中国や韓(朝鮮)半島に見られる民話。日本の「花咲か爺」「雁とり爺」と同系統の話だが、兄弟葛藤譚になっている。
【花咲か爺】と同じく、
という二つの主要素で構成される話だが、
という点が【花咲か爺】とは異なっている。犬の転生の仕方には様々なパターンがあって、「弟は恵まれ、兄は罰される」という主筋以外の展開と結末は一定していない。ただ、犬が最初に死んだとき、墓から生えた木を弟が揺すると金銀が降り、兄が揺すると糞や土石が降る、という点は大体共通していて、【金の生る木】にも近い。
愛する者の墓に木が生え、それを揺すると宝が降ってくるというモチーフは、「灰かぶり」等の【シンデレラ】譚にも多く見られる。
兄弟三人が分家することになり、一郎はロバを、次郎は馬を、三郎は鶏と犬を譲り受けた。田畑を耕す時には、一郎と次郎はそれぞれロバや馬に
この様子を通りかかった偉い役人が見て珍しがり、「勢いよく畑を三往復してみせてくれたら、大元宝(馬蹄型の大型の銀貨)を二つ取らせるぞ」と言った。鶏と犬は三郎が鞭をあてると高く跳び上がり、あっという間に畑を三往復して耕してみせたので、役人は大喜びして銀貨をくれた。
三郎はもらった銀貨で食材を買い、ご馳走を作ることができた。話を聞きつけた一郎がやってきて、どうしてお前は朝から晩までそんなご馳走が食えるのだ、と尋ねた。三郎がすっかり話して聞かせると、犬と鶏を借りたいと言う。三郎は快く承知した。
あくる日、一郎が犬と鶏に鋤を付けていると、車いっぱいに洗濯棒を積み上げた男が通りがかって珍しがり、「勢いよく畑を三往復してみせてくれたら、洗濯棒を全部やるよ。でも、出来なかったら洗濯棒で一発食らわせるからな」と言った。一郎は好機到来と喜んだが、どうしたことか、いくら鞭をあてても鶏も犬も一向に動かない。焦ってあんまり叩いたので、そのうち鶏も犬も死んでしまった。それを見ると洗濯棒の男は一郎を殴りつけた。一郎は頭も尻も腫れ上がって、ほうほうの体で逃げ帰った。
三郎がやって来て尋ねた。
「俺の鶏と犬はどうしたんだい」
「とっくにぶち殺してしまったよ!」
「ええっ! それじゃ、死体はどこにやったんだい」
「畑の隅に埋めたよ」
三郎は線香と紙銭と供え物を盆に載せて墓参りに行き、丁寧に礼拝してから、墓に生えた小さな楡の木に手を添えて泣きながら話しかけた。
「俺の犬よ、鶏よ。死んでさぞかし悔しかろう」
三郎が涙を拭って目を開けたとき、木の上から沢山の銅貨や銀貨が落ちてきて、盆の上に山と積もった。三郎はそれを家に持ち帰って、また美味しいご馳走を食べることができた。
また兄が聞きつけてやってきて訳を聞いた。三郎が包み隠さず話すと、兄は早速家に戻って線香と紙銭と供え物を買い揃え、特別大きな角盆に載せて、つまみ食いしながら墓に行った。礼拝もせず言葉もかけず、いきなり小さな木にしがみついて揺さぶったところ、『ざまぁみろ』と声がして、鶏の糞と犬の糞が盆に溢れるほど降ってきた。腹を立てた兄は小さな木を根こそぎ引っこ抜いて投げ捨て、家に帰った。
三郎がやって来て尋ねた。
「俺の小さな木はどうしたんだい」
「とっくに引っこ抜いて、畑に放り投げてきたよ」
三郎は小さな木を畑から拾ってくると、それで手籠を編んで軒先に掛け、米粒を入れてから唱えた。
「燕よ、東からも来い、西からも来い、米粒を食べて卵を産んでおくれ」
あくる日に籠を下ろしてみると、燕の卵が籠に半分も入っていた。それで三郎は白い小麦粉でパンを焼いて、燕の卵を炒めて、腹いっぱいになるまで食べることができた。
これを知った兄が早速駆けつけてきて、例によって訳を尋ねた。話を聞くと手籠を借りていき、米粒を入れて軒先に掛けてから、大声を張り上げた。
「燕よ、東からも来い、西からも来い、米粒を食べて………ええと、何だったかな。忘れちまった。米粒を食べて………糞をしてくれ」
すると、あっという間に籠に半分ほども糞が入った。一郎が籠を下ろす時に、頭に糞が散らばった。腹を立てた一郎は手籠を焼き捨てた。
そこへ弟がやって来て尋ねた。
「俺の手籠はどうしたんだい」
「とっくに焼いちまったよ」
「ええっ! じゃあ、その灰は?」
「かまどの中だ」
三郎は急いでかまどへ行き、中から灰を掻きだした。すると焼け焦げた豆が出てきたので、つまんで食べてみた。しばらくして屁をひると、素晴らしくいい香りがした。
三郎は役所の門の前へ行って叫んだ。
「いい香りのする屁だよ。お役人様の着る物に焚き染めるといいよ」
役人は部下をやって三郎を招き入れ、何をするのかと訊いた。
「着物が破れていれば冷気が身体に入ります。それを防ぐために、私はいい香りのする屁を売りに来たのです」
役人は部下に沢山の着物を持って来させて、三郎に「やってみよ」と言った。三郎が二度三度と屁をひると、ひと山の着物が焚き染められてよい香りとなり、そればかりか、奇麗で立派になった。
役人は更に「わしの顎髭に焚き染めてみよ」と言った。三郎が屁をひると、顎鬚は黒々となってとても立派になった。
役人は大喜びで、こう言った。
「お前に厚い生地と薄い生地をとらせるぞ。家へ持って帰り、お前の尻を包む着物を作るがいい」
三郎は厚い生地と薄い生地をもらって家に帰った。これを知った一郎はまた駆けつけてきて、三郎に訳を尋ねた。弟が今度も詳しい成り行きを話して聞かせると、急いで家に戻り、自分のかみさんに二升の豆を煎らせて腹いっぱい食べ、それから桶に半分ほどの水を飲むと、大きな屁をひってかみさんに尋ねた。
「いい香りがするかい」
「ひどい匂いだわ」
かみさんがそう言うと、もう一度屁をひって聞いた。
「いい香りがするかい」
「ひどい匂いだわ」
腹を立てた一郎は、かみさんをぐいと引きよせて近くで屁をひった。
「これでもいい香りじゃないか。どうだ」
「いい香りだわ、とてもいい香りがするわ」
たまらずそう言ったかみさんの言葉を聞くと、一郎は有頂天になって役所の門の前へ駆けつけ、大声で叫んだ。
「いい香りのする屁だよ。お役人様の着る物に焚き染めるといいよ」
これを聞いた役人はまた昨日の男が来たのかと思って呼び寄せたが、来てみると別人だったので「お前もいい香りの屁をひるのか」と尋ねた。
「屁をひるだけではありませんよ。昨日来たのは俺の弟で、俺はその兄貴ですからね」
「よし、それではまず、わしの顎髭に焚き染めてみよ。黒々となるようにな」
「かしこまりました」
一郎はズボンを下ろして尻を突き出し、役人の口元に向けて、思いきりいきんだ。「ブー」という音が雷のように轟いた途端、臭い屁と一緒にグチャグチャの糞も吹き出し、役人の顔に飛び散った。
怒った役人は怒鳴りつけて言った。
「誰か、この男の尻に桃の木の杭をぶちこんでやれ!」
下役人たちは一郎を河原に連れて行き、尻に杭をぶち込んだ。
夜になっても夫が戻らないので、かみさんは役人のくれた生地が多くて担ぎきれないのかと思い、息子を迎えにやった。息子が河原の辺りまで来ると、父親が呼んでいる声が聞こえた。
「おーい、お前か。迎えは無駄だよ。厚い生地も薄い生地もない。桃の木の杭を尻にぶち込まれただけさ」
参考文献
『中国民話集』 飯倉照平編訳 岩波文庫 1993.
昔々、洛西寨に車先という働き者で真面目な愛尼人があり、聡明で賢い妻との間に二人の男児を生んだ。兄の先嗄は小さい頃から怠け者の薄情者、村の鼻つまみだったが、弟の先明は聡明善良、誠実で誰からも好かれ、背の高い偉丈夫であった。
先明が十四になった年、村の十数人の若者と共に山へ狩りに出かけた。山の窪地に来ると空が曇り大風が吹いて、雷鳴の轟く暴風雨となった。若者たちはみな飛ぶように逃げ始めたが、そんな中、豹が小犬を襲っているのを見つけて、先明は豹めがけて銃を一発撃った。豹は悲鳴をあげて谷底に転げ落ち、先明は傷ついた小犬を抱いて村へ帰った。
翌日、先明は山から薬草を探してきて小犬の傷につけてやった。心を込めた看護を行うこと数日、小犬の傷は治り、そのまま先明の忠実な愛犬となった。
それから何年か過ぎて、老いた車先は病に臥し、臨終の前に息子二人を呼んで
「わしはもう長くはない。わしが死んだら先嗄は弟をよくみて、分家させず仲よく暮らせ……」
と言い聞かせると息絶えた。やがて母もこの世を去った。
母の死の翌日、先嗄は弟を分家させた。十段歩の畑は先嗄が七段歩、先明に三段歩。家畜は先嗄が牛一頭、馬三頭、豚二匹を取り、先明には一羽の雌鶏とあの犬しか分けず、分家した後は村の東に小屋を作って住んで、薬草を取ったり日雇い仕事で暮らせと言った。
翌年の春、先明は畑を耕す牛がないので、兄に牛を貸してくれと頼んだが、先嗄は貸してくれるどころか先明を怠け者と罵るのであった。先明は声を呑んで耐え家に帰り、仕方なく犬に犂を引かせて畑を耕すしかなかった。ところが、犬は昼にならないうちに三段歩の畑を耕してしまい、先明は大喜びした。
翌日、犬が犂を引いて畑を耕した話は村中に広まった。先嗄はこれを聞いて先明の家に行き、わざと悲しそうな顔をして、「お前、俺の牛が病気になってしまって、俺はまだ畑が耕せないのだ。お前の犬を貸してくれないか」と言ったので、先明は兄に犬を貸してやった。
先嗄は犬に犂をつけて畑を耕した。ところが犬は言う事を聞かず、昼になっても二畝も耕さないで、大声で吠えて噛み付こうとした。とうとう先嗄は怒って犬を切り殺してしまった。
夜になって、先明が犬はどうしたか聞きに行くと、先嗄は「犬は元々犂を引いて畑を耕す事なぞできない、お前は俺を騙した」と怒鳴り、犬はもう殺してしまったと言った。
先明は犬が死んだと聞いて、嘆き恨み泣きながら畑へ行ってみると、犬は血まみれになって息絶えている。先明は大声をあげて泣いてしまった。ひとしきり泣いた後、犬を家の前の山に埋めた。
翌日の朝早く、先明はまた犬の墓へ行って泣いた。すると大きな音が響いて、土饅頭の上から一本の黄金の竹が伸びてきた。三丈も伸びた竹はそよ風に揺れながら先明に語りかけた。
『御主人様、御主人様、あなたは働き者で優しく、世界で一番よい方です。私はあなたの御恩を永遠に忘れません。今後何か困った事があったら、火吹竹で私を三回叩いて下さい。金でも銀でも出してあげます。けれど叩くのはその度に三回だけですよ』
先明はこれを聞いて、悲しみが喜びに転じた。急いで家に帰って火吹竹を持ち出し、金の竹を三回叩いたところ、本当に金と銀の塊が落ちてきた。先明は金銀を持って市場に行き、穀物の種や酒や肉と取り換え、翌日には、人を雇って種を播く事にした。
そこに心の悪い兄が来て、弟が酒を飲み肉を食べているのを見て涎を垂らし、猫撫で声で尋ねた。
「お前の犬を殺してしまって悪いことをしたね。だからお前に御馳走しようと思って来たのだが、穀物や酒や肉があるじゃないか。お前は何処からこんな金を工面したのかね、教えてくれないか」
人のいい弟は兄の嘘に騙され、一切を詳しく話してから兄に御馳走した。食べ終わると、先嗄はいかにも申し訳なさそうにして、
「なあ弟よ、俺たちは仲のいい兄弟だ。今、俺は暮らしにとても困っているんだ。お前の火吹竹を俺に貸して、金銀を取らせてくれないか」と言った。
先明が先嗄に火吹竹を貸してやると、先嗄は二つの袋を提げて犬の墓に行って、いそいそと竹を叩いた。すると金銀が竹の上から落ちてきた。欲張りな先嗄は先明に言われた事を構わずに、ただ金銀で袋一杯にしたいと、三度を超えて竹を叩き続けた。途端に、金銀は犬の糞尿に変わり、先嗄は全身糞まみれになってしまった。先嗄は怒り狂って竹を切り倒し、家に帰った。
翌日、先明が火吹竹を返してもらいに行くと、先嗄は身を隠した。先明は半日待っても先嗄に会えなかったので、不思議に思って犬の墓に急いだところ、墓の上の金の竹は切り倒されていた。
先明は嘆き悲しみ、竹を担いで家に帰り、その竹で母鶏が卵を生む籠を編んだ。
夕方、先明が畑から帰って籠を見ると、籠の中に卵が一杯になっていた。先明はとても喜んで、翌日市場に行って卵を色々な物と取り換えた。その帰り道で兄に会った。先嗄は先明が沢山の品物を背負っているのを見て腹を立て、弟を罵って殴りかかろうとした。
「お前は良心のない男だ。また俺を馬鹿にしやがって! 何が金銀だ、俺は全身犬の糞だらけになったんだぞ」
「兄貴は欲張ったからそうなったんだ。三回叩くだけと言ったのに、叩き続けたんだろう。きっと犬の神が怒ったんだ」
これを聞くと先嗄は耳まで赤くなった。そしてしおらしく反省している素振りを見せて、また先明から鶏籠の秘密を聞き出し、「亡くなった父母に見せたいから鶏籠を一日貸してくれないか」と言った。人のいい先明は今度も兄を許し、鶏籠を貸してやった。
先嗄は鶏籠を家に持って帰り、床に就いて金持ちになったいい夢を見た。しかし二度と目を覚まさなかった。
翌日、鶏籠は無事に先明の家に戻っていた。この年、洛西寨は大豊作であった。先明は心にかなった妻を娶り、父母の残した家に帰って、亡き父母を祭る務めを受け継いだ。そして幸せに暮らした。
参考文献
「兩兄弟的故事」/『西双版納哈尼族民間故事集成』
「兄と弟」/『ことばとかたちの部屋』(Web) 寺内重夫編訳
※「狗耕田」がコミカルな脚色だったのに対し、こちらは兄が眠ったまま突然死していて、因果応報、天罰のニュアンスが濃い。
犬は山の窪地に行った時に手に入れる。山、そして窪地(谷)は冥界と交わる地点である。その窪地に入ると突然嵐になったと語られている点からも、そこが不可侵の神の領域であったことを窺わせる。
昔、壊れかかった茅葺きの小屋に貧しい二人兄弟が住んでいた。二人の財産は父親が遺してくれた一頭の老牛だけだった。
ある日、兄は弟に分家を命じ、弟が承知するとこう続けた。
「俺たちには金目の物はない。この牛がいるだけだ。牛を半分にすることはできないから、俺たちのどっちに来るか牛に決めさせよう。俺が鼻輪を引っ張るからお前はしっぽを引っ張れ。それで牛が行った方のものにしよう」
不公平な方法であったが、弟は兄に牛を譲ってやろうと考えて言われたとおりにした。こうして兄は牛を取って喜び、弟は牛のしっぽにいた虻を取って、別れて暮らすことになった。
弟はその虻を可愛がり、虻もまたよく弟になついた。ある日、弟は虻を連れて伯父の家へ行って、ちょっとの隙に虻を雄鶏に食べられてしまった。弟が泣いて悲しがると、伯母は「泣かないでおくれ、お前にこの雄鶏をやるから」と謝った。ところが何日もしないうちに、その雄鶏を近所のお爺さんの犬に食べられてしまった。お爺さんは弟が他に何も持っていないと知ると、気の毒がってその犬をくれた。
春が来て、どの家でも牛に犂を牽かせ、忙しく田畑を耕し種を蒔き始めたのに、牛のない弟はふさぎこむばかりだった。すると犬が「心配しないで、わたしがいますよ」と言う。犬は弟と一緒に畑に行って、牛がするよりも早く犂を牽き畑を耕した。
犬が犂を牽いて畑を耕した話はすぐ評判になり、兄の耳に入った。兄は牛を牽いて来て、むりやりに弟の犬と交換し、犬を自分の畑に連れて行った。けれども犬は畑の端にいるだけで少しも動かない。兄は怒って竹鞭で犬を散々に叩き、とうとう殺してしまった。
弟は泣きながら犬を埋めて墓を作り、その上に小さな柘榴の木を植えた。そして水や肥料をやり、虫を取っては世話をした。
しばらくすると赤い実が沢山実り、弟は苦労したかいがあったと喜んだ。すると一つの実が木から落ち、ゆっくり割れて綺麗な家に変わった。弟は驚き、この実を貧乏な人に分けて、みんないい家に住めるようにしてやろうと考えた。ところが、弟が実を摘まないうちに、兄がこの実をみんな盗んで逃げてしまった。
兄が盗んで来た柘榴の実を一つ割ると、中から一匹の虻が飛び出して顔を刺した。二つ目の柘榴を割ると、雄鶏が跳び出して足をつっついた。三つ目の柘榴を割ると、犬が跳び出して「ワンワンワン」と向かって来るので、兄は驚いて気を失った。やがて気がついたときには、盗んで来た柘榴は一つも残っていなかった。
それから兄の耳には何時も「ワンワンワン」と鳴く犬の声が聞こえて、一生安心して暮らすことができなかった。
参考文献
「柘榴」/『中国幼児故事精選』
「柘榴」/『ことばとかたちの部屋』(Web) 寺内重夫編訳
※原題は「鶏狗耕地」。
不思議な動物に由来するものを食べて匂いの良い屁が出るようになるくだりは、日本の民話では【竹伐り爺】または【鳥呑み爺】と呼ばれる話群に近いモチーフがある。
竹伐り爺 日本 愛知県北設楽郡
昔、爺さんが畑を耕していると、ひとど(四十雀)が一羽飛んできて鍬の柄にとまった。爺さんはそれを捕まえて一口に呑んでしまった。すると尻の穴から鳥の足が出たので引っ張ると、腹の中で
ちんちんくりくり
ぽんぽんくりくり
こまさらさら
と鳴った。爺さんは家に帰って婆さんに相談した。すると、殿様の竹藪へ行って竹を伐ってきて、それで風呂でも焚いたら治るでしょうと言う。爺さんは殿様の竹藪に竹伐りに行った。そこにちょうど殿様がお通りになった。
「竹を伐る奴は何奴だ」と、殿様が咎めた。
「昔々の屁ひり爺だ」と爺さんが答えた。
「ひれるものならば、屁をひってみよ」
殿様がそう言ったので、爺さんは尻をまくって鳥の足を引っ張った。
ちんちんくりくり
ぽんぽんくりくり
こまさらさら
殿様は大変感心して、爺さんに褒美を沢山やり、竹も望むだけ伐っていくがよいと言った。
隣の欲深爺さんがこの話を聞いて、「俺も行こう」と殿様の竹藪へ竹を伐りに行った。また殿様が通りかかった。
「竹を伐る奴は何奴だ」
「昔々の屁ひり爺だ」
「ひれるものならば、屁をひってみよ」
欲深爺さんは尻をまくって、一所懸命いきんでみたところが、屁は出ないでもっと汚いものが出た。殿様は怒って、刀を抜いて欲深爺さんの尻を斬った。
欲深爺さんがやっと家に帰ってきたところ、家の中に何もない。欲深家の婆さんは、てっきり何か褒美をもらってくるかと思っていたので、家の中のぼろをみんな焼いてしまっていたのだった。
参考文献
『日本の昔ばなし(U) 桃太郎 舌きり雀 花さか爺』 関敬吾編 岩波文庫 1956.
※日本の説話では、竹藪や笹藪は冥界と同義で語られることが多い。殿様の竹藪は冥界であり、殿様は冥王なのだと解釈することができる。
鳥呑み爺 日本 新潟県
昔、爺が山仕事に行き、腹が減ったので持ってきた団子を食べようとしたところ、目の前の木に見たこともない奇麗な鳥が来て「じじい、じじい。団子くれぇ。団子くれぇ」と人の言葉で鳴く。爺が団子を一つやるとふちゃふちゃと食べて、また「じじい、じじい。団子くれぇ。団子くれぇ」と鳴く。爺はその鳥があんまり可愛らしいので、とうとう団子を全部やってしまった。それでも「団子くれぇ」と鳴くので「もう団子ねぇ。この紙ばっかだ」と包み紙を見せたところ、「じじい、じじい。紙くれぇ。紙くれぇ」と鳴く。紙を投げてやるとそれもふちゃふちゃと食べてしまった。
食べ物がなくなったので爺は煙草を吸い始め、口を大きく開けてあくびをした。すると鳥が飛んできて、爺の腹の中に飛び込んでしまった。これは大ごとだと思っていると、鳥は爺の腹の中でもごもご動いて、爺のへそから羽根がぺろっと出た。よかった、これで鳥を引っ張り出そうと、爺がその羽根を力いっぱい引いたところが、腹の中で鳥が鳴いた。
あやちゅうちゅう こゆちゅうちゅう盃 持ってまいりましょう
錦さばさば ごよの
ぴぴらぴー
何度引いても鳴く。爺は仕事を放り出して家に帰り、婆にも引かせてみた。やはり鳴く。
「じさ。こら、ばかいい声の鳥だすけ、おまえ街道ばたへ行って、『日本一の歌うたいじいだ』て言うて、金もうけさっしゃい」
婆にそう言われて爺は街道ばたに行き、立っていた。そこへ殿様が来て尋ねた。
「そこにいるのは何者だ」
「日本一の歌うたいじいだ」
「ほんなら、歌一つ唄ってみれ」
そこで爺が、羽根をこつんと引っ張ってみせると、
あやちゅうちゅう こゆちゅうちゅう盃 持ってまいりましょう
錦さばさば ごよの
ぴぴらぴー
と鳴いた。あんまりいい声なので殿様は喜んで、褒美をたっぷりくれた。
それからというもの、爺はその羽根を引っ張っては町中唄って歩いたのだが、だいぶ経ったある日、引っ張ったら羽根がボロンともげてしまって、それきり鳴かないようになったそうだ。
いきがポーンとさけた。
参考文献
『雪の夜に語りつぐ ある語りじさの昔話と人生』 笠原政雄語り、中村とも子編 福音館文庫 2004.
※類話によっては、腹の中の鳥の歌が屁として出るようになり、見事な音色の屁を聞かせるとて殿様に褒美をもらう。
鳥は説話の世界ではしばしば死者の霊魂の化身である。人の言葉で喋り、団子(供物)を要求する鳥は神霊であり、それを爺が呑んだ……一体化して、《素晴らしい歌》という霊感を得た(交霊には音楽が用いられる)、という観念がこの物語の根底にはあるのかもしれない。そう思えば、殺された人間のしゃれこうべが歌う「唄い骸骨」とも関連するだろう。
この例話には欲深爺さんの模倣と失敗の段が欠けているが、類話によってはきちんとある。羨んだ隣の爺が鳥を呑み込んで殿様の所に行くが、鳥が全く唄わない、もしくは汚い歌を歌ったので罰される。
この他、手籠を借りて真似した兄が呪文を失敗してひどい目に遭うくだりは、日本の「雁とり爺」で、真似した爺が鹿寄せの呪文を間違えて蜂に刺されるくだりに対応している。