは指輪を手放したが、不安に襲われ、地下に降りて愛の秘術をもってエルダを征服し、秘密を聞き出したこと。結果としてブリュンヒルデが生まれ、他の八人の姉妹と共にヴァルキューレとして育てられたこと。それもこれも、神々の滅ぶ運命を回避するためなのだと。というのも、小人の王アルベリヒがヴォータンを恨み、戦争を仕掛けようとしているからだ。ヴァルキューレたちに神々の決まりに縛られない人間の勇者たちの魂を集めさせ、戦争に備えているのである。

 だが、もしもアルベリヒの手にラインの指輪が戻ったなら、彼は強大な力を得て神々を滅ぼしてしまうだろう。だから、なんとしてもアルベリヒの手に指輪が渡ることがないようにせねばならない。指輪は、今も巨人族のファーフナーが持っている。しかし「指輪を対価として渡す」という契約に縛られているヴォータンは手出しできない。よって、人間であるジークムントに指輪を取ってこさせようと考えていたのだ。しかし、欺瞞はフリッカに看破された。ジークムントはヴォータンが生み出したもの、その運命も剣もヴォータンが用意したもの。だとすれば、ジークムントはヴォータンの分身、人形に過ぎない。契約に縛られぬ自由な者ではありえないのだ。

 ヴォータンは、結果として血を分けた息子を死に追いやらねばならなくなったのも、ほんの一時期とはいえ所持していたラインの指輪の呪いだと嘆く。ブリュンヒルデは父の痛みを感じ、強いて「ジークムンドに敗死を与えよ」と命じる父に逆らう。だが、従順な娘の反抗はヴォータンを激昂させた。命令に逆らうな、と父に叱責され、ブリュンヒルデは重い足取りで人間界に向かう。

 

 ブリュンヒルデは逃避行の最中のジークムンドの前に姿を現わす。ジークリンデは彼の膝で眠っている。「迎えに来た、神々の宮殿に行きましょう」と言う彼女に、ジークムンドは「そこに行けば父に会えますか?」と問う。彼は、父が神ヴォータンであることを知らないのだ。「会えます」という返事に嬉しそうにするが、はっとして、「そこにはジークリンデも行けるのか、二人はそこでも抱き合えるのか」と尋ねる。「それはできない」という返事に「僕は行きません」と拒むジークムンドを見て、ブリュンヒルデは悲しい気持ちになる。運命には抗えないというのに。

「あなたはヴァルキューレの眼差しを見てしまったのです。もはや逃れようもありません」

「僕を力づくで連れて行こうというのですか」

「あなたが生きている限りは手は出せません。しかし、死が近づいています。フンディングがあなたを殺すでしょう」

「あんな男が僕を殺すですって? 僕はこの剣、ノートゥングを持っているのに」

「あなたにその剣を贈った方が死を定めたのです」

 それを聞いた途端、ジークムンドの希望と自信は砕け、愛しい人を遺していかねばならぬ運命を嘆き、剣の贈り主を呪った。死んでも神の宮殿へなど行くものか、地獄へ行ってやる、と。ブリュンヒルデは驚く。

「神々の世界での永遠の歓びより、その女一人の方が大切だと言うのですか?」

「あなたは見掛けは美しいが心は冷たいと分かった」と吐き捨てるジークムンドを見て、ブリュンヒルデは神々の思惑を超えた愛の深さに感銘を受ける。「私がジークリンデを守ってやろう」と申し出るが、ジークムンドは突っぱね、彼女を他人の手に任せる気はない、この剣が戦いに役立たないと言うなら、今、ここで二人で死んでやる、と剣を振り上げる。ブリュンヒルデはそれを必死で止める。何故なら、彼女にはジークリンデの胎内に生命が宿っているのが分かったからである。

「やめなさい、ジークリンデを殺さないで。そしてあなたも一緒に生きなさい。運命を変えましょう!」

 その言葉を聞いてジークムンドの顔が希望に輝く。そこにフンディングが追いついてくる。目覚めたジークリンデはジークムンドとフンディグが戦おうとしているのを見て「私を先に殺して」と叫ぶ。彼女を盾で守りながらブリュンヒルデが「剣を信じて打ちかかりなさい」とジークムンドに指示するが、赤い閃光と共に黒い馬に乗ったヴォータンが現れ、剣を砕いてしまう。その瞬間、フンディングの槍がジークムンドを貫き、彼は死ぬ。ジークリンデは悲鳴を上げて倒れる。ブリュンヒルデは素早くジークリンデを愛馬グラーネに乗せて、その場から救い出す。ヴェルズング族の者は根絶やしにされる定めだったから。一方、フンディングはヴォータンの怒りでその場に倒れて死ぬ。ヴォータンの怒りは収まらず、命令に背いたブリュンヒルデを追っていく。

 

 ブリュンヒルデの異母妹である八人のヴァルキューレたちは、ブリュンヒルデが馬に女を乗せ、必死の面持ちで逃げてくるのを見て面食らう。ブリュンヒルデの馬は潰れてしまい、彼女は姉妹たちに速い馬を貸してくれるように頼むが、父ヴォータンに逆らって追われているのだと知った姉妹たちは誰も手を貸さない。彼女たちにとって父は至上の存在なのだ。ジークリンデは「助けなくてもいい、私はここで死ぬ」と突っぱねるが、ブリュンヒルデに「あなたのお腹には愛の証が宿っているのよ」と一喝されると、一転して「助けて下さい」と懇願する。ブリュンヒルデは姉妹たちが誰ひとり動かないのを見ると、「では、一人で逃げなさい。私はここに残ってヴォータンに立ち向かいます」と言う。巨人のファーフナーが龍に姿を変えて黄金を守っている東の森、それ故にヴォータンも恐れて近づかない地へ逃げろ、と。そして胸当ての下からジークムンドの剣の破片を取り出して渡し、言った。

「生まれる子のために、この砕けた剣を大事にしまっておきなさい。息子はこれによって新しく剣を作り直すでしょう。その子の名を、今 私が与えます。――ジークフリート(勝利と喜びの人)!」

 

 ジークリンデが感謝の祝福を唱えて立ち去った後、ついに嵐の黒雲と共にヴォータンが追いつく。姉妹たちはブリュンヒルデをその背に隠し、宥めようとするが無駄に終わる。ヴォータンの悲憤を聞いて、ブリュンヒルデは自ら毅然と進み出、罰を申し受ける。

「お前はわしに逆らった。お前は最早ヴァルキューレではなく、父と娘でもない。わしの目の届くところに現れてはならぬ!」

 ショックを受けるブリュンヒルデに、ヴォータンは告げた。

「お前を征服する者が神としての全ての力を奪うだろう。お前はこの岩の上に縛られ、守る者もなく眠る。いつか通りすがりの男がお前を見つけて目覚めさせるだろう。お前はその男の奴隷(妻)になり、色褪せ、老いていくのだ」

 ショックを受け許しを請いながらも、ブリュンヒルデはこうべを上げ、自分は間違ったことはしなかった、と断言する。一人の女を一途に愛するジークムンドの姿を見て、自分は初めて"愛"を知ったのだ、と。

 ヴォータンは娘の両まぶたにキスをし、眠らせて、横たわせ、兜を引き下ろし盾で覆う。だが、それでもヴォータンは娘の最後の願いを聞きいれ、彼女の主となる男が勇敢な者であるように、眠る彼女の周囲を紅蓮の炎の垣で覆う。朝焼けの光のように空を照らすそれは、ヴォータンの欲望を刺激して こんな運命に誘った遠因になった、火の神ローゲの炎だった。

 

 

 東の森に逃げ延びたジークリンデはニーベルング族・小人のミーメに拾われ、男児ジークフリートを産み落とすと息絶えた。ミーメはジークフリートの養い親になるが、それは彼を復讐の駒とし、龍を殺して黄金とラインの指輪――ニーベルンゲンの指輪を手に入れ、兄を見返すためであった。

 たくましい若者に成長したジークフリートのためにミーメは剣を鍛えるが、何度作ってもジークフリートが振るうと剣はすぐに折れてしまう。神剣ノートゥングのかけらを鍛えなおせば折れない剣が作れるのは分かっているが、ミーメにはそれだけの腕がない。ジークフリートはミーメを嘲り、罵って、新しく作られた剣をその場で叩き壊し、ミーメが用意しておいた食事を叩き落す。手駒にするためとはいえ、それなりに手塩にかけて育てたミーメは激昂するが、ジークフリートは傲慢の極みで、それすらも否定し、養父の立ち居振る舞いまでもが気に入らないと言う。

 ジークフリートは自分の出生に疑念を感じ始めていた。ミーメと自分は全く似ていない。それに、母親はどこにいるのだろうか。絞め殺す勢いでミーメに詰め寄ると、彼はしぶしぶ、その出生の秘密を明かす。ジークフリートは父の形見のノートゥングのかけらを鍛えなおせ、それが出来たら自分はここを出て行くと言い捨てる。

 とはいえ、ミーメにはそれは不可能なことである。それに、ジークフリートを引き止めて龍殺しをさせるにはどうしたらよいか。悩むミーメの前に、黒い外套につば広の帽子で潰れた片目を隠し、槍を杖代わりにした"さすらい人"が現れる。それは、息子を殺し娘を眠らせて以来、地上を彷徨うようになったヴォータンの姿だった。彼らは互いの首を賭けて問答し、最後のヴォータンの質問、「誰がノートゥングを鍛えなおすことが出来るのか」にミーメは答えることが出来ない。ヴォータンは「"恐れを知らぬ者"が鍛えなおし、いずれお前の首を取るだろう」と予言して去る。

 

 ミーメは、ジークフリートこそ"恐れを知らぬ者"だと気がつく。彼はジークフリートを「お前の知らないもの、"恐れ"を知るためだ。それを知らなければ外の世界ではやっていけない」と言いくるめて剣を鍛えなおさせ、龍殺しに向かわせる。ジークフリートが龍を殺したら、睡眠薬を飲ませて殺してしまうつもりで。

 一方、小人の王アルベリヒは龍ファーフナーの眠るナイトヘーレの洞窟を見張り続けている。そこにヴォータンが現われ、「万物は自然の流れに任せるのがいい、お前が指輪を手に入れたいならそうするがいい」と言い、間もなくミーメとジークフリートがやってくることを報せて去る。

 ジークフリートは毒を吐く龍と戦い、その心臓を刺して殺す。龍は死ぬ間際に「お前にこの仕事を命じた者はお前を狙うだろう」と忠告する。両手についた龍の血が炎のように熱かったので、思わず指を口に入れて血をなめたジークフリートは小鳥の言葉が理解できるようになる。小鳥は言う。「洞窟の中には黄金が、隠れ兜がある。指輪を手に入れれば世界の王になれる」「ミーメの悪巧みには気をつけねばならない。しかし、龍の血を飲んだのだから、彼の本心が聞こえるだろう」と。

 ミーメはジークフリートを讃えて睡眠薬入りの飲み物を飲ませようとするが、その恐ろしい本心は全てジークフリートに聞こえている。ジークフリートはミーメを斬殺し、せめてもの情けで黄金の詰まった洞窟に投げ込んで入り口を龍の死体でふさぐ。

 仲が良かったとは言えず、悪党とはいえ、たった一人の家族を失ってジークフリートは悲しみに沈む。すると小鳥が「岩山の上に炎の壁に守られて花嫁が待っている、彼女を手に出来るのは"恐れを知らぬ者"だけ」と教えてくれる。喜び勇んだジークフリートは小鳥の案内で岩山に登り、"さすらい人"と対峙する。ヴォータンは若者が娘の夫に相応しいかどうか、テストしに現れたのだ。彼は、神々が黄昏を迎えても構わないと思うようになっていた。彼の子孫であり、しかし彼の援助を一切受けていない人間ジークフリートが世界を引き継ぐのだ。そして、ブリュンヒルデはその妻となる……。

 ジークフリートが立ち塞がった"さすらい人"の槍を真っ二つにすると、"さすらい人"は満足げに消える。ジークフリートは角笛を吹き鳴らしながら楽しそうに炎の壁に踏み込む。すると火勢は衰えて暁の光のように消え去っていく。ジークフリートは眠り込んでいる馬と、甲冑で身を覆って眠っている勇士を発見する。甲冑のままでは寝苦しかろう、と兜を脱がせ、甲冑の金具を切り裂いて脱がせると、それは男ではなく、柔らかな女物の衣装に身を包んだ美しい乙女だった。ジークフリートは仰天し、見知らぬ母に助けを求め、やがて彼女を目覚めさせたいと思う。この時、初めてジークフリートは"恐れ"を知ったのだ。

 ジークフリートは乙女に語りかけ、キスをする。すると乙女――ブリュンヒルデは目を開いた。

「私の目を覚ましてくれた英雄はどなた?」

「俺の名はジークフリート!」

 その名を聞いてブリュンヒルデは歓喜する。あなたが生まれる前からあなたを愛していた、盾で守ってきた、と彼女が言うと、ジークフリートは一瞬、ブリュンヒルデが自分の母親なのかと思う。そこでブリュンヒルデは自分が眠ることになった経緯を語る。「私は直感で悟りました、父ヴォータンの真の願いは、私があなたを愛することだったのだと」

 野生児のジークフリートには彼女の言葉は理解できず、謎めいた歌としか思えない。けれども、遠い昔の因縁や理屈とは無関係に、今あなたが欲しいのだと告白し、情熱的に迫る。ブリュンヒルデは潔癖な乙女らしく困惑し、恐れるが、かつて自分を鎧っていた甲冑がジークフリートの手によって全て切り裂かれ解き放たれているのに気づき、自分は最早 神の眷属ではない、鎧の乙女ブリュンヒルデではないのだと悟る。ブリュンヒルデはジークフリートの願いを容れて"目覚め"、二人は歓喜のうちに夫婦の契りを交わす。

 

 

 全智の女神エルダの娘たちである運命の三女神ノルンたちは、運命の縄を樅の木に掛け、ないながら過去と未来を歌う。

 第一の女神は歌った。

 かつて宇宙樹のトネリコの木が茂り、その根元には知恵の泉が湧き、私はそこで運命の縄をなっていた。ある日勇敢な神ヴォータンが現れ、その片目と引き換えに知恵の水を飲み、宇宙樹の枝を折ってトネリコの槍を作った。長い年月が経つうち、その傷口から宇宙樹は枯れ始め、私はそこで運命の縄をなうこともできず、樅の木で間に合わせねばならない。さぁ、妹よ、次はあなたが運命の縄をないなさい。

 第二の女神は歌った。

 ヴォータンは契約のルーネ(ルーン)文字をトネリコの槍の柄に刻み、それを掲げて世界を統べていた。しかし槍は若者によって打ち砕かれ、契約は消えうせた。ヴォータンは神の宮殿に集めた英雄たちに命じて宇宙樹を切り倒し切り刻ませたので、宇宙樹は倒れ泉も涸れ果てた。だから、今は運命の縄は鋭い岩の先に掛けねばならない。さぁ、妹よ、次はあなたに運命の縄を渡すわ。

 第三の女神は歌った。

 神の宮殿にはうず高く薪が積まれている。それこそ宇宙樹の成れの果て。これが燃え上がって栄光の広間を包むとき、神々は黄昏の闇に沈んでいく。姉さんはもっと知っているかしら? この縄を投げ戻すわ。

 女神たちは縄を投げ渡しながら歌っていく。火の神ローゲはトネリコの槍に刻まれた契約によりヴォータンに縛り付けられていた。彼はヴォータンの懐刀であったが、危険な存在でもあった。ローゲはヴォータンから逃れようと策略を用いたこともあるが、結局はヴォータンに支配され、ブリュンヒルデを囲う炎の壁となっている。今、契約の槍は砕かれたが、ヴォータンは折れた槍でローゲの胸を深く突き刺す。すると炎が吹き出、ヴォータンはその炎で宮殿に積んだ宇宙樹の薪に火をつけるだろう……。

 だが、それがいつのことなのか、彼女たちには分からない。それはアルベリヒがラインの黄金で指輪を作ってしまったからだ。もはや彼女たちの支配も知恵も世界には及ばない。運命の縄は岩角で擦れて切れてしまい、ノルンたちは嘆きながら地下の母のもとへ去っていく。

 

 ノルンたちが立ち去り夜明けが来ると、洞窟の中からジークフリートとブリュンヒルデが現れる。ブリュンヒルデは彼にルーネ文字の知識を与え、背中を除く全身に戦乙女の祝福を与えていた。背中を祝福しなかったのは、勇者が敵に背を向けることはあるまいとの思いからである。ジークフリートの妻になった彼女には神の乙女としての力はもう無い。新たに旅立っていくジークフリートをブリュンヒルデは「愛しているから引き止められない」と見送り、ジークフリートは「決してブリュンヒルデを忘れない」と誓って、証として持っていたニーベルンゲンの指輪をブリュンヒルデに与える。ブリュンヒルデは感極まり、天の神々に向かって「たとえ別れても私たちの絆を断ち切ることはできない」と宣誓する。ジークフリートはブリュンヒルデの愛馬、天駆ける神馬グラーネを譲り受け、再び炎の垣を越えて旅立っていく。

 

 ジークフリートは、ライン川のほとりのギービヒ族の館に身を寄せた。ここには、女王のグリームヒルトと、嫡男のグンター、その妹のグートルーネ、父親違いの庶子のハーゲンが住んでいた。ハーゲンの父親は、実はアルベリヒである。グリームヒルトは大金と引き換えにアルベリヒにその身を任せ、ハーゲンを産んだのである。彼は予言された災いの子であった。

 ハーゲンはグンターとグートルーネの兄妹をそそのかす。この世で最も素晴らしい花嫁はブリュンヒルデ、素晴らしい花婿はジークフリート。ジークフリートは龍を倒してニーベルング族の宝を手にしているし、この世でただ一人、炎の壁を越えてブリュンヒルデを手に入れることが出来る。ある策略を用いれば、あなたたちはその全てを手にすることが出来るのだ……。

 その言葉に従って、グートルーネがジークフリートに酒に混ぜた魔法の薬を飲ませると、彼はブリュンヒルデを忘れてグートルーネに夢中になってしまう。グートルーネと結婚する引き換えに、彼はグンターの臣下になって何でもしようと言う。ジークフリートとグンターは義兄弟の杯をかわし、ジークフリートはグンターに乞われるまま、ブリュンヒルデをグンターの妻にするべく岩山へ向かっていく。ハーゲンはその様子を見ながらほくそえんでいる。自分こそがニーベルンゲンの指輪を手に入れ、世界の王となるのだと……。

 

 その頃、岩山の炎の垣の中で一人過ごしているブリュンヒルデは、ヴァルキューレの姉妹の一人が訪ねてきたのに喜んでいた。父神の怒りが解けたのではないかと思ったのだ。しかし、姉妹の持ってきた話は良いものではなかった。ブリュンヒルデを眠らせてからというものヴォータンは様子が変わり、天のことを放りっぱなしにして地上をさすらうようになった。先日はトネリコの槍を真っ二つにして戻ってきて、英雄たちに宇宙樹を薪にさせて広間に積ませ、神々を集めた。終末の時を待っているのだ。自分が父の膝にすがって泣くと、ブリュンヒルデのことを思い出したのだろう、「あの子が指輪をラインの娘たちに返しさえすれば、私は重荷から解き放たれるのに」と呟いたのだ、と。しかし、ブリュンヒルデはジークフリートからの愛の証である指輪を決して手放さない。自分にとって神々や天界がどうなろうと、ジークフリートとの愛の方が大切なのだ、と言い切る。姉妹は怒りなじって去る。

 そこに、角笛を吹き鳴らしながらジークフリートが飛び込んでくる。だが、その姿は隠れ兜によってグンターになっている。恐怖におののくブリュンヒルデは指輪を示して己が身を守ろうとするが、グンターの姿のジークフリートは暴れる彼女の指から指輪を抜き取ってしまう。抵抗の術を失ったブリュンヒルデはされるがままに初夜の床に運ばれる。ジークフリートはグンターへの忠誠とグートルーネへの貞節のため、彼女との間に剣を横たえて新妻の体には触れないが、屈服され絶望したブリュンヒルデには意味のないことである。彼女の愛は陵辱されたのだ。

 

 その頃、眠るハーゲンの枕元には父である冥王アルベリヒが現れ、なんとしてでもラインの指輪を手に入れろ、と命じている。神々は広間に集まって滅亡の時を待っており、もはや脅威ではない。だが、ジークフリートが指輪を持っている限り手出しできない。彼は指輪の価値を知らない故にその呪いに侵されることもない。彼を愛するブリュンヒルデは賢い女だから、もしも彼女が「指輪はラインの乙女たちに返すべきだ」と教えたなら、指輪は永遠に手に入らなくなってしまう、と。しかしハーゲンは「既に手は打ってある」と薄く笑う。

 

 グンターの姿のジークフリートはブリュンヒルデを伴って山を降り、麓で待っていた本物のグンターと素早く入れ替わった。そして自分は隠れ兜の魔力で一瞬でギービヒ家の館に戻り、グートルーネに顛末を語った。遅れて戻ってきたグンターとブリュンヒルデを迎え、盛大な祝宴が開かれた。ジークフリートとグートルーネの結婚式も兼ねた祝いであった。

 ブリュンヒルデは、グートルーネと並んだジークフリートの姿を見て衝撃を受けた。ジークフリートは全く平気な顔をしている。倒れそうになったブリュンヒルデは、ジークフリートの指にあの指輪がはまっているのに気がつき、悟った。自分を屈服させたグンターは、ジークフリートだったのだ。ジークフリートは自分を騙し、捨てて、愛の証の指輪を奪い去ったのだと。なんという裏切り!

 ブリュンヒルデは訴える。自分の純潔を奪ったのはグンターではない、ジークフリートだと。だが、かつてのブリュンヒルデとの契りを忘れているジークフリートは納得がいかない。自分は確かに二人の間に抜き身の剣を置いて手を触れなかったと主張して、ブリュンヒルデの訴えや怒りを意に介さず、グートルーネを抱き寄せながら部屋を去っていく。それを見て、ブリュンヒルデは失意の底に沈む。

 そんなブリュンヒルデに、ハーゲンが言葉巧みに語りかける。あなたを裏切ったジークフリートに報復してやろうと。促されるまま、ブリュンヒルデはジークフリートの背中だけは祝福されていないことを明かしてしまう。ハーゲンに扇動され、それぞれジークフリートに裏切られたと思い込んだブリュンヒルデとグンターは、ジークフリートを殺し、指輪を奪う決意をする。

 

 ライン川の娘たちは狩の途中のジークフリートに訴える。「指輪を返しなさい、それはあなたを不幸にする」と。しかし全く信じずに馬鹿にするジークフリートの様子に、逆に「指輪を持って不幸になればいい」と言って去っていく。「今日のうちに指輪は立派な婦人の手に渡る。その人ならば私たちの願いを聞き入れてくれるでしょう」と予言めいた言葉を残しながら。入れ違いにハーゲンたちが追いついてくる。

 二組の結婚式は終わり、傍目には平穏な生活が送られているように見えた。ジークフリートはグンターやハーゲンと共に狩に来ていたのだ。グンターは暗い顔をしているが、ジークフリートは無邪気なもの、全くそれに気づかずに酔って、ハーゲンに請われるままに龍を倒してからブリュンヒルデを目覚めさせたくだりまでの思い出を語った。それを聞いたグンターの顔はこわばる。ハーゲンは問う。「小鳥の声が聞き分けられるのか」と。「女を知ってからはそんなことも忘れてしまった」「だが、まだ聞けるだろう。あのカラスはなんと言っている?」ジークフリートがカラスを見ながら立ち上がったとき、ハーゲンは「"復讐せよ"……そう言ったのだ!」と背中からジークフリートを槍で突いた。ジークフリートはあっけなく水に倒れた。グンターは恐れおののいたが、もう遅い。

 だが、瀕死のジークフリートは、今こそ失われていた記憶を取り戻していた。ブリュンヒルデの名を呼び、愛を語り、彼女が迎えに来る、と言い残して息絶えた。

 

 その夜、グートルーネは胸騒ぎがして目を覚ます。ブリュンヒルデがライン川の方に降りていった気がして、部屋を覗いてみると本当に彼女の姿がない。やがて狩に出ていた男たちが戻ってきて、ジークフリートの死体が運ばれてくる。予感のあったグートルーネは「みんなが彼を殺したのね」と罵る。ハーゲンは公然と指輪の引渡しを要求し、拒否したグンターは斬殺される。ハーゲンは指輪に手を伸ばしたが、死体の腕がひとりでに天に向かって立ったので流石に驚く。

「やめなさい、泣き喚くのは」

 その時、威厳に満ちた様子でブリュンヒルデが現われた。グートルーネは「嫉妬深い人、あなたがこの人を殺させたのね」「あなたは疫病神よ、あなたなんかこの家に来なければよかったんだわ」と罵るが、ブリュンヒルデは冷静である。

「哀れな人。あなたは彼の妻ではなかった。愛人として惹きつけていただけ。彼の本当の妻は私です。彼は私と永遠の契りを交わしました、あなたと出会うずっと前に」

 その言葉に、グートルーネはようやく様々なことを納得する。自分はハーゲンに乗せられてジークフリートに忘れ薬を飲ませ、この人の夫を奪っていただけだったのだと。

 ブリュンヒルデはしばし夫の顔を悲しい顔で見つめた後、家来たちに薪をライン川の川岸に積み上げ、ジークフリートの馬を連れてくるように命じる。そして天に語った。彼はひどい裏切り者ではあったが、友情に厚く、純粋な人間だった。そんな彼がこんな結末を迎えたのは、指輪の持つ呪いのためだ。――今は、父神の考えがよく分かる。この試練は、私をより賢くするためのものだった、と。

 そしてブリュンヒルデは死した夫の指から指輪を抜き取り、自分の手にはめた。自分と共に炎に焼かれ、この指輪は浄化される。ライン川の娘たちよ、私の灰の中から指輪を拾い出し、川の流れで清めてください、と告げて。また、空を舞う父神の使鳥――二羽の大ガラスに向かっては、「このことを天に伝え、未だに岩山で燃えているローゲを神の宮殿に差し向けて火をつけさせなさい」と命じた。

 ジークフリートの遺体は薪の上に置かれ、火がつけられた。燃え上がる炎の中に、彼女は愛馬グラーネに乗って飛び込んだ。「ジークフリート、今私が迎えに参ります」と叫びながら。

 炎が激しく燃え上がると、ライン川が盛り上がって洪水となり、灰をさらった。ライン川の娘たちが現われて指輪を持ち去ろうとしている。たまらず、ハーゲンは水に飛び込んで指輪を奪おうとしたが、二人の乙女たちに捕まえられて水底に引きずり込まれ、沈んでいった。ギービヒの館は壊れて廃墟となり、空は赤く染まっている。神の宮殿はローゲの炎に包まれ、今ここに、神々の時代は終わりを告げた。

※ワーグナーによる有名な歌劇。



金の足  フランス

※次に紹介するのはフランスの民話なのだが、古いゲルマンの伝承との関連を強く感じさせる。カワウソに変身する親方や 松と松脂の国(松は不死の樹とされる、つまり松の国とは冥界のこと)にいる まむしの女王は古い土俗の伝承に現われる神や精霊であろうが、ここではキリスト教に反する存在、忌まわしい悪魔に貶められている。

 昔、ボン=ド=ビルの辺りに二メートルもの長身の鍛冶屋がいた。牛二頭分の怪力の持ち主で、色はかまどの中より黒く、長いひげで毛は逆立って、目は赤い炭火のようにギラギラしていた。教会には足を踏み入れたことも無く、金曜でもお構いなしに肉を食べている。そんなわけで、彼は人間ではないと噂されていた。

 とはいえ、彼の仕事の腕は他に並ぶものが無く、仕事は雨のように降って尽きなかった。けれども、彼は仕事を一人で取り仕切っていて、手伝いは馬のように大きな黒狼一頭だけ。この狼は夜も昼も箱車を中から回して鍛治のふいごを動かしていた。今まで七人の若者が弟子入りしたが、仕事が厳しすぎて皆死んでしまったのだった。

 その頃、コートの村に未亡人とその息子が住んでいた。息子は十五歳になると母親に言った。

「辛い仕事をしていてもロクに食べてもいけない。俺はボン=ド=ビルの鍛冶屋の弟子になるよ」

 母親は驚いて、あんな悪魔と結託している鍛冶屋のところへなど行くな、と止めたが、息子の意志は固かった。

 あくる日、息子は鍛冶屋に行くと恐れもせずに中に入り、「力を見せろ」と言われれば七斤の鉄床かなとこを二百メートルばかりも投げ、「器用さはどうか」と言われるとクモの巣を一度も切らずに巻き取ってみせた。「度胸も無ければいかん」と言われれば、自ら回転箱の戸を開けて、中にいた黒狼の四肢と尾を鉄床の上で切断し、鍛治の火に投げ込んで殺してしまった。鍛冶屋は若者を認めて、三日後から仕事に来るように言った。ただし、この家に住み込まれるのはごめんだから通ってくるように、と。

 若者は一度家に帰って母親に面接を通ったことを告げた。それから食料を袋に詰めて、そっと鍛冶屋の家の近くの麦塚の中に忍び込んだ。鍛冶屋は客も家の中に入れないので有名だった。隠された生活の秘密を暴いてやろうと考えたのだ。

 夜の十一時ごろになると、鍛冶屋が外に出てきた。辺りに誰もいないことを確かめると、コオロギの声を真似てこう言った。

コロコロコロ……

娘や おいで。まむしの女王よ出ておいで……

「お父さん、ここよ」

 まむしの女王は麦袋のように太く巨大な蛇で、頭に黒百合の花を飾っていた。

「お父さん、新入りが来たわね」

「ああ、コートのおかみさんの息子だ。力持ちで器用で肝っ玉も太い」

「見たわ。気に入ったわ」

「そりゃよかった。もう少ししたら結婚させてやろう。さぁ、もう行ってくれ。もうすぐ十二時だ。用意をしなくちゃならん」

 まむしの女王が立ち去ると、鍛冶屋は川辺に降りていった。彼は服を脱いで素裸になり、更に、頭の天辺から爪先までペロリと皮をむしると、大きなカワウソの姿になった。服と人間の皮を柳の木のうろに隠すと、カワウソは呟いた。

「人間の皮を隠しておこう。日の出前にこいつを着ないと、一生カワウソのままになってしまうからな」

 カワウソは川に飛び込んだ。ちょうどその時十二時の鐘が響いた。カワウソは夜明けまで存分に泳ぎ、陸に上がると人間の皮を被って服を着て家に戻った。次の日も、また次の日もそうだった。(こいつを知っておけば役に立つに違いないな)と、若者は思った。

 

 三日目の朝、何食わぬ顔をして若者は鍛冶屋のところへ行った。一年も修行を積むと師匠以上の腕になったが、妬まれることを警戒して腕のほどは隠していた。

 更に三ヵ月経つと、若者は師匠の命令で、フィナルコン侯爵の長女の結婚式用の宝石飾りを作るため、ラガルドの城に行った。彼の仕事振りを見た者は誰でも誉めそやしたが、フィナルコン侯爵の末娘だけは何も言わなかった。この太陽のように美しい娘は、けれども、朝から晩まで若者の仕事振りを見ているのだった。

 ある日、二人きりになったときに娘は言った。

「ねえ、お姉さんのために美しいものを作っているけれど、他の女の子のためだったら もっといい仕事をするかしら?」

「ええ、恋人が出来たら、誰にも負けない首飾りを作りますよ。太陽のように光る純金でね。それが出来上がったら、僕の恋人に腰まで裸になってもらって、それを着けてあげるんです。肌にぴったり付くように。そうなったら、たとえ神や悪魔でも外すことはできません。金の首飾りの力で恋人は僕のものになり、僕のことしか考えなくなります。

 首飾りは、僕が幸せでいる限り金色をしているでしょう。でも万一不幸なことが起こったら、血のように赤くなるんです。そうなったら、恋人は三日のうちに身の回りのことを整理して、花嫁衣裳を着て、ヴェールを着け、冠を被り、死んだら腰にバラの花束を付けて葬るように周囲に頼みます。三日目になると彼女は死んだような眠りにつき、土の下に葬られます。彼女を目覚めさせることが出来るのは僕だけ。僕に不幸がある限りはそうして眠り続けるんです」

「鍛治屋さん、その首飾りを私のために作ってちょうだい」

 それから七時間で見事な首飾りが出来上がった。娘は腰まで裸になって、若者にそれを掛けてもらった。首飾りは肌の一部になった。娘は「これで私はあなたのもの、あなたのことしか考えないの」とうっとり言って部屋に戻った。家の者は何が起こったのか誰も気づかなかった。

 翌日、鍛治の親方が城に着いた。仕上げの作業をするためだ。彼は弟子の仕事振りに満足して殆ど手を加えなかった。そして帰り道の宿屋で、一杯やっていかないかと誘い、若者の酒に眠り薬を入れた。

 

 目を覚ますと、若者は手足を鎖と綱で縛られ、さるぐつわをかまされていた。鍛治の火はゴウゴウと燃え盛り、親方は新しい鋸の目立てをしていた。

「小僧、お前はわしのものだ。言うことをきかんと死ぬほど苦しめてやる。どうだ、わしの娘の まむしの女王と結婚するか?」

 若者は首を横に振って拒んだ。親方は鋸で若者の左足を切り落とした。

「どうだ、まむしの女王と結婚するか」

 それでも、若者は首を横に振った。親方は右足を切り落とした。

「どうだ、まむしの女王と結婚するか」

 若者は尚も頭を横に振った。親方はこれ以上言っても無駄と見て取ると、若者を荷車に乗せて、ランド地方よりも遥かに遠く、松と松脂の国まで運んで行った。そこは大きな海のほとりで、まむしの女王の治めるまむしの国だった。そこに戸も窓も無い塔があり、中には井戸が深い口を開けていた。若者はオオワシによってその中に運ばれ、閉じ込められた。この中で親方に命じられた細工物を作り、引き換えに苦い黒パンを一切れ与えられる。夕方になると まむしの女王が、彼女にだけ開く穴を通って塔の中に入ってくる。この穴は女王が通り抜けるとすぐに塞がってしまう。まむしの女王は「私と結婚すれば すぐに出してあげるのに」と言うが、若者は「恋人以外の女に手はつけない」と それを撥ね付ける。そんな日々が七年も続いた。

 若者は、七年の間 親方の与える仕事だけをしていたわけではなかった。こっそりと、鉄の斧、鉤の三つ付いた鉄のベルト、金で出来た義足、羽のように軽い翼を作り、鉄床の下に穴を掘って隠していた。

 それら全てが完成した七年目のある晩、若者はいつものように訪れた まむしの女王に言った。

「さあ おいで。恋人のことは諦めた」

 まむしの女王は若者の傍らの地面に横たわった。二人は口づけをし、朝まで愛を語らった。

「あなたの苦しみももうお終い。もうじきあなたの妻になるわ。今晩、また来るわね」

 まむしの女王はうきうきと言って帰った。

 その日の夕暮れ時になると、若者は隠しておいた鉄の斧を取り、三つの鉤のベルトを締め、金の義足をはめた。用意が出来ると、まむしの女王が入ってくる穴の開く壁の脇に立った。そうして、彼女が入ってくると、金の足で彼女の首を踏みつけた。彼女は毒気を吐いて噛み付いたが、金の足なので無駄だった。若者は彼女の首を斧で切り落とした。

 若者はまむしの女王の首をベルトの鉤にかけ、羽のように軽い大きな翼をつけて塔の上まで舞い上がった。ツバメの百倍も早く飛び、その晩の十一時には親方の家に着いた。やがて親方が出てきて川辺へ下り、服と人間の皮を脱いでカワウソになって川に飛び込んだ。若者は木のうろに隠してあった人間の皮を取ってベルトの鉤にかけ、川の上に飛んでいった。

「鍛冶屋よ、よく聞け」

「大きな鳥よ、何の用だ?」

「俺は大きな鳥じゃない、お前の弟子だ。七年の間、死ぬ苦しみを味わった。今、お前の娘は二つに切られて、俺のベルトに下がっている。ほら、川の中で拾って繋ぎ合わせてみろ」

 それを聞くと、鍛冶屋は川の中で「ギェーッ!」とワシのように叫んだ。

「それだけじゃない。柳の木のうろを探してみろ。お前の皮は俺のベルトに下がっている。お前は一生カワウソのままでいるがいい」

 鍛冶屋は川の中に潜っていって、二度と姿を見せなかった。

 

 若者は実家に帰って母親を安心させてから、羽のように軽い翼でラガルドの城の礼拝堂に飛んでいった。そこに彼の恋人の棺が納められているのだ。扉を蹴破り、ロウソクに火をつけてから棺の蓋を開けた。

「お嬢さん、目覚めなさい。七年間も眠っていたんです」

 死んだように眠っていた娘が目を開いた。

「あなたなのね。もう不幸が去ったのね。見て、あなたの言った通りにしたのよ。花嫁衣裳を着て、ヴェールも被ったし、腰にはバラの花束も付けているわ」

 若者は恋人を部屋で待たせると侯爵の前に行った。

「鍛冶屋の見習いです。七年前に二ヶ月間ここで働きました」

「そうだった。覚えておる」

「侯爵様、十三歳になるお嬢様をお持ちでしたね」

「おお! 末娘は天国に召されたのじゃ。あれを葬って もう七年になるわ」

「お嬢様を生き返らせたら、あの方をくださいますでしょうか」

「勿論じゃ。じゃが、それは出来まいな」

「誓って下さいますか?」

「誓う」

「それでは、司祭様をお呼びください。私はお嬢様を連れてまいります」

 こうして、鍛冶屋の弟子は侯爵の末娘と結ばれた。



参考文献
『フランス民話より ふしぎな愛の物語』 篠田知和基編著 ちくま文庫 1992.

※シグルドは鍛冶屋の養い子で弟子だった。王族の息子で母が健在として語られる場合でも鍛冶屋に育てられている。彼は怪力の乱暴者で、待ち伏せして竜を倒す。同じように、「金の足」の鍛冶屋の弟子も豪胆な怪力者で、大蛇たる まむしの女王を待ち伏せして殺す。竜殺しの英雄は鍛冶屋でなくてはならないらしい。これは、鍛冶屋が炎――地獄の火を制御する、という連想から現われたモチーフに違いない。日本神話の八俣の大蛇退治の話では、大蛇の尾から剣が出てくる。歴史的見地に立つ日本の神話研究者はこれを鍛冶屋を含む金屋集団の力を現したものと見るものだが、地獄の炎、それを制御する鍛冶屋、地獄の炎を内包した冥界そのものである怪物――このイメージの結びつきは世界的なもので、日本に限定されない。

 また、鍛冶屋は足が不自由であるという、おなじみのモチーフも現われている。……しかし、若者が魔物に両足を切られて穴に突き落とされるというモチーフは鍛治屋と全く無関係な民話でも見ることが出来る。足を切られて穴の底へ、というのは、どうやら《死んで冥界に落ちる》ことの比喩・変形なわけだが、そうしてみると、鍛冶屋の足が不自由なのは、鍛冶屋が《冥界に繋がる者》であることを示しているらしい。

 

 北欧神話に登場する、妖精の王の一族で鍛冶屋でもあるヴェルンドは、ニーズス王に足の腱を切られて孤島に幽閉され、ただ細工物を作り続けることを強要される。彼は報復として幼い二人の王子を殺し、王女を犯して孕ませ、人工の翼をつけて大空に舞いあがり、王たちを嘲笑いながら逃げ去っていったという。「金の足」はこの神話と同じモチーフを持っている。

 ギリシア神話でも、優れた工匠であるダイダロスは、クレタ島のミノス王によって、自らが作った迷宮の奥に閉じ込められてしまう。彼は人工の翼を作り、それで空を飛んで逃げ去った。クレタ島の迷宮――最深部に魔牛ミノタウロス(竜と相似の存在である)が待つ螺旋通路が、《冥界》を表していることは、古くから指摘されてきた。金屋たちは王の手によって冥界に落とされ、しかし甦る。そして、金屋たちが冥界(地底)の奥底で様々な細工物――宝を作り続ける存在であると考えられていたことも分かる。

 地底で黄金を採掘し細工物を作り、それらの莫大な黄金を溜め込んでいる鍛治師〜冥王の信仰は、今でも、ファンタジーに登場する小人(妖精)ドワーフなどの形で、変形しながらも広く知られている。

 

 鍛冶屋の親方が夜な夜なカワウソになって泳ぎ回るのは興味深い。「ヴォルスンガ・サガ」でも、フレイドマルの息子オトルがカワウソに化けて泳いでいる。

 

 ところで、鍛冶屋の弟子と侯爵の末娘の恋……濃すぎます。なんとゆーか、SMプレイ風味。13歳にして「着けたら二度と取れなくなって鍛冶屋の弟子のことしか考えられなくなる首飾り」を自ら欲するとは。そして、生きるも死ぬも彼次第、という人生を歓びと共に受け入れるとは。これは男の願望なのか、女の夢なのか? イッちゃい過ぎてて、ロマンチックを通り越して怖いかも。



参考 --> 「ヴェルンドの歌」<童子と人食い鬼のあれこれ〜片目の神




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