>>参考 「あなたはだれ?」「タンスの中の娘」[その後のシンデレラ〜濡れ衣型]【塩のように大事
     「フシェビェダ爺さんの金髪

 

手無し娘  日本 岩手県

 昔、あるところに仲のよい夫婦がありました。かわいいひとり娘がありましたが、娘が四つのとき母さまは死んでしまいました。そのあとに新しい母さまが来たけれど、母さまは継子が憎くてにくくてなりませんでした。どうにかして追い出そうと考えていましたが、もともとかしこい娘でしたから、その折もありませんでした。

 そのうちに、娘は十五になりました。

 継母は、憎い娘だ、なんとかしなければと毎日 考えていましたが、とうとう父さまに

「おらはどうしても、利口なあの子といっしょでは暮らしが出来ないすけに、暇ばくれてくんなせ」

 と言いました。父さまは、いつも継母の言い分ばかり聞いていましたので、

「いやいや、心配することはない。いまに娘はなんとかしてやる」

 と言って、何のとがめもない娘をすぐに追い出す気になりました。

 あるとき、「娘、祭見さ行こう」と、父さまは娘に今まで着せたこともないきれいな着物を着せて、祭見に出かけました。その日はよい日和で、いつにない父さまが誘ってくださるので、娘はたいそう喜んで出かけました。

 ところが、祭見に行くというのに山を越えて行くので、娘は不審に思って、

「父さま、父さま、祭はどこにあるのです」と聞くと、

「ひと山越えふた山越えた、大きな城下の祭さ」と言って、山の奥へ山の奥へと行きました。ふた山越えた谷間に行くと、

「娘、昼飯にするべえな」と言って、もって来た握り飯を食べ始めました。そのうちに、娘はあまり歩いてくたびれたので、いねむりを始めました。それを見ると、父さまはこの時だと思って、腰にさしていた木割りで、かわいそうに娘の両腕を切り落として、泣き叫ぶ娘をそこに残して、ひとりで山を降りてしまいました。

「父さま、待ってくなされ、父さま、いたいよう」と言って、娘は血まみれになって転げながら後を追いかけて行きましたが、父さまは後も見ないで行ってしまいました。

「ああ、悲しい。なんで、まことの父さまにまで、こんなひどい目にあわされるのか」

 と思って、娘はもう帰る家もないので、谷川の水で切られた腕の傷口を洗って、草の実や木の実などを食べて、生きながらえておりました。

 

 あるとき、立派な若者が馬に乗って、お供をつれてそこを通りかかりました。

「はて、人の顔かたちはしているけれども、両手がないが、そなたは何者だ」

 と、藪の中でかさこそしている娘を見つけてたずねました。

「わたしは、まことの父さまからも見捨てられた、手なし娘です」

 訳を聞いた若者は深く同情しました。

「なにはともあれ、わしの家にくるがよい」

 若者は娘を馬に乗せて山を降りました。家に帰ると、母さまに

「母さま、今日は狩は不猟でしたが、山で手のない娘をひろって帰りました。まことにかわいそうな娘ですから、どうか家において下さい」と言って、娘の身の上をのこらず語って聞かせました。

 母さまも心のやさしい人でしたから、娘の顔を洗ってやり、髪を結ってやりました。そうして化粧をしてやると、手なし娘はもとの美しい娘になりました。母さまもたいそうよろこんで、ほんとうの自分の娘のようにかわいがってやりました。

 それからしばらくたってから、若者は母さまに、

「母さま、母さま。お願いでがんすから、どうかあの娘をわしの嫁にして下され」と頼みました。

「あの娘なら、お前の嫁によい。母さまも前からそう思っていたところです」

 すぐに婚礼の祝がされて、そのうち、娘には子供が生れることになりました。

 そんな頃、若者は江戸へ上ることになりました。

「母さま、生まれる子供のことは、お願い申します」

「心配することはありません。子供が生れたら、すぐ早飛脚を立てるんで」

 若者は江戸へ旅立ちました。

 それから間もなく、かわいい男の子が生まれました。母さまは、「娘や、ひと時も早く江戸へ知らせてあげましょう」と言って、子供が生まれたことを書いて、隣の使い走りの男に頼んで、早飛脚を立てました。早飛脚は、山を越え野を越えて行ったので、途中で喉が乾いてある家に立ち寄って、水を貰って飲みました。

 ところが、その家は手なし娘が生まれた家だったのです。

 継母は早飛脚に「そなたは、どこへ行くぞえ」と、たずねました。

「どこって、おらが隣の長者殿の手のない娘が子供を生んだので、江戸にいる若さまのところへ早報せを持って行くところだ」と、なに気なくしゃべりました。

 継子がまだ生きていたと悟って、継母は急に早飛脚をいたわり始めました。

「この暑いのに、江戸までの道中はなんたら大変なことだ。ちょっとばかり休んでおいでれ」

 といって、酒や肴を出してもてなしました。

 飛脚はすぐに酔っぱらってしまいました。その間に、継母は文箱の手紙をとり出して見ると、

「玉とも何ともたとえようのない、かわいい男の子が生れた」と書いてありました。

 継母はこれを見て「憎らしい」と言って、

「鬼とも蛇ともわけのわからない化け物が生れた」と書きなおして、そっと文箱の中へ入れておきました。

 

「ああ、とんだもてなしをしていただきあんした」

 酒を飲んで寝過ごした飛脚は、目を覚まして もじもじしていました。継母はににこしながら、

「戻りにも必ず寄って、江戸の土産話を聞かせてくんなさい」と、親切そうに言いました。

 

 若者は、早飛脚から来た手紙を見て、たいそう驚きました。

 けれども「鬼でも蛇でもよいから、私が帰るまで大切に育てて下され」

 という返事を書いて、早飛脚に持たせて帰しました。

 飛脚は江戸に上るとき立ち寄った家の女房が、もてなしてくれたのを忘れかねて、ふるまい酒にありつこうと、また寄ってみました。すると継母は

「やあ、この暑いのに、今お戻りでがんすか。さあ、あがってござい」

 と言って飛脚を座敷に上げ、「それ飲まんせ、それあがらんせ」と、また酒を飲ませて酔いつぶしてしまいました。そうして、飛脚が眠ったのを見て

「そんな児など見たくもない。手のない娘を見るのもいやになった。子供と一緒に追い出して下さい。それでなかったら、おらは一生家には戻らないで、江戸で暮らします」

 と書きかえて、文箱に入れてしまいました。

 

 飛脚は酔いが醒めると、継母にお礼を言って、野山を越えてやっとのことで長者の家へ帰りました。

 若者の母さまが「息子からのことづけか」と手紙を見ると、思いがけないことばかり書いてありました。

「大変なことだ。途中でどこへも寄らなかったかえ」と母さまが訊くと、飛脚は

「なに、どこへも寄らねえだよ。馬みたいにまっすぐ行って、まっすぐ戻って来ましただよ」

 と、嘘を言いました。

 それでも、江戸の息子がもどって来てからのことにしようと、今日は帰って来るか、明日は帰って来るかと、手紙のことは娘に知らせないで待っていました。けれども、若者は帰って来るようすもありませんでした。

 母さまは仕方なく、娘を呼んで、江戸の息子からこんな手紙が来たと語って聞かせました。娘は大そう悲しみました。そしてやっとのことで、

「母さま、この片輪者の私にかけて下さったご恩を一つも返せないで出て行きますのは悲しいことだけれども、若さまの心とあれば致し方ありません。出て行きます」

 と言って、子供を負ぶわせてもらって、母さまに別れて泣く泣く家を出て行きました。

 

 家は出たけれども、娘は行くあてもないので、足の向くまま行くが行くうちに、ひどく喉が乾いてきました。やがて水の流れのあるところに来ました。水でも飲むべと思って、屈んで飲もうとすると、背中の子供がずるずると背から抜け落ちそうになりました。

「やあ、誰か来て」と言いながら、必死に無い手で抑えようとすると、不思議なことに両手がちゃんと生えて、ずりおちる子供をしっかり抱きとめていました。

「やあ、うれしい、手がはえて来たよう」と言って、娘はたいそう喜びました。

 それから間もなく、若者は子供や妻や母さまに早く会いたいと、急いで江戸から帰って来ました。けれども、娘も子供も旅に出たということを知りました。

 いろいろ母さまの話を聞いてみると、早飛脚に立てた隣の使い走りの男が怪しいことがわかりました。そうして飛脚にいろいろ問いただしてみると、継母の家で酒を飲まされたことがわかりました。

「かわいそうに。それでは一刻も早く娘をさがして来てたもれ」と、母さまは若者をせき立てて娘を探しにやりました。

 若者はあちこち探し歩いて、流れの側のおやしろまで来ました。すると、子供を抱いた一人の女乞食が、神さまに一心に祈っておりました。

 うしろ姿を見ると、どうも妻によく似ているけれども、両手があるので、若者は不思議に思いながら声をかけてみました。そうして振り返るのを見ると、女乞食は間違いなく手なし娘でした。

 ふたりはたいそう喜んで、共にうれし泣きに泣きました。どうしたことか、その涙のこぼれるところには、うつくしい花が咲きました。

 それから三人はいっしょに帰りましたが、帰る道々、草にも木にも花が咲きました。

 

 その後、継母と父さまは娘をいじめたとがで、地頭さまに罰せられたということです。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※手無し娘が喜びの涙を流すと美しい花が咲くが、イラクの類話「モハメッドの花」でも同様に花が咲いている。もっとも、微笑めば花が開き、笑えば口から花がこぼれ、泣けば涙が宝石となる……というようなイメージは、民話では神霊に祝福された美しい娘がよく持っている能力だ。

手無し娘  日本 新潟県

 父が上方詣でに出た隙に、継母が継子の腕を引き抜き、梅の木に吊るす。亡母があの世でこれを知って、閻魔様の許しを得て、イタチの皮を着てこの世に戻り、縄を食い切って助ける。

 継子は家に帰らずにさまよい、庄屋の敷地の梅の実を口で食べているところを、そこの家の息子に発見される。家に引き入れて親に隠して養っているうちに妊娠する。

 息子が上方に行っている間に子が生まれたので、使い走りに「無事生まれた」と手紙を持たせて報せたが、途中で泊まった継母の家で「鰐口、猿目、団子鼻の子が生まれた」と書きかえられる。「それでも大事にしろ」と返事をするが、帰りにも書きかえられて「追い出せ」となる。

 娘は家を追われ、子供に乳がやれずに困っていると、行き会った婆が乳を飲ませてくれた。婆に「井戸に行って右手を傾けると右手が、左手を傾けると左手がつく」と教えてもらい、その通りになって、一軒家で暮らしはじめる。

 上方から帰った息子は事態を知り、妻子を探して旅に出る。例の一軒家に行って休んでいると、子供が「父ちゃん」と言って膝に乗り、元の夫婦だとわかる。共に帰って幸福になる。


参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950.

手無し娘  日本 山梨県

 大阪の大きな商家、日野屋に二人の娘があった。姉娘は死んだ前妻の子だった。

 ある時、姉娘に京の日野屋の一人息子との縁談が持ち上がった。継母は自分の娘を嫁にやりたくて、夫にあれこれ吹き込み、たきつけて、とうとう山で殺してくるように命じた。しかし父親は殺すことが出来ず、ただ左腕だけ切り落として、証拠として持って帰った。継母は姉娘は死んだから妹娘を嫁に、と言ったが、断られた。

 左腕を切られた娘を、亡母の化身である猿が手当てし、食事を運んで養った。三年後、猿は娘を寺の境内に連れて行った。そこで梅と桃の実を食べようとしているところを寺男に咎められ、娘は

花は咲くとも梅は生るな
花は咲くとも桃は生るな

と呪った。

 さまよううち都に出て、大きな屋敷のかりんの実を取ろうとして庭男に発見された。継母のために京の日野屋の嫁になり損ねた、と身の上を語ると、庭男はその屋敷の息子にそれを伝えた。その屋敷こそ京の日野屋だったのだ。娘は迎え入れられ、嫁になった。

 息子が西国に行っている間に子供が生まれた。それを報せる飛脚が立てられたが、娘の実家にも報せようと途中で立ち寄らせたので、継母は手紙を「猪猿の子が生まれた」と書き換えてしまった。「それでも俺の子だから大事にせよ」と返事を出したのを、帰りに継母がまた「追い出せ」と書き換えた。

 娘は子供もろとも追い出され、手が無くて子供に乳がやれずに困っているのを和尚が助けてくれた。和尚に教えられて泉に行き、言われた通り片手で水をすくって飲もうとすると、おぶっていた子供が落ちそうになり、あっ、と手を差し伸べた時、手が元通りに生えた。それから、母子は寺の飯炊きになった。

 帰った息子は事態を知って、六部(山伏)になって妻子を捜し歩いた。三年目に例の寺に辿りつくと、子供が「お父さん」と言って膝に上がった。

 親子三人は家に帰り、父母と幸福に暮らしたが、継母の大阪の日野屋は潰れてしまった。


参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950.

※果実を食べていて見とがめられた手無し娘が、不作の呪いをかけるモチーフが入っている。

手無し娘  ドイツ

 あるところにやもめの男がおりました。男には娘が一人あり、いつも隣の家の女のところへ行っては髪を梳いてもらい、そのお返しに家事の手伝いをしたりしていました。その隣の家の女もやはりやもめで、そのうち娘が父親と女の結婚を勧めたので、二人は結婚し、女は自分の一人娘を連れてきました。

 何年か経って娘たちが年頃になると、男の娘は器量良しで引く手あまたなのに、女の娘はそうではありませんでした。女は日増しに継娘を憎むようになり、とうとうこの子を亡き者にしようと決めました。

 女は森の盗賊に依頼して、継娘を殺してしまうように頼みました。いつものように娘が森で働く父親に弁当を持って行くと、盗賊が出てきて、必ず同じ道を戻るように言いました。娘は怖くて泣くほどでしたが、父親に打ち明けることさえ出来ず、また同じ道を戻って盗賊たちに捕らえられました。

 盗賊たちは娘があまり泣くので哀れに思い、命だけは助けてやろうと決めました。けれど、彼女の体の一部を証拠として持ち帰らねばなりません。

「こいつの目をくりぬいていこう」と、一人が言いました。
「それより舌を引っこ抜いていこう」と、もう一人が言いました。
「それより、手をちょん切っていこう」と、三人目が言いました。

 これで決まりました。盗賊たちは娘の両手を切り落として、命は取らずに逃がしてやりました。

 娘は森の中を散々歩き、空腹と疲労で死にそうになったとき、果実のたわわに実った果樹園に辿りつきました。手がないので、枝から直接 果実をかじって食べました。

 ところで、この果樹園は王さまのものでした。ある日、王さまが果樹園を散歩すると、果実という果実がみな下からかじられています。王さまは不思議に思いましたが、その日の夕方、娘が風が枝をしならせるのを狙って果実をかじるのを見てしまいました。

 娘は見つかったことを知ってひどく怯えましたが、やがてこれまでのことを全て話しました。王さまは娘が美しいのを見て心動かされ、娘を連れ帰って、まもなくお妃にしました。

 

 それからしばらくして、王様は戦争へ出なければならなくなりました。王様の留守の間にお妃は双子を生みましたが、王さまの母親は若いお妃が気に入らなかったので、戦場の王様へ宛てて「あなたのお妃はネコの子と犬の子を産みましたよ」と報せてやったのです。

 王様はこれを本当だと思いこみ、すぐさま「妃を追い出せ!」と返事してよこしました。お妃は二人の赤ん坊をくくりつけられて城から追い出されました。

 お妃はさ迷い歩き、飢えと乾きでへとへとになったとき、泉に辿りつきました。喜んで屈んで水を飲もうとすると、傍らに「この水飲む者 鹿になるべし」とあります。仕方なく別の泉を探して、飲もうと屈みこみました。

 その時、背負っていた片方の子供が暴れて、すんでで水に落ちそうになりました。お妃は思わず、無い片腕を差し伸べて子供を救おうとしました。そして気がつくと、水に浸った腕には元通り、手が生えていたのです。お妃はもう片方の腕も水に浸してみました。するとそちらも元通り手が生えました。

 お妃は大変 元気付いて、先へ進み、夜になったので木に登って辺りを見ると、遠くに明かりを見つけました。それは一軒の家で、戸は開いており、テーブルには食べ物や飲み物が並んで、牛小屋には牝牛が一頭、鳥小屋までありました。誰も帰ってこなかったので、お妃はそのままそこに住みつき、七年が経ちました。

 

 さて、王様はお妃を追い出したことをずっと悔やんでいました。七年経ったある日、狩りの途中で再びお妃を見つけた夢を見て、王様は家来を一人連れて森の奥へ入りました。そしてお妃と子供たちの住む家を見つけ、ここに一晩泊めてもらうことになりました。

 お妃はすぐさま王様だとわかりましたが、王様の方はわかりませんでした。というのも、今ではお妃にはちゃんと両手があったからです。一同は一緒に夕飯を済ませ、お客は床に就きました。子供たちと女主人は、まだ起きて鳥の羽をむしっていました。

 王様の家来は目が冴えて眠れなくて、女と子供たちが話しているのを聞くともなしに聞いていました。

 そのうち、眠っている王さまの片手が、だらんとベッドの外に垂れました。すると女が子供の一人に言いました。

「お前、行って、お父様のお手々をベッドに入れておあげ」

 小さな坊やは、一人では王様の腕を持ち上げられませんでした。するともう一人の子も側へ行って、手伝ってやりました。

 そのうち、王様が今度は足をベッドから垂らしました。するとまたしても女が言いました。

「お前、行って、お父様のあんよをベッドに入れておあげ」

 今度も二人目が手伝ってやらなくてはなりませんでした。

 しばらくすると、王様が頭をがっくり垂らしました。女はまた子供たちに言いつけましたが、頭は重くて子供たちの手では持ちあがりません。すると母親が自らやってきて、王さまの額にキスしてからベツドに乗せました。

 あくる日、王様は家来と共に再び狩りを続けました。道みち、家来は昨夜聞いたことを王さまにお話しました。二人は夕暮れになるとまた同じ小屋に戻ってきて、もう一晩泊めて欲しいと頼みました。女主人は喜んで迎え入れて、お客のために美味しい夕飯を作ってもてなしました。

 食事が済むと王様は横になりましたが、今夜は眠ったふりをしているだけで、わざとベッドから手を垂らしました。すると女がこう言うのがはっきり聞こえてきました。

「お前、行って、お父様のお手々をベッドに入れておあげ」

 王様の腕は子供一人では持ち上げられず、もう一人が手伝って、やっと戻しました。

 しばらくして王様は、再び足を垂らしてみました。するとやはり女が子供たちに言いつけて直させました。

 最後に王様は、頭をがっくり垂らしました。すると女が自らやってきて、王様の額にキスして、ベッドに戻してくれました。

 王様はそこで目を開け、どうして私が分かったのか、お前は本当に私の妃なのか、と尋ねました。お妃はそこで、手首に残る傷跡を王様に示しました。

 王様はすぐに家来に言いつけて、城からお妃用の四頭立ての馬車を持ってこさせました。そしてお妃と子供たちをお城へ連れて帰り、それから後はみんなで末長く幸せに暮らしました。


参考文献
『世界むかし話7 メドヴィの居酒屋』 矢川澄子訳 ほるぷ出版 1979.

両手を失った莫里根治  中国

 昔、沈陽の北の錫伯村に莫里根治モリゲンジ という娘がいた。母を三歳で亡くし、漁の名人と言われる父は毎日漁に出て、近所の人に預けられる日々。しかも八歳になった年に父はたちの悪い女と再婚した。

 一年たって男の子を生むと、継母はその子ばかりを可愛がって莫里根治を邪魔にし、実の子には食べさせても莫里根治には不味い物を少しやるだけだった。継母は莫里根治が十三歳になると婢女に売ろうとしたが、流石に父親が反対した。それからというもの、継母は何かにつけて莫里根治を苛めるようになった。

 ある日、父親が漁に出たあと、継母は莫里根治がロバに枯れ草を刻んでやらなかったからロバが病気になったとなじり、
「わたしがロバにやる干し草を押し切り台で刻むから、お前は干し草を押し切り台の刃の下に置きな」と言った。

 莫里根治が干し草を押し切り台の刃の下に両手で置くと、殘忍な継母は押し切り台の刃をザクッと下ろした。莫里根治の両手が切れて干し草の上に転がった。

 父親が帰ると、継母は「莫里根治は、ロバが病気になったから干し草を刻んでやると言って、出来もしないのに押し切り台を使い、自分の手を切ってしまった」と嘘をついた。その言葉を聞いた莫里根治は、耐えきれずに実母の墓へ走り、その前で泣き続けた。

 莫里根治は両手を失い、食べるにつけ着るにつけ、いっそう継母の冷たい仕打ちに耐えなければならなかった。

 ある日、莫里根治が誤って弟を転ばすと、継母は怒って莫里根治を箒でさんざんに打ち、家から追い出した。一銭もなく行くあてもない莫里根治は、飢えと疲れでフラフラしながら遠くへ漁に出た父を探して歩き出した。

 ある晩、莫里根治はたわわに実った林檎畑の脇を通った。月光の中に踏み台を見つけ、やっと林檎の木に登ると林檎を腹一杯食べた。ところが、登るときに蹴倒したらしく、踏み台が倒れている。こうなっては両手のない莫里根治には下りられず、そのまま木の股でうずくまって寝るしかなかった。

 夜が明けると、何士達という学生が来て、この林檎の木の下で読書を始めた。何は木の股で乱れた髪のまま寝ている娘を見つけ、小さな声で「あんた、どこの娘だ。早く下りておいで」と声をかけたが、目を覚まさない。大声で呼ぶと莫里根治は驚き、木の上から落ちて気を失ってしまった。

 何は莫李根治が可哀相になり、おぶって家へ帰った。やがて莫里根治は気がついたが、林檎を盗んだことを恥じ、起き上がってすぐ逃げようとした。しかし何に引き止められると、莫里根治は目に涙を溜め自分の身の上を話した。何は両親と相談して莫里根治を何家の使用人の一人とした。

 二年経つと莫里根治は一人前の娘に育ち、何家の恩を忘れず、何にいつも丁寧に接した。何は莫里根治が聡明なので、字を教え、五経四書を学ばせた。莫里根治が両手がなくて文字が書けないのを嘆くと、何は莫里根治の腕に筆を結んでやって篆書を教えた。

 こうして、二人の学問好きの若者は互いに愛し合うようになった。何は多くの縁談を断り続け、やがて両親も仕方なく二人を結婚させた。

 何と莫里根治が結婚してまもなく科挙(国家試験)の年になり、莫里根治は夫を北京へ送り出した。やがて何は科挙で名を挙げ八府巡按となったと伝えられ、何家は大喜びであった。ちょうどその時、北京を往来する張斉という商人が村に来ていたので、莫里根治は夫への手紙をこの商人に依頼した。しばらくして商売を終えた張斉が何からの返信を持ってきた。莫里根治が開いてみるとそれは離縁状であった。

 あまりの事に莫里根治は泣き伏した。すでに何の子を孕んでいた莫里根治は泣く泣く家を離れ、遼河の河辺に来て河の流れを見ながら、自分の不運は薬草の黄連より苦いと考えると、生きる力もなくなり遼河に身を投げた。

 

 気がつくと、莫里根治は河辺の砂の上に横たわり、両手が元通りに揃っていた。

 喜んで周りを見ると、生まれたばかりの可愛い男の子がすやすやと寝ていた。河に身を投げた莫里根治は、水の宮殿の鯰の婆に救われ、水の宮殿で男の子を生んだのだった。鯰の婆は莫里根治の運命を憐れみ、法術を用い両手を元のようにしてやったのだ。

 莫里根治は喜んで子供を背負い、張家湾にたどり着くと、張という老夫婦の家に恵みを求めた。張老夫婦は母子二人を哀れに思い、莫里根治を養女にして一緒に暮らした。

 

 それから三年過ぎた。ある日、一人の行商人が張家の門前に来た。実は八府巡按の何士達が密かに村々を視察していたのだった。

 莫里根治の息子は水生と名づけられ、もう三歳になっていた。小さな水生は行商人の周りを走り回り、初対面の何の裾をひっぱって「お父さん」と言った。水生のこの遊びを周りにいた人が笑ったので、莫里根治は顔を赤くして水生を抱いて家に入ってしまった。

 

 さて、何が故郷に帰って家の門に入ると、両親にいきなり罵られた。驚いて聞けば、妻は彼の離縁状を持って家を出たと聞かされた。何は驚愕し、地方を視察しながら妻を捜そうと決心した。

 ある日、何がまた張家湾に行くと、ちょうど莫里根治が井戸で水を汲んでいた。妻に似ていると思い、水を飲みながらよく見ようと急いで井戸へ近づくと、その人には両手がある。人妻を間違えて呼んで恥をかいてはいけないと、黙ってそこを離れた。しかしどうにも気になり、また張家湾に戻って張老人の家を訪ねて養女の身の上話を聞いたところ、やはり妻の莫里根治である。しかしどうして両手が元のようになったのかはわからなかった。

 一方、莫里根治はこの行商人があの不誠実な夫・何士達その人だと知ると、激怒して追い出そうとした。しかし養母になだめられて心を和らげ、何からの離縁状を出して見せた。何はそれを見て不思議に思い、これはきっと誰かの陰謀だと話し、夫婦は誤解だったと知って抱き合って泣いた。

 翌日、何は張斉を役所に呼び出した。張斉は商売の往来の途中に決まって崔家旅館に泊まる。その時も崔家旅館に泊まり、何気なく旅館の主人に八府巡按の妻への手紙を持っていると話し、翌日、誰か荷物を触ったらしいと分かったが、調べてみると金はなくなっていないので気にもせずに旅館を出たと話した。

 何は張の話を聞いて全てを悟った。店主はあの継母の弟だったのだ。名は崔老三。そこで継母と崔老三を役所に呼び出し、証人の張斉に会わせて証拠を見せると、二人は全てを白状した。張斉が宿屋に泊まった時、崔老三はまだ莫里根治が生きていると知り、その夫が高官だとわかると、莫里根治が姉に報復するだろうと考えて、張斉が寝ていた夜中に何の手紙を離縁状とすり替えたのだ。

 崔老三とその姉は人を苦しめた罰で監獄に入れられ、莫里根治母子と何家の家族はまた仲好く暮らすようになった。


参考文献
「失去双手的莫里根治」/『中国民間文学集成遼寧巻沈陽市巻中』
両手を失った莫里根治」/『ことばとかたちの部屋』(Web) 寺内重夫編訳

淑娘と陸青  中国

 昔、崔という長者がいた。五十歳で妻を亡くし、十六歳の娘・淑娘と暮らしていた。淑娘は学もあり礼儀正しく父に孝養を尽くし、家事万端よくした。

 淑娘が十七歳の時、長者は馬氏を後妻に娶った。馬氏は裕福な家の娘で今まで結婚せずにいたが、学問を身につけていたわけでもない。それどころか人柄も悪く、長者の後妻になると崔家の家事万端を自由にしようと、何かと淑娘を邪魔にし、穀物倉や金蔵の鍵を手に入れる算段にやきもきし、寝物語にあることないことを長者に話した。だが長者はその度にとぼけて相手にしなかった。

 ある日、長者が外の用事を終えて帰って来ると、馬氏が困ったような顔をして「あなた、こんなこと言っていいかどうかわからないけれど」ときりだした。

「娘も年頃になれば縛っておくわけにもいかないけれど、この二日ほど町中をウロウロ出歩いているのよ」
「何かの見間違いだろう。わしの娘はそんな娘ではない」
「あなた、わたしが後妻だからそんな悪い見方をするとでも言うの。わたしは崔家に入れば崔家の人間、崔家の血をひく娘の素行が悪ければわたしだって体裁が悪いわ。嘘だと思うなら明日、向かいの茶館でお茶を飲んでるふりをして淑娘を見ててご覧なさい」

 翌朝、長者は朝食をとるとすぐ向かいの茶館へ行って淑娘を見ていた。家にいる馬氏は戸棚から布を出して淑娘を呼び、

「あたしがお前の服を縫ってやるが、うちの鋏はよく切れないから叔母さんの家へ行って鋏を借りて来ておくれ」と言った。淑娘は「わかりました」と答えると急いで家を出て叔母の家へ行き鋏を借りて来た。馬氏はその鋏で寸法もろくに測らず布を切るとすぐまた鋏を返しに淑娘を叔母の家へ行かせた。

 淑娘のこの行ったり来たりする様子を茶館からすっかり見ていた長者は馬氏の話は本当だと思い、苛立って家へ帰ってすぐ淑娘を呼ぼうとすると、馬氏はそれをさえぎり「あなた、女のことは男が話すより女のわたしの方がいい、あとでゆっくりわたしが淑娘に話しておくわ」と言った。長者はそれも尤もだと馬氏に任せた。

 

 それからまた何ヶ月か経ったある日、長者は人に招かれて酒を飲み、夜半に酒の匂いをプンプンさせ千鳥足で家へ帰ると、すぐ馬氏が出て来て「あなた、大変なことが起きたわ」と長者の袖を掴んだ。「あの恥知らずの淑娘に男ができ、子どもを生んで帰って来たのよ」

 それを聞いた長者は怒りと酒の酔いが一度にでて、「わが崔家の家風を汚しおって! 黙ってはおれぬ、わしが行って見て来る」と叫んだ。

 馬氏は手燭を持って先に立ち、寝ている淑娘の部屋に長者と一緒に入ると、淑娘の布団をまくった。長者が険しい顔で見ると、真っ赤な赤子が淑娘の傍らに寝ている。長者が酒に酔って帰って来るのを待って、馬氏が叔母の家の黒猫を殺して皮を剥ぎ、ぐっすり寝ている淑娘の布団の中へそっと入れておいたのだ。長者は酒に酔って朦朧としているうえ、暗い手燭でよく見えずそれを赤子だと思い込んでしまった。

 長者は怒り狂って包丁を持ち出し、淑娘を布団から引き摺り下ろした。寝ていた淑娘はいきなり恐ろしい顔をした父が目の前に立っているの見て驚き、叫んだ。

「お父さん、何をするの!?」
「わかっているのにまだ言うか、この恥知らず! 崔家の家風をよくも汚したな。お前を殺してやる」

 と包丁を振り上げ斬ろうとすると、馬氏が押し止めた。長者が娘を家の中で殺せば後で人からとやかく言われる。それより外で飢え死にさせた方がいいと考えたのだ。

「あなた、淑娘は家名を汚したのだから許されませんが、それでもあなたの血肉をわけた娘、殺すより両手を斬って勘当すればいい」

 長者はそれもそうだと考え、包丁を振り上げバッサリと淑娘の両手を斬り捨ててしまった。哀れ、罪もない淑娘は気を失って倒れた。

 

 やがて淑娘は息を吹き返し、残酷な父と継母に手を斬り落とされ、荒野に打ち捨てられたことを知った。これは明らかに継母の仕業だ。淑娘は継母を呪い騙された父を恨み、死んだ母の許へ行こうと声を上げて泣いたが、このままありもしない罪をきせられて死ぬ事はできない、生きて行こうと心に決め、立ち上がりフラフラと歩き始めた。飢えれば物を乞い腕で挟んで食べ、喉が渇けば河辺にしゃがんで水に口をつけて飲み、夜は廟や枯草の中に寝た。

 

 ある日、淑娘は一日中一口も食べ物に恵まれず、夜になっても寝場所がないまま大きな果樹園に迷い込んだ。月が明るく一面を照らし熟れた梨やりんごがなっているのが見えた。淑娘は木の下に立って口でそれを腹一杯に食べると、果樹園の草むらの中に入って寝た。

 さて、この果樹園の主は陸長者の息子の陸青である。父親は早くに亡くなり母に育てられた。科挙(国家試験)を受けるために静かな果樹園に書斎を建てて勉強していたのだが、その日、食後に果樹園の中を散歩していて、梨やりんごが木になったまま半分齧られているのを見つけた。

(これはおかしい。一体誰が齧ったのだろう。こんな大胆に齧る奴はいったい何だろう?)

 陸青が果樹園を見張っていると、真夜中に、人がりんごの木の下に立ってりんごを齧っているのが見えた。大声を上げて脅かそうと思ったが、姿格好がどうも女らしいので、軽く咳払いしてから「もぎ取って食べたら」と言った。淑娘は一瞬逃げようとしたが、無理だと観念して陸青の前に身を投げ出し、涙を流して許しを請うた。心優しい陸青は淑娘を書斎に招き入れて詳しく身の上を聞くと、彼女が美しかったこともあり、愛おしく思った。

「あなたが遭われた不幸は本当に悲しいことです。どうかここに住んで下さい」
「エッ、女が独り身の男のお方と一緒に住むことはできません」
「いや、私の言葉が足りませんでした、結婚して下さい」
「わたくしには手がない。あなたの読書の灯を明るくしてあげることも、あなたが字を書く墨を磨って差しあげることも、あなたが休む布団を敷いてあげることもできません。あなたが科挙に合格して高官になられても何もお手伝いできず、ただあなたの足手まといになるばかりでございます。どうかわたくしを見逃し、死なせて下さい」
「私のあなたへの想いには一片の曇りもありません。私が心を変えれば天が私を罰するでしょう」

 淑娘は陸青の言葉が本当に真摯であることを知って、彼を受け入れた。その晩、二人は月を仲人として天地に誓い夫婦となった。

 

 さて、二人が夫婦になったのはよかったが、困ったのは三度の食事である。陸青の毎日の食事は下女がその時々に一人分の食事を運んで来る。だがこれからは二人になるからそれでは足りない。母に本当の事を打ち明けることもできない。

 そこで陸青は下女に嘘を言って食事の量を増やしてもらったが、それが十何日も続けば、怪しいと感づかれていた。下女は陸青の母に息子の勉強の様子を聞かれたとき、そのことを話した。老母は不思議に思い、陸青の書斎の様子を窺うことにした。下女が夕飯を陸青に渡して書斎から去ると、老母は書斎の障子窓に小さな穴を開けて中を覗いた。すると、陸青が部屋の前へ行って低い声で「ご飯だよ」言い、見知らぬ娘が出て来て陸青と向き合って座って、陸青がその娘に汁やご飯を食べさせていた。

 老母はそれを見て戸を開けて書斎に入った。老母に見つかってしまった夫婦は身を投げ出して今までの事を話した。老母は軽く溜息をつくと

「青や、いいよ。お前たち二人が結ばれたのは前世からの因縁だろう。なぜ母に隠していたのだえ。淑娘はわたしと母屋に住み、面倒はお前がみるより下女にさせる方がよい」と言った。

 

 淑娘は母屋へ移って家事を助け、外向きの用事もそつなくこなし、陸青の母を喜ばせた。そうこうしているうちに陸青の科挙の日が近づいた。陸青は淑娘には母に孝養を尽くすように言付け、母には淑娘の面倒を頼み、吉日を選び陸家の家人・陸安を連れて北京へ出発した。北京での三回の試験の結果、陸青は第一等の状元に合格し、すぐ陸安にその知らせの書面を持たせ昼夜を継いで家へ走らせた。

 その道中で陸安が泊まった宿の主は五十歳ほどの女で、愛想笑いをしながら陸安を客部屋へ案内して酒を出し、色々喋り始めた。陸安は酒を三杯も飲むといい気分になって、主人の陸青が状元に合格したこと、どういうわけか手のない娘を娶ったことなどを話した。宿の女主人はそれを聞くと顔色を変えた。

 彼女はあの馬氏だったのである。実は馬氏が淑娘を追い出して半年も経たないうちに崔家は火災になり、屋敷は一片の瓦も残さずに燃え、崔長者も焼け死んでしまったのである。悪運強い馬氏は生き延びて土地を売り、幾らかの元手でここに宿屋を開いたのであった。

 馬氏は死んだと思っていた淑娘がまさか状元夫人になっていようとは考えもつかず、仕返しされては大変だ、と悪巧みを思いついた。

 馬氏は驚きを隠し、お世辞を言いながら陸安に大酒を飲まして酔わせ、そっと陸青の手紙を開いて見ると、母に状元合格の吉報を知らせ、祖先を祭りに家に帰ったあと、母と淑娘を北京に連れて行くと書いてある。馬氏は陸青の筆跡を真似して偽の手紙を書き手紙を取り換えてしまった。

 そうとは知らず陸安は崔家の老母にこの偽の書面を渡した。老母と淑娘が喜んで手紙を読むと、老母に状元合格の喜びを伝えたあとに、状元に合格したので、手のない淑娘を状元夫人にはできないから、すぐ離縁すると書いてあった。

 読み終わった淑娘は雨のように涙を流し、自らの運命を嘆きながら「お義母さん、これが夫・陸青の気持ちなら、わたくしは出て行きます」と言った。老母は「淑娘や、待っておくれ。わたしが陸青に考え直すように手紙を書くから、お前はわたしと一緒にいて、よい子を生んでおくれ」と言った。

 陸安は老母の書面を持ってまた北京へ戻る途中、再び馬氏の宿屋に泊まった。馬氏は陸安の口ぶりから自分の悪巧みが通らなかったことを知って口惜しがり、また陸安を酒で酔わせたあとで、老母の筆跡を真似た偽の書面を作り、取り換えた。

 陸状元が家からの手紙を読むと、淑娘は陸青が北京へ行ったあと礼儀をわきまえず、召使いを罵り勝手な振る舞いをし、手足の爪が鬼のような恐ろしい赤ん坊を生んだから、すぐ離縁すると書いてあった。陸青はどうも合点がいかず、まさか母が嫁に嫉妬したのではと悩んだ。陸青はすぐ、細かいことは帰ってから話すと返事を書いて陸安に持たせた。

 ところが陸安はまた馬氏の宿屋に泊まり、またまた馬氏に手紙を書き替えられてしまった。老母と淑娘が陸青の返信を開くと、早く淑娘を家から出せという督促で、出て行かなければ殺すと書いてあった。老母は仕方なく淑娘に金を持たせ、食べ物を首にかけてやり、背中の子どもと共にしばらく身を隠すように計らい、涙の別れをした。

 

 淑娘は生まれた子を背負い、行方も知らぬ旅に出なければならなかった。フラフラとさまよい七日目に河辺へたどり着くと、

「アア、薄幸な我が運命ではもう死ぬしかない」

と呟いて河へ身を投げようとした。すると後ろから「娘さん、死んではいけない」と引き止められた。振り返れば、七十を越えたような白髪の老婆である。

「あんたはまだ若く、これからだ。背中の幼い子も、前途には豊かな人生があるかもしれない。惜しいではないか。私の家へ来なさい」

 老婆は淑娘の腕を強く引き、半ば強引に、山に囲まれた水辺の草で葺いた小屋へ連れて行った。そして盆に水を汲むと「娘さん、顔を洗いなさい」と言う。

「死のうとする人間が顔を洗って何の役に立つでしょう」
「お前の死相を洗い落とすのです」

 淑娘は老婆の真情に触れて、礼を言い、涙を流しながら腰を曲げて、手のない両肘を水の中に入れた。すると、失われていた両手が元のようになった。淑娘が振り向くと、老母も草で葺いた小屋も消えていた。神の助けであった。

 淑娘は両手と共に気力を取り戻し、何処かで子どもを育てようと決心して小さな村に辿り着いた。萱葺きの家の前へ行って「もしもし、旅の者ですが水を飲ませて下さい」と言うと、戸が開いて五十くらいの頑丈な体つきの優しそうな老婦が出て来た。老婦は淑娘を家の中に入れ、休ませると豆乳を出した。

 この老婦の名は赫、夫は亡くなり息子の柱と豆腐を売って暮らしている。老婦は淑娘の身の上に同情して、

「行く所がなければわたしの家にいればいい。息子も真面目だから、これから姉弟となればいい」

 と言うので、淑娘は老婦の家に住むことになった。淑娘は豆を挽くのが大変なのを見て、金を出し、ロバと豆挽き車を買ってやると、老婦と柱は豆腐作りが楽になって喜んだ。

 

 さて、陸青は状元となって家へ帰ると淑娘がいないので驚き、色々調べて陸安を問い質し、彼が三度馬氏の宿に泊まったことを聞き出し、馬氏を審問して事の次第が明らかになると、彼女を死刑囚の牢に入れた。陸状元は官服を脱ぎ乞食に身をやつして四郷八村を巡り、淑娘を捜した。

 ある日、陸状元は木の下の井戸で洗濯をしている淑娘そっくりな女を見つけたが、女には手がある。陸状元は水を求め、女の声を聞こうとした。淑娘はいち早く陸青に気がつき、状元に合格した人がどうして乞食になっているのだろうと思っていると、「どうか水を飲ませてください」と話しかけてくる。

「あなた、あなたは……」
「新状元陸青です。あなた、あなたは……」
「陸状元に離縁された淑娘です」
「あなたの手は……」
「天は善を助けます。わたくしの手は神様がつけてくれたのです。状元のあなたが落ちぶれてここに来たのは、わたくしを裏切った因果応報でしょう」

 陸状元は馬氏の悪事を話し、淑娘に許しを求めた。それを聞いて淑娘は陸青の胸に顔をうずめた。

 こうして、陸状元夫妻は元のように仲睦まじく幸せに暮らした。


参考文献
「苦姑娘難結奇縁」/『薛天智故事選』
淑娘と陸青」/『ことばとかたちの部屋』(Web) 寺内重夫編訳

※この話と「両手を失った莫里根治」で、婚家を出された手無し娘が絶望して川に身を投げるくだりは、日本の「鉢かづき姫」に近いシーンがあって、関連を思わせ興味深い。



手無し娘  ドイツ 『グリム童話』(KHM31)

 貧乏な粉屋が薪拾いに行って、ひどい年寄りと行き会った。年寄りは、お前の水車小屋の裏に立っているものをくれるなら、莫大な金をやろうと言った。粉屋はてっきり水車小屋の裏に生えている大きなりんごの木のことだと思ったので承知したが、本当は水車小屋の裏で庭を掃いていた彼の娘のことだった。年寄りは悪魔だったのだ。

 さて、約束の日になって悪魔が娘を迎えに来たが、清らかで信心深い娘は身を清めて周囲に白墨で線を書いたので、悪魔は近寄ることも出来なかった。それで、粉屋に「娘に水を使わせるな、体を清めさせるな」と命じた。そしてまた迎えに来たが、娘の涙が清らかだったので、それに触れた手が美しく、また近寄れなかった。悪魔は、粉屋に「娘の手を切ってしまえ、さもなければお前をさらって行く」と命じた。粉屋は悪魔が恐ろしくて、娘の両手を切ってしまった。しかし泣き抜いた娘の涙が傷口を清め、またしても悪魔は近寄れず、退散した。

 粉屋は娘に言った。

「お前のおかげで、どっさりお宝が手に入ったよ。一生大事にしてあげるよ」

 けれども、娘はこう返した。

「私はここにいるわけにはいきません。どこかへ行ってしまいたい。情深いお人が私の必要なだけの物は恵んで下さるでしょう」

 そして、切り落とされた両腕を背中にしばりつけて、日の出と一緒に旅立った。

 一日中歩きつづけて夜になり、王さまの庭へ来た。月の光で見ると、庭にはみごとな実が鈴なりに生った木があった。けれども、周りに水があって中へは入れなかった。

 娘は一日中歩きつづけて一口も食べていなかったので、空腹でたまらずに思った。

「ああ、中へ入ってあの果物が食べたいな。さもないときっと死んでしまう」

 そこで、膝をついて神さまの御名をとなえて、お祈りをした。すると、どこからともなく天使たちが現れて水門を閉めたので、堀が干上がって歩いて渡れるようになった。

 娘が庭へ入ると、天使たちも一緒に入った。果物の生っている木を見ると、見事な梨だった。その数は数えられ記録されていたけれど、あまりお腹がすいているものだから、木から直接かじって一つだけ食べてしまった。

 庭番は見ていたけれど、何しろ天使がついているものだから、怖くて何も言えなかった。

 娘は梨を食べてしまうと藪の中へかくれた。

 

 朝になって、庭の持ち主の王さまが庭へ出て、梨を数えてみて一つ足りないのに気がついた。

「梨はどこへ行ったのか。木の下にも見えないが、どうやらなくなっているようだ」

 庭番に訊くと、庭番は答えた。

「昨夜 幽霊が入って参りました。その幽霊には両手がなくて、口で一つかじって食べてしまいました」

「その幽霊はどうやって堀を渡ったのだ。それに、梨を食べて どこへ行ってしまったのだ」

「雪のように白い衣を着た人が天から降りて来て、水門を閉めて堀を干上がらせたのです。あれは確かに天使でございますから、手前は恐ろしくて、咎めも致さず、人も呼べなかったのでございます。幽霊は梨を食べてしまいますと、また戻って行ってしまいました」

 王さまは言った。

「お前の言う通りなら、今夜は一緒に番をしよう」

 暗くなると、王さまは庭にやって来た。幽霊と話をするために、坊さんを一人つれて来た。

 三人とも木の下に腰をおろして、気をつけていた。真夜中に娘が藪から這い出して来て、木の所へ行って、また口でもいで梨を一つ食べた。娘の側には白い着物を着た天使がいた。

 そのとき、坊さんが出て行って言った。

「そなたは、神の御許から来たものか、それともこの世のものか。幽霊かそれとも人間なのか」

「私は幽霊ではありません。神さま以外には誰からも見捨てられた、あわれな人間でございます」

 王さまが言った。

「たとえお前がこの世の一切のものから見捨てられていても、私は見捨てはしない」

 王さまは娘を一緒にお城へ連れて行った。そしてこの娘がとても美しくて信心深いものだから、心底からこの娘をいとしく思い、銀の手をつくらせて与え、奥方になさった。

 

 それから一年たった。王さまは戦に行かなければならなかったので、母上に若い妃のことをまかせて言った。

「妃が赤ん坊を産みましたら、どうか大事に育ててやって下さい。そうして、すぐに手紙で知らせて下さい」

 やがてお妃はかわいらしい男の子を産んだ。そこで年老いたお母さんは、いそいで手紙を書いて、王さまに知らせてやった。ところが、使いの者が、途中、川の岸で一休みしているうちに、長い道中で疲れていたものだから、眠りこんでしまった。そこへ、日ごろから信心深いお妃を何とかして困らせてやろうと思っていた悪魔がやって来て、手紙を別のと取りかえてしまった。

 それには、お妃が醜い赤ん坊を産んだと書いてあった。王さまはこの手紙を見ると、驚いて大そう悲しく思ったけれども、お母さんに、自分が帰るまでお妃を大事に世話してやって下さいと返事を書いた。

 使いの者はこの手紙を持って帰ったけれども、同じ場所で一休みして、また眠り込んでしまった。そこへまた悪魔がやって来て、別の手紙を使いの者のポケットに入れた。

 その手紙には、妃を子供と一緒に殺してしまうように書いてあった。年老いたお母さんは その手紙を受取るとびっくりして、どうも本当とは思えないので、王さまへもう一度手紙を書いた。しかし、悪魔がいつも偽の手紙とすりかえるものだから、同じ返事しか来なかった。そのうえ、最後の手紙には、証拠に妃の舌と目玉をとっておいて下さいと書いてあった。

 年老いたお母さんは泣いて、夜の間に牝鹿をつれて来させて、その舌と目玉を切りとってしまっておいた。それから、妃に向って言った。

「いくら王さまの言いつけでも、お前を殺させるわけにはいきません。お前はここにいない方がいい。子供と一緒に遠いところへ行って、もう二度と帰って来るんじゃありませんよ」

 かわいそうな妃は目を泣きはらして、赤ん坊を負ぶって出て行った。

 妃は、大きな森へ来た。ひざまずいて神さまにお祈りすると、天使があらわれて、妃たちを小さな家へつれて行った。その小屋には「誰でも自由に住んでよい」と書いた小さな札がかかっていた。その小さな家から真白な若い女の人が出て来て、「いらっしゃいまし、お妃さま」と言って、奥へ案内して行った。内へ入ると、女の人は赤ん坊を妃の背中からおろして、妃の乳房へあてがって乳を飲ませた。それからすっかり支度の出来ているきれいなベッドに寝かせた。女は言った。

「あたしは天使です。あなたとお子さんのお世話をするように神様からつかわされた者です」

 こんなわけで、この家に七年間住んで、親切に面倒をみてもらった。おまけに、信心のおかげで、切りとられた手は元の通りになった。

 

 王さまは、やっとのことで戦場から家に帰って来た、何より先に奥方と子供に逢いたがった。すると年老いたお母さんは泣きだして言った。

「罪もない二人の命を取れなどと書いてよこすなんて、お前は何という悪人でしょう」

 そうして、悪魔のしくんだ二通の手紙を見せて、「お前の言いつけ通りしましたよ」と証拠の舌と目だまを見せた。

 それを見ると、王さまはかわいそうな奥方と子供のことを思ってお母さんにもまして泣き出したので、年老いたお母さんはかわいそうになって言った。

「安心おし、まだ生きてますよ。殺したのは本当は牝鹿なのです。お前の妃は、子供を背中へゆわいつけて、遠い所へやりました。お前がひどく腹を立てているようだったから、二度と帰って来ないようにかたく約束させてね」

 これを聞くと、王さまは言った。

「蒼空の続くかぎり探しに行って、それまでに命をおとすか飢え死にするかせぬ限り、妻と子供を探しあてるまでは飲み食いも致しません」

 それから王さまは、七年という間、あちらこちら廻り歩いて、切りたった崖や岩穴まで残らず探しまわった。けれども、二人は見つからないので、二人とも死んでしまったのかと思った。

 この間中ずっと飲まず食わずだったが、神さまは王さまを生きながらえさせて下さった。

 おしまいに、ある大きな森へ入ると、森のなかに小さな小屋があった。その小屋には「誰でも自由に住んでよい」と書いた木札がかかっていた。中から白い若い女が出て来て、王さまの手をとって奥へ導き、訊いた。

「いらっしゃい。どこからおいでましたか」

「かれこれ七年の間、妻と子供を探しているのですが、まだ見つからないのです」

 天使は、王さまに食べ物や飲み物をすすめたけれども、王さまはそれに手もつけず、ほんの少しの間、休みたいと言った。寝ようとして、横になって自分の顔へハンカチをかけた。

 天使は、お妃と子供のいる部屋へ行って言った。

「お子さまを連れていらっしゃい。ご主人がいらっしゃいましたよ」

 王さまが横になっているところへ行くと、顔からハンカチが落ちた。妃が言った。

「悲しみの子や、お父さんのハンカチを拾って、元通り顔へかけてさしあげなさい」

 子供がハンカチを拾って、元のように顔にかけてやった。王さまはうとうとしながらそれを聞いて、もう一度わざとハンカチを落とした。男の子はいらいらして言った。

「ねえお母さん、お父さんの顔にかけてってどういうことなの。お父さまはこの世にいないんでしょう。天にまします我らの父よ、ってお祈りを習いました。お父さまは天の神さまなんだよっておっしゃいましたよ。こんな怖い人なんか見たこともない。この人はお父さまじゃない」

 王さまはこれを聞くと、起き上がってあなたはどなたですかと尋ねた。

「私は、あなたの妻です。これはあなたの息子の悲しみの子です」

「私の妻は銀の手をしていました」

「お恵み深い神さまが、元通りの手をまた生やして下さったのです」

 天使が部屋から銀の手を持って来て、王さまに見せた。それでやっと確信が持てたので、王さまは二人にキスをして喜んだ。

「重い石が私の胸から落ちた」

 この様子を見て、天使が再びご馳走を出した。

 

 それからみんなは年老いたお母さんの待つ家へ帰って行った。国中が歓喜し、王さまとお妃はもう一度婚礼をして、年とって死ぬまで、二人とも何不足なく暮した。



参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.

※娘の両手を奪ったのが継母や義姉ではなく、父親と契約した悪魔であるというバージョン。キリスト教色が濃い。

腕を切られた伯爵夫人  スペイン バレアレス諸島

 ある子供のない伯爵夫婦が、子宝が授かることを願っていた。伯爵にはトランプ博打にうつつを抜かすという悪癖があったが、持ち金を全てすってしまった帰り道、暗い顔つきの不気味な紳士と出会った。

「あなたは子供に恵まれるでしょう。その子が九歳になったら私の所へ連れてくると約束するなら、常に賭けに勝って大儲けできるようにしてあげます」

 伯爵は深く考えずに応諾してしまった。やがて愛らしい娘が生まれると後悔したが、どうしようもない。九歳になった娘を連れて馬に乗り、指示されていたとおり西方への七日間の旅に出た。信心深い娘は途中で教会を見つけて聖母マリアに祈らせてくれと願った。祈るとマリアが現れてロザリオ(数珠)を与え、娘を守護した。

 七日目の夕方に人跡未踏の森に入り、不気味な紳士の前で父娘は涙ながらに別れた。紳士は娘が真珠のような涙を流し、指でロザリオの珠を数えながら祈り続ける声を聞いて「耳が痛くなる」と怒った。娘は声を潜めたが祈りはやめなかったので、紳士はロザリオを奪い取って七時間飛ぶほど遠くへ投げ飛ばした。しかし娘は指を折って数えながら祈り続けた。紳士は雷鳴を轟かせて刀を振り上げ、娘の腕を肘から切ってしまった。それでも娘は頭の中で数えて祈り続けた。紳士は呪いながら風のように逃げ去った。

 娘は森の中で数年を過ごし、服はすり切れて裸になった。

 そんなある日、この森の持ち主である伯爵が猟犬を連れて狩りにやってきた。召使いたちが娘を発見して主人に伝えた。伯爵はすぐに馬で駆けていって娘に自分のマントを脱いで着せかけてやり、馬に抱きあげて家に連れていった。最初は同情心から保護したのだが、道をいくうちに次第にこの娘が好きになった。母親に託して世話を任せたところ、身支度を整えた娘がとても美しかったので、ますます気持ちは募った。

 月日が流れ、娘は十六歳になった。伯爵は娘と結婚し、盛大な祝宴が開かれた。

 やがて戦争が起き、伯爵は出征しなければならなくなった。伯爵の留守中に腕のない伯爵夫人は太陽よりも美しい男児を産み、ギュイエメと名付けた。伯爵の母親はこれを息子に報せる祝福の手紙を書いた。ところが、途中の宿で召使いが眠っている間に、悪魔であるあの暗い顔つきの紳士が現れて、手紙をすり替えてしまったのだ。その手紙には「お前の妻は怪物を生みました、お前の妻自身も半人半獣の怪物であるに違いないとみんな言っています」と書いてあった。伯爵はこの手紙を読むとすぐにペンをとって「とにかく子供は大事に育ててください。私が帰ってから今後のことは考えましょう」と返事を書いた。けれども召使いが帰途で同じ宿屋に泊まると、また悪魔が現れて「半人半獣は子供と一緒に元いた森へ追い返せ。私が戻るまでにそうしていなければ、あなたがた皆を罰する」という手紙とすり替えた。

 老母はこの手紙を読んでも信じられず、もう一度確認の手紙を送った。けれど手紙は嫁を中傷するものにすり替えられた。伯爵はそれを読んで短気をいさめる返事を書いたが、それもまた「妻を追い出せ、さもなければ皆を殺す」という手紙にすり替えられた。

 老母は泣きながらこのことを嫁に伝えた。伯爵夫人は恨み言は言わずにこれまでの感謝だけを述べて、子供を入れるための袋を用意してくれるよう頼み、それを首にかけて家を出て行った。

 哀れな女は森に入り、泉の水を飲もうと屈みこんだ。すると子供が袋から落ちて深い水の中に沈んだ。女は必死に聖母マリアに奇跡を願った。すると泉の水が噴きあがって子供を母親の前の地面に下ろした。「ああ、私に腕さえあれば!」と嘆くと、たちまち彼女の両腕が生えた。伯爵夫人は我が子を抱き上げてキスの雨を降らせた。

 それから、女は子供を連れて遠い町へ行き、まず修道院のミサに参加してから、修道院前の小さな家を訪ねた。この家に住む年配の婦人は修道院の洗濯を請け負っていた。彼女は伯爵夫人と赤ん坊を気に入って家に住まわせ、本当の姉妹のように仲良く暮らした。子供は修道僧たちに読み書きや教義を教わって成長していった。

 

 さて、伯爵は七年後に戦争から帰って来たが、妻子がいないのを見て怒り狂った。けれど母親から二通の手紙を見せられて恐ろしくも奇妙な行き違いが起きていたことを知った。彼は馬に乗り、妻子を見つけるまで戻らないと言って旅に出た。森へ行っても何も見つけられなかったので数知れぬ町や村を探し歩いた。そしてついに、入口に大きな修道院のある町に辿り着いた。彼はミサに参加するために、自分の馬を修道院の前の小さな家に預けた。伯爵夫人はそれが夫だと気づき、きっと自分と子供を殺しに来たのだと怯えた。一方、伯爵は修道院でミサを手伝っている十一歳ほどの男の子を見て、その誠実で熱心な様子と熾天使セラフィムのような顔立ちに目を奪われた。ミサが終わっても呆然として、馬を預かってくれた二人の婦人にしきりに感動を伝えた。そこに例の男の子が帰ってきたので、「あなたがこの子の母親なら、あなたは本当に幸せな人だ!」と言った。すると若い婦人が息子に言った。

「ギュイエメ、あなたのお父様のお手にキスをなさい!」

 伯爵は仰天し、「私の妻には腕がないのです」と言った。すると若い婦人は腕をあらわにして見せた。その肘には傷跡があった。素晴らしい喜びがその場を満たした。

 二、三日ほどそこに留まって再会を祝ってから、伯爵は妻を連れて故郷へ帰った。夫婦は死ぬまで睦まじく幸せに暮らした。一方、子供は修道院に留まって勉強を続け、後に修道院の僧となり、聖ギュイエメとなった。


参考文献
『世界の民話 地中海』 小沢俊夫編訳 株式会社ぎょうせい 1978.

※西の森の悪魔を訪ねる七日間の旅は、七つの扉(七つの層状の世界)を通り抜けて進む冥界への旅を暗示している。つまるところ、この物語に登場する悪魔は冥王・魔王であり、キャラクター化された《死》だと言える。

手の無い娘  スペイン

 昔、一人娘と暮らしている男がおり、娘を養うために雨が降ろうと雷が鳴ろうと山へ薪取りに行かねばならなかった。そんなある日、いつものように山に行くと、樫の木の中から一人の男が現れて「どうしてここに来たのか」と尋ねた。「娘を養うためです」と答えると、「では必要なお金をあげよう」と金貨と銀貨の詰まった大きな袋をくれて、「今晩、私が訪ねて行くから家で待っておれ」と付け加えた。

 父親は帰って娘にこの話をした。けれどその男が何者なのか分からなかった。その時、扉がノックされた。娘はとても信心深かったので、十字を切ってから扉を開けた。すると扉の向こうには誰もいなかった。実は男は悪魔だったので、十字を切られたために入ってこられなかったのである。

 次の日も、父親は山で例の男に出会った。「どうして昨夜はおいでにならなかったのですか」と尋ねると「いや、昨夜は忙しかったのだ」と答える。そしてまたお金の袋をくれて、「今晩は訪ねるから待っているのだ。ただし、お前の家にある水を残らず捨てておくよう、娘さんに言いつけておいてもらいたい」と命じた。帰ってきた父親からそう言われた娘は、「それでは十字が切れないわ」と渋ったが、再三言われて水を全て捨てた。途端に扉がノックされた。娘は唾で指を濡らして十字を切り、扉を開けた。そこには誰もいなかった。

 次の日に父親は山で男に「どうして昨夜もおいでにならなかったのですか」と尋ねた。「なにしろ、いつも忙しいのでね。行けなかったのだ」と彼は答えた。そして薪取りの男に、お前の家に庭はあるか、午後にはいつも娘さんはそこで昼寝をするか、それは何時頃かと次々に尋ねた。父親が娘は庭で二時頃に昼寝すると答えると、男はお金の袋を渡し、足りない時はまた取りに来いと言って帰らせた。

 次の日の午後二時、娘は庭でぐっすりと昼寝していたが、悪魔が馬に乗ってやってきて、娘を捕らえて連れ去った。娘はハッとして十字を切ろうと片腕を上げたが、悪魔は短剣を抜いてそれを切り落とした。もう片方の腕も同じことになった。仕方なく娘が両足で十字を切ると、悪魔は娘を恐ろしく高い木に髪の毛で吊るして、そのまま姿を消してしまった。

 

 この木からそう遠くない場所に宮殿があり、王夫婦と王子が一人住んでいた。王は犬を飼っていたが、これが毎日木を登って、吊るされている娘に自分たちの餌を運んで行っては養っていた。犬が次第に痩せ細って行ったので、王は怪しんで召使いたちに様子を探らせた。木に吊るされた娘に餌を与えていたことが分かると、王子が娘を下ろしてやるように命じた。娘は宮殿に保護されたが、とても美しかったので王子はすっかり彼女が気に入り、両親を説得して結婚した。それから数か月経って王が亡くなったので、王子は王になり、手の無い娘は王妃になった。

 間もなく、王は隣国を攻めるために妊娠中の妻を残して旅立った。留守中に王妃は双子の王子を産んだ。報告の手紙が王に送られたが、途中で悪魔が奪い取って「王妃は二匹のネズミの子を産んだ」という偽の手紙とすり替えた。王はこれを読んで「ネズミの子であっても、私が帰るまで大事に育てるように」と返事を送ったが、これも悪魔が奪って「お前が産んだ子の首を切れ。拒むならお前の命はない」という手紙とすり替えてしまった。

 王妃は手紙を読んで泣き、この世の何に代えようとも子供たちだけは殺させないと言った。それを聞いて王の母親も泣き、私たちはどうすればいいのだろうと言った。王妃は、「仕方ありません。前に一人後ろに一人子供が入れられる振り分け袋を作ってください。私は子供たちを連れて出ていきます」と答えた。

 

 宮殿を出た王妃は飢えと渇きに苦しんだ。泉を見つけたが、飲むために降りれば登ってこられないと思ったので、諦めて先に進んだ。次に、とても美しい身なりの女が洗濯をしているのに出会ったので、水を飲ませていただけませんかと頼んだ。女は遥か遠くを示し、「あの遠くに見える白い戸口の家へ行きなさい。そこではあなたを迎えてくれて、望むものを何でもくれるでしょう」と言った。

 王妃が白い戸口の家に行くと、聖ペテロが迎え入れてくれ、望むままに水の入ったコップをくれた。王妃の渇きは癒された。聖ペテロは「あなたが私たちの言いつけに従うなら、何でもあげるし、腕も元通りにしてあげましょう」と言った。王妃が従うと誓うと、聖ペテロは彼女の腕を元通りにつけてやって、ある山の上に連れて行った。そこには一軒の家があって大勢の召使いがおり、足りないものは何一つとしてなかった。そして聖ペテロは、「誰であろうとも、この家の戸口で『イエス様、マリア様、ヨセフ様』と三度繰り返さない限りは、中に入れてはいけませんよ」と言いつけた。

 

 一方、戦争に勝って帰って来た王は、王妃が子供たちと共に出て行ったことを知って悪魔を呪った。ところが悪魔は姿を変えて現れて「私が奥様を探すお手伝いをしましょう」と申し出た。王は、悪魔と王妃の父親を連れて捜索の旅に出た。

 王の一行が山を行くうちに夜になり、灯りを頼りに進んで、そうとは知らずに王妃の家に辿り着いて宿を請うた。扉をノックすると王妃が出てきて「どうぞお入りください。ただしお入りになる方は『イエス様、マリア様、ヨセフ様』と三度唱えていただかなければなりません」と言った。王は三度唱えて入った。王妃の父親は、悪魔に惑わされてはいたものの唱えて入った。しかし悪魔はどうしても唱えることはできず、ただ「トゥドウ、トゥドゥドウ、トゥドウ」と声が出るばかりで、とうとう諦めて立ち去るしかなかった。

 夕飯の支度ができてテーブルに着くと、王は美しい女主人を見て、これは自分の妻ではないかと怪しんだ。しかしこの人には腕がある……。

 夕飯が始まるとき、美しい女は「父と子と聖霊の御名において。悪魔に惑わされた者は破裂して立ち去りますように」と唱えた。すると娘の父親は灰になって崩れ去った。それは人々の目の前で起こったが誰も騒がなかった。王も何も言わずに黙っていた。

 夕飯が始まった。ところで、その日は寒かったので召使いが王の傍に火鉢を置いており、王のマントが焦げ始めていた。この家の双子の男の子はたいそう可愛くて立派だったので、王は目を離せずに見ていたのだが、その子たちが王に言った。

「お父様、マントが焦げていますよ」

 王はじっと子供たちを見つめたが、やはり何も言わずにいた。しかし何度も子供たちがそう言うので、女主人に向かって言った。

「この子たちが『お父様、マントが焦げていますよ』としきりに言うので、私はとてもゆっくりとは食事が取れないのです」

 すると女主人は両手を投げかけてきて言った。

「そうです、これはあなたの子供たちです。私はあなたの妻なのです」

 王妃がこれまでの経緯を話すと、王は妻を抱きしめた。そしてみんなを自分の宮殿に連れ帰って、ずっと幸せに暮らした。


参考文献
『スペイン民話集』 エスピノーサ著、三原幸久編訳 岩波文庫 1989.

※子供を連れた王妃は森の中の泉を経て、美しい身なりの洗濯女に会い、聖ペテロの護る白い戸口に迎え入れられ、山上の家で何不足なく暮らす。これが冥界への旅を暗示していることは容易に分かる。

 髪の毛で木からぶら下げられている女、という情景は「やまんしゃんご」や「達稼と達侖」にも見られる。かつてアラビア近辺の伝承に、ワークワークなる幻想的な島の存在が語られていたが、11世紀の博物学者カズウィーニーが『諸国の遺跡』で語ったところによれば、その島の木には女の形の実が生っており、髪の毛でぶら下がっているのだと言う。人間(肉塊)がぶら下がっている、というのは異界(冥界)のイメージの一つなのだろう。「青髭」で開かずの間に女たちの死体がぶら下げられていることや、「アリ・ババと四十人の盗賊」で洞穴の中にカシムの四つ裂きにされた死骸が吊り下げられること、「兵士と死神」等で死神や悪魔が高木から吊り下げられることなどとも共通性があるように思える。



手無し娘  イタリア 『ペンタメローネ』三日目第二話

 ピエートネッカの王が妃を亡くされると、側近のファルファレッロが言いました。

「妹君のペンタ姫をめとられてはいかがでしょうか」

 そこで、兄王は妹を呼んで言いました。

「妹よ、真に価値あるものを手放す男はいないし、赤の他人を妃として迎えれば、お前とてどんな目に遭わされるか分からないのだ。

 これらのことをよく考え合わせて、私はお前を妃にすることに決めた。お前は私の好みに適っているし、気心も知れている。だから、この、私たちが共に幸せになれるアイディアに同意しておくれ」

 勿論、こんな無法な申し出にペンタが同意するはずもなく、青くなったり赤くなったり、驚いて言葉もありません。暫くは絶句していましたが、ついに爆発して言いました。

「お兄様が理性をなくされても、わたくしはそうはなりません。そんなことを口走るなんて、信じられませんわ! お兄様の馬鹿、淫乱、野蛮人! 気でも狂われたんですの?

 さぁ、正気に返って、もう二度とそんなことは仰らないで。ちゃんと妹として扱ってくださらないなら、わたくしだってあなたを兄とも思いませんわ!」

 そう叫ぶと、カンカンに怒りながら隣の部屋に駆け込み、中から鍵をかけて、一ヶ月以上も顔を見せません。しくじった兄王は、肉の塊を猫に盗られた料理女みたいにがっくりしていましたが、そのうち、またも妹を呼びつけました。ペンタは、一体どうして兄がそんな想いに取り憑かれたのか不思議でならなかったので、大人しく部屋から出てきて訊ねました。

「お兄様、鏡でよくよく眺めてみましたけれど、わたくしのどこが良くてそんな気におなりになったのか分かりません。正直言って、人が恋に狂うほど、わたくし綺麗じゃありませんもの」

「ペンタよ、お前は頭のてっぺんから足のつま先まで愛らしい。完璧だ。とりわけ、手がたまらなくいいんだ。

 お前の手は、フォークのように私のハートを突き刺す。鉤のように私の魂のつるべを引っ掛けて命の水を汲みつくす。愛のやすりをかけられて痛むこの心をお前の手がヤットコのように挟んで放さないんだ。

 ああ、ペンタの手、可愛い手、お前の手は美味しいスープをよそってくれるスプーンだ、私の欲望をねじ切るペンチだ、石炭を投げ込んでこの心を燃え立たせるシャベル……」

「はい、よく分かりました」

 とめどなく言い募ろうとする兄王をペンタは押しとどめました。

「ちょっとお待ちになって。すぐ戻ってきますから、そこにいらして」

 そう言ってペンタが自分の部屋に下がって、しばらくすると、絹の布のかけられた鉢が兄王に届けられました。布を取ってみますと、なんと、中には切り取られたペンタの両手が入っているではありませんか。添えられた手紙には、「一番お好きなものを差し上げますから、お納めください。ごきげんよう。立派なお世継ぎが授かりますよう」と書いてありました。

 ペンタは部屋に下がるとすぐに、少し頭の弱い奴隷を呼んで、大きい包丁とお金を一つかみ渡して、「アリや、いい子だから、この手を切ってちょうだい。これは身の証を立てるためなのだから」と頼んだのです。奴隷は良い事をしているつもりで、ペンタの両手を叩き切ってしまいました。それを、兄王に届けさせたのです。

 兄王は「ひどい仕打ちを受けた」と激怒し、ペンタを木箱にタールを塗ったうつぼ船に入れると、海に投げ込みました。うつぼ船は波間を漂い、やがて浜辺で網を打っていた漁師たちに引き上げられました。

 箱の中から出てきた満月よりも美しいペンタを、漁師たちの首領のマスィエッロが引き取りました。家に連れて帰って妻のヌッチアに渡し、世話をするように言いつけましたが、ヌッチアはとても嫉妬深い性格だったので、夫が出かけるか出かけないかのうちにもうペンタを元の木箱に押し込んで、またもや海に放り込んでしまったのでした。

 うつぼ船は再び海を漂い、今度はテッラウェルデの王の船に出くわしました。王は不思議がって、ボートを下ろして木箱を引き上げさせました。箱を開けると、棺桶の中には生きた美女、可哀想なペンタが入っています。王は(大した宝物を見つけたぞ)と思いましたが、(愛の宝石の詰まった手箱なのに、取っ手がないのは弱ったな)と、胸を痛ませもしました。

 そんなわけで、ペンタを哀れんだ王は彼女をそのまま国に連れて帰り、王妃の侍女にしてやりました。ペンタは一生懸命お仕えして、針に糸を通したり、襟にのりをつけたり、王妃の髪を結ったり、何でも足で器用にこなしましたので、王妃も我が子のように可愛がりました。

 ほどなく王妃は病の床に就き、余命いくばくも無いことを悟って、王を枕元に呼んで言いました。

「もうじき、私の魂はこの体から離れていくでしょう。ですから、後のことをきちんとしておきましょう。私を愛してくださり、安心してこの世を去れるようにしてやりたいと思し召しなら、一つだけしていただきたいことがございます。

 わたくしの亡き後、どうかペンタと結婚してやってくださいまし。あの娘の素性は存じませんが、立ち居振る舞いからしましても育ちのよさが偲ばれますもの」

「ああ、お前が百まででも生きていてくれたらなぁ……。だが、お前の望むとおりにしてやろう。手なしでガリガリのやせっぽちでも仕方がない。……ま、女っていうのは少なめ控えめのほうが扱いやすいしな」 

 最後の方は王妃に聞こえないように小さく呟いて、王は約束しました。

 こうして、王妃の命の火が燃え尽きると、王はペンタを妻に迎え、すぐに花嫁は身篭りました。まもなく王は所用でアルトスコリオの国に船で旅立ちましたが、その間に、ペンタは玉のような男の子を産み落としたのです。都じゅうにお祝いの明かりが灯され、特別仕立ての船が王のもとに吉報を伝えに差し向けられました。

 ところが、この船は猛烈な台風に遭って、ある浜辺に流れ着きました。実は、ここはかつてペンタのうつぼ舟の流れ着いた、あの浜辺でした。しかも運の悪いことに、あの嫉妬深いヌッチァが、ちょうど浜で自分の赤ん坊のおむつや服を洗濯しているところだったのです。ヌッチァは物見高く船長にあれこれ尋ねました。どこから来たのか、どこへ行くのか、何の用事で? 船長は答えました。

「テッラウェルデからアルトスコリオに行くんだ。今、王様がそこにご滞在中なのでな、大切な手紙をお預かりしておるのだ。奥方様からのだと思うが、内容まではよく知らん」

「その奥方様ってどんなお方かね」

「聞くところによると、奥方様は手無しのペンタと呼ばれる美しいお方でな、両手とも切られて無いのだ。箱詰めのまま海に流されて、運良く王妃になったということだが……」

 これを聞いたヌッチァは、船長を家に連れ込んで酒を勧めました。船長がフクロウみたいに目も見えないほど酔って潰れてしまうと、ポケットから手紙を盗んで、愛人の学生さんのところに持っていって読んでもらいました。すると、読んでもらっている間中、妬ましさで心臓は破裂しそう、ため息ばかりが出ます。そこで筆跡を真似て偽の手紙を書いてもらい、『お妃様は化け物犬を産んだので、その処置について指示を仰ぎたい』という内容に変えて、封をして船長のポケットに戻しておいたのです。

 船長は目を覚ますと、海が凪いだのを見て、南西風に乗って船を急がせました。上陸するや手紙を届けますと、王は

『みんなで王妃を慰めよ。こうしたことは神の思し召しであり、運命には逆らえぬのであるから、少しも悲しむことは無い。』という返事を書きました。

 船長はこの手紙を持った帰途二日二晩の航海中、またもヌッチァの家に立ち寄りました。大変な歓迎振りで、食べたり飲んだりするうちに再び前後不覚に酔いつぶれてしまい、ヌッチァは盗んだ手紙を持って愛人のもとに走りました。そして今度も、『テッラウェルデ国議会は母子もろとも火刑に処すべし』という偽手紙に摩り替えたのです。

 船長が何も気づかずに手紙を届けると、議会の長老方は驚愕しました。討議に討議を重ね、王は気が狂われたか悪魔に騙されたかどちらかだ、でなければ、玉のごとく清らかで美しい奥方とお世継ぎを死の手に渡すなど思いつくはずがない、という結論を下したのでした。そこで中を取って、王妃とお世継ぎは王宮を去って行方不明、ということにし、当座しのぎに一握りばかりのお金を持たせて、国から追放したのです。

 可哀想に、ペンタは何の罪も犯していないのに国から追放され、赤ん坊を腕に抱いて、泣きながらラゴトルビードの方へさまよっていきました。ラゴトルビードの王は魔法使いでしたが、この哀れな母子の姿を見て いたく同情し、事情を話すように所望しました。話を聞くと哀れみはなおも募り、王は優しくペンタを慰めました。

「元気をお出し。天はしばしば人を破滅寸前まで追い詰め、救いを奇跡のように見せるもの。希望を捨ててはならない。わしはあなたの父となり母となって、命をかけても守ってあげよう」

 こうして、王宮の豪華な居間をあてがって王女のように遇したので、ペンタは感激の極みでした。翌朝になると、王はこんなお触れを出しました。

『この世で最も大きな不運とはどういうものか。その答えを王宮に持ってきた者に、王国一つ分より値打ちのある二つの宝石、及びに王冠と王笏を与える』

 このお触れがヨーロッパ中に広まると、我こそは約束の富を獲得せん、というわけで、キャベツ畑のキャベツの数ほどの人間が王宮に群がってきて、それぞれの不幸をぶちまけました。骨身を削って一生宮仕えしたのに報酬はチーズひとかけらだったとか、文句一つ言えずに上司に不当な扱いをされて煮え湯を飲まされるばかりだとか、全財産を投げ打って商船を買ったのに大風で船が沈んでチャラになったとか、物書きとしてペンで身を立てたかったのにモノにならず、副業のインクスタンド業で大成功したとか……。

 この不幸自慢の人々の中に、ペンタの兄たるピエートラセッカ王と、夫たるテッラウェルデ王の姿がありました。二人は海で偶然出会い、ピエートラセッカ王が「自分ほど不幸な男はいないから」ラゴトルビード国に行く、と言うのを聞いて、「そういうことなら、私だって誰にも負けないよ。どうだい、一緒に行って勇者らしく勝負して、そのうえで、善き友として、勝った方が褒美を半分分け与えることにしようじゃないか」とテッラウェルデ王が言って、二人は船首を並べてやって来たのでした。二人がラゴトルビード国に着くと、王者に相応しく丁重に迎えられ、天蓋付きの椅子に座らされました。「実は、私たちも世界一の不幸者コンテストに参加したいのです」と告げると、ラゴトルビード王は「その嵐のような溜息の源は何なのか、聞かせていただきましょう」と言いました。

 そこで、ピエートラセッカ王は語りました。

 血肉を分けた妹に非道の情欲を抱いたこと、妹の誇り高い行為、だのに自分は無慈悲にも妹をうつぼ舟に入れて海に捨てたこと。……自分の邪悪な仕打ちに良心はさいなまれ、妹を失った悲しみにもだえ、恥と悲嘆にかわるがわる痛めつけられる この辛さといったらない。地獄で一番ひどい責め苦にあっている亡者ども全ての悲痛を束にしても、我が心の悲哀に遠く及ぶまい、と言うのでした。

 すると、テッラウェルデ王は「あなたの苦しみなど、この私の苦痛に比べれば、甘いお菓子のようなものだ。というのも、私は今お話しの、その美しい手無しのペンタが箱の中で輝くのを見て、終生の伴侶にとめとり、可愛い男の子も生まれたのだが……」と話し始めました。

 帰国すると何故か妻子は追放されており、手紙をあらためて偽手紙であると知ったこと、手紙を届けた船長を問い詰めて、どうやら犯人は漁師の妻ヌッチアであると気づき、自らガレー船軍船で出かけたこと。ヌッチアを見つけ出してうまく白状させ、全身に蝋を塗りたくって乾いた薪の上でロウソクに見立てて火刑に処したこと。それを見届けた後、海でピエートラセッカ王の船に出会い、こうしてここまでやって来たのだ、と言うのでした。

「楽しみを奪われ、苦悩の重荷を背負わされた我が人生、このまま地にくずおれぬのが不思議というもの……」 

 魔法使いの王は、これらの話を聞くと(これはペンタの兄と夫だな)と悟りましたので、ペンタの子のヌフリエッロを呼び、「さぁ、お前の父上の足にキスしなさい」と言いますと、少年はその通りにしました。テッラウェルデ王は少年の身に備わった気品を見てとって、金の鎖を首にかけてやりました。それから、「さぁ、叔父上の手にキスしてあげなさい」と言われて、美しい少年はすぐに身をかがめてそうしました。テッラウェルデ王は少年の賢さにいたく感心して、今度は宝石を与えると訊ねました。

「この子は私の息子なのですか」

「それは、この子の母親に訊きなされ」

 ペンタは壁掛けの陰に隠れて一部始終を聞いていたのですが、ここで姿を現しました。迷子の犬がやっと主人を見つけたように、まず夫君に駆け寄って抱きつき、次には兄君のところに、といった具合で代わる代わる抱きついて、三人そろって息せき切って、切れ切れの言葉と溜息が合奏のように飛び交います。それがひとしきり終わると、今度は父と叔父とで少年を抱きしめてはキスをして、もう気も狂わんばかりの喜びようでした。

 やっと一段落したところで、魔法使いの王が締めくくって話しました。

「ペンタ妃がこのような慰めを手にしたのを見るのは、まことにえも言われぬ喜びじゃ。これぞ美しい心根のペンタに相応しい報いである。

 ペンタの夫君と兄君を呼び寄せるのが、わしの本当の狙いであった。しかし、人は己の言葉にも縛られるもの。約束したのだから、わしはテッラウェルデ王こそ世界で一番不幸な体験をした者と判定し、王冠と笏、加えて我が王国を差し上げよう。わしには子供はなく、わずらわしい係累もない。故に、よろしければ、目に入れても痛くないほどに思うあなた方ご両人を養子としたい。

 さて、この幸せに欠けるところがあってはならぬな。――ペンタよ、その手を帯の下に差し入れてから出してごらん。前にも増して美しい手になっているから」

 ペンタがその通りにすると、本当に美しい両手が戻っていました。皆は大喜びし、ことにテッラウェルデ王は、魔法使いの王から贈られた新しい王国よりも、このことの方を嬉しく思ったのでした。

 祝賀の宴は数日に渡りました。宴が終わると、ピエートラセッカの王は国に帰り、テッラウェルデ王の方は、国の弟君に政務を任せる旨を言伝てて、自分はラゴトルビードに留まりました。世に

苦は楽の種

と言うとおり、これまでの苦しみを補って余りある喜びと幸せを手に入れたのでした。



参考文献
『ペンタメローネ[五日物語]』 バジーレ著、杉山洋子・三宅忠明訳 大修館書店

※冒頭が兄妹の葛藤譚になっている。

手無し娘  アフリカ カメルーン フルベ族

 兄が妹と結婚しようとする。妹が拒むと、兄は妹の四肢を切断してしまった。妹の友人は妹を背負って遠くへ旅立った。その途中でタマリンドの木に登ると、王の一行がやって来て木の下に休んだ。妹の友人は王に熟れたタマリンドの実を投げ、王の家来には未熟な実を投げてやった。娘たちは王の一行に見つかり、手無し娘は王と、友人は王の家来と結婚した。

 友人は手無し娘の家事を全て代行してやっていたが、ある日、家畜が手無し娘に手足がないのを発見して密告した。王の他の妻たちはそれを王に告げた。王は、明日牛を屠殺して肉を分配するので、全ての妻は肉を取りに出て来るようにと告げた。仕方なく、手無し娘と友人は前夜に夜逃げした。その途中で蛇に出会い、蛇は手無し娘を呑み込んだ。蛇が娘を吐き出すと、その手足は元通りになっていた。二人は喜んで王の屋敷に戻った。

 朝になり、娘が肉を受け取るために部屋から出て姿を現すと、その美しさで屋敷一帯が光り輝くほどだった。王は娘を唯一の妻とし、他の妻たちを離縁した。

 

※蛇に呑まれて吐き出されると手足が再生しているのは興味深い。<小ネタ〜竜退治>を参照。肉を受け取りに全ての妻が出てくるようにというくだりは、「鉢かづき姫」や「蛙の王女」に見られる、嫁比べのモチーフの変形と思われる。

 娘が両腕だけではなく両足まで切断されているが、インドの類話でも、娘が花の木に変身していると妹たちが枝をむしり取ったため、人の姿に戻ったとき四肢を失っていた、と語るものがある。ちなみにドイツの「ミルテの木の精」では、花の木の精霊たる娘が婚約者の恋人たちに妬まれて枝をむしり取られ、手の指が欠けた状態になる。


参考文献
『世界昔話ハンドブック』 稲田浩二編集代表 株式会社三省堂 2004.


参考 --> 「白檀の木」「ラール大王と二人のあどけない姫

 上記の類話やペンタメローネ版では兄が妹に近親相姦を強要し、拒絶の証として腕が切り落とされるが、兄妹の仲が非常に良いのを兄嫁が妬んで、妹を陥れる場合もある。継母、兄嫁、他の妻、姑は入れ替え可能である。

手無し娘  フランス

 昔、両親を亡くした兄妹が暮らしていた。兄は既に結婚していたが妻は非常に腹黒い性質だった。

 兄は妹を非常に可愛がり、いつでも自分の食べる物の最初のひと匙は妹に食べさせ、夕方に家に戻ると、まず妹にキスをするのが習慣だった。兄嫁は嫉妬し、年取った魔女に相談した。魔女は、夫の可愛がっている小犬を溺死させて、罪を妹になすりつければいいと助言した。妻に「あなたの妹が小犬を溺れ死させたわ」と告げられた兄は妹に確かめた。妹は「私がやったかどうか、神様はご存じよ」とだけ答えた。

 夫がまだ妹を可愛がるので、翌朝、妻は再び魔女の所へ行った。魔女は夫の飼っているいい馬の尾を引っこ抜いて、罪を妹になすりつけるよう勧めた。兄は妹に確かめて少し責めたが、妹はやはり「私がやったかどうか、神様はご存じよ」とだけ答えた。

 夫がそれでも妹を可愛がるので、翌朝、妻はまたも魔女の所へ行った。魔女は、夫婦の間の息子を鍋で煮てしまいなさいと勧めた。妻はその通りにして、帰って来た夫に「あなたの妹は、今度は私たちの息子を捕まえて、鍋に放り込んで煮てしまったわ」と訴えた。とうとう兄は「お前のしたことはひどすぎる」と妹に言い、森へ連れて行くと妹の両手を切り落とし、置き去りにした。立ち去るとき、兄の足にサンザシの棘が刺さった。すると妹は「神様のお許しにより、私の両手で棘を抜く時まで、棘が兄さんの足の中で根を張りますように」と唱えた。

 

 森の中で暮らす娘を、狩りに来た王の息子が発見し、その美しさに惹かれて連れ帰った。そして母親に介抱を任せて、やがて結婚した。

 王子と娘の間には双子の男の子が産まれた。一人の額には太陽が、もう一人の額には月が輝いていた。その時、王子は戦争に行っていて留守だったので、母親は手紙を書いてこれを報せた。ところがこの手紙が年取った魔女の手に渡り、「二匹の黒い仔犬を産んだ」というものにすり替えられてしまった。王子はその手紙を読んで「そのまま育てるように。帰ってから判断する」と返事を書いた。しかしそれも魔女が「子供も妻も殺せ」という手紙とすり替えた。

 王子の母はこの手紙を読むと、嫁と孫を城から逃がすことにした。娘は振り分け袋の前と後ろに子供を一人ずつ入れて出発した。やがて池のほとりに差し掛かった時、娘は激しい喉の渇きを感じて「神様、喉が渇いて死にそうです」と叫んだ。するとどこからか「お飲み」と声が返った。娘が屈んで水を飲もうとした時、子供の一人が落ちて水の中で蛙のようにもがいた。慌てて無い片手を差し伸ばした途端、片手が生えて子供を掬いあげることができた。娘はまた「神様、喉が渇いて死にそうです」と叫んだ。「お飲み」と声が返り、水を飲もうとするともう一人の子供が落ちて、もう片方の手も生えた。

 娘は子供たちを連れて先へ進み、池の近くに一軒の農家を見つけた。農家のおかみさんはこの母子を下働きとして置いてやった。

 一方、王子は城に戻るとすぐに妻子の居場所を尋ねたが、母親は「自分で殺せと言っておきながら」となじった。そこで恐ろしい食い違いがあったことが明らかになり、王子は妻子を見つけ出すまでは戻りませんと言い置いて旅に出た。

 

 月日は流れ、二人の子供が池のほとりで遊んでいると、立派な身なりの男が通りかかった。子供たちは口々に「お父さんだ」と叫んだ。子供たちの母親は夫の仕打ちを忘れておらず、「黙りなさい。そんな大声で呼んではいけません。私たちを殺しに来るかもしれないのだから」と言った。立派な身なりの男は、確かに彼女の夫だった。彼はすぐに妻を見分けて、偽の手紙について話した。この辺りは彼の領地だったので、農家のおかみさんにはお礼に農場の土地を譲り、妻子を連れて城に帰った。年取った魔女は火あぶりにされた。

 さて、王子の妻は、兄の足に刺さった棘に根が生え、どんどん伸びてとうとう煙突から突き出してしまったという噂を聞いた。彼女は兄に会いに行った。

「棘に捕まったのね、兄さん」
「ああ、そうなんだ」

 妹が両手で棘に触ると、棘は抜け落ちた。

 それから兄がどうなったかは、私は知らない。


参考文献
『フランス民話集』 新倉朗子編訳 岩波文庫 1993.

兄と妹  ロシア アワール族

 両親を亡くした兄と妹が仲良く暮らしていた。年頃になると妹は兄に結婚を勧めた。兄は良い家庭の娘を妻に迎え、最初のうちは全てが上手くいっていた。しかし、やがて兄嫁は義妹を憎むようになり、兄妹の仲を引き裂いてやろうと考えるようになった。

 ある日、兄が家に帰ると、妻が「新しい毛皮をあなたの妹が嫌がらせのために切り刻んだ」と言って泣いていた。妹は争いたくなかったので言い訳しなかった。けれど兄は黙って妹を叱らなかった。その後に、兄がかまどの前に座っていると、妻は灰の中から焼けた短剣を掻き出して「あなたの妹がやったのよ。あなたが叱っていればよかったのに」と泣いた。今度も兄は妹に何も言わなかった。そのうちに兄夫婦に可愛い男の子が生まれた。ところが兄嫁は、この子が八ヶ月か九ヶ月になった時、眠っている間に殺した。そして翌朝に何食わぬ顔でゆりかごを覗きこみ、「子供が死んでいる、あなたの妹がやったのよ!」と喚いた。

 とうとう兄は妹に出ていくように告げたが、それでも声を荒げて叱るようなことはしなかった。妹はこれ以上兄夫婦と共にはいられないことを悟っていたので、そのまま森に去った。泉の傍の深い洞穴に入り、アラーの神に祈りを捧げて、こうして静かに暮らしていこうと考えた。

 ある時、ハン(王)の息子が森に狩りに来て、小川のほとりで人間のような何かと出会った。汗の息子は一人の召使いを派遣し、それが森暮らしで服がぼろぼろになった半裸の娘であると知った。彼は自分のマントを目立つ場所に置いておくよう命じ、娘がそれを取りにきたところに近づいて話しかけた。娘は、自分は道に迷ってここで二年暮らしていると言い、汗の息子が一緒に来るかと尋ねると、あなたの妻にしてくださるならばと返した。汗の息子はこの美しい娘がとても気に入っていたので、承知して、一番いい馬に乗せて家に連れ帰った。

 汗の息子は、まずは娘を両親に預けた。彼女は実の娘のように汗夫婦を尊敬して世話したので、汗夫婦は娘をたいそう気に入って可愛がった。そして、この娘を他に嫁にやりたくないから、お前が嫁にしなさいと息子に勧めた。幸せな結婚式が行われた。

 それから九ヶ月経って、汗の息子は妊娠した妻を残して戦争に出かけていった。そして戦場で妻の兄と知り合って親しくなったが、互いに親戚とは知らなかった。

 汗の息子は出かける際、両親に、もし男の子が生まれたら手紙で報せるよう頼んでおいた。男の子が生まれたので両親は手紙を送ったが、なんたることか、手紙を持った使いがたまたま途中で休んだ家が、汗の息子の妻の実家であった。妻の兄嫁は根掘り葉掘り聞いて、汗の息子の妻が義妹であることに気付いた。彼女は「私の夫も戦場にいるので手紙を出したい、その手紙を見せてくれ」と頼み、手紙をイスラムの僧侶のところに持っていって読んでもらった。それは素晴らしい男の子が生まれたという祝福の手紙だった。兄嫁は僧侶にお金を渡して、「嫁は子犬を生んだ、この嫁を追い出さなければ親子の縁を切る」という手紙を書かせ、本物の手紙とすり替えた。汗の息子はこの手紙を読んで悲しくなったが、「たとえ子豚を生んだとしても彼女を苦しめないでください」と返事を書いた。けれども使者は帰りにやはり同じ家で休んだので、同じように手紙をすり替えられた。その手紙は「どんなに美しい子を生んだとしても、私が帰宅する前に妻を追い出しておかなければ、もう親とは呼ばない」というものだった。

 この手紙を読んで汗夫婦は悲しみ、泣いて、一日中何も食べられなかった。けれど戦争が終わったという報がもたらされ、息子がそのうち帰るだろうと分かると、嫁を呼んであらましを説明した。彼女は赤ん坊を抱いて出ていった。そして物乞いをしてさ迷い歩いた。

 

 汗の息子は戦場で親しくなった若者…実は妻の兄…に招待されて、彼の家に立ち寄った。村の僧侶も二人を祝福するためにこの家にやって来た。二人は物珍しい話を聞きたがったが、若者の妻も僧侶も、特に面白い話を持たなかった。そこで若者の妻は、地下室に泊めている女乞食なら何か知っているかもしれない、と言って連れて来た。この村には漂泊者を交代で泊めてやるという習慣があり、たまたまこの家の順番だったのだった。

 ぼろぼろの姿をした女乞食は最初は断ったが、二度請われて、幼い息子を連れて地下室から上って来た。そして「お望みなら一つ話を聞かせますが、その前にドアに鍵をかけて、誰も部屋から出さないようにしてください」と頼んだ。

 彼女が話したのはある娘の身の上話だった。聞いていくうち、若者も汗の息子も、この女乞食の顔をじっと見つめた。そして若者の妻と僧侶は青ざめてそわそわし始めた。

 全てを話し終えると、女乞食はその娘こそ自分である、と結んだ。彼女の兄と夫はピストルを抜くと、兄嫁と僧侶を射殺した。そして汗の息子は妻子を馬に乗せて家に帰った。汗夫婦はこれを見てたいそう喜んだ。

 若い汗は友人である妻の兄に良い妻を見つけ出してやり、人々を招いて結婚の祝宴を開いた。今でもまだ、その宴は続いている。


参考文献
『世界の民話 コーカサス』 小沢俊夫編訳 株式会社ぎょうせい 1978.

※この話からは手を切られる要素が欠落しているが、その他は完全に【手無し娘】の筋立てになっている。


参考 --> 「あなたはだれ?

  

 多くの【手無し娘】では、娘の手は悪意ある他者に無理やり切り落とされてしまうのだが、このペンタメローネ版や「モハメッドの花」では、己の信念を貫くため、娘が望んで切り落とさせる。ペンタメローネ版では奴隷の名前が《アリ》となっていることもあり、元は中東文化圏の物語の翻案らしく感じられる。


参考 --> 「ロバの皮



預言者の花  イラク

 昔、バグダッドの町に、金持ちの商人が住んでいました。

 ある冬の夜、商人の家の前に女の赤ん坊が捨てられて泣いていました。可哀想に思った商人は、

「きっと、預言者モハメッドの贈り物だ。大切に育ててやろう」

と言い、グルナレという名前をつけて、娘として育てました。

 やがて成長すると、グルナレは驚くほど美しく賢い娘になりました。年頃になるとバグダット中の若者が求婚しましたが、中でも熱心だったのは王でした。商人は「グルナレは捨て子です、王妃に相応しい身分ではありません」と断っていましたが、王は諦めず、ついにグルナレは王妃として王宮に迎えられました。

 王は喜んで、金貨十万枚を払って、ずっしりした宝石をつないだ見事な首飾りを作らせ、グルナレに贈りました。

「世界一の首飾りだ。大切にするがいい。――だが、もしもこの首飾りをなくしたなら、お前の手を切り落とすぞ」

「はい。どうぞ、切り落としてくださいませ」

 グルナレは微笑んで承知しました。そんなことはありはしないと思ったのです。そして実際、グルナレは首飾りをそれは大切に扱いました。身につけた後は丁寧に磨いて銀の小箱にしまい、小箱をしまう引き出しには鍵をかけておきました。

 そんなある日のこと、宮殿に戻ってきたグルナレは、門の前にうずくまっている乞食を見つけました。

「どうかお恵みを……王妃様。預言者モハメッドの名にかけて、哀れな者をお救いくださいまし」

 信心深いグルナレは、モハメッドの名を出されて、施しを与えようとバッグの中をまさぐりました。ところが、その日に限って小銭一枚、お菓子ひとかけらも持っていません。それでも、何も与えないわけにはいけません。

「モハメッドのお恵みがありますように」

 そう言ってグルナレが乞食に与えたのは、王からもらったあの首飾りだったのです。

 グルナレは、このことを正直に王に打ち明けました。すると王は言いました。

「私も、モハメッドを尊敬している。あの方の名にかけて、と言われたら、王の冠も差し出すに違いない。お前は、よい施しをしたのだ」

 しかし、と王は続けました。

「男が一度口にした言葉は、何があろうとも守られなければならない」

 そうして、王はグルナレの両手を切り落としたのでした。

 手を失ったグルナレは王妃の座を退いて両親の家に戻りました。けれども、モハメッドのために手をなくしたのだ、と思うと、悲しいよりもむしろ誇らしくさえ思えていたのです。

 

 一方、金貨十万枚の首飾りをもらった乞食は、それを元手に商売を始め、三年も経つとバグダッド一の大富豪になっていました。立派な屋敷に住んでアフシャーと名乗るようになっても、彼は王妃に受けた恩を忘れることはありませんでした。

「ご恩は決して忘れません。王妃様に、モハメッドのお恵みがありますように」

 朝に晩に、アフシャーは祈りました。

 不思議な女性の噂がバグダッドの町に流れたのは、その頃でした。

「ある商人の家に、世にも美しく賢い女性がいるそうだ。姿は女神よりも気高く、顔は花よりも美しい。声はさわやかな流れのように響いて、体からはかぐわしい香りを漂わせている。

 それほどの女性なのに、屋敷の奥に引きこもって、誰にも会おうとはしないのだそうだ」

 この噂はアフシャーの耳にも届き、アフシャーはその商人の家を訪ねました。

「屋敷の奥に隠れているという女性を、妻にさせていただきたい」

 突然こう切り出されて、商人は驚きました。屋敷の奥でひっそりと暮らしているのはグルナレです。一旦は王妃となったグルナレが手を失って戻ってきたことは、商人夫妻とグルナレと王しか知らない秘密です。

「あなたは、見たこともない女を妻にするのですか? 二目と見られない姿をしているかもしれないのですよ」

「預言者モハメッドの名にかけて」

 こう言われると、信心深い商人はアフシャーの望みをかなえてやらないわけにはいきませんでした。

 こうして、グルナレはアフシャーと再婚しました。けれども、グルナレは夫がかつての乞食であることを知りませんでしたし、アフシャーも妻が首飾りをくれた王妃だとは気づきませんでした。というのも、グルナレは何重ものベールを被って嫁入りしましたし、眠るときにもそれを外さなかったからです。アフシャーはそんな妻を「ベールに包まれた宝物の妻よ」と呼んで心から愛し、グルナレも夫をこの上なく愛しました。

 夫を愛すれば愛するほど、グルナレの心は悲しみに沈んでいきました。

「手があれば、あの人に何でもしてあげられるのに。お料理も、洗い物に繕い物も、楽器だって弾いてあげられる。そうして、あの人をもっと幸せにしてあげられるのに……」

 その時です。溜息をつくグルナレの前に、青いターバンを巻いた老人が現れました。

「モハメッド様……!」

 慌ててひれ伏すグルナレに向かい、預言者モハメッドは優しく言いました。

「お前の手を返してあげよう。私の名にかけてとうとい施しをした、お前への贈り物だ」

 モハメッドが触れるとグルナレの手は元通りになり、指先には淡い紫色の香りの良い花が咲きました。

「その花は、きっと役に立つだろう」

 穏やかに言って、モハメッドは姿を消しました。

 あくる日から、グルナレはせっせと働きました。お客のためにご馳走を作り、屋敷中をピカピカに磨きあげて、アフシャーのために楽器を奏でます。アフシャーは目を丸くして、妻の変化を見守るばかりでした。モハメッドから授かった花をグルナレは大切に育てていましたが、この花の赤いめしべは香り付けにも色付けにも使えました。グルナレの料理が食べられるというだけで、お客は喜んでやって来るのでした。

 そんなある夕方のこと、アフシャーはよく太ったガチョウを二羽買ってくると、グルナレに料理するように言いつけました。まもなくお客が来るというのです。グルナレがガチョウをこんがりと焼き上げたとき、台所に乞食が入ってきました。

「奥様……、預言者モハメッドの名にかけて、何かお恵みを」

 乞食は言いました。そして、グルナレはお客のためのガチョウを乞食にやってしまったのです。

 ご馳走がすっかり無くなった事を知ると、アフシャーは怒りました。

「なんということをしてくれたのだ。モハメッドの花を使った料理を、お前は無駄にしたんだぞ!」

 叫ぶ夫に向かって、グルナレは静かに言いました。

「モハメッドの名にかけて、と乞食は言いました。私は何年か前にも、モハメッドの名にかけて施しをしたことがあります。二羽のガチョウより、もっとずっと高価なものでしたけれど」

「お前は、まさか……」

 アフシャーの目が見開かれました。

「私は以前は王妃でした。首飾りを失ったために手を切り落とされましたが、今では元通りになっています」

「そして私は、首飾りをもらった乞食だったのだよ……!」

 アフシャーは言って、しっかりとグルナレを抱きしめました。

 預言者モハメッドによって結ばれた夫婦――バグダッドの人々はアフシャーとグルナレをそう呼ぶようになりました。モハメッドの花を育てることも広まり、人々の庭は冬になるごとに淡い紫の花で一杯になったのです。

 王も、噂を聞いて二人を訪ねてきました。アフシャーと王は仲良くなり、グルナレは二人のためにモハメッドの花の香りをつけたガチョウを焼き、色をつけたご飯を炊きました。

 モハメッドの花を、私たちは"サフラン"と呼んでいます。今でも、祭りの日に炊くサフランのめしべで黄色く染めたサフランライスを、バグダッドの人々は"モハメッドのご飯"と呼んでいるそうです。



参考文献
『花ものがたり〈冬〉』 立原えりか文、もと なおこ絵 小学館 2001.

※ペンタメローネ版と同じく、主人公の手を切った男と夫が仲良くなってしまうという、なんとも落ち着かない結末である。

 この話は、むしろ[炭焼長者:再婚型]に似ているかもしれない。




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