嫁の乳、孫の肝

 これは親に対する孝心を試す話である。

 老いて歯が抜け、ものが食べられなくなっている親がいる。この親に息子の嫁が乳を与えて養う、というのが[嫁の乳]のモチーフ。だが、それだけに終わらず、親に乳を飲ませて養う代わりに我が子を捨てる、という展開になる。一方、病気の親を治すために我が子を殺して肝や生き血をとるのが[孫の肝]のモチーフだ。

 いずれにせよ、《子供と親のどちらを生かすか》という究極の選択を与えられたとき、親を選んで祝福される、というのが主筋。《子供は産み直せるが親には二度と会えない》というのだが、子供だって死んでしまえば二度と会えないのに。産み直せるだなんて、子供の人格を無視した考え方だと思うが……。

『今昔物語』巻19にも近い話が出ている。

 ある男が妻と老母と五歳の息子の四人家族で暮らしている。家の側の川が氾濫した時、出かけていた妻を除く三人は濁流に飲まれてしまう。男はまず溺れていた息子を助けたが、老母が流されていくのを見て、子供を捨てて母を助ける。「子供はまた産み直せるが、親には二度と会えないのだから」と言うが、妻は泣いてなじる。その時、近所の男が子供が下流で救出されたと教えに来てくれ、夫婦は嬉し涙にくれる。その夜、男の夢に高僧が現れ、「お前の親孝行に感動して、仏が子供を助けてくださったのだ」と告げる。

 この話には嫁の乳も子供の肝も出ていないが、類話と考えていいだろう。

 

 テレビの心理テストに、よく似た設問があったことを思い出す。

「あなたは、あなたの妻、子供、両親と一緒に客船に乗っています。船が難破して沈み始めました。救命ボートには二人しか乗せることができません。あなたは誰をボートに乗せますか?」

 

 なお、アフリカ民話「恩知らずの女」では孝心は否定され、物語が変化している。病気の父親が息子の嫁たちの心臓を要求し、兄たちは本当に自分の妻たちを殺すが、主人公たる末の息子だけは妻と逃げる。しかし後に妻に手ひどく裏切られるし、父もまた、邪悪な性質によって嫁の心臓を欲したのであり、主人公は妻や父にそれぞれ一度ずつ殺され、最終的に二人を殺すことで王位を得る。



郭臣の釜堀り  『蒙求』 中国

 後漢の人に郭臣という男がいた。老母と妻と三歳の子があったが、家は貧しく、親と子供の両方を養うことはままならなかった。それでとうとう、郭臣は子供を生き埋めにして口減らしすることにした。子はまた産めるが親は二度と得られないというのである。

 二尺の穴を掘ると、黄金の釜が出た。それには『孝子郭臣に天が賜る』と書いてあった。

 郭臣はそれによって富を得、親も子もどちらも捨てることなく養った。



孫の生き肝・三夫婦型  日本 九州地方

 長者に三人の息子がおり、それぞれに子供がある。

 長者は臨終の床に息子を一人ずつ呼んで、

「一人で逝くのは寂しいので、お前の子を一人、隣の穴に埋めてくれ」と頼む。長男次男は断るが、三男は応諾する。

 やがて長者は死に、三男は我が子を埋める穴を掘ったが、中から財宝の入った壺が出てきた。一緒に出てきた書状には「お供した者にやれ」とあり、三男は子を殺さずに金持ちになった。



孫の生き肝・観音信仰型  日本

 子の無い夫婦がいた。神に祈願して子を授かったが、後に夫は死に、妻は盲目になった。

 息子が成長すると嫁がきたが、この嫁の機織の腕は素晴らしく、織った布を売って一家は裕福になった。やがて若夫婦に子供も生まれ、盲目の老母はこの孫をこの上なく可愛がった。

 さて、この嫁の孝心は厚く、姑の目を治してやりたいと神に祈願していたが、下ったお告げは「お前の子を殺し、その生き肝を取って姑に食べさせろ」というものであった。ついに嫁がその通りにすると、果たして、老母の目は開いて見えるようになったが、何も知らない老母は喜び「すぐに孫の顔が見たい」と言う。仕方なく子供を殺したところにいくと、死んだはずの子供は元気に生きていた。

※ この類話は、日本の岩手から鹿児島まで、朝鮮半島(韓半島)でも多数採集されている。

 例に挙げた話では神のお告げにより子の生き肝を取るが、類話では医者がそれを告げることもある。しかし、その医者は神の化身であり、嫁に我が子と思わせて動物の肝を取らせていたのだ、などと説明付けたりする。『旧約聖書』のアブラハムのエピソードを思い出す。

 アブラハムには子が無く、ようやく一子イサクを得る。だが唯一神はイサクを生贄に捧げよと言った。アブラハムは妻にも息子自身にもこのことを告げず、イサクを山中に連れて行った。そしてそこで殺そうとしたが、神は「お前の信仰心はよく分かった」と言って止め、代わりの生贄として羊を提供した。

 また、パプア・ニューギニアにも似た話がある。(「ノア」/『世界の民話 パプア・ニューギニア』 小沢俊夫/小川超編訳 株式会社ぎょうせい 1978. )

 ノアという男がいた。彼の妻が弟に犯されたので戦いを挑んだが、負けてしまい、二人の妻と子供と共に村を出て新天地を求めた。老母は彼らに糸玉を渡し、行く先々で指示をした。糸玉の尽きた地を新天地とした。ノアはそこで妻たちに内緒で一人息子を絞め殺し、その死体と言葉とであらゆる言語と村々と木々を創造した。翌朝になると、妻たちは息子に会いたいと言った。そこで最後の村に行くと息子は生きており、しかも立派な青年に成長していた。



仲順流れ  日本 沖縄県

 仲順チュンジュン大主には三人の息子がおり、それぞれ結婚していた。ある日、大主は病気の床に息子を一人ずつ呼んで言った。

「私は年を取って歯が抜け、食べものを食べることも出来ない。私にお前の嫁の乳を飲ませて養い、お前の子供は捨ててくれるか」

「どうしてそんなことができる。親父はもうろくして頭が狂ってるんだ」

「老い先短い親を残して子供を殺すなんて、できっこない」

 長男と次男は断った。しかし、三男だけは「わかりました。私の嫁の乳を与え、我が子を殺しましょう。子供は産みかえられるが、親には二度と会えないのだから」と承知した。

 大主が子を三本松の根元に埋めろと言うので、三男は泣きながら子供を埋める穴を掘った。すると財宝(黄金)が出てきた。

 全ては大主の心試しだったのだ。孝行者の三男は、子を殺すこともなく、財産を手に入れたということだ。

※この類話は、沖縄から奄美、喜界島と北上するにつれ、【嫁の乳】型から【孫の肝】型へと変化していく。



忠臣ヨハネス  ドイツ 『グリム童話』(KHM6)

 昔々、年取った王様がおりました。王様はご病気でした。いよいよご自分の命が残り少ないと感じると、大忠臣ヨハネスを枕元に呼びました。大忠臣ヨハネスは王様一番のお気に入りの家来で、陰日なた無く忠実に仕えたので、こういう名前がついたのです。

 ヨハネスが来ると、王様は言いました。

「おお、誠忠無二のヨハネスよ、わしの最期も近づいたように思う。ただ一つ心残りなのは、息子のことじゃ。あれはまだ若年で、西も東も分からん。よって、お前がアレの父親代わりとなり、わきまえるべきことを何くれとなく教えて、面倒を見てやってくれ。それを約束してくれなければ、わしは安心して目をつむることが出来ん」

 ヨハネスはうけたまわって応えました。

「わたくしは、あのお方をお見捨てもうすようなことはいたしません。この命を投げうってでも、あのお方に忠義を尽くす決意でございまする」

「それを聞いて、わしも安心じゃ。安らかに死ぬ」

 年老いた王様は言いました。そして言葉を続けて、

「わしが死んだら、息子に城の中を隅々まで見せてやってもらいたい。小部屋でも広間でも地下庫でも、一つ残らずな。中にある宝物も一つ残らず見せてやってほしいが、ただ、長廊下の一番奥の部屋は見せずにいるのじゃ。あの部屋には黄金の屋根の国の王女の立像を安置いたしておる。もしあの像をちらりとでも見たなら、息子は王女に激しい愛着を覚え、その場で気絶するじゃろう。そして、その王女のために大変危険な目に遭うことになるじゃろう。これだけはやらせないように、お前、よくよく気をつけてもらいたい」

と言いました。忠臣ヨハネスが改めて忠義を誓いますと、それきり、王様はものも言わずに枕に頭を沈め、亡くなってしまいました。

 年老いた王様がお墓へ運び去られると、忠臣ヨハネスは若い王様に向かって言いました。

「あなたのお父様とお約束申し上げたことを、わたくしは必ず守ります。あなたさまにも、お父様にお仕えもうしたと同様、陰日なた無くご奉公つかまつります。たとえ、わたくしの命に関わるようなことがござりましても」

 

 喪が明けました。

「いよいよ、あなたさまがご自分の受け継がれた財産をご覧になる時がまいりました。お父様のお城をお目にかけます」

 ヨハネスは若い王様にそう言うと、階段を昇ったり降りたり、若い王様をそこらじゅうぐるぐる案内して、宝物だの、きらびやかな部屋だの、一つ残らず見せました。けれども、例の危ない立像の据えてある部屋だけは開けませんでした。若い王様はそれに気がついて、

「どうして、この部屋だけは見せてくれないの?」と言いました。

「この中には、怖いものが入っております」

 ヨハネスはそう応えましたが、王様は納得しません。

「私は、城じゅうの他の場所はすべて見た。どうしてここだけ見ないでいられるだろう?」

 そう言って力づくで部屋の戸をこじ開けようとしましたので、ヨハネスは王様をおしとどめて、

「このお部屋の中のものだけは あなたさまにご覧にいれないようにと、お父様がお亡くなりになるとき、わたくしは固くお約束もうしあげました。それをご覧あそばせば、あなたさまにもわたくしにも、とんでもない災いが降りかかるやもしれないからでございます」と言いましたが、

「この部屋の中を見られないのなら、それこそ私はどうにかなってしまうだろう。中にあるものを自分の目で見届けるまでは、夜も昼も心安らがないに違いないから。こうなれば、お前がここを開けるまで私はここを動かないよ」

というのが王様の返事でした。こうなっては、もうどうしようもありません。ヨハネスはしきりにため息をつきながら、鍵束の中からその部屋の鍵を探し出しました。その部屋の扉を開けると、真正面に王女の立像が置いてあります。せめて、王が自分より先にその像を見ることがないようにしようと、開けるなり真っ先に中に入りましたが、それは無駄なことでした。扉が開くと、王は爪先立ちになって、ヨハネスの肩越しに中を覗き見たからです。

 前の王様が心配していた通りになりました。黄金や宝玉でキラキラ輝いている、その素晴らしい乙女の像が目に入った途端、王様は気を失ってばったり倒れました。ヨハネスは王様を抱きかかえてベッドに運び、ぶどう酒で気付けをしました。そうしながらも、胸の中は不安と心配でいっぱいでした。「とんでもないことになった。どうしたらいいだろう、これからどうなるのだろう」

 やがて気が付くと、王様は言いました。

「驚いたなぁ。誰だね、あの美しい像の乙女は」

「あれは、黄金の屋根の国の王女にございます」

「私は、あの王女が恋しくてならぬ。木々の木の葉が全て舌であったとしても、私のこの想いを語り尽くすことは出来まい。あの王女を必ず手に入れるぞ。お前は私の大忠臣ヨハネスだ。私に力を貸してくれるな」

 こう言われてしまって、忠義な家来は長いこと考え抜かねばなりませんでした。王女の面前に出ることさえ難しいことだったからです。やっとのことで一つの策を考え付き、王様に申し上げました。

「あの王女がお身の回りに持ってらっしゃるものは、机でも椅子でもお椀でも、一つ残らず黄金で出来ております。そこで、ただいま王様の宝の内に黄金が五トンございますが、そのうちの一トンをこの国の細工師たちに命じて、あらゆる器やら道具やら珍しい動物の姿に細工すれば、きっと王女のお気に召すことでしょう。わたくしどもはそれを携えて船出いたし、いちかばちかの運試しをいたしたいと存じます」

 王様は命令を下して、細工師という細工師を一人残らず呼び集めました。細工師たちは夜を日についで仕事を続け、やがて世にも見事な品々が出来上がりました。それらが残らず船に積み込まれると、ヨハネスは商人の身なりをし、王様も否応なしに商人のなりをさせられました。それから、二人は海を渡りました。幾日も幾日も航海は続いて、やっとのことで黄金の屋根の国の都に着きました。

 ヨハネスは王様に「王女をお連れしてもいいよう、船じゅう黄金細工で飾り立てて待っていてください」と言って、黄金細工の幾つかをエプロンに包んで、黄金の屋根の国の王城に向かいました。

 お城の庭に入ると、黄金の手桶を二つ持った美しい娘が、泉の側で水を汲んでいました。娘はヨハネスを見つけて、「どなた?」と問いました。

「わたくしは、商人でございます」。ヨハネスはそう応えて、エプロンの中を覗かせました。

「まぁ、なんて美しい黄金細工でしょう」

 娘は手桶を置いて一つ一つしげしげと眺め、「これは、お姫様にご覧に入れなくては。お姫様は黄金細工が大好きでらっしゃいます。きっと、この品々を残らずお買い上げになることでしょう」と言って、ヨハネスを城内に案内しました。この娘は、王女の侍女だったのです。

 王女はそれらの品々がすっかり気に入って、「見事な品だこと。残らず買い取りましょう」と言いました。するとヨハネスはこう言います。

「わたくしは、さる豪商の召使いに過ぎませぬ。ここに持参いたしたものは、主人が持ち船に蓄えているもののほんの一部、申すに足りないもの。船にございますものは、技術の粋を極めました得がたきものばかりでございます」

「まぁ……、それは素晴らしいわ。では、それらもここへ持ってきて見せておくれ」

「それには日数が多くかかります。なにしろ品数が多いものでございますから。それに、並べますのにも広間が数多く必要でございまして、失礼ながら、こちらのお城では少々間に合いかねますかと」

 こう言われてしまうと、王女はもう、その黄金細工を見たくて欲しくてたまらなくなってしまいました。それでとうとう、

「お船へ案内してください。私が自分で参って、ご主人の宝物を拝見しましょう」と言ったのです。

 ヨハネスは王女を案内して、内心ホクホクしながら船に戻りました。王様が王女を一目見ると、例の立像どころではない美しさだったので、心臓が破裂しないでいてくれればいいがと危ぶまれるほどでした。

 いよいよ王女は船に乗りました。王様は王女を案内して中に入りましたが、ヨハネスは舵手の側に残り、船を陸から離すように命じました。

「帆を残らず上げろ。船を空の鳥のように走らせるのだ!」

 王様の方はその間に、船の中で黄金の細工物をひとつひとつ王女に見せていました。お皿だの、杯だの、お椀だの、それから鳥だの獣だのの珍しい動物を見せました。王女が色々のものを見物しているうちに時間はずいぶん経ったのですが、嬉しさに紛れて、王女は船が走り出していることに気が付きません。それで、一番最後の細工を見てから、商人にお礼を言って城に帰ろうと船べりに出てはじめて、船が陸を離れ、帆を残らず上げて、沖合いを遠く走っているのに気がついたのです。

「あっ!」

 王女はギョッとして、大きな声を出しました。

「だまされた、さらわれた! 商人ごときの手に落ちた! 死んだほうがマシだわ」

 すると、王様が王女の手を取って言いました。

「商人ではございません、私は国王です。決して、あなたに比べていやしい生まれではないのです。

 私がはかりごとを用いてあなたをさらったのは、あなたが慕わしくてどうにも致し方がなかったからのこと。初めてあなたの姿を映した立像を拝見いたしたときには、その美しさのあまり、私は気を失って倒れてしまいました」

 こう言われると、黄金の屋根の国の王女はすっかり安心し、王様を愛しく思って、その伴侶になることを快く承知したのでした。

 さて、これでめでたしかと思われましたが……。

 

 船は幸せな二人を乗せて沖合いを走っていました。ヨハネスは船の舳先に座って楽器を奏でていました。その時、三羽のカラスが船の方に来るのを見て、ヨハネスは演奏をやめました。彼にはカラスの言葉がよく解ったからです。

 一羽のカラスが鳴きたてました。「やぁ、こいつ、黄金の屋根の国の王女を故郷に連れて行くな」

「そうだな。だが、まだ手に入らないさ」と、二番目のカラスが応えました。

「手に入れてるじゃないか。王女は王様に寄り添って、船の中に座ってるぜ」と三番目のカラスが言うと、最初のがまたカァカァと鳴きたてました。

「そんなの何にもなりゃしない。二人が上陸すると、王様のところに栗毛の馬が跳ねてくる。王様はそれに飛び乗ろうとするだろう。だが、もし乗ろうものなら、馬は王様を乗せたまんま一目散に駆け出して、ふうっと影も形もなくなってしまうのさ。王様はせっかく手に入れた花嫁に二度と会えないってあんばいだ」

「何とか助ける方法はないのかね」と、二番目のが言いました。

「そりゃあ、あるとも。誰か別の男が素早く馬に飛び乗って、鞍にくっついてる皮袋からピストルを出して、それで馬を撃ち殺せば、若い王様は救われる。だが、そんなこと誰も知りゃあしないし、もしも知ってて王様に教えたなら、そいつは足のつま先から膝っこまで石になっちまう」

 すると、二番目のカラスが言いました。

「僕は、もっと知ってることがあるぞ。馬が殺されたって、王様は花嫁を捕まえとくわけにはいかないよ。二人が揃ってお城に入ると、花婿用の仕立てたての下着が大皿に載って出ている。これはまるで金糸と銀糸で織っているように見えるけど、本当は、硫黄とチャン(木材や石炭を燃やして発生するガスが液化したもので、ベタベタして黒い。タール)で出来ているんだ。そいつを王様が着ようものなら、下着は王様を骨の髄まで焼いちまうんだぜ」

「何とかして、助ける道はないものかね」と、三番目のが口を出しました。

「大有りさ」と、二番目のが応えました。「誰かが手袋でその下着をつかんで、火の中へ放り込んで燃やしちまえば、若い王様の命は助かる。だけど、そんなことなんにもなりゃしない。このことを知っていて王様に告げ口する者があれば、そいつは膝っこから胸まで石になっちまうからな」

 それを聞いて三番目のが言いました。

「僕なんざ、もっとその先を知ってるぜ。いくら下着が燃やされたって、若い王様はまだまだ花嫁を手に入れることは出来ないよ。ご婚礼が済んでから、ダンスが始まって若いお妃が踊りだすと、お妃は俄かに真っ青になって、まるで死んだようにぶっ倒れる。その時、誰かがお妃を抱き起こして、お妃の右の乳房から血を三滴吸いだして吐き出しちまわなければ、お妃は死んじまう。しかし、このことを知っていて密告でもしようものなら、そいつは頭のてっぺんから足のつま先まで、体じゅう石になっちまうのさ」

 カラスたちはこんなことを話し合って、飛んでいってしまいました。ヨハネスにはこの会話がちゃんと解りましたが、その時から、口をきかずにしおしおしていました。今聞いたことを黙っていれば、主人が大変な目に遭います。けれども、この秘密を打ち明ければ、ヨハネスは石になってしまうのです。

 さんざん考え抜いた挙句、ヨハネスはひとりごちました。

「上様をお助けしてさしあげよう。そのためにわたくしの命がなくなっても」

 

 船は無事に航海を終え、若い王様の故郷にたどり着きました。一同が上陸すると、カラスたちが前もって言っていた通りのことが起こりました。毛づやの見事な栗毛の馬が一頭、まっしぐらに跳ねてきたのです。

「よし、これに城へ連れて行ってもらうぞ!」

 こう言って王様が乗ろうとすると、それより早くヨハネスが飛び乗って、馬に付けられていた皮袋から銃を引っ張り出して、その馬を撃ち殺しました。

 これを見ると、王様の家来の中で普段からヨハネスを快く思っていない者たちは、

「なんてことだ、あんな立派な馬を殺すだなんて! 王様を城に乗せていくのにぴったりだったというのに」と、わいわいと言いました。けれども王様は、

「黙れ、ヨハネスの好きにさせておけ。あれは誠忠無比の大忠臣ヨハネスだ。何か意味があるのかもしれない」と言いました。

 一同はいよいよお城に入りました。すると、広間に大皿が一つ据えてあって、婚礼用の仕立てたばかりの下着が載せてありました。それは金糸銀糸で織っているようにしか見えませんでしたので、若い王様は下着目指して歩み寄りました。けれども、王様がそれをつかもうとした瞬間、ヨハネスが王様を押しのけて、手袋をはめた手で下着をわしづかみにして、素早く火の中に投げ入れてしまいました。

「どうだい、今度は王様のおめでたい下着まで燃やすぜ」

 他の家来たちはまたもぶつぶつ言い出しましたが、王様は言いました。

「何か意味があるのかもしれない。放っておけ、あれは大忠臣ヨハネスだ」

 いよいよ結婚式が挙げられ、次にダンスが始まりました。ヨハネスは踊っているお妃の顔を注意深く眺めていました。すると、ふいにお妃の顔が真っ青になって、死んだように床に倒れました。ヨハネスは大急ぎで駆けつけると、お妃を抱き起こし、別の部屋に担ぎ込みました。それからお妃を横にして、ひざまずいて、お妃の右の乳房から血を三滴吸いだして、ペッペッと吐き出しました。

 そうすると、お妃はたちまち息を吹き返して、正気づきました。けれども、ヨハネスが大事な花嫁の胸を吸うのを見た王様は、怒りに震えて「ものども、こやつを牢に放り込め!」と怒鳴りつけたのです。

 

 あくる朝、大忠臣ヨハネスは死刑の宣告を受けて、絞首台へ連れて行かれました。壇上に立っていよいよ処刑されるというとき、ヨハネスは

「死ぬと決まりました者は、誰でも、遺言を残すことを許されております。わたくしめもそのようにつかまつりまして宜しゅうございましょうか」と申し出ました。王様は応えました。

「よろしい、許してつかわす」

「わたくしは、無実です。わたくしはいつも陰日なた無く、上様にお仕えもうしておりました」

 そう前置きすると、ヨハネスは本当のことを話し始めました。海の上でカラスたちの話を聞いたこと、主人の命を救うには、あれだけのことを全て行わなければならなかったこと。そして、これを告げれば石になってしまうことを。

「やぁ、誠忠無比のヨハネス! 赦免、赦免! ものども、あれを下へ降ろせ」

 王様は喚き立てましたが、ヨハネスは最後の言葉を言い終わるやいなや、ごろりと下に転げ落ちました。命を失い、石像になっていたのです。

 王様とお妃は、このことを、それはそれは悲しく思いました。

「情けないことだ。素晴らしい忠義の返礼に、私はとんでもないことをしてしまった」

 王様は石像になったヨハネスを自分の寝室に運び、自分のベッドに並べて置かせました。そしてそれを見るたび、

「ああ、どうにかしてお前を生き返らせることが出来たなら、どんなに嬉しいことだろう。なぁ、誠忠無比のヨハネスよ」と言って涙を流すのでした。

 

 時はめぐり、お妃は双子を産みました。二人とも男の子で、すくすくと大きくなり、夫婦の喜びの的でした。

 ある日のこと。お妃は教会へ出かけて留守にしており、二人の王子だけが王様の側で遊んでいました。王様はいつものように石像を眺めて胸がいっぱいになり、溜息をついて、

「ああ、どうにかしてお前を生き返らせることが出来たなら、どんなに嬉しいことだろう。なぁ、誠忠無比のヨハネスよ」と言いました。その時でした。石像が返事をしたのです。

『お出来になります。上様のお力で、わたくしを生き返らせていただけます。上様が、一番大切にしておられるものを用意してくださるのなら』

「私が持っているものなら、なんなりとお前のために用立てるぞ!」

 王様は声を張り上げました。すると、石像はこんなことを言いました。

『上様がお手自ら、お二人の若君さまのおしるしをおねあそばして、そのおん血潮をわたくしめにお塗り下さらば、わたくしは命を取り戻しまする』

 それは恐ろしいことでした。自分の手で最愛の我が子を殺すのだと聞いて、王様は肝を潰しました。けれども、あの素晴らしい忠義のことを思い出し、「ヨハネスは私のために死んだのだ」と考えて、剣を抜き放つと、自らの手で子供たちの首を斬りました。そして流れ出た血を石像に塗ったところ、生命が戻り、昔どおりのヨハネスがそこに立っていました。

 甦ったヨハネスは言いました。

「上様の真心には、報いがなくてはなりませぬ」

 ヨハネスは二人の王子の首を拾い上げて、首の付け根に乗せました。そして王子たちの血を塗りつけると、二人はたちまち生き返って、何事も無かったかのように跳ね回って遊びを続けたのでした。

 こうなると、王様の喜びは大変なものでした。ちょうどそこにお妃が帰ってきたのを見て、王様はヨハネスと子供たちを大きな戸棚の中に隠しました。そして、部屋に入ってきたお妃に言いました。

「お前、教会でお祈りをしたかい」

「いたしました。でも……あの忠臣ヨハネスの悲劇のことを始終考えておりました」

「実はね、私たちの力で、あれに命を取り戻してやれるのだよ。だが、それは私たちの子供二人と引き換えになる。二人を生贄にしなければならない」

 お妃はギョッとして青くなりました。けれども、

「私たちがこうしていられるのも、あの者の素晴らしい忠義のおかげでございます」と言いました。

 王様はお妃の心が自分と同じであると知って喜びました。そして戸棚までつかつかと歩み寄り、戸を開けて、子供たちとヨハネスを外に出しました。

「ありがたいことだ、ヨハネスは救われた。子供たちも、私たちの懐に戻った」

 王様はこう言って、お妃に詳しい話をしました。

 こんな具合で、それからはみんな一緒に、それはそれは幸せに暮らしました。



参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.

※ラストに[孫の肝]型のモチーフが入っている。だが、王女の乳房から血を吸い出すくだりに、[嫁の乳]の臭いを嗅ぎ取ることも出来る。

 その他、多くのモチーフが入り混じっている。冒頭で王女の像を見て恋に落ちるくだりは、日本で言うところの「絵姿女房」。同じグリム「小さい野鴨」にもこのモチーフは見える。黄金の屋根の国(異界)の城の庭で水を汲む侍女に会い、その案内で王女に会うくだりは、日本神話の「海幸・山幸」や民話「天の庭」にも見える玉の井のモチーフ。そして、「花嫁を連れて帰る途中で死ぬ」と三羽のカラスが不吉な予言をし、ヨハネスが不吉な死のいわば身代わりとなるくだりは、【運命説話】となる。



参考 --> 「足のない勇士と盲目の勇士



末期の乳  日本 近畿・中国地方

 大歳の日、乞食(またはハンセン氏病の男など)がやって来て家に泊まり、危篤になる。乞食は、その家の女房の乳が飲みたいと頼み、女房は承知する。

 乞食は親切心を試したのであり、翌日乞食の出て行った後、あるいは死んだ後に金の包みが見つかり、その家は裕福になる。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-



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