>>参考 [一寸法師]【たにし息子/蛙の王子

 子供の無い夫婦または女が神に願って、小さくて不思議な子供を得る。または、小さな若者が大冒険をするという話は世界中に見られるもので、おおまかに分けると五系統になるかと思う。

  1. 一寸法師型〜異常誕生した小人の英雄が、異形であるゆえに憎まれて故郷を去る。魔物を体内から攻撃して倒し、呪宝を手に入れ、結婚する。
    ※普通の男に変身・結婚する。ただし、大きくはなるが結婚の条がない話群もある。
  2. 親指小僧型〜異常誕生した小人が人や獣や魔物にさらわれたり売られたりして遠く家を離れ、そこから逃走して無事に家に帰るまでの話。何度も呑まれるが、腹の中から復活する。
    ※小さいまま・結婚しない
  3. 親指小僧・童子と人食い鬼型〜小人が人食いの家に行って食べられそうになるが、悪知恵を働かせて逆に人食いの家族を騙し殺して逃走する。呪宝を手に入れる。
    ※小さいまま・結婚しない
  4. 親指小僧・難題型〜異常誕生した小人は優れた力を持っている。それを怖れた権力者が、彼に次々と難題を課し、殺そうとする。しかし小人は難題をクリアして王を降参させる。
    ※小さいまま・結婚しない
  5. たにし息子型〜異常誕生した蛙・タニシ・かたつむり・蛇の姿をした神の子が、騙すか脅すかして権力者の娘と結婚する。神の子は獣の皮を脱いで、または一度死ぬことで普通の男になる。
    ※普通の男に変身・結婚する

 これらは互いに関連しあっていて、それぞれに現れる小モチーフは交差しあっている。よく見られるのは

  1. 親指・脛・手のひらなど、女性器以外の場所から生まれる。または、親が「指、豆のように小さな子でいいから欲しい」と願って生まれる。
  2. 敵の体内に入って攻撃する。(暴れる、声を出す、針で刺す、内臓にぶら下がる、目を潰す)
  3. 敵に呑まれて体内から出る。(目を突き破る) 体内から声をあげて指示する。
  4. 小さいことで面白がられ、権力者に仕える。小さいながらも勇敢な剣士。
  5. 牛馬の耳に座って歌声で御す。歌が上手い。
  6. (結婚する場合)相手を脅す・陥れる・何かを与えるのと引き換えに、強引に結婚する。

 といったものだ。

 親指小僧たちは、何度も獣に呑まれる。同様に、一寸法師も鬼の腹か鼻や耳の中に入り込む。これは、小人である主人公の特性を生かした愉快なエピソードというだけではなく、《冥界下り》を意味していると思われる。腹の中は、《女神の胎》と同義である。冥界に下ってから現世に復活した者は神の力を得た聖者だ、という信仰が現れているのだ。

 

 ところで、親指小僧とギリシア神話のヘルメス神に関連を見出す説がある。

 ヘルメス神は産まれて四日経つと、もう揺り篭から立ち上がり、亀の甲羅で竪琴を作って歌い踊った。それから光明神アポロンの不死の牛の群れが通りかかるのを待ち、五十頭を盗んだ。後を付けられないように、牛たちを砂地の上で後ずさりさせて反対方向に進んだかのような足跡をつけさせ、自分は小枝で作った奇妙なサンダルを履いて、手に棍棒を持ち、やはり後ろ向きに追っていった。怪力で牛を裂いて焼いて食べ、証拠を隠滅すると、風のように鍵穴を通り抜けて家に戻り、元通り揺り篭に横になった……。

 この後、探し当ててやって来たアポロン神に向かい、ヘルメス神はあくまでシラを切ってふてぶてしい態度を取る。二神の間は険悪になるが、主神ゼウスのとりなしと、ヘルメス神の竪琴にアポロン神が魅了されたことから、二神は仲良くなった。この一件により、ヘルメス神は悪知恵と泥棒の神と言われるようになった。

 赤ん坊で鍵穴を通れるヘルメス神が、悪知恵を働かせて大人を手玉に取り、まんまと泥棒をする。これは、子供で小人である親指小僧が、人買いを騙したり、泥棒の仲間になって金貨や牛を盗む点を髣髴とさせる。また、ヘルメス神は羽付きサンダルを履いて宙を翔け、神々の伝令や死者の魂の案内をするとも言われるが、[親指小僧・童子と人食い鬼型]では、親指小僧は人食いの元から七マイル靴などの《速く移動できる呪宝》を奪い、それを使って王の伝令として大活躍したなどと語られることがある。

 なお、フランスやベルギーでは北斗七星を牛馬やその曳く荷車に見立て、添え星アルコル(日本では寿命星。漫画『北斗の拳』で死兆星と呼ばれている星)をその御者に見るのだが、ベルギーではこの御者を牛馬の耳に座って御す親指小僧とするのだそうだ。

 古代ローマ人は北斗七星を牛の群れに見立てていたという。北極星を中心にぐるぐる回っている北斗七星の姿は、ヘルメス神が後ろ向きに牛を追っていった姿を思わせたのかもしれない。

 

親指小僧

 異常誕生した小人の息子が、体の小ささや知恵を活かした冒険の末に家に帰って来るまでの話。

《獣に呑まれ、そこから出てくる(獣の体内から声を上げる)》というモチーフが不可欠で、その他に《わざと大金で身売りして逃げる》、《(金貨/牛)を盗もうとしている泥棒の仲間になり、(盗みの妨害をする/盗みを成功させる)》、《ネズミの穴、カタツムリの殻の中に入る》、《小さい体で隠れて声でからかう》、《権力者に仕える》といったモチーフがランダムに組み合わされる。

 

豆太郎  日本 長崎県

 昔じいっと、あるところに年寄りの夫婦者がいたそうな。

「隣ん家には子供がおるのに自分たちは子供が無かけん寂しか、子供さえあれば豆んごとあっとでんよか」

と言って、神さまに頼んだそうな。そうしたら間もなく子供が出来たが、その子が小さくて、手のひらに載せられるほど小さいものだから、豆太郎と名を付けて、二人で「豆太郎、豆太郎」と可愛がっていたそうな。

 ある日のこと、爺さんが山に木伐りに行ったところ、そのあくる日に豆太郎が言った。

「今日はわしが馬を曳いて行くけん、おまんな馬を置いていきなはれ」

「おまやみたいなまかもんが、どげんして馬を曳いち来るか」

「馬ん耳のなけへ わしを入れちくんなはれ」

 それで爺さんは豆太郎を馬の耳の中へ入れた。そうすると、豆太郎は馬の耳の中で「右」、「左」と言うもので、馬はそれに従って行くのだった。

 そんな風にして進んでいると、旅の者が二人来て、馬が歩いているのを見て、馬子がおらんのに独りでよう行くねぇと言って感心して見ていたが、何処へ行くのか付いて行こうと言って、馬の後に付いて来た。馬はずうっと山の奥の方へ行って爺さんが木を伐る所で停まって、耳の中から豆太郎が「父っつぁん、父っつぁん、今来たけん下ろしてくんなはれ」と言うと、爺さんは豆太郎を下ろして、自分の手のひらに乗せて煙草など吸っている。旅の者はそれを見て、「ありゃ珍しかねぇ、あれをいっちょ手に入るれば、よか銭儲けが出来るばい」と、二人で相談したそうな。そして爺さんの所に行って、

「お爺さんお爺さん、その子供を私たちに売ってくれんか、売ってくるれば千両くらい出してもよか」

 と言ったそうな。そうすると爺さんは

「どうしてどうして、こりゃ俺の大切な独り児じゃけん、銭金にゃ替えられん」

 と断ったのだが、豆太郎がそろっと爺さんの耳元に行って、「売んなはれ、売んなはれ。わしに考えがあるけん」と言ったので、爺さんも仕方なしに「それじゃ売ってやる」と言って売ったそうな。

 売られた豆太郎は旅の者の笠の上に乗って半道ばかり行った。旅の者は「くたびれたけん一服しよう」と言って、二人で煙草など吸いながら「今日はよかもん手に入れたねぇ、これでいっちょ一儲けせんばならん」と話していると、これを聞いた豆太郎は「こりゃ早う逃げんばならん」と思って柴の陰に隠れた。やがて旅の者たちは「豆太郎がおらん」と大騒ぎして探し始めたが、暗くなっても見つからないので、また明日の朝探しに来ようと言って去っていった。

 その間に豆太郎は逃げて、その晩は蝸牛かたつむりの殻の中へ入って休んだ。あくる朝に殻を出て田んぼの中を逃げていくと、藁が積んである。これはいいとその中に入って休んでいたところが、女が来て、その藁を抱えて行って牛に食べさせたそうな。そうすると豆太郎が牛の腹の中で暴れるものだから、牛は気が狂ったようになった。そこで牛を打ち殺して内臓をゴミ捨て場に捨てると、今度は狼が来てその内臓を食べてしまったので、豆太郎は狼の腹の中に入って、中から狼にこう言った。

「こっから三里ばかし先に行けば一本橋があって、それを渡りゃ家がある。そこで爺さんと婆さんがお前に御馳走ごっつを食わするとて待っちょるけん、早うそこへ行け」

 狼は一生懸命走って、豆太郎に教えられた通りに一本橋を渡って爺さん婆さんの家に行った。豆太郎が「裏口から入ると御馳走が沢山あるけん」と言うと狼はその通りに裏口から入り込んで行ったそうな。

 そうしたところが、爺さんたちは狼が入り込んできたと言って大騒ぎして、すぐに裏口を閉めきって、狼を打ち殺してしまった。それから狼の腹を断ち割ったところが、中から「父っつぁん、父っつぁん、早う出して出して」と言うのでビックリしていると、「豆太郎たい」と言うので一層ビックリした。中から引き出して、その喜ぶことといったらなかった。

 爺さんは豆太郎がどうして狼の内臓の中にいたのかという話を聞いて、「もう どこにも行ってくれるな」と言ったそうな。そればっかし。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※この話は、グリム童話の「親指小僧」にとてもよく似ている。

親指小僧  ドイツ 『グリム童話』(KHM37)

 貧乏で子供の無い百姓夫婦が、「寂しいね、親指くらいでいいから子供が欲しい」と言うと、まもなく妻は妊娠して、親指ほどの子供を産む。親指小僧と名付けて可愛がる。少しも大きくならないが、知恵のあるはしっこい子に育つ。

 ある日、百姓が森へ木を伐りに行く支度をして、「誰か後から車を持ってきてくれる者があればなぁ」と呟くと、親指小僧が「僕が持っていくよ」と言う。

「お前みたいなちびっ子じゃ手綱が取れないよ」

「母さんが馬に車を付けてくれさえすれば、僕は馬の耳の中に座って、馬に道を教えてやるよ」

 時間が来て、母親が車を付けた馬の耳に親指小僧を座らせてやると、小僧は「イュー、イョー、右へホット! 左へハール!」と声をあげて、正しく馬を御して森へ行く。途中で二人の見知らぬ男がそれを見かけて「車が勝手に進んでるぞ」と驚き、停まる所を見てやろう、と車の後を付けてくる。

 親指小僧が森の父親の所にちゃんと着いて、馬から下ろしてもらうと、それを見た二人の男は「あれを都会に持って行って見世物にすれば大儲けできるぞ」と相談した。そして「その小さい男を売ってくれ。大事にするから」と言うと、父親は「これは私の大事な子で、世界中の黄金を積まれたって売れやしない」と断る。しかし親指小僧が父親の肩の上に乗って「いいから僕を売って。きっと戻ってくるよ」と耳打ちしたので、大金をもらって親指小僧を売り渡した。

 親指小僧は男の帽子のふちに座って出発した。暗くなった頃、小僧は「緊急事態! うんこが出るよ」と訴えた。「帽子の上でしろよ。鳥の糞が落ちたと思えば何でもない」「いやだよ、降ろしておくれよ」。小僧は降ろしてもらうと、野鼠の穴の中に逃げ込んで「ごきげんよう、僕のことは気にせず帰ってね」と嘲笑った。男たちは穴の中に杖を突っ込んで探ったが、無駄だったので、ぷりぷりしながら去っていった。

 親指小僧は穴から出ると、その晩は蝸牛の殻の中で過ごすことにした。そしてウトウトしていると、夜中に二人の男の足音がして、金持ちの僧侶から財宝を盗む相談をしている。親指小僧は「僕にいい考えがあるよ」と大声を上げて、「僕を仲間にしなよ。鉄格子の間から家の中に入って、おじさんたちの欲しいものを盗んできてやるから」と勧めた。そして僧侶の家の中に入ると、わざと「おじさんたちは何が欲しいんだい、ここにある全部が欲しいのかい」と家中を起こしそうな大声で叫んだので、泥棒たちは慌てて逃げていった。

 さて、親指小僧はその家の乾草の中で眠った。ところが、朝早く女中がその乾草を牛に与えたので、食べられて牝牛の腹の中に入ってしまった。胃袋の中にどんどん乾草が入ってきて潰されそうになったので、中で「もう、新しい飼葉をよこしちゃいけない」と叫んだところ、女中は腰を抜かし、僧侶は悪魔が憑いたと思って牛を殺してしまった。親指小僧の入った牛の胃袋は、牛糞やら何やらが積まれた堆肥の上に放り出された。その胃袋を狼が呑んだ。

 親指小僧は狼に訴えた。「狼さん、僕は素敵な食べ物のあるところを知ってるぜ。これこれこういう家だが、そこには下水溝から入らなければならない。でも、お菓子でもハムでもソーセージでも、何でもあるんだ」。狼は夜中に親指小僧の家に行って、下水溝から食料庫に入り込み、存分に食べた。ところが、食べて腹が膨れたので、下水溝から出ることが出来ない。それが親指小僧の狙いだったのだ。逃げることの出来なくなった狼の腹の中で、親指小僧は大声を出して暴れた。それを聞きつけて両親がやって来て、大鎌で狼の腹を掻き切って殺そうとしたところ、狼の腹の中から「父さぁん、僕、ここにいる。狼の腹の中にいるんだよう」と声がしたので、頭を叩いて狼を殺した。それから大騒ぎして狼の腹を割き、親指小僧を引っ張り出した。

 親指小僧はこれまでの自分の冒険を物語った。それを聞くと、父親は「世界中のお宝を積まれたって、もう二度とお前を売ったりしないよ」と言った。そして小僧に食べ物と飲み物をあげて、新しい服を作ってやった。


参考文献
『完訳 グリム童話集』 金田鬼一訳 岩波文庫 1979.


 親指小僧が「うんこがしたい」と言って人買いから逃げ出すくだりは、[狼ばあさん]系の話で、子供が人食いから逃れるために「トイレに行きたい」と訴えるエピソードを思い起こさせる。思うに、この話に現れる人買いは、本来は人食い鬼だったのではないだろうか。

 民話の中には、小さな主人公が人食い鬼の家を訪ね、逆に人食い鬼の家族を騙すか殺すかして、嘲りながら呪宝を奪って逃げ帰ってくる、という【童子と人食い鬼】の話群がある。この主人公たちが人食い鬼の家に行き来する道は、天地をつなぐ豆のつるや、灰の橋などだ。これらは、中東や東南アジアなどで、あの世の光景として語られているものと同じである。死者の魂は冥界に入る際に細い橋を渡らなければならない。善人は渡れるが悪人は落ちる。だから「豆太郎」で、家に帰る際に一本橋を渡らなければならないのは、実に示唆的であるように感じる。

 小さな体の者が、巨大な力を持つ人食いを知略で持って倒す、またはまんまと逃げ延びるというエピソードからファンタジックな要素が薄れて簡略化されたものが、「人買いに買われ、そこから逃げ出す」というエピソードだと思っている。



参考 --> 【童子と人食い鬼】「にんにくのようなマリア



親指小僧・難題型

 異常誕生した小人の主人公が、権力者の課す難題を頓知で解決し、こらしめてしまう話。

 

ちびっこの甘露ガンロ  中国 チュアン族

 百姓の夫婦がいた。二人には一人息子がおり、成長して嫁をもらったが、それからまもなく流行病で死んでしまった。残された家族は嘆き、嫁は毎日夫の墓に行っては涙を墓石に注いだ。そうこうするうち、墓から一本の金柑キンカンの木が生えてきた。この木は嫁の落とす涙で大きくなっていき、やがて金色の実を実らせた。嫁はあまりに泣いたので喉が乾き、その実をもいで食べたところ、妊娠して男児を産んだ。甘露ガンロと名付けたが、まるで金柑の実のように小さいので、小甘露ちびっこのガンロと呼ばれるようになった。

 甘露は小さくて、学校に通うのに豚用の柵が乗り越えられず、人の手を借りなければならないほどだったけれども、非常に物覚えがよくて、学校の誰よりも賢かった。

 ある時、先生は甘露を試そうと思い、子供たちの手の届かないような高い場所に鐘を吊るして「この鐘を鳴らせた者から帰ってよろしい」と言った。他の子供たちがザワザワしている間に、甘露はザボンに穴を開けて長い紐を通し、クルクル回して鐘にぶっつけて鳴り響かせ、ピョンピョン飛び跳ねて帰っていった。

 また別のとき、学校でおやつに蒸しパンが出ると、先生はわざと机と椅子を三尺ほど離して、甘露に「みんなに蒸しパンを配りなさい」と命じた。甘露は先を尖らせた竹の棒を用意して、それで机の上の蒸しパンを突き刺して取り、配ってしまった。

 甘露の評判は高まり、いずれはこの辺りで一番偉い役人になるだろうと噂になった。それを聞いた役人は、自分が失脚するのではないかと不安になった。そして、なんとかして甘露を殺してしまおうと考え始めた。

 役人は、甘露の村に視察にやって来た。そこで甘露の祖父と行き会ったが、祖父は目が悪く、出会った相手が誰だか分からずにオロオロしていた。役人は「この私に挨拶もしないとは、不届きな奴め!」と怒り、祖父を捕えて役所に連れて行った。そこで言うことには、

「お前の孫はたいそう賢いらしいな。明日、その孫に百二十尺の灰の縄を作ってこさせよ。出来なければお前は打ち首じゃ」

 祖父は家に帰されたが、不安のあまり食事も出来ずにくびくびしていた。やがて学校から甘露が戻ってきて話を聞いたが、少しも不安な様子を見せずに「大丈夫だよ、じいちゃん。オラに考えがあるから」と請け負った。甘露は祖母に長い縄をなってもらうと、それを鉄板に載せ、下から火を入れた。そうして出来上がった縄の形をした灰を、鉄板に載せたまま役所に持って行った。

 役人は灰の縄を見て驚いたが、それでも文句をつけようと「これは本当に百二十尺あるのか」と問うた。

「ええ、あります。どうぞ計ってみて下さい」

 しかし、役人には灰の縄の長さを計る事が出来ない。甘露に「長さを計ることもできないのですか?」と言われて、内心で非常に腹を立てた。

「うむ、これは認めよう。では次に、今日の夕方までにオンドリの生んだ卵を持ってくるようにと、お前の祖父に伝えよ。出来なければ打ち首じゃとな」

 甘露が帰って祖父にこれを伝えると、祖父はまたも不安でドキドキして食事も出来なくなった。けれども甘露は「じいちゃん、安心してオラに任せなよ」と言って、その日はそのまま役所には行かなかった。

 あくる日に甘露が役所に行くと、役人は「何故昨日は来なかったのだ」と怒った。

「それが、昨日オラのじいちゃんが腹が痛いと言い出して、それから赤ん坊を産んだものですから、大騒ぎで来る事が出来なかったんです」

「何を馬鹿なことを。じじいが子供を産むものか。子供は女が産むものだ!」

「ではお役人様、オンドリの生んだ卵と言うものが、果たしてこの世にあるものでしょうか?」

 役人は言葉につまり、何も言い返せなかった。しかし、腹の虫は収まらない。部下と相談すると、今度はこう言った。

「明日は太鼓を持って来い。十二人で担ぎ十三人で打って、十五日かけてやっと行けるほどの彼方まで音が鳴り響く太鼓じゃ」

 甘露は引き受けて帰ったが、次の日は役所に来なかった。その次の日に現れた甘露を、役人は「何故昨日は来なかった」と責めた。

「それが、川向こうの村にすごく大きい水牛がいて、そいつが川向こうから首を伸ばして六百俵分の稲を食べちまったもんですから、大騒ぎだったんです。昨日は爺ちゃんが牛の持ち主の仲裁役を頼まれて、オラが家の面倒を見なくちゃならなかったもので来れなかったんです」

「ええい、デタラメを申すな! そんな水牛がいるものか」

「そんな牛がいないなら、頼まれた大きな太鼓に張る皮は何処から持ってくるのですか?」

 役人は言い返せなかった。しかし、まだ諦めない。

「では、今日帰ったらお前の家の裏の池一杯に酒を造っておけ。できなければ打ち首じゃ」

 帰った甘露からこれを聞いた祖父は、はらわたが煮えくり返る思いだった。いつまでこんな無理難題を言い続けるのだろう。しかし甘露は相変わらず、「大丈夫だよ、じいちゃん。オラに考えがあるから」と言うのだった。

 あくる日になると、甘露は小さな杯を一つ持って役所へ行った。

「酒を造ってきたか」

「じいちゃんが酒を造る用意をして家で待っています。ですが、造りすぎても足りなくともいけませんし、どれだけ造ればいいのか分かりません。お役人様、この杯で池に水がどれだけ入れられるのか計ってください」

 そんなこと、出来るはずもない。そう思って、役人は何も言えなくなった。

 それでも役人は諦めなかった。みんなで相談すると、甘露を宴会に招き、そこで毒殺してしまうことにした。宴会に来るように言われると、甘露は「じいちゃん、今度こそオラは殺されるかもしれん」と言った。

「しかし、オラが死んでも泣いてはならん。片足を引きずる人と目の見えない人にオラのむくろを担がせて、裏門から出て、町を通らずに木や藤蔓の茂る山道を登らせるのじゃ」

 そう言い置くと、祖父母と母が悲しむ中、甘露は役所へと出かけていった。

 役人は、甘露の前に徳利から注いだ酒を三杯置いた。自分達の方には、別の徳利から注いだ酒を置いていた。甘露はこれが毒酒だと悟っていたが、飲まないことにはこの場を済ませることが出来ないことも知っていた。一杯目は、「あっ、鳳凰が飛ぶ」と叫んで、役人たちが上を見ている間に捨てた。二杯目は、「あっ、龍が地に潜る」と言って、役人たちが下を見ている隙に捨てた。しかし、三杯目はもはや誤魔化しようがなかった。役人たちはじっと甘露を見つめている。

 甘露は覚悟を決め、杯の中の酒をぐっと飲み干した。それから挨拶をして家に帰ると、家中の戸を締め切り、やがて死んだ。

 役人は、手下に甘露の家の様子を見に行かせた。ところが、甘露の家では誰も泣いていないし、甘露が歌を詠む声すら聞こえてくる。……本当は、こんなこともあろうかと予め甘露が飼っておいた虫が鳴く声だったのだが、そんなこととは知らず、手下は役所に戻って「甘露は生きていて、歌など詠っています」と告げた。

 役人は不思議に思い、オンドリに例の毒酒を飲ませてみた。オンドリは死んで溝の中に落ちたが、溝の外にはみ出た尾羽が風にそよいでいて、遠目には生きているように見えた。役人は「全く効かない毒だ。オンドリも殺せぬようでは人が死ぬはずもないな」と言って、毒酒を自分で飲んだ。そして、間もなく死んだ。

 さて、甘露の骸は、遺言どおり足を引きずる人と目の見えない人が担ぎ出して、山道を運ばれていた。足を引きずる人が鎌で藪を払い、目の見えない人が後ろに付いていた。そのうち、藤蔓の汁が足を引きずる人の足にかかったところ、急に足が治ってしまった。足を引きずっていた人は大喜びして、「お前も治るかもしれん」と、目の見えない人の目に藤蔓の汁を注してやった。すると本当に見えるようになったので、二人は喜び、次に、死んだ甘露の口をこじ開けて藤蔓をくわえさせ、口の中に汁を注いだ。たちまち、甘露は目を開けて甦った。

 甘露が戻ると、村の人々は歓呼して迎え入れた。その後、甘露は村人のために尽くして、尊敬されたという。



参考文献
『中国の民話と伝説』 沢山晴三郎訳 太平出版社 1972.

※原題は「小甘露」。

 この話では、主人公が「金柑の実のように小さい」ということが、途中で忘れ去られているようである。役人の難題のパートでは体の小ささを生かしたエピソードは語られず、ひたすら横暴な権力者に対する民の奇知が語られる。
 日本でも、福島県の「どんぐり太郎」にこれに近い展開のものがあるようだ。(鳥に運ばれていって殿様に仕え、難題を頓知で解いて認められる。)

 冒頭、墓に生えた木が涙で育つくだりは、グリムの「灰かぶり」を思わせる。


参考--> 「ナツメの種っ子



親指小僧・童子と人食い鬼型

 小人の主人公が人食いの家で料理にされそうになるが、逆に人食いの家族を料理にして、呪宝を奪って逃げ帰る話。

 主人公が小人だという点が希薄になっている。ただの子供として語られる類話群があり、そちらはグリムの「ヘンゼルとグレーテル」に近くなる。【童子と人食い鬼】参照。

 

親指小僧  フランス 『ペロー童話集』

 昔、一人の樵とその奥さんがいて、男の子ばかり七人の子持ちでした。長男はやっと十歳なら、末っ子もやっと七歳でした。こんな短い間にこれほどの子供を持ったことを驚く人もおりましょうが、これは樵の奥さんが手早く仕事を片付けたからで、それも一度に二人は産んだからなのです。

 樵夫婦は元から大変貧しかったのですが、まだ稼げない子供が七人もいて、ますます貧乏になりました。そのうえ樵夫婦を悲しませたのは、末っ子の体が弱く、一言も喋らないことでした。夫婦は、てっきり頭が足りないのだと思っていたものです。この子はとても小さくて、産まれた時にはやっと親指くらいの大きさしかありませんでしたので、親指小僧と呼ばれていました。

 親指小僧は家族中の苛められ役で、悪いことはみんな この子のせいにされました。本当は兄弟の中で一番優しくて一番考え深かったのですし、喋らなくても沢山のことを耳に入れていたのですが、誰もそれを知らなかったのです。

 そのうち、とても厳しい年がやってきました。大飢饉になって何も食べるものがありません。ある晩のこと、子供達が寝てしまい、かまどの傍で奥さんと二人きりになると、樵は苦しみで胸が締め付けられる思いで言いました。

「お前にもよく分かっているように、私達はもう子供達を食べさせてやれない。目の前で子供達が飢えて死ぬのを見るのは耐えられない。だから明日、森へ連れて行って捨ててくることに決めた。そんなに難しいことではないさ、子供達が面白がって枝を束ねている間に、そっと逃げ出せばいいんだから」

「ああ、あなたは自分で自分の子供を捨てに行けると言うの!?」

 樵の奥さんは叫びました。いくら樵がひどい窮乏ぶりを説明しても無駄、奥さんに賛成できるわけがなかったのです。どんなに貧乏でも子供達の母親なのですから。とはいうものの、子供達の飢えて死ぬのを見るのがどんなに辛いかを考えた末、奥さんはとうとう夫に賛成し、泣きながらベッドに入りました。

 親指小僧は二人の話をすっかり聞いてしまいました。というのも、暮らし向きの話をしているのに気が付いて、こっそりベッドを抜け出して父さんの椅子の下に潜り込んでいたからなのですが。それからベッドに戻ったものの、やるべきことを考えてその晩は一睡もできません。

 親指小僧は、このことを兄さん達には一言も言いませんでした。ただ、朝早く起きて、小川の岸辺で白い小石をポケット一杯に詰め込んでおきました。間もなく、樵の一家は家族全員で深い森へ出かけました。樵は木を伐りはじめ、子供達は薪の束を作ろうと小枝を拾い集めます。父さんと母さんは、子供達が熱心に働いているのを見ながら少しずつ遠ざかり、やがてさっと脇道に入って姿を消してしまいました。

 自分達だけになったのに気が付くと、子供達は喉が張り裂けんばかりに泣き叫びました。親指小僧は兄さん達を泣かせるだけ泣かせておきました。というのも、ポケットの小石を歩きながら落としておいたので、どこを通れば帰れるのかちゃんと分かっていたからです。

「兄さん達、何も怖がることはないよ。父さんと母さんに置いていかれちゃったけど、ちゃんとお家に帰れるよ。付いて来て」

 兄さん達を連れて、親指小僧は来た道を辿って家まで戻りました。とはいえ、子供達は中へ入る勇気が持てず、みんなドアに耳をつけて、両親の話を聞こうとするのでした。

 家の中では、樵の夫婦が食事をしていました。ちょうど家に帰ったとき、思いがけず、以前に村の殿様に貸していた十エキュのお金が返ってきたので、それで沢山の肉を買ったのです。お腹がいっぱいになると、奥さんは「子供達がいたらこの肉をどんなに喜んだでしょう」とぐちぐち言い始めました。

「ああ、あの子達は今頃どうしているかしら。あの子達を森に捨てようと言ったのはあなたよ。必ず後悔するって、私は言ったのに。可哀想に、きっともう獣に食べられてしまったに違いないわ。あんな風に子供達を捨てるなんて、あなたは人でなしよ!」

 何度も何度もなじられて、とうとう樵が怒鳴ります。

「うるさい、黙れ! ぶん殴るぞ」

 けれど、奥さんは言いやめません。

「ああ、私の子供達。今頃どこにいるのかしら!」

 奥さんがひときわ大きな声で言ったとき、ドアの向こうの子供達が声をそろえて叫びました。

「ここにいるよ、僕達ここにいるよ!」

 奥さんは急いで駆けつけてドアを開けてやり、子供達にキスしながら言いました。

「なんて嬉しいの、また会えるなんて。疲れたでしょう、お腹がすいたでしょう」

 子供達は食卓につき、両親を嬉しがらせる食欲で食べ、口々に森の中でどんなに怖い思いをしたか語りました。人のいい夫婦は子供達に再会できて大喜びしましたが、その喜びも十エキュのお金の続く間だけのことです。お金を使い果たしてしまうと、最初の苦しい状態に逆戻り。また子供達を捨てる決心をして、今度はやり損なわないように、もっと遠いところまで連れて行くことにしました。

 けれども、親指小僧に聞かれずに済むほど密やかに話し合うことはできません。親指小僧は今度もすっかり聞いていて、また切り抜けられると確信していました。なのに、朝になって小石を拾いに行こうとすると、ドアに二重の鍵が掛かっています。どうしたらいいのか分からずに途方に暮れていると、母さんがお弁当のパンをひとかけらずつ配ったので、これを小石の代わりに落としていこうと思いついて、ポケットの中で握り締めました。

 両親は、子供達を森の中の一番うっそうと茂った暗いところに連れて行って、すぐに抜け道を通って姿を消しました。親指小僧はそれほど悲しみませんでした。落としてきたパン屑を辿れば、すぐに家に帰れると思っていたからです。ですから、一かけらのパン屑も見つけられなかったときには、とてもショックを受けました。小鳥達がみんな食べてしまっていたのです。

 さあ、こうなると子供達はとても悲しくなりました。歩けば歩くほど道に迷い、森の奥深く入り込んでしまいます。夜になって激しい風が吹き出すと、恐ろしくてたまりません。あちらこちらから狼のうなり声が聞こえる気がします。おまけに強い雨が降り出して、冷たさが骨まで染み透るようで、一足ごとに滑り、泥の中に転び、起き上がっても真っ暗で、どう立ち上がればいいのかさえ分からないのです。

 親指小僧は、一本の木に登ってみました。四方を見回すと、とても遠くにロウソクのような細い光が見えます。そこで、兄さん達と一緒にそれを目指していきました。

 兄弟達は何度も明かりを見失いながらも一軒の家に辿り着いて、ドアを叩きました。人のよさそうな女の人がドアを開けてくれました。

「何の用なの?」

 親指小僧が言いました。

「森で道に迷った哀れな子供達です。お情けをかけて泊めて下さい」

 すると、女の人は涙を流して「まあ、可哀想な子供達。自分達がどこに来たのか知っているの? 私の夫は人食いなのよ」と言います。親指小僧は兄さん達と同じようにガタガタと震え出しましたが、けれども食い下がりました。

「ああ奥さん、どうすればいいんです? もし今晩泊めてもらえなかったら、森の狼に食べられてしまいます。だったら、ここに泊めてもらった方がマシですよ。奥さんからよくお願いしてもらえたら、旦那さんも慈悲をかけてくださるかもしれませんもの」

 朝までなら夫の目から隠しておけるかもしれない。そう思った人食い鬼の奥さんは、子供達を中に入れて火に当たらせてやりました。火には、人食い鬼の夕飯用に、羊が丸一頭、串焼きにされていました。

 体がようやく暖まってきた頃、ドアを強くノックする音が聞こえました。人食い鬼が帰ってきたのです。奥さんはすぐに子供達をベッドの下に隠すと、ドアを開けました。

「おい、夕飯の支度は出来ているか。樽からワインを出しておいたか」

「ええ、ちゃんと支度してありますよ」

 鬼はすぐに食卓について、血のしたたるようなレアの羊を美味そうに食べましたが、そのうちに鼻をクンクンいわせはじめました。

フン、フン。臭いぞ。生肉の臭いがする

「私がさっきさばいた子牛の臭いよ」

 奥さんが誤魔化しましたが、鬼は横目で睨んで、

「繰り返すがな、生肉の臭いがする。それに、ここに何か見慣れぬものがいるしな」

 と、こう言いながら、ベッドの下から一人ずつ子供達を引きずり出しました。

「俺を騙そうとしたわけが分かったぞ、忌々しい女め。近々鬼の仲間が三人来ることになっているが、もてなすのに格好の獲物が手に入ったわい」

 可哀想な子供達はひざまずいて許しを乞いましたが、残忍な鬼は憐れみをかけるどころか、早くも舐めるように見つめ、美味いソースを作ってくれたら、こいつらの肉はこたえられないぞ、と奥さんに言うのです。そして大きな包丁を取ってきて砥石でシャーッ、シャーッと研ぎ、ついに子供の一人の首を掴んだとき、奥さんが言いました。

「こんな時間にどうしようっていうの? 明日の朝、たっぷり時間があるじゃない」

「うるせえ! 今さばいた方が柔らかな肉になるわい」

「でも、まだ他に肉はたっぷりあるんだよ。ほら、子牛が一頭に羊が三頭、それに豚が半分も!」

「そういやそうだな。じゃ、こいつらにたんと食わしてやんな。太らせるんだ。その後で寝かせてやれ」

 人のいい奥さんは喜んで、たっぷり夕食を運んできたのですが、子供達は恐ろしくて少しも食べることが出来ませんでした。人食い鬼の方は、いいもてなしの食材が手に入ったと喜んで、普段よりも十二杯も余計に酒を飲んだので、酔ってベッドに行ってしまいました。

 人食い鬼には、幼い七人の娘がいました。肉を食べているので顔色はつやつやしていましたが、目は小さくて灰色、鉤鼻、間の空いた長い歯の並ぶ大きな口の持ち主でした。まだひどく邪悪ではありませんが、末恐ろしく、小さな子供に噛み付いて生血を吸うくらいの事はしていました。

 娘達はとっくに寝かされていて、大きなベッドに七人並んで、それぞれ頭に金の冠を被っていました。その部屋には同じ大きさのベッドがもう一台あり、人食いの奥さんはそこに七人の兄弟を寝かせ、その後で夫の傍へ寝に行きました。

 親指小僧は予感があったので、真夜中に起き上がると、人食いの七人の娘達に忍び寄って金の冠を外して頭巾を被せ、兄さん達と自分の頭に金の冠をはめておきました。すると思ったとおり、ふと目を覚ました人食い鬼が、すぐに獲物を絞めておかなかったことを後悔して、大包丁を持って子供部屋に入ってきました。鬼はまっすぐに兄弟の寝かされたベッドに来て、手探りで兄弟達の頭に触りました。この間、親指小僧は生きた心地もありませんでした。鬼は金の冠に触ると、「恐ろしいことをしでかすところだった、昨夜はちと飲み過ぎたようだぞ」と言って、もう一つのベッドの方に行きました。そして娘達に被せられた頭巾に触ると、「いただいたぞ、ガキどもめが!」と言いながら、ためらうことなく七人の喉を掻き切ってしまいました。そして満足して、再び自分のベッドに戻っていきました。

 人食い鬼のいびきが聞こえてくると、親指小僧はすぐに兄さん達を起こし、服を着て付いて来るように言いました。子供達はそっと庭に下りると、塀を飛び越えました。殆ど夜通し走り続けましたが、震えが止まりませんし、どこへ行くかも分かりませんでした。

 朝になると、人食い鬼は奥さんに言いました。

「二階へ行って、昨夜の小僧どもの「拵え」をしてやんな」

 奥さんは身支度をしてやれと言われたと思い、夫の優しさに驚きながら子供部屋へ行きました。ところが、七人の娘達が喉を掻き切られて血の海に横たわっていたものですから、そのまま倒れて気を失ってしまいました。

 人食い鬼は、奥さんが遅いので様子を見に行って、この有り様を見て奥さんに劣らず驚きました。

「ああ、俺は何をやらかしたんだ!」と、人食い鬼は叫びます。「思い知らせてやる、あのロクデナシどもめが。それも、今すぐにだ!」

 すぐに奥さんの鼻先に壷一杯の水をぶっ掛けて正気を取り戻させると、こう言いました。

「七マイルの長靴を早く出せ、奴らを捕まえに行くんだ」

 一歩で七マイル進むというブーツを履いて、人食い鬼は飛び出して行き、あちこちと随分遠くまで探し回った後で、とうとう哀れな子供達の歩いている道を探し当てました。子供達は、父親の家まであと百歩というところまで逃げていましたが、人食い鬼は軽々と山を越え川を越えして追いついてきます。それに気付いた親指小僧は、咄嗟に近くにあった岩のへこみに兄さん達を隠れさせ、自分も潜り込みました。

 そこに鬼がやってきましたが、七マイル靴は使用者をとても疲れさせるので、岩に腰掛けてつい眠ってしまい、いびきをかき始めました。兄さん達はひどく怯えましたが、親指小僧は落ち着いて、心配せずに今のうちに家に逃げるように言いました。僕のことは心配しなくていいから、と。兄さん達は言われたとおりにしたほうがいいと思ったので、その場を弟に任せて家に逃げ込みました。親指小僧は眠っている鬼に近づいて長靴を脱がせ、さっさとそれを履きました。靴はゆるゆるでしたが、仙女の魔法が掛かっていたので、すぐにピタッと親指小僧に合ったサイズになりました。

 さあ、それからどうなったでしょうか?

 ある人々は、こう言っています。

 七マイルの長靴を手に入れると、親指小僧はまっすぐに人食い鬼の家に行きました。そこでは、死んだ七人の娘の前で奥さんが泣きに泣いていました。親指小僧は言いました。

「旦那さんは大変危険な目に遭っています。盗賊団に捕まって、金銀を残らずよこさねば殺すと脅されました。喉に刃を突きつけられていたとき、旦那さんは僕に気付いて、家に行って財産のありったけを持ってくるように頼んだんです。その証拠にって、この七マイル靴を貸してくれました」

 お人よしの奥さんはひどく怯えて、すぐにありったけの宝を渡しました。何故なら、あの人食い鬼は小さな子供を食べはするものの、とても良い夫であることに変わりがなかったからです。こうして親指小僧は人食い鬼の全財産を担いで父親の家に戻り、歓迎されました。

 けれども、親指小僧が盗みなどするはずがない、と主張する人々はこう言います。

 七マイルの長靴を手に入れると、親指小僧は宮廷へ出かけました。その頃、宮廷から二百里ほど離れたところに軍隊が送られていて、宮廷の人々はその様子が分からなくて心配していました。親指小僧は王様に会いに行き、もしお望みならば、今日のうちに軍隊の様子を報告しましょうと申し上げました。王様は莫大な謝礼を払うと約束し、親指小僧は七マイル靴の力で、その晩に軍隊の消息を報告しました。

 このことで親指小僧の伝令としての名は知れ渡り、恋人の消息を知りたがる貴婦人方にも重宝されて、大変なお金を儲けました。そうして家に帰って、父親と兄さん達に公職の地位を買ってやって家族全員を安楽にして、自分も王様に気に入られて栄えた、ということです。

 

教訓

子沢山を嘆く必要は無い。

美しく賢く明るい子供の中で、一人だけひ弱で無口なら、その子は疎外されるだろうが、

時にはこの外れっ子こそが家族全員の幸せをもたらす。



参考文献
『完訳ペロー童話集』 シャルル・ペロー著、新倉朗子訳 岩波文庫 1982.

※………。それで、人食い鬼はどうなったんだ?

 どうも、人食い(あるいは、人買い)が腰掛けて休んだ間に逃亡する、というモチーフが半端に適用されてしまったようだ。

 

 よく似た類話は日本にも伝わっている。

小さい男と魔物のマンギ  シベリア エヴェンキ族

 テヘルチケンという小さな男が一人で住んでいた。ある時、飼っていた鹿(または牛)を一頭殺したが、指一本分も食べるとお腹一杯になったので、肉を食べてくれる人を探しに出かけた。

 最初に娘に出会った。少ししか食べられないと言う。次に若者に出会った。やはり少ししか食べられないと言う。次に、マンギという巨大な魔物に出会った。マンギは喜んでテヘルチケンの家に来て、鹿肉をペロリと食べてしまうと、「今度はお前を食べてやる」と言って、テヘルチケンを袋に入れて担いでいった。

 途中で、マンギは岩に腰掛けて一休みした。チヘルチケンは「頭の虱の取りっこをしよう」と持ちかけて、マンギがいい気持ちになって眠った間に逃げ出した。袋には代わりに小石を詰めておいた。マンギが家に帰って袋を開けると石が詰まっていたので、引き返して再びテヘルチケンを捕まえて帰った。

 マンギは妻や子供達に「こいつを煮て食おう」と言った。しかしテヘルチケンが「俺を汚い皿で食べないでくれ、新しい木皿を作って、それで食べてくれ」と言うので、マンギと妻はテヘルチケンを柱に縛り付けて、子供達に留守を任せて森に木を伐りに行った。

「縛ってある紐を解いてくれ。そうしたらお前達みんなに弓を作ってやるから」

 テヘルチケンはそう言って子供達に紐を解かせ、首を切り落として殺した。そして鍋を火にかけて子供達の体を煮込み、頭は毛皮にくるんで寝床に並べておいた。そこへ、マンギと妻が戻ってきた。

「まあ、なんてよく出来た子供たちなんだろう、獲物を殺して煮ておいてくれたわい」

 喜んだマンギと妻は早速食べ始めたが、しばらくするとマンギは言った。

ばあさん、ばあさん
腕を食ったら俺の腕が痛み
足を食ったら俺の足が痛み
心臓を食ったら俺の心臓が痛むわい

 マンギの妻も言った。

じいさん、じいさん
腕を食べたら私の腕が痛み
足を食べたら私の足が痛み
心臓を食べたら私の心臓が痛みますよ

 二人は食べるのをやめて子供達を起こしにいった。ところが、そこに並んでいたのは頭だけだったのだ。

 怒ったマンギは逃げるテヘルチケンを追った。テヘルチケンは、捕まりそうになると殺した子供達の腸に詰めておいた血を氷の上に流した。マンギがその血を舐めると、舌が凍って氷に貼り付いたので、テヘルチケンはマンギの首を切り落とした。それを知ったマンギの妻が追いかけてきた。けれどもテヘルチケンが子供の腸から血を流すと、それを舐めずにはいられない。やはり舌がくっついて動けなくなり、テヘルチケンに首を切られた。

 こうして、テヘルチケンは無事に家に帰りついた。


参考文献
『決定版世界の民話事典』 日本民話の会編 講談社+α文庫 2002.
『シベリア民話への旅』 斎藤君子著 平凡社 1993.

※この話とよく似たものが、アイヌにも伝わっているそうである。なお、日本本土に伝わる[牛方山姥]の話群にも、少し似た導入のものがある。牛方が山で道に迷い、牛に負わせてきた魚で汁を作ったが食いきれない。「魚汁が余ったがら来てけでやぁ」と呼ぶと山姥が来て、魚汁を食い、牛を食ったので逃げる。ただし後半は話が逆転しており、牛方は一人の女の家に逃げ込んで長持の中に匿ってもらうが、この女が山姥を騙して追い返してくれたものの、長持に湯を注いで牛方を殺し、その金を奪ったとなっている。(岩手県紫波郡煙山村) ルーマニアの民話「森の大男」にも同様のモチーフがある。山の中で料理を作って呼びかけると人食い鬼が来るエピソードは、牛や羊を屠って神に捧げるような供儀の記憶に関連するのかもしれない。

 人食いが袋に人間を詰めて家に持っていくモチーフは世界的に見られる。日本では、山姥がそうしている。--> [人さらい



参考--> [賢いモリー][ヘンゼルとグレーテル




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