>>参考 「梵天国
     【白鳥乙女】【たにし女房】【竜宮童子

 

竜宮女房  日本 鹿児島県 喜界島

 昔、不幸な家があった。七人家族だったが、どうしたわけかばたばたと死んで、残ったのは若い息子と老いた母親だけになった。土地を持たないので食うに困り、息子は山に行って花を取ってきてはそれを売って、それもなかなか売れなかったが、細々と暮らしを立てていた。

 ある日、若者は帰り道に長い浜を歩いていた。売れ残った花をどうしようかと思案し、

竜宮ネィンヤの神様、どうか私のこころざしを受け取ってください」と言って全て海に投げ込んだ。

 帰ろうとすると、誰かが呼びとめる。海に大きな亀が現れて、若者を呼んでいるのだった。

「竜宮では、正月の花がなくて困っているところでした。竜王様がお礼をしたいと申しております。一緒に来て下さい」

 若者は亀の背に乗って竜宮に向かった。途中で亀が言った。

「竜王様は、あなたに何か欲しいものは無いかと聞くでしょう。そうしたら、《竜王様の娘こそ欲しいものです》と言いなさい」

 それから竜宮に着いた。立派な門には七人の番人がおり、白い魚は白い鳥に、赤い魚は赤い鳥になって舞い飛んでいた。若者は三日間歓待され、楽しい時を過ごした。

 三日目に、若者が「母が待っているので帰ります」と言うと、竜王が「では、一番欲しいものを土産にあげよう」と言った。若者は亀に言われたことを思いだし、「竜王様の娘こそ欲しいものです」と言った。「娘は私の一番の宝だが、では、あなたに嫁にさしあげよう」

 若者は竜王の娘を嫁にもらって地上に帰った。ところが、地上では三年が経っていて、家は壊れて無く、母は飢えて、石にもたれて死んでいた。

 若者が泣いて嘆いていると、嫁は竜宮から持ってきた《生き鞭》を取り出して、母の死体に水をそうそうとかけ、生き鞭でそっと撫でた。すると、母はふーと息をついた。ふた撫ですると生気が増し、三撫でですっかり元の母に戻った。母と子は手を取り合って喜んだ。 

 さて、母は生き返ったが、三人には住む家が無い。嫁が言った。

「土地を整えてくだされば、私が家を建てて差し上げます」

 そこで、若者は野原の雑木を伐って、立派な土地を整えた。嫁は竜宮から持ってきた《うっちん小槌(打ち出の小槌)》を取り出して、それを一振り。たちまち、立派な家が建った。更に振って米を出し蔵を出し、大変な大金持ちになった。

 嫁は光り輝くような美女だったが、それが殿様の耳に入った。殿様は嫁を自分のものにしたいと思って、ある日若者を城に呼び出した。

「千石の米を上納しろ。できぬならお前の嫁はわしがもらうぞ」

 若者はふらふらしながら帰って、不安のあまり、嫁が「どんな御用でしたか」と訊いても返事もできない。

「男がそんなことでどうしますか!」

 嫁に怒られて、若者は殿様に言われたことを話した。

「あら、そんなことなら造作もありません」と、嫁は言った。

 その夜、嫁はみそぎをして浜に出た。そして海に向かって手を招くと、何百という馬が米俵を担いで水の中から現れ、若者の家の庭に米俵を置いていった。若者は喜んで、早速 殿様のところに使いをやって、米俵を受け取りに来て下さいと言った。驚き怪しみながら役人たちがやって来て、本当に千石の米俵があるのを見て、馬でそれを運んでいった。

 しばらくすると、また殿様から呼び出しがかかった。千尋の縄を明日までに用意し、上納せよという。「できぬなら、お前の嫁はわしがもらうぞ」

 家に帰った若者から話を聞いた嫁は、また精進して浜に降り、差し招くと、海から千尋の縄が現れた。

 殿様は、ますます若者の嫁が欲しくてたまらない。なんとかして難癖をつけて奪ってやろうと思い、

「正月元旦に家来を六百九十九人連れてお前の家に行く。泡盛(酒)を七十七壷用意し、ご馳走をこしらえておけ」

と命じた。更に、一番下役の家来と衣装を取り替えて、わざとみすぼらしい格好になった。こうしておいて、自分と下役を取り違えたなら、それを口実に嫁を奪ってしまおうという肚だった。

 けれど、嫁はひと目でこの企みを見ぬいた。さっと六百九十九人分のお膳を出し、みんながお膳につく前に「ちょっと待ってくだされ」と言って、みすぼらしい格好をした殿様に挨拶し、上座に座らせた。

 宴会が始まると、殿様は嫁に「何か芸をしてみせよ」と命じた。

「芸は何にいたしますか」

「荒いと(作業歌)にせよ」

 嫁は小さな箱を開けた。すると中から何百人という同じ衣装を着た小人が出てきて、見事な舞いを踊った。それが終わると、殿様は「もっと芸を見せよ」と言った。

「芸は何にいたしますか」

「細いとにせよ」

「殿様、細いとを出せば危のうございます」

「構わぬ、出してみよ」

「では、出します」

 嫁が別の箱を開けると、何百人という刀を持った小人が出てきて、殿様も家来もみんな切り殺してしまった。大きな川がそこにできて、死体をみんな海に押し流した。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※類話によっては、死んだ殿様の代わりに主人公が殿様になり、より幸福に暮らす。

 この話で一番好きなのが、飢え死にしていた母を生き返らせるところ。多くの浦島太郎たちは、草に埋もれた両親の墓を発見して自分の親不孝振りを嘆くが、この話ではそれを鮮やかに解決している。母が石にもたれて死んでいる、という点で、元の話では《母の墓石を発見する》エピソードだったのだろうと匂わせる。見事。なお、母の死体に注がれた水は、言及されていないが生命の水なのは間違い無い。



竜王の娘  モンゴル

 昔、猟師の若者とその母が二人きりで住んでいた。ある日、猟師は虎を追ううちに、見知らぬ浜辺に辿りついた。見れば、見たことも無いような綺麗な錦の着物が置いてある。拾って着てみると、あつらえたようにぴったりだった。その時、海から美しい乙女が現れ、言った。

「その着物は、私の夫になる人のために置いておいたものです。あなたは私の夫となる定め」

 猟師は驚いたが、乙女にかき口説かれ、結婚を承知した。乙女は沢山の真珠を縫い取りした上着を猟師に着せると、「今から竜宮に行って、私の家族に挨拶して来てください」と言った。

「いいですか、私の言うことをよく聞いてください。

 まず、竜宮の門に行くと、まだら蛇が門番をしています。《お元気ですか》と挨拶すると人の姿に変わるので、《妻の父上に会いに来ました》と言いなさい。

 奥に入ると、黒いまだら蛇が二匹います。これが私の両親です。その他に白い蛇と緑の蛇がいますが、これは私の姉と兄です。

 挨拶が済んだら、父の前に出て私が差し上げた真珠の上着を見せて、《あなたの娘さんをいただきたく思います》と言ってください。その時、父の差し出す金や銀を受け取ってはなりません。

 そうしたら、父は三つの問題を出してあなたを試すでしょう。一つ目は、見た目のそっくりな二頭のまだら馬を、どちらが親で子か見分けるもの。これは、餌を食べさせればすぐに分かります。親がまず匂いをかぎ、子に先に食べさせますから。二つ目は、根と葉が同じ形の木の、どちらが根で葉なのか見分けるもの。これは、木を水に漬ければ分かります。根の方が沈みますから。三つ目は、大きな二つのかぼちゃのどちらが種が多いか判断するもの。この時は「男のかぼちゃには一つだけ、女のかぼちゃには二つあります」と答えてください」

 猟師は竜宮に行き、すべて首尾よく済ませて、無事に結婚を認められた。そして妻を連れて家に帰り、幸福に暮らした。

 そんなある日のこと。国王が五百人の伴を連れて狩りにやってきたが、やっとガンを一羽しとめただけだった。国王は、伴の一人にガンを調理してくるように命じ、伴は猟師の家(テント)にやってきて、台所を使わせてくれるように頼んだ。ところが、応対した妻があまりに美しかったもので、つい見とれて、ガンを焦がしてしまった。「首を切られる」と嘆く伴を慰めて、妻は小麦粉でガンそっくりの素晴らしい料理を作った。それはとてもおいしく、しかも五百人で食べて全員がお腹いっぱいになった。

 翌日も国王は狩をした。やはりガンが一羽だけとれ、伴は猟師の家に台所を借りに来た。この日応対したのは老いた母だったので、伴は今度は注意して、ガンを焦がさずに調理して帰った。ところが、昨日の料理とあまりに味が違う上、ちっともお腹いっぱいにならなかったので、王は怪しみ、怒って伴を問いただした。

 伴の話を聞いた王は自ら猟師の家に赴き、妻の美しさを見て、手に入れたいと考えた。そこで、夫の猟師を呼び出して言った。

「お前は山奥に住んで、税も納めずにいてけしからぬ。懲らしめるために、明日、わしの抱える百二十八人の力士と戦ってもらう。いいか、もしお前がただの一度でも負けたなら、お前の妻はわしのものになるのだからな」

 そんなことはとても無理だった。猟師はショックを受けて家に帰ったが、妻は「大丈夫」と笑った。

「戦うときに、小声で《私はきっと勝つ》と自分に言うのです。そうすれば、必ず勝てますわ」

 そして虎の肉を食べさせ、真珠をちりばめた上着と魔法の宝玉の付いた兜を着せて都に送り出した。猟師は妻の言ったとおりにして、本当に百二十八人の力士に勝ってしまった。

 次に、王はこう命じた。

「バルゴン・カン山の森の奥の洞穴に、黒いまだらの大蛇がいる。このうろこを五枚取ってくるのじゃ」

 話を聞いた妻は言った。「あなたを殺そうと考えているのですわ」

 そして猟師の右のてのひらに金の鳥が蛇の頭を突ついている絵を描き、針箱から出した針の先をカギ型に曲げて渡した。

「蛇の洞穴に近づいたら、この絵を描いた右のてのひらを蛇に向けて進むのです。すると蛇は動けませんから、左手で蛇を押さえて、針のカギでうろこを掻き取りなさい」

 猟師は、妻のアドバイス通りにして無事にうろこを五枚取ってきた。

 次に、王はこう命じた。

「北の山に、不思議な模様の虎がいる。これを生け捕りにしてまいれ」

「方法はありますわ」妻は言った。猟師に太い綱を渡して、

「真正面から虎の目を見つめれば、虎は動くことができません。虎の目を見据えたまま近づいて首にこの綱をかけ、その背に乗って帰って来て下さい」

 猟師はその通りにして、虎に乗って城に帰ってきた。王の前で綱から手を離すと、虎は王に飛び掛って八つ裂きにし、そのまま城から逃げていった。



参考文献
『世界むかし話10 今剛山のトラたいじ』 鳥越やす子/佐藤ふみえ訳 ほるぷ出版 1979.

※普通、異類の女の服を奪って結婚するものだが(天人女房)、珍しいことに逆転していて、異類の女に服を与えられてその夫に選ばれている。

 王が狩りに出て、家来に野で調理をさせるが失敗し、ある女が代わりに素晴らしい調理をする。それがきっかけで王はその女を我が物にしようとする……このモチーフは例えば「ラール大王と二人のあどけない姫」にも出ている。



竜宮女房  中国 チワン

 昔、三人の兄弟がいた。父親が死んでその弔いを出すと、三文しかお金が残らなかった。兄弟は一文ずつお金を分けて、それぞれやっていくことにした。

 一郎は怠け者で、何もせずに毎日ぶらぶらして、そのうち飢え死にしてしまった。次郎は働き者で、野菜作りを学んで、一文で種を買って植え、なんとか暮らしをたてていった。三郎は釣り針を買って漁師の仕事を始めた。

 ある日のこと。三郎は釣りをしていたが、どうしたことか魚が一匹もかからなかった。不思議に思いながらふと見ると、どうだろう、釣り針の側にター(口のとがった大きな肉食魚)がいて、釣り針にかかった魚を食べているではないか。三郎は腹を立てて銛を投げつけ、ターを仕留めた。

 この日捕れた魚はこのターだけだったので、これを食べるよりなかった。三郎がターの腹を切り裂くと沢山の小魚が出てきたが、中に美しい金色の鯉がいて、まだ生きていてエラをパクパクさせている。

 三郎は可哀想に思ったし、この綺麗な鯉がとても気に入ったので、小さな銅の鉢に水を注いで、そこに鯉を入れて飼うことにした。それからは、ミミズを掘ってきて与えたり鉢の中に藻を植えたり、釣りに行くときも町に行くときも、芝居に行くときさえ鉢を持っていって、いつでもこの鯉と一緒にいた。

 あるとき、三郎は町に魚を売りに行って、金色の鯉を連れて行くのを忘れてしまった。魚を全部売ってから家に戻ってくると、鯉の姿が見えない。三郎は鉢の側にうずくまって、悲しみのあまりぼんやりしていた。涙がぽたぽたと落ちて、鉢の中に水の輪を作った。しょんぼりしてしまい、毎日が寂しくなった。

 それから後のこと。三郎はガジュマルの木の下で釣りをしていた。うとうとしていると、誰かが呼ぶ。気づくと、自分と同じ年頃の若者が立っていて、親しげに笑いかけている。

「兄弟、私が分かりますか」

 三郎は不思議に思った。これまで誰とも義兄弟の契りを結んだことも無いのに、どうして兄弟などと呼ぶのだろうか。

「分かりませんか。私はあなたの親友ですよ。それに、あなたは私の恩人です。あなたは私を救ってくれて、町へ出かけたり芝居を見に行くときも、いつも私を連れていってくれたでしょう」

 三郎ははっとした。では、この若者は……。

「私は、あの金色の鯉です。

 実は、私は竜王の息子なのですが、あの日、鯉になって水面近くで遊んでいるうち、うっかり大きなターに食べられてしまいました。あなたは私を救ってくれた上、住み心地のよい鉢に入れてくださり、おいしいご飯までくださいました。私も私の父も、あなたのご恩が忘れられず、我が家のお客に招きたいと思ってお迎えにやってきたのです」

「それは……。行ってもよいけれど、どうやって川の底まで行くんだい」

「目をつむって、私の襟をつかんで付いてくればいいのです」

 その通りにすると、足元に川底まで通じる長い道が現れた。しばらく歩いていくと、美しい竜宮に着いた。その大きな柱は赤い水晶、壁は黄色い水晶、屋根瓦は青い水晶で作られ、五色の光をきらきらと放つ見事な水晶宮だった。

 竜王は三郎の来訪を喜び、美しい部屋を用意して、一番上等のご馳走でもてなした。

 竜王の子と三郎は、一緒に花園に遊びに行った。そこには沢山の珍しい果物が生っていたし、その他にも綺麗な珍しいものが数限りなくあった。どれも地上では見られないものばかりだった。

 竜宮に来てから、一ヶ月があっという間に経った。三郎は感謝しながら竜王の子に言った。

「兄弟、厚いおもてなしをありがとう。でも、家には私しかいないし、明日にでも戻りたいのだけれど」

「いいでしょう。これからも度々おいでください。そうだ、父があなたに贈り物をしたいと言ったら、白い鶏を一羽もらいなさい。それがきっといい」

 あくる朝、三郎は竜王に別れを告げた。別れ際に、竜王は金や銀がいっぱい入っている蔵を指差しながらこう言った。

「若者よ、ここにあるものはどれも素晴らしいものばかりじゃ。欲しいものを持っていきなさい。何でもあなたにあげよう」

「竜王様、家には私一人ですから、食べ物や着物には困りません。ただ、一人では寂しいから、白い鶏を一羽いただきたいのですが」

 竜王は白いひげを撫でつつしばらく考えてから

「よし、よし、それをやろう。持っていきなさい」と言った。

 そうして、三郎は竜宮から白い鶏を一羽もらって帰った。鶏を籠に入れて飼い、以前と同じように釣りをして暮らした。

 ところが、家に戻ってくると、いつも机の上には温かいご飯やおかずが並べられていた。三郎はてっきり隣近所の人の厚意だと思って礼を言って回ったが、不思議なことに、誰もそんなことはしていないと言うのだった。

 三郎はますます分からなくなった。あくる日は釣りに行かないで一日中家にいたが、そうすると誰も料理を作りに来ない。それで見張るのを諦めて釣りに行ったが、帰ると食事の支度ができていた。

「本当に不思議だ。こんなに親切な人って、一体どこの誰だろう。必ず探し当ててお礼しなければ」

 あくる日は、釣りに行く振りをして、こっそり家の様子を見張っていた。戸の隙間から覗いていると、一人の娘が現れて、火をつけてご飯を炊き始めた。白いシャツに花模様のスカートをはいて、とても綺麗な顔立ちをしている。三郎は思わず大声で叫んだ。

「娘さん、娘さん」

 娘は人の声を聞くと、手をポンと打って鶏に変わり、さっと籠の中に隠れてしまった。仕方なく、三郎はもう一日待つことにした。翌日も出かけた振りをして戻ってきて、戸の隙間から覗いていた。やがて、あの鶏が娘の姿に変わってご飯を炊き始めた。

 三郎がいきなり戸を開けると、娘は鶏になって隠れようとしたが、間に合わなかった。顔を赤らめながらそのまま立っている。

「娘さん、あなたは親切なお方ですね。毎日ご飯を作ってくれて、大変ありがたく思っています。あなたはどこから来られたのですか。どうか教えてください」

「そんなにお礼を言われると困ります。こんなことは大したことではありませんわ。実は、私は竜王の娘なのです。兄を助けていただいたのですもの、お礼するのは当たり前ですわ」

 それからというもの、二人は一緒に住むようになり、夫婦の契りを結んだ。

 この噂が広まると、ほうぼうから人々がお祝いにやってきた。そしてこの珍しい出来事を見物したが、中に役所からやってきた下役人がいて、美しい竜王の娘のことを早速チワンの殿様に知らせた。とうとう災難がやってきた。殿様の兵が三郎を捕え、殿様の元に引き立てた。殿様は目をむいて三郎に言った。

「この辺りの村々はいずれもわしの支配下にある。どんなことでもわしに従わねばならぬ。今から三日以内にお前の妻をわしによこせ。少しでも遅くなれば、お前の首を切るぞ」

 三郎は歯を食いしばってこう答えた。

「殿様! 殿様の欲しいと仰るものは何でも差し上げますが、私の妻だけは困ります」

 殿様は三郎の答えを聞くと、顔をしかめて、狡猾そうに笑いながら言った。

「何でも差し出すと言うのだな。よし、これはお前が自分から言い出したことだぞ。よいともよいとも。お前は漁師なのだから、三日以内に百二十匹の鯉を釣って来い。どれもきっちり百二十匁の大きさの緋鯉ばかりをだぞ」

 三郎は家に戻って殿様の言葉を妻に話したものの、胸の中では不安でたまらなかった。すると、妻は夫を慰めながらこう言った。

「心配しないで。私にお任せくださいませ」

 妻は一枚の大きな赤い紙を探してきて、ハサミで同じ大きさの紙の魚を百二十匹切り抜き、大きなかめの中に入れて綺麗な水を注いだ。百二十匹の紙の魚はたちまち生きた鯉に変わった。どれも赤くて大きさが同じで、水がめの中をスイスイ泳ぎ回り、大変可愛らしかった。三郎はニコニコ笑ってそれを見て、殿様に届けた。

 殿様は三郎を困らせることができなかったので、またこう言った。

「聞くところによると、お前の妻はたいへん機織りが得意だそうだが、三日の間に道のように果てしなく長い藍染めの布を織らせてみろ」

「殿様! 何故きりなしに色んなものをよこせと仰るのですか」

「お前は言わなかったかね。妻はダメだが、他のものはなんでもよいって」

 三郎はここで殿様と言い争っても無駄だと思い、プンプン怒りながら家へ戻った。妻は夫を慰めながらこう言った。

「大丈夫よ。私に考えがあります」

 妻は白い魚になって水の中を泳いでいき、竜宮に着くとすぐにひょうたんを持って戻ってきた。これは宝のひょうたんで、欲しいものは何でも出てくるのだ。三郎はひょうたんを撫でながらたいへん喜んだ。

 三日目になると、三郎は宝のひょうたんから長い藍染めの布を出し、殿様のところに送り届けた。殿様はそれを見て尋ねた。

「この布はどのくらいの長さがあるのだ」

 三郎はキッパリと答えた。

「道のように長うございます」

「でたらめを言うな! そんなこと分かるはずが無い」

「お信じにならないなら計ってみてください」

 そこで殿様は家来にものさしで計らせたが、丸一日かかってもまだ計りきれなかった。仕方なく殿様は言った。

「まぁ、お前が言いつけ通りにやったことにしておこう。では明日はな、赤い羊の群れを届けてよこせ」

 三郎は赤い羊の群れを届けた。次に殿様は水牛の群れを届けろと言う。三郎はそれも送り届けた。簡単に言えば、殿様がよこせと言うものは何でも、三郎は差し出した。

 殿様は困ってしまって、三郎に言った。

「お前は貧乏人なのに、わしが言った通りのものを何でも持ってくるな。一体どこから持ってきているのだ。きっと宝物を持っているに違いない。それをよこせ」

――こいつめ、まだ満足しないで、次から次へと欲しがりやがる。奴に宝のひょうたんを渡しても、また別のものをよこせと言うに違いない。どうしたものか……。

 そう考えて、三郎は言った。

「殿様は、貧乏人の私に沢山のものをよこせと仰り、私はみんな差し上げました。こんなに沢山のものをねだって、それで恥ずかしくないのですか」

 殿様はその言葉を聞くと、決まりが悪いやら腹立たしいやらで、机を叩いて怒鳴った。

「なにっ、わしが持ってこいと命じたら、お前は黙って持って来ればよいのだ。何が恥ずかしいだと、つべこべぬかしおって。これ以上文句を言うとお前を牢屋にぶち込むぞ!」

 三郎は腹が立ってたまらず、役所の外に出てから

怪物バカめ、怪物バカめ!」と罵った。(チワン人はバカのことを怪物と言う)

 下役人はそれを耳にすると、すっ飛んでいって殿様に知らせた。殿様はカッとして、またもや三郎を召し捕らえると、一晩牢屋にぶち込んでから、大声で怒鳴った。

「お前はわしのことを怪物バカと罵ったな。お前は怪物がどんなものか知っておるのか。すぐさま百二十匹の怪物を持ってきてわしに見せろ。三日以内に持ってこなかったら、お前の首をもらうぞ」

 三郎は承知するほか無かった。家に戻って妻に相談すると、妻は言った。

「百二十匹の怪物ですって。分かりました、欲しいと言うならやりましょう。でも、今度は宝のひょうたんだけではダメですよ」

 妻は宝のひょうたんで百二十個の竹籠と千二百斤の炭を出した。それから、一つ一つの竹籠に炭を十斤ずつ入れた。それが済むと、綺麗な紙を見つけてきて籠に貼り付けた。糊付けが終わると、油を竹籠に注ぎこんだ。

 竹籠は油を注ぎ込まれると動き出し、百二十匹の怪物となって、口々に「怪物バカ怪物バカ」とわめきはじめた。

 三郎は、これらの怪物を追いたてて、役所に出かけた。途中で怪物どもが「怪物バカ怪物バカ」とめったやたらに叫んだために、大勢の人々が見物にやってきた。役所に着くと、見物人はますます多くなった。

 殿様は下役人に人々を追い払うように命じると、怪物どもを囲いの中に入れ、尋ねた。

「こいつらは確かに怪物だが、何を食べるのか」

「殿様、こいつは灯りの油を食べるだけで、他のものは食べません。腹いっぱい食べさせたら、後は放っておいていいのです。死ぬことも無いし、時々世話をしてやればいいだけです」

 殿様はもう何も言わず、三郎は話しのきりをつけて家に帰った。

 殿様はこの怪物を見て、内心とても喜んでいた。怪物どもはたいそう奇妙でもあり美しくもあり、本当に珍しいものだったから、中国の皇帝に献上したらどうだろう、と考えた。

 その晩、殿様は沢山の灯りの油を買ってこさせると、怪物に食べさせ、下役人にしっかりと世話をするように命じた。

 怪物の食欲はものすごく、千二百斤の油をすっかり食べてしまった。どれもお腹いっぱいに食べてお腹の皮がパンパンになり、中には食べ過ぎてお腹がはじけた者さえあった。

 夜中になると、怪物どもは大声で騒ぎ出し、殿様の目を覚ました。殿様は何事が起きたのかと思って、灯りをつけて見に行った。

 怪物は火を見るとたちまち燃え始めた。百二十匹もの怪物が走り回ったので、あっという間に役所中が真っ赤な炎を上げて燃えだした。

 こうして、役所は焼け落ち、殿様も役人も、みんな火に巻かれて死んでしまった。



参考文献
『中国の民話〈上、下〉』 村松一弥編 毎日新聞社 1972.

※この話はとてもよくできている。面白い。

 従来のものより僅かに複雑化していて、三郎が助けた魚は乙姫自身ではなくその兄になっている。このパターンは中国の民話ではちらちらと見かけるもので、男が水界の王子を助けて竜宮に招かれ、宝を授かる。

 金色の魚を捕らえてそれを飼い、魚の恩返しを受けるモチーフは、インド神話のマヌの話やシンデレラの環[魚とシンデレラ]の話群を思わせる。特に、ポルトガルの「かまど猫」は、水界の宮殿に招かれるところまで一致している。

 竹籠と紙と油で作った怪物は、恐らくねぶた祭の人形型の灯篭のようなものなのだろう。そう思えば、大変綺麗だったのだろうなと容易に想像できる。しかし、油を注ぐと動き出す辺り、ロボットのようでもあって興味深い。紙を切り抜いて魚を作ったり、この妻はかなり手先が器用であるようだ。

 ところで、細かく分析すると、この話は先に紹介した日本の「竜宮女房2」とより同根性が強い。殿様の要求するものが、それぞれ

 と、きちんと対応しているからだ。竜宮出身の妻が、色んな物が出てくる箱(ひょうたん)を所持している点も同じである。

 このように、根は同じでも、語られる土地の風土や話者のアレンジによって、こんなにも違った面白さが出る。



参考 --> 「蛙の皮



竜宮女房  日本 神奈川県

 昔、酒匂川の辺りに正助というネギ売りの男が住んでいた。たいそう正直だったが、貧乏だった。

 ある年の暮れ、正月のもち米を買うお金もないので、ぼんやりと川の流れを見つめていると、川から亀が現れた。

「よいところへご案内しましょう。私の背中に乗って目をつぶってください」

 亀は、正助を川底の龍宮に連れて行った。そこでは色々にもてなされて、帰る時には龍王の娘が嫁として与えられた。正助は美しい姫を伴って村に帰り、夫婦睦まじく暮らしていた。

 ところが、正助の女房の美しさを耳にした国司は、彼女を自分のものにしようと目論んだ。

「白ごまを船に千艘、黒ごまを船に千艘、明日の昼までに持ってこい。できなければお前の妻を差し出せ」

 役所に呼び出され、こんな無理難題を言い渡された正助は困り果てて、帰ってから女房に相談した。

 女房は例の川ばたに出て、トントンと手を打った。すると、白ごまを積んだ船千艘、黒ごまを積んだ船千艘が川を渡ってきたではないか。正助は喜んで、この二千艘の船を国司に差し出した。

 国司はこれを認めざるを得なかったが、まだ諦めはしなかった。再び正助を呼び出すと、今度はこう言った。

「 『コレハコレハ』という物を持ってこい。 それができないときは、罰としてお前の妻を貰い受けるぞ」

 そんなもの、聞いたこともない。国司のあまりの無体に悔し泣きをして、正助は女房に相談した。

「少しも心配しないでください」

 女房は針箱の引き出しから小箱をひとつ取り出した。

「この中に私が入ったら、それを国司に差し上げてください」

 そう言うと、煙のようになって自らその中に入ってしまった。

 正助は、その箱を国司のところへ持って行った。

「これがご注文の『コレハコレハ』でございます」

 国司は早速、その蓋を取って見た。すると、中から大蛇が現れた。

「これはこれは」

 大蛇はそう言って驚いている国司の首に巻きつくと、そのまま絞め殺してしまった。それから屋根伝いに前の川に入って、龍宮へと泳ぎ去った。

 正助はまた一人になり、元のネギ売りになって一生を暮らしたという。



参考文献
『桃太郎の誕生』 柳田國男 角川文庫 1951.

※なんとも悲しい結末。

 しかし、二度目の難題でもう 自ら正体を現して国司を絞め殺してしまったこの妻は、他の竜宮女房たちに比べて、かなり短気でアグレッシブな性格だといえよう。正助は何もしてないのに、理由なく龍宮に招かれて結婚させられたが、もしかしなくてもその性格で嫁の貰い手が無く、「仕方ないから人間にでも縁付かせよう」ってことになってたのではなかろうか。

 『日本書紀』に、こんな話がある。

 大物主の神の妻となった百襲姫が、あなたの本当の姿が見たいと夫にせがむ。神は箱の中に入り、「私の姿を見ても驚くなよ」と戒める。しかし、箱を開けると蛇が入っていたので、姫は悲鳴をあげた。神は恨んで姫の前から去り、姫は後悔のあまり座り込んだ拍子に、女陰に箸が突き刺さって死んだという。

 男女が逆になっているが、神と人の結婚、神が箱(密室)の中で変化して正体を表すこと、正体を見たために夫婦が別れることなど、基本的なモチーフは同一になっている。そしてそれは、[浦島太郎]で、太郎と乙姫が結婚し、しかし箱を開けたために断絶が訪れる、という構造とも重なっている。

 

魚娘  中国 水族

 昔、月亮山の月花湖畔に阿珍という若者がいた。幼い時に両親を失い、薪や魚を取って独りで暮らしていた。

 ある日のこと、湖に網を投げたが、朝から晩までやっても一匹も掛からなかった。そこで腰につけていた笛を吹いてから網を投げると、金色の大きな魚を捕った。持ち帰って水がめの中へ入れると、たちまち霞光が輝いて、魚は紅衣の女性と化した。やがて二人は愛し合うようになり、ついに夫婦の契りを結んだ。

 このことを県官が聞きつけて、月亮山へやって来ると、阿珍を呼び出して命じた。

「今、私は狩りに出かける。私が戻るまでに金鶏百羽を用意し、献上せよ。出来ねばお前の魚娘を貰うぞ」

 阿珍が帰って魚娘に相談すると、魚娘は刺繍の百鶏に息を吹きかけて本物にし、県官に与えた。(後でまた術を使って取り戻した。)

 別の日、県官は百疋の綢絨を一日で織って渡すように要求した。魚娘は息を吹いて雨を降らせ、この雨を薄絹にしてたちどころに綢絨百疋を用意した。

 県官は綢絨百疋を入手したがまだ諦めず、阿珍の家の周りを配下に取り囲ませて、強引に魚娘を連れて行こうとした。もはやどうしようもない。魚娘は県官を軽蔑しながらも、涙を流して夫に別れを言い、県官に連れられて役所へ行った。

 県官との婚礼の宴の時、魚娘は全身全霊で風を呼び雨を呼んだ。たちまち雷鳴が轟き、盆を傾けたかのような大雨が降って、県官やその部下たちは洪水に溺れ死んだ。魚娘は激しい仙術を使ったために神気が消耗し、もう人間の姿に戻れなくなり、虹となって天に懸かった。このため、今でも人々は虹を魚娘の化身と言い、娘たちは魚娘を模した装いをする。


参考文献
『銀河の道 虹の架け橋』 大林太良著 小学館 1999.


参考-->「岩崗と竹娥



竜宮女房  日本 鹿児島県 奄美

 昔、貧乏な男が浜辺に流木を拾いにいくと、亀が沢山卵を生んでいるのを見つけた。親亀は、人がいるので生まれた子供達に近づけない。男は亀の子を掘り出して親亀に渡してやった。

 男が木を拾って家に帰ろうとしていると、親亀がきて、お礼がしたいと言う。

 男は亀の甲羅に乗って、龍宮ネィンヤに連れていかれた。亀は男に、神が「何が欲しい」と聞いたら、「あなたの一人娘が欲しい」と答えなさいと教えた。

 男は神様の前に連れていかれ、御馳走になり、やがて亀が言った通り、神様が「何か欲しいものはないか」とたずねた。

「神様の一人娘をいただきたいと思います」

 男は娘をもらって帰った。娘は小箱をもっていった。

 男が娘をもらって島へ帰ってからというもの、食べる心配をしなくて良くなり、大金持ちになった。そのうち子供が三人できた。

 ところが、妻は水浴するところをのぞいてはならないと言って、夫に一度もその姿を見せたことが無かった。いつも奥座敷の真ん中で、障子を締め切って水浴するのだった。

 ある日、男は指に唾をつけ、障子に穴を開けてのぞいてみた。すると、たらいのなかに大きな魚が入っていた。妻の正体は魚だったのだ。正体を知られた妻は恥じ入って、「もう一緒に暮らすことはできない」と言い、「末の子だけは連れて行きますが、上の二人の子は残していきます」と言って、形見に小箱をくれた。

「この箱を開ける時は、必ず両足を水に入れてください」

 妻が出ていってしまうと、男は言われた事も忘れて、そのまま箱を開けた。すると、白い煙が立ち昇って、元の貧乏暮らしに戻ってしまった。

 その後、子供たちはひもじくて海で魚を取っていたが、水の上にとろとろした美しいものが流れてくる。取ろうとすると、少しだけ手にくっついた。子供の話を聞いて男もそれを取りに来たが、ぷくんと水に沈んで消えてしまった。

 それは《しるふ》という世に比べるものもない宝で、龍宮の神が子供に授けたものだったのである。しかし果報の無い親が取りに来たので、子供の手にくっついた分しか授からなかった。

 後に男が再婚すると、子供たちは消えうせて、行方不明になってしまった。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※奥方が常に衝立で仕切って水浴し、姿を見せないので、覗いてみるとたらいに入っていたのは巨大な亀だった……という話が中国にある。日本民話の「鶴女房」や日本神話の豊玉姫の出産のエピソード、フランスの「メリュジーヌ」と同系統のモチーフである。

 戒めを破ったために元の貧乏に戻ってしまう結末は、「竜宮童子」や「金の魚」の系統であろう。

 

 参考として、朝鮮半島(韓半島)の類話を以下に記す。

魚女房  韓国

 貧しい漁夫が鯉を釣り、殺すに忍びずかめに入れて飼う。夕方帰るといつもご飯ができているようになる。翌朝台所を覗くと、鯉が女になってご飯を炊いている。男が女の手を取ると、「私は水界の竜王の娘です。もう三日経てば完全な人間になるから、それまで待ってください」と哀願する。三日目に立派な女になり、漁夫と夫婦になる。やがて三人の子が生まれた。

 鯉女は立派な家を建て、欲しいものは何でも出した。一方で、浴室をこしらえ、日に一、二回入っていた。「覗けば不幸が起きます」と戒められていたが、漁夫は浴室を覗いてしまった。鯉女は「もう一年辛抱してくれたら永遠に人間になれるはずだったのに」と言い残し、龍宮に立ち去った。


参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-



如願  中国 『録異記』

 昔、盧陵県に欧明という男がいた。行商で彭沢湖を渡るたび、航海の無事のお礼にと、船に積んだ荷を少し湖に投げ入れていた。

 そんなことが何年か続いたある日、欧明が湖を見ると、湖面に乾いた大きな道が通っている。数人の役人が馬車を駆って近づいてきて、「青洪の殿がお待ちでございます」と言った。欧明はそれが神の名だと知って、これは断れないと思ったが、行けば二度と帰れなくなるのではないかと怖れた。そのことを問いただすと、役人は言った。

「その心配はご無用です。あなた様から何度か挨拶の品を頂戴したお礼に、青洪の殿がお招きをするのです。殿は必ずあなた様に沢山の贈り物をします。ただし、みなご辞退なされた方が良い。ただ、如願というものだけを欲しいと仰ってください」

 さて、青洪神の前に行くと絹織物が送られたが、役人に言われたとおり、欧明はそれを辞退して受け取らず、如願というものをいただきたいと申し上げた。彼が如願を知っていることを青洪神はたいそう不思議に思い、また、与えるのをたいそう惜しく思ったが、仕方がない。如願を呼んで、欧明に従って行くように命じたのだった。

 如願とは青洪神に仕える女で、欲しいものを何でも出す力を持っていた。欧明は彼女を連れ帰り、数年で大金持ちになった。そうなると奢り高ぶり、如願を大事にしなくなった。

 元旦の朝、鶏が鳴き、如願を呼んでも起きて来る気配がない。欧明は激怒し、彼女を杖で打とうとした。如願は逃げ出し、彼はそれを追った。大晦日に集めた一年分のゴミを積んであるところに如願は逃げ、ゴミの中に姿を消した。欧明は消えたとは知らず、ゴミの山の中に隠れているものと思って杖で叩いたが、いくら叩いても如願が出てくることはなかった。彼は困り果てて言った。

「お前がこのわしを金持ちにしてくれるなら、もうぶたないよ」

 これにちなんで、今日、人々は元旦に鶏が鳴くと、ゴミを積んであるところを次々に回ってそれを叩き、「大金持ちにさせよ」と唱えるのだ。



参考文献
『中国の神話伝説』 伊藤清司著 東方書店 1996.

※全体の形は竜宮女房なのだが、この話では如願が欧明の妻であったかは明言されていない。そういう点では、竜宮から何でも出してくれる汚い男児または女児を授かる「竜宮童子」にも近いように感じる。ただ、如願を失った男が一瞬で全てを失ったとは語られていない。

 如願を欧明の妻だと考えた場合、夫が元旦の妻の行動に怒り狂って家を追い出してしまい、それによって《福運》を失ってしまう……という筋立ては、[炭焼長者:再婚型]とよく似ている。



参考 --> 「竜宮童子」「蛇の王冠」[炭焼長者:再婚型



鮭女房  北アメリカ ツィムシャン族

 ある日、腹をすかせた英雄神ツェムセムが、海で獲物を捕まえようとしていると、美女が現れた。彼女は鮭の化身たる女であった。

 ツェムセムは彼女に求婚し、一緒に暮らした。翌朝から鮭が入り江にひしめき、ツェムセムはそれらを捕えて沢山の干し鮭を作った。また、彼の肌は白く柔らかくなり、髪もつややかになって、大変美しい容貌に変わった。これらは全て鮭の女の力だった。

 しかし食料が豊富になると、ツェムセムは鮭の女に辛く当たるようになった。しまいにはひどい仕打ちをするようになり、鮭の女は泣き、怒り、出て行くと言った。

「さぁ、一緒に出かけましょう」

 鮭の女がそう言って口笛を吹くと、ツェムセムの家に貯蔵してあった干し鮭が一斉に飛び出し、海の中に入ってしまった。

 鮭の女がいなくなるとツェムセムの容姿も元に戻り、元の貧乏暮らしになった。



参考文献
『世界神話事典』 大林太良/伊藤清司/吉田敦彦/松村一男著 角川書店 1994.

※ツィムシャン族は北アメリカの北西海岸地方に住む部族。

 太平洋を挟むが、シベリアのケレク族に似た伝承がある。

魚女房  ロシア シベリア ケレク族

 ワタリガラスの夫婦がいた。食物が無くなったので妻のミチは夫のクッキに森へ行って木の皮を取ってくるように命じた。そして木の皮を魚の卵と混ぜて子供達に食べさせたが、クッキにはほんの少ししか食べさせなかった。

 ある時、クッキが腹をすかせて淵に行くと、カラフトマスが「どうしてそんなにやつれてしまったの」と尋ねた。食べ物がないと言うと同情してくれた。クッキはカラフトマスと結婚し、カラフトマスはクッキにお土産に魚をくれた。

 家に帰ってミチに訳を話すと、ずっと一緒に暮らすつもりなら一度家に連れておいでと言う。クッキが煮魚を土産にカラフトマスを連れてくると、ミチはクッキを森に行かせ、その間にカラフトマスを切り刻んで煮て、子供達に食べさせてしまった。カラフトマスの魂は淵に帰っていった。

 こういうことが何度か続き、丸々としていたカラフトマスは痩せ細ってしまった。カラフトマスは迎えに来たクッキに「あなたの家にはもう行かない。私を残らず食べさせるわけにはいかないから」と断わり、また淵で暮らすようになった。


参考文献
『シベリア民話への旅』 斎藤君子著 平凡社 1993.

 シベリアでは経済力のある男性が二人以上の妻を持つことは珍しくなく、その場合一番目の妻が家事全般に渡って采配を振るう。

 魚や獣は肉や皮を土産に持って人間の許へ遊びに来るのだと考えられた。人間が彼らを丁重に持て成して送り返せば、また仲間を連れて遊びに来てくれるはずである。(これは、日本のアイヌと同じ考え方だ。) ところがミチはなんのもてなしもせずにカラフトマスを送り返す、すなわち殺すので、カラフトマスは次第に痩せ細り、最後にはミチの許へ行くことを拒むのである。

 余談だが、日本の富山県の民話には、男が川で塩鮭を洗っていると逃げ出し、後に女が訪ねてきて嫁になる、という話がある。塩鮭女房……。 



魚のアイナー  日本 沖縄県

 昔、浜に一人の若い漁師が暮らしていました。ある日、とても美しい魚を釣り上げたので、持って帰り、水がめに入れて飼うことにしました。

 ところが、そのうちに不思議なことが起こりはじめました。若者が漁を終えて家に帰ってみると、家の中はきれいに片付けられ、ごちそうが並べられていたのです。来る日も来る日も、それは続きました。

「いったい、誰がこんな美味しいごちそうを作ってくれるんだろう」

 不思議に思った若者は、ものしりのおばあさんを訪ねて訊いてみることにしました。おばあさんが言いました。

「若いきれいな娘さんが、 ごちそうを作っているんだよ。もしおまえが、その娘さんをアイナーにしたいと思うなら、こっそりかくれて、水がめをみはっていてごらん。娘さんが水がめから出てくるから、そのときにつかまえたらいいよ」

 若者は、おばあさんに教えられたとおり、隠れて水がめを見張っていました。すると、どうでしょう。美しい魚を入れたはずの水がめの中から、若い娘が出てきたのです。若者はあわてて娘をつかまえました。そして、その娘をアイナーにすることにしました。

 アイナーはきれいで、そのうえ、とても働き者でした。そのおかげで若者は金持ちになり、りっぱな家を建てることができました。しかし、島の人たちは不思議に思い、その アイナーのことを噂しはじめました。

「なんでも、あそこの家のアイナーは魚だそうだよ」「きっと魚が化けているにちがいない」

 若者は、どこに行っても「ヤーイ、おまえのアイナー、魚のアイナー」と、はやしたてられるようになりました。たまりかねた若者は、ある日アイナーに向かって言ったのです。

「みんなから魚のアイナーと言われるのはもうたくさんだよ。この家から出て行ってくれ」

 娘はだまって家を出ると、海の中に入って行きました。

 海に足まで入ると、足が魚になりました。娘は若者に訊きました。

「海に帰ってもいいんですか」

 腰まで海に入ると、腰まで魚になりました。

 娘は、海の水から首だけ出して若者に訊きました。

「ほんとうに、海に帰ってもいいんですか」

 娘の首から下はすでに、魚になっていました。

 男がだまっていると、娘は海にすっぽりもぐって、すっかり元の魚の姿になり、海に帰ってしまいました。

 男が家に戻ってみると、家は元のあばら家になっていました。若者は、急にあの美しいアイナーが恋しくなり、コーイ、コーイと魚のアイナーを呼びましたが、いくら呼んでも帰って来ませんでした。

 コーイ、コーイと呼び続けた若者は、とうとう、コーイコーイと鳴く鳥になってしまいました。今でも、八重山にはコーイコーイと鳴く鳥がいるということです。



参考文献
『おきなわの民話』 遠藤庄治著 NTT沖縄支店 1992.

※この話では娘が竜宮の姫だとは書かれていないが、同じ沖縄の類話ではそう語るものがある。

 貧しい若者が小魚を釣って飼っていると、留守中にいつも家の中が整えられ、食事の支度がされているようになる。現れた娘を捕まえて問いただすと、自分は竜宮の姫であるが、あなたが私の父である竜王の韮畑を荒らすので、その邪心を矯めるためにここに来たのです、と言う。若者は娘と一緒に竜宮に行って結婚し、娘の忠告に従って山羊をもらい、地上に帰って長者になる。しかし、後にケンカをして、娘は怒って火の神の灰を持って去り、若者は元の貧乏に戻ってしまった。

 なお、この話では魚のアイナーが立ち去ると、一瞬で家が元のあばら家に戻ってしまう。これは、【竜宮童子】と同じモチーフである。最後に若者が鳥になってしまうのは、「漁師とその妻」系の類話で傲慢な願いをしてしまったために獣に変えられる結末を思い起こさせられる。



エイ女房  日本 沖縄県

 大昔のことです。ある村の西に貧乏な一人暮しの爺さんが、東に金持ちの老夫婦が住んでいました。

 西の爺さんは釣りで暮らしを立てていましたが、ある日、大きなエイを釣り上げました。エイの持ち物は人間の女のそれにそっくりなので、爺さんは独身のこともあって、ついついそれと交わってしまいました。そうしてみると情が移り、とても食べる気にならないので、海に放してやりました。

 一年経って、爺さんが相変わらず釣りをしていると、水の中から小さなエイが顔を出して「お父さん」と呼びます。それは、あのエイと爺さんとの間に生まれた子だったのです。

「お母さんが、お父さんを竜宮に招きたいから呼んでおいでと言うので、来ました」

「どうやったら海の向こうの竜宮に私が行けるかね」

「私につかまって、付いてくれば大丈夫です」

 竜宮に行く途中で、子供は「帰りにお母さんがお土産をくれるでしょうから、《他のものはいらない、家の後ろにある宝の臼が欲しい》と言いなさい」と教えてくれました。

 竜宮に着くと、大変な歓迎でもてなされました。爺さんは楽しく過ごして、帰り際に「宝の臼が欲しい」と言いました。エイの奥さんは「あれは二つと無いものだから」と渋りましたが、結局、爺さんに宝の臼を渡してくれました。

 宝の臼は、願えば欲しいものが何でも出てくる臼でした。これを使って、西の爺さんは金持ちになれました。

 

 さて、東の金持ち爺さんはこれを聞いて羨ましがりました。早速自分も釣りに出かけて按配よくエイを釣り上げ、これと交わって海に放しました。さぁ、これで宝の臼が手に入るぞとほくほくしていると、爺さんの金玉におかしなことが起こりました。爺さんが何か喋るたびに、金玉がそっくり同じ声と口調で繰り返すのです。爺さんは困り果てて、家に帰っても一言も口をきかずにいたのですが、とうとう婆さんが怒り出したので、打ち明けないわけにはいきませんでした。

 夫婦はほうぼうを走り回って治す方法を訊いて回りました。そうして、ある物知りの女の人に、「雌牛と交われば治る」と教えてもらいました。

 けれど、雌牛は暴れまわっていて危なくて、とても交わるどころではありません。そこで恥をしのんで、大勢の人を雇って牛を抑えつけてもらい、その中で牛と交わりました。

 すると、《口真似》が牛のお尻に移りました。牛はびっくりしてあちらこちらを走り回り、そこら中の木や岩にお尻をこすりつけました。すると、木や岩にも《口真似》が移りました。

 つまり、これが山彦のはじまりなんですって。



参考文献
『日本の民話12 九州(二)』 有馬英子/遠藤庄治編 株式会社ぎょうせい 1979.

※後半が変だ。(^▽^)



参考-->【塩吹き臼】「竜宮女房(沖縄県)



ゴルラスの婦人  アイルランド

 ある晴れた夏の夜明け、ゴルラスに住むディック・フィッツジェラルドという男が独り身の侘しさをぼやきながら海岸に行くと、岩に美しい女が腰掛けて、青黒い海のような色の髪をくしけずっていた。傍らには魔法の三角帽子コホリン・ドゥリューが置いてある。

 これは海の世界に住むという妖精、メロウに違いない……。

 ディックは全速力で駆け寄るとその帽子をつかみ取り、奪った。というのも、そうすれば女は海中に逃げていけなくなると知っていたからだ。

 振り返ったメロウの仕草は、まるで普通の娘と変わらなかった。潜水帽を奪われた彼女はしくしくと泣き出した……ディックは散々なだめたが、まるで言葉が通じないかのようだった。けれども、ディックが薄い水かきのあるしなやかな手を熱く握り締めると、想いを感じ取ったように泣き止んで顔を上げた。

「ねえ、あなたは私を食べるつもりなの?」

「ディングルとトゥラリーの全ての赤いスカートとチェックのエプロンに誓って! そんなことをするくらいなら、自分を食うよ。俺がおまえを食べるだって? そんなことを吹き込んだのはどこの悪党だ。おまえはこんなに綺麗なのに」

「食べないなら、私をどうするつもりなの?」

 娘の感じのいい話し方を聞いているうちに、ディックの心は決まっていた。

「魚さん。この恵み深い朝にハッキリと言うよ。俺はお前をフィッツジェラルド夫人にするつもりなんだ」

「あっ、それ以上言わないで」

 メロウは慌てたようにディックを押しとどめた。

「お申し出は喜んでお受けするわ。でも、髪をきちんとするまで待って」

 メロウが髪をすっかり梳いて結って綺麗に整えるまで、しばらく時間がかかった。それから彼女は櫛をポケットにしまい、足元まで打ち寄せている海に向かって何かを呟いた。すると波が言葉を乗せたようにサーッと沖へ走っていったので、ディックは驚いて訊ねた。

「なあおまえ、お前は海の水に喋っているのかい?」

「その通りよ。お父様が心配するといけないから、朝食には帰れないと伝えたの」

「で、おまえの親父さんというのは誰なんだい、あひるさん」

「なんですって。お父様のことを知らないの? 波の王に決まってるじゃありませんか」

「じゃあ、おまえさんは、本物の王様の娘ってわけか! 王様の娘と結婚できるなんて俺はなんてラッキーなんだろう。お金は、みんな海の底にあるんだろうな」

 メロウはきょとんとした。

「お金って……それ、何のことですか?」

「欲しい時には持ってて悪いものじゃないよ」

 ディックはそう言って、言い方を変えた。

「たぶん魚たちは、おまえが言いつければ何でも持ってきてくれるんだろうね」

 今度はメロウもゆったりと微笑んだ。

「ええ、そうですとも。欲しい物は何でも持ってきてくれます」

「それじゃ、正直に言うがね。おまえの為にと思っても、うちには藁の床の寝床しかないんだよ。で、俺が思うに、そんなのはどう見ても王様のお嬢様には相応しくない。そこでだ、おまえが嫌でなかったら、上等の羽毛布団と毛布を二枚……いや、俺はなんてことを言ってるんだろう。きっと水の中じゃベッドなんて使わんのだろうね」

「いいですとも。ベッドなら幾つでも自由にしていただけるわ。私は十四、牡蠣の養殖場ベッドを持っていますから。でも、新しく養殖を始めたばかりの一つだけは使わないで下さいね」

 ディックは困った顔になって頭をかいた。

「俺が言ったのは羽毛入りのベッドのことなんだがな。だがまあ、おまえのは眠るのと食べるのの両方を一つところで済ますには間違いなく最適だね。誰だってどっちかをしている時にはもう一方をすることはできないんだから」

 

 とは言うものの、ベッドがあろうと無かろうと金があろうと無かろうと、ディック・フィッツジェラルドはメロウと結婚することを心から決めていたし、メロウも承諾していた。二人は岸辺へ歩いてバリンラニグへ行き、その朝そこにたまたま滞在していたフィッツギボン神父に結婚を申し出た。

「この結婚にはいささか異論がある」

 神父はひどくむっつりとして言った。

「おまえは魚の眷属と結婚するというのか。主よ、お守りください! 鱗ある者はその属する世界へ帰すがいい。これがわしの、おまえへの忠告じゃ」

 ディックは手に持っていたコホリン・ドゥリューをメロウに返しかけたが、思いとどまって言った。

「しかし尊師さま、これは王の娘でございます」

「たとえ五十人の王の娘であろうとも、結婚させるわけにはいかん。その女は魚なのだからな」

「お願いです尊師さま。これは月のように穏やかで美しい娘です」

「たとえ太陽や月やらと同じくらい美しかろうとも、結婚させるわけにはいかん。その女は魚なのだからな」

 神父は足を踏み鳴らした。

「しかしこいつは、言いつけるだけで海の底の金貨をどうにでもできるんです。こいつと結婚すれば俺は金持ちになれますし……」

 ディックはそう言って上目使いに神父を見た。

「人に金を払うこともできるんです」

「おお、そうか、それなら話は違う!」

 たちまち神父は態度を変えて相好を崩した。

「やっと筋の通ったことを言いおったな。よろしい、結婚するがよい。そういうことならな、相手が魚でも構いはせぬ。こんな悪いご時世では、金というものは拒もうにも無理なものじゃからな。わしとて貰えるものは貰えるようにしておるのじゃ」

 そこでフィッツギボン神父はディック・フィッツジェラルドとメロウとを結婚させ、若い夫婦は満足してゴルラスへ帰っていった。

 

 それからというもの、ディックはやることなすこと上手くいった。海の王女であった出自を考えれば驚くべきことだが、メロウは実に働き者の良い女房だった。三年が過ぎた頃には、二人の間には娘一人に息子二人も産まれており、一家は満ち足りて幸せだった。

 そんなある日のこと、ディックは外せない用事ができてトゥラリーに出かけていった。フィッツジェラルド夫人はさっそく家の掃除を始めたが、うっかりと夫の釣り用の網を引き倒してしまった。その後ろの壁には穴があり、中にコホリン・ドゥリューが隠されてあった。それを手に取ると、懐かしい海の思い出がメロウの胸の中いっぱいに甦り、たまらなく帰りたくなった。

 この帽子さえあれば、海の世界に帰れる。

 そう思ったが、傍にいた子供の顔を見てハッとした。

 海に帰ってしまったら子供たちはどうなるだろう。それに、夫は心を痛めるに違いない。小さな椅子に腰を下ろして、メロウは思い悩んだ。

「でも、何もあの人は、私に全く会えなくなるわけじゃないんだわ。だって、私はまた帰ってくるんだもの。それに、ずっとずっと離れていたお父様やお母様に会いに行ったって、誰も責め立てやしないわ」

 とうとう立ち上がると、メロウは戸口へ向かった。けれども再び取って返すと、ゆりかごで眠っている赤ん坊をもう一度見つめて優しくキスをした。その時、涙が一粒こぼれて赤ん坊の頬に落ちた。その涙を拭いてやり、一番年かさの娘に向き直ると言い聞かせた。

「お母さんが帰ってくるまでいい子にして、よく弟たちの面倒を見るのよ」

 そうして家を出て海辺まで降りて行くと、たちまち俗世でのことは忘れてしまい、帽子をかぶって海に飛び込んでしまった。

 

 夕方になってディックが帰ってみると、どこにも女房の姿が見えない。

「キャスリーン、いったいお母さんはどうしたんだ」

 小さな娘に訊ねたが、何も知らなかった。そこで近所を訪ね歩くと、山形帽のようなおかしなものを手に持って海岸の方へ降りていくのを見た、と教えてもらった。ディックは家に取って返し、コホリン・ドゥリューが消えているのを確認して、何が起こったのかを悟った。

 それから何年経ってもディックは決して再婚しようとせず、遅かれ早かれメロウは自分の元へ帰ってくると信じていた。きっと、妻の父である波の王が無理やり引き止めているのだと。

「なぜなら、あの女房が自分から亭主や子供たちを棄てるはずがありませんからね」

 メロウはもう二度と現れることはなかったが、ディック・フィッツジェラルドは生涯妻を待ち続けた。

 

 メロウがディックと暮らしていたとき、どんな点から見てもよく出来た女房だった。彼女は「ゴルラスの婦人」と呼ばれ、その地方の伝承の典型となって、今でも語り継がれている。



参考文献
『ケルト妖精物語』 W.B.イエイツ編 井村君江編訳 ちくま文庫 1986.

※グリムと同時代の民話収集・再話家、クロフトン・クローカーの作品の採録。

 メロウはいわゆる人魚だが、イメージ的には乙姫や竜女に近い。メロウの住む宮殿は海の彼方の異界にあり、そこには水はないのだ。異界と現界を行き来する際に水を越えねばならず、その渡りの道具として不可欠なのが赤い三角帽子、コホリン・ドゥリューである。

 この帽子は男のメロウも使うが、役割的に天女の羽衣と同じものであることは明白だ。コホリン・ドゥリューは「赤い羽毛の帽子」とも表現され、【白鳥乙女】の羽衣と同根であることが窺い知れる。

 

 スコットランドにはセルキー(シルキー)という妖精の伝承がある。

 こちらは「普段はアザラシの姿だが、たまに陸上に上がって皮を脱ぐと美しい人間になる」というもの。女のセルキーの物語はやはり【白鳥乙女】によく似ており、「脱いだ皮を男に奪われて妻になり、子供も産むが、ある日隠されていた皮を発見してアザラシに戻り、海に去る」というものがある。



参考-->【白鳥乙女】「たにし女房




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