>>参考 【日本の七夕伝説】【他国の七夕伝説】<かぐや姫のあれこれ〜星の天女>[竜宮女房]【たにし女房
     「黒い山と三羽のあひる」「翼をもらった月」「ヴェルンドの歌

 

白鳥乙女

 天から降りてきた鳥が、羽衣を脱ぐと美しい乙女になる、というモチーフを持つ話。全世界的に見られるもので、日本では「天人女房」「羽衣」の題でも知られる。

  1. <変身と出会い>一群れの鳥が水場に舞い降り、羽衣を脱いで乙女になって水浴びする。その様子を覗き見た若者が、中で一番美しい娘の羽衣を盗んで隠す。他の乙女は飛び去るが、羽衣を奪われた娘は帰れず、男の妻になる
  2. <別離>a.羽衣の在り処を(子供/母)が教えた b.男が妻を大事にしなかった)ので妻は羽衣を着て異界に逃げ去る
    • 妻は子供たちをa.連れて行く b.置いていく)
    ※ここで物語が終了する場合が多い
  3. <冥界への旅>男は(a.獣の助けを借りて b.妻が残していった助言に従って)異界へ妻を追っていく
    ※この条は無いか簡略化されている場合が多い。
    • <難題婿>天女の夫として相応しいかテストされ、a.失敗して再び別離する b.成功して天で暮らす)
  4. <縁起>a.七夕などの行事の由来 b.一族の始祖の由来 c.自然現象や獣の生態の由来 d.特になし)

 

 これが基本的な話型だが、もっと崩れて断片的なモチーフとして現れることも多い。例えば、夜毎に一群れの鳩が飛んできて黄金の果実を食い尽くす。その鳥の後を追って男が異界へ行き、羽衣を脱いで美しい乙女に変わることを知って結婚する。>>「ゼラゼと双子の兄弟

 あるいは、夜毎に墓場に白い鳩が飛んで来て乙女に変わり、死んだ王子を甦らせて愛を語る。中国の伝承では、羽衣を脱いで乙女に変じる魔物を姑獲鳥、鬼車、天帝少女、夜行遊女などとも言い、人間の男と結婚するほか、夜に飛んできて赤ん坊を病気にしたり連れ去ると言ったりもする。女神だったはずのものが、魔物に零落している。

 また、子供の無い夫婦や妻の無い善良な若者を救うために(天に命じられて)舞い降り、一定の期間仕えると飛び去った、と語られる話群もある。【かぐや姫】を思い出させる。

 その他、北欧からイギリスでは鳥ではなくアザラシや人魚が陸に上がってきたとき、脱いだ皮や帽子を若者が隠して……と語られることもある。>>「ゴルラスの婦人

 鳥獣が羽毛や皮を脱いで乙女に変わり……という部分が忘れ去られ、単に(女神/天女/妖精)が水浴びしていたとき、若者がその美しい衣を盗んで……と語られることもある。日本の「天人女房」は殆どこちらである。

 白鳥乙女がどこから来て何処に去るのかという解釈も様々である。天界、竜宮(海の底)、川の向こう。白鳥乙女を星になぞらえ、天の六つ星(昴)や織女星だとする説も根強い。

 

天女の児・田章  『捜神記』 中国

 昔、田崑崙という貧しい若者がいた。穀物の実る頃のこと、彼が野良仕事の帰りに美しい池の傍を通りかかったところ、三人の乙女が水浴びをしている。少し近づくと二人は白い鶴に変わって飛び去ったが、一人は残っていたので、衣を盗んで穀物の根元に隠した。乙女は崑崙に切々と訴えた。

「私たち三姉妹は天女です。姉たちは素早く衣を着て飛び去りましたが、私はノロマなのであなたに捕まってしまいました。裸のままでは池から出ることも出来ません。どうか、衣を返してください。あなたの妻になりますから」

 崑崙は返せば飛び去るだろうと考え、自分の着物を脱いで与えた。天女はしばらく強情に池の中にいたが、とうとう諦めて彼に従った。天女を連れて帰ると母親は喜び、さっそく親戚一堂を招いて息子の嫁を披露した。

 月日が経つと、天女は田章という凛々しい男児を一人産んだ。

 ところが、崑崙は徴兵されて、西方に出征することになった。出かける時、彼は母親に天女の衣を渡し、決して妻に見せてはならないと頼んだ。母子は相談して、母親のベッドの下に穴を掘って隠していた。

 崑崙はそれから三年経っても戻らなかった。天女は黙って子供を育てていたが、ついに義母に「私の衣を見せてください」と言い始めた。義母は渋ったが、天女があまりに頼むので出して見せてやった。その時は見せても何事もなかったが、十日ほど経つと、もう一度見たいと言い出した。

「お前はそれを着ると、私を棄てて行ってしまうんじゃないのかい?」

「私は今はあなたの息子さんの妻であり、子供もいます。どうして棄てていかれるでしょうか」

 義母は部屋の戸を閉めさせてから衣を見せた。しかし、天女は窓から飛び去った。老母は大声を上げて呼んだが甲斐は無い。嘆き悲しんで食事も喉が通らなかった。

 天女が天に帰ると、地上では六年以上が過ぎていたが、天界では二日しか過ぎていなかった。二人の姉は人間なんかと夫婦になって両親を悲しませるとは、と罵ったが、妹が悲しむのを見て、明日もう一度地上に遊びに行って、あなたの息子に会おうと慰めた。

 その頃、五歳の田章は母を慕って家でも野でも泣いていた。通りがかった高名な大学者の董仲舒が、昼頃に池の傍に行くように教えた。そこに白い練絹のスカートを履いた三人の女が降りてくるが、そのうち顔を伏せてお前を見ないようにしているのがお母さんだよ、と。田章が池に行くと三人の白いスカートの女が水菜を採っていて、一人は顔を伏せている。「お母さん」と呼ぶと、こらえきれずにワーッと泣き出した。そして、三人の天女は田章を天に連れて行った。

 天女の父親はこの外孫を哀れに思い、様々な教育を施した。それは天界で四、五日のことだったが、地上では十五年以上に匹敵した。田章は祖父から八巻の文書を授かって地上に降り、その学識の深さで評判になった。それが天子の耳に入り、田章は僕射(宰相)に任じられて栄えたという。



参考文献
『中国の神話伝説』 伊藤清司著 東方書店 1996.

※個人的には、息子、嫁、孫、全てに去られた老母がどんな孤独な死を迎えたのか、それがとても気になる。元々、強引に嫁にされたのだから仕方ないのかもしれないが、天女はとても冷たい女だ。

 なお、この話に出てくる董仲舒も天女の児だと言われている。

『孝子図』や『清平山堂話本』などによると、董永という貧しいながらも真面目な男がいて、借金のかたに自ら貸主の奴隷になると申し出た。すると道で出会った見知らぬ女性が彼の押しかけ女房になり、十日と掛からずに千疋の絹を織って借金を全て返してしまった。そして「私は天宮の織女です、天帝に命じられてあなたを救うために参りました」と明かし、そのまま飛び去ってしまった。

 一説によれば、その時、天女は地上に一人の男児を残して行き、その後も天地を往来しては子供と夫の世話を焼いたという。この児こそが董仲舒であった。

 十二歳のとき、仲舒は高名な占術家・厳君平に教えられて、母を探して太白山に赴いた。ちょうど七月七日で、大勢の天女が天下って山中の泉で薬ビンを洗っていたが、七人目の黄色い服を着た女が母であった。母は仲舒に金のビンと銀のビンを渡し、金のビンは厳君平先生に渡し、銀のビンはあなたが取るようにと言った。

 厳君平が金のビンを手に取ると、中から火花が飛び散って寿命占いの本が丸焼けになり、彼自身も両目を焼いて失明した。一方、仲舒が銀のビンを開けると、中に米が七合入っていた。母は一日一粒食べよと言っていたが、仲舒は物足りない気がして全部一度に煮て食べた。すると見る見る背が伸びて異常なまでの巨漢になった。それを見た病身の父はショック死してしまった。

 仲舒は父の葬式を済ませると、玉帝に命じられたので天に昇って鶴神の官職に就く、と人々に告げて去ったという。

 多くの白鳥乙女系の話では、天女に羽衣の在り処を教えてしまうのは子供たちなのだが、この例話では老母が教えてしまう。同じように女が教えてしまうタイプの類話として、以下を参考に記す。

ペリの妻  ペルシア

 ヒンドスタンのある町の商人の息子が、父親の意に背いて家を追い出され、修行僧の衣をまとって旅に出た。一日目、池のほとりの木の下に休んでいると、日が暮れてから四羽の鳩が飛んできて池の岸に舞い降り、自然にペリ(美しい妖精)になった。ペリたちは衣を脱いで水浴びを始めたので、男は全員の衣を盗んで木のうろの中に隠し、その前に座り込んだ。やがてペリたちが衣が無いのに気付き、男に返してくれと懇願した。男が、中の一人が自分の妻になるなら返すと言うと、ペリ達は自分達は火で出来ているが人間は土と水で出来ているので結婚は出来ないと言う。しかし男は承知せず、一番若くて美しいペリを妻に指名した。仕方なく、三人のペリは悲嘆にくれる妹を慰めて飛び去った。

 若い商人は美しい花嫁を家に連れ帰り、華やかな衣服を着せたが、ペリの服は秘密の場所に隠した。彼はペリの愛を得るように極力つとめ、ついに成功した。彼女は何人かの子を産み、親戚や隣人の女性たちとの交流を楽しむようになった。彼は妻の愛情を確信して疑わなかった。

 十年が過ぎたとき、商人は商用で長期出かけなければならなくなり、最も信頼する老いた家政婦に妻の秘密を明かし、世話を頼んでいった。彼が不在になってからというもの、ペリは常に愁いに沈んでいるように見えたので、家政婦は彼女の気が晴れるようにつとめた。そんなある日、風呂上りの彼女の髪を拭いていたとき、家政婦はあまりの美しさに思わず感嘆の声を上げた。するとペリは、私がペリの衣を着ればこの比ではないわ、神は最高の美を私達ペリにお与えになったのだから。あなたがそれを見たいなら、夫が隠した私の衣を持ってきてちょうだい、と言った。家政婦は単純な質で、素直に衣を持ってきた。衣を着たペリは小鳥のように翼を広げると、うろたえる家政婦に別れを告げて飛び去ってしまった。

 帰ってきた商人は、これを知ると精神に異常をきたし、腑抜けとなって生涯を終えたという。


参考文献
『妖精の誕生 ―フェアリー神話学―』 トマス・カイトリー著、市場泰男訳 現代教養文庫 1989.


参考 --> 「近江国風土記:余呉の伝説」「ガラスの山



参考 --> 「玄中記:鬼車の伝説



金の担桶たご  日本 広島県

 昔、金剛山のふもとに一人の猟師が住んでいた。ある日山に猟に行くと、一頭の鹿が足を縛られて鳴いている。かわいそうに思って縄を解いて逃がしてやった。

 その夜遅く、猟師の家に白髪の爺がやってきて、自分はお前に助けられた鹿だ、お前さんは嫁さんが欲しいんじゃないか、と言った。猟師が欲しいと言うと、

「それじゃあ明日、川へ行ってみるとええ。空から天人が降りてきて川で体を洗うけん、その時、松の木にかけてある天人の羽衣を取って帰んなされ。そいたら、その羽衣を着ておった天人がお前さんの嫁になるんじゃ。……ああ、それから言うておくが、子供が二人以上できるまでは嫁さんにその羽衣を見せちゃいけんぞ」

 あくる朝、猟師は言われた通りに川に行った。すると沢山の天人が降りてきて川で水浴びを始めた。松の木にかけられた羽衣を、どれを取ろうかとあれこれ迷っていると、どこからか急かす声がするので、慌て一つ取って家に駆け帰った。

 その日の夜中、とんとんと戸を叩いて、美しい女が尋ねてきた。猟師は昼間の天人だと悟ったが黙っていると、女は自分から「嫁さんにしてください」と頼んできた。猟師は喜んで天人と夫婦になった。

 そのうち年月が過ぎ、子供が二人生まれた。ところが、その子供たちが「おっ母はどこから来た、どこから来た」とあんまりしつこく尋ねるので、とうとうある日、天人は猟師に羽衣を出してくれるように頼んだ。猟師はあの白髪の爺の忠告を思い出して渋ったが、毎日毎日あんまりせがむので、とうとう、たんすの奥から羽衣を取り出して見せた。

 途端に、天人は羽衣を着て、二人の子供を両脇に抱えて天に昇っていってしまった。

 あまりのことに天を仰いで嘆いていると、またあの白髪の爺が現れて、こう言った。

「明日の朝、あの川へ天から金の担桶たごが降りてくる。それは天人が水を汲むために下ろす担桶じゃけん、その中に入っておれば担桶が上るときに一緒に天に昇れる。嫁さんと子供のおるところへ行けるけぇのぅ」

 あくる朝、川へ行ってみると、なるほど天からすーっと金の担桶が下りてきた。言われた通りその中に入ってじっとしていると、やがて担桶はまたするすると天に上っていき、中の猟師も一緒に天に昇りついた。担桶から出てみると、目の前に嫁さんと二人の子供がおったので、四人は大喜び。それからみんな一生、安楽に暮らしたげな。めでたしめでたし。



参考文献
いまは昔むかしは今1 瓜と龍蛇』 網野善彦/大西廣/佐竹昭広編 福音館書店 1989.

※珍しくハッピーエンド。話者がそれを望んだのだろう。

 日本の民話だが、地名が《金剛山》なので、恐らく朝鮮半島(韓半島)から伝わった話だろう。朝鮮の民話「天の水汲瓢」と細かい内容も大変よく似ている。ただ、天人が脱いだ羽衣を松にかける辺りはいかにも日本の「羽衣」的。



参考--> 「天の水汲瓢」「ベトナムの七夕伝説2



ガラスの山  フランス フィンスティンゲン

 ずっと昔、フィンスティンゲンに、猟に出ては大鷭おおばん(ツル目クイナ科の黒い水鳥。渡り鳥)を射止めるのが好きな伯爵がいた。あるとき静かな池のほとりに立っていると、三羽の白鳥が飛んできた。近づいてよくよく見れば、三人の若く美しい娘に変わっているではないか。伯爵は一番若い娘が気に入り、急いでその娘の脱いだ白鳥の羽衣を奪った。代わりに自分のマントを彼女に着せかけて城へ連れ帰り、亡き妹の服を出して着せてやった。羽衣の方は大きな長持にしまい込み、鉄の頑丈な鍵を取り付けて、簡単には開けられないようにした。というのも、娘が「私は羽衣を見たら最後、すぐにそれを着て飛び去り、再び白鳥として暮らさねばならないのです」と言ったからだ。伯爵は鍵を母に預け、誰も長持に近づけさせないように、しっかり管理してほしいと頼んでおいた。

 長い月日が過ぎ、伯爵と妻の間にはもう子供が三人産まれていた。老母は好奇心を抑えることが出来なくなって長持を開け、中に雪のように白い白鳥の羽衣が入っているのを見た。運悪く、そこに若い妻が来合わせて、羽衣を見ると大声を上げ、それを着て白鳥になって窓から飛び出した。そして、飛び去る前にこう言い残した。

「私に会いたい人は、ガラスの山に来なければなりません。私は魔法をかけられた王女で、今、そこへ戻って行かねばならないのです。このことを夫と子供たちに伝え、私から宜しくと仰ってください」

 そして白鳥は飛んで行った。飛び行く彼女は、下の森で狩りをしている夫の姿を見て、胸の痛みで死にそうに思った。老母は嘆き悲しんで、息子に何と言われるだろうかと考えた。

 伯爵は家に帰って妻を探し、母に全てを告白されると、手で顔を覆って泣いた。それほどに白鳥の妻を愛していたのである。彼は居ても立ってもいられなくなり、弟を子供たちの後見人にして母に後を任せると、妻のいるというガラスの山を目指して出発した。

 一日と一夜歩くと、森の奥の隠者の所に着いた。未だかつて見たことがないほどに年を取っている、雪のように白い髭を垂らした老人だった。ガラスの山について尋ねると、彼は言った。

「私はあちこちを巡ったものだが、その山のことは知らぬ。だが私の兄は私よりもっと多くのものを見ている。もう二百年も会っていないが、あなたが行ってみると言うならば、この指輪を渡して、私からの紹介だ、どうか力を貸してほしいと頼みなさい」

 隠者は赤い石のはまった貴重な指輪をくれた。伯爵は一晩そこに泊まって、翌朝からまた歩き続けた。すると小さな小屋に着いて、最初の隠者よりももっと年取った隠者に出会った。指輪を渡すと彼は一晩泊めてくれたが、ガラスの山についてはこう言った。

「残念ながら、私ではあなたの助けにはなれぬ。しかしもう一人兄がいる。山をずっと登った、氷と雪の中に暮らしている。あの辺りにならガラスの山があるのかもしれん。私の所に来たという証しに、この指輪を持って行って見せなさい」

 第二の隠者は青い石のはまった指輪をくれた。こうして、伯爵は二つの指輪を持って北を目指した。

 やがて森の外れまで来た。岩の下に死んだ牛が横たわっていて、ライオンとグレーハウンド犬と鷲と蟻が、牛をどう分けるかで言い争っていた。伯爵が通りかかると、グレーハウンド犬が来て、仲裁裁判官になってくれと頼んだ。少し考えてから承諾し、伯爵はこう裁定した。

「ライオンは肉が好きだから、肉を取りたまえ。犬は骨をしゃぶるのが好きだから、骨をもらったらいい。鷲は内臓が好きだから、内臓を取りなさい。蟻は頭をもらえば、食べた後でその中に住めるじゃないか」

 獣たちがそれぞれの取り分を食べ始めたので、伯爵は先へ進んだ。ところが、しばらくすると後ろからハアハアと息を切らしながらグレーハウンド犬が追いかけてきた。てっきり裁定が不満だったのかと思ったが、そうではなく、お礼をするのを忘れていたので戻ってほしいと言う。

 伯爵が戻ると、ライオンは尻尾から毛を一本抜いて言った。「何か困ったことが起きたら、この毛を髪の毛の中に入れなさい。僕と同じくらい強くなる」。

 次に、グレーハウンド犬も毛を一本むしって言った。「それにこの毛を加えれば、僕の三倍速く走れるようになる」。

 そして鷲は羽根を一枚くれて言った。「この羽根を帽子にさせば、好きなだけ高く飛べる」。

 それから小さな蟻が足を一本むしり、それを伯爵の手に渡して言った。「この足を大事にしまっておきなさい。これを使えば、僕よりも体を小さくすることができる」。

 伯爵は贈り物を受け取り、丁寧に包んで、胸にぶら下げている革袋の中に入れた。ただし、蟻の足だけは、首に下げている金の小箱に入れた。あんまり小さいので、なくさないようにするためである。それからまた歩き出した。

 森の縁まで来ると、第三の隠者小屋が見つかった。中にいた、恐ろしく年取った男に二つの指輪を見せると、「弟たちはまだ生きていたのだな」とたいそう喜ばれた。妻とガラス山について相談すると、隠者はずいぶん長いこと考え込んだ末に、唐突に話し始めた。

「もう、ずっとずっと昔のことになるが、ガラスの山の話を聞いたことがある。そこには王が住んでいて、もう何千年も前に三人の娘と共に魔法にかけられたのだ。頭の七つある竜が見張りをしていて王は動けないが、娘たちだけは年に一度、夏至に白鳥になって世の中へ飛び出すことが許されている。

 しかし王を救おうと思う者は、恐ろしい力の持ち主でなければならない。山はガラスのようにつるつるで、どこにも足がかりがないからだ。空を飛べる鷲でもない限り登ることはできないだろう。入口は山の上の方にある狭い割れ目だが、せいぜい蟻くらいしか中に這い込むことはできない。何より、山の前で見張っている七つ頭の竜を倒すには、ライオンの強さとグレーハウンド犬の速さが必要なのだ。つまり、その者は鷲であり、蟻であり、ライオンでグレーハウンド犬でなければならない。とても人間に出来ることではないだろう」

 それを聞いて伯爵は内心密かに喜んだが、それをおもてに出すことはせず、翌朝別れを告げる時、ひとつ挑戦してみようと思う、とだけ言った。そしてどんどん歩いて行った。

 ちょうど太陽が沈んだとき、突然、遠くに千個の太陽が沈んで反映しているかのようにキラキラと輝くものが見え、あれこそがガラスの山だと分かった。急いで鷲の羽根を取り出して帽子にさすと、伯爵はもう空高く舞い上がり、山の頂まで飛んで行った。頂上に立つと隠者の言った小さな割れ目が見えたので、金の小箱から蟻の足を取り出して蟻に姿を変え、中に這い込んだ。そこに素晴らしく美しい城があり、中の広間の玉座に恐ろしく年取った王が座っていた。伯爵は這ってその横を通り、また別の広間に入ると、そこには美しい二人の王女が座っていた。

 そこからもっと先へ進んで三つ目の広間に入った。そこにいたのは誰あろう、美しく若い妻だった。悲しげに窓辺に座って遠い木々の彼方を眺めながら何度も涙を拭っているのを見ると、伯爵は急いで元の姿に戻り、妻の後ろに立った。窓ガラスに映ったその姿を見て彼女は振り返った。二人は抱き合い、幸福と喜びに浸って、もう離れようとはしなかった。それから夫婦は互いに全てのことを語り合い、夫は妻を救うことを約束した。伯爵は妻に、「どうすれば救えるのか、その方法を食事のときに父王に訊いてみてくれ。私はまた蟻に変身してお前の袖口に隠れているから」と言った。

 さて、王が娘たちと共に食卓に着いたとき、若い妻は尋ねた。

「お父さん、どういう人だったら私たちを魔法から救い出すことが出来るのかしら?」

「恐らく、誰にも出来ないだろうな。あまりに困難過ぎるのだ」

「どんなことをしなければならないの?」

「まず、我々の見張りをしている竜を殺さねばならないだろう。だが、奴には頭が七つあって、一つ二つ切り落としてもまだ生きている。最後の頭を切り落とせたなら、切り口から三本足の白兎が飛び出すだろう。その兎を殺すと、兎から白鳩が舞い上がるだろう。そしてその鳩の心臓の中に紅玉があるだろう。それをガラス山に開いた小さな割れ目から、城の屋根の中央に投げ落とさねばならない。それも、教会の鐘が朝を告げ、草にまだ露が光っているときにだ。

 しかし、こんな面倒な手順を誰が知っている? それにこの山には生き物は入ってこれはしない。せいぜいのところ、割れ目から這い込む蟻くらいのものだろう」

 そのとき蟻は、妻がうっかりしたことを言っては困ると思って、その腕をちょっと掻いた。

 食事が済むと王女は自分の部屋に入り、夫は元の姿に戻った。彼は今後の作戦を妻に告げると、再び蟻になって急いでガラス山から這い出して行った。

 

 世の中に戻った伯爵は、ガラス山のふもとの地主の所に行って羊飼いとして雇われた。地主は七つ頭の竜について警告したが、「平気ですよ」と言って出かけ、マントの下に幅広の剣を結びつけて羊の番をした。

 竜は羊を見つけると、たちまち大きな口を開けて近づいてきた。伯爵は剣を抜いて立ち向かったが、竜を殺すことはできなかった。もう体が言うことを聞きそうにもなくなったとき、やっとライオンの毛を思い出して、急いでそれを髪の毛の中にさすと、凄まじい戦いが始まった。ほどなく竜は血まみれになって倒れ、足を宙に突き上げた。

 竜が死んだ瞬間、首の切り口から三本足の兎が飛び出した。伯爵はすぐにグレーハウンド犬に変身して後を追い、捕まえて噛み殺した。すると兎の頭から白鳩が飛び出して、放たれた矢のように空を飛んだ。伯爵は鷲になって鳩を追い、鉤爪の生えた足で捕まえて握り殺した。するとその心臓から紅玉が落ちた。伯爵は屈み込んでそれを拾い、そこがちょうど山の割れ目だということを知った。朝の鐘の音が聞こえた。伯爵は紅く輝く石を、城の屋根の中央に投げ落とした。

 恐ろしい音がして、そこいらじゅうに煙が立ち昇り、物が崩れる轟音が響き渡った。山は崩れ去り、現れた美しい庭園の中心に城が建っていた。三人の王女が中から飛び出し、一番若い王女が伯爵に駆け寄ってキスし、抱きついた。そして他の人たちに言った。

「この人が私の愛する夫よ。私たちみんなを救ってくれたの」

 他の人たちも、伯爵に心から感謝した。

 みんなは一晩城に泊まって、翌朝早く、六頭の黒馬の牽く黄金の馬車に乗って疾駆した。妻が三人の子供たちに会いたがったからである。

 帰還すると、一行は歓呼の声に迎えられた。全ての人々が伯爵と伯爵夫人を慕っていたからである。子供たちは両親にすがって跳ね回り、大喜びした。年取った祖母も幸せだった。

 二人はそれから後もまだ沢山の子供をもうけ、幸せな、満ち足りた生活を送った。死んでいなければ、今でもまだ生きているはずである。



参考文献
『世界の民話 ロートリンゲン』 小沢俊夫/関楠生編訳 株式会社ぎょうせい 1978.

※文句なしの大団円。

 男が遠目に水辺に白い鳥が舞い降りたのを見つけて、しかし近づいてよく見ると娘になっているという冒頭の語り口は、日本の『近江国風土記』にある余呉よごの郷の伝説に似ている。そちらではペルシアの伝承と同じく天女の妻が羽衣を着て飛び去ったところで終わっているが、こちらでは後半が《失われた妻を探す旅》に接続し、見事に追跡と奪還に成功している。

 日本の伝承では、異類婚姻譚は七夕由来型の「天人女房」譚を除いて殆ど、別離の時点で終わってしまい、《失われた配偶者を探す旅》に発展することがない。しかし白鳥の妻が飛び去る際に「私に会いたい人は、ガラスの山に来なければなりません」と言い残すくだりには、日本の安倍晴明の伝説で、彼の母であった狐、葛の葉が、正体を見破られて去る時に残したとされる和歌「恋しくば 尋ね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」を思い出さされる。

 

 ガラスの山(水晶の山)は、ゲルマン民族を中心にして伝承されている、《冥界》の一形態である。死者の霊はその山に行くが、つるつるしてなかなか頂に到達できない。民話ではガラス山を登る(開く)ために鉄の履物や骨が必要になるが、ドイツでの現実の慣習としては、山を登るために爪が必要だとて、熊や山猫の爪を一緒に火葬することがあったようだ。

 冥界は登るのが困難な山である。もしくは、冥界には登るのが困難な山がある。そんな観念は世界的なもので、インドネシアのボルネオ北部のズスン族には、死者の霊は険しい岩山キナバルに行くので、死期が近づくと山を登り易いように爪を伸ばす風習があった。日本仏教でも、地獄には針の山があり、死者の霊はそれを登らされるとされていた。

 それにしても、どうしてガラスなのか。よく言われるのは、ガラス山とは万年雪に覆われた高山をイメージしているのではないか、という説だ。実際この例話でも、「三人目の賢者は雪や氷に覆われた高山に住んでいて、その辺りにならガラス山があるかもしれない」などと二人目の賢者が語る。……実際には三人目の賢者は森の外れに住んでいるので矛盾しているのだが、語り手の意識の中にガラス山を雪山とみなす認識があって、このような混乱が生じたのかもしれない。

 確かに、ガラス山は雪山を容易にイメージさせる。この説が全くの的外れだとも思わない。けれども、世界各地の説話にガラス(水晶)で出来た屋敷、通路、棺、靴といったものが何度も出てくることを考えると、単純に「ガラス山とは雪山のことです」と言って終わってしまう気にもなれない。

 古くから、冥界〜神の世界は世界の果て、太陽が沈むか昇る地にあるという観念があった。その輝きで万物の生命を育む太陽神は、日没すると死んで、万物の生命を貪り食う冥王となる。太陽神の館と冥王の館は表裏一体の同じもので、冥界〜(野原/森/湖)の中央にある。多くの場合、その館は黄金だと言われる。ただ《輝いていた》と語られるだけのこともあれば、すっかり黄金で出来ているとされることもあるし、門が磨かれた青銅で出来て輝いている、門や屋根に赤い宝石がはめ込まれて光っていると語られることもある。そしてこの例話で語られたように、全てが水晶(ガラス)で出来ていて、太陽のように眩く輝いていた、と語られることもあるのだった。

《黄金に輝く》のは太陽の力の暗示であり、太陽の力とは冥界の力である。つまり、ガラス山がガラス製なのは、それが冥界に関わるからだ。《輝いている》ということが重要なのである。また一方で、ガラスは透き通るものだが、つまり《見えにくい》。霊は姿が見えにくいという観念もまた、世界に普遍的なものである。姿の見えにくい霊たちが憩う場所として、ガラスは似合っている。

 なお、ガラス山の出入り口が狭い割れ目だけ、というエピソードは、冥界は《山が割れ開いた奥にある》という観念に関係する。グリムの「七羽のカラス」(KHM25)では、カラスになって飛び去った兄たちを連れ戻すため、娘は自らの指を切り落として鍵とし、ガラス山を開ける。開閉する山の割れ目は、太母神の女陰、あるいは竜の口になぞらえられる。<小ネタ〜開け、ゴマ!>を参照。




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