「やぁウィッチ。どこへ行くところなの」

 街を歩いていると、アルルに声をかけられた。

 肩で切りそろえた茶色い髪に、青い魔導装甲。魔導学校に通う魔導師の卵、アルル・ナジャは、いつも明朗、快活だ。

「あら、アルルさん。魔導学校の図書館にでも行こうと思っていたところですわ。アルルさんは?」

「ボクは、サタンのパーティーに行くところなんだ」

「ああ、年末恒例の……」

 ウィッチは首をかしげた。

「ええと、なんていうパーティーでしたかしらね。旧世界から連なる由緒正しい行事だとかサタン様が仰って……」

「そう、それ。ねぇ、一緒に行かない?」

「そうですわね……遠慮しておきますわ。今日はパーティーよりも学問の方が気になりますの」

「そうか、残念。ウィッチは勉強家だねぇ」

 途端に胸をそらし、ウィッチは高く笑った。

「おーほほほ、まぁ、魔女として基本ですわね。アルルさんも遊び歩いていないで、少しは勉強なさった方がよろしいんじゃありません? いくら冬休みとはいえ」

 アルルは苦笑する。

「あはは……ちょーっと耳が痛いなぁ。さっきも、シェゾに同じこと言われちゃったから」

「シェゾ?」

「うん。一緒にパーティーに行かないかって誘ったんだけどね。怒られちゃった。まぁ、あいつが誘って素直に来るとも思えないけど、結構ひょっこり顔を出すこともあるから。もしかしたら後で来るかも」

 つらつら喋っているアルルの肩に滑り落ちた髪の中から、黄色い可愛い生き物が顔を出した。

「ぐー!」

「はいはい。カーくん、今日はご馳走いっぱい食べようね。

 あはは、サタンのところは気前がいいから」

 照れ隠しのようにウィッチに笑いかけ、アルルは身を翻した。

「じゃあね、ウィッチ。ボク、もう行くから」

「あ、はい。わたくしもこれで」

 ウィッチも背を向け、数歩歩いたところで振り返った。走り去るアルルが小さく見える。いつものことではあるが、彼女はとても楽しそうだ。

「やっぱり、行くって言った方がよかったかしら……」

 ぽつりと呟いて、ウィッチは表情を引き締めた。

「いいえ、わたくしは他人の動向になど惑わされず、有意義な時間を過ごすんですから。それでこそ一人前の魔女たるものですわ」 

 背筋を伸ばし、つんとあごをそらしてウィッチは歩いて行った。

 ……数時間後の己の運命など、露ほども知らずに。









サンタクロース

 



「はっ、あ、あれは!」

 キラリーン、とウィッチは青い目を輝かせた。

 時は夕暮れ、魔導学校の書庫で調べものなどした帰り道。道の傍にそれはあった。

「あの黒っぽい汚らしい人形みたいなものは……マンドレイクですわ! マンドレイクがこんな道端に落ちているなんて、超ラッキー!」

 マンドレイクは魔導薬などに使われる高級薬材である。あくまで魔導”植物”なのだが、見かけは人間の幼女そっくりの形をしている。……こんなものを使って薬を調合している辺りが、魔女族が”魔女”と呼ばれて一般人から敬遠されがちな一因だったりもするわけだが。

 魔女であることに何ら疑問も引け目も持たない彼女は、辺りを見回すと素早く駆けよってそれを拾い上げた。

「やりましたわ! 自分で行き倒れたのだか誰かが落としたのだか知りませんけど、おマヌケさんですわね。今日は得しましたわ。おーほほほほっ」

 笑いながら拾ったマンドレイクをくるりと裏返すと、幼女の形のマンドレイクにあるべからざるもの――白いひげがうじゃっと生えていた。おまけに、肌にはしわしわにしわが寄っている。

「ぎゃっ!!」

 ウィッチは、思わずそれを投げ捨てた。

「あうち!!」

 地面で一回バウンドして、とうの立ったマンドレイクが悲鳴を上げた。……もとい、よくよく見れば小柄な老人だ。白い毛皮縁飾りのついた帽子と赤い服に、黒い皮のブーツを履いている。

「なんとひどいんじゃあ、年寄りを地面に投げつけるとは」

「わ、わざとじゃありませんわよ。だって、紛らわしく落ちているんですもの。こっちだって驚きましたわ」

 慌ててウィッチは言って、一拍間を置いてから、ばつが悪そうに付け加えた。

「……悪かったですわよ。でも、どうしてこんなところに寝ているんですの? この季節に道で寝るなんて、非常識ですわよ」

「疲れたんで休んでおったんじゃ。今夜は年に一度の晴れ舞台、張りきって出てきたのはいいが、寄る年波には勝てぬでのぉ〜」

 喋りながらも「は〜、は〜」と浅い息をつき、ぷるぷると微かに震えている。

「よく分からないけれど、帰った方がよろしいんじゃないですの?」

「そんなわけにはいか〜〜ん!! ……う、ううっ!」

 叫ぶなり、老人は転がってうめいた。

「ど、どうしたんですの!?」

「こ、腰が……いたたたた。さっきので痛めたんじゃ」

「ええ!? ちょっと診せて下さいな」

 ウィッチは慌てた。転がっている老人の上着をめくりあげて覗きこむ。

「……骨には異常はないようですわね。大丈夫、ただの打ち身ですわ。あたくしの調合したこの『サロンデパスパス』を貼れば」

 どこからか臭くて怪しい色の膏薬を取り出して、ばしっと老人の腰に貼りつけた。

「これで一日もあれば完治しますわ。それまでは安静にしておくんですわよ」

「一日っ!? ダメじゃ、それじゃ間に合わ〜〜んっ!! はうっ」

 老人は叫び、また腰を押さえて転がった。

「安静にしていなさいって言いましたのに!」

「わしの仕事は今夜、十二月二十四日でなければ意味がないんじゃあ」

 しくしくめそめそと老人は泣いた。

「うっ……。本当に悪かったですわ。でも………」

 ウィッチは言葉を詰まらせた。老人が、キラキラ光る目でじっとウィッチを見上げているのに気付いたのだ。

「な……なんですの、その目は。そんな目で見られても、わたくしは……」

 じりじりとウィッチは後ずさった。

「困っている年寄りには親切にするもんじゃ」

 にじにじと老人はにじり寄ってくる。

「世界中の子供たちが、わしを楽しみに待っておるんじゃあ!」

「ひっ!」

 老人が、逃げようとしたウィッチの背中に貼りついた。

「頼む、手伝ってくれぃ。クリスマスイブの夜にサンタクロースがプレゼントを配らないのでは、年も暮れないんじゃぁあ。世界中のよい子が待ち望む、全世界的行事なんじゃから!」

「どこの世界の行事ですの、それはっ。いやあああぁあ、離れてえぇ! 分かった、分かりましたからっ。お手伝いいたしますわぁ!」

 ウィッチは声の限りに叫んでいた。

 

 

 老人が背中から離れたので、ようやく心地ついてウィッチは呼吸を整えた。

「はー、はー。

 ……ところで、手伝わせるからにはバイト料くらいは出るんでしょうね。自慢じゃありませんがこのわたくし、タダ働きはしない主義ですのよ」

 観念したらしたで、ウィッチはそう言った。元々、自分が老人を地面に投げつけたせいでこうなったということは忘れてしまったらしい。

「むむぅ、バイト料かの。最近の子供は抜け目がないのう」

「しっかりしていると言ってくださいな。店を経営するのも大変なんです。それに、わたくし子供じゃありませんわ。もう十五歳ですもの」

 つんとあごを上げる。

「なるほど。しかし、困ったの。わしの仕事は金銭とは無縁のもので……。何か品物をプレゼントするくらいなら出来たんじゃが」

「現物支給ですの。まぁ、いいですわ。それで、何をいただけますの?」

「い、いやぁ。それが……。わしがプレゼントできるのは子供にだけなのでな」

「はぁ? ――なんですのそれはっ!」

 カッ、とウィッチは怒気を吐いた。

「ひぃ。そういう決まりなのじゃ。さっき、自分で子供じゃないと言うたじゃないか〜〜」

「ううっ……!」

「そ、それより、そろそろ出発しないと間に合わんのじゃが」

 老人はおろおろしながらそわそわしている。ついに、ウィッチは本当に観念した。

「もうっ、仕方ないですわね。今回だけは特別に主義を曲げますわっ。

 それで、わたくしは一体何をすればいいんですの? 子供たちとかプレゼントだとか言っていましたけれど……」

「そうじゃ。わしらサンタクロースの晴れ仕事は、子供たちに夢を配ること。十二月二十四日の夜、世界中から選ばれた良い子たちに、一年間のごほうびのプレゼントを配って回ることなんじゃ!」

 老人は誇らしげに胸を張ったが、年若い魔女は特には感銘は受けなかったようだ。

「どうしてあなたが赤の他人の子供たちに物をあげてまわるのかとか、良い子だと認定する基準は何なのかとか、いろいろ疑問はありますけど……まぁいいですわ。なんでもいいからさっさと配ってしまいましょう」

 魔法で出したほうきにまたがり、ウィッチは浮かび上がった。

「あっ……。待つのじゃ、そうではなくてじゃな……」

「なんですの?」

 老人は『ぴゅうっ』と口笛を吹いた。

 すると、シャン シャン シャンと遥かから鈴の音が近づいてきた。それはあちこちに鈴の飾りを付けた九頭のトナカイで、やはり鈴のついた大きなそりを一つ牽いている。そりは、滑り降りて老人とウィッチの前にぴたりと停まった。

「サンタクロースは、これに乗ってプレゼントを配る決まりなんじゃ」

「雪も積もってないのに、そり……。いいですけど」

 ウィッチは目元を押さえてため息を落とした。

 老人はよろよろとそりに近づいて、ごそごそ荷物を引っ掻き回している。やがて、一そろいの衣装を引っ張り出した。

「では、まずは制服に着替えてもらわんとのぅ」

 老人の着ているのと同じ、白い毛皮の縁飾りのついた赤い服だ。ただ、女性用ということでズボンでなくてミニスカート、しかもタイツが付いていなかったので、足元がスースーしてえらく寒い。

「ここまでさせられて、タダ働き……。今日は厄日ですわ」

 ぶつぶつ言いながら着替えて茂みから出ていくと、そりに繋がれたトナカイたちの間に、ぼうっと丸くて赤い光が灯っているのに気がついた。

「んっ……?」

 よくよく目をこらしてみると、それはトナカイの内の一頭の鼻の頭なのである。どういうわけかそのトナカイの鼻は、豆電球よろしくピカピカと赤く光っているのであった。

「うぷっ……。なんですの、その鼻は。赤く光ってますわ!」

 思わず吹き出しかけ、ウィッチは慌てて背を向けて口を押さえた。

「何故か、ルドルフ――そのトナカイの鼻は生まれつき赤く光っておったのじゃ」

 老人が言った。いたく真面目に。

「仲間から馬鹿にされ、悩んでいたルドルフにわしは言ったのじゃ。

『お前の赤くピカピカの鼻は、暗い夜道を照らすのにピッタリじゃ』と。

 それで、ルドルフは今やトナカイの先頭に立って、夜道を照らしているというわけじゃ」

 どうじゃ、感動秘話じゃろう、と老人は胸を張る。が。

「ぷはっ……! それ、フォローになってませんわ。鼻が夜道を照らすのにピッタリって……あはははは! んげっ!」

 ドーン、と後ろから突き飛ばされ、ウィッチは地面に倒れた。背中にひづめの跡をくっきり付けたウィッチを見下ろしながら、赤い鼻を光らせたトナカイが涙目でぶるぶる震えていた。

「あっ、待つのじゃルドルフ!」

 老人の制止も聞かず、赤鼻のトナカイは泣きながら空へ駆け去って行った。ひもで繋がれている他のトナカイたちや、そりも一緒に。

「そりがなくなってしまった……」

 ぽかーんと立ち尽くす老人の横で、「レディを蹴倒すなんて、なんてことするんですの。ダメだこりゃですわ〜!」とウィッチが怒っていた。

 

 

「結局、こうなるんですわよね……」

 しばらく後。夜の空を、ほうきに乗った赤服の魔女が飛んでいた。

 ほうきはあっちへ行ったりこっちへそれたり、かなりふらふらしている。というのも、ほうきの柄にはプレゼントの入った白い大きな袋がぶら下がっており、ウィッチの前には人形のように老人が座っていたからだ。重いし、普段と重心が違っていてバランスが取り辛い。

「ええと、一軒目は……あの家ですわね」

 老人に指示された家を見つけて、ウィッチはすうっとほうきを降下させた。

 時間はそれほどには遅くはないが、家の灯は既に消えている。

「眠っちゃってるみたいですわ。プレゼント、どうします? 玄関の前に置いていったらよろしいかしら」

「いや! サンタクロースのプレゼントは、眠っている子供の枕元に置いていくものと決められておるのじゃ。もしくは、靴下の中に入れておくかじゃな」

「何故靴下……。というか、突然訪ねて眠っている親を起こして子供部屋に入れてもらおうだなんて、いくらなんでも迷惑過ぎますわよ」

「誰が親を起こすと言うた? サンタクロースは、家の者の誰にも気づかれないうちに黙って中に入るものと決まっておるじゃろうが」

 そう言うと、老人はほうきを二階の子供部屋の窓に寄せさせた。

「えいっ、サンタクロース秘伝、鍵開けの魔法!」

 窓に触れた老人の手がピカッと虹色に光ると、カチッと音を立てて窓の鍵が開いた。

「ようし、中に入るんじゃ。静かにの」

(怪しいですわ……。サンタクロースとかなんとか言ってましたけど、やっぱり泥棒か変質者じゃないのかしら)

 そう思いつつもウィッチは子供部屋に入り、眠っている子供の枕元に白い袋から取り出した贈り物を置いた。綺麗な包装紙とリボンで包まれていて中身は見えないが、老人にはどれがどの子供宛てなのか判っているらしい。

 部屋から出ると、今度は『鍵閉め魔法』で元通り窓に鍵をかけた。

「やれやれ、やっと一軒目が終わりですわね。後何軒くらいなのかしら」

「あと十軒くらいじゃの」

「あら、思っていたより少ないんですわね。それならなんとか頑張れそうですわ」

 ほっとしてウィッチは笑った。

「そう、頑張るんじゃお嬢ちゃん。今夜中に、わしの担当のこの大陸の分、全部配ってしまわないといけないからの」

「大陸ぅ!?」

「人員が限られておるからのー。昔は、一つの国に一人はいたもんじゃが。さ、行くぞ。次は大陸の東端じゃからな」

 ぺしぺしと小さな手で老人がウィッチのそでを叩く。

「……くぅうーーーっ、負けませんわぁーーっ!」

 気合と共にほうきのしっぽが輝き、ジェット噴射のように爆発して、彼方の夜空に光の尾を引いて驀進ばくしんしていった。

 

 

 その夜、大陸を股にかけて赤服の魔女は飛びまわった。まさに疾風怒濤の大活躍であった。最後に、出発した地域に戻ってきたのだが。

「……ここ、ですの? 最後の一軒は」

「うむ、そうじゃ。間違いない」

 そろそろ朝に近い夜の闇の中に、見慣れた家がぼんやりと浮かび上がっている。家の主は、もうパーティーから帰って眠りについているだろう。

 ウィッチにとって、その家にプレゼントを貰う『良い子』がいると言うのは、あまりに理不尽なことに思えた。

「ここは、アルルさんの家じゃありませんのーっ!! アルルさんは十六歳、わたくしより年上ですわ。どーしてわたくしがもらえないのに、アルルさんがプレゼントをもらえるんですのっ!?」

 この家に他に子供なんていませんし、と言ってから、待てよ、もしかしてカーバンクルかしら? でも、カーバンクルは子供なのかしら。ずーーっとサタン様のペットだったんだし……などとぶつぶつ呟いている。

「とにかく、おかしいですわ。ヘンですわ、不公平ですわーっ」

「十代の年齢は、子供か大人か曖昧なんじゃ。わしらを信じるような純粋な心の持ち主であれば、『良い子』に選ばれてもおかしくないのじゃよ」

「それって、わたくしが不純ってことですの? 納得いきません!」

「ゲホゲホ、年寄りの首を絞めんでくれぇ〜〜」

 

 そんなこんなでしばらく争ったのだが、とにもかくにも配ってしまわないことには終わらないので。

「サンタクロース秘伝、鍵開けの魔法!」

 老人が、一階の窓に魔法をかけた。ところが、いつもの”カチッ”という鍵の開く音が聞こえない。

「ん? 鍵が開かんのー」

「まあっ。アルルさん、のーてんきなようでも魔導師でしたのね。魔封じの結界でも?」

 ウィッチは少し緊張したが。

「なんじゃ、最初から鍵がかかっていなかったんじゃ」

 キィ、と老人が窓を開けたので、思いっきり力が抜けた。

「バカにしてますわ。っていうか、無用心過ぎますわっ」

「ほれ、プリプリしてないで、プレゼントを置いてきておくれ」

 白い袋から最後の箱を取り出し、老人が手渡した。

「うー、わかりましたわ……」

 なにはともあれ、これでこの”実のない仕事”も終わる。箱を受け取り、ウィッチは窓枠に片足をかけてよじ登った。その時。

「おい、そんなところで何してるんだ?」

「う、きゃああっ!!」「ぶぎゅー!」

 バランスを崩し、ウィッチは窓の外側に落っこちた。背中の下で老人が潰れた感触がある。

「い、いたたたたぁ……。――シェゾ!」

 ひっくり返ったまま見上げた視界に、銀色の髪の青年が映っていた。いつもの仏頂面で。

「ん? ウィッチか。どうしてお前がこんなところにいるんだ?」

「あなたこそ、どうしてこんな時間にここにいるんですの? はっ……まさか!」

 ウィッチは叫んだ。起き上がって、シェゾをにらむ。

「アルルさんのところに夜這いに来たんですわね。やっぱりヘンタイですわ!」

「違う! 大体、お前 夜這いの意味 正確に知ってるのか?

 オレはたまたま、ここを通りかかっただけだ。お前こそ、どこからどう見ても人の家に忍び込もうとしている泥棒ではないかっ」

 シェゾは怒鳴り返した。

「違いますわー、わたくしは仕事ですっ。あなたこそ、偶然だなんて言って、いつもいつもアルルさんの家の周りをうろうろしてるんじゃありませんの? ヘンタイ、ヘンタイっ」

「なんだと!? オレはヘンタイじゃないっ」

「ヘンタイですわ。わたくしがこんなに苦労してるのに、アルルさんばかり追いかけてヘンタイ活動していて。疲れるし、寒いし、タダ働きでもう散々でしたのに〜!」

 思わず愚痴になると、シェゾはがっくり肩を落とした。

「オレと関係ないだろうが、それは。それに、寒いか? あったかそうなものを着てるじゃないか」

「寒いですわ。いくら暖かそうでも、スカートが短いから下半身が冷えるんですわよ」

「だから、いいものを履いてるだろーが。毛糸の」

 はっと息を呑んで、ウィッチはスカートを押さえて後ずさった。首まで赤くなっている。

「……………見ましたのね!?」

「見たって言うか、お前が見せたんだろう。ひっくり返っていた時」

「いや〜〜っ、ヘンタ〜〜イっっ!!!」

「まだ言うかっ。オレは断じてヘンタイではな」

 シェゾが再び声を荒げた、その瞬間。

「なんだよもう、うるさいなぁ〜」

 ゆるく開いていた窓がガチャッと内側から全開して、ねぼけまなこのアルルが顔を出した。

「こんな夜中に何騒いでるのさ……んー? 誰もいないなぁ」

 きょろきょろと窓の外を見まわす。

「聞き覚えのある声が聞こえたと思ったんだけど……」

 ボク、寝ぼけたのかなぁ。そう言ってあくびをして、パタンと窓を閉めると、アルルはまた奥の部屋に戻っていった。

「………」

「………」

 ウィッチとシェゾは、しゃがんで窓の下の壁に貼り付いていた。互いに互いの口を手で押さえて。

「……とにかく、アルルさんの枕元にプレゼントを置いてこないことには、わたくしは解放されませんの。全てこのサンタクロースとかいう方の代行であって、わたくしが泥棒だなどという事実は一切ありませんわ!」

 シェゾに顔を近づけてひそひそと言って、ウィッチは目を回したままの老人を突き出した。

「サンタクロース? まだそんな精霊が生き残っていたのか……」

 シェゾは驚いた顔をしている。

「まったく、割に合いませんわ。苦労して、シェゾなんかに泥棒みたいに言われて」

 むくれて、しばらく口を閉ざしてからウィッチは言った。

「……わたくしは大陸中を飛びまわって、もうヘトヘトですの。ですから、シェゾ、あなたにも手伝っていただきます」

「はあ? 何でオレが手伝わなきゃならないんだ」

 シェゾは呆れた声をあげたが。

「――見たくせに」

 ウィッチは呟き、一瞬シェゾがひるんだ隙に怒涛の如くしゃべり倒した。

「タダで見たくせにっ。わたくし、乙女の矜持をいたく傷つけられましたわ。その対価を頂くのは当然のことでしょう? あなたが手伝ってくれないのでしたら、わたくし、ここでアルルさんが起きてくるまで叫びますわ。あなたにスカートの中身を見られた、ヘンタ〜イ、って。一体どうなりますかしらね」

「くっ、貴様……!」

「はい、これをアルルさんの枕元に置いて来て下さい」

 にらむシェゾに構わず、「これで一蓮托生ですわ」とウィッチは贈り物の箱を差し出した。

「……今行っても、あいつはさっき寝直したばかりだから、すぐに起きるだろうが」

「だったら、誘眠スリープの魔法でもかけたらいいですわ」

 すげなく言って、ウィッチはふと思いついたようにシェゾを胡乱な目つきで見上げた。

「プレゼントを置いてくるだけですわよ? アルルさんを襲ったりしたら承知しませんからね!」

「誰が襲うかっ!」

 箱を乱暴にひったくると、シェゾはウィッチの苦労した窓枠を難なく乗り越えて、音もなく家の中に消えて行った。

 見送りながらウィッチは呟いた。

「……シェゾの方こそ、泥棒向きですわ」

 

 

 シェゾは、アルルの寝室に忍び込んだ。

 当然ながらこの部屋に来るのは初めてだが、魔力の気配を辿れば場所はすぐにわかる。

 心配したほどのことはなく、カーバンクルと同じベッドで、アルルはすっかり眠っているようだった。寝つきがいい。

(枕元にこれを置いていけばいいんだよな……)

 そっと、ウィッチから渡された箱を置こうとする。

(うっ……)

 手が滑った。とっさにつかみ直そうとして指先で弾き、身を乗り出してどうにか落とさずにつかんだ。ふう、と安堵の息を漏らす。これをアルルの顔にでも落として目を覚まされたら、とんでもなくマヌケだ。

 寝ているアルルの上に身を乗り出して片手をついたまま、シェゾは逆の手につかんだ箱を、そっと彼女の枕元に置いた。

 その時、気配に気付いたのか、アルルが目を開いた。

 ……………。

 空気が固まった。

「シ……シェゾ? どうしてキミがここに……?」

「あ……いや……」

 その時、とっさにスリープの呪文を唱えることが出来なかったことが、これ以降の全てを決した。

 しばらく凝固した挙句、おそるおそる、といった風にアルルが口を開く。

「キミ、まさか……………夜這い!?」

「違う!」

 シェゾは叫んだ。

「じゃあ、寝込みを襲って、ボクの魔導力を奪おうっていうの!?」

「それも違う! この闇の魔導師シェゾ・ウィグィィ、そこまで堕ちておらんわっ」

「どーだか。じゃあ、一体なんでここにいるのさ」

「うっ……そ、それは……」

 バカ正直に事情を話していいものか、シェゾは迷った。

 ……そもそも、オレは何でここにいるのだろうか? 勢いに流されただけのような気がする。そんなことはこいつに話したくない。矜持が許さない。そもそも、面倒くさすぎるではないか。もっと簡単な……簡単にこの場をしのげる説明はないか?

「お、オレはお前に話があるのだ!」

 迷った挙句に口から出たのは、こんなお粗末な嘘だった。

「……話? 何の話なんだよ」

「うっ……。その……」

 オレがアルルにする話とは何だろう。こんなところに来るほど重要な………いや、迷うな。そうだ、オレがアルルに言いたいことなど、アレしかないではないか。

 瞬間、それが天啓のように閃いて、まっすぐにシェゾは言った。寝ているアルルの頭の両脇に手をついて、覗き込んだままの姿勢で。

「アルル、お前が欲しい!」

 すー、とアルルは眉根を寄せた。

「やっぱり夜這いなんじゃないかーーーーっ!!! じゅじゅじゅ じゅげむっっっ!!!!!」

「どぁあああああっ!!」

 アルルの放った怒りの爆気で、アルルの家の半分が吹っ飛んだ。闇の魔導師は一緒に吹き飛ばされたか、そのまま転移魔法で逃走したかしたらしい。辺りから気配が消えた。

 

 無事に残った方の半分の窓の下で、ウィッチはうずくまってぶるぶると震えていた。

「こ、怖い……。やっぱり、シェゾに行ってもらって正解でしたわ」

 それにしても、こんなに強暴なアルルさんは、果たしてプレゼントをもらうに相応しい『良い子』なのですかしら。ウィッチはそう思わずにいられなかった。

 

 

 青く広がる山々の間から、朝日が光り輝いて昇り始めていた。

「あーっ、すがすがしい朝ですわね」

 思いきり伸びをして、ウィッチは朗らかに笑った。足元には件の老人もいる。

「お嬢ちゃんのおかげで今年も無事に勤めを果たせたわい。本当にありがとうのぅ」

 老人は深々と、白いひげで埋まった頭を下げた。

「そんなことありませんわ。ま、本当のことですけれども。終わってみれば、なかなか得がたい、面白い体験でしたわね」

 とんだタダ働きでしたけど、この体験をバイト料代わりっていうことにしておきますわ、とウィッチは憎まれ口を叩いた。老人はそれをにこにこ笑って聞いていたが。

「じゃあ、わしもこれで帰ることにしようかの」

 ふいに、そう言った。

「えっ」

「もう会うこともないじゃろうと思うが……お嬢ちゃんのことはずっと忘れんわい」

「そんな……。わたくしだって忘れませんわ」

 楽しい思いをしたわけではないが、一晩ずっと一緒にいて、いざ離れるとなると寂しい気がする。しんみりとウィッチは言った。

「うむ。ではな。お嬢ちゃん、達者でな」

「サンタクロースさん!」

 昇る朝日の光の向こうに、小さな老人の姿は溶けて消えていく………

 ………かに見えたのは、単に逆光による目の錯覚だった。

 老人は相変わらずそこに立っている。

「……どうしましたの?」

 ぽかんとそこに立ち尽くしていた老人が、涙目で振り向いた。

「ルドルフはグレてしもうた。呼んでもそりが来ないから、家に帰れないんじゃ〜〜」

「ええ!?」

 いやな予感がして、ウィッチは一歩後ずさった。

「お嬢ちゃん、ほうきで家まで送ってくれんかの〜〜」

 泣きながら、老人が一歩前ににじり出る。

「じょ、冗談じゃありませんわ〜。家にくらい一人で帰ればよろしいでしょう、公共の乗り物でも転送の魔法陣でも使って」

「田舎なのでそんなものは一つも通っとらんわい」

「田舎って……。お家はどこですの?」

「この世の北の最果て、北極じゃ」

「北極ぅう〜〜!?」

 冗談じゃありませんわ、とウィッチは背を向けて逃げ出そうとしたが。

「頼む、連れて帰ってくれぇ〜〜! か弱い老人を見捨てないでくれぇえ」

「いやぁあああ、背中に貼りついて泣かないでぇえ!」

 子泣きじじいに取り憑かれて、ウィッチは泣きながらほうきで舞いあがった。

「うぇええええん!」「うぉおおおん!」

 そのまま、遥か北に向かって消えて行く。

 

 

「あら、アルルじゃないの。どうしたの、それ」

 道でばったり出くわして、ルルーは真っ先に目に付いたものについて尋ねた。

「ああ、ルルー。これね。こないだ、気がついたら枕元に置いてあったんだ」

 アルルは腕の中のものを抱え直した。

「ふーん? よく分かんないけど、子供っぽいわねぇ。ぬいぐるみなんて持って歩くのやめなさいよ」

「あはは……それが、今、家が修理中だからさ。置いておくところがなくて」

 アルルは苦笑する。

「そういえば、あんたの家、半壊したんだってね。一体何したのよ」

「まぁ、色々とね。……これは、もしかしたら、その”色々”の置き土産かな?」

「はぁ?」

 眉根を寄せて、ルルーは首をかしげる。

「……まさか。あんた、それ、サタン様からの贈り物じゃないでしょうね」

「ええ!? 違うよ。

 それよりさ。ここしばらくウィッチを見ないよね。お店も閉まっててずっと帰ってないみたいだし……どこ行ったんだろう? ねぇ」

「話をそらすのが怪しいわ。やっぱり、サタン様なのね!?」

「だから、違うって」

「キーッ、なんて羨ましい、もとい、抜け駆けは許せないわああ!」

「もーっ、違うってばぁあ!」

 ルルーに追い掛けられて、ぬいぐるみを抱えたアルルは逃げて行く。

 

 

 なお、ウィッチが帰って来るまでには、かなりの期日を要した。魔女として一回り逞しくなった様子の彼女に、人々はかなりの修行を積んできたものと感嘆と賞賛の声を送ったという……。

 

 

 

ここでおわってしまう

 

サンタなウィッチ

あとがきもどき

 話がウィッチとアルルに割れてる感じで色々とまとまりが悪いです。

 再録にあたり、アルルのパートを全部削ろうかとも考えたのですが、踏ん切りがつかなくてそのままになってます。気になる人は、アルルの出てくるところは読み飛ばすようにしてください。(^_^;)

03/0101 すわさき





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