殺され女神

 自分の体から排泄物として、あるいは特殊なアイテムから無尽蔵の幸(食物/水/火/宝)を出すことの出来る女がいたが、その秘密を知った者にa.気味悪がられて b.嫉妬されて c.汚い物を食べさせたと怒られて)殺されるか、拒絶される。または、勝手にアイテムを使われる。結果として富を無限に生み出す力は世界から失われるが、代わりにa.死んだ女から作物が生じ、農作が始まる b.大洪水が起こり、世界が再生される)

 日本では、例えば神話に登場するオオゲツヒメやウケモチがそうだし、もっと縮小すると、民話に登場する山姥や天邪鬼のような女怪、それに殺される瓜子姫なども殺され女神の裔とされる。彼女たちが殺された後、その血によって蕎麦や萱の根が赤くなっただとか、瓜子姫の死体がきゅうりに変わったなどと語るからである。

 

ハイヌヴェレ神話  インドネシア セラム島 ヴェマーレ族

 その頃、世界はまだ、人類の始めに青いバナナから生まれた女神、太母ムルア・サテネに支配されていた。

 セラム島西部のヌヌサク山は人類発祥の地と神話に語られる聖地である。ここに発した九家族が、森の中のタメネ・シワ(九つの祭りの踊りを踊る広場)という神聖な広場に移住してきた。この移住者の中に、アメタ(夜、暗い)という名の独り身の男がいた。

 ある日のこと、アメタは犬を連れ狩りに出た。

 犬は猪を追い詰め、猪は池で溺死した。ところが猪を釣り上げてみると、その牙に見たこともない木の実がついている。その夜、木の実を蛇模様の布で覆って台の上に乗せておくと、夢の中に男が現れて「それを地中に埋めよ」と言った。従って埋めると三日で木になった。それは今で言うココ椰子の木であった。

 更に三日後には花が咲いた。アメタは酒を作ろうと木に登って花を切ろうとし、指を傷つけ血が花にしたたった。アメタは家に帰って指に包帯を巻いた。三日後にまた行くと、血と花の汁が混じって人間の顔のようなものが出来上がりかけていた。更に三日経つと胴体が出来ており、その三日後には小さな少女が出来上がっていた。その夜、夢に再び例の男が現れ、蛇模様の布で少女を丁寧に包んで椰子の木から持ち帰るように、と言った。翌日、アメタは蛇模様の布を持って木に登って、それで少女を慎重に包んで家に持ち帰った。アメタはこの少女にハイヌヴェレ(ココ椰子の枝)と名付けた。ハイヌヴェレはみるみる大きくなり、三日も経つと年頃の娘になっていた。しかも、その排出する便は、中国の陶磁器や銅鑼など みな高価な品であり、父のアメタは大金持になった。

 その頃、タメネ・シワで九夜ぶっ通しで行われるマロ祭りが開催され、九家族はそれに参加した。彼らは九重の螺旋状になって毎夜踊った。踊るときには螺旋の中央に女たちが座って、踊り手たちに清涼剤のシリーの葉とぺテルの実を渡す役をするのが慣例だった。そして、今回のマロ祭りでは、その役をハイヌヴェレが任されていた。

 最初の晩は、何事もなく終わった。けれども二日目の晩、ハイヌヴェレは踊る人々に清涼剤ではなくサンゴを渡した。誰もがこの綺麗な宝物を喜んで受け取った。三日目の晩には中国の磁器の皿が、四日目にはもっと大きな磁器の皿が、五日目には大きな山刀が、六日目には銅製の素晴らしいシリー入れが、七日目には金の耳環が、八日目には美しい銅鑼がみなに分配された。このように夜毎に宝物は高価なものになっていき、人々はだんだん気味悪く思い始めた。そして集まって相談した。彼らは無限の宝を所持しているハイヌヴェレを不気味がり、かつ嫉妬して、殺してしまうことに決めたのである。

 最後の晩、ハイヌヴェレはやはり清涼剤を配る役で広場の中央に立たされていたが、男たちはそこに深い穴を掘っていた。踊り手たちの作る九重の螺旋の環の一番内側は必ずレシエラ家の者が踊ることになっていたが、レシエラ家の者たちはゆっくり踊りながら だんだんハイヌヴェレを穴の方に押していって、ついにその中に突き落とした。少女の悲鳴はマロの踊りの高い歌声にかき消された。少女の上には土が浴びせかけられ、踊り手たちは踊りながら土を踏み固めた。明け方には踊りは終わり、人々は家に帰った。

 朝になっても娘が帰らなかったので、アメタは彼女の身に異変が起きたことを悟った。彼は占いに使う九つの潅木の棒を使って、娘がタメネ・シワ舞踊広場で殺されたことを突き止め、例のココ椰子から九条の葉肋を取って広場に行った。葉肋を一本ずつ広場の外側から地面に挿していって、中央を挿したとき、引き抜いたそれにはハイヌヴェレの血と髪の毛がこびり付いていた。アメタは死体を掘り出し、それを細かく刻んであちこちに埋めた。すると、そこから様々な種類の芋が生え、以来人々は芋を主食とするようになった。

 けれども、アメタはハイヌヴェレの両腕だけは埋めずに、女神ムルア・サテネのところに持っていった。アメタはハイヌヴェレを殺した人々を呪い、女神は人殺しを怒った。女神はタメネ・シワ広場に九つの螺旋の大きな門を作り、自分は門の奥の中央の一本の大木の上に座って、切り取られたハイヌヴェレの腕を両手に持っていた。そして門の前に人々をみな集めて言った。

「お前たちが人殺しをしたので、私はもうここには住みたくない。私は今日、お前たちから離れる。お前たちが人間のままでいたいのなら、この門を通って私の方へ来るがいい。来ない者は人間以外のものになってしまうよ」

 それを聞いて人々はみな螺旋の門をくぐろうとしたが、誰もが通れたわけではなかった。通れなかった者は動物や精霊に変わった。また、通れた者は女神の座っている大木の左右どちらかを通って奥へ行ったが、女神は通り過ぎる者を片っ端からハイヌヴェレの片腕で殴った。木の左側を通り過ぎた者は五本の木の幹を跳び越えてパタリマ(五つの人たち)と呼ばれる島東部の住民になり、右側を通り過ぎた者は九本の木の幹を跳び越えてパタシワ(九つの人たち)と呼ばれる島西部の住民になった。この神話を伝えるヴェマーレ族はパタシワである。

 さて、女神は残った人々に言った。

「私は今日にもお前たちから別れていく。もはや私の姿を地上で見ることはないだろう。おまえたちは死んで初めて私に会える。しかし、その場合でも辛い旅路を辿らねばならないのだよ」

 こうして女神は姿を消し、それ以来、島の西南部のサラフアという霊山に精霊として住んでいる。この山に行くには八つの山を越えねばならず、この八つの山々には八人のニトゥ精霊が住んでいるという。



参考文献
『神話の話』 大林太良著 学術文庫 1979.

※このように、体から食物(富)を排出する女が殺され、その死体から後の作物が生じて広がった……と作物の由来を説明する神話を、この物語の名を取ってハイヌヴェレ型神話という。

 日本の神話にも、食物の女神であるオオゲツヒメまたはウケモチノカミをツクヨミまたはスサノオが殺し、その死体から五穀の生じる神話があるし、民話の形でも、訪ねてきた大男が糞を食べさせるので怒って殺すと腐った柿の山に変わる(大男は熟柿の精だった)というものがある。

 しかし、この物語はまた小さ子譚でもあって、水の中から現れた果実より生まれた乙女、異常な成長、乙女のもたらす富貴、しかし乙女は残虐な方法で殺される…あるいは若いまま儚くこの世を去る、と、日本民話の「瓜子姫」や「かぐや姫」との類似も見える。特に「瓜子姫」との関連は多くの研究者が指摘する。

 殺されたハイヌヴェレは芋(植物)として復活するが、娘としては甦らない。しかしインドを中心にして、殺された後 動物に、植物になり、やがて娘として復活する民話がある。



参考--> [瓜子姫][三つの愛のオレンジ]「ツクヨミとアマテラス」「アイオーラ祭の由来



マニオカのはじまり  ブラジル インディオ

 酋長の娘が父親無くして身籠もる。酋長は怒って娘を森に生き埋めにしようとするが、夢で白い肌の男が「この娘は生娘のまま奇跡をあらわすため選び出されたのだ」と言うのを聞いて、改める。 娘はやがて満月のような色白の女児を産み、マニと名付けられた。マニは生後二、三週間で歩いて喋り、一年で美しい娘になったが、誕生日より前に訳もなく死んだ。

 部落は悲しみ、まじない師の指示でマニの母親の小屋に葬り、毎日神聖な川の水を注いだ。

 月の光が明るく小屋の中に差し込んだ夜、土饅頭から木が生え出て、大きく育った。茶色の小さい実をつついた鳥は酔ったようになる。そしてマニの体はその植物の根に変わっていた。

 マニが死んだとき、酋長とまじない師は、白い肌の神の贈り物がこの新しい植物で、それは生娘のマニが変わったものだ、という映像を見たのだった。

 マニの変わった根はインディアンを飢えから救う。ツピ語でマニオカとは、「マニが変わったもの」という意味である。

 

 また、別説ではこうなる。

 族長の娘マーラは、夜毎に月から金髪の美しい男が降りてきて愛を語る夢を見る。そのうち、彼女は処女のまま身ごもった。母はかばってくれたが父は夢の話を信じずに「ふしだらな」と怒り、マーラを遠ざけるようになった。

 月満ちてマーラは月光の金髪に白い肌の女児を生み、マンジ(マニ)と名づけた。マンジは部族内では聖なる者として大切にされた。ところが、やがてマンジは病気になり、赤ん坊のまま死んでしまった。人々は嘆き悲しんだが、族長だけは知らぬ顔をしていた。

 マーラは娘と離れたくないあまり、自分の小屋の中にマンジを埋めた。そして毎日泣きながら胸から溢れる乳を土饅頭にかけた。するとある日、地面にひびが入り、茎が伸びて葉が茂ってきた。マーラは娘が外へ出たがっている気がして土を掘った。そこにはマンジの肌のような白い芋があり、皮を剥くとかぐわしい香りを放った。

 その夜、族長の夢に金髪の若者が現れ、我が娘のマンジはその身を人々の食料とするためこの世に遣わされたのだ、と明かし、芋の育て方と調理法を伝えた。娘の話は嘘ではなかったと悟った族長は、翌日になるとマーラを抱きしめ、夢の内容を人々に伝えた。

 新しい食べ物はマンジョカ(マンジ・オッカ)と呼ばれた。マンジがオッカ(小屋)に葬られて生じたからだ。



参考文献
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社 1977.
『世界をささえる一本の木 ブラジル・インディオの神話と伝説』 ヴァルデ・マール再話、永田銀子訳 福音館書店 1996.

※殺されて食物に変わる少女は、しばしば《月》と関わっている。

 インドネシアのハイヌヴェレは、時に《ラビエ・ハイヌヴェレ》と呼ばれるが、ただの《ラビエ》と呼ばれる少女も伝承に登場する。ラビエは太陽神に求婚され、彼によって地中に引き込まれた。その間際、彼女は豚を屠って葬宴を行うこと、三日後に自分は光明となって甦るだろうと言い残した。身内が三日間葬宴を行うと、東の空に初めて満月が現れたという。




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