君に贈る花束
「もももー、ありがとうなのー」 カラン、とドアベルを鳴らして、少女は店を後にした。手の中には、いっぱいの品物。大事に抱えて歩き出すと、聞き知った声が彼女を呼びとめた。 「おお、アルルではないか! どうした、買い物か?」 「サタン」 緑の髪の魔王が、機嫌よさそうに笑っている。 「ちょっとね。サタンこそ、街に来るなんて珍しいじゃない。どうしたの?」 「うむ。特注のカーバンクルちゃん人形の着せ替えセットが完成したと聞いてな。いてもたってもいられず、自ら受け取りに来たと言うわけだ」 「キミも、相変わらずだねぇ……」 アルルの苦笑をどう受け取ったものか。 「ふっふっふ。アルルも、どうしてもと言うなら遊ばせてやってもいいぞ。お前にだけ特別だ」 いかにももったいぶった魔王の申し出を、アルルはそつなく辞退した。 「うーん、また今度ね。それじゃ、ボクもう行くから」 「ん……?」 身を翻しかけたアルルの、腕の中に抱えたものにようやく気づいて、サタンは目を丸くした。 黄色い小薔薇の花束と、同じ色のリボンをかけた小さな箱。――プレゼントだ。どこからどう見ても。 ……一体、誰への? 「おい、アルル。それは……?」 立ち止まって、アルルはちょっと笑った。 「ああ。……プレゼントだよ。男の人へのね」 「なに!? そいつは一体……おい、アルル!?」 今度は立ち止まらず、アルルはどこか嬉しそうな足取りで去っていく。 「ううーむ。アルルのプレゼントとは……その幸運な男は一体誰なのだ? まさか……変態魔導師では!? あの男は我が妃になにかとちょっかいをかけている不埒者だからな。しかし、ラグナス・ビシャシというセンもありうるか? いやいや、それとも学校の……」 あごに手を当て、あれこれ考え始めたサタンは、ちらりと見やった先の情景に愕然とした。去りかけていたアルルが立ち止まっていて、その前に男がいる。たった今、思い浮かべたばかりの……。 「ぅおのれシェゾ! やはり貴様かぁっ!!」 「なぁっ!?」 漆黒の翼を広げて一瞬で二人の間に割り込むと、サタンは銀髪の青年に掴みかかった。 「サタン! 邪魔する気か?」 つかみかかられた腕を振り払い、青年――シェゾはサタンをにらみつけた。 「するとも! 貴様、我が妃からプレゼントをもらおうなどと、不届き千万亀万年! 大体、男なら女にみつぐくらいの甲斐性を見せるがいい!」 「なにワケのわからんことを言ってやがる。みつぐもなにも、コイツはハナから俺のものだっ。邪魔すると言うなら、貴様だとて容赦はせんぞ!」 「ねえ……」 「ふっ。面白い。貴様ごときがこの私を倒せるかどうか、やってみるがよい」 「ねえってば」 「ハッ、ぬかせ!」 「いいかげんにしてよっ!!」 鶴の一声。ならぬ、アルルの一声。ぎょっとして、男二人は凍りついた。 「こんなところでケンカしないでよ! みんなの迷惑でしょ。ふたりともいいオトナのくせに、そんなことも考えられないの?」 「うっ……」「そ、それは……」 大の男二人、少女の声に思わず言葉を失う。今更ながらに、周囲に人が集まりかけているのに気づいたりして。 「まったく……。”お前が欲しい!”としか言わないシェゾはいつものこととして、サタンまでなんなのよ」 「いや、その……面目ない。私は、お前が誰にそれを贈るのかと、気になってな。できれば私が欲しいなーーっなんちゃったりしていやゲフン」 しどろもどろにサタンは弁解している。 「……もう。仕方ないなぁ。そんなにプレゼントが欲しいの?」 肩をすくめ、首を傾げて少し考えてから、アルルは花束の小薔薇を一本、抜き出した。 「サタンにならいいか。はい。一本だけど、これはサタンにあげる」 「なっ!? ア……アルル? 本当に……本当に私にくれるのかっ!?」 「うん」 「う……うぉおおお! おおおぉおおおぉお〜〜!!」 喜びのあまり、涙ながらに雄たけぶサタンだった。 「そ、そんなに欲しかったんだね……」 アルルはちょっと引いていた。 その視線が、ふと、その場のもう一人とぶつかる。 「シェゾも欲しいの?」 「な? お、俺は別にお前から物をもらおうなどとは……」 じたばたと慌てふためいた様子のシェゾを見ながら、アルルはまたも首を傾げて少し考え。 「……やーめた。シェゾには、これはあげられないや」 そう言った。 「う……! だ、だから、俺は最初からいらんと言っている!」 「はいはい、そうだったね。じゃ、今度こそボクは帰るから。もう邪魔しないでね。……あ、二人とも、街で暴れないでよ」 そしてアルルは立ち去った。今度は、誰も彼女を引き止めなかった。
「ただいまーっ、カーくん。お留守番おつかれさま!」 「ぐーーっ!」 家に入ったアルルは、テーブルの上に荷物を下ろした。 「ぐぐぐ?」 「こら、食べちゃダメだよ、カーくん。これは食べ物じゃないんだからね。プレゼントなんだから」 言いながら、アルルは小薔薇の花束の包装をほどいて、花瓶にさした。その前に、黄色いリボンをかけた小箱を置く。 「今年のプレゼントだよ、お父さん。――父の日、おめでとう」
そんなふうにアルルがつぶやいていた、その同じ夜空の下に。 「ふっふっふ……アルルが私にプレゼント。やはり、アルルは私のことを想っていたのだな」 なんて、一輪挿しの小薔薇の前で浮かれ踊っている魔王と、 「わからん……。俺は、サタンに劣っているのか?」 などと、珍しく鏡をにらんで悩んでいる闇の魔導師がいたりしたが。 実際、どちらが勝って負けたのか。いや、そもそも勝敗なんてものがあるコトなのか。 とりもなおさず、それぞれの夜はふけていくのだった。
02年の父の日の「毒つぼ」より。 |