■くしゃみの呪文の話

「ぶぇっくしょーーい!! オラクソー!」

 少々下品なオヤジ語として認識されている、こんな罵倒つきのくしゃみがあります。このオヤジは、くしゃみをした後 何者かを罵らずにはおれないようです。しかし、一体誰を罵っているのでしょう……。

 

 昔、風邪薬のCMで、古めかしい装束の男の人がしかめつらしく「くっさめ、くっさめ」とくしゃみをするものがありました。どうやら狂言のワンシーンから来ていたようなのですが、当時の私はこれを見て、「へぇ、昔はくしゃみを"くさめ"と言っていたんだぁ」と理解し、感心したものでした。

 実はこの理解、半分当たっていますが半分は違っていたようです。くしゃみの語源が"くさめ"であることは正解。くしゃみを時に"くさめ"と呼ぶことがあったらしいことも確か。けれども、昔、くしゃみそのもののことを常に"くさめ"と呼んでいたわけではないのですね。

 古く、くしゃみは大体「鼻ひ」「鼻ひる」とか「鼻ひり」とか呼ばれていたようです。"ひる"とは屁や便などを体外へ勢いよく出すこと。つまり、鼻水を勢いよくひり出す行為、ですね。昔の人が想定したのは、かなりダイナミックなくしゃみのようです。――では、"くさめ……くしゃみ"は一体どこから出てきた言葉なのでしょうか。

 古典文学として有名な平安時代の随筆集『枕草子』の「にくきもの」の段の中に、こんな一文があります。

にくきもの(中略) 鼻ひて誦文ずもんする人

イヤなもの。(中略) くしゃみして呪文を唱える人。

 くしゃみをして呪文を唱える? それは一体何なのでしょう。これまた古典文学として有名な、鎌倉末期の随筆集『徒然草』第四十七段に、その答えと思われる話が現われています。

 ある人清水へまゐりけるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら、「くさめ、嚔」といひもて行きたれば、「尼御前何事をかくは宣ふぞ」と問ひけれども、應へもせず、猶いひ止まざりけるを、度々とはれて、うち腹だちて、「やゝ、鼻ひたる時、かく呪はねば死ぬるなりと申せば、養ひ君の、比叡の山に兒にておはしますが、たゞ今もや鼻ひ給はんと思へば、かく申すぞかし」と言ひけり。あり難き志なりけんかし。

 ある人が清水寺に参った際、老いた尼と道連れになったが、道すがら、「くさめ、くさめ」と言いながら行くので、「尼御前、何をこんなに唱えておられるのだ」と尋ねたけれども、応えもせず、なおも言い止めなかったのだが、たびたび問われて、腹を立てて、「子供がくしゃみをする時、このように まじないをせねば死んでしまうと言いますから、私のお育てした若君が比叡山で稚児になっておられますが、今この時にもくしゃみをしておられるかもしれないと思うからこそ、このように唱えているのです」と言った。有り難い情愛である。

 この話で分かることは、次の二つです。

  1. くしゃみをしたときには呪文を唱える。その呪文は「くさめ」
  2. 子供がくしゃみをしたとき、(大人が)この呪文を唱えないと、その子供は死ぬと言われている

 "くさめ"は、元々 くしゃみをしたときに唱える呪文のことだったんですね。では、どうして"くさめ"と唱えるのでしょうか。

 

 "くさめ"の正体に関しては、主に三つの仮説があります。一つは、「休息万命くそくまんみょう 急急如律令」という呪文が縮まったもの、という説。もう一つは「糞食くそはめ」……すなわち「糞食らえ!」という罵倒がなまったもの、という説。最後は、単に くしゃみの擬音から来た、という説です。

 「休息万命 急急如律令」という呪文は、平安末期の『簾中抄』や鎌倉〜室町時代の『拾芥抄』などに「鼻ひたるおりの誦」として記されています。この呪文はインドの仏家の規律を説いた『四分律』の呪願言長寿が出典であろうと言われていますが、詳しいことはよく分かりません。なんでも、仏陀がくしゃみをしたとき、弟子たちがいっせいに「クサンメ」と唱えたという話があるそうで、つまり「休息万命」は長寿を意味する梵語から来ている、というのですね。この「休息万命」を早口で唱えているうち、いつしか「クッサメ」になり、くしゃみになったのだと。

 何故、くしゃみをすると長寿を願う呪文を唱えるのでしょう。それは、人々にとってくしゃみが縁起の悪いものであり、恐怖の対象だったからのようです。現代でも、目を開けてくしゃみをすると目玉が飛び出すなどと唱えた博士がいるという話ですが、昔の人たちは、タマはタマでも魂が飛び出すと考えていました。日本に限らず世界各地で、悪魔・悪霊の仕業によりくしゃみが起こり、更には くしゃみで魂の抜けた体にそれらが侵入するのだなどと考えられたようです。それはすなわち健康を害すということで、現実的にもくしゃみは風邪やペストなど死に至る病気の前駆症状でしたから、不吉のしるしとして とても恐れられたのです。

 もっと観念的な面から言えば、くしゃみによって飛び出すのは息、息は生命、という考え方がありました。今でも、私たちは「生命の息吹」という言い回しを使います。呼気には生命が篭っているのです。それをくしゃみで激しく吹き出してしまうと、その人の命は飛び出して無くなってしまいます。この観念は、例えばポリネシアの神話にも現れています。創造主ティキが粘土をこねて人形を作り、くしゃみをすると、その泥人形は命を得て人間の男になりました。この男の名は「Tiki-ahua〜ティキ神に似たもの」といいましたが、「ahua」とは「くしゃみ」の擬音語でもありました。

(なお、あくびも同じようなものとして考えられていました。あくびをする時 口を押さえるのは、魂が抜け出ないようにするためだ……などと唱える人もいます。ヒンドゥー教徒はあくびをすると指を鳴らすそうで、それは口から出かかった魂を喉に戻す まじないだそうです。)

 

 さて、清少納言や吉田兼好の時代には「休息万命」だか「くさめ」だとか唱えられていたらしい くしゃみの呪文ですが、江戸時代の人々は違う呪文を使っていました。この時代、くしゃみをすると インテリ層は「徳万歳」、庶民は「くそくらへ」と唱えていたのです。

 平安〜鎌倉時代の歌語の注釈書『袖中抄』に、早朝にくしゃみをしたら「千秋万歳 急急如律令」と唱えたことが書かれており、「休息万命」が書物に記されていたのと変わらない時代から「万歳」と唱える呪文もあったことが判ります。いずれにせよ、「万命」「万歳」と長寿を願う呪文なのですが。

 「徳万歳」は「常若に御万歳」を縮めて訛ったもののようで、「いつまでも若々しく長寿を保ちますように」という意味であり、子供がくしゃみをすると傍らでそう唱えたようです。この風習は明治時代頃まで続いていた模様。

 一方、庶民の唱えた「くそくらへ」はといえば、「休息万命」が「休産命クサメ」となり、更に訛って「休息良恵クソクラヘ」になった、などと説かれます。けれども、庶民の間では「糞食らえ」だと認識されていたようです。吸血鬼がニンニクを恐れるように、魔物(病魔)は匂いの強いもの、汚いものを嫌うと信じられていましたから、くしゃみを起こす魔物に向かって「糞を食らえ!」と罵るのは、なかなか理にかなった呪文かもしれません。……この風習は現在日本本土では廃れたことになっていますが、くしゃみの後に「オラクソー!」などと汚い罵りの声を続けるオヤジ語は、もしかすると この風習の名残なのかも……などと思ってみたりします。

 

 くしゃみをしたら「くそくらえ」と唱える風習は、本土のみならず沖縄にも伝わり、沖縄では今でも(廃れかかってはいるものの)消えずに残っています。沖縄では、訛って「クスクェー」または「クシィケー」「クスタックェー」などと唱えます。子供がくしゃみをしたら側にいる大人が、大人の場合は本人が唱えるものです。この呪文を唱えずにいると「後生(あの世)の人に連れ去られる」「豚の化け物が竹で鼻をつつく」などと言います。……豚の化け物に竹で鼻をつつかれるとどうなるんでしょうね。豚鼻になるのか? なお、沖縄には「クスクェーと唱える由来」を語る民話もあります。

クスクェーの由来

 ある日のこと、山戸という百姓が、いつものように野良仕事の帰りに墓地の側を通りかかると、そちらから赤ん坊の泣き声がする。そっと様子をうかがうと、黒猫が亡霊に命じられて赤ん坊の泣きまねを練習しているところだった。亡霊は黒猫に言った。

「明日の晩、野底家の石垣に登って赤ん坊の泣きまねをするのだ。すると赤ん坊はくしゃみをするだろう。赤ん坊が三回くしゃみをするまで鳴き続ければ、赤ん坊の魂は抜け出し、死ぬことになる。……賢い人間がいて、赤ん坊がくしゃみをする度に「クスクェー」と唱えたりしなければな」

 それを聞くと、山戸は翌日の晩に野底家に出かけて行った。案の定、例の黒猫が石垣の上に座っていて、家の方を見ながら「おわぁ、おわぁあ」と鳴き出した。すると、家の赤ん坊がくしゃみをする。山戸はすかさず「クスクェー」と叫んだ。そして三回全てにそう唱えたので、黒猫は何も出来ずに恨めしそうに立ち去った。
 一安心した山戸がこのことを野底家の人に話したところ、家の人は初めてこのことを知って大いに感謝し、厚くもてなして礼を述べたという。
 これ以来、赤ん坊がくしゃみをすると「クスクェー」と唱えるようになったのだ。

*別説では、女の亡霊が子供の魂を取りに来て、墓場での亡霊同士の会話を聞いた赤ん坊の家の人が家族みんなに伝え、家族全員で「クスクェー」と唱えたことになっている。

 

 このように見ていくと、"くさめ"の正体は結局のところ「休息万命」の呪文に端を発し、収束するようで、最後の仮説「くしゃみの擬音」説は不利であるように思えますが、興味深いことに、韓国では親しい人がくしゃみをすると「エイチ(韓国語でくしゃみを意味し、くしゃみの擬音でもある)」と唱えることがあるそうなのです。くしゃみをしたらくしゃみの擬音を唱える。くさめがくしゃみの擬音だとすれば、まさに韓国のこの風習と共通しています。

 

 さて。先に、くしゃみは日本に限らず世界各地で不吉なものとして恐れられていたと書きました。というわけで、世界の色々な国に、やっぱり「くしゃみをしたら呪文を唱える」という風習があります。特に欧米文化圏では盛んなようで、通りすがりの全く見も知らぬ人相手でも、くしゃみをしたら呪文を唱えてあげるのが普通なのです。日本本土では忘れられて百年以上の風習なので、海外でこの風習に出会って面食らう人は多いようです。慣れると、言ってもらえないと寂しく感じるようになるそうですが……。

 

世界の「くしゃみの呪文」
国・民族・
文化圏
呪文原語 呪文意訳文・備考
日本 休息万命 急急如律令
千秋万歳 急急如律令
徳万歳
くそくらへ
くさめ

長寿でありますように
長寿でありますように
長寿でありますように
糞を食らえ〜魔よ、去れ

*明治時代までで廃れている
日本・沖縄地方 クスクェー
クシィケー
クスタックェー
糞を食らえ〜魔よ、去れ
中国 千歳
百歳
大吉
長寿でありますように
長寿でありますように
幸福でありますように
*江戸時代の日本の『梅園日記』巻三に記載されている。現在も有る風習なのか不明
契丹 長寿でありますように
*江戸時代の日本の『梅園日記』巻三に記載されている。
マレー人 魂よ、戻って来い!
ヒンドゥー教徒 生きよ!
イスラム教徒
アシュタグフイロロラジーム

アラーを褒め称えよ
神よ、彼を救いたまえ
*返礼として「アラーがあなた方を導き、あなた方に祝福を下さるように」と答える
トルコ人 チョク ヤシャ! 長生きしてください!
*返礼として「セン デ ギョル(あなたも長生きしてください)」と答える
ユダヤ人 良い生活を!
英語圏 God bless you !
Bless you !
あなたに神の祝福がありますように!
祝福あれ!(キリスト教信者以外向けらしい)
ユーゴスラビア Na zdravlje ! あなたに健康を!
*返礼として「ありがとう」と答える
ドイツ人 Gesundheit ! 良い健康を!
*この言葉は英語圏、フランス、オランダ等でもしばしば使われるらしい
オランダ人 proost ! 健康と幸福を!*「乾杯」の時にも使う言葉
スペイン人 Jesus ! 神よ!
*一回目のくしゃみではこう唱え、二回目のくしゃみでは「マリア!」と唱え、三回目のくしゃみでは「サルー!(健康を)」と言うそうだ。二回目までは神の知らせだが、三回目は病気である、ということらしい。ページ下部の「くしゃみ占い」を参照
イタリア人 Salute ! 健康を!
古代ローマ
Absitomen !
ジュピターよ、救いたまえ
不吉よ去れ!
サモア人 あなたに生命を!
アルゼンチン Salud! 健康と幸福を!*「乾杯」の時にも使う言葉
ブラジル Saude !
Deus te ajude
健康を!*「乾杯」の時にも使う言葉
あなたに神のご加護がありますように!
*返礼として「ありがとう」か「アーメン」と答える
コスタリカ サルー! 健康を!*「乾杯」の時にも使う言葉

 

 ところで、海外では見知らぬ人に対しても呪文を唱えるというのに、日本では子供に向かって唱えるか、あるいは自分で自分に唱えるかなのですよね。海外で、くしゃみをしたときに自分で自分に呪文を唱える例を、寡聞にして知りません。……日本人って、実はとても孤独で個人主義な民族なのでしょうか。だから早々にこの風習が廃れてしまったのかも。

 

 やや脱線になりますが、最後に「くしゃみ占い」に触れて、このテーマを閉じたいと思います。

 くしゃみ占いとは、くしゃみした回数で「○○になる」「誰かに○○と思われている」などと判定するもの。ちょっとした からかいのような感じです。

 日本では一般に、くしゃみをすると「誰かがあなたのことを噂している」とか「誰かがあなたに恋している」などと言いますが、実はこれ、中国の古典『詩経』に既に現われていて、「はなひるときは人の説くあり(くしゃみした時は誰かが噂している)」などと書かれています。現代の中国でも、ところによっては日本と同じように「誰かがあなたのことを……」と言うようです。

 そんな、どうやら中国にルーツのあるらしい日本のくしゃみ占い。「一褒められ、二そしられ、三惚れられ、四風邪をひく」」などといった唱え言葉まであるのですが、内容や順番は地方によって様々のよう。一番目が「誉められ」で四番目が「風邪を引く」なのは固定しているようですが、真ん中の二つは人に馬鹿にされる意味の言葉が並ぶか、たまに三番目に「惚れられ」が入るか、という感じです。

 興味深いのは、たとえばブラジルではくしゃみを「一回すると健康、二回はお金、三回は愛、四回はアレルギー」と言うところがあるそうで、三番目に「惚れられ」が四番目に「病気(アレルギー)」が入っているところなど、日本のくしゃみ占いにそっくりです。これは日系の移民の伝承が混じっているのでしょうか。スペイン語圏でも「一回は健康、二回は健康とお金、三回は健康とお金と愛」、ドイツでは「一回は凶、二回は物がもらえる、三回は幸運」と言われ、オランダでは「くしゃみを三回すると晴れる」と言ったりするそうです。面白いですよね。

 

追補。

 インドのタミールナドゥ州では、「食事中にくしゃみをするのは、誰かに想われているから」とされる。



03/09/07

参考文献
『沖縄の魔除けとまじない ―フーフダ(符札)の研究―』 山里純一著 第一書房
『神話・伝承事典』 バーバラ・ウォーカー著、山下圭一郎ほか訳 大修館書店 1988.
『Multiculturalpedia 多文化理解事典』 http://www.netlaputa.ne.jp/~tokyo3/

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