ほんとうにほしいもの
それは不快指数が100パーセントにでもなろうかという、うっとおしい雨の日の出来事。 ウイッチのお店に珍しいお客さんが来たのです。
「あのぉ…」 うろこさかなびとのセリリは、落ち着かない様子でびくびくとしていて、店主とお店の中をうかがいます。 「あのぉ、今お店にはほかにお客さんはいませんよね?」 「ごらんのとおりですわ」 見るからにわかりきったことを聞かれて、店主のウイッチはちょっと苛立ちます。そうでなくてもセリリのこのびくついた様子は気に障りました。だってこのお客さんの怯えかたって、まるで「私この人に苛められるんじゃないかしら」って全身で言っているようなものでしたから。 さて、セリリはウイッチの言葉に「ほっ」とした様子を見せました。 「あの、あの私お買い物をしに来たんです」 「…」 「ウイッチさんは、いろんなお薬を作って売っていらっしゃるときいて…」 消え入りそうな声で、セリリは言います。 「どんな薬がご入り用ですの」 「あの…」 セリリは言いよどみます。 「あのぉ」と、再び言ってから意を決したようにいいました。 「ほれ薬ってありますよね」 「え?」 ウイッチは目の前の人物とその人物から発された言葉が結び付かずに一瞬固まってしまいました。 「あ、ありますわねぇ」 そう答えるのがやっとです。 「ほ、ほれ薬がご入り用ですの?それでしたら今ちょうど切らしていて…」 「違うんです」 ウイッチが説明をはじめようとすると、慌ててセリリは割り込みました。 「ほれ薬じゃなくってぇ…」 そこまで言って、また言いよどみます。 「なんですの」 「あのぉ」 ぐずぐずとためらう姿に、なんだかいらいらしてきました。 「はっきりと言いなさいな」 そう言われると、びくりとしてセリリは反射的に言いました。 「ほれ薬じゃなくって、お友達を作る薬はないんですか」 …なんだか頭ががんがん鳴っています。ある意味衝撃的なことを聞いたようで、またセリリが言うには当たり前過ぎることを言われて、ちょっと平静が保てません。 「お、お友達を作る薬ですの?」 「は、はい」 セリリはなんだか必死の表情です。 「ほ、ほれ薬って人に好きになってもらうためのお薬でしょう。だったら、お友達になれる薬があっても変じゃないですよね。だって恋人になるより、お友達になるほうが簡単ですよね?」 同意を求めるセリリの様子にウイッチは内心ため息をつきます。「いつもいつもこのうろこさかなびとは…」と。 そして投げ出すように言いました。 「聞いたこともありませんわぁ」 「でもっ、でもっ」 「あなたのおっしゃるとおり、お友達をつくる方が簡単ですもの」 ウイッチは畳み掛けるように言いました。 セリリの顔は、落胆とも希望とも取れる微妙な表情に変わります。ウイッチの言葉をどう受けとっていいのかわからないのです。 「そもそも生き物は恋するものですわ。相手が異性の場合、それぞれをひきつけるフェロモンのようなものをほれ薬の素として付加すればいいものですけれど、お友達を作るという意味で薬を作るとなると、どうしたらいいものか…」 ウイッチは言いながら考え込んでしまいました。 ほれ薬を作ることより、それよりもどんな難しい薬を作るよりもお友達を作るのは、とてもとても難しいことなんじゃないかと思いついてしまったのです。 好きになったり恋をしたりは、生き物としての本能によるところも多いと言えるのでしょうけれど、それ以外で惹き合う要素って何なのでしょう。趣味が合うとか気が合うとかいう事が大きいのでしょうけれど、それでは気が合うということの根本的なものは何なのでしょうか。 考えれば考えるほどわからなくなるのです。
「あのぉう…」 気弱な呼び声が、考え込んでしまったウイッチを現実の世界に引き戻しました。 「ああ、そうですわねぇ」 ウイッチはいま接客中でお客さんはセリリなのです。 セリリの注文にどう答えようか、それとも答えまいかと考えているとき。 「他にもお客さまがいらしているんですけれど…」 セリリの気弱な声が再び響きます。続けて、 「貴様は、こんなにも長い時間客を待たせて商売する気があるんだか、ないんだか」 「うるさいですわねぇ」 売り言葉に買い言葉。つい反射的に言葉が飛び出してしまいました。まぁ、それほどに慣れた客だと言うことです。 「うるさいはなかろう。客に向かって」 冷たく言い返されてしまいます。 「店に入ってきたら、貴様は考え込んでいるし、こいつはこいつでおまえの様子を見ながら固まっているしで、かなり不思議な状態だったぞ」 「ああら、それは失礼いたしましたわ。それよりも、今日は何がご入り用ですの」 ウイッチがさっさと切り返したので、お客はちょっと戸惑った様子を見せました。 「俺よりもこいつが先客だろう」 意外に律儀です。話を振られた形になり、セリリが二人を見比べます。そして、後から入ってきた客に言いました。 「あのう私、なんだか難しい注文をしてしまったみたいなので、お先にどうぞ」 セリリの申し出に相手は目をぱちくりさせました。 「難しい注文?」 「はい…」 「俺より難しい注文をする奴がいるのか」 ウイッチに問い掛けます。 「ある意味難しいですわねぇ」 流石にずばりと「お友達を作る薬の注文」とは言いきれず、ウイッチはぼかして答えました。 「どんな」 「あのう…」 セリリはためらいます。 「あのう…」 と再びためらいの言葉をつぶやいたとき、相手の問い掛ける視線の力に負けて言いました。 「お友達を作るお薬が欲しいんです。でも、難しいらしくって」 「難しいと言うより、聞いたことも考えたこともない薬ですわぁ」とウイッチは言ってしまいたかったのですが、それは我慢しました。セリリは極端なマイナス思考なので、下手につつくと落ち込んでしまって大変なことになるからです。 「ふ、ん。…こいつが作ろうって言わないんじゃあ、本当に作れないんだな」 ウイッチに対するフォローではあるのでしょうが、「おまえにもできないことがあるんだ」と冷たく揶揄する声です。 ウイッチはちょっとカチンときます。でもウイッチが言い返そうとするその間にお客はセリリに向かって話し掛けていました。 「薬にたよるよりも友達なら、アルルのところにでも行って見ればいい」 「え」 「お茶会を開くだの、ピクニックに行くだの何だのと騒いでいたぞ」 「はあ」と、セリリはよくわかっていない顔をしました。 「この天気でピクニックですの?」とウイッチは胸の内で突っ込みます。そして、自分でさらに突っ込みを入れていました。「でも、アルルたちのピクニックなら、どこぞの迷宮探索という可能性も大ですわね」と。 その間。 考えていた様子のセリリは小さな声でつぶやきました。 「でも、私が行くと迷惑にならないでしょうか」 「どうして迷惑になる?あいつらは人数が多い方が楽しいと言うようなやつらだぞ。ま、行ってみてだめだったら、今度こそこいつに薬を作ってもらえばいいだろう」 ウイッチはその発言に半分くらい困った気分を味わいました。薬よりも何よりもまずは忌憚のない人物のところに行かせようと言うのです。でも、アルルがセリリを受け入れてくれなかったときのことを考えるとぞっとしました。あのアルルがセリリを撥ね退けるということは考えにくいものですが…。でも、もしそういう事が起こると本当に薬を作ることになってしまいます。 ま、それはそれで面白いことができるかもと、ウイッチのいたずら心はささやきました。 「それもそうですね…」 しばらく考えていた様子のセリリはうなずきます。そして、「お邪魔しました」と言ってお店を出て行きました。
後に残ったのはウイッチともう一人のお客さん。 「変態魔導師もあの子にはやさしいんですのね」 嫌味をたっぷりこめてウイッチは言いました。 「またしても変態変態と」 言われた方は吐き捨てるように言います。 「貴様、あいつに泣き喚かれたかったのか」 変態魔導師…、と呼ばれたシェゾは言いました。 「あらあら、それはありがとうですわ」 無論助け舟を出されていたことに気づかないウイッチではありません。お礼は言っておきます。 ですが、 「友達友達と、あいつはどんな人間関係を友達だと思っているんだろうな」 …お礼への返事はありません。 「友達にもいろんな付き合い方があるとは思うが、…あいつを友達だと思っている連中はあいつがここで言いだした事を聞いたらどう思うだろうな」 「どうも思いませんわ。口癖ですもの」 ひとり考えにふけり出したシェゾにウイッチが答えます。 「みんなあの子が自分に自信を持っていないだけだってわかっていますもの」 ウイッチの答えにシェゾは意義ありげに視線を向けます。 それを制するようにウイッチは続けます。 「友達がいない、友達が欲しいと憐れを誘うように言って回るのはあの子が自分に自信がないからですわ。自分に自信がないから傍に誰かいてもいてくれることも認められないのですわ。あの言葉と態度はあの子が自分の回りにあると思い込んでいる恐ろしい世界から自分を守るための鎧ですの。その鎧で、あの子は自分を守っているのですのよ。あの子が自分で鎧を脱ぐ決意をしない限り、はずすことはできませんの。他人が鎧をはずしてやることなんてできませんのよ」 「…あいつにかかわるすべての奴らがそのことに気づいているのかな」 試すような視線でシェゾは言います。 転じてウイッチは、とぼけたように答えます。 「さぁ、人それぞれに感受性や考え方にレベルや違いがありますからねぇ。みんながそのことを知ったうえで彼女の望むような行動をとる必要があるわけではありませんし。…まあ、少なくともすけとうだらはセリリの振る舞いに振り回されてはいますわねぇ」 そして、けらけらと笑いました。 シェゾは視線をそらして、それでも笑ったようには見えました。 「友達のいない変態魔導師に心配されるようでは、あの子がかわいそうですわねぇ」 シェゾがムスッとして振り返ります。 「いれば良いというものではない」 その様子を見て、ウイッチはまた笑います。 「あら、やっぱり気にしていたんですのね。私は『変態魔導師』に反応するかと思っていましたのに」 「…」 シェゾはむっとしたまま黙り込みます。 「ところで、シェゾは何がご入り用ですの。たいがいの薬は手に入りますわよ」 雑談も終わり、これからはビジネスです。 さて、闇の魔導師の注文が簡単に手に入るようなものならよいのですが。
もうすぐ雨の季節が終わります。 ウイッチのお店にはいろんな薬がありますが、お友達を作る薬はまだ置いてないようです。
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