みなもとの泉




 空には星。地には海。

 打ち寄せる波の音を聞きながら、今夜もボクは歩いていた。

 手には花。素足の甲に、さらさらと青白い砂が降りかかる。一歩踏みこむごとに足が半ばうずまるようになるのを蹴り上げ、蹴り上げ。

 

 ボクが目指すのは、いつもの場所。

 砂浜の果てに転がる、大きな岩のいただきだ。ひびの入った岩の間からは水が湧き出していて、小さな泉を形作っている。

 星の光を映す、その水面みなも。水はどこまでも透き通り、真冬の池のように硬質で、けれど、内部は常に揺らめいている。

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 湧き出す水によって、うごめきつづける。

 ここは、ボクの心の奥底。――ボクの、みなもとの泉。

 

 

――花は、七種類用意するの。……七輪じゃないわよ、七種類。色も七種類だとなおいいわね。

 

 誰かの声が、ふわりと通りすぎて余韻を残した。誰だったっけ? ――ラーラだったかな……ルルーかも。それとも、もっと他の誰か?

 

――真夜中よ。花を持って、三回まわって、それから、後ろ向きのままその泉に歩いて行くの。そうして、泉を覗いたら………覗いたら、見えるんですって。……え? 本当よ。だって私、見たもの。誰をって、勿論、それはね……。

 

 それが現れるのは、水のおもてなんだろうか。それとも、水底みなぞこなんだろうか。 

 現れるのは、人の顔。

 女の子が、一番知りたい相手。将来結ばれるべき、運命に定められたひとの顔。

 でも………、本当にそうなのかな、ってボクは思った。

 だって。将来結ばれる相手が運命で決まっているなんて、何だか嫌じゃない? それじゃ、何をしても結局誰と結ばれるか、予め決まってるってことだもの。

 ボクは、自分で選びたい。

 ボクが、ボクの魂をかけて………できる人を。選びたいんだ。運命じゃなく……。

 

 夜景に白く浮かび上がる岩をよじ登り。深く身を屈めて、ボクは泉を覗き込んだ。

 揺らめきつづけるみなもとの泉。そのくらい水の奥底を。

 ああ………。

 ぼんやりと、浮かび上がってくる。

 

 ――ボクには、わかっている。

 この人は、ボクの大切な人。

 

 運命で定められているんじゃない。ただ、今のボクが、心の底から好きだと思っている。彼。

 ボクが好きなだけの人だから、結ばれるかなんて分からない。むしろ、無理かもしれない、なんて思う。

 現実にはすれ違いばっかりで。

 だって、ボクにはキミが何を考えているのかわからないんだ。たとえ、キミがボクを求める言葉を言ったとしても。それは嘘かもしれない。嘘じゃないにしても、ボクが望む意味とは違うかもしれない。

 キミという存在は、ボクにはあまりに異質過ぎて。

 理解できない。だから、素直に聞けない。




 

 ――ねえ。

 

 こんな風に、毎晩夢に見るくらい、好きなのに。












 

 わずかに、辺りの色が変わった。暗い海の水平線に走る、光の筋。

 ああ……朝になる。もうすぐ、目が覚めるんだ。

 目が覚めれば、ボクはまた忘れてしまう。

 ボクが、彼をこんなに好きだってこと。夜毎に彼の影を見ては焦がれていることを。

 だって、忘れてなきゃ辛すぎるじゃないか。こんなに、ボクは好きなのに………キミはきっと、そうじゃない。戯れに声をかけてはくるけれど。

 それはとっても辛いし、なにより悔しい。

 ……ボクって、プライド高すぎるのかな。

 ううん、これもそれも全部アイツがいけない。

 無茶苦茶で、常識はずれで、強引で、そのくせあと一歩で押しが弱くて…………………。


 

 ボクをこんなに波立たせて、ぐしゃぐしゃにかき乱すから。








 

 悔しい。嬉しい。辛い。楽しい。怖い。わくわくする。遭いたくない。……逢いたい。

 

 そんな諸々の感情をひとつひとつ整理して、泉の底に沈めていく。そうして、ボクはもう一度泉を覗き込んで、水に浮かぶ彼の影にそっとくちづけた。







おわり

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