>>参考 【運命説話

 

三人の糸繰り女

 美しいが怠け者の娘が、自分は努力することなく、玉の輿に乗って幸せになってしまうという愉快な話。

 娘を助けてくれるのが三人の糸繰り女(運命の三女神)の場合と、小さな男の悪魔の場合とがある。男の悪魔が援助者の場合、彼の名前を言い当てられねば娘は彼のものにならねばならない。

 

三人の糸繰り女  ドイツ 『グリム童話』(KHM14)

 怠け者の娘がいて、糸つむぎをちっともしたがらないので、母親はほとほと手を焼いていました。ある日、あまりにいうことを聞かないのでピシャリと叩くと、娘はわあわあ泣いて表へ飛び出しました。

 そこへお城のお妃さまが通りかかり、「どうしたのです? 何故娘を叩いたりするのですか」と尋ねました。母親は娘が怠け者だと言うのを恥じて、

「この子は糸つむぎが大好きなのですが、貧乏なので十分に麻を買えません。それでもっと麻が欲しいと泣いているのです」と嘘をつきました。

 するとお妃さまは、

「それなら城へきなさい。私も糸繰りが大好きです。いくらでも糸つむぎをさせてあげますよ」と言って、娘をお城へ連れていったのです。

 娘は、お城で、三つの部屋いっぱいの上等の麻を与えられました。そしてお妃さまは言いました。

「これを全部糸にしたら、一番上の王子と結婚させてあげましょう。お前は貧しい家の娘ですが、そんなことはかまいません。働き者というのが、何よりの花嫁衣装なのですからね」

 娘は糸つむぎなどしたことがなかったので、とんだことになったとまた泣き出しました。

 その時でした。突然、三人の中年の女がやってきたのです。一人は片足がやけに大きく、もう一人は下唇があごまで垂れさがり、最後の一人は親指が異様に大きいのでした。

 三人の女たちは言いました。

「おまえが王子と結婚する時、私たちを式に呼んでくれるなら、糸繰りを全部やってあげるよ」

 娘は喜んで承知し、無事に仕事は片付けられました。

「約束を忘れないことだ。きっと、いい運に恵まれるだろう」

 そう言って、女たちは去って行きました。

 お妃さまは、空っぽの部屋と積み上げられた糸を見たとたん、婚礼の準備を始めました。王子も、ぞっこんに娘に惚れ込みました。というのも、娘は美しかったので。娘は「世話になった三人のおばを結婚式に呼びたい」と言い、無事に聞き届けられました。

 結婚式の日、三人の糸繰り女がやってきました。けれど、姿のおかしなこの女たちを見て、王子はいい顔をしませんでした。

 式の後のパーティの時、王子はこの女たちに近づいて質問しました。

「あなたは、何故そんなに片足が大きいのですか」

「この足で糸繰り車を踏むからさ」と、片足の大きい女が答えました。

「あなたは、何故そんなに唇が垂れているのですか」

「この口で糸を湿らすからさ」と、唇の垂れ下がった女が答えました。

「あなたは、何故そんなに親指が大きいのですか」

「この指で糸を縒るからさ」と、親指の大きな女が答えました。

 これを聞いて、王子は驚いて言いました。

「私の美しい花嫁に、今後二度と糸繰りはさせまい。あんな姿になってしまうのでは」

 こうして、怠け者の娘は二度と糸繰りをしなくてよくなったのですって。



参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.

※怠け者が何の努力もなしに助けられて幸せになるという、愉快な話。

 娘を助ける三人の糸繰り女は運命の三女神と思われる。娘は元々王妃となる運命を持っていて、それを成就させるために運命の三女神が手助けに現れたということか。ギリシアの類話の一つでは、「私たちがあなたに運命を授けて怠け者にしたの。でも、あんたを怠け者のままでお婿さんの前に出したくないわ。私たちはあなたを助けにやってきたのよ」と婚礼前夜に現れた三人の醜い女たちが言っている。



参考--> 【運命説話



けしの花  ギリシア

 老婦人に一人娘があり、外へ出しては薬草を採らせている。

 五月、娘は野原で薬草の代わりにけしの花を摘み、花を上から下まで服に縫い付けた。通りかかった三人の運命の女神モイラたちがそれを見て笑った。一度も笑ったことの無い一番若いモイラまでが。そこで、そのお礼に

「持っている花が見んな宝石やダイヤになるように」

「絶世の美人になり、口をきくとバラや色んな花がこぼれ落ちるように」

「今、ここに王様が通りかかってお前をお妃にするように」

と言ってくれ、その通りになる。

 お妃になった娘は、ある日夫の髪をすいていて「あなたの髯が私達のお城の箒に似ているから」と笑ってしまい、王は怒って十二人の顧問官を招集し、死刑を宣告してしまう。この判決を不服に思ったモイラ達は、三人の若く美しい士官に変身し、三艘の巡洋艦で大砲を撃って現われ、

「自分たちの行方不明の妹を妃にしているそうだが」と王に言って妃に会った。そしてダイヤと宝石で出来た小さい箒を与え、するべきことを指示して艦で去った。

 妃は指示の通りに玉造の箒を扉の後ろにかけ、王が入ってきて「これは何か」と尋ねたとき

「これがいつか申し上げたものです。私達の城ではこういうものを使っていますの」と答えた。

 王は罪なき者をおとしめるところだった、と後悔し、仲直りして幸せに暮らした。



参考文献
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社 1977.



怠け者の花嫁  ギリシア

 貧しい女が一人の娘を産んだ。生後三日目の夜、運命の女神モイラたちがその子の運命を定めにやってきた。女神たちがあばら家に入った時、食卓には白い布がかけられ、女神たちのためにあらゆるお菓子が準備されていた。女神たちはそれを味わった後、満足して、大いにその子に好感を持った。

 一番目の女神は言った。「この子に長い寿命を与えましょう」

 二番目の女神は言った。「この子に美貌を与えましょう」

 三番目の女神が言った。「この子に純潔を与えましょう」

 ところが、女神たちがあばら家を出たとき、一番目のモイラが敷居につまづいた。怒った彼女は子供に向かい、

「この子は、いつも怠け者でいることになるだろう」と宣言した。

 娘は大きくなるととても美しくなったので、王子が娘をめとることになった。花嫁は自分の婚礼衣装を自分で仕立てる。けれども、婚礼の日が近づいても、娘はいっこうに婚礼衣装を縫おうとしない。両親や友達が心配し咎め立ててもちっとも言う事をきかない。やがて婚礼の前夜になったが、婚礼衣装は出来上がっていなかった。娘は、王子が自分の怠け癖に気付いて結婚してくれなくなるのではないかと思って泣いた。そこにモイラたちがやってきて、娘の涙を見て同情した。

「どうして泣いているの?」

「婚礼衣装が縫いあがらないのよ。だって私は怠け者なんだもの。このままじゃ、王子様は私と結婚してくださらなくなるわ」

 すると、女神たちは座って、一晩中紡いだり織ったり編んだりした。翌朝、女神たちが娘に婚礼衣装を着せ、金や真珠で飾ると、娘は今まで見たこともないほどに美しくなった。

 すぐに王子がやって来て、人々は婚礼を祝い、踊った。娘は祝宴の人々の中で一番美しかった。王子はその素晴らしい婚礼衣装を見て、自分のためにこうも美しく着飾るには大変な骨折りがあったと思い、妻をことのほか愛して、もはや一生の間 二度と妻に仕事をさせなかった。



参考文献
『運命の女神 その説話と民間信仰』 ブレードニヒ著、竹原威滋訳 白水社 1989.

※これは、運命の女神たちが何故主人公を助けるのか、その因縁がはっきりと描かれている。実際に行われている女神への供え物の描写が出ていて面白い。

 ……しかし、やらなきゃならないことをぐずぐず先延ばしにして、提出の前夜に半べそになるっていうのは、なんだか親近感ありすぎて他人事とは思われない(笑)。夏休みの宿題か。



参考--> 【運命説話



パンツィマンツィ  ハンガリー

 大きな海の向こうに貧しい奥さんがいて、美しいが怠け者の娘を持っていた。母親が娘をぶっていると王様がお供を連れて通りかかり、訳を尋ねるので、思わず「この娘は強情者で、手に持った物は何でも金の糸に紡いでしまうものだから」と言ってしまう。最初は蒲団を紡いでしまったからと言い、次に王様が通りかかった時には垣根を紡いでしまったからと言った。三度目に通りかかったとき、屋根を紡いでしまったからと聞くと、王様はそんなに働き者の娘なら、と娘を妻に迎えた。

 婚礼が済んで一週間後、王様は市から亜麻を一車、八頭の牛でも引けないくらい買ってきてみんな金の糸に紡げと言った。妃が自分の部屋にこもって三日三晩泣いていると、三日目の晩、誰かが窓を叩き、開けると指三つほどの背丈で二本の足のような髯と一エレの長さの顎髯を持った小人が飛び込んできて、

「三日のうちに亜麻を金の糸に紡いでやるが、その間にわしの名を当てろ。出来なければお前はわしのものだ」と言う。妃は承知したが、小人の名は分からない。

 翌日、王様は家来を森に猟にやらせたが、帰った猟師に何か変わったことはあったかと尋ねた。すると、焚火の回りで小人が「俺はパンツィマンツィ、俺の名前は誰も知らない。俺は今は自分で煮たり焼いたりしてる。でも、明後日は、すばらしいお嫁を連れてくるぞ」と言いながら跳ね回っていたという。

 それを聞いたお妃はやってきた小人の名を見事当て、金の糸を得て王様にキッスの雨を降らせた。

 三日後、王様は再び、市から以前より大量の亜麻を仕入れてきた。妃は嘆いたが、自分の村にいた三人の女乞食を思い出すと、王様の許へ物乞いにやらせた。一人は背に大きなこぶがあり、一人は下唇が胸まで垂れ、一人は長い舌が腹まで垂れている。王はそのようになった訳を尋ねた。すると糸を紡ぎすぎたせいだと言う。王は妃の糸紡ぎを禁止し、妃はいかにも残念そうなふりをしてみせた。

 こうして二人は幸せに暮らした。



参考文献
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社 1977.

※イギリスでは「トム・ティット・トット」、グリム童話では「ルンペルシュティルツヒェン」の名で知られる。魔物が名前を知られると力を失うのは、名前が生命の一部だと考えられていた古い信仰に基づくモチーフである。

 名前を当てることと引き換えに仕事を代行してくれる魔物という、言霊信仰を下敷きにすると思われるモチーフは、日本では「大工と鬼六」に含まれることで知られている。

大工と鬼六  日本 岩手県胆沢郡

 ある所に流れの速い川があった。何度橋を架けても流れてしまうのだ。村人たちも困り果てて相談し、大工に頼んで橋を架けてもらうことにした。

 大工は引き受けたものの心配になり、川に行って淵を流れる水を見ていた。すると水の泡の中から大きな鬼が浮き上がって来て、「大工よ、何を考えている」と言った。「橋を架けねばならぬのだ」。「お前の目玉をわしに寄越したら、橋を架けてやろう」。大工は「俺はどうでもよい」と言って、その日は別れた。

 次の日に行ってみると橋が半分架かっている。更に次の日に行くと橋は完成していた。鬼が出てきて「目玉を寄越せ」と言うので、大工は驚いて「待ってくれ」と言って、あてもなく山に逃げて行った。そしてぶらぶら歩いていると、遠くの方から細い声で子守唄が聞こえてきた。

  早く鬼六 眼玉まなくだま
  持って来ば いなあ

 大工はその歌を聞いて我に返り、自分の家に帰ることができた。

 次の日にまた鬼に遭った。鬼は「早く目玉を寄こせ。しかし、もしも わしの名前を言い当てたなら、許してやろう」と言った。大工は内心で(しめた)と思いながら、口では「○○だろう」と違う名前を言った。鬼は「そうじゃない」と言う。「それじゃ、××だろう」。「そうじゃない」。一番最後に、大工は大きな声で「鬼六」と言った。そうすると、鬼はぽっかり消えたということである。


参考文献
日本の昔ばなし(V) 一寸法師・さるかに合戦・浦島太郎』 関敬吾編 岩波文庫 1957.

※この民話は山形県、岩手県、福島県、岡山県から十例にも満たない程度しか採取されたことしかない。口承としては非常にマイナーだが、佐々木喜善の『聴耳草紙』に収められていたためか再話文学者の間で注目度が高く、様々な作家の手で翻案され、出版物によって全国に知られている。

 櫻井美紀が『口承文藝研究 第11号』(1988年)に発表した論考「大工と鬼六の出自」により、この民話の日本でのルーツが解き明かされた。大正初期の翻訳家・水田光がフィンランドの聖オーラフ教会の建立伝説を日本風に翻案した創作童話「鬼の橋」が、口演童話運動によって広まったものだったのだ。

 フィンランドの原話では、悪魔は目玉と心臓を奪おうとする。心臓が魂と同一視され、生命の源とされることは言わずもがなだ。そして古代エジプトで言われていたように、目に生命力が宿るという観念もある。中国の民話「幸せ鳥パイパンハソン」では、目玉をはめ込まれることで母が息を吹き返す。鬼六が奪おうとしていた大工の目玉とは、まさに悪魔が奪う魂であろう。




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