>>参考 「天まで届く木」「魔女の頭を持つ盗賊の話」「バタウン」「蛙の王女」「処女王

 

心臓の無い巨人

「魂の無い巨人」の題でも知られる。魔物が自分の命(力)を遠く離れた場所の小さな卵の中に隠していて、そのために不死身なのだが、魔物の恋人または従者にさせられている人間がそれを聞きだして、卵を破壊して魔物を殺してしまう。

 西欧全域、インド、アフリカ、アメリカ大陸など、世界中で見られる。魂や力を体の外に隠す、という観念はかなり古いもののようで、卵の他に植物、鳥、髪の毛の中などに隠されている。例えば、古代エジプトの「二人の兄弟の話」でも、弟の魂はアカシアの花の上に隠されている。この、命を隠している不死身の英雄は、しかし多くの場合恋人の裏切りによって身を破滅させる。

 

体の中に心臓を持っていない大男の話  フランス ロートリンゲン地方

 昔、七人の息子を持つ王がいた。王は息子たちをたいそう愛していたので、王子たち全員が一度に出かけることは許されなかった。誰か一人が常に父親の元に残らねばならなかったのである。

 息子たちが成長したとき、上の六人は花嫁を探しに旅立つことになった。しかし父親は《灰のハンス》と呼ばれる末息子を手元に残したがり、彼の花嫁は他の息子たちに連れてきてもらうことにした。

 王子たちは父に高価な素晴らしい衣装と馬を与えられ、供を引き連れて出発し、幾つもの城で見合いをしたのちに、六人の娘を持つ王の城に至った。未だ見たこともないほど美しい娘たちだったので、六人がそれぞれに求婚し、首尾よく許しをもらうと、花嫁を連れて帰路についた。けれど、末の弟の《灰のハンス》に花嫁を連れて帰る約束のことはすっかり忘れていた。

 帰路をだいぶ進んだ頃、大男の城が建っている岩壁の傍を通りかかった。大男が現れ、王子と王女の一行をみんな石に変えた。

 

 さて、息子たちの帰還を待ちかねていた王は、待てど暮らせど誰一人帰ってこないので悲しみに打ちひしがれた。《灰のハンス》に、私は二度と笑うことはないだろう。せめてお前一人でも残っていてくれていてよかった、お前がいてくれなかったら、もう私は生きていたくはないと言った。ところが《灰のハンス》は、兄たちを探しに行かせてくださいと言うのだ。王は断固反対したが息子は諦めず、とうとう父親は折れて旅立ちを許してやった。しかし六人の息子とその従者たちが一番いい馬に乗って行ったので、老いた駄馬しか与えることができなかった。

 けれども《灰のハンス》は一向に構った様子はなく、元気に駄馬に乗って父に別れを告げ、すぐに帰ります、きっと兄さんたちを連れて来ますと約束して出かけて行った。

 かなり進んだところで、一羽のカラスが道の真ん中に転がって、飢えによる衰弱から飛ぶこともできず、バタバタともがいているのに出会った。

『ああ、あなた、何か食べるものをください。いつかあなたがお困りの時には、きっとお助けしますから』

「僕はそんなに食料を持っていないし、君が僕が困った時に助けになりそうには見えないな」と《灰のハンス》は言った。「だが、喜んで分けてやるよ。君にはどうしても必要らしいから」。そう言って《灰のハンス》はカラスに食べ物を分けてやった。

 またしばらく進むと川にぶつかった。岸に大きな鮭が横たわっていて、尻尾をバタバタさせながらもがいていた。

『ああ、あなた、私を水の中に帰してください。いつかあなたがお困りの時には、きっとお助けしますから』

「君が僕が困った時に助けになりそうには見えないな」と《灰のハンス》は言った。「だが、放っておいて死なせるのは罪というものだろう。君も僕と同じ、神が作りたもうた命なのだから」。そう言って《灰のハンス》は鮭を水の中に押し入れ、先へ進んだ。

 またしばらく進んだところで、今度は飢えて道を転がっている狼に出会った。

『ああ、あなた、あなたの馬をください。私はもう二日も食べていないのです』

「いや、駄目だよ」と《灰のハンス》は言った。「最初はカラスで次は鮭、今度は君だ。そして僕の馬が欲しいときた! 馬をやったら旅を続けられなくなってしまうじゃないか」

『どうか見捨てないでください。あなたの老いぼれ馬を食べたら、私が代わりにあなたを乗せて走ります。あなたがお困りの時には、きっとお助けしますから』

「君が僕が困った時に助けになりそうには見えないな」と《灰のハンス》は言った。「だが、あんまり気の毒な様子だから、僕の老いぼれ馬をくれてやることにするよ」

《灰のハンス》はそう言って、狼に馬をやった。狼が馬を食べてしまうと、《灰のハンス》は狼に馬勒ばろくとはみを着け、鞍を乗せた。すると狼は王子を乗せて風のように走った。未だかつて、《灰のハンス》はこれほどの速さで馬を飛ばしたことはなかった。

『もう大男の城まで遠くありませんよ』と狼は言った。『あそこの橋の上に、大男に石に変えられた、あなたの六人のお兄さんとそのお嫁さんたちが見えるでしょう? その向こうに魔法の城の門があります。そこに入っていかなければならないのです』

「いやだよ。そんな勇気はない。大男に殺されてしまうじゃないか」と、《灰のハンス》は言った。

『なに、心配はいりません』と狼が答えた。『お城に入ればある王女に出会えます。彼女が大男の弱点を教えてくれるはずです。その通りにすればいいんですよ』

 びくびくしながら《鉄のハンス》は魔法の城に入った。幸い、大男は留守らしく、部屋の中には王女が一人だけ座っていた。《灰のハンス》が今まで見たこともないほどに美しく愛らしい娘だった。

「ああ、神よ憐れみたまえ! あなたはどうやってここにいらしたの? きっと殺されてしまうわ。ここに住む大男はどうしても殺すことができないの。心臓が身体の中にないんですもの」

「でも、来たからには奮起して大男と戦ってみますよ」と《灰のハンス》は言った。「外の橋の上で石にされてる兄さんたちを救わなくちゃならないし、勿論、あなたのことだって助けなきゃなりませんから」

「そう思ってくださるのなら、なんとか方法を考えないといけませんわね。いいわ、ベッドの下に潜り込んで、私が大男と話す内容をよく聞いていてちょうだい。でも、見つからないようにじっとしていなくちゃだめよ」

《灰のハンス》がベッドの下に潜り込むやいなや、もう大男が帰って来た。

「フー、フー! 人間の肉の匂いがする!」と、大男は鼻を鳴らして叫んだ。

「かささぎが人間の骨をくわえてきて、煙突の上から落としたのよ。すぐに窓から捨てたんだけど、匂いはすぐには消えないようね」

 そう王女が言うと、大男はもう気にしなかった。夜になると二人はベッドに入ったが、そのとき王女が言った。

「ねえ、よかったら訊きたいことがあるんだけれど」

「一体何が知りたいというのだ?」

「あなたの心臓は体の中にないというけれど、どこにあるの?」

「そんなことを知る必要はない。だが、そうだな、教えてやろうか。敷居の下だ」

 この話を《灰のハンス》はベッドの下で聞いていて、ははあ、敷居の下ならすぐに見つけられるな、と思った。

 あくる朝になると大男は朝早く起きて森へ出かけて行った。《灰のハンス》と《魔法をかけられた王女》はすぐに敷居の下を掘って心臓を探したが、いくら掘っても何も出てこない。

「これは騙されたわね」と王女は言った。「でも、もう一度やってみなくちゃ」。

 それから王女は、見つけられる限り最も美しい花を摘んで、敷居の周りにふりまいた。

 大男が帰る時間になると《灰のハンス》は再びベッドの下に潜り込み、入れ替わるように大男が戻った。

「フー、フー! 人間の肉の匂いがする!」と、大男は鼻を鳴らして叫んだ。

「かささぎが人間の骨をくわえてきて、煙突の上から落としたのよ。私はすぐに捨てたけど。とにかく、匂いはそのせいよ」

 王女が言うと、大男は黙って、もうそのことには触れなかった。しかし、そのうちに敷居の上に花をまいたのは誰だと訊ねた。

「私よ」

「どういうつもりだ?」

「ああ、私、あなたをとても愛しているものだから、あなたの心臓が置いてある場所を花で飾らずにはいられなかったの」

「そうか、そういうわけか」と、大男はびっくりしていた。そしてその後で「だが、俺の心臓は敷居の下なんぞにありはしないぞ」と言った。

 夜になって二人がベッドに入ったとき、王女が再び尋ねた。

「ねえ、あなたの心臓はどこにあるの? 私、あなたをとても愛しているから、何でも知っておきたいのよ」

「ああ、それはな、その壁際の戸棚の中さ」と大男は言った。

 この話を《灰のハンス》がベッドの下で聞いていて、ははあ、戸棚の中ならすぐに見つけられるな、と思った。

 あくる朝になると大男はまた早起きして森へ出かけて行った。彼が背中を向けたか向けないかのうちに、もう《灰のハンス》と《魔法をかけられた王女》は戸棚の中を探し始めた。しかし、いくら探しても見つからなかった。

「どうにかあの人をやっつけるために、もう一度やってみなくちゃ」と王女は言い、戸棚を花を編んで作った綱飾りと葉で作ったリースで飾り立てた。夕方になると《灰のハンス》はベッドの下に消え、大男が森から現れた。

「フー、フー! 人間の肉の匂いがする!」と、大男は鼻を鳴らして叫んだ。

「少し前にまたかささぎが来て、煙突の上から骨を投げ落としたのよ。すぐに窓から捨てたけど、匂いが消えなかったのね」

 大男はもうその話はしなかった。しかし、戸棚が花綱とリースで飾り立てられているのを見ると、「何の真似だ? こんな馬鹿げたことをしたのは誰だ」と言った。

「私よ」

「どういうつもりだ?」

「ああ、私、あなたをとても愛しているものだから、そうせずにはいられなかったの。あなたの心臓がそこに置いてあるんですもの」

「お前は実に馬鹿だな。どうしてこんな与太話を信じていられるんだ?」

「あなたがそう言ったんだもの。信じないわけにはいかないじゃないの」

 王女がそう言うと、大男は「俺の心臓がある場所に、お前などが行けるはずはない」と言った。

「それはそうでしょうけど、知っておきたいの。どこにあるのか知っているだけでも嬉しいわ」

 そう言われると大男はもう我慢できなくなった。打ち明けたい気持ちを抑えきれず、ついに秘密をすっかり明かした。

「ここからずっとずっと離れた湖の中に島がある。その島に教会があり、教会の中に泉がある。その泉の中にアヒルが泳いでいる。そのアヒルの体の中に卵があり、その卵の中に俺の心臓が入っているのだ」

 朝になると太陽が昇ると同時に大男は森へ出ていき、《灰のハンス》も王女に別れを告げて出発した。城から出ると、もうそこに狼が待っていた。ハンスが教会の中の泉に大男の心臓を探しに行くと告げると、狼は『背中に乗りなさい、道はきっと分かりますから』と言った。そして凄まじい速さで畑や森を突っ切り、山や谷を越えて走った。

 何日も何日も走った後で、ようやく湖のほとりに着いた。《灰のハンス》はどうやって水を渡ればいいのかと怖じ気づいたが、狼が勇気づけ、彼を乗せたまま湖に飛び込んで泳ぎ切った。しかし教会の鍵は高い塔の上にぶら下がっていて、《灰のハンス》はそれをどうやって取ればいいのか分からなかった。

『カラスを呼べばいいんですよ』

 狼がそう言うので、《灰のハンス》はそうした。すぐにカラスが飛んできて鍵を取って来てくれた。教会の中に入ると泉があり、本当にアヒルが泳いでいた。泉の縁に立って誘い寄せるとアヒルを捕まえることができたが、アヒルを持ち上げた瞬間に卵が湖の中に落とされ、《灰のハンス》はそこに突っ立ったまま、どうやってそれを取ればいいのか途方に暮れた。

『鮭を呼びなさい』と狼が言った。《灰のハンス》が呼ぶと本当に鮭が泳いできて、泉の底の卵を持って来てくれた。

『その卵をギュッと握りしめてごらんなさい』

 狼の言葉に従って《灰のハンス》がそうした途端、森の中の大男が叫び声を上げ、その苦鳴は教会の中まで響いてきた。

『もう一度握りしめなさい』

 また握る。大男が更なる悲鳴を上げ、情けない声で助けてくれ、と言った。「お願いだ、俺の心臓を握りつぶさないでくれ。見逃してくれたら何でもする」と。『兄さんたちとそのお嫁さんたちに掛けた魔法を解いたら、命は助けてやる、と言いなさい』と狼が囁いた。《灰のハンス》はその通りに言った。大男はすぐに承知して、石になっていた王子と王女を元の姿に戻した。すると狼が言った。

『さあ、卵を握りつぶしておしまいなさい』

《灰のハンス》が卵を強く握りつぶすと、その途端に、大男はパチンと弾けてしまった。

 こうして大男を退治してしまうと、《灰のハンス》は狼と共に大急ぎで魔法の城に戻った。六人の兄とその花嫁たちが迎えてくれた。それから《灰のハンス》は城に入って、自分の花嫁を連れて来た。

 それからみんなで父の待つ城に戻った。誰も彼もが喜びと幸せに包まれた。老いた王は息子たちが花嫁を連れ帰ったことが嬉しくてたまらなかった。中でも最も美しいのは《灰のハンス》の花嫁だった。王は《灰のハンス》に、花嫁と共に食卓の上座に座ることを命じた。

 みなは素晴らしい宴会で結婚を祝った。宴は長く続いた。まだ終わらなければ、今もなお、みんなご馳走を食べていることだろう。



参考文献
『世界の民話 ロートリンゲン』 小沢俊夫/関楠生編訳 株式会社ぎょうせい 1978.

※《魔法をかけられた王女》が巨人の信頼を得ておいてから弱点を教えて裏切るのは、《不実な妻》のモチーフ。この話や「楽園の林檎」などでは主人公に役立つ形で働いているが、「二人の兄弟の話」のように、主人公が裏切られる形で語られることもある。

 三種の動物の助力は、「桃太郎」を思わせる。

 

 以下は類話。

心臓の無い男  ドイツ

 昔、七人兄弟がいた。女手が無いのにうんざりして、嫁探しの旅に出た。七番目の弟だけは留守番をさせられたが、兄さんたちは「お前にも嫁さんを探してきてやるよ」と約束して出ていった。

 途中の森で、小さな小屋にお爺さんが一人住んでいた。お爺さんは兄弟が嫁さん探しに行くと聞くと、「わしの嫁さんも連れてきてくれ」と言ったが、兄さんたちは返事をしなかった。冗談だと思ったもので。

 それから、兄さんたちは七人姉妹の嫁さんを見つけて帰ってきた。途中、例の小屋の前に差し掛かると、あのお爺さんがいかにも待ちかねた様子で「頼んでおいた嫁さんは連れてきてくれたか」と言った。

「だめだね、爺さん。あんた向きの嫁さんは見つからなかったよ。俺たちはめいめいの嫁さんを見つけ、七人目はうちの弟の嫁さんにするんだ」
「その七人目をわしに譲ってくれてもいいじゃないか。約束したはずだ」

 兄さんたちがなおも断ると、お爺さんは門口に立てかけてあった小さな白い杖で兄さんたちと六人の嫁さんに触れた。すると、みんなはそのまま石に変わってしまった。残った七番目の娘は、お爺さんの嫁さんになるほか無かった。

 娘はかいがいしく働いて楽しそうにしていたが、心の中では不安でたまらなかった。そのうち爺さんは死ぬだろう。そうしたら、この森の中で一人ぼっちだ。それに、石にされたみんなを元に戻すにはどうしたらいいだろう。

 娘が不安を打ち明けると、お爺さんは言った。

「そんな心配は無用だ。いいか、わしは死なない。なにしろわしの胸には心臓が無いのだ。万が一死ぬことがあっても、白い杖がある。白い杖であそこに置いてある十二の石を打てば、みんな元の人間に戻る。お前は一人ぼっちにはならないだろう」
「心臓が胸に無いですって。じゃあ、あなたの心臓はどこにあるの」

 お爺さんは話したがらなったが、娘があの手この手で食い下がったので、ついにそれを打ち明けた。

「やれやれ、お前を満足させてやろう。わしの心臓はベッドカバーの中にあるのさ」

 次の日、お爺さんが森から帰ってくると、ベッドカバーが綺麗な羽根や花で飾り立てられていた。

「こりゃ一体どういうわけだ!」
「だってあなた、私は毎日一人であなたに何もしてあげられないんですもの。せめてあなたの心臓を喜ばせてあげたかったのよ」

 お爺さんは思わず笑い出した。

「あれはほんの冗談だよ。わしの心臓は全然別のところにあるさ」

 すると娘は泣いて、「じゃあやっぱりあなたは死んで、私は独りぼっちになるかもしれない」と言ってはしつこく心臓のありかを訊くので、お爺さんは「部屋の戸にある」と答えた。娘は、今度は部屋の戸を羽根や花で飾り立てた。

「わしの心臓は部屋の戸どころか、とっくに別のところにあるよ」
「あなた、やっぱり胸に心臓があるんだし、死ぬかもしれないんでしょ。私を騙してばかりいて!」
「わしが死ぬわけが無い。だが、お前がなにがなんでもわしの心臓のありかを知りたいというならば、お前の気を静めるために言ってやるがね。
 ここから遠く離れた、誰知らぬ寂しい地に、大きな教会がある。教会の周囲には堀があり、厚い鉄の扉で守られている。その教会の中に一羽の鳥がいて、それがわしの心臓なのだ。その鳥が死なない限りわしも死なない。鳥は勝手に死ぬことは無いし、誰の手も届かないだろう。さぁ、これで安心したかね?」

 さて。その頃、留守番をしている七番目の弟は、兄さんたちがいつまでたっても帰ってこないので、何かあったに違いないと考え、兄さんたちを探す旅に出た。そして例の森の小屋に辿りつくと、お爺さんは留守で、その妻になっている娘が出てきた。

 末の弟の話を聞くと、娘は、彼こそが本来自分の夫になる人だと気づいた。そして自分の素性を明かし、兄さんたちとその花嫁がどうなったかを話した。二人は出会えたことを喜び合い、お爺さんを殺す方法を相談しあった。

 遠い教会の中にいるお爺さんの心臓の話を聞くと、末の弟は早速出かけることに決めた。その晩はベッドの下に隠れていて、翌朝、お爺さんが出かけてから、娘とねんごろに別れを惜しんで出発した。

 途中、娘にもらった食べ物を食べるとき、思わず「誰かが一緒に食べないかな」とつぶやくと、赤い雄牛がやってきて口をきき、一緒に食事をとった。立ち去るとき、雄牛は「わしの助けがほしいときは、わしの名を呼ぶがいい」と言った。

 次に食事をとったときは、大きなイノシシが現れた。若者にご馳走になると、やっぱり「助けがほしいときは呼べ」と言って去っていった。

 三度目に食事をとったときには、一羽のグライフ鳥が舞い降りてきた。そしてやっぱり、「助けのいるときは呼んでくれ」と言って飛んでいった。

 鳥と別れてまもなく、末の弟は教会に辿りついた。しかし、深い堀があって渡れない。そこで、末の弟は赤い雄牛を呼んだ。現れた赤い雄牛は、ぐんぐんと堀の水を飲み干してしまった。末の弟は水底に現れた青い道を通って、無事に堀を越えることができた。けれど、鉄の扉は重く頑丈で開けることができない。末の弟は今度はイノシシを呼んだ。イノシシは壁に突進して、壁に穴を開けてくれた。

 若者はついに教会の中に入った。なるほど、確かに鳥が会堂の中を飛び回っていて、とても捕まえられそうにない。末の弟はグライフ鳥を呼んだ。グライフ鳥は心臓の鳥を追い回し、わしづかみにすると、末の弟に渡して去っていった。

 末の弟は小鳥を籠に入れて、森の中の小屋に帰ってきた。娘は大喜びして、「あの人に気づかれると大変だから、まずはベッドの下に隠れてね」と言った。

 末の弟がベッドの下に隠れると、お爺さんが森から帰ってきた。お爺さんは気分が悪いと苦しがっていた。娘は泣いて言った。

「まぁ、あなた、やっぱり死ぬのね。あなたの心臓はやっぱり胸の中にあったんじゃないの」
「いい子だから静かにしておくれ。いや、死ぬわけが無いのだ。きっとすぐおさまるから」

 けれど、その時、末の弟が小鳥を締め上げ、息の根を止めた。お爺さんは悶絶して椅子から転げ落ち、そのまま死んでしまった。

 娘は末の弟をベッドの下から引っ張り出した。それから、白い杖で十二の石を一つずつ叩いた。すると、みるみるうちに石になった兄さんたちと姉さんたちが元の姿に戻った。娘は言った。

「それじゃ、みんなで家に帰りましょう。もう爺さんは死んだんですもの。後は何一つ怖いものなしよ」

 そして、七人の婿と七人の花嫁は仲良く手をとって家に帰り、同じ日に結婚式を挙げて、末永く幸せに暮らした。


参考文献
『世界むかし話7 メドヴィの居酒屋』 矢川澄子訳 ほるぷ出版 1979.

 木の枝の上に(果実/卵/小鳥)として置かれている魂、という観念は、冥界と木を同一視する世界樹信仰と関連する。このイメージは、また違う形の物語としても伝えられている。インドの『ジャータカ』にもある、日本では「猿の生き肝」または「クラゲ骨なし」と呼ばれている民話だ。

 水界の女(竜宮の妃/ねいんやの神の娘/ワニの妻)が猿の肝が食べたいと言い出す。水界の男はその望みを叶えるため、歓待するからと騙して猿を水底に連れて行く。しかし思惑に気付いた猿は「生き胆を木に引っかけたまま忘れてきた」と言い出す。水界の男はその嘘を信じて猿を地上に戻し、猿は逃げて二度と捕まらなかった。

 ここでは《生き胆》になっているが、《心臓/魂》に置き換えても何ら問題はない。実際、日本民話の原型とされるインドの『ジャータカ』版では、《心臓》となっている。



参考 --> 「命の水」「蛙の王女」「ガラスの山



リニ王子と少女シグニ  アイスランド

 リング王と妃の間にリニ王子があり、幼少時から力が強くて騎士になることを期待されていた。一方、城の近くの小屋に貧しい百姓夫婦があり、一人娘をシグニといった。

 森に狩りに出たリニ王子は霧で家来とはぐれ、行方不明になる。三日間探したが見つからず、王は心配のあまり病床に就く。王子を連れ帰った者には国半分を与えるとお触れが出される。

 シグニは両親にお弁当と新しい靴をもらって出発し、数日後大きな岩穴の前に着く。中には銀の刺繍の蒲団をかけたベッドと金の刺繍の蒲団のベッドがあり、金の方には王子が寝ていた。ゆすぶっても起きない。見ると、ベッドの足にルーネ文字(魔力を持つとされる北欧の古代文字、ルーンのこと)が刻まれている。入り口の戸に隠れて様子を伺っていると、凄い足音をたてて驚くほどの大女が二人入ってきた。

「おや、なんだか人間の匂いがするぞ」「いや、これはあの王子の匂いですよ」

 王子のベッドに近づいて白鳥に命じて歌わせると、王子は目を覚ます。若いほうが「何か食べませんか?」ときくが王子は断わる。

「私をお嫁にする気はないかえ?」

 王子が断わると、女は再び白鳥に命じて王子を眠らせ、女達は銀の刺繍のベッドで眠ってしまった。

 朝、再び同じことが繰り返され、女達は出ていった。

 シグニは女達がやっていたのを真似て、白鳥に命じて王子を目覚めさせた。

「私の白鳥や、歌を歌って、リニ王子を起こしなさい」

 目覚めた王子とシグニは顔を見合わせて笑う。

「何か変わったニュースはなかった?」

 シグニは、自分の来たわけや王様の様子を伝え、何故こんなところに連れてこられたのかと尋ねる。王子は答える。家来とはぐれるや否や、巨人の女二人が自分を引っ張ってここに連れてきたのだと。そして無理に結婚を迫られているが、断わり続けているのだと。シグニは、今度結婚を迫られたら、ベッドに何と書いてあるのか、昼間女達は何をしているのか、「教えてくれたら結婚してもいい」と言うのよ、と指示する。二人は夕方まで将棋をして遊び、再び王子を眠らせて隠れた。

 帰ってきた巨人の女達に起こされると、王子は食事をとり、シグニに言われた通りの条件を出した。ベッドには

走れよ、走れ、私のベッド、

私が望むところへ走っておいで。

と書いてあり、女達は昼間森で狩りをし、時折一本のカシの木の下で、自分たちの命の卵で玉投げをして遊ぶのだと言う。その卵を割られたら死んでしまわなければならないのだと。

 王子は眠らせてくれと要求し、翌朝、女が「一緒に森へ行きませんか」と誘うのを断わって家に残った。女達が出かけると、シグニは王子を起こし、王子に「女達が玉投げを始めたらそれめがけて槍を投げなさい」と指示してベッドの呪文を唱えた。

走れよ、走れ、私のベッド、

森の中まで、走っておいで。

 途端にベッドは走ってカシの木の上に止まり、王子は金色の卵に槍を投げつけて壊し、女達は口から命のよだれをたらして死んだ。

 二人は岩穴に戻って二台のベッドに宝物を積み、シグニの家に帰った。そして翌朝、王様に報告し、領地の半分をもらい、王子と結婚して幸せに暮らした。



参考文献
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社 1977.

※メラネシアのニューカレドニア島北部にあるベレプ諸島の伝承によれば、死者の霊は海底の楽園チアビロウムへ行き、死者たちはそれぞれ一つずつオレンジを持って遊んでいると言う。女巨人たちがカシの木の下で金の卵を投げ合って遊ぶ光景とどこか似ていないだろうか。

 ロシア民話「ババ・ヤガーの白い鳥」では、白い鳥に連れ去られた子供はババ・ヤガーの家の庭で金の林檎を持って遊んでいる。ドイツの「マリアの子」では聖母マリアに連れ去られた子供たちが天の宮殿で地球を手にして遊んでいる。神の手で連れ去られ、神の庭で遊ぶ子供たちは、幸福な死者の姿だ。彼らが手にしたボールは彼ら自身の魂なのだろう。「フィッチャーの鳥」では、冥王に嫁いだ娘が、大事にするようにと卵を渡される。卵を落としてしまった娘は殺され、落とさなかった娘は冥王の元から逃げのび、生還した。

 

 生き物のように走りまわるベッドは、聖杯伝説のガーヴァーンと魔法の城の物語にも登場している。




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