昨日は、不思議な一日だったわ。
昨日は部分日蝕で、日蝕の日には神殿を守る結界が緩んでしまう。だから神殿にこもっていたら、ドラゴンさんが泣きながら戻ってきたの。誰かにいじめられたみたい。慌てて正門に出てみたら、見た事もない人たちが四人もそこにいたわ。神殿の奥に隠された秘宝を盗みに来たのね! 私はそう思って、その人たちに立ち向かったの。本当はとっても恐かったんだけど、私だってこの神殿を守る巫女だもの!(まだ見習いだけど……)
負けちゃったんだけど、その人……アルルさんは言ったの。ボクは盗みになんか来たんじゃない、カーくんを捜しているんだ、って。落ち着いて見たら、アルルさんは悪い人には見えなかったわ。トリポポスの木の実みたいなきれいな金茶色の目をしているの。だから私、アルルさんのお手伝いをしてあげることに決めたのよ。
アルルさんには三人の仲間がいて、私たちは協力して「カーくん」を捜したの。考えてみれば、私はほとんど神殿の近くから離れた事がなかったんだわ。危ない事やどきどきする事も多かったけど、みんなと一緒に冒険できてとても楽しかった。
それで今日、私はまた神殿に行ったの。
昨日はとても疲れていて、帰るなり寝ちゃったんだけど、おばあさまに「神殿の見回りはちゃんとしたのかい」って言われていたのよね。ちょっと面倒だったけど、このままじゃまたお説教をされちゃうし。
神殿に入って、私は目を疑ったわ。だって、秘宝がなくなっていたんだもの! 一体どうしてかしら。昨日は確かに……どうだったかしら? そうだわ。そう言えば、昨日ここにきたら泥棒が入っていたんだった! アルルさんたちと協力して倒したから、そのまま安心していたんだけど……考えてみたら、ああーっ、泥棒はそのままここに残っていたんだわ! なんてことかしら。私のバカバカっ。
とにかく、秘宝を取り戻さなくちゃ。おばあさまに確実にカミナリを落とされちゃうわ!
泥棒は、背の高い男の人だったわ。泥棒らしく全身黒づくめなの。名前は……えーと……そう、「ヘンタイ」! アルルさんは確かにそう呼んでいたわよね。
私は、ドラゴンさんと一緒にヘンタイを捜して出発したの。一体どこにいるのかしら……?
「オイッス!」
しばらくしたら、突然上から声をかけられたわ。見上げたら、ウィッチさんがほうきに乗って降りてくるところ。
いいなぁ……私も空が飛べたら、いつかドラゴンさんが飛んであの天空都市に帰る時、一緒に付いていけるのに。
いけない、こんな事を考えている場合じゃないわね。私はウィッチさんに事情を説明したの。
「そうですの。じゃあ、わたくしが特別に占ってさしあげてもよろしいですわよ」
ウィッチさんはそう言ってくれたわ。ただし、と条件付けをして。
「わたくし、幻の秘薬「ドラゴンの鼻水」がどーしても欲しいんですの! ドラゴンの尻尾も……と言いたいところですけど、まあ、それはまたいつかにさせていただきますわ」
かわいそうに、ドラゴンさんはすっかり怯えちゃった。でも、鼻水ぐらいならいいわよね。
「オーッホッホッホ! ついに手に入れましたわよ、「ドラゴンの鼻水」! これであの薬も、おまけにこーんな薬だって調合し放題ですわ〜!」
鼻水を試験管に採って、ウィッチさんは大喜び。……い、一体、どんな薬を調合するつもりなのかしら……。
水晶球を取り出して、ウィッチさんは占ってくれたわ。
「あなたの捜しているものは……西、ところにより北西。午後から東の確率 60%ですわ」
「な、なんなのそれ」
真面目に占ってよ、という顔をしたら、ウィッチさんは不機嫌そうにこう言ったの。
「あら、あいつは置き物じゃありませんのよ。あいつが今日一日でどこをうろつきまわるかなんて、そうそう捕捉できませんわ」
とりあえず、私は西に向かったの。
そこは、頭の上に水があったりする、不思議な場所だったわ。
「あ……あの……チコさん?」
声をかけてきたのはうろこさかなびとのセリリさん。
「こんにちは、セリリさん」
「こ、こんにちは。嬉しいわ。早速遊びに来てくれたんですね」
「え? いいえ、今日は遊びに来たんじゃないわ。あの……」
「えっ……遊びに来てくれたんじゃないんですか?」
セリリさんはとたんに目をうるうると潤ませたわ。
「それじゃ、あなたも私の体を狙って来たのね。ひどいわ、お友達だと思っていたのに」
そう言って泣き出したの。
「ふぃーっしゅ! セリリちゃんを泣かす奴はどいつだぁっ!」
その時、どこからか大きな赤い魚の魔物が走ってきたの。そう、魚なのに人間の手足が生えているのよ。
「お前かっ」
魚の魔物は私を睨み付けたわ。こ、恐い……顔が。
よく分からないけど、誤解を解かなきゃ。私は事情を説明したの。
「むっ、お前、セリリちゃんの前ではあのヘンタイの話はするなぁっ」
でも駄目。みなまで話を聞くこともなく、私は魚の魔物に追い出されちゃった。
「あれ? チコじゃない。昨日はありがとう。今日はこんなところでどうしたの?」
それから、道でばったりアルルさんに会ったの。
「アイツぅ〜っ、また性懲りもなく! またばたんきゅ〜させられなきゃ分かんないのかな」
事情を話すと、アルルさんはとても怒ってくれたわ。そして言ったの。
「よしっ、ボクも一緒に行くよ。そして今度こそギタンギタンにしてやるんだからっ」
「アルルさんって、本当にあの人の事が嫌いなのね……」
あんまりアルルさんが怒っているから、私は思わずそう言ったの。そうしたら、
「うん」
アルルさんはすごくあっさりとそう答えたわ。アルルさんと「ヘンタイ」ってすごく仲が悪いのね。
そうこうしているうちに午後になっちゃった。ウィッチさんの占いに従って、私たちは東に向かったの。
「あっれー、アルルじゃない。……と、あんたは確か……チコだっけ」
「やあ、ドラコ」
沸き立った池 (つまり温泉よね。入るには熱すぎるみたいだけど)や煮立った泥があって、とっても暑いところでドラコさんに会ったの。
こういう場所は、近くに火山があるのよね。おばあさまに教わったから知っているわ。
「二人そろってどうしたのよ。またカーバンクルでもいなくなったの?」
「違うよ。第一、カーくんはボクの肩に乗ってるじゃないか。あのね……」
「はっ……! 美少女コンテストね!」
「ハァ?」
「誤魔化しても駄目よっ! 昨日はダミーだったのね。今日が本番なんでしょうっ。このアタシをだまそうったってそうはいかないんだからね」
「もう、ドラコってば何言ってるんだよ〜。違うってば。あのさ、今日はチコが……」
ドラコさんはキッとした眼差しで私を見たわ。
「あんたね! ……ふーん、確かに少しは可愛いみたいだけど……このアタシにはかなわないよっ」
「え? な、なんのこと?」
「カマトトぶっちゃって、それも審査で高得点をとるためのテってこと? やるわね。でも、あんたになんて負けないからねっ!」
……私たちがドラコさんの誤解を解いて事情を説明するのに、随分時間がかかっちゃった……。
「ふーん……泥棒なんて、あのヘンタイも救いようがないわね」
事情を聞いてドラコさんはそう言ったの。
「まーヘンタイだからね。アルルのお尻を追っかけまわしてるだけならともかく、もうおしまいって感じよね。こないだなんてなんか独りごと言ってたしー。見た目だけなら結構イイんだけどさぁ。大体……」
「ちょっとドラコ、いい加減にしてよ。アイツの居場所、知らないの?」
「知ってるわけないでしょ」
なんだか、とっても疲れちゃったわ……。
「……全く、ドラコもあそこまで言う事ないじゃない。そりゃ確かにあいつはヘンタイだけど、ああ見えてごくたまにはほんの少しだけいいところもあっちゃったりなんかするかもしれないなんて思う事もマグレ的にはなきにしもあらずなんだからっ」
先へ進みながら、急にアルルさんはそう言ったの。ちょっと怒っているみたい。
自分だって同じような事を言っていたのに、アルルさんって少しおかしいよね。
そして、次に着いたところは、なんだかとっても見覚えのあるところだったわ。
なんだ、ここは最初に出発した神殿の丘じゃない。いつのまにか戻ってきちゃったんだわ。
どうしよう……。
「ぐー!」
その時、アルルさんの肩に乗っている「カーくん」が鳴いたの。その小さな手で指している方を見たら……あぁ――っ!
捜していた「ヘンタイ」が、そこにいるじゃない!
なんてこと。ええと……こういうのを「トウダイモトクラシ」って言うのよね。
ヘンタイは、崩れかけた神殿の柱の一つに背をもたれて、どうやら眠っているようだったわ。泥棒のくせに、なんて図々しいのかしら。
「やい、シェゾ! キミって奴はどこまでせこい真似をすれば気がすむんだっ」
そう言うと、アルルさんはいきなりばよえ〜んを唱えたの。相変らず、す、すごい威力だわ……。大量に出現したぷよに押しつぶされて、「ヘンタイ」は目を回した……わけではなく、逆に目を覚ましたわ。
「なっ、なんだ!? ……アルル? いきなり何しやがるっ!」
「うるさいっ。今度という今度は勘弁しないぞ。さあ、盗んだ秘宝を返すんだっ」
「お前が勘弁なんてした事あったか? ……って、一体何のハナシだっ」
「この期に及んでとぼけるなっ。この神殿に守られていた秘宝だよ。チコが困ってるじゃないか!」
「はぁ?」
「ヘンタイ」……あれ? 今、アルルさんは「シェゾ」って呼んでたかしら? まぁいいわ。「ヘンタイ」が私を見たので、私はちょっと身をすくめた。
「俺は知らんっ」
「誤魔化すなっ」
「知るかっ。入ってみたはいいが、何もありゃしねぇ。シケた遺跡だったぜ!」
「嘘までつく気!?」
二人は言い合いながらぷよを落とし始めたわ。ぷよぷよ地獄の腕には私もちょっと自信があるんだけれど、この二人のぷよさばきもなかなかのもの。昨日も思ったけれど、世界には強い人は沢山いるのよね。
「ええい、ちんたらぷよなんぞ落としていられるかっ。アルル、真剣勝負だ!」
「望むところだよ!」
とうとう二人は本物の決闘を始めちゃったわ。す、すっごい威力。神殿が……。
「やめて! 神殿が壊れちゃうわ」
私は叫んだけれど、二人はちっともやめてくれない。……よ、よーし。私だって、すごい魔法が使えるんだからっ。
私は大きな宝玉の付いた杖をかまえて目を閉じたわ。精神を集中して……。この魔法は、ついこの間おばあさまに教えてもらったばかりなのよ。とても難しくて、使えるようになるまでにすごく時間がかかったんだからね。
「ガイアキューブ!」
杖を差し上げて叫ぶと、その先の宝玉がまばゆく光を放ったわ。その光が辺りを照らすと、とたんに地面が波打ち始めたの。始めはゆっくり、だんだん大きく。
「うわっ」「な、何ぃ?」
ほら、二人は戦いを止めたわ。転ばないようにするので精一杯。
「グガァア」
でも、ドラゴンさんが鳴いたので私はそっちを見たの。そうしたら。ああーっ!
地面が揺れているので、その上に建っている神殿まで揺れていたの。く、くずれちゃう〜っ。
慌てて魔法を止めたけど……少し、崩れちゃったかも……。まぁ、元から崩れかけていた遺跡なんだし、分からない……よね?
「一体なんの騒ぎだい」
「おばあさま!」
なんてこと。騒ぎを聞きつけておばあさまが来ちゃった!
おばあさまはその細い目で私を睨んでこう言ったの。
「チコ! 何をやっているんだい。神殿の見回りをしておくようにって言っただろう」
「ご、ごめんなさい……」
でも、私は一生懸命やってるのよ。今だって、盗まれた秘宝を取り戻すために苦労していたんだもの。こんなこと言ったらますます叱られちゃうだろうけど……。
なんとか誤魔化して、おばあさまにばれないように秘宝を取り戻さなくっちゃ。
なのに、無情にも、おばあさまはこう言ったの。
「全く、何をしているんじゃ。さっき神殿の中に行ったら、とんでもない事になっておったぞ」
ああああ――っ、バレちゃったぁあ!!
「でも、おばあさま、私……」
「あんなにぷよを散らかしたままで。ホレ、秘宝が部屋の隅に転げていたじゃないか。なくなってしまいでもしたらどうするのじゃ!」
そう言って、おばあさまは手に持っていた黄色い大きな宝玉を見せたの。
今日は、本当に疲れた一日だったわ。
これこそまさに「ホネオリゾンノクタビレモウケ」って言うのよね。
でも、お詫びを兼ねてアルルさんを招いた夕食はとても楽しかったわ。「カーくん」の食欲には驚かされたけれど。
……もうまぶたがくっつきそうだわ。この辺で書くのはやめなくちゃ。
おやすみなさい。
その頃の闇の魔導師。
「ちょっと待て! また無視かよ? …………おーい。くぉらぁ、無視するなぁ―――っ!!」
(フェードアウト……)