ピカピカの宝石
アルルは、お星さまを見ながら考えていました。 (なんとかして、お母さんを元気にする方法はないかなぁ……) お仕事から帰るはずのお父さんの代わりに、お役所の”つうちしょ”が届いて三ヶ月。お母さんはずっと元気がありません。いつもニコニコ笑っているけれど、なんだか悲しそうに見えるのです。
魔導幼稚園でみんなにきいてみると、ちあきくんが言いました。 「だったら、花をプレゼントするといいよ。ボクの兄ちゃんが言っていたけど、女は花が大好きなんだ。花束をあげれば”イチコロ”なんだって」 「お花かぁ……」 お花なら、アルルの家には沢山あります。みんな、お母さんが育てた花です。 すると、チカちゃんが言いました。 「バカね。お花もいいけど、プレゼントするなら断然 宝石よ。このあいだパパがママに大きなピカピカする宝石のついた指輪をプレゼントしたの。ママったら『こんな高いものを買って』ってパパを叱ってたけど、それから毎日、指輪を指にはめたり外したりして、いつも眺めて、すっごく嬉しそうにしてるのよ」 「へぇー」 (ようし、決めたっ) アルルは、お母さんに”ピカピカ光る”宝石をあげることにしました。
「ダメだねぇ。悪いけれど、これだけじゃ宝石を売ってあげることは出来ないよ」 アルルは貯金箱を持って宝石屋さんに行きましたけれど、お店のおじさんは申し訳なさそうに首を振りました。 確かに、”ピカピカ光る”大きな宝石は、値段の札に0がたくさんたくさん付いていて、いったい いくらなのかアルルには数えることも出来ないくらいです。 沢山おこづかいを貯めたから、なんでも買えると思っていたのに……。 行きがけには誇らしかった”ももも貯金箱”のずっしりした重みが、今は辛く感じられます。 がっかりして、アルルはくさむらに座り込みました。
「……あれ? なんだろう」 草の中で、何かが光っています。草をかきわけて覗きこんで、アルルは目を輝かせました。 「あっ! おっきな宝石だぁ」 まるで、熟した野いちごみたいに綺麗な宝石が、草のざぶとんの上でキラキラ光っていました。 「わーい! ピカピカの宝石ひ〜ろった」 ところが、拾おうと伸ばした手の先に、小さな黒い影がとびこんできました。 「待て! それはワシの宝石だケロ」 それはカエルでした。ちっちゃいのに、一人前に金色の小さな王冠をかぶっています。緑の大きな目で、キッとアルルを見上げていました。 「えっ。これは、キミの宝石なの?」 「そうだケロ。人のものを盗もうとは、さてはお嬢ちゃんはドロボウだなケロ?」 「ええ〜〜!? ぼくはドロボウじゃないよぅ。盗ったりしてないもん」 「でも、さっきすごく嬉しそうに『宝石ひ〜ろった』と言ってたケロ」 「ううっ……。だって、ちょうど宝石が欲しくて探してたから………ごめんなさい」 「まぁ、いいケロ。それより、お嬢ちゃんはどうしてそんなに宝石が欲しいケロ? なにかワケありなら話してみるケロ」 「う、うん……」 アルルは、カエルにお母さんのことを話しました。 「うう……母親を元気にするためとは、今時まれな いい話だケロ」 カエルは、ハンカチを取り出して目頭を抑えました。黄色いうさぎみたいな動物の模様が一面に入ったハンカチです。ポケットもないみたいなのに、どこから取り出したんでしょうか。 「ワシは感動したケロ。お嬢ちゃんに この宝石をプレゼントしちゃおうかなーーって気分になったケロ」 「えっ、本当? その宝石を ぼくにくれるの?」 「ちょっと待つケロ。いくら親孝行のためとはいえ、タダであげるわけにはいかないケロ」 「えぇ〜〜?」 「取引は常に公正に行われなければならないケロ。タダで人から物をもらうことを覚えては、立派な大人に、ひいては一流の魔導師にはなれないんだケロよ」 「えっ。どうして、ぼくが魔導師を目指してるって知ってるの?」 「いや、ゲフン。その魔導幼稚園の制服を見ればすぐにわかるのだケロ。あの幼稚園に通っているのは、みんな一流の魔導師を目指している、頑張りやの将来楽しみな子供達だと評判なんだケロ」 「え、えへへぇ。そう言われると照れちゃうなぁ。 ……うん、分かったよ。でも、ぼくが持ってるお金は、これで全部なんだけど……」 アルルが貯金箱を差し出そうとするのを手でとめて、カエルは言いました。 「お金はいらないケロ」 「えっ? でも……」 「ワシは、この宝石を毎日眺めるのをとっても楽しみにしてたケロ。だから、これがなくなったら眺めるものがなくなって寂しいんだケロ。そこで、この宝石の代わりになるものを探してきて欲しいんだケロ」 「この宝石の、代わりになるもの……?」 アルルは首を傾げました。こんなに大きくてきれいな宝石の代わりになるものだなんて。アルルの持っているもので、それだけのものがあったでしょうか? 「ワシは、”虹色の花”が欲しいんだケロ」 すると、カエルが言いました。 「北の山に、世にも珍しい虹色の花が咲いているケロ。それを採って来てくれたら、この宝石をお嬢ちゃんにあげちゃうケロ。 でも、北の山にはこわーい魔物がたくさん棲んでいるんだケロ。魔導がうまく扱えるなら大丈夫だろうケロが……自信がないならあきらめた方がいいケロよ?」 ごくん。アルルは つばを飲みこみました。 (こわーい魔物がたくさんいるなんて。いやだなぁ……) でも。行かなかったら、宝石はもらえません。お母さんを元気にしてあげることも出来ません。 「……ぼく、行くよっ。虹色の花をすぐにとってくるから!」 「おお! お嬢ちゃんは勇敢だケロ」 カエルはやんやと手を叩きました。 「ゆ う か ん?」 「勇気がある、ということだケロ。 じゃあ、お嬢ちゃんの勇気をたたえて、これをおまけにあげようケロ。どうしても助けが必要な時にこの笛を吹けば、ワシがすぐに助けに行ってやるケロよ」 「わぁ、ありがとう」 緑色の小さな小さな笛をカエルの手から受けとると、アルルは立ち上がりました。 「じゃあ、ぼくは行くよ。すぐに戻ってくるから、待っててね!」
北の山は、なかなか険しくて不気味な感じの山でした。 「えっ、お嬢ちゃん、北の山に行くのかい。やめておいた方がいいよ。あそこには魔物がワンサカいるんだよ」 ふもとの町のももんが特急の駅員さんが言いました。 「でも、ぼくはどうしても虹の花をとりにいかなくちゃならないんだもの。だいじょうぶ、ぼく、魔導幼稚園じゃ強いんだから!」 「ほう、お嬢ちゃんは魔導幼稚園の園児さんなんだね。じゃあ、だいじょうぶかな? でも、気をつけたほうがいいよ。虹の花を守っているのは、とっても性悪な魔導師だっていうウワサだからね」 「しょうわる?」 「意地悪だってことさ。おまけに根暗で陰険らしいよ。まぁ、気をつけてお行き」 駅員さんは、そう言ってお弁当のカレーライスとらっきょのびんづめをくれました。 「ありがとう!」
アルルは、山をえっちらおっちら登っていきました。 言われていたとおり、魔物がたくさんたくさん出てきたので、いっぱいいっぱい魔導を使ってばたんきゅーさせました。それから岩にこしかけてお弁当のカレーライスを食べて一休みして、またえっちらおっちら登りました。 しばらくすると、平らでちょっと広いところにつきました。草や木が刈ってあるので、そうなっているのです。奥に木の柵があって、中に何本かの花が咲いていました。お日様の光を反射するように、きらきらと輝いています。 「わぁ、本当に虹色の花だ」 アルルはビックリしました。こんなにきれいな花を見たのははじめてです。 「さっそく、カエルさんのところに持って帰らなくちゃ。……でも、勝手にとっていいのかなぁ」 キョロキョロと見まわしましたが、誰もいません。確か、この花を守っている人がいると聞いた気がするけれど……。 「えーと……。 ”しょうわる”な魔導師さーーん! お花を一本もらいたいんですけどぉお。いいですかー? 意地悪でネクラでインケンな魔導師さーーん!!」 辺りはシーンとしています。 「誰もいないみたい。じゃあ、一本だけ分けてもらおーーっと」 アルルが柵に駆け寄ろうとすると、目の前にごおおおっと黒い竜巻が起こりました。空間がねじれて、向こう側の景色が少し歪んで見えます。 「誰が性悪で陰険でどーしようもなく根暗な魔導師かっ!!」 おさまった竜巻の中から、マントをなびかせた真っ黒い服の男の人が出てきました。 「あっ……」 アルルは一歩後ずさりました。気のせいでしょうか。なんだか”ふつう”じゃないような、怖〜い感じがするのです。 でも……。 逃げ出したい気持ちを抑えて、アルルは男の人を見上げました。 頭から黒いフードをすっぽり被っているので、顔は鼻と口しか見えません。けれど、おひげもありませんし、しわも見えませんし、鬼のような顔ではないようです。フードの奥からは、銀色の髪の毛がひとふさ、ふたふさ垂れ下がっていて、ハゲてもいないようす。 「あの、おじさんが虹の花をまも………うひゃおぅ!?」 悲鳴を上げて、アルルは飛びのきました。男の人がものも言わずに魔法弾でアルルの足元を撃ったからです。 「なにするんだよっ!!」 「”おにいさん”だっ」 「へ?」 「オレはおじさんではない。ったく、礼儀を知らんガキが……」 「……お母さんは、おじさんとかおばさんと言われて怒るようになった時が、本当におじさんやおばさんになった時だって言っていたケド……うきゃあぁ!!」 魔法弾を連続で撃たれて、アルルは飛び跳ねました。 「危ないじゃないか、やめてよっ。おじ――おにいさん」 「よし」 おじ――おにいさんは魔法弾を撃つのをやめて手を下ろしました。 「で。お前は、オレに一体何の用なんだ?」 腕をくんでそう言ったおにいさんに向かい、アルルは言いました。 「虹の花を一本、分けてもらいたいんです」 「ダメだ」 間髪いれずおにいさんは答えました。 「えーーっ、話くらい聞いてよっ」 アルルは、お母さんを元気にするために宝石が必要なこと、その宝石の代わりに虹の花が必要なことを話しました。 「なるほど、話はわかった」 「じゃ、分けてくれる?」 「ダメだ」 間髪いれずおにいさんは答えました。 「えーーっ? なんでーーー!?」 「話はわかったが、オレがお前に虹の花を分けてやらねばならん理由はどこにもないだろうが」 「そ、そうだけど………ほんっとに意地悪だなぁ」 「ふん。 ……しかし、そうだな。そんなチビガキのくせに、魔物をかきわけてここまで来るとは、なかなか大したヤツだ。オレは強いヤツが――とりわけ、強い魔力を持っているヤツが好きでな」 おにいさんはニヤッといやな笑い方をしました。 「お前の魔力をオレによこすというなら、花は分けてやってもいいぞ」 「え……えぇーーっ!? だ、ダメだよ、そんなの。だって、魔力をあげちゃったら、ぼくは魔導師になれなくなっちゃうし……」 けれども、お母さんを元気にする宝石を手に入れるためには、虹の花がどうしても必要です。ああ、だけど……。 「………冗談だ。お前のようなガキの魔力を吸っても、大した足しにはならないからな」 アルルがぐるぐるしていると、おにいさんが言いました。 「そうだな、では、オレにも花の代わりの品を持って来てもらおうか」 「え?」 「この山のふもとの町に、ある貴族の屋敷がある。そこに、”モケモエの像”という魔力を帯びた像がある。元々は、その貴族の所領の遺跡の奥地に置かれていたものらしいのだが。それを持って来い」 「ぼくが?」 「あの屋敷にはみょーなジジィがいて、オレは近寄り難いんでな。だが、ガキのお前なら逆に平気かもしれん。持って来れたら、花を分けてやろう」 「わ、わかった……」 「では、行って来い」 言うと、おにいさんはアルルの頭の上にぱっと手をかざしました。ぐにゃりと視界が歪み、体がふわりと浮く感じがして、アルルはその場から転送されていました。
「あれぇ……」 気がつくと、アルルは全然知らない場所にいました。 さっきまでの不気味な景色とは違って、きれいに整えられたお庭です。向こうに噴水が見えたので、アルルはそこに歩いて行きました。きれいな水が噴き上げてはたまって、ゆらゆらと水面を揺らしています。 「ここが、その貴族のお屋敷なのかな? でも、像はどこにあるんだろう……」 キョロキョロと辺りを見まわして、歩き出そうとしましたが。 「くせものっ!!」 「えっ!?」 とつぜん後ろから叫ばれて体をそらした瞬間、ぶん、と重いものがアルルの耳の横を通りすぎました。足です。後ろからキックを入れられたのを、ギリギリでよけたのでした。 「あたしの蹴りをかわすとは、なかなかやるわねっ」 そう言ったのは、アルルより一つか二つおねえさんくらいの女の子でした。フリフリのワンピースを着て、ウェーブのかかった長い髪にリボンを結んでいます。とっても可愛くて似合っているけれど、人にキックをかますには全然合わない服装です。 「蹴られる前に叫ばれたら、そりゃーよけるよっ」 「うっ……、そ、そうねっ。もちろん、今のは本気じゃなくて警告よ。あたしが本気になる前にさっさと出て行きなさい、コソドロむすめっ!」 「ぼく、コソドロなんかじゃないよっ」 「でも、勝手に人の家の庭に入っているじゃない」 「それはぁ、知らないうちに入ってたって言うか、勝手に飛ばされたって言うか。……あ、でもここに来るつもりではあったんだけど」 「ほら、みなさい。やっぱりウチに忍び込むつもりだったんじゃないの」 「ちっがぁーーーう!! ぼくは、ただ、モケモエの像をとりに来ただけだよっ」 「まぁあっ! あの像を盗むつもりで来たのね!」 「盗むんじゃなぁあーーーい!!」 アルルはゼェゼェと息を切らしました。 「じゃあ、どういうつもりなのよ。あの像を売ったなんてハナシは、おばあちゃんにも、じぃにも聞いてないわよ」 「あのぉ………できたら、譲ってほしいんだけど」 女の子はいっしゅん目を丸くし、それからすごぉ〜〜く呆れた顔でアルルを見ました。 「はぁ〜〜? 図々しいわねぇー。譲ってほしいって言われて、ハイどうぞ、ってあげることなんて出来ないでしょ」 「だから、話をきいてよ」 アルルはこれまでのことを話しました。お父さんがお仕事から帰ってこなかったこと、お母さんの元気がなくなったこと。お母さんを元気付けるために宝石をプレゼントしたいけれど、そのためには虹の花が必要で、虹の花を手に入れるためにはモケモエの像が必要だと言われたこと。 「ふぅーん……お母さんを元気にするためにねぇ」 女の子は呟きました。 「うん。だから……」 「あんた、すっごく物好きね!」 「へ!?」 ビックリしてアルルは女の子を見返しました。女の子は続けます。 「あたしは、お母さまなんて大きらい! いつもお仕事、いつもパーティ。おんなじに、お父さまもきらい。ふたりとも他のことばっかりで、あたしのところになんて少しもいてくださらないんだもの。 親なんて、そんなものよ。子供のことなんかどうでもいいんだから。なのに、お母さんのためにそんなに必死になったりして、バッカみたい」 「そ、そんなことないよっ」 顔を真っ赤にして、アルルは叫びました。 「お父さんもお母さんも、ふたりとも、ぼくのことをすっごく大事にしてくれたもん。お父さんはお仕事でお出かけしてばかりだったけど、優しいし、お母さんのご飯はとってもおいしくて、だから、ぼくは……」 「うるさいわねぇ……。わかったわよ、ちょっと意地悪しただけよ」 耳に指をつっこんで顔をしかめて、女の子が言いました。 「あたしだって、わかってるわよ。お母さまもお父さまも、あたしを愛してくださっている。……逢える時間がとれないだけで」 そう呟く女の子の横顔は、なんだかとっても寂しそうで。アルルは、とても悪い事を言った気になりました。 「あの……ごめんなさい」 「いやね、何あやまってるのよ。それじゃ、あたしがすごく可哀想な子供みたいじゃない。お母さまやお父さまになかなか逢えなくったって、あたしにはおばあちゃんがいるし、じぃも、メイドのみんなだっているんだからね」 女の子は笑って胸を張りました。 「そうね、あんたにモケモエの像をあげてもいいわ」 「本当!?」 「でも、条件があるわ」 「え……」 「当たり前じゃない。宝石の代わりには虹の花を、虹の花の代わりにはモケモエの像をあげるんでしょ。みんな代わりのものをもらっているのに、どうしてあたしだけタダであげなくちゃならないのよっ」 「そ、そうだね……」 (うぅ……。もしかしたらこのままずーーっと、何かの代わりに別のものを探してこなくちゃならないのかなぁ) 覚悟を決めて、アルルはたずねました。 「それで、何を持ってきたらいいの?」 「あたしが欲しいのは、ものじゃないわ。探してきてほしいヤツがいるのよ」 「人をさがすの?」 「人じゃないわ」 「だって、さがしてほしいヤツって」 「だから、探してほしいのは人でもモノでもないのよっ。あたしが探してきてほしいのは、カエル。それもただのじゃないわ。生意気に頭に金色の王冠をかぶったカエルなのよっ!」 「金色の……………あ、あぁ〜〜〜〜〜っ!!」 アルルは叫びました。心当たりがありすぎましたから。 「な、なによっ。いきなり叫んだりして」 「ちょっと待って。そのカエルさんなら、ここにすぐに呼べるよっ」 「なんですって?」 ピーーーーッ! アルルは、カエルにもらった緑色の笛を取り出すと、その小さな小さな歌口を思いきり吹き鳴らしました。 途端に。 「ワシを呼んだか、ケロッ」 ぴょーーい。 一体、どこから飛び出してきたのでしょう。空中に現れたカエルは、そのまま噴水に墜落しました。どぼーん、と水柱があがって、冷たい水しぶきがアルルたちにかかります。 「わっ、冷たいっ」 「いやー、スマン スマン。ちょっといきおいあまってしまったケロ。 それで、いったいどんなピンチにワシを呼んだんだケロ? どんなピンチでも、バッチリおまかせだケロ」 と言いながらスイスイとカエル泳ぎで噴水のふちまでたどりついたカエルの体を、がしり、と女の子の手がわしづかみにしました。 「間違いないわ……」 ぬぉ〜〜とそのまま持ち上げて、目の前でまじまじと見つめます。 「二年前の雨の日! いきなり空から水たまりにふってきて、あたしに頭から泥はねをかけてくれた、とんでもないカエル!」 「ケロッ!?」 「『いやー、スマン スマン。ちょっといきおいあまってしまったケロ』なんて言われたって、許せないのよっ。あの日、あたしはお母さまに縫ってもらった、特別の服を着てたんだからぁ!」 「そんな服を雨の日に着ているのも疑問だケロ。っていうか、人違い、いや、カエル違いケロよ。ワシには身に覚えがないことだケロ〜〜」 「嬉しくって、どうしても着たかったのよっ。あんたに体じゅう泥まみれにされたせいで、しみがとれなくて服は着られなくなったし、しばらく雨の日には外に出してもらえなかったんだからね!」 「それは、そっちがワシを追いかけてきて、自分で泥の中に転んだんだケロ。ワシのせいじゃないケロ」 「って、ちゃんと覚えてるんじゃないのよ〜〜〜っ!!!」 「し、しまったぁーーーー!!! ケロ」 ぴょん、とカエルは女の子の手の中から逃げ出しました。 「あっ、待ちなさい!」 「待てと言われて待つカエルはいないケロ〜」 ぴょんぴょんとはねて逃げていこうとします。 「甘いわっ。あたしは、この日のために二年間、きびしい しゅぎょうをしてきたのよーーっ! はぁっ、えーいっ!!」 「ゲコーーーーーーーーッ!!!!」 女の子の素早いパンチがカエルの逃げ足を止め、そくざに回し蹴りが捉えて、カエルをはるか彼方へふっ飛ばしました。 「ばたんきゅーーっ、だケロ!」 飛んでいくカエルの姿はあっという間に遠ざかり、黒い点になって空に消えました。 「おーほほほ! ざっとこんなものね」 女の子は胸をそらし、口に片手をあてて高笑いをしました。そして呆然としているアルルに気がつくと、言いました。 「あぁ、モケモエの像は持っていっていいわよ」 「………それどころじゃないよぉーっ!」 アルルは叫びました。 「カエルさんをふっとばしちゃったら、いったい誰がぼくに宝石をくれるのさーーーっっ!!」 カエルの消えた空の向こうで、キラリ、と小さな星が光りました。
「ただいま……」 「アルル! こんなに遅くまで、どこに行っていたの!?」 アルルがようやく家に帰りつくと、お母さんが飛び出してきました。 「幼稚園のお友達も知らないって言うし。お母さん、心配するじゃないの」 アルルは、しゃがんでアルルを両腕で捕まえているお母さんの顔を見つめました。お母さんは、怒っているような、泣いているような顔をしています。 「ごめんなさい、お母さん!」 たまらなくなって、アルルはお母さんにしがみつきました。 「アルル?」 「ぼく、お母さんにピカピカ光る宝石をあげたかったんだ。そうしたら、お母さんが元気になると思って。でも、カエルさんがお空に飛ばされちゃって、宝石がもらえなかったの。ごめんなさい!」 「アルル……」 お母さんは、自分のひざにしがみついて泣いているアルルを見つめました。 「……ありがとう、アルル。お母さんのために、とってもがんばってくれたのね」 そう言って、お母さんは優しくアルルの頭をなでました。 「でもね。お母さんは、もう、とってもきれいな宝石をもっているのよ」 「……え?」 アルルは涙でいっぱいの顔をあげました。お母さんは、その目を覗きこみます。 「アルルの目って、本当にきれい。金色にも、琥珀色にも見えて……」 そして、お母さんはにっこりと笑って言いました。 「お母さんの一番の宝石は、アルルよ。どんな宝石よりも大きくて、ピカピカ光っているんだもの。 アルルを見ていれば、お母さんはいつだって元気になれるのよ」 ――って。
私の書くものでは珍しい、幼児アルル主役の話です。GG版〜SFC版の頃の、正統的な「魔導」っぽい感じ、かつ、絵本っぽいイメージを目指したのですが、どうでしょうか? すわさき |