熱き絆!!




「――これで全部だ」

 そう言って、シェゾは苔むした石の固まりのような小像をゴトリとテーブルに置いた。

「ふむ……」

 組んだ腕の片方を顎に当て、値踏みをしているサタンを見やる。

 ここはサタンの執務室。幾つかある彼の拠点の中でも、比較的知られた屋敷の中にあるものだ。

「目ぼしいものはないな。これでは大して出せんぞ」

「なんだと!? 貴様、俺があの遺跡を出るのにどんなに……!」

「苦労したのか?」

 サタンはフッと笑う。ぐっと詰まって、シェゾは詰め寄りかけていた身を引いた。

「大体、依頼してきたのはそっちだろうが。何が古代魔導時代の魔力が充満した、貴重な遺物が数多く眠る遺跡だ。素人に迷い込まれて厄介なことになられても面倒だから調査して遺物を浚って来い、なんて言いやがって、あったのは底意地の悪い罠ばかり。僅かに残っていたアイテムも、ろくに魔力の無いガラクタばかりときた」

 テーブルに片手のひらをバン、と叩きつける。小像やみすぼらしい箱が勢いで揺れた。

「ほう。つまみ食いをした吸いカスを持って来たという訳ではないのだな」

「しとらんわっ! ええい、こうなったらせめて相応の金を払え。持って来たアイテムの代金と約束の後金、治療費に交通費に宿賃に飲み屋のツケに賠償金!」

「お前は治癒魔法ヒーリング転移魔法テレポートも使えるだろうが。そもそも、何の賠償金だっ」

「決まっているだろうが。お前のムカつく態度に受けた精神的苦痛の迷惑代だ!」

「ぬぅううう……いじましい奴め。がめつい男は女にモテんぞ。いや、結婚できん」

「結婚できないのはお前だろうが。カノジョいない歴十万飛んで二十五年の魔王さんよ。いやはや、流石にこの俺も……いや、天地の始まりから終わりに至るまで、その記録を更新できる奴なんざいないんじゃねーのか?」

「ぐぉおおおっ! き、貴様、言ってはならんことを……!」

 牙の伸びた歯をぎちぎちと噛み締め、サタンは炎の瞳を赤々と燃やした。剣呑な空気が室内を満たし、シェゾは右手の中に魔剣を召還する。

「その生意気な口をきけんようにしてやらねばならんようだな」

「上等だ! 来やがれ、カッパ魔王!」

 二人の男が魔力を高めて身構え合った、その時。

 

 ぴろりろりん♪

 

 なんとも気の抜ける、可愛らしい音が響いた。がく、となっていささか脱力し、シェゾは胡乱げな目で辺りを見回す。

「な、何だ今の妙な音は……」

「むぅ。あの箱から聞こえたようだが」

 サタンがテーブルの上に目を向けて言った。シェゾが並べたガラクタ――もとい、古代魔導時代の貴重な魔導具の数々。その中にあった小汚い箱の蓋が細く開いている。暗い陰の中にキラッと小さな光が二つ輝いているのが見えた。あれは目玉だ。

『……いけませんなぁ〜〜』

 箱は目を僅かにすがめ、そんなことを言った。喋ることが出来るらしい。

『ケンカはいけませんよぉ〜〜。ま、ま。仲良く。仲良し〜〜でいきましょう』

「な……なんだこいつは?」

 顔を歪めたシェゾの前から、サタンが無造作に手を伸ばす。箱を掴み上げてしげしげと見つめたが、攻撃してくる様子はなかった。ひっくり返して裏を確認し、次に蓋に指をかけて全開させようとしたが、途端にカタカタと震えて『あっ、ダメ。いやん。エッチ。いたたた、やめて下さいよっ』などと妙な声をあげる。

「生命力を感じぬな。魔導人形ゴーレムの一種か」

「古代魔導時代の型か。こういうのは初めて見るぜ」

 シェゾが興味深そうな色を目に浮かべる。サタンは考え込むような顔をした。

「確か……こういう魔導具について、昔何か聞いたことがあったんだが……。むぅうううう〜〜っ……。いかん。どーも思い出せん」

「はあ……。お前の記憶も当てにはならんな。十万年も生きているロートル魔王じゃ無理もないか」

「私はまだピチピチだっ! 年中ボケている変態魔導師に言われたくはないわ!」

「誰が変態だ! お前こそ、年中アルルの尻を追い掛け回しているだけじゃねぇか、この色ボケ魔王が!」

「なぁにぃいい〜〜!? 貴様、許せん!」

 余程の逆鱗に触れたのか、サタンの瞳が再び怒りに燃え上がった。

カーバンクルちゃんの存在を無視するとは。私が年中追い回しているのはアルルだけではぬわぁあ〜〜いっ!!」

「そっちかよ! っつーか、変態はお前だぁ!!」

 再び一触即発の空気が張り詰める。

『仲良く〜〜って言ってるのに。仕方ありませんなぁ〜〜』

 テーブルの上に放り出された箱が、溜息でもつきそうな雰囲気で言った。次の瞬間。

「なにぃっ?」「うお!?」

 目を剥いて二人の男はそれぞれ驚きの声をあげる。箱の中から伸びた二本の縄が、それぞれの手首に絡みついたのだ。先には手錠のようなものが付いていて、ガチン、と音を立てて閉まる。取れない。

「くっ。何だこれは!」

「思い出したぞ!!」

 突然サタンが叫んだので、シェゾはぎょっとした顔をした。

「これは、古代魔導文明時代に使用されていたという『仲良し製造機』だ!」

「……はぁ?」

「他人と協調できない性格の者や罪人同士などを繋いで、強制的に仲良しにするための魔導具――いわば刑具の一つでな。繋がれた二人が心の底から打ち解け合い、仲良しこよしになるまでは何があろうとも決して外れる事はない」

「なにぃいいいっ!?」

 叫んで、シェゾは青ざめた。

「じゃあ何か。お前と仲良しにならん限り、こうして一緒に繋がれていなければならんのか」

「そういうことになるな……」

「くぅっ……冗談ではない! こんなことに付き合っていられるかぁ! ――闇の剣よっ!!」

 魔剣に魔力を込めると、シェゾは勢いよく己を繋ぐ縄めがけて振り下ろす。が。ガキィン、と予想以上に硬質な音がして跳ね返された。縄には切れ目一つ入っていない。

「闇の剣で斬れないだと……!?」

 少なからぬショックを受けた様子のシェゾの前で、「人にはコレの破壊は無理だ」とサタンが言った。ムッとして見返した視線の先で、彼は無造作に片手を差し上げる。

「サタンブレードッ!」

「どわぁあああ!?」

 サタンの手のひらから無尽に撃ち放たれた魔力の刃はやはり縄を切れず、それどころか跳ね返されてドガガガガ、と周囲を飛び回った。防壁魔法シールドを唱える暇もなく、シェゾは片手を繋がれたまま危うくそれらを避け切る。

「器用だな。少し見直したぞ」

「言うことはそれだけかぁあ〜〜っ!!」

 荒い呼吸と怒りに震えて詰め寄ったシェゾの後ろから、二本の縄を伸ばした箱が『ペナルティ。レベル1〜〜』と言った。

「ぎにゃああああ!!」

 バリバリバリバリと箱から縄に電撃が走る。やがてそれが収まると、膝をついた二人の男はぷすぷすと薄い煙を上げながら憮然とした顔を見合わせた。

「こ……これでは身がもたん」

「ここは協調するしかないようだな」

 決意の色が男たちの顔に浮かぶ。

「――やア、シェゾくん。キミにはいつもお世話になっているネ」

「お、おう。こっちこそ……お前にはか、感謝しているぞ。ふ、ふははは」

「ハハハハ。ボクたちは誰よりも仲良しだからネ」

「ああ。俺とお前は、な、仲良しだ!」

 鳥肌が立つのはどうにも抑えられない。それでも言い切ったが、手錠に変化はなかった。

「おい、話が違うぞ。外れんではないか」

「むぅ。恐らくは誠意が足りんのだ」

「誠意だぁ!?」

「心の底から互いを想い合い、愛情を育む。そうでなければ、この戒めが解けることはないのだろう」

「ふっ……ふざけるなぁあ!! この闇の魔導師シェゾ・ウィグィィ様が、そこまで茶番に付き合っていられるかぁ!! 俺がコスプレマニアのヘタレ魔王と仲良しになることなど、未来永劫ありえんっ!」

「それはこちらの台詞だ。いつまでも我が妃に付きまとう変態魔導師め!」

 急激に高まった魔力によって風が起こり、書類やカーテンが舞い散った。

「これ以上お前の顔など見ていられるか。サタン! こうなったらお前を倒し、腕を切り落としてでも離れてやる」

「フン。その前に私がお前を消し炭にしてやろう」

 二人はそれぞれ魔法を放ち始める。

「噛み裂け闇の牙よ! スティンシェイド!」

「甘いな。サタンクロス!」

 狭い部屋の中で閃光と轟音が続き、調度はボロボロになっていったが二人は構わずに戦い続けていた。彼らを繋いでピンと張った縄の中心でプラプラしていた箱が、おもむろに言葉を落とす。

『……ペナルティ。すっとばしてレベルMAX〜〜!』

 途端に。縄が、拘束を解かないままシューッと箱に巻き戻って行った。繋がれているシェゾとサタンは腕を取られて引き寄せられ、勢いよくぶつかる。

「ぶっ!!」

 箱が間にあるが、密着して抱き合っているかのような様相になった。

「なっ、なんっじゃこりゃあぁああ!!」

「ぐっ。くっつくな! 気持ち悪い」

「お前こそ離れやがれ!」

 身長差の関係でサタンの身体に顔を押し付けるような形になってしまったシェゾは、ちょっとばかり涙目になっている。多分、顔面が痛かったせいだけではなく。互いにジタバタと暴れていたが、そのうちシェゾが眩暈を起こしたかのようにふらついた。

「う……。何だ? 力が抜ける……」

 その時、部屋の扉がノックされる音が響いた。この屋敷の家事を取り仕切っているキキーモラの声が聞こえる。

「サタン様。宜しいですか?」

「開けるな!」

 咄嗟にサタンが怒鳴ると、扉の向こうで「はい?」と困惑する気配がした。

「いや。今は少し取り込み中なのだ。扉は開けるな。いいか、そのまま絶対に入って来るのではないぞ」

「はあ。ですがサタン様、お客様が……」

「いいから! しばらくここへは来なくていい!」

 了承の声を返して、扉の向こうの気配は遠ざかっていく。ひとまずの安堵の息をサタンは落とした。

「こんな無様な姿を見られるわけにはいかんからな……」

「同感だ……」

 ぐったりしながらシェゾが同意する。調子は悪そうだ。

「どうやら、これ以上ケンカが出来ないように魔力が吸い取られているようだな」

「じょーだんじゃねぇ!! くそ、サタン! こうなったら本気でいくぞ!」

「無論だ。私とて、いい加減この状態は耐え難い」

「よし! こーなったからには覚悟をするんだな。この俺様の愛の言葉を聞いて驚け!」

「フッ。来るがいい。しかし私とて負けはしないぞ。アルルへのらぷらぶポエムで鍛えた愛の囁き、貴様は耐え抜くことが出来るか!?」

 最初から既に色々と間違っている気がするが、彼らの胸のうちには開戦を報せる雷鳴がガラピシャ〜〜ン!! と鳴り響いていた。



 かくして過酷な戦いは始まった。それは長く熱く続き、窓から射し込む日差しがゆっくりと傾いていき、空が夕焼けで染まり。そして星が輝き始めた頃。

「はあ、はあ、はあ……」

 薄暗くなった部屋の中で、床に手をついて二人の男が肩で息をついている。汗にまみれ、見るからに疲労困憊の様相だが、彼らを繋ぐ戒めは未だ解除されてはいなかった。

「……なかなかやるな、シェゾ」

「フッ。お前こそ……な」

 だが、二人の口元には笑みが浮かんでいる。

「普段『欲しい』としか言えんお前がここまでやるとは思わなかったぞ」

「お前も、安っぽい台詞をばら撒くばかりかと思っていたが、やるじゃねぇか」

 一体どんな言葉を交し合っていたのであろうか。それはともかく、力を尽くし、共に苦難の時間を経た者同士が感じうる共感のようなものが、確かに今、この空間に満たされようとしていた。

「サタン。今までお前をアホでロリコンでカーバンクルフェチのうえにコスプレマニアなスットコ親父だと思っていたが……見直したぜ」

「私もだ。今までお前をバカで迂闊で言葉足らずの変態魔導師だと思っていたが、見る目が変わったぞ。私はお前のような男が嫌いではない。いや、むしろ好きだ!

「ああ。俺もお前が好きだぜ!!

 今まで散々その手のことを言い合っていたために、何かのリミッターが外れていたのだろうか。怖いくらいに晴れやかな笑顔でそんな言葉を交わした直後に。

 

 ぴろぴろりん♪

 

 気の抜ける音が響き、カシャン、と手首を戒めていた手錠が外れた。するするとそれを収納して、パタンと箱が閉じる。

「……と、取れた……」

「ああ。取れたな……」

 呆然と己の手首を見つめていたシェゾの顔が、ようやく喜びに輝いた。

「やった……やったぜ! サタン、これもお前のおかげだ!」

「何を言う。これは私たち二人が力を合わせたからこそではないか!」

「サタン!」

「シェゾ!」

 甲子園のマウンドで優勝を決めたバッテリーのように、二人は感激の顔で強く抱き合う。ばよえ〜んの呪文でも、これほどの感動は与えられないに違いない。

 その瞬間、音を立てて部屋の扉が開いた。

 明るい廊下に立っているのはキキーモラ。その前に並んで立つ二人の少女。ルルーと、肩にカーバンクルを乗せたアルル。

 男どもは抱き合ったまま、それを愕然と見上げている。

「い………、い〜〜〜〜やぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!

 凄まじい悲鳴をルルーがあげた。勢いのままにサタンに詰め寄って両手で襟首を掴む。

「サタン様っ! サタン様がそんな趣味をお持ちだったなんて。だからですの? だからわたくしの愛をいつまでも受け入れてくださらなかったんですわね!?」

 締め上げられつつがくがくと揺さぶられて目を回しかけながら、サタンはどうにか声を出した。

「い、いや、少し落ち着けルルー。私にはそんな趣味は全くない! 私は完全まっとう寸分の隙もなくノーマルだ。ストレートだっ。私はぁっ、女が大好きだぁああ!」

「ぐー」

 それはそれで問題がありそうな主張を叫ぶサタンを、床の上からカーバンクルがじっと見ている。

「はっ……カーバンクルちゃん! 無論、カーバンクルちゃんの事は性別など無関係に愛しているとも!」

 そもそもカーバンクルに性別はあるのかなどという疑問はともかく。

「キィー! やっぱり性別など無関係で男が好きなんですわねー! 一体女の何がいけないんですの? 力こぶならそこいらの男には負けませんわ。髭? 髭ですの? わたくしも髭をつければ愛してくださるのですか!」

「待て、やめるのだルルー! 私は髭が好きなわけではないぞ!」

 髭にまつわる修羅場が展開されようとしている一方で、シェゾはアルルの絶対零度の視線にたじろいでいた。

「……ボクは別にキミがヘンタイだろーとホモだろーと、サタンとデキちゃってよーと構いはしないんだけどね。だけどあれだけ人のこと欲しい欲しいって付け回しておかしな評判立ててくれといて、これはないんじゃないかなぁーって思うんだ」

「ま、待て。お前なんか目が据わってるぞ」

 床に座ったままじりじりと下がるシェゾの前で、アルルは不穏な笑みを浮かべている。

「ぐぐーっ」

 剣呑な空気の充満した部屋の中。鳴くカーバンクルの隣に転がっていた箱の蓋が、細く開いた。奥にキラリと二つの光が輝き、可愛らしい音が鳴り響く。

 

 ぴろりろりん♪






終わり



07/01/28 すわさき
フォームで感想を下さった方々へのお礼です。ありがとうございます。
久々のギャグですが、ベタすぎか…。

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