四月のバカ騒ぎ
見上げると、日差しはやけに眩しかった。
温まった土の湿った匂いと、かすかに花の香りがする。
――春である。
どっからどう見ても、逆立ちしてみたって春である。
駆け抜ける季節の逃げ足はいつも素早い。ぼうっとしていれば、瞬きするほどの間に、この黄金の鎧が恨めしくなる灼熱の夏がやってくるのだろう。
……などということを、野原に突っ立ってラグナス・ビシャシは考えていた。
別に野原に生えているつくしのマネがしたくなるほど暇だとかいうわけではない。通りすがり、ふと立ち止まってみただけのことだった。彼はそんなに暇ではない。では何がそんなに忙しいのかと言われると答えに詰まるが、すべからく勇者というものは平穏な日常を過ごせないことになっているのである。平和な世界では勇者なんて逆に災厄の象徴、正月明けの鏡餅、ご飯の上で冷めたカレーライス。故に暇はない。ないはずだ。
「……そういえば、今日から四月になったんだよなぁ……」
ナレーターの必死の取り繕いも意に介することなく、ラグナスはのほほんとそんなことを呟いていた。
……結局、暇らしい。
「ぐーっ!」
そんな彼の耳に、聴き慣れた高い声が届いた。顔を向けると、思った通り黄色い不思議な生き物を連れた少女が歩いていくところだった。
「やあ、アルル」
彼より一つ年下の、けれど随分と幼い雰囲気を持った少女の名をラグナスは呼んだ。
「あっ、ラグナス!」
顔を輝かせて、アルルが駆け寄ってきた。彼には兄妹はいないが、もしも妹がいたらこんな感じだろうかと思う。
「あのね、今日……」
そのまま満面の笑みで何かを続けようとして、アルルははっと口をつぐんだ。
「ん?」
「え、えーとね………。ううん、なんでもないよっ」
肩までの髪が扇状に広がるほどぶんぶんと首を振って、アルルはその場を離れた。顔にはやけに引きつった笑みを浮かべながら。
「ボク、買い物に行かなくちゃならないから。じゃあね!」
「アルル?」
後も見ずにせかせかと立ち去っていく。ただぽかんとするしかないまま、ラグナスはとり残された。
「……何だったんだろう? 何か言いたかったみたいだけど……」
アルルが何か言いかけて途中でやめるなんて珍しい。
首を捻りながら自分も歩き出した。このままここでつくしになってるわけにもいかない。つくしを摘んで佃煮にするのはいいかもしれないが……。
「あーら、ラグナス」
今度はルルーと会った。
「やあ。久しぶりだね」
白い歯を見せて笑いかけると、ルルーは扇子で少し顔を隠しながら、しかし確かに「にんまり」と笑った。
「あのねぇ。ちょっとあんたに教えておいてあげたいんだけど……。今日」
「ルルー様」
言いかけたルルーを、さりげなくミノタウロスがさえぎった。むっとした顔の女主人に、何事かぼそぼそと耳打ちする。
「……ああ、そうね。それは確かに……。それもつまらないし」
不承不承といった感じながらも何かを納得したようで、ルルーは鷹揚に頷いてからラグナスに視線を戻した。
「なんでもないわ」
「え……? でも、さっき」
「しつこいわね! なんでもないったらないのよ!」
理不尽に怒鳴りつけられて首をすくめた隙に、牛男を引き連れた若き女王様は大股に歩き去っていってしまった。
「……なんだったんだ?」
またも取り残されて、ラグナスは首を捻った。
……しかし、この日彼がこうして首を振るのは、これだけに留まらなかったのである。
その後、ドラコケンタウロス族の少女やいつも泣きそうな顔のうろこさかなびと、西の大陸の魔女族の娘等に会ったが、反応はどれも似たり寄ったり。ラグナスを見つけるとやけに嬉しそうに近寄ってきて、何か言いたげに口を開くが、そこで口を閉じ、曖昧な笑みを浮かべてそそくさと去っていってしまうのだ。
…………みんな、どうしたっていうんだろう?
これだけ続くと、流石に考えずにはいられなくなってくる。
ほぼ全員が「今日」と言いかけていた。……今日、一体何があるというのか。
腕を組んで、ラグナスは道の端の木の下に座り込んだ。木漏れ日が、彼の鎧にまだらに光の模様を描いている。
「別に、何もないよなぁ……。ここのところ事件らしい噂も聞かないし、ぷよまん本舗の特売日でも、ぷよの日まんじゅうの日でもない。――あ」
小さく、ラグナスは呟きをもらした。
今日が自分の誕生日だったということを、ようやく思い出したのだった。……果たして何歳になったのだか、時空を移動しまくって未来から過去を駆け巡っている彼には定かでないことだったが。
「だからって何も関係ないよな。…………いや、まさか……」
ラグナスは顎に手をあて、半身をのりだした。
アルル達が、俺の為に誕生パーティーを開こうとしてくれていて、でも俺を驚かす為にそれを内緒にしてる……とか。
思いついてすぐ、バカバカしさに首を振った。
どこかの田舎劇じゃあるまいし、そんな奇特は現実にはそうそう起こるものではない。アルル達が掛け値無しにいい仲間たちであるにしても、だ。まったく、自意識過剰というものだろう。
第一、今更「お誕生会」を開いてもらうような年でもないし……。
………そういえば、もう随分と長く、誕生日を祝ってもらったことなんてないなぁ。
この時期はちょうど春休みで、学校の友達に祝ってもらったり何かのイベントにありつけることもなく、人知れず終わってるのが毎年のことで……。
なんとなく項垂れたラグナスは、瞬間、風を切る音に気づいて顔を上げた。
「なっ!?」
殆ど無意識の反応だったが、身につけた悲しき習癖の賜物、とっさによけた。それはよけた頭をかすめる位置、木の幹に深々と突き刺さる。
「きゃははぁー。あったりぃー」
甲高い笑い声がして、茂みの向こうからひょっこりと大弓を抱えた
こんな間近にいて気づかないとは……。
ラグナスは歯噛みしたが、それも無理もないかと思いなおした。
「こらっ。人に矢を撃っちゃ危ないだろ」
「じゃ、魔物になら撃ってもいいの?」
「そうじゃなくて……」
言いながらラグナスは言葉に詰まった。そもそも、弓矢は自分以外の生き物――他者を傷つけるために存在するものだ。もしも全ての他者に向けて矢を射てはいけないことになったら、一体何に向かって撃てばいいのだろう?
……いや、そんなことじゃなくて。
「とにかく、何の理由もなく誰かを撃っちゃいけない。怪我をするかもしれないだろう?」
怪我どころか、この大弓では命に関わるかもしれない。
「ぶぅー」
自分で擬音をつけながら、女の子は頬を膨らませた。
「アーちゃん、怪我なんかさせないもん。ちゃんとよけて撃ってるんだからぁ」
どうやら、さっきもワザとギリギリで外したつもりだったらしい。
「とにかく、ダメだ。キミは確かに大した腕を持っているのかもしれないけれど、万が一ってこともあるだろう。誰かに向かって射ちゃいけない」
「ぷっぷくぷぷー!」膨らませた頬から息を吐き出しながら、女の子は足を踏み鳴らした。「アーちゃん、怒っちゃったんだもーん!」
素早く矢をつがえる。
「ダブルシュートっ!」
恐るべき早業で連射された二本の矢が、ラグナスに向かった。それはほんの一瞬。だが。
ヒュッ
即座に響いた口笛のような音は、ラグナスの口から漏れた吐気。そして彼が鞘走らせた斬撃の、空を切り裂く音だ。
「きゃああっ」
二本の矢が一瞬で叩き落されたのみならず、遥か離れた女の子の持つ大弓の弦が弾け飛んだ。切り裂かれた空に走った衝撃のなせる技である。
勢いで女の子はひっくり返り、使い物にならなくなった弓を抱えて見る間に大きな目に涙を溜めた。
「えぇ〜ん!」
あんなに泣くほど激しく転倒させただろうか? 少し大人気なかったかもしれないと内心後悔しつつ、ラグナスはしかめ面しく言い聞かせた。
「もう、誰かをいきなり撃ったりしないね?」
「ごめんなさぁーい」
「よし。……じゃ、貸してごらん」
女の子から弓を受け取ると、ラグナスは切れた弦を器用に張りなおしてやった。
「これでよし」
ただし、少し甘めに張ってある。あまり悪さが出来ないように。
元に戻った大弓を受け取って顔を輝かせた女の子は、ごそごそと服の隠しから何かを取り出した。
「これあげる。……じゃーね!」
茂みに飛びこむ。暫くがさがさと葉ずれの音が聞こえていたが、たちまち遠ざかり聞こえなくなった。
茂みの中をよくもああ早く移動できるもんだ……。耳が尖ってたし、エルフ族かな。
女の子が置いて行ったのは、赤いりんごだった。お礼のつもりなのだろう。いいにおいのするそれをもてあそびながら、ラグナスはしばし森の眷属について思いをめぐらせた。
彼の本来の世界(記憶はおぼろだが)にもエルフ族はいて、何度かクエストを共にしたこともあった。彼らはみな長身で美しく、ああいう子供には会った事はなかったが……。
逆に、魔導世界においてあの美しき森の賢者、長身のエルフたちに未だ会った事はなかった。魔導世界のエルフはみんなあの女の子のように小さな子供の姿をしているのだろうか? そういう種族がいると聞いた覚えもある気がする。
……いや、単にあの女の子は本当に子供で、将来成長するのかもしれない。美しく……。
「――ほう。貴様は、そういうのが好みか」
突然背後から言われて、ラグナスは度肝を抜かれた。聞き覚えのある声、気配。振り向くまでもなく解る。シェゾ・ウィグィィだ。
いきなり考えを見透かされた気がして、ラグナスは軽く混乱した。
「な。ななななな……。いや、俺は、違うぞ! お前みたいにロリコンのヘンタイじゃないっ!」
「誰がロリコンのヘンタイだっ! いきなり、ケンカ売ってるのか!?」
打てば響くの例え通り、黒衣の男は反駁した。今にも魔剣を召喚しかねない勢いだ。こっち系の話題は彼にはタブーである。が。とりあえず本当に剣を出すほど短気ではなかったようで、憮然として説明した。
「俺は、お前がりんごを持ったままニヤニヤしてやがるんで、よっぽどそれが好きなのかと思っただけだっ」
「ニヤニヤ……」
していたつもりはないが。何かが表情に出てしまっていたのだろうか。気をつけなければ。
ラグナスは素早く精神の立て直しを図った。
この男はどうにも苦手だ。闇の魔導師という完璧に「世界の敵」でしかない肩書きを持っていながら、こんな風に昼日中から何気なく現れる。悪と言うにはどこか変わっていて、実際、仲間としてクエストを共にしたこともある。
こういう「闇」に会ったのは初めてで、調子が狂った。勇者という肩書きの下におし隠した隙、自分自身の「素」がこの男に対していると出てしまいそうになり、なんともやりにくいのだ。
「ま、お前がりんごに執心する異常性癖の持ち主でも、それこそちんちくりんが趣味のロリコン野郎でも、俺には関係ないけどな」
「なんだそりゃ……」
ちんちくりんが趣味なのはお前だろう、と”彼女”が聞いたらショックを受けそうなことを思いつつ、ラグナスは軽い疑問に首を傾げた。
それにしても、こいつが自分から俺に声をかけてくるなんて、珍しいな。
いつもは避けられているような気がする。自分が苦手意識を持っているのと同様に、向こうもそう思っているのかもしれない。……まぁ、「闇」に好かれる勇者など、世界法則的にもあり得るべからざるものなのだが。
―――はっ。
不意に、脳裏に何かがひらめいた。
まさか、こいつが珍しく人の好みのようなことに言及しているのは……。
誕生プレゼント用の「さぐり」なのかっ!?
ガーン、と頭に何かが刺さったようなショックを受けつつ、しかしラグナスは一瞬で却下した。
まさかな。大体、こいつがそういうことすると考えること自体間違っている。
この男の協調性のなさ、社会意識の欠如ぶりは常々感じている通りだ。……の、はずだ。友人(?)のための誕生パーティーの企画に荷担するようなマトモな親情を持っているとは到底……。
って、そんなに人を信用しないっていうのも、勇者としてどうなのか?
仮にも一応、仲間だったこともある奴なのだ。
そうだ、こいつ自身がそう思うのではなくても、例えばアルル辺りに頼まれて探りを入れに来たとか……。
「おい、それ……」
「はっ!? い、いや俺は人を信用するのは大事だと思っているし!」
「はぁ?」
シェゾは眉をひそめた。思いっきりおかしなものでも見るように。
「あ、いや……」
言いかけて、ラグナスは口をつぐんだ。もしも本当にプレゼントの探りだったのだとしたら、気づかなかったふりをするのが礼儀というものだろう。
肩をすくめて胡乱な目つきをそらし、シェゾは夜のマントを翻した。
「フン、もうのーみそを吸われたか? ……ま、付き合ってる暇はない。今日中に行かなきゃならないところが多いんでな」
「……そういえば、ボロボロだな」
シェゾを眺め回し、ラグナスは言った。
嫌味ではない。いつも光沢のある漆黒の衣装を身にまとっているシェゾだが、今日はどこか白っぽかった。埃だらけの場所を巡ってでも来たように。あちこち、爪で裂かれたようなほつれもある。
魔力を集めるのが何より好きな、この風変わりな闇の魔導師は、せっせと古代の遺跡などを巡ってはアイテムに宿っているような魔力を集めている。
しかし、今日は余程のクエストを潜り抜けてきたものらしい。
「ったく……。今日に限ってハズレばかりで腹が立つ! 今度こそ本物の究極魔導器を手に入れて、莫大な魔力を吸い取ってやらねば収まらん! じゃあなっ」
短縮呪文を唱えると、シェゾは黒い竜巻のように揺らいで消え去った。
……相変わらず、せわしないヤツだなぁ……。
転移魔法にわずかな羨望を感じつつ、ラグナスは軽く息をついた。
パーティを組んでいた時もそうだった。一緒にいるかと思えば、ふらりとどこかに消えて、また帰ってきたり。結局、団体行動というのに慣れていないのだと思う。
まぁ、そんなものだとこちらが慣れてしまったが。
そうだな。いい天気だし、俺もどこかにクエストに出かけようか……。
日差しに目を細めて、ラグナスはそう考えたが。しかし、結局木の根元に座りなおした。
万が一だけれど、本当にアルル達がパーティーの準備をしてくれているようなら、自分が遠くに出かけてしまってちゃマズいんじゃないかな?
そう思ったのだ。
――それに、なんだか頭が重い。
日差しに当たりすぎたのかもしれない。
暫くは、この木陰で休息をとっていよう……。
「……ラグナス、ねぇ、ラグナスってば!」
ゆさゆさと体が揺さぶられている。
ラグナスは淵の底から己を帰還させた。眠り込んでいたらしい。
目を上げると、覗き込んでいるアルルの肩越しに、赤く染まった夕空が見えた。
「やぁ、アルル……。もう準備は済んだのかい?」
「へっ!? どうしてラグナスがそんなこと知ってるの?」
寝ぼけまなこで見あげた少女が、心底驚いたように目を丸めるのを見て、ラグナスははっとして己を恥じた。プレゼントを受け取る側にその楽しみがあるように、渡す側にもそれがあるはずなのだ。
といって上手くその場を取り繕えるほどには、彼は気の利いた男ではない。
「ご、ごめん。ただ、なんとなくそう思っただけだったんだけど……。台無しにするつもりじゃなかったんだ!」
咄嗟に、真正面から謝った。
「ラグナス……」
暗くなり始めた夕空を背に、少し困った目でアルルが見つめている。
「それ……痛くない?」
「――え?」
アルルは、ラグナスの顔を指差す。……いや、後頭部を。
「げっ!?」
触ってみて、愕然とした。ハニービーが注射器でもって彼の頭に突き立っていた。
「ど、どうりで頭が重いと……」
「ぐーっ」
「理不尽でござる〜」
カーバンクルの舌に襲われて、ハニービーは注射器を捨てると、ぶんぶん羽音を立てて飛び去っていった。
「ぐーっ、ぐぐー」
「こら、カーくん。ご飯の前に何か食べようとしちゃだめでしょ。今日はご馳走なんだから」
「ぐーっ」
惜しそうに空を見上げるカーバンクルを軽くたしなめると、アルルはラグナスに向かって笑った。
「平気? でも、ラグナスが刺されて気づかなかったなんて意外だな。まるでシェゾみたい」
「……」
「前から思ってたけど、二人って何だか似たところがあるよね。上手く言えないけど……。きっといいコンビになるんじゃないかな」
「誰が……」
本当はもっと強く言いたかったが、無邪気なアルルの様子に気がひけた。
それにしても、あんなヘンタイ魔導師に似ているとは……。いたく自尊心を傷つけられた気がする。
「それより、付け合わせのらっきょも買ったし……。皆が来る頃だから、もう帰らなきゃ。ラグナスも来る?」
「え? そりゃ、勿論……っていうか、俺が行かなくちゃ始まらないだろ? 誕生パーティーなんだから……」
「誕生パーティー? 誰の?」
「………」
「………」
二人は、しばし無言で見詰め合った。そして。
「………あっ」
同時に声をあげる。
「ごめん。もしかして、今日ってラグナスの誕生日だったんだね!?」
ラグナスは答えられなかった。かーっと、燃えるように自分の顔が紅潮していくのが分かる。
「ごめんね。だってラグナスの誕生日って訊いたことがなかったから……」
そうだ。考えてみたら、アルル達に自分の誕生日を教えたことなどなかったのだ。逆に、自分もアルル達の誕生日を知らない。なのに、どうしてこんなに図々しい勘違いをしたんだろう……俺は。
「すまない! 勝手な勘違いなんかして……」
「ううん。ボクこそ気づかなくってごめんね」
それでも、アルルはそう言った。
「でも、丁度よかった! 今夜は女の子達でお花見カレーパーティーをするところだったんだ。ラグナスの誕生パーティーも一緒にやっちゃおうよ!」
さぁ行こうよ、とアルルはラグナスの腕を引っ張る。
「ね?」
かなり気恥ずかしかったが、それでもその腕の確かさに救われて、ラグナスは日の暮れた道を彼女と一緒に歩いていった。
花霞。
その下に数種のカレーを用意し、バイキング形式で各自好きに食べる。
いくつものランプの明かりに照らされたこの饗宴は、勇者ラグナス・ビシャシの誕生日という名目を付け加えられて、更に盛り上がりを見せていた。
「プレゼントとか何もなくて、悪いんだけど……」
「いや……カレーをご馳走になってるし。美味いよ、これ」
飲み物を受け渡してくるアルルにそう言うと、ドラコケンタウロスが脇から割りこんできた。
「そーよぉ。この美少女の集いに参加できたんだから、それだけでよしとしなくっちゃね!」
ドラコは、真っ黒いカレーに青唐辛子を添えて食べている。
きのこの入った薄い色のカレーを持ったルルーが、脇を通りながら呟いた。
「誰が美少女かしらねぇ……?」
「むっ……。あんたに言われたくないわよ。そりゃ実際、あんたは美少女じゃなくてオバハンだけどさ!」
「なっ……。誰がオバハンよっ。いいこと、あたくしは美少女じゃなくて美女なのよ。可愛いいだけの美少女とは格が違うわ!」
睨みつけるドラコに向かい、ルルーは胸を張った。殊更に、その双丘の豊かさを誇示するかのように。
「お、おい……やめろよ」
口を挟むべきではなかったろうが、そこは勇者のサガというやつか。思わず停めに入ったラグナスを、殺気立った二対の目が振り返った。
「丁度いいわ、ラグナスに決めてもらいましょう」
「そうだね。――さぁラグナスっ。あたしとルルーと、どっちがキレイだと思う!?」
「え!?」
「早く答えて!」
金と翠の瞳が、ひた、と燃えてラグナスを睨み据えた。
「ほほほ。ラグナスがどちらを選ぶか、見ものですわねぇ」
高みの見物を決め込んだウィッチの、面白そうな声が聞こえる。
「え……ちょっと……」
「どっちよ!?」
冷や汗が流れた。
勇者ラグナス、(こんなところで)絶体絶命の大ピンチか!?
その時だった。
救いの神――ならぬ、突風が起こった。
吹き荒れるそれはテーブルの敷布を幾らかめくりあげ、皿やスプーンが触れ合ってがしゃがしゃと音を立てた。はかなく枝から引き千切られた花びらは渦を巻き、花吹雪の様相を呈する。
そして、おさまった風の渦の中心から、黒衣の男が憤然と飛び出してきた。……昼に見た時より、更に数段ボロボロになった姿で。
「――アルルっ!!」
叫ぶなり、地を踏み鳴らして目的の少女の前に駆け寄る。
かなり尋常な様子ではなかったが、しかし当のアルルはケロリとしたもので、
「やぁシェゾ。結構遅かったね」
などと笑顔で言ってのけていた。その足元に、シェゾは握りしめていたらしい紙屑を投げ捨てた。
「なんだこれはっ! 貴様ら……俺をだましたのかっ!?」
少し離れた位置だが、人並み外れた視力のラグナスに見えないはずはない。くしゃくしゃだったので読み取るのには苦労したが。……その紙には、「はずれ」と大きく書いてあるように見えた。いつか見たことのある、アルルの字で。
睨み合っていたドラコもルルーも、今は面白そうに、激昂した銀髪の魔導師に注目していた。この猛々しい女神たちが、自分たちの饗宴を踏み荒されて微塵も憤った様子を見せない……彼女達にとって、これは予測済みの状況なのだと、ラグナスは悟った。
「今日一日だけ発動する究極魔導器などと……あそこだここだと、散々、人を引き回しやがって!」
どうやら、その「究極魔導器」とやらのために、あちらこちらの遺跡を巡らされたらしかった。挙句、最後に見つけたのがこの「はずれ」の紙なのだろう。
「ぷっ……」
吹き出すと、少女たちはてんでに笑い始めた。
「なっ……? お前ら!」
「だって……まさか、本当に最後までだまされるとは思わなかったわよ」
「予想通りで、大笑いですわー」
「ごめんなさい。シェゾさん……」
「フツー、途中でおかしいって気付くよねぇ? 流石はヘンタイだわ」
愕然とし、次の瞬間、開いた
「怒っちゃダメだよ、シェゾ。今日は四月一日でしょ」
「………だから何だっ」
「エイプリル・フールですわ。ホントにおばかさんですわね、シェゾ。今日は公然と人をだましてもよい日。そう公知されているのに、だまされる方がバカなんですわよ」
「なっ………」
「魔力関連じゃだまされやすいとは思っていたけど、ここまで単純とは思ってなかったわね」
「流石に、途中で気付くかなぁと思ってたんだけど。……ねぇ、お腹すいたでしょ。カレー食べなよ」
ケロリとした女性陣の姿に、シェゾは何かを言いかけ、しかし口を閉じ……というのを何回か繰り返した。
気の毒に……。
この男の間抜けぶりに、こうも心底同情する日が来るとは思っていなかったが。
「くっ……な、ならば、俺もお前達をだましてやるっ」
と叫び、何やら懸命に考え始めている。
「どんな風にだましてくれるんだか、楽しみですわね」
「どーせ、後ろにお化けがいるとか、そんなんでしょ」
「ほら、シェゾ……カレー冷めちゃうよ」
カレー皿を持って近づいたアルルの手首を、シェゾががしりと掴んだ。
「え?」
「アルルっ! お前が……」
何度も聞いたことのある、お定まりの台詞。アルルもそう思ったのだろう、うんざりしたように顔をしかめた。
「あのねぇ。それはもう……」
「お前が好きだ。愛してる! お前の全てを俺にくれ!!」
「なっ……」
「ぐーっ!」
アルルが取り落としたカレーライスを、彼女の肩から飛び降りたカーバンクルが舌で空中キャッチ。降り立って皿ごと飲み込んだ。
「……キミはまた、何言ってるんだよ! そんな嘘に、ボクが騙されるとでも思ってるの?」
「嘘だと思うか?」
アルルの手首を放さないまま、静かにシェゾは返した。
「だ、だって……。キミが本当に欲しいのは、ボクの魔力だけなんでしょ?」
「嘘だ」
「え? 嘘って……」
目に見えて、アルルは動揺した。
「ど、どっちが……って、何が……」
シェゾは黙って、蒼碧の瞳でアルルの顔を覗き込んでいる。
「………」
「………」
沈黙は長かったのか、短かったのか。
「――ふっ」
嗤ったのは、シェゾの方だった。
「ふはははははっ! バカめ、騙されたな」
腕を振り放されて、アルルは少しよろける。
「ふん。この俺が、お前のようなガキを相手にするわけなかろうが。俺が欲しいのはお前の魔力。魔力だけに決まっているっ。……てっ!?」
物理的な威力としてはそう大したものではなかっただろう。だが顔面にショックを受け、シェゾはやけに饒舌になっていた己の口を閉じた。
精一杯手を伸ばして男の顔を叩いた少女の、その大きな両の目に、みるみる涙が盛り上がっていく様を目撃する。
「なっ……」
――なんで泣く!?
とでも言いたかったのだろうが、それより先に、複数の剣呑な気配が彼を取り囲んでいた。
「シェゾ〜〜!!」
女達のひとかたならぬ殺気に、さしもの闇の魔導師もあからさまに狼狽した。
「お、おい……」
「あんた、覚悟はできてるんでしょうねぇ? 女の涙の代償は、高いわよ……?」
「待て、今のはただの……」
「あれはね、女の子には言っちゃいけない種類の嘘なのよっ!」
「エ、エイプリル・フールには騙された方が馬鹿なんだろーが!?」
「残念ですわね」
ウィッチが懐から懐中時計を取り出し、その文字盤をシェゾに向けた。
「先程、深夜0時を回りましたの。……つまり今日は四月二日。
「………」
後ずさったシェゾの背が、誰かにドン、と突き当った。ランプの光をキラリと反射して、冷たいモノが首筋に触れる。
ラグナスが、抜き身の剣先を突き付けていた。
「社会の敵。覚悟はいいか?」
「おい……」
横目で睨みつつ、言外に「なんでお前まで」という言葉をにじませたシェゾに向かい、ラグナスは言った。
「俺はな。……はっきりいってむちゃくちゃ感心したんだよ。お前にあんなこと言う甲斐性があるなんてな。仲間として祝福してやらなきゃならないなとか思ったし、ちょっと寂しくなるなぁなんて花嫁の兄みたいな気持ちになって泣けてきたり、式には何を着ようとか、祝儀袋の表書きにはなんて書くんだっけ東の果てのおババに聞きに行かなきゃなとか」
「そこまで話が進むか……?」
思わず落ちたシェゾのツッコミも耳に入らない。というよりとりあえず無視して、ラグナスは言いきった。
「とにかく、女性を――アルルを甘言でもてあそび、泣かせるとは社会の敵! 一度は仲間だったこの俺の手で成敗するのがせめてもの情けだ。覚悟を決めろっ!」
「だぁああっ! 決められるかぁっ」
本気の(?)斬撃を危うくかわし、シェゾは何事か呪文を唱えようとしたが。
「ファイナル・クロス!!」
「でぇえええっ!!」
夜空を切り裂き、光の十字が立ちあがった。
「……みなさんのおっしゃる通りでしたね」
果て無く続く不毛なバトル……というか、光が闇を討伐する聖戦(笑)を眺めつつ、ぽつりとセリリが呟いた。
「ラグナスさんはとってもマジメだから、騙したりなんかしたら気の毒だし、きっと冗談にならないくらい本気で怒り始める、って……」
「……まぁ、でもアイツにはいい薬でしょ」
言いきったルルーの横から、カーバンクルがぴょんと飛び出した。
「ぐーっ」
自分も何発かビームをお見舞いしてやるつもりなのかもしれない。騒ぎの方へ駆けだしていく。
追うように、アルルも飛び出した。もう泣いてはいない。
「よぉっし。ボクも、もう何発かどついてやろっ」
宣して、駆けていく。口の中で呪文を唱えながら。
四月のバカ騒ぎは、まだまだ続きそうである。
この謎文は、使われてるネタから判る通り、4/1展示場更新用に書いていたものです。
…間に合わなかったのねぃ。
何故今頃リサイクルしてるのかと言えば、13万ヒット突破のネタが無かったからだぁあ(まんまやん)。
春休みを挟んだせいで、前回12万ヒット突破からは一ヶ月ほどでの更新になりました。
次は何しようかなぁ。(ミニゲーム作りたいのだが、ドット絵描くの面倒でずっと手付かずだにゃ)
ちなみに「一度やらなければと思っていた」シリーズ第三弾(笑)、ラグナスメインの話…のつもりだったんだけど、なんか怪しくなってしまった。うーん?
私の頭の中のラグナスはこんな感じらしいです。……これでもかなり「よい子ちゃん」に書いたつもりなんだけどね(^_^;)。
次は誰がメインになるでしょうか?
以上、01/4/15、13万ヒット突破記念を再録。