月下樹
――遠い刹那。 あるいは、一瞬のまどろみ。
大樹が立っていた。 巨大で剛健な木の幹。枝々は複雑にからみあい、天に向けて尖った指先をさし伸べる。 だが、葉群れというものを全く持たぬ故に。 煌煌とした月光の下。 白々と銀に輝くそれは、まるで巨大な白骨のようにも見えた。
大樹の根元に、彼はいた。 根に絡みつかれ、半ば幹に埋もれて。 間もなく全てを吸収され、消え去ろうとしている抜け殻のように見える。
消えませんよ。
彼は呟いた。瞑目したまま、口を開くでも顔を上げるでもなく。
あなたは私。
呟く。
「ふざけるな……。俺は俺だ!」
しかし、彼は嘲笑ったようだった。木の根に絡み付かれ、見る影もないというのに。 いや。 果たして、彼は樹の根に囚われているのだろうか? あるいは自ら根に埋もれ……血として肉として、大樹に毒を注いでいるというのか。 ――「己」という、消えない毒を。
す で に あ な た の た ま し い に は
だとすれば……。
ワ タ シ ニ ハ ワ カ リ マ ス ヨ 。
消えているのは、俺なのか?
それは、絡み付く根のような呪詛。
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