>>参考 「ラール大王と二人のあどけない姫」【手無し娘

 

みどりの小鳥

 他の女たちに幸運を妬まれた娘が、産まれた子供をすり替えられて捨てられ、濡れ衣を着せられて投獄される。一方、死んだはずの子供たちが後に立派に成長して父の前に現れ、真相を知った父は妻子を取り戻す。

 世界じゅうに分布し、特に西欧、それもイタリアとフランスでの分布が濃いが、これは『千夜一夜物語』中の類話と、それを元に十六世紀に書かれたイタリアのストラパローラ『楽しい夜』第四夜第三話や、十七世紀のフランスのオーノワ夫人「ベル・エトワール王子とシェリ王子」などの再話文学の影響であると言われている。グリム童話にも「三羽の小鳥」(KHM96)という類話があり、ロシアのプーシキンの民話詩「サルタン王物語」も知られている。

「みどりの小鳥」という題はイタリアの再話文学者イータロ・カルヴィーノの類話のものだが、これは十八世紀イタリアのカルロ・ゴッツィがこの民話を仮面劇に取り入れた際に付けたものを踏襲している。兄妹が異界に緑の小鳥(幸福の鳥)を探しに行くという筋立ては、メーテルリンクの創作小説『青い鳥』の原型であるとも言われている。

 

 厳密には、【みどりの小鳥】の題で分類すべき物語には《子供たちが冥界から物言う鳥を取ってくる》という要素が入っているべきなのだが、このページではもう少し範囲を広げ、《濡れ衣によって投獄された(死の状態になった)母を、成長した霊妙な子供たちの出現が救う》というものを集めた。

 

物言う鳥  アラビア 『千夜一夜物語』

 昔、貧しい三人姉妹が結婚の夢を語り合っていた。

「私は、王さまサルタンの菓子職人と結婚したいわ」と、一番上の娘は言った。

「それなら私は、王さまの菓子職人と結婚したいわ」と、真ん中の娘は言った。

「私は、王さまのお妃になりたいわ」と、一番下の娘は言った。「もしお妃になれたなら、凛々しい男の子を二人と、金と銀の髪を垂らして、泣けば真珠の涙がこぼれ、笑えば金貨がこぼれ、微笑みは薔薇のつぼみになるような女の子を産んで差し上げるのに」

 ところで、この話を王が立ち聞きしていたのである。あくる日に王は三姉妹を宮殿に呼んで、それぞれの願いを叶えてやった。姉たちは王妃になる幸運を得た妹を妬み、憎むようになった。

 やがて王妃は約束通りの男の子を産んだが、出産に立ち会った姉たちは赤ん坊をフランネルの布で包んで、籠に入れてほりに流してしまった。そして王には、お妃は死んだ犬を産みましたと告げた。次に王妃はまた男の子を産んだが、その子も同じ目に遭って、王にはお妃は死んだ猫を産みましたと報告された。最後に王妃は美しい女の子を産んだが、これも姉たちは濠に流して、王には、産まれたのは木の切れっぱしでしたと告げたのだった。

 王は最初は悲しんでいたが、三度もこんなことが続くと、とうとう王妃を疎ましく思うようになり、宮殿の隅に幽閉してしまった。

 

 さて、濠に流された子供たちは、宮殿から少し下手の土手に住む王の庭師に見つけられ、棒で引き寄せられ、すくい上げられて、実の子として大事に育てられていた。庭師による命名は、一番上の男の子がバーマン、二番目がペルヴィズ、末の女の子がファリザード。庭師はこの子供たちを心から可愛がって、良い先生を見つけて惜しみなく教育を施したものだが、特に末のファリザードは、女の子ながら二人の兄に劣らぬほどで、あらゆる学問、そしてまた馬術にも弓術にも投げ槍にも優れた腕前を示していた。

 庭師は子供たちが立派に成長しているのを見ると嬉しく思い、子供たちのためにも、自分が生きている間に郊外に立派な屋敷を建てようと決意した。そこで王に退職を願い出て聞き届けられたのだが、余生を楽しく送る暇もなく、それから半年もすると亡くなってしまった。三人の子供たちは彼が本当の父親だと疑っていなかったので嘆き悲しみ、子供として可能な限りの法要を行った。そして遺された沢山の財産に満足して、世間の欲には囚われず、兄妹で力を合わせて暮らし始めた。

 そんなある日のこと、兄二人が狩りに出た留守の間に、見るからに信心深そうな老婆が訪ねてきた。屋敷の庭にある礼拝堂で祈らせてほしいと言うのだ。ファリザードは快く迎え入れ、侍女に命じて屋敷の中を色々と案内させた。老婆はすっかり感心した様子で、ここを設計した人はさぞかし優れた庭師だったに違いないと呟いたものだ。それからファリザードは老婆に様々なお茶菓子を山盛りに出し、色々と歓談した末にこの家は気に入りましたかと問うた。老婆は「気に入らぬなどと申しましてはとんだ悪趣味と申すものでしょう」と言って家具やら庭やらを褒め称えたのだが、「ただ思いついたままを言わせていただけますならば」と付け加えた。

「まことに失礼ではございますが、もしこのお家にございません三つのものが備わりさえしますならば、それこそ比べる物なき最高のお屋敷になることは間違いないのでございますが」

「おばあさま。その三つとは何でございましょう? お願いですからお教えくださいまし。出来ますことなら手に入れたいと思いますから」

「お嬢さま。その三つと申しますのは、第一には、ブルブルケザーという、物言う鳥でございます。まことに不思議な生き物でございまして、この鳥が歌い出しますと、近隣中の鳥が集まって声を揃えてその歌に和するほどでございます。第二は歌う木でございます。この木の葉と申しますのは様々な音を出しますうえに、それが見事に調和して、素晴らしい音楽を奏で続けているのでございます。第三は、光り輝く金の水でございます。お庭のどこでもよろしゅうございます、一つ水盤をご用意になり、それにその金の水を一滴でも垂らしておやりになりますと、たちまち水盤は溢れるばかりにいっぱいになり、中央は噴水のように湧きあがってこんこんと流れ続けますが、溢れ出すということは決してございません」

「まあ、おばあさま。本当にいいことを教えていただいてありがとうございます! この世に、そんなに不思議で素晴らしいものがあるなんて。きっとおばあさまは、その三つのものがどこにあるかもご存じなのでしょう? どうか教えてくださいまし」

「お嬢さま。そんなにも乗り気になっておられるお気持ちを無下になどいたしましては、かけていただいたご親切に対しても失礼でしょう。幸い、私は存じておりますから、喜んでお教えいたしましょう。

 この王国とインドとの国境の方へ向かいますれば、三つとも一箇所でお見つけになれます。この家の前の道をお行きになれば。ただ、二十日は旅をなさる必要があります。二十日目になりましたら、その日最初に出会った人に、もの言う鳥と歌う木と金の水はどこにあるか、とお尋ねになるがよろしい。きっとその者が教えてくれますから」

 これだけ言ってしまうと老婆は立ち上がって別れを告げ、元の道を先へ進んでいった。

 ファリザードはもの言う鳥や歌う木や金の水のことで頭がいっぱいになってしまっていて、老婆がいなくなってからやっと、もう一つ訊いておきたいことがあったのにと気がついた。けれど人をやって老婆を呼び戻すことはやめた。難しいことは分かっていたが、もしもその三つのものを手に入れることができたら、どんなに素晴らしいことだろう。

 帰ってきた兄たちは、いつも快活な妹が思いに沈んでいる様子を見ると何が起こったのかと尋ねた。ファリザードは兄たちを見つめたものの、目を伏せて「いいえ、何でもありませんの」と返す。三つの宝を手に入れたいなどという絵空事を話すことは憚られたからだ。けれど「隠し事をするなんて、もう僕たちの兄妹愛が必要ないと言うのか」と兄たちが拗ねだしたので、とうとう言った。

「何でもないと言ったのはですね、お兄さまたちにとっては大して重要なことではないという意味なんですの。けれど、どうしても言えと仰るなら申しますわ。つまり、この家のことなんですの。亡くなったお父さまが私たちのために建ててくださったこの家、これはもう、何一つ申し分のないものとばかり私たち思ってきましたわねえ。ところが今日、私は、まだ三つのものが足りないことを教えられましたの。それは物言う鳥と、歌う木と、金の水なのです」

 ファリザードは敬虔な老婆が訪ねて来た時のことを残らず話して、こう付け加えた。

「お兄さまたちは馬鹿馬鹿しいと思うかもしれませんが、私はこの三つが屋敷にどうしても必要だと思うのです。そして、それがない限り心安らぐことはありません。ですから、それを入手するために誰を派遣したらいいのか、一緒に考えていただきたいの」

 長兄のバーマンは、自分自身がそれを取りに行こうと言った。次兄のペルヴィズが、家長である兄さんが長旅に出るのは良くない、僕が行きましょうと言ったが、兄の決意は変わらなかった。あくる朝に出発することになったが、いざ旅立ちという時になって、ファリザードは不意に不安に襲われて兄を引きとめた。二度と会えなくなる可能性もあるということに思い至ったのだ。けれどもバーマンは、私は強運だから大丈夫だと笑い、ポケットから鞘に収まったナイフを取り出して妹に渡した。

「さあ、このナイフをあげよう。時々抜いてみるのだ。その刀身が変わらずに輝いていれば私は無事だし、もし血で曇ったならば死んだものと思って、私のために祈ってほしい」

 

 バーマンは弟妹に別れを告げると、武装も充分、馬上姿も颯爽と出かけて行った。街道をインドの方角へまっすぐ進み続けて二十日目、道端の藁ぶき屋根の小屋の前に、見るからに恐ろしげな風貌の老人が座っているのに出会った。足元まで届くほどにボウボウに伸びた髪も髭も真白く、手足の爪はひどく伸びて、頭には傘のような平たい帽子をかぶっている。服らしい服は身に着けておらず、ただ一枚のござを体に巻きつけているのだった。

 世を捨てて何十年も経たらしきこの修道僧に向かい、バーマンは馬から降りると丁寧な挨拶をした。修道僧は何事か答えたが、くぐもっていて聞き取れない。これはきっと口を覆った髭のせいだと考えて、ハサミを持ち出すと、頬髭と眉を少し切って差し上げましょうと申し出た。サッパリすると修道僧は微笑んで、お教え出来る事なら何でも言いましょうと請け合った。けれどもバーマンが、物言う鳥と歌う木と金の水を探しているのだと言うと、サッと顔色を変えた。非常に危険だと言うのだ。今までにも何人もの勇者が同じ目的でやって来たが、誰一人として戻って来なかった。あなたは親切な方だからこそ、思い直して家に帰ってほしいと。

 しかしバーマンの決意が翻ることはなかった。

「あなたの忠告は心のこもったものだと思う。親切には深く感謝する。だが、どんな危険があろうとも、私の決意は絶対に変わらない。もし襲撃を加えてくる者があっても、備えは充分だし、勇気は誰にも負けないつもりだ」

「ところが、襲撃者は目に見えないものなのでございます。しかも大勢。姿も形もない敵に対して、どうやって身をお守りになるというのです」

「そんなことは造作もない。何と言われようとも、今更目的を棄てるなんてことができるものか。とにかく、あなたは道を知っているのだろう。もう一度お願いする。どうか嫌がらずに教えてもらいたい」

 どうあっても思い留まらせることはできないと悟って、修道僧は傍らに置いてあった袋から円い球を取り出すとバーマンに手渡した。

「いくら申し上げてもお聞きにならぬというのなら、どうかこの球をお持ちください。馬の上からこれを前にお投げになるのです。そしてその後を追っておいでになるがよろしい。

 球は山の麓まで転げて行って止まるはずです。止まったら馬をお降りください。馬は手綱を掛けたままその場に残して行かれるがよろしい。あなたさまがお戻りになるまで、そこでじっと待っているでしょう。

 山をお登りになるにつれて、左右いたるところにおびただしい石、それも真っ黒な大きなものが転がっているのをご覧になりましょう。そして四方からガヤガヤと騒がしい声が聞こえてくるはずですが、決して惑わされないことです。お気に障ることばかりお耳に入れ、あなたさまの勇気をくじいて頂上まで登らせまいとする陰謀なのですから。

 また、最も肝心なことは、決して後ろを振り向いてはならぬということです。それをなさろうものなら、あなたさまはたちまち、辺りにごろごろしている石ころ同様、真っ黒な石に変えられておしまいになります。つまり、周りの石というのは、それを守らなかった者どものなれの果てなのでございます。

 その危険さえ免れて頂上にお着きになれば、そこには鳥籠がございまして、その中にお尋ねの物言う鳥がいるはずでございます。後の歌う木や金の水のことは、その鳥にお尋ねになれば、みんな教えてくれるはずでございます。

 これで私の申すことは全てでございますが、今からでも遅くはありません、もう一度お考え直しなさい。この危険は、人間の力では殆ど防ぎようのないものなのですから」

「重ね重ねのご注意、本当にありがとう。だが、こればかりは従うわけにはいかないのだ。もっとも、登り道では決して振り返らない、この忠告だけはどんなことがあっても固く守るつもりだがね。いずれ帰りにまたお目にかかれると思うが、その時にはいや厚くお礼申し上げることにしよう」

「本当にそうなっていただきたいのですが……」

 バーマンは馬上から球を投げ、転がるそれを追って馬を進めていった。話の通りに山の麓で球は止まり、そこに馬を繋いで山道を登ると、ものの四歩も行かないうちにザワザワと様々な声が聞こえ始めた。それでいて、辺りには人影一つ見えはしないのだ。

あの愚か者はどこへ行くんだ? 何が欲しいんだ? 奴を通すな!』『奴の足を止めろ! 捕まえろ! 殺してしまえ!』『泥棒! 暗殺者! 人殺しィィ!』『だめだめ、旦那を通してやりなよ。鳥も鳥籠も、旦那のために取ってあるようなものなんだからさ

 最初のうちは、バーマンはやかましい声をものともせず、勇気を奮い起こして登って行った。だが声は次第に数を増し、耳もろうするばかりの大声で前後から迫ってくる。とうとうバーマンも恐ろしくなり、足ががたがたと震えだして思わず歩みを止めた。途端に、体中の力が抜けてしまった。そうなるともう、修道僧の警告も何もかも忘れて、駆け下りようと後ろを向いてしまったのだ。途端に彼は黒い石になり、麓に繋いであった馬も同じように黒い石になって、他の石の仲間入りをしてしまった。

 

 長兄バーマンが出発してからというもの、ファリザードはナイフを帯に挟んで常に持ち歩いては、日に五、六度も抜いて輝きを確かめていた。その夜の四方山話の中で、次兄ペルヴィズが兄さんの安否を確かめてくれと言うので抜いたところ、切っ先から血が垂れているではないか。衝撃のあまりにナイフを放り投げて、「まあ! お兄さま」とファリザードは泣き叫んだ。

「それでは、バーマンお兄さまは死んでしまわれたのだわ、私が欲しがったものを取ろうとしたために! ああ、私はどうしてあんなもののことをお兄さまに話したんでしょう? あのおばあさんがこの家に何が足りないと思おうとも、気にするようなことではなかったのに。あんなこと言わないでほしかったわ、あの嘘つきの偽善者! なんだってあの人は鳥や木や水の話をしたんだろう? そんなもの有りもしないんだって分かっているのに、あの人の魔法なのかしら、それでも欲しくって仕方がないのよ……!」

 ペルヴィズもバーマンの死をいたく悲しんだが、甲斐のない嘆きに時を潰すようなことはしなかった。というのも、妹がまだまだ物言う鳥や歌う木や金の水を熱望していることが、よく分かっていたからだ。そこで、今度は自分がそれらの宝を取りに行くと決意を述べた。ファリザードは言葉を尽くして兄を引き止め、二人まで兄を亡くすような目に遭わせないでほしいと手を合わせて拝んだのだが、ペルヴィズの決意は変わることがなかった。そしていよいよ出発という時に、妹に真珠を百個繋いだ数珠を渡して、この数珠玉を数える時、するすると動かずに引っかかるようになったら、僕も兄さんと同じ運命をたどった証拠だと思って欲しい、と言い置いた。

 出発したペルヴィズは、二十日目にやはりあの修道僧に出会い、丁寧に挨拶して道を尋ねた。修道僧はバーマンに与えたのと同じ忠告をし、少し前にもあなたによく似た若い方が来たが、やはり戻って来なかったと教えた。それは兄ですとペルヴィズが言うと、あなたもいっそう注意しなければお兄さんと同じ運命をたどりますよと言う。それでもペルヴィズは諦めず、修道僧にもらった球を追って馬を走らせ、山の麓に着いて馬を繋いだ。しばらくは、じっと立って修道僧の教えを改めて反芻した。そして勇気を奮い起こすと、何としても頂上までは、と心に誓いながら登り始めたのだが、六歩と行かないうちに、後ろから声が聞こえてきた。

ちょっと待てよ、無鉄砲な若造だな。今にその身の程を思い知らせてやるぞ

 馬鹿にしたようなその声音を聞くと、ペルヴィズは修道僧の戒めも忘れ、この野郎、と刀を抜き放って振り向いた。そこに誰もいやしなかったことを、彼は認識できたかできなかったのか。ペルヴィズはもう黒い石になり、馬も石に変わっていた。

 

 その日も、ファリザードはいつものように真珠の数珠をって珠を数えていたのだが、突然それが動かなくなった。さてはベルヴィズ兄が死んだというしるしに違いない。しかしファリザードはもしもの時の心づもりを既に決めてあったので、悲しみはひた隠しにして、男の身なりをすると翌朝には馬に乗り、召使いたちには二、三日で帰るとだけ言い置いて、二人の兄たちが行ったのと同じ道を飛ばしていった。

 二十日目に例の修道僧に会い、馬を下りて挨拶をし、僧の隣に腰を下ろして休憩しながら物言う鳥と歌う木と金の水の在り処を訊ねた。

「お嬢さま。その声を聞けば男装のご婦人であることはすぐに分かります。私はそのものの在り処をよく存じておりますが、一体どうしてそのようなことをお尋ねになるのです」

「お坊さま。私は何としてもその三つのものを手に入れたいのです。手に入れられなければ心が休まることはないでしょう」

「その三つのものは、お考えになっておられるより遥かに不思議で驚嘆すべきものでございますが、それを手に入れるにはどれほど恐ろしい危難を乗り越えねばならないか、まだご存じではないようですね。どうかこのままお帰りください。みすみす、あなたさまの破滅をお手伝いするようなことはさせてくださいますな」

「私は遥か遠くからまいりました。このまま望みも叶わず帰ることは何としても無念です。あなたは危難があると仰いますが、何が難しいのか、何が危ないのか、それは教えてくださいませんね。それさえ分かれば、果たして私の力と勇気で可能なことなのか判断もできるというものなのですが」

 そこで修道僧は、二人の兄に話したと同じことをファリザードにも言って聞かせた。そして何とか思い留まってほしいと話を結んだが、聞き終えるとファリザードは考え深げな顔でこう言った。

「お話を伺いますと、つまりこういうことですね。第一に、恐ろしい大声に怯えずにまっすぐ鳥籠の所まで登っていくこと。そして第二は、鳥籠を取るまでは決して後ろを振り向かないこと。

 私、二番目の方は割と大丈夫だと思うんです。けれど一番目の問題は、恐らくどんな人間にも難しい。どんなに豪胆な人でも、そんな声を聞かせられ続ければ怖じけずにはいられないでしょう。

 だけど人間というものは、あらゆる困難な状況の前でも頭を使うことができるのではありませんか? ですからこの場合も、何か工夫ができるんじゃないかと思うんです」

「では、どうなさるおつもりです?」

「耳に綿を詰めるのは、どうでしょう?」とファリザードは言った。「そうすれば、どんなに恐ろしい声でも、それほどこちらの心には応えないのではないかしら? それならば惑わされることもないし、分別を失うようなことも起こらないのではないでしょうか。ね?」

 修道僧は言った。

「これまで私に道を尋ねた者は無数にいましたが、あなたが仰ったようなやり方をした人は一人もいませんでしたな。まあ、どうしてもと仰るなら試してごらんになるのも宜しゅうございましょう。とは言え、成功すれば僥倖というもので、私としては、やはり危険なことはおやめになることをお勧めしたいのですが」

「お坊さま。やると言った以上、どんなことがあっても私はやります。きっと成功させます。ですから、お伺いしたいのはあともう一つ、ここからどちらへ行けばいいのかということだけなんですけれど、どうか嫌だなどと仰らずにお教えくださいまし」

 最後にもう一度だけ考え直すように説得したものの、娘の決意が変わらないことを見て取ると、修道僧は導きの球を渡して手順を教えた。ファリザードは礼を言って先へ進み、球は彼方の山の麓で転がるのをやめた。

 ファリザードは耳に綿を詰め、麓から山道を検分してから、ごく自然体で登り始めた。恐ろしい声があちこちから沸き起こったが、耳に詰めた綿が大変役に立っていることが分かった。口汚い罵倒や、女性への侮蔑や下劣なからかいなど、ずいぶんとひどい言葉が掛けられていたのだが、ファリザードの心に響くことはなく、鼻先で笑うのみでびくともしないで済んだ。頂上近くまで来ると鳥籠の中の鳥が見えてきたが、この鳥がまた、ごく小さな鳥なのに雷のような大声を轟かせて、ファリザードを脅かそうとするのだった。

『下がれ、愚か者め! それ以上来てはならぬ!』

 だがファリザードはますます足を速め、とうとう頂上の平地に辿り着いて、鳥籠に駆け寄ってしっかり押さえて叫んだ。

「お生憎さま、小鳥さん。お前はもう私のものよ。逃がすもんですか!」

 そして耳から綿を取り出していると、鳥が打って変わった様子で話し始めた。

『何て勇敢なお嬢さんだろう! 私までもが怒鳴り立てたことで、どうかお気を悪くなさらないでください。私には不自由な籠暮らしも満足なものでしたが、こうして誰かの奴隷になることが我が身の定めであるならば、勇気と知恵を示してここに辿り着いた、あなたさまの奴隷になりたいと存じます。今この瞬間から私はあなたさまに忠誠を尽くし、全てのご命令に心を尽くして服従することをお誓い申し上げましょう。

 また私は、あなたさまがご自身でもご存じない出自についても存じております。いずれお役に立つことでしょう。

 さあ、この言葉に嘘偽りがないしるしに、なんなりと望みを仰ってくださいませ。いつでもお言葉に従いましょう』

 ファリザードはすっかり嬉しくなって、まずは金の水の在り処を訊ねた。それはごく近くにあったので、持ってきた銀の小びんに汲んだ。次に歌う木の在り処を訊ねた。それは背後の森の中にあったが、大木で、到底持って帰れそうにはない。しかし物言う鳥は『枝を一本折ってお持ち帰りになり、それを庭に挿せばいいのです』と教えたのだった。

 こうしてファリザードは念願の三つの宝を手に入れたが、「まだ足りないものがあるのよ」と鳥に向かって言った。

「私の二人の兄は、お前のおかげで死んでしまったわ。きっと、ここに登ってくるまでに見た黒い石のどれかになっているのね。兄さんたちを生き返らせて。私は兄さんたちと一緒に帰りたいのよ」

 鳥は、こればかりは気が進まないと見えて、あれやこれやと苦情を並べて立てたのだが、ファリザードに「お前は私の奴隷なのでしょう?」と言われると渋々承知して、『その辺りにあります水差しを取って、山を降りながら全ての黒い石に少しずつ、中の水をお掛けなさい』と言った。そうすれば兄も見つかるだろうからと。

 ファリザードがその通りにすると、全ての黒い石はみんな人間になった。そして麓の石は馬になった。眠りから覚めたバーマンとペルヴィズは妹がすぐに分かり、駆け寄ってきてしっかりと抱きしめた。ファリザードがこれまでのことを話すのを聞いて、妹に救われたことを知り、周囲に集まって話を聞いていた他の男たちも、彼女こそが自分たちの救い主であると知って、あなたに忠誠を誓うと言って崇拝した。それから一同は山を降りてそれぞれの馬に乗ったのだが、兄たちも他の者たちも誰も出発しようとはせず、ファリザードが号令をかけて先頭を進み出すのを待っているといった具合だった。

 それから一同は、あの誠実な修道僧の庵に立ち寄ったが、まるで役目を果たし終えたとでも言うかのように、彼は既に亡くなってしまっていた。その先の旅路では、人々はそれぞれの故郷への道を辿ることになり、三兄妹に別れを告げて一人一人と去って行った。

 屋敷に着くと早速、ファリザードは鳥籠を広間に続く庭先に置いた。物言う鳥が歌い出すと、周りにはナイチンゲール、アトリ、ヒバリ、ベニヒワ、黄色ヒワといった近隣のあらゆる鳥が群れなして集い、一方で、屋敷から少し離れた庭の中央に植えた歌う木の枝は、たちまち根を張って間もなく大木となり、親木と少しも変わらぬ美しい音楽を響かせた。最後は金の水だが、このために庭の中心に大理石の大きな水盤を作り、その中に小びんに汲んできた水をあけたところ、すぐさま水盤の縁まで膨れ上がり、水盤の中心からは六メートルにも達する噴水が噴き上がったが、その水は常に水盤の中に落ちて、決して外に溢れ出すことはないのだった。

 こうした不思議の噂はすぐに近隣に知れ渡り、庭の扉は開け放してあったので、大勢の人間が見物に来ては感心して帰って行った。

 

 それから幾日か過ぎて、旅の疲れも癒えたバーマンとペルヴィズは連れ立って狩りに出かけた。その日は自分の家の猟場から九、十キロメートルほど離れた辺りまで足を伸ばしたのだが、なんと、そこにペルシアのサルタンも狩りに来ていた。運悪く細い道で鉢合わせてしまった兄弟は馬から降りてひれ伏すばかりだったが、王はこの若者たちの風采が優れた様子であるのを見て取って足を止め、何者であるかと尋ねた。

「陛下。わたくしどもは陛下にお仕え申し上げておりました、今は亡き庭番の息子でございます。父が生前建ててくれた家に住んでおりますが、いつかは陛下にお仕えできます日が参ることを心待ちにいたしておる次第でございます」と、バーマンが答えた。

「見たところ、狩りが好きなようだな」

「陛下。狩りはわたくしたち臣下の誰もがたしなむ、古くからの慣習でございます。いつか陛下の軍隊で武器を取ろうという者で、これを疎かにいたす者はございますまい」

 一分の隙もない応答に王はすっかり感心して、「では狩りの腕を見せてみよ」と、兄弟を後に従わせた。するとバーマンは獅子を、ペルヴィズは熊を狙って槍を投げ、実に見事な腕であっという間に仕留めてしまった。次に、今度はバーマンが熊を、ペルヴィズが獅子を、これまたたちまち仕留めてしまう。それでもまだ獲物を狩ろうとする若者たちを止めて、王は二人を呼び寄せるとこう言った。

「許しておけば、そなたたちはわしの獲物を狩り尽くしてしまうかも知れぬな。そなたたちの武勇が、いずれわしの役に立つに違いない。これからすぐにでも王宮に来て、わしに仕えるがよい」

 ところがバーマンが辞退するので王は驚いた。ぜひとも訳が聞きたいと重ねて問うと、バーマンは答えた。

「陛下。わたくしどもには妹が一人ございます。この妹と三人、心を合わせて暮らしておりますので、妹に相談なしに始めることは何事によらずございませんし、また妹の方でも、わたくしどもの意見を聞かぬうちには、一切何もしないことになっておりますので」

「妹思いのそなたたちの心根、褒めてとらせるぞ」と王は言った。「では妹に相談するがよい。明日また狩りの時に、ここで会うことにしよう。その折に返事を聞かせてもらいたい」

 ところがどうしたことか、家に帰ると、二人の若者はこの一件を妹に話すことをケロリと忘れてしまったのだ。あくる日に王との約束の場へ行くことはできたというのに。

「さて、妹さんには話したかな? どうだ、同意は得られただろうな?」

 兄弟は顔を見合わすと真っ赤になり、バーマンが答えた。

「陛下。なにとぞお許しくださいませ。弟もわたくしも、すっかり忘れておりましたので」

「では、今日こそ忘れるな。そして明日は必ず返事を持ってまいるのだぞ」

 けれども二度目も同じことになった。兄弟は家に帰ると王の用件を忘れてしまうのだ。優しい心の王はそれでも許して、今度こそ忘れないようにと、財布から小さな金の粒を三つ取り出してバーマンの懐に入れた。

「これさえ入れておけば、わしの願いを三度までも忘れることはなかろう。服を脱ぐ時に、床に落ちて音を立てるだろうから、たとえ忘れていたとしても思い出すに違いない」

 まさにその通りになり、バーマンが寝ようと思って腰帯を解くと金の粒が床に転がり落ち、彼は早速ペルヴィズの部屋に駆け込んで、二人してファリザードの部屋へ行った。非常識な時間に訪ねたことを詫びてから王との一件を話して聞かせると、彼女は少し驚いた様子でこう言った。

「お兄さまたちが王のお召しを断ったのは、きっと私のことを想ってくださったからですわね。そのお気持ちはよく分かりました。とてもありがたく嬉しいことです。

 確かに、王にお会いになったのは大変名誉なことですし、お兄さまたちの将来に良い結果をもたらすかもしれません。けれど私には辛いことですわ。宮廷に出るようになれば、そちらに気持ちが向くのが当たり前のことで、そのうち私のことなど忘れてしまうに決まっていますもの。

 ああ、けれど断ってしまったら、きっとただでは済まないわ。王というものは自分の望みが当然通ると思っているものですから。私が嫌がってお兄さまたちがそれをお伝えしたとして、王のお怒りに触れるのは間違いない。そして私も、お兄さまたちも、みんな不幸になることでしょう。

 でも、結論を出す前に、物言う鳥に訊いてみましょう。あの鳥は利口者ですし、困ったときにはいつでも力になってくれるという約束なんですから」

 ファリザードは鳥籠を取り寄せた。そして兄たちの前で鳥に洗いざらい説明して、どうすれば切り抜けられるだろうかと尋ねたところ、鳥はこう答えた。

『お兄さま方は王のお言葉に従わなければなりません』

「でも小鳥よ、お兄さまたちが出仕するようになったら、私たち兄妹の絆は壊れてしまうのではないかしら?」

『いいえ、それは絶対にございません。むしろ深まるくらいでございましょう。宜しいですか、従うことと引き換えに、王をこの家にお招きするのです』

「すると、私も王に拝謁するのですね」

『そうです。王はどうしてもあなたにお会いになる必要がございます。そうすれば、後は万事うまくいくでしょう』と、鳥は言った。

 

 あくる日に王に目通りした兄弟は、妹が承知したことを伝えて、これまでの不手際を謝罪した。けれども王は快く許したばかりか、「そなたたち兄妹の情愛に少しでもあずからせてもらえるなら、今後はわしのことも、同じように心にかけてもらえると嬉しいな」と言ったので、兄弟は王の優しい心遣いにむしろ戸惑って、ただただ頭を低く垂れて、深い敬意と感謝を表すばかりだった。

 王はいつもの習慣を破って狩りを早々に切り上げ、共に語り合いたいと、二人の若者を伴って都に入った。彼らの姿を見て、市中の人々の目は一斉に吸い寄せられ、口々に噂したものだった。王さまの連れているあの若者たちは何者だろう。異邦人か同胞なのか。ごらん、ああしているとまるで親子のようじゃないか。それにしても王さまに本当にあれほど立派で麗しい王子があったなら、どんなにか嬉しかったことだろう。不幸さえなければ、王さまには丁度あの年頃の王子さまがいらしたはずなのにな、などと。

 王は兄弟と食事を共にしながら語り合ったが、彼らがどんな分野にも深い造詣を持ち、的確で機知に富んだ受け答えをするのにすっかり感心してしまった。もしも自分に子供がいたとして、どんなに教育に気を配ったところで、果たしてこれほどの学問を身につけさせてやることが出来ただろうか、と危ぶむほどに。

 王の私室に移動してからの歓談、音楽にダンスと、楽しい時間はあっという間に過ぎて夕暮れになり、兄弟は王の足元にひれ伏して感謝の言葉を述べ、退出の許しを願った。

「今後はいつなりと来るがよい。度々来てくれるほど、わしは嬉しいな」

「陛下、まことに失礼とは存じますが、次にわたくしどもの近くへ狩りにお出ましの節は、わたくしどもの家にも足をお向けください。妹も切にそう願っております。勿論、陛下にお越しを願えるような家ではございませんが、王侯があばら家に立ち寄ったという例もあるようでございますから」

 バーマンがそう言うと、「いや、いや」と王は答えた。

「そなたたちの住まいなら、必ずやそなたたちに相応しい、美しい家であるに違いない。喜んで立ち寄らせてもらおうぞ。そなたたちも、そなたたちの妹も、もうすっかり親しい者のように思えるのだよ。明日の朝早く、忘れもしない、初めてそなたたちと会った場所で待っていよう。迎えに来てもらいたい。道案内をしてもらわねばならぬからな」

 兄弟は家に帰ると、これらのことを残らず妹に話して聞かせた。兄たちが部屋を去ってから、ファリザードは、王にどんな料理をお出しするべきかしら、どんなおもてなしをすればお気に召すでしょうかと物言う鳥に訊ねた。

『お嬢さま。この家には素晴らしい料理人がいらっしゃるではありませんか。その料理人たちに力の限り腕を(ふる)わせてごらんになることですよ。ですがまあ、まずは真珠を詰めた胡瓜の料理を一皿、ご用意なさることですね。食事が始まったら、最初にそれをお出しになるのです』

「真珠詰めの胡瓜料理ですって!」と、ファリザードは驚いて叫んだ。「小鳥よ、お前、気は確かなの? そんな料理、聞いたこともないわ。それは王は感心なさるかもしれないけれど、食卓へつくのは食事をするためよ、真珠を観賞するためじゃない。それに私の持っている真珠の数は、そういう料理に使うには足りないわ」

『お嬢さま。私の申し上げるとおりになさいませ。ご心配には及びません、上手くいくに決まっているのですから。真珠のことでしたら、明日の朝早く、お庭のあの右手の方の一番近い木の根元をお掘りくださいませ』

 そこでファリザードは、その晩のうちから庭師に準備を申しつけておき、次の朝早くに鳥に指定された場所に連れて行って根方を掘らせてみた。するとかなり深い場所から三十センチ四方ほどの金色の箱が見つかった。開けてみれば、中には真珠がざらざらと詰まっている。ファリザードは満足して、庭師には穴を元通り埋めさせ、自分は箱を抱えて家に帰った。それぞれ自室で服を着替えていた兄たちがそれを見かけて訳を尋ねたので、鳥に言われた全てのことを話して聞かせた。兄妹は相談し合って、どうして鳥がそんなことを言うのか意味は分からないが、とにかく言われたとおり、王に真珠詰めの胡瓜料理をお出しすることにしよう、と決めた。

 

 全ての準備が整って、いよいよ王が兄弟に先導されて屋敷を訪ねてきた。玄関でひれ伏して迎えたファリザードを見て、王はその美しさにつくづく見惚れ、物腰の優美さ、田舎暮らしに似合わぬ高い気品、表情に現れた賢さを見て取って、流石はこの兄にしてこの妹、これなら妹に相談せぬうちには物事を決めかねると言うのも無理からぬ、と感心した。そして彼女に案内されて部屋の一つ一つを見て回っては感嘆し、庭の黄金の噴水に驚き、歌う木に陶然となった。

 最後に、ファリザードは王を広間に案内した。その窓には鳥籠が一つ掛けてあり、中の鳥がナイチンゲールよりも美しい声でさえずっている。周囲には無数の鳥が集まっていて、これらも美しい声で鳴いていた。

「さあ、私の奴隷、陛下のおなりですよ。挨拶をなさい」

 ファリザードが命じると鳥はぴたりとさえずるのをやめ、他の鳥たちも次々と声を止めた。静かになると、籠の中の鳥は人の言葉で王に語りかけた。

『よくお越しくださいました。御代の栄え、そして陛下のご長寿を、心からお祈り申し上げます』

「小鳥よ、ありがたく礼を言うぞ。わしも、お前が鳥たちの王であることを知って、この上なく喜んでいるところだ」

 食卓は、鳥籠の掛かった窓のすぐ傍に用意されていた。王は席について、例の胡瓜料理が出されると早速取って切り分けたが、中に真珠が詰まっていたものだから驚いた。

「これはどうしたことだ? 真珠が食べ物ではないことは分かっているはずなのに、何故また胡瓜に詰めたのだ?」

 王が三人の兄妹に顔を向けて尋ねたとき、間髪入れず、籠の中から物言う鳥が言った。

『陛下。一体、真珠詰めの胡瓜ごときで、何をそんなに驚いておられるのですか。お妃さまが犬や猫や木の切れっぱしをお産みになったと聞いても一向に怪しまれることなく、あれほど他愛もなく信じてしまわれたというのに』

「何? 妃の姉たちが確かにそうだと申したのだ。信じるよりあるまい」

『では申し上げましょう。あの姉たちは、自分たちを差し置いてお妃さまだけが陛下のご寵愛をお受けになるのを妬みそねんだのでございます。その恨みを晴らすため、まんまと陛下を欺いたのです。問い詰めてごらんなさいませ。きっと罪を白状することでしょう。

 今、陛下の御前におられる二人の兄弟とその妹、彼らこそが陛下の実のお子さま方なのです。あの伯母たちの謀略で一度は川に流されたものの、陛下のお庭番のおかげで救われ、乳母も付け、教師までもをりすぐって、この上ない世話をお受けになったのでございます』

 その言葉を聞くと、色々と思い当たる節もあり、王は「なるほど!」と思わず大声で言った。

「その方の話、確かに偽りではないように思う。息子たち、そして娘よ。父の愛と慈しみの最初の印として、この腕にしかと抱かせておくれ」

 王は立ち上がると、二人の王子たち、そして王女を強く抱きしめて、共々に涙を流しながら言った。

「これだけではまだ足りぬ。そなたたちも抱き合うがよい。無論、そなたたちの義父たるあの庭番は、わしにとっても、そなたたちの命を救ってくれた大切な恩人だ。しかし今は、庭番の子としてではなくこの父の子として、そしてペルシア王家の子として、しっかり抱き合ってもらいたいのだ。いずれ我が家の栄えは、そなたたちの手によって守ってもらわねばならないのだから」

 王子たちと王女とが、もう一度、新しい感激をもって抱き合った後、王は再び食卓について急いで食事を済ませ、「明日はそなたたちの母を連れてこよう」と約束して帰って行った。急ぎ宮殿に着くと、まずは宰相に命じて妃の姉二人を呼び寄せて尋問させ、確かに有罪であると分かったので、一時間後には処刑してしまった。

 それから、王は高官たちを引き連れて幽閉していた妃を訪ね、しっかり抱き合って涙を流しながらこれまでの非道への許しを乞い、子供たちが立派に成長していることを報せた。

 これらのことは、異変を感じ取った大勢の人民たちの目の前で運ばれたので、人々は四方から集まり、噂はたちまち都中に広まった。

 あくる日の朝早く、王と妃は全ての廷臣を従えて庭師の屋敷へ向かい、王はバーマン王子とペルヴィズ王子、そしてファリザード王女を妃に引き会わせた。母子が慈しみを込めて抱き合った時、一同、とりわけ妃の頬には、とめどなく涙が流れた。

 こうして全てがうまく運び、馬に乗った王が左右に王子たちを、更に左側に妃と王女とを従え、背後に廷臣たちを引き連れて都に入ると、何千という群衆が出迎え、歓呼の声をあげて行列を市中へと導いた。

 人々の目は当然、妃や二人の王子、そして王女に集まったのだが、王女が籠に入れて持っている物言う鳥もまた、大変な注目を集めていた。なにしろ、あの美しい歌を唄い続けていたのだから。鳥という鳥が後を追い、木々や家の屋根から集まってくるのだった。

 一行は宮殿に入り、その晩は一晩中、宮殿ばかりか都の隅々に至るまで、お祝いの明るい照明とにぎやかな喜びの声が途切れることはなかった。そしてこの喜びは、その後も長く長く続いていったということだ。



参考文献
『アラビアン・ナイト 下』 ディクソン編、中野好夫訳 岩波少年文庫 1961.(ガラン版からの再話)
『決定版 世界の民話事典』 日本民話の会編 講談社α文庫 2002.

※「薔薇の微笑のファリザード」「喋る鳥と歌う木と金の水」「妹を妬んだ二人の姉の話」「三人姉妹の話」などのタイトルが付けられることもある。

 別伝では王妃が産んだとされたのは犬の仔、猫の仔、ネズミの仔。王妃の二人の姉たちは処刑されたのではなく、嫉妬のあまり自ら狂い死にしたなどとする。

 転がる球状のものを追って異郷へ行くモチーフは「二文のヤニック」や「ミルシーナ」など多くの民話で見られる。チベット民話の「転がるツァンパ」や日本民話の【鼠の浄土(おむすびころりん)】とも繋がるモチーフである。兄が生死の証として置いていくナイフや数珠は《生命の指標》と呼ばれるモチーフで、[二人兄弟]にしばしば見られることで知られている。また、王に真珠を詰めた胡瓜料理を食べさせ、疑問を口にすると「妃が犬や木切れを産んだことには疑問を感じなかったのに」と言ってやりこめるクライマックス部分は、日本民話の「金の瓜」に近い。あるいは沖縄の「偽の花嫁」などの、偽の妻に座を追われた本物の妻が、わざと不味い料理を夫に食べさせて「料理の味は分かるのに、妻が入れ替わったことに気づかぬとは」と揶揄するモチーフとも多少似ている。

 

 球を追って辿り着いた山は、冥界である。冥界たる山は、険しかったり、ガラス製でつるつる滑ったりして登るのが困難だが、その頂には三つの卵だの聖杯だの美しい姫だの死んで鳥に変わった兄たちの住む屋敷だの太陽神(人食い鬼)の館だのがあると、様々な説話で語られる。ここでは山に登る際には無数の声が邪魔をするが、姿のない声とは、まさに死霊たちなのだとも解釈できる。山に登る間は決して振り向いてはならない。冥界への行き来、特に帰還する際には決して振り向いてはならないとする観念は、ギリシア神話のオルペウスとエウリュディケのエピソードや、「隅の母さんの娘に結婚を申し込みたかった若者」などの民話にも見える。

『千夜一夜物語』版では兄妹が冥界から取ってくる宝のうち、物言う鳥しか物語の本筋に絡んでいないが、多くの類話では、冥界から汲んで来た命の水こそが、投獄されて半死の状態にあった母を生き返らせ.た重要なアイテムであることになっている。

三羽の小鳥  ドイツ 『グリム童話』(KHM96)

 今から千年以上昔のこと。この国に勢力の小さな無数の王がひしめいていた時代がありますが、その一人はコイテルベルグの上に住んでおり、狩りをするのが好きでした。ある時、王が猟夫たちを連れて城を出ると、山の麓で三人の娘が牝牛の番をしており、遠目に王の一行を見るときゃあきゃあと騒いで言いました。

「ねえ、ちょっとちょっと! 私はあの人以外の誰とも結婚したくないわ」と、一番年上の娘が王を指差して言いました。
「ねえ、ちょっとちょっと! 私はあの人以外の誰とも結婚したくないわ」と、二番目の娘が王の右手を歩いていた男を指差して言いました。
「ねえ、ちょっとちょっと! 私はあの人以外の誰とも結婚したくないわ」と、一番年下の娘が王の左手を歩いていた男を指差して言いました。

 この声はすっかり王の耳に入り、狩りから戻ると城に娘たちを呼び出して、あれは何のことだと問いただしました。娘たちは何も言えずにもじもじしていましたが、王が一番上の娘に「お前はこの私を夫に持ちたいのではないのか」と訊きますと「そうです」と言いました。それでこの娘は王妃になり、妹たちも望まれて大臣たちの妻になりました。というのもこの三姉妹はそろって器量よしで、中でも一番年上の娘は、それは見事な亜麻色の髪をしていたのです。

 やがて王妃は妊娠しましたが、王は用事で旅に出なければならなくなり、二人の妹を呼んで、留守の間、身重の妃の力になってくれるように頼みました。そして王妃は男の子を産みましたが、この子は世にも美しくて、朱金の星の形を額に浮かび上がらせていました。妹たちはこの子を川に投げ込みました。自分たちには子供がないのに王の子を産んだ姉が、妬ましくてたまらなかったからです。

 子供を川――恐らくウェーゼル河でしょう――に投げ込むと、川の中から小鳥が一羽、空高く舞い上がって、こんな歌を唄いました。

  死出の旅路に出はしたが
  更なる沙汰あるその日まで
  百合の花咲く草葉の陰に。
  元気な坊や、それはあなた?

 これを聞くと二人はぞっとして、後も見ずに逃げ帰りました。王が帰ると、二人は「お妃は犬の子を産みました」と言いました。王は「全ては神の御業みわざなのだ」と悲しみを抑えて言いました。

 それから一年経って、王はまた旅に出ました。その留守中にお妃は男の子を産みましたが、その子も邪悪な妹たちが奪い取って川の中に投げ込みました。するとまた、以前と同じような鳥が空高く舞い上がって唄いました。

  死出の旅路に出はしたが
  更なる沙汰あるその日まで
  百合の花咲く草葉の陰に。
  元気な坊や、それはあなた?

 王が戻ってくると、妹たちはまた「お妃は今度も犬の子を産みました」と言い、王は「全ては神の御業みわざなのだ」と言いました。

 その後、王はまた旅に出て、お妃は女の子を産みました。この子も川に投げ込まれ、やはり水の中から高く舞い上がった小鳥が唄いました。

  死出の旅路に出はしたが
  更なる沙汰あるその日まで
  百合の花咲く草葉の陰に。
  元気な嬢ちゃん、それはあなた?

 王が戻ると、妹たちは「お妃は猫の子を産みました」と報告しました。とうとう王は怒り、家来に言いつけて、お妃を牢屋に放り込みました。それからというもの、お妃は何年も何年も、その中に独りで入っていました。

 

 さて、子供たちが投げ込まれた川の岸に年取った漁夫が住んでいましたが、実は彼が子供たちを魚網で掬い上げていたのでした。漁夫のおかみさんには子供がなかったので、夫婦は子供たちを育てました。

 子供たちが大きくなったとき、一番上の兄が下の二人を連れて魚獲りに行ったところ、他の子供たちに「捨て子やーい」と囃し立てられ、仲間に入れてもらえません。兄は落ち込んで「本当なの?」と父の漁夫に尋ねました。漁夫が、お前たちは漁に行った時に川から掬い上げたのだと打ち明けますと、少年は「本当のお父さんを探しに行く」と言い出しました。どうか家にいてほしいと頼みましたが頑として聞きませんので、旅立ちを許してやるよりありませんでした。

 少年は家を出て、何日も何日も歩いて行きました。すると大変な大河の前に出ました。河原には老婆がいて、立ったまま魚を捕っていました。

「こんにちは。おばあさんが健康でありますように!」
「ありがとうよ」
「お婆さんが魚を捕まえるまでには、随分長くかかるんでしょうね」
「それなら、お前がお父さんを見つけるまでにも随分長くかかるだろうね。ところでお前、この川を一体どうやって渡るつもりだい?」
「そんなこと、僕には分からないよ」

 すると老婆は、少年をおぶって向こう岸へ渡してくれました。それから少年は長いこと探し続けましたが、本当の父親はなかなか見つかりませんでした。

 一年経つと、二番目の少年も兄を探しに出かけました。彼も例の河原に着き、兄と全く同じ目に遭いました。

 とうとう、家に残ったのは末の妹だけになりました。妹は兄たちの安否を心配し抜いて、とうとう漁夫に泣きつき、許可をもらって兄たちを探す旅に出ました。こうして、やはり大河の河原に着いて、そこにいた老婆に挨拶しました。

「こんにちは。おばあさんが健康でありますように!」
「ありがとうよ」
「お魚が上手く獲れるといいですね」

 この言葉を聞くと老婆は上機嫌になり、娘をおぶって河を渡してやったうえに、木の枝の鞭を渡して言いました。

「お前はいい子だ。この道をどこまでも行くのだよ。大きな黒犬の傍を通るだろうが、無駄口を叩いたり覗き見たりしないで、落ち着いて通り過ぎなければならない。その次には開け放たれた大きな屋敷の前に出る。門の敷居の上にこの鞭を落として、屋敷の中を通り抜けて向こう側に出るんだ。そこに古井戸があって、中から大きな木が一本生えている。その枝に鳥籠が掛けてあって、鳥が一羽入っている。その鳥籠を取って、それから井戸の水をコップに一杯汲んで、この二つを持って同じ道を帰ってくるのさ。敷居の所に来たら、落としておいた鞭を拾うのだよ。それを使って、さっきの黒犬の脇を通る時に犬の頭を打つ。外さないように気をお付け。それが済んだら、さっさと私の所へ帰っておいで」

 何もかもが老婆の言ったとおりで、おまけに帰り道で兄二人に会いました。二人は世界を半分も探し回ったのです。それから三人連れ立って行くうちに、黒犬が寝そべっている所に出ました。その頭を妹が鞭で殴りつけたところ、犬は美しい王子に変わって、一行に加わりました。

 河原には老婆が待っていて、全員が無事に戻ってきたのを見ると、たいそう喜びました。そしてみんなをおぶって河を渡してやると、どこかへ行ってしまいました。この老婆も、これで魔法が解けたのです。

 三兄妹と王子は漁夫の家に帰り、再び巡り合えた喜びを分かち合いました。

 ところが、二番目の息子は家にじっとしていることができず、石弓を持って狩りに出かけました。くたびれたので休んで笛を吹いていたところ、近くで狩りをしていた王が聞きつけて近寄ってきました。王はこの見知らぬ立派な若者を見て尋ねました。

「お前などに、誰がここへ狩りに来てよいと申したのか」
「どなたのお許しもありません」
「お前は一体、何者なのか」
「わたくしは、漁夫のせがれです」
「いや。あの漁夫には子供はいなかったはずだ」
「お疑いならば、わたくしの家へおいでください」

 王は言われるままに漁夫の家を訪ね、子供たちの出生に関する話を聞きました。その時、壁に掛けられていた鳥籠の中から、鳥がこんな風に唄い出しました。

  お母さまは一人きり。独りで牢におこもりです。
  もしもし王さま、尊いお方、これはあなたのお子さま方。
  邪悪な二人の妹が、お子さま方を川に沈めた。
  それを漁夫が拾い上げた。

 これを聞いて、みんなびっくりしました。王は、鳥と漁夫と三人の子供たちを連れて城に戻り、牢獄の戸を開けてお妃を外へ出しました。お妃は病み呆けて見る影もなくなっていましたが、末の妹があの井戸から汲んで来た水を飲ませますと息を吹き返しました。邪悪な叔母たちは焼き殺され、末の姫は黒犬の王子と結婚しました。


参考文献
完訳 グリム童話集3』 金田鬼一訳 岩波文庫 1979.

※ドイツの民間信仰によれば、《百合の草むら》は死者の霊が再生する場所で、そこへ行くということは死から蘇るということであり、祝福されるべきことであったようだ。つまり、三人の子供たちは《冥界から戻った者》である。彼らの冥界行きと帰還は、大河を渡っての旅でも表されている。 

幸せ鳥パイパンハソン  中国

 ずっと昔。ある王に賢い王子がおり、王子は城の側に住む羊飼いの娘、ダワ・ドルマと恋仲だった。しかし、結婚したいと言うと父王は怒った。

とうとい白檀の木にケチな雀がとまれると思うか? この先 王になるお前に、貧乏人の嫁などもってのほかだ! 妃の冠はテンジン・ヌモにだけ相応しいというもの。わしはもうお前のために仲人をたて、結婚の申し込みをしておるのだ」

 ダワ・ドルマは貧しい羊飼いの娘だが、天女か湖のほとりに咲くケサンの花のように美しい。対して、テンジン・ヌモは何万という牛や羊を持つ大金持ちの娘だが、悪魔のように醜い顔と心の持ち主で、誰にも恐れられていた。

 王子が猛反発したので、王は妥協策として両方の娘と結婚することを認め、先に男児二人と女児一人を生んだほうを正妃にせよと言った。

 そして王子は二人の妻を持った。ダワは働き者で優しく、召使にまで好かれた。王子の愛は勿論ダワの上にあり、テンジンは冷たく捨て置かれてダワを憎んだ。

 一年後、ダワとテンジンは一緒に身ごもった。王子はどうかダワに男児二人と女児一人が生まれてくれと日夜祈ったが、いよいよ出産の時に、隣国の祭に遣わされて留守にせねばならなくなった。

 王は、ダワとテンジンに命じた。

「男児二人、女児一人を生んだ者はホラ貝を吹け。そうでない者は羊飼いの笛を鳴らせ」

 月のない夜、二人は子供を産んだ。ダワは男児二人と女児一人を生んだが、テンジンの生んだのは三匹の子犬だった。テンジンは侍女に命じて子供を入れ換え、ホラ貝を吹き鳴らした。王は喜んでテンジンに妃の冠を被せ、ダワを牢屋に入れた。貧乏人は最初から運に見放されているのだと決めこんで、彼女の言い分を聞こうともしなかった。

 それから、王が子供の幸運を祈るために馬でラマ寺に出かけた隙に、テンジンは召使に言いつけ、ダワの目をくりぬかせて、地の滴る眼窩に煮えた油を注がせた。ダワの瞳は星のようでとても美しかったから、憎かったのだ。ダワはふためと見られぬ顔になり、一生出られぬ深い牢獄に繋がれた。

 戻った王子は愛しい妻を見つけられず、以来、朝から晩まで

私の愛するケサンの花は枯れ
私の嫌う野イバラが 山の頂に咲き誇る

 と悲しみの歌を唄った。ただ、三人の子供たちを見るときだけが幸せだった。王子はよく言った。「この子たちはなんてダワに似ているんだろう!」 

 これを聞いたテンジンは慌て、子供たちをかめに入れて川に流してしまった。

 

 甕は川を流れ、九つの金の橋と九つの銀の橋と九つのトルコ石の橋を過ぎ、九つくねくね曲がり、ラケン山の下の河原に止まった。そこに貧しい水運びの老人が一人で住んでいたが、水汲みに来て甕を見つけた。貧しい自分では三人の赤ん坊の世話はできないので、三つの家に養育費を払って、一人ずつ預けて育ててもらった。

 数年が経ち、子供たちは大きくなった。妹が言った。

「この先、まだよその家に世話になっていては、父さんがこれからもずっと水運びと芝刈りで稼がなくちゃならないわ。私たちもう大きくなったんですもの、働きましょうよ。父さんに少しは楽をさせてあげなくちゃ」

 二人の兄も賛成し、水汲みの老人に言って一本ずつすきをもらい、山に畑を作った。老人は子供たちが働き者なのを喜んだ。そして親子四人で山に行って、長兄が荒地を鋤くと金がひと山、次兄だと銀がひと山、妹だとトルコ石がひと山出て、家を建て、牛や羊も飼って、幸せに暮らせるようになった。

 この話は城にも伝わった。その頃、王は死んで王子が後を継いでいたが、王妃となったテンジンは、噂話からその三兄妹がかつて自分が捨てたダワの子供たちだと気付いた。不安になった彼女は子供たちを殺そうと思い、貧しい老婆に変装して、大雪の晩に、水汲みの老人の家の前で倒れた。三兄妹と老人は老婆を家に運び入れて暖め、暖かいバター茶を振るまった。テンジンは子供たちの星の瞳を見ていよいよ恐ろしくなり、早く殺してしまいたいと思った。老人が夕ご飯を食べて行ってくださいと勧めたので、これ幸いと、お礼の菓子を差し出した。

 二人の兄がその菓子を受け取ろうとしたが、突然、妹は昨夜見た夢を思い出した。小馬が「明日人からもらったものは、決して食べちゃダメだよ」と言う夢だった。それで菓子をひとかけ犬にやると、犬は鳴きながら転げまわって血を吐いて死んだ。テンジンはその隙に逃げてつかまらなかった。

 子供たちは何故あの老婆は自分たちを殺そうとしたのか悩み、父に尋ねた。水汲みの老人は、彼らを河原で拾った話をした。子供たちは泣いて言った。

「美味しい草がいっぱいあっても、母さん羊がどこにいるのか判らなかったら、子羊はどんなに悲しむことだろう! 小鳥が自由に飛べても、母さん鳥がどこにいるのか判らなかったら、その胸に飛び込んでいけないじゃないか! 父さん、僕たちきっと本当の父さん母さんを探し出して、僕らを殺そうとしたあの婆さんが誰だか突き止めてやるよ」

 子供たちが色んな人に話を聞いてまわるうち、こんな話を教えてもらった。

「ずっと遠くに神の山があって、そこに《パイパンハソン》という幸せの鳥がいる。その鳥を手に入れれば何でも判るようになると言うよ」

 まず、長兄が出かけていった。三つの大きな川と三つの大きな山を越えて神の山に着いたが、あまりに広くて途方にくれた。すると、一人の老婆が羊の毛を紡ぎながらやってきた。訳を話すと老婆は言った。

「この毛糸玉をあげるから、これの後についてお行き。これが止まったら、側の白檀の木に向かって、三度大きな声で「パイパンハソン」って呼べばいい。ただし、どんなことがあっても絶対振り向いてはいけないよ」

「ありがとう!」

 長兄は転がる毛糸玉に付いて山の頂上に着き、白檀に向かって「パイパンハソン!」と呼びかけた。すると後ろからとても綺麗な鳥の鳴き声がしたので、思わず振り向いた。途端に彼は白檀の木に変わった。

 一ヶ月経っても長兄が帰らないので、次兄が出かけた。同じように老婆の教えで山の頂上に行き、「パイパンハソン!」と呼びかけると、後ろからとても綺麗な鳥の声がした。しかしじっと我慢して、もう一度「パイパンハソン!」と呼びかけた。すると更に綺麗な声が聞こえたので、我慢しきれずに振り向いてしまった。途端に白檀の木になった。

 また一ヶ月経って次兄も長兄も帰らないので、老人がとめるのも聞かず、末の妹がでかけることにした。止める老婆をおしきって同じ手順でパイパンハソンを呼んだが、妹はじっと我慢して、三度目まで振り向かなかった。すると、肩に緑色の小鳥が一羽とまり、こう唄った。

貴い白檀の木は神の山にだけ繁るもの
この幸せ鳥は本当の勇気のある人のもの

 妹がパイパンハソンに「私の兄さんたちを探して」と頼むと、小鳥は白檀の木に向かって三度鳴いた。途端に、兄二人の魔法が解けて元の姿に戻った。兄妹三人は、鳥を連れて喜び勇んで家に帰った。

 家に帰ると、パイパンハソンは望むまま、これまでのことを全て教えてくれた。三兄妹は必ず母の仇をとろうと誓い合った。ちょうどそこに、三人を王宮へ招待したいという王妃の使いがやってきた。

 テンジン王妃は、三兄妹が幸せ鳥を手に入れたという噂を聞いてますます恐ろしくなり、椅子にもご馳走にも全て毒をしこんで、三人を招いたのだった。しかし、予めパイパンハソンの助言を受けていた子供たちは、椅子にも座らなかったしご馳走も食べなかった。

 そこへ王がやってきた。王は三人の子供の顔を見ると、とてもよく見知っている人のような気になった。

「みなさん、どこかで会ったことがありますね。特にこのお嬢さんには」

 妹の肩にとまっていたパイパンハソンが王に向かって唄った。

サラサラ流れる小川の数々
みな雪山が源なのに
雪山よ、何故それがわからないの?
この年若い兄妹はあなたの実の子供なのに
王よ、何故それがわからないの?

「えっ、私の子供だって!?」

 王は驚いて叫び、パイパンハソンはこれまでのことを全て話した。王はすぐにテンジンを捕らえ、牢屋からダワを救い出した。ダワは目を失い、骨と皮ばかりになって息も絶え絶えだったが、パイパンハソンが星空に飛んで一番輝く二つの星をくわえて戻ってダワの目に入れると、元よりもっと美しくなった。

 親子は再会を喜び、水運びの老人も城に呼んで、みんなで仲良く幸せに暮らした。


参考文献
『世界むかし話10 金剛山のトラたいじ』 鳥越やす子/佐藤ふみえ訳 ほるぷ出版 1979.

※羊飼いの娘ダワ・ドルマと王子の馴れ初めは語られていないが、シンデレラたちの多くががちょう番や羊・牛の番をしていたことと考え合わせると、シンデレラ的な前日談がそこにあったのかもしれない。

 子供は容器に入れられて川に流され、拾われて育てられる。これはモーセやサルゴン王、ジグルトなどの英雄譚でもお馴染みのモチーフだ。また、川を流れてきた容器の中の子供を貧しい老人が拾い、子供は老人に富をもたらすくだりは、【桃太郎】や【瓜子姫】等の小さ子譚を思わせる。川を流れてきた小さ子の助力で大地を耕すと宝が出るのは「花咲爺」にも似ている。テンジンが殺したはずの継子たちが生きていると知って老婆に変装して訪ねて毒入りの菓子を与えるくだりは、【白雪姫】と共通している。

 目を潰されてけして出られぬという深い牢獄に入れられていたダワは《死》の状態にあったと言える。(普通、眼窩に煮えた油を入れられたら死ぬだろう。) 子供たちに様々な助言をし、ダワに目をはめこんで甦らせるパイパンハソンは、ダワ自身の魂だったと見ることも出来る。子供たちが神の山(冥界)から母の魂を呼び戻したのだ。

 マケドニアの類話では、三人姉妹はそれぞれ「もし私が王と結婚したら、王にこういうことをしてあげる」と話し合っていて、立ち聞きしていた王は「金の髪に真珠の歯の男の子二人と女の子一人を産んであげる」と言った末娘を妃にする。冥界の宝を取りに行くよう唆す老婆は、類話によっては子供たちを川に捨てた伯母自身とされ、因縁を強められている。



参考--> 「ラール大王と二人のあどけない姫」[二人兄弟



チャンパの七人兄弟と妹の話  インド

 昔、七人の妃を持った王がいた。妃はみな美しかったが、中でも一番若い妃のスラタは美しく、また気立ても良かった。王はこの妃を最も愛し、他の妃たちはそれを妬んでいた。

 七人の妃の誰にも子が無く、みな悲しんで熱心に神に祈っていたが、急にスラタただ一人が懐妊した。王はますますこの妃を愛し、他の妃たちはいよいよ憎しみを燃やした。

 ついに赤ん坊が生まれる段になると、第一妃は産婆を雇おうとする王をとめて、自分たちに任せるように言った。王もスラタも六人の妃たちを信じて任せたが、彼女達は生まれた八つ子――七人の王子と一人の姫――をタオルにくるんで裏庭のチャンパの木の下に埋め、籠にはネズミと子犬と子猫を入れておいた。王は絶望し、呪われた妃スラタを追放した。

 それ以来、国は不幸に包まれた。王は押し黙ってどの妃にも逢おうとせず、都全体が死んだようで、木々に花さえつかなかった。こうして数年が過ぎた。

 ある朝、庭師は古いチャンパの木に幾つか花がついているのを見つけた。彼はその美しい花を摘んで王に届けようとしたが、手を伸ばすと枝は跳ねあがり、梢から声が聞こえた。

『花は一つだってあげられない。王さまを連れてくるのでなくては』

 庭師の報せで王が来たが、やはり枝は跳ねあがり、『花は一つだってあげられない。第一のお妃を連れてくるのでなくては』と言う。そうして妃が一人ずつ連れてこられ、最後に『花は一つだってあげられない。一番若いスラタを呼んで来なくては』と言った。誰もスラタの行方を知らなかったが、王が都の隅々まで捜索させてみると、崩れかかった牛小屋で貧しい暮らしをしていて、見る影もなくやつれていたのが見つかった。しかし、彼女が手を伸ばすと枝がこちらへ垂れてくるのと同時に、花から七人の兄弟と一人の娘が飛びだし、「お母さん」と呼んでスラタに取りすがった。

 娘のパルールが全てを話し、六人の妃たちは穴に埋められた。王はスラタと八人の子供たちを王宮に迎えて、それからはたいそう幸せに暮らした。



参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.

※チャンパとは木蓮の一種で、黄色い大きな花が咲くのだそうだ。花から子供たちが出てくる筋立ては、その花を人の赤ん坊に見たててのイメージらしい。

 赤ん坊の生る木、というとアラビア起源らしい人頭木(ワーク・ワークの樹)の伝説を思い出さずにはいられないが、聖木を冥界そのものとみなす時、その枝に密集する花や果実は、冥界で憩う死者の魂になぞらえられていたのではないか。

 選ばれた人間にだけ枝を下げる木、というモチーフは「一つ目、二つ目、三つ目」等でもお馴染みである。

 

クノクアとボマイタウペ  パプア・ニューギニア チムブ地方 カマヌク族

 イリプイの向こうに住んでいた少女ポマイタウペは頑なな性格で、どんな若者が踊りに誘おうとも怒って追い返してばかりいた。けれどある日のこと、母と草取りをしていたボマイタウペは、一人の見知らぬ若者が通りかかったのを見て胸を高鳴らせた。彼はクノクアというカマヌク族の男で、パレから訪ねてきたのだ。

「私、あの人としたい」
「それなら枯草捨て場へお行き」

 娘は行って、クノクアとした。そして戻ると、母に「私、あの人と一緒に行くわ」と告げた。

 母は頑なだった娘の変わりように驚いたが、唯一飼っていた雌豚を殺すと土かまどで煮て脂を取り、ドンドゥン・キレンの葉で娘の体に擦り込んでやったところ、娘の肌は甲虫コンド・コンダウグルのように輝いた。額には宝貝の鉢巻きを結んでやり、カワグルの羽根をこめかみに、アラグルの風切り羽根を小鼻に挿した。首には真珠貝の飾りをかけ、一の腕、二の腕に腕輪をはめ、飾り帯を巻き、足輪を着けた。

 それらが済むと、豚を土かまどから出してはらわたを抜き、塩をまぶし、若い夫婦に食べさせた。残った分は網袋に入れてボマイタウペが担ぎ、クノクアの後に付いて出発した。

 シケワケの道を通ってコグルコンブグロの石窟まで来ると、クノクアが言った。

「お前はここで待っておいで。この下に罠を仕掛けてあるんで、ちょっと見てくるから」

 クノクアは一人でシケワケ川へ降りて行った。ポマイタウペが一人になると、ひょっこりクモカマが現れた。クモカマとは悪い神霊である。クモカマはトカマの外れで掘った甘芋を、古ぼけた網袋に入れて頭に乗せていた。座っているボマイタウペの近くまで来ると、クモカマは尋ねた。

「おや、お前、誰と来たんだい? ここで何をしているんだ」
「私の夫のクノクアと来たんです。夫は今、下に罠を見に行っているの」

 するとクモカマは言った。

「その手と肌に着けているものを私におよこし。その奇麗な髪、腕輪に首飾り、こめかみのカラグルに鼻のアラグル、いいからみんな寄越すんだ」

 仕方なく、ボマイタウペは言われるままに全てを譲って、クモカマの身を飾った。代わりに、クモカマは汚い網袋をボマイタウペの頭に押しかぶせた。そして荒っぽく蹴とばすと、ボマイタウペは飛んで行ってチムブ川にぽしゃんと落ちた。

 それから、クモカマはボマイタウペの座っていた場所に腰をおろした。間もなくクノクアが坂を登って戻って来たが、そこにいるのをボマイタウペだと思って、そのまま連れて行った。

 少し進むと、コグルコンブグロの石窟の中から子供が一人飛び出してきた。クモカマが「あらまあ、子供が一人出てきたわ」と言った。それからも道を進む間中、次々と子供が出た。それらを全て網袋に入れたがすぐにいっぱいになり、両手でも持ちきれなくなってきた。そこでウル川の上手にクノクアが細長い大きな小屋を建てて、そこに子供たちを入れた。小屋は子供でいっぱいになった。

 子供たちはあっという間に大きくなり、チムガ川へ魚を獲りに行った。すると川の中から一人の男の子が現れて、太鼓を叩きながらこんな歌を唄った。

  僕の父さんクノクア・クア
  僕の母さんボマイタウペ・タウペ
  父さん騙され
  おお酷い、おお酷い

 唄い終わると太鼓を振り上げて、子供たちの頭をぽこぽこ叩いた。子供たちは一目散に逃げ帰って父に報告した。そこで、次に子供たちが魚獲りに行く時にクノクアも付いて行って、身を隠して様子を見ていると、果たして水の中から太鼓を持った男の子が現れて、それを打ち鳴らし石から石へぴょんぴょん跳び渡りながら唄った。

  僕の父さんクノクア・クア
  僕の母さんボマイタウペ・タウペ
  父さん騙され
  おお酷い、おお酷い

 そして、またもその太鼓で子供たちの頭を叩き始めた。その時、クノクアが飛び出して男の子をしっかりと腕に抱きとめた。途端に男の子は水に変わったが放さなかった。すると蛇に変わったが放さない。次にトカゲになり、しまいに蛙になったが放さなかった。すると男の子が言った。

「放してくれよ、痛い、痛いったら。あの女が僕と母さんを水に突き落として、父さんを横取りしたんだよ」
「何? それは一体いつのことだ?」
「父さんがシケワケ川へ罠を見に降りて、母さんが上で待っていた時だよ。そこへクモカマが来て、母さんの飾りをみんな剥ぎ取って自分に着け、僕たちを水に蹴落とした。その後で母さんのいた場所に座って、戻ってきた父さんは気付かずに連れて帰った。コグルコンブグロの石窟を通り過ぎた頃から、次々子ができた」

 父は全てを理解した。

「そうか。それなら俺がディウネ(野菜の一種)を叩き斬る。お前は母さんを連れてこい」

 そう言って立ち去ると、クノクアはディウネを探して子供の数だけ収穫し、クルンバの木で枕を作った。枕を細長い小屋に並んで眠っている子供たち一人一人にあてがい、一本ずつディウネを乗せると、最後に入口で眠っている母親の所にも一組セットした。そして声を荒げて、「みんなしっかり目をつぶれ。ディウネを切るぞ」と叫ぶと、端から全員の首を打ち落としていった。落としたものを両手でかき集め、チムガ川へ持って行って捨てた。

 それから、本物の妻のボマイタウペと息子を連れてパレ・マウグレへ帰り、その向こう側に住んで落ち着いた。息子も娘も次々に生まれた。

 クノクアは矢を尖らせてモンディアへ放ち、ドゥマへ放ち、ノンボへ放った。再び尖らせてクノへ放ち、クマンへ放ち、アサロカへ放った。即ち、これらの部族は全てクノクアとボマイタウペの子孫である。

 ボマイタウペのあの息子が現れなかったならば、クモカマの子孫が増え続けて地に溢れたことだろう。そうなれば、我々が美しい花嫁を連れて来ても、みなクモカマが飾りを剥ぎ取って水に蹴落としてしまったことだろう。クノクアがディウネを折って奴らの首を次々に刎ねたからこそ、我々の子供は今、ほどよい人数が期間を置いて産まれてくる。


参考文献
『世界の民話 パプア・ニューギニア』 小沢俊夫/小川超編訳 株式会社ぎょうせい 1978.

※話の展開は全く違うのに、どことなく「中国の七夕伝説(三路と亜斑)」を思い出させる話である。出だしの部分の展開は非常に素朴かつ露骨だが、訪ねてきた男性と目線を交わした途端に「見合いして(性的関係をもって)」結婚を決めてしまうのは、日本神話のオオクニヌシとスセリヒメのエピソードを思い出させる。

 

 石窟の前を通ると子供が出てきて、以降は延々と子供が出続けるくだりはかなり抽象的でシュールに思えるが、要はクモカマが多産の女神であって、石窟…膣からぽろぽろと子供を産み落とし続けた、ということなのだろう。

 川に落とされて死んだ子供が水の中から出てきて唄う点は、「三羽の小鳥」と共通しているように思われる。

 

 クモカマは何故網袋を持っているのだろう? 日本の二口女(山姥)の民話では、山姥は樽を持っていて中に人間を入れて連れ去る。イタリアの話では袋を持ち、インドの話では籠を持ち、オセアニアの話では網袋を持っている。これらは山姥(人食い女)が捕まえた人間を入れるためのものだ。そしてまた、この根底には《冥界神が人間の魂を捕らえる》という観念があるように思われる。



かわいい子牛  中国

 昔、妻を三人持った役人がいたが、子が無かった。仕事のため遠くへ出発しなければならない時、一番年上の夫人は黄金を、二番目の夫人は銀を、それぞれ帰ってきたとき夫に与えると言ったが、一番若い夫人は息子を一人差し上げますと言った。役人は喜んだが、上の二人の夫人は嫉妬した。

 一番若い夫人が本当に男児を産んだとき、第一夫人は彼女の頭を赤い布で包んで目を塞ぎ、第二夫人は銅鑼を叩いて気絶させた。そしてその間に、第一夫人が子供を蓮池の中に投げ込んでしまった。しかしなぜか沈まない。そこで第二夫人が子供を藁と草に包んで、水牛に食べさせた。一番若い夫人本人には「生まれたのは肉塊だった」と教えた。

 やがて役人が帰り、第一夫人は金を、第二夫人は銀を差し出したが、一番若い夫人は恥じて出てこなかった。役人は訳を尋ね、生んだのが肉塊だったと聞くと怒って、一番若い夫人に水車小屋で米を搗かせた。

 間も無く、例の年取った水牛が子牛を生んだ。金色で絹のようにすべすべしていて、一日中主人に付き纏って甘えた。主人もかわいがって自分の食べ物を分けて与えていたが、ある日ふと思いついて「人の気持ちや言葉が分かるなら、これをお前の母親のところへ持っていってごらん」と小麦粉のお焼きを乗せた皿を与えた。すると子牛は前足で皿を押していき、水牛ではなく、水車小屋の一番若い夫人の許に持っていった。上の夫人達は子牛があの子供の姿を変えたものだと気付き、病気のふりをして、第一夫人はあの子牛の肝を、第二夫人は子牛の皮を得られなければ死んでしまう、と言った。役人はこっそり子牛を山に放し、二人の夫人には別の子牛を買って肝と皮を与えた。夫人達は気付かずに元気になったが、役人はいなくなった子牛を思って嘆いた。

 その頃、ファンという大家で、ある日ある時刻に五色の鞠を窓から投げ下ろし、拾った者を誰でも娘の婿にする、と町中にお触れを出していた。ところが、鞠はあの子牛の角の上に落ちた。娘は「乞食だって人間なのに、私はこんな動物を夫にするのか」と嘆いたが、誓いを破ることもできず、子牛の角に晴れ着をかけて、付いて出ていった。子牛はたいへん早足で、娘の遅れた間に晴れ着を脱いで池に飛び込んだ。娘が追いつくと、水に子牛の皮が浮かび、代わりに美しい青年が立っていた。娘は、最初青年と共に行くことを拒み、私の子牛を捜さなければならない、と言うが、青年こそ子牛だったのだと知って喜んだ。

 青年は娘を両親の家に連れていった。役人は自分に息子はいない、と言うが、訳を聞かされて喜び、上の夫人達を殺そうとした。しかし青年の執り成しで思い止まり、一番若い夫人を家に呼び戻して、幸せに暮らした。



参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.

※この例話では子牛は金色だが、《まだらの子牛》であるのが一般的であるようだ。

 子供を蓮池に投げるが沈まず、水牛に食べさせるくだりは、馬に踏み殺すか食い殺すかさせようと馬小屋に赤ん坊(卵)捨てるが馬がそうしなかったという高句麗の朱蒙伝説を思い出させる。

 高貴な子女が結婚相手を決めるために群衆へ向けて美しい毬を投げるモチーフは、「鉄のハンス」や「毛皮娘」にも見られる。変形しているが、グリムの「蛙の王様」で王女が落とした金の毬を拾った蛙が彼女の夫になるのも、恐らく同様の観念によるのだろう。三兄弟が矢を放つか羽根を舞わせて花嫁を選んだ「蛙の王女」も近い。このモチーフは『千夜一夜物語』にもある(マルドリュス版883〜886夜「王女と牡山羊の物語」)。三人の王女がハンカチを窓から投げて花婿を探すが、末姫のハンカチだけは三度やり直しても牡山羊の角に掛かる。王女はこれも神意とて牡山羊と結婚するが、二人きりになると牡山羊は身を震わせて皮を脱ぎ、天使ハールートのように美しい若者になるのだった。以降は《失われた夫を探す妻》に近い展開になる。




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