めざせ! 退治


 むかしむかし。

 大陸の片隅の辺境の田舎の山奥の僻地に、一組の若夫婦が住んでいました。

 二人はたいそう高名な魔導師でしたが、結婚してから奥さんは現役を引退し、今は新婚生活真っ盛りです。

 らぶらぶ度MAXの二人でしたが、一つだけ問題がありました。ついご近所にお姑さんが住んでいて、どういうわけか毎日息子夫婦の顔を見に来ていたからです。

「はいっ、あなた。あーん」

「あーん。……んんんっ、んまいっ! やっぱり君の作る料理は最高だな」

「いやだ、そんな本当のこと……じゃ、もう一口食べる? あーん」

 胸やけがしそうなくらい甘々な空気の中で、奥さんは決して油断してはいませんでした。何故なら、もうそろそろお姑さんが来る頃合だったからです。

「こんにちはぁ」

 案の定、扉が開きました。けれど、出迎えに出て、奥さんはすごく驚いてしまいました。

 お姑さんは小柄な老婦人なのですが、戸口につっかえるほど大きな丸いものを抱えていたのです。

 これは一体何でしょう。びっくぷよ? 違います。金色のそれは、見たこともないほど大きな黄金りんごなのでした。

「母さん、一体これどうしたんだい?」

「それがね。今日ここへ来る途中、ちょっと川辺で休んでいたら、川上から流れてきたんだよ」

 お姑さんは言いました。

「お義母さん、その時、やっぱり『どんぶらこどんぶらこ』って音がしたんですか?」

 それはとても重要なことだと思えたので、奥さんはすかさず尋ねました。

「さぁねぇ……。びっくりして、音のことなんて気にしてなかったからねぇ」

 役に立たないババァです。

「でも、これだけの黄金りんごを食べたら、一体どのくらいレベルアップするのかしら……」

「そうだね。私も、この年まで生きてきてこんな見事な黄金りんごは初めてだよ。だから、これはぜひお前に食べさせてあげようと思ってね」

 お姑さんは自分の息子――ご主人に向かって言いました。

 今、この一家で現役の魔導師として活躍しているのはご主人だけです。だからこれは当然のことなんですけれど……。

「こんな大きなりんごを一人で食べるのは無理だよ、母さん。それより、みんなで食べよう」

 ご主人はとても出来た性格の人だったので、こう言いました。

 奥さんが早速ナイフとお皿を持ってきました。そこで、りんごを切り分けようとナイフを当てた途端。

 りんごは、何故か真っ二つに割れてしまいました。

「おや。あなた、いつのまにこんな技を身につけていたんだい」

「違いますわ。りんごが勝手に……」

「……なんか、赤ん坊が入ってるけど……」

 ご主人の言う通りでした。とっても可愛い女の子です。

 みんなは、しばらく物も言えないくらいビックリしていましたが、そのうちお姑さんが言いました。

「これは、きっと子供のいないあんた達への授かりものだよ」

「はぁ?」

 なに適当なこと言ってんだこのババァ、と奥さんは思いましたが、確かに可愛いし、賢そうな子です。魔力も強そうですし。それに、りんごから生まれたなんていう非常識でよく分からないものを育ててみるなんてなんだかわくわくしないでもありません。

「名前は何にしようか」

 それに、もうご主人はその気になっているみたいでしたしね。

 

 黄金りんごから生まれたので、その子はアルルと名づけられました。

 アルルはすくすくと、賢く可愛く育ちました。

 

「お父さん、お母さん、おばあちゃん。ボク、旅に出ようと思うんだけど」

 十六歳の誕生日を目前に控えたある日、唐突にアルルは言いました。

「あら、一体どうしたの、アルル」

「うん……。やっぱり、黄金りんごから生まれたからには、何かすごくてとんでもないコトをしなくちゃいけないと思うんだ」

「そうねぇ……。そうかもしれないわね」

「それでアルル、何をするのかもう決めてるのかい?」

 今は同居しているお姑さん――おばあちゃんが言いました。

「うーん、それがまだなんだけど……鬼退治なんかどうかな、って思って。ホラ、前にお父さんが言っていたじゃない。ここから西に行った村で、そんな話があるって」

「ああ、そう言えば……。でも、アルル一人で大丈夫かな?」

 お父さんが首を傾げます。

「だぁーいじょうぶ! ボクの魔法、随分上手くなったってお父さんも言ってたじゃない」

 お父さんはちょっと心配そうでしたが、一家はアルルを送り出すことにしました。

「じゃ、行って来まーす!」

 お弁当と、おやつにぷよまんを持って、アルルは出発しました。

 

 アルルは、ぷよまんを食べながら歩いていました。

 ちょっとお行儀は悪いけど、食べながら歩くというのは楽しいものです。

「あれ? ……わあ、かわいーい!」

 アルルは目をみはりました。道端の草むらから、何かがのぞいています。黄色くて、長い耳がぴんと伸びています。

「キミ、どうしたの?」

「ぐー」

 可愛い声でそれは鳴きました。

「もしかして、コレが欲しいの?」

「ぐー!」

 アルルがぷよまんを差し出すと、黄色い生き物はたたたと草むらから駆け出してきました。長い舌をべろんと伸ばすと、ぱくりとぷよまんを食べます。

「可愛いなぁ……。ねえ、キミ、なんていう名前なの?」

「ぐー」

「ぐー? ぐーっていうの?」

「ぐぐぅ!」

「違うの。じゃあ、”うー”」

「ぐぐぅ」

「これも違うの。……”あー”」

「ぐぐぅ」

「じゃ、”かー”」

「ぐっぐー!」

「そっか、カーくんっていうんだ」

「ぐう!」

「ボク、アルルだよ。これから、西の村に鬼退治に行くところなんだ」

「ぐう?」

「だって、やっぱり黄金りんごから生まれたからには、鬼退治くらいしなくちゃね」

 その時、誰かが笑うのが聞こえました。

「聞いたぞ。お前が噂のりんごから生まれたという娘だな」

「誰?」

 忽然とアルルの目の前に現れたのは、影のような黒い服を着た男の人でした。銀色の髪に青い目をしていて、なかなかカッコイイお兄さんです。

「キミもぷよまんが欲しいの?」

「違うっ!」

 ちょっと怒ってから、お兄さんはじっとアルルを見つめました。

「……な、何よ」

 アルルはちょっとどきどきしてきました。お母さんに聞いたことがあったからです。

 つ、つまり、コレがいわゆる……。

「……お前が欲しい!」

 いきなり、核心を突いた台詞をお兄さんは言いました。

「だ、ダメだよ、も〜っ」

 アルルは言いました。

「ふっ、何と言おうがいただいていくぜ。お前は俺のものだ!」

「もうっ、ダメでしょ! お兄さん、ナンパ下手だなぁ」

「抵抗しても無駄…………は? ナンパ?」

「そんなんじゃ女の子は誰もひっかからないよ。見た目はカッコイイけど……お兄さん、実はモテないでしょ」

「……うっ」

 お兄さんはたじろぎました。図星だったのかもしれません。

「いきなり”お前が欲しい”はないでしょ。それじゃヘンタイと紙一重だよ。しょーがないなぁ。……じゃ、ボクもう行くから」

 歩き出したアルルの背中を見送って、お兄さんはハッとして追いすがりました。

「……って、ちっがーう! 俺が欲しいのは……」

「もー、しつこいなっ」

「ぐー!」

 お兄さんは言いかけたことを最後まで言えませんでした。アルルの肩に陣取っていたカーくんが、くるりと振り返ると、ビームで撃ったからです。それはカーくんの額についた赤い宝石から出ていました。

「か、カーくん! ……ビックリしたぁ。キミってすごいんだねぇ」

「ぐー」

「……死んだかな?」

 アルルは倒れて動かないお兄さんを調べました。

「生きてるみたい。……目を覚ましてまた追っかけられたら鬱陶しいし、今のうちに行っちゃおう、カーくん」

「ぐー!」

 

 アルルは先を急ぎました。

「カーくんと一緒だと、楽しいね」

「ぐう」

 そして次の日、道端でおやつを食べていると。

「やっと見つけたぞ!」

「あっ、キミは……」

 昨日のお兄さんでした。なんだか、肩で息をしています。

「昨日は油断したが、今日はそうはいかん! 今日こそお前を手に入れるっ」

「しつこいナンパだなぁ……」

「ナンパじゃねえっ」

「じゃ、やっぱりヘンタイなんだ」

「ぐー」

「違うっ! 俺が欲しいのは、お前の魔力だっ」

 殆ど血管切れそうになりながら、ヘンタイは言いました。

「黄金りんごから生まれたという非常識で人間離れしたお前の魔力を根こそぎいただき、最強の魔導師となるのだ!」

「人間離れ……。そこまで言うコトないじゃない、自分はヘンタイのくせに」

「ヘンタイヘンタイ言うなっ。俺にはシェゾという名前がある」

 シェゾは言うと、宙から魔剣を取り出して構えました。

「こうなれば力づくだ。勝負!」

「もー。どうしても勝負するの?」

「当たり前だっ」

「仕方ないなぁ。……でも、キミが勝ったらボクの魔力を奪うとして、ボクが勝ってもボクは何も得しないじゃないか」

「そんなの知るかっ。ならば、俺が負けたらお前の下僕にでもなんでもなってやる。……そんなことは万が一にも有り得ないがな!」

「ふーん……。分かったよ」

 ところで、アルルは口の中で既に呪文を唱えていました。

 先手必勝、といつもお父さんたちから聞かされていたからです。

「じゅじゅじゅ……じゅげむっ」

「んなっ!?」

 いきなり、至近距離で極大爆裂魔法を食らって、シェゾはあっさりばたんきゅ〜してしまいました。

「ちょっとやりすぎたかな……」

「ぐー」

 アルルはシェゾにヒーリングをかけてあげました。

「うう……」

 シェゾが目を覚ましました。

「気がついた?」

「……な、情けないぜ……。俺はまたこんな小娘に負けたのか……」

「昨日キミを倒したのはカーくんだけどね。……そんなに落ちこまないでよ。勝負なんて時の運だし」

「当たり前だっ! でなければこの俺がお前なんぞに負けるかっ!」

「あっ、そーいう言い方するかなぁ……ご主人様に向かって」

 アルルはすっと声の調子を変えました。

「しゅ、主人?」

「キミ、さっき言ったよね。負けたらボクの下僕になるって」

「…………う」

「ま、ちょうど鬼退治に人手が欲しいって思ってたところだし。それが済むまでにしといてあげるよ」

「ぐぬぬ……」

「返事は?」

「わ、分かった……」

「ようしっ。それじゃ、西の村にれっつごー!」

 アルルが言うと、シェゾは表情をこわばらせました。

「……ちょっと待て」

「ん?」

「お前、西の村に向かっているのか? まっすぐに?」

「そうだけど」

 シェゾはこめかみを押さえてうなだれました。

「魔力はともかく、お前には致命的な欠点がある……。方向音痴だ」

「え? ボ、ボク、道を間違ってた?」

「全く反対方向とは言わないが、このまま進んでいれば到達点は結構ずれるだろうな」

「……は、ははは。でも、今気付いたからよかったじゃない」

「……どうりで、先回りして待っていても来ないはずだぜ……」

 わりと、シェゾは努力が無駄になるタイプのようでした。

 

 さて、それから三日後のことです。

「お待ちなさい!」

 アルル(と、カーくんとシェゾですが、この際省略)の前に立ちふさがった影がありました。

 青い長い髪の、綺麗なお姉さんです。

「は? あのー、なんですか」

「あなた、あたくしと勝負なさい!」

「へ?」

 びし、と人差し指を突きつけられて、アルルは目を丸くしました。

 お姉さんは仁王立ちになって、眉をきりりと上げています。どうも冗談ではなさそうです。

「な、何なのかな、この人……」

 シェゾは面倒くさそうに言いました。

「少なくとも、お前より胸はあるな」

「何言ってんだよ、キミは!」

「とりあえず外見から判断できる客観的事実ってヤツだろ」

「外見から判断できることが胸しかないの、このヘンタイ!」

「なっ……人をヘンタイ呼ばわりするなと言っとろーが!」

「……ちょっと……」

「……そりゃ、ボクはあんなにないけどさ……。でも、同じ年の子の中じゃ大きい方だったんだから……まだ大きくなる可能性だってあるし……」

「希望的観測だな」

「なんだよー、そんな言い方……」

「ちょっと、あんたたちっ! あたくしを無視しないでちょうだいっ!!」

「は、はいっ」

 お姉さんの迫力はすごかったので、思わずアルルとシェゾは学校の生徒みたいに返事してしまいました。

「全く、どういうしつけを受けてきたのかしら。このあたくしの話を無視するなんて……無礼もいいところだわ」

 だったら、人にいきなり指を突きつけて勝負を挑むのはどうなんでしょうか。

「とにかく、そっちも二人。二対二でちょうどいいわ。――出でよ、ミノタウロス!」

「ブモー!」

 半人半牛の大男が現れました。片目に傷があって、手に斧を持っていて、怖そうなヤツです。

「な、ななな何!?」

「名乗るのが遅れたわ。あたくしの名はルルー」

 ルルーはもう一度、アルルをびしりと指差しました。

「最近、街道に出る魔物や悪党を次々倒しているという、ちんちくりんの女とはあなたね! あたくしも武者修行中の身。勝負を申しこむわ!」

「ち、ちんちくりん……」

「いい得て妙だな」

「なっ、何吹き出してるのさっ」

「だから、人を無視するなって言ってるのよっ!」

 ルルーが向かってきました。と思ったらもうアルルの目の前にいて、こぶしを繰り出してきます。

「ひゃあっ」

 思わず避けると、ルルーのこぶしは後ろにあった木を真っ二つに折ってしまいました。

「な、なぁにぃ〜?」

 アルルは、こういう戦い方をする相手と戦うのは初めてでした。

「格闘術だ」

 ミノタウロスの斧を受け流しながら、シェゾが言いました。

「格闘術? でも、それって魔力を使わずに体だけで戦うんでしょ? これって魔法じゃないの」

 ルルーの攻撃は既に回りの岩や木を破壊しまくっています。

「格闘術にはただの体術に合わせて、気を使った方法がある。……俺達は気を魔力に変換するが、連中はそれを自分の肉体や筋力の強化にのみ使う」

「だからって、このパワーは非常識だよぉ」

 しかも、それがなよやかなお姉さんから放たれているのですから、尚更です。確かにな、とシェゾは相槌を打ちました。

「となれば、俺達に出来るやり方はあれしかないだろ」

「え?」

 次の瞬間、シェゾはアルルを抱えると、そのまま逃げ出しました。

「あんた達、勝負半ばで逃げるなんてヒキョーよっ!」

「ちょ、ちょっとシェゾ?」

「いいから、お前は呪文を唱えてろ」

 ある程度離れたところで、シェゾは立ち止まって振り返りました。ルルーとミノタウロスが追ってきています。そう、格闘術は自分のパンチやキックが当たる距離にいないと、意味がないのです。

「ルアク・ウォイド」

 シェゾが防御力低下の魔法をかけました。そしてアルルも。

「――じゅげむっ」

 爆裂魔法は見事にルルーとミノタウロスを捉えました。

「ばたんきゅ〜っ」

 こうして、アルルの無敵伝説に新たな一ページが加わったのでした。

 

「こ、こんなヘチャムクレのお子ちゃまに負けるだなんて……何かの間違いだわっ。やり直しよっ! 再戦を申しこむわ!」

 目を覚ましたルルーはわめきました。

「えーと、ボク達、先を急ぐから……」

「なによ、どこへ行くって言うの?」

「西の村に行って、鬼退治するんだ」

「鬼退治ですって!? ……いいわ、分かったわ。じゃ、あたくしも手伝ってあげる」

「ええ!? ルルーが?」

「そうよ。その代わり、鬼を退治してしまったら、またあたくしと勝負よっ。今度は、一対一でね!」

 ルルーはぴしりと言いました。

「て、手伝ってくれるのは嬉しいケド……トホホ……」

「ブモー。ルルー様、私も勿論ご一緒しますっ」

 こうして、仲間(?)にルルーとミノタウロスが加わりました。

 

 アルルと三人の仲間とトモダチ一匹は、夕方に西の村に到着しました。

「なによ、鬼が出るって言うから、もっとくらぁ〜い感じかと思ったのに、そうでもないじゃない」

「そうだね……とにかく、話を聞いてみようよ」

 一行は村長の家を訪ねました。

「ええ。確かに鬼は出ます。そして決まった日ごとに、娘を一人、イケニエに要求するのです」

 村長は言いました。

「やっぱり、噂は本当だったんだね」

「イケニエだなんて……それで、頭からばりばり食べちゃうのね! 許せないわっ」

 ところが、村長は慌てて首を振りました。

「とんでもない! みんな、翌日には無事返されます」

「じゃ、人には言えないあーんなコトやこーんなコトをされるというんだな」

「違いますっ!」

 がしゃりとお茶ののったお盆を置いたのは、村長の娘さんです。

「私もイケニエになったことがありますけど、そーいうことはありませんっ。……ただ、怖かったのは確かだったわ。……クイズとか、コンテストとか、迷路とか……なんだか、意味が分からなくて」

「はぁ……」

「まぁ、退治したいと言うのなら止めませんけどね。確かに、ちょっと鬱陶しいし……」

「今晩のイケニエ役の子、今日はデートなのにって怒ってたから、ちょうどよかったんじゃない、お父さん」

「…………」

 なんだかイメージと違って釈然としませんでしたが、これが現実ってものかもしれません。

 

 真夜中になり、月が中天に上がった頃、鬼はやってきました。

 ばさばさと羽音が響きます。丸い月の光の中に、長い二本の角を持った影が浮かびました。まっすぐに、イケニエのいるやぐらに向かってきます。

「ふふふ、待たせたな、娘よ。さあ、それでは行こうか」

 鬼は上機嫌に言いましたが、うずくまっていた娘が突然飛びかかってきたので流石に驚きました。

「おーっほっほっほ! このあたくしをそう簡単に連れていけるなんて思わないことね。こう見えてもナンパ男を振ること五万六千九百五十六回よっ」

「すごーい、ルルー。ボクなんか、まだ一回しか……」

「だから、俺のはナンパではないっ!」

「ルルー様、ご無事ですかぁ」

 ぞろぞろと現れた連中を見て、鬼はぽかんとしてしまいました。いつもとはまるで様子が違います。

「ふ……しかし、なかなか面白いかもしれんな」

 そう言うと、鬼は締め上げていたルル―の腕をあっさりほどいて、天空に舞い上がりました。

「私の名はサタン。鬼ヶ島の王だ」

「鬼ヶ島? って、鬼の本拠地だという?」

「そうだ。私も十万二十五歳。そろそろ身を固める気になってな。花嫁を探していたのだが……。今夜はお前達の相手をしてやるぞ」

「花嫁探しだかなんだかしらないケド、みんなが迷惑することしちゃダメなんだよっ……ファイヤー!」

 アルルは火の魔法を放ちましたが、サタンはあっさりそれを弾いてしまいました。

「効かんな」

「じゃ、これならどう? ……雷神脚っ」

 やぐらからジャンプし、ルルーが蹴りを放ちました。ところが、サタンはそれをあっさり受けとめました。

「なっ!? あたくしの雷神脚を? ……きゃああっ」

 思いがけず受けとめられ、ルルーはバランスを崩しました。なにしろルルーには翼はないのです。

「ルルー様っ」

 ミノタウロスが走ります。けれど、落ちていくルルーをふわりと受けとめたのは、翼を持つサタンでした。

「お前の蹴り、なかなかだ。だが、まだまだだな」

 笑ってそう言うと、地面にルルーを置いて再び舞い上がりました。

「……あ」

 ルルーはなんだかぼんやりとそれを見送っています。

「ルルー様、ご無事ですかっ。……ルルー様?」

 一方、アルルとシェゾの魔法も、ほとんどサタンにダメージを与えられませんでした。

「ダメだ、全然効かないよぉ……」

「だが全くというわけじゃない。……攻撃しつづけるしかないだろ。それとも、逃げるか?」

「それはやだよっ」

「じゃあ、音を上げるな。……例によって極大魔法でも食らわせてやればいいだろっ」

 言いながら、シェゾが魔剣を振るいます。

「今だ!」

 頷いて、アルルは魔法を放ちました。

「じゅじゅじゅ……じゅげむっ」

 ところが。それすらもサタンは受けとめてしまったのです。

「そ、そんな……」

 にやりと笑うと、サタンはすっとアルルの前に舞い降りてきました。

「ほう、なかなかやるな。これほどの魔法を使うとは……。ふむ。まだ子供だが、磨けば光りそうではあるな」

 アルルの顎に手をかけ、顔を上向かせて覗き込むと、そう言います。

「ちょっ……なにすんだよっ」

「ふふふ……恐れることはない。私と結婚すればお前は生涯三食昼寝付きだ」

「そんなのいらないよ」

「では、おやつもつけよう」

 剣に手をかけていたシェゾが、息をついて言いました。

「……やれやれ。鬼の王はロリコンか。世も末だな」

「ボクはもう十六歳だよ、子供じゃないよっ。……って、そうじゃなくてっ。とにかく、放してよ。ボクはお父さんみたいな立派な魔導師になりたいし、結婚なんてまだ早いんだってば!」

「私は、女性の社会への進出には理解があるぞ。共働きもOKだ。炊事洗濯は召使にやらせるし」

「いい話じゃねぇか。お前みたいな色気ゼロの女には今後二度とない話かもしれないぞ」

「もー! シェゾは黙っててよ!」

 その時、アルルの背中からひょっこりと、カーくんが顔を出しました。

「ぐー☆」

「うぉおうっ、カーバンクルちゃんっ」

 途端に、サタンの態度が一変しました。

「カーバンクルちゃん、どこに行っていたんだい。随分探したんだよぉお。心配したんだからねっ」

「ぐぐー」

「なに、お腹をすかせていたら、この娘がぷよまんをくれて優しくしてくれたんだって? ううーむ、なんたる親切な……カーバンクルちゃんをこんなに大事にしてくれるとは。……決めたぞ、やはり私の妃はお前……」

 ちなみに、サタンがこんなことを言っている間にアルルはさっさとサタンの腕を抜け出して、シェゾと一緒に背後に回っていましたが、サタンは全然気づいていませんでした。

「せーの!」

 どげん。

「きゅ〜っ☆」

 声を合わせたふたりにどつかれて、サタンは目を回してしまいました。

 

「いやぁ、まさか本当に鬼を退治してしまうとは……驚いたねぇ」

 朝になって、集まった村人の中で村長さんが言いました。

「一応、縛ってあるだけなんですケド……」

「充分ですよ。それでお礼なんだが、ウチの村にはこんなものしかなくてねぇ」

 村人が荷車いっぱいに積んで引いてきたのは、甘納豆でした。

「甘納豆はウチの村の特産品なんですよ」

「わぁ、ありがとう!」

 その時、急に騒ぎが起こりました。

「村長様、鬼が逃げましたぁ!」

「ははははは、あんないましめで私を捕らえておこうなど、愚かだな」

 サタンが宙を飛んで現れました。

「アレから抜け出すとは……流石に鬼の王は非常識だな」

 と、シェゾ。一体どういう捕まえ方をしていたのでしょうか。

「サタン……まだ村のみんなに迷惑をかけるつもり?」

「いや。もうあんなことはしない」

 サタンはきっぱりと言いました。

「何故なら、私の花嫁はお前に決まったからだ、アルル!」

「げー……。……どーしてボクの名前を」

「それは愛の力だっ」

 何だかよく分からないことをサタンは言いました。

「あのさぁ。昨日も言ったけど、ボクはキミと結婚する気なんてないからね」

「私はどんな障害でも乗り越えてみせるっ」

 きりっとした顔で、サタンはそんなことを言ってきます。

「サタン様っ」

 その時、誰かがサタンを呼びました。何故だか、サタンがぎくりとした表情になりました。

「ル、ルルー……」

「サタン様……ひどいですわ。逃がしてあげたら、あたくしと結婚するって約束して下さったのに」

「いや、あの、それはだな……その、カーバンクルちゃんのこともあるし……」

「サタン様っ」

 言ってルルーがどついた大木は、そこからめきめきと折れてしまいました。

「…………あっ! わ、私は今、急用を思いついたっ! では、そういうことで」

 ばさばさばさ……。

 言うが早いか、サタンは飛んでいきます。

「お待ちになって、サタン様ーっ!」

「ルルー様、待ってくださーいっ」

 あっという間に、ルルーとミノタウロスもいなくなってしまいました。

 

「……なんだかよく分からなかったケド……とりあえずサタンはもうイケニエは取らないみたいだし,ルルーと勝負もしなくてよくなったし、ま、いっか」

 アルルは言いました。

「じゃ、帰ろっか、カーくん」

「ぐー」

「そう言えば、カーくんって本当はカーバンクルっていうんだね」

「ぐっぐー」

「え? カーくんのままでいい? うん、そうだね」

「おい、ちょっと待て!」

 呼びとめたのはシェゾでした。

「何? 鬼退治は一応終わったし、もう行っていいよ」

「冗談ぬかすな。これで終わられてたまるか」

 シェゾは魔剣を抜いて言いました。

「俺はまだ諦めたわけではないのだ!」

「うーん……仕方がないなぁ」

 アルルは言いました。

「そんなにボクの下僕のままでいたいんなら、しょうがないや。ウチまで連れて行ってあげるよ」

「……は?」

「じゃ、行こう」

「ぐー!」

「いや、ちょっと待てっ……俺が言っているのはだな、そういうコトではなくて……」

「シェゾ、荷車引いてね」

 いつのまにかシェゾの首には犬につけるみたいな首輪がついています。首輪についた紐は、しっかりアルルの手に握られていました。

 

 こうして、アルルは見事鬼を退治し、荷車一杯の甘納豆とトモダチ一匹と、ついでに下僕一人を連れ帰って、故郷に錦を飾りましたとさ。

 

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