ぐー

「毎日あっついよね〜……」

 太陽がまた大きくなったというわけではないが、ある猛暑日の、そろそろ昼になろうかという時刻。

 じりじり焼かれるく野原に濃く落ちた、一本の木の陰に座り込んでいるのは、栗色の髪を肩で切り揃え、青いミニスカートをはいた、金無垢の瞳の少女だ。

「そう言いながら昼日中に出歩いているのが理解できんが」
「一応、日陰にはいるじゃん。それにキミだって出歩いてるんじゃないか、シェゾ。しかもそんな真っ黒なカッコで」
「……闇の魔導師と言えども、食わんことには生きていけんのだ」

 憮然として銀色の髪の青年は言った。出来れば今はこの少女とも関わりたくはなかったが、向こうが行く道の途中にいるのだから、避けるのも癪というものである。

「この辺には深夜営業の食堂なんてないもんね」
「別に俺は夜しか出歩けないわけではないぞ。……それはそうと、アルル」

 言いかけて、青年は言いづらそうに言葉を詰まらせる。

「なに?」
「その……。お前の脇にある、黄色いソレは何だ?」
「あ、これカーくん」

 笑って少女は言った。傍らにソレをうごうごさせながら。

「呑気に笑ってる場合か! 溶けてるじゃねーか!!」
「溶けてるって言うか、カーくんが自分でこういう形になってるみたいなんだよねー。ホラ、今日ってすごく暑いから」
「……不気味すぎる生物だぜ……」

 厭そうに顔を歪めて言い捨て、漆黒のマントを閃かせると、青年は大股にその場を歩き去った。いつもなら勝負の一つも仕掛けるところではあるが、今はこんなところで時間を無駄にしている場合ではない。

(うっかり、食糧品の備蓄を切らしちまってたからな)

 今朝から満たされていないままの胃袋は、それなりに存在を主張しつつあった。さっさと街に行って、食って、買い物して。それからだ。

 そう独りごちつつ、彼は歩む足を幾分速めた。






 そして太陽が山の向こうに消えた頃。

「ぜぇ、はぁ……。や、やっとメシ屋に着いた……」

 少しふらつきながら、その扉を青年は押し開けた。ふわりと鼻腔をくすぐる料理の匂い。正面のテーブルを見れば、栗色の髪の少女が黄色い生物と一緒に大盛のカレーを食べていた。

「って、なんでまたお前がいる!?」
「ボクたちだって外でご飯食べる日くらいあるわよ。もう夕ご飯時だもん」「ぐー」

 テーブルに積まれた皿の山の向こうから、少女がスプーンを持ったまま返してくる。

「シェゾこそどうしたの。まさか、ここに来るのに今までかかったとか」
「悪かったな……」
「えーっ。もう夜だよ? 何してたのさ」
「色々あったんだよ……。実に色々とな」

 疲れた顔で自嘲気味に青年は言った。
 そりゃーもう。
 ハーピーに歌われたところからスタートし、コドモドラゴンの罠にはまるわ、ぞう大魔王の八つ当たり激怒に巻き込まれるわ。道端で正座しているスケルトンTや体当たりしてくるナスグレイブやニヤニヤ笑うさそりまんやガン見してくる赤ぷよや日干しのすけとうだらを無視して進むと、干上がりかけた池でうろこさかなびとが泣いていたので、別の池に連れて行ってやろうと気の迷いの親切心を起こしたのが運の尽き。姿が怖いからと女装をさせられ、その姿で出会ったドラコに何の因果か美少女コンテストに引きずり込まれるわ、守備範囲がアレな方向に広すぎるウィッチに「ああっ、新たな萌えですわ〜♥」とにじり寄られるわ、至ってマトモに「キモイのよ!」とキレたルルーにぶん殴られるわ。どうにか着替えて先に進んだものの、ドラゴンに火を吹かれ、インキュバスの美白講座を聞かされ、レイスに「一緒に死にましょおぉおお〜〜!」としがみつかれ、パノッティに踊らされかけ、サタンにスケールが大きいんだか小さいんだか分からない因縁をつけられ、ラグナスには「勇者の仲間にならないか!」と妙な勧誘をされ。ついでにプリンプとかいう異世界に吸い込まれそうになったが辛くも脱出した。
 その他もろもろの苦難を越え、やっとここに辿り着くことが出来たのだ。ああ光り輝く目的地よ、我ついにここに来たれり。感動のエンディングというやつである。
 少し奥がツンとなった鼻をこすっていると、近付いてきた丸い店主が、のほほんとした顔で言った。

「もももー。お客さん、今日はもう閉店なのー」
「な、何いっ!? まだそんな時間ではないだろーが!」
「食材がなくなっちゃったのー。また明日来てほしいのー」
「ぐっ……」

 青年は憤りに震えながら、空の皿が山と積まれたテーブルに座る一人と一匹を睨む。と。

 ぐー。

 その音は、賑やかなはずの店内にいやによく響いた。

「……あ。はは。シェゾのお腹の音かぁ。ボクてっきり、カーくんの声かと思っちゃったよ。あはは」
「お前らのせいだろうがっ!」
「まあまあ、そんなに真っ赤にならないで。泣いちゃ駄目だよ」
「泣いとらんわ! くそっ、どいつもこいつも! 人がどれだけ苦労してここまで来たと思ってやがる」
「って言うか。キミの得意技なんだし、転移魔法テレポート使えばよかったのに」
「あ」

 少女は一口水を飲むと、肩を落としてどんよりしている青年に赤い漬物の載った小皿を差し出した。

「ふくじんづけなら、まだあるよ」
「……いらん」
「だいじょーぶ。お箸つけてないから綺麗だし」
「そういう問題ではない」
「もー。シェゾは色々気にし過ぎなんだよ。それでやることは馬鹿なんだけど」
「あのなぁ! ……っておい。そいつはまだそのままなのか」

 怒鳴って顔を上げた青年は、今まで皿の陰に隠れていた黄色いソレを見て勢いをしぼませた。

「うん。すごく気に入ってるみたいでさ。カーくんって結構凝り性なんだよねぇ」
「……お前はもう少し、物事を気にした方がいいと思うぞ」

 青年は再び、がっくりと肩を落とす。

「ぐー」

 テーブルの上の黄色いソレが、うごうごとふくじんづけを消化しつつ可愛い声で鳴いた。

カーくんは翌日には耳が長くて可愛いアレに戻っていたと思います。ええきっと。
それにしても私の書くシェゾはいつもお腹をすかせてウロウロしてますね。

多分、'08年の夏に別館の日記に書いたもの。
前半の会話部分のみだったものに加筆。090114

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