いつでも遭難中

 あ、暑い……。
 ぜえぜえと吐きだす己の息すら熱かった。額のバンダナでは吸い切れなかった汗が伝い落ちてくるが、それも程なく乾いて消えてしまう。強過ぎる陽光はもはや暴力に近く、漆黒の魔導スーツにじりじりと熱をためていた。スーツ内に吹き込んだ魔導の冷気がなければ、とうに日干しになっていただろう。
「――げっ!?」
 踏み出した足が深く砂に埋もれ、体が傾いた。立て直すことが出来ず、頭から焼けた砂の中に突っ込む。
う゛あっぢぃ〜〜!! って、目、目に砂があああっ、いてててて! ぶっ。く、口の中にまで入るかぁ!?」
 転げ回って目を押さえ、涙目のままでぺっぺと砂を吐き出す。
 辺りにぷよ一匹いないのは不幸中の幸いだった。こんな無様な姿など、衆目にさらすわけにはいかない。俺は闇の魔導師なのだから。
 マントの砂を払って立ち上がると、どうにかまぶたを上げた。今度は陽射しと照り返しの眩さに、細くすがめさせられたが。
 改めて見やった果てにはくっきりと地平線が見え、陽炎かげろうでゆらゆらと揺れていた。そこまで続いているのは細かい砂で作られた大地と、憎らしいほどに青い空だ。それ以外には何もない。幾度確認しようとも。
 熱気と疲労でぼやけかけていた苛立ちが、再度噴き上がってくる。
「くっ……、ここは一体、どこなんだぁあーーっ!!
 張り上げた声は、こだまを返すことすらなく、虚しく消えていった。
 砂漠だ、と言うのは勿論分かっている。
 だが、せめてどの砂漠のどの辺りなのかが判らなければ、どちらへ行けばいいのかすら分からないではないか。
 転移魔法テレポートも何度か試してみたものの、脱出には至っていない。こうしてさまよって、既に数日が過ぎてしまっている。
(なんで俺がこんな目に……)
 当然のように浮かんだ疑問は、考えるだけ愚かなものだった。理由など、分かり切っていたからだ。
 そう。この俺、シェゾ・ウィグィィを、こんな状況に陥れた元凶。それはあの女、アルル・ナジャなのだから。





幕間の1

「ま、確かにそうだな。オレだってアルルにあそこに連れてこられたんだし。いや、実際はアルルにそうされたんだか分からねぇんだけどよ。急に目の前がパーッと光ったと思ったら、雪の中にいて」
「わたしだってそうだよ。急にパッて光ったら知らない湖にいて、そうしたらアルルが来て、ここで美少女コンテストをやるって言うからさ」
 口々に話し合っているのは、手足のあるタラと半人半竜の少女だ。
「うーん。でも、ボクたちの前には、アルルは全く現れなかったからね」
 濃緑色のとんがり帽子をかぶった長身の青年が言った。彼を見上げて、学位帽をかぶった眼鏡の少年が「ボクのところには来ましたよ!」と訴える。自慢げに「まあ、話を理解できる人間は限られてるってことだけどね」と続けて独りごちた。
「七人のぷよつかいと戦うように、ってアルルの言葉を伝えてくれたのは、クルークだったね」
「そうです、レムレス」
「ア・ナ・タ、バカじゃない?」
 口をはさんだのは、黒いゴシックロリータ風の服を着た少女だ。
「な、なんだって!? プリンプ魔導学校昨年度の最優秀生徒のこのボクを、馬鹿って言ったのか!?」
「アナタ、アルルに利用されたのよ。りんごを七人のぷよつかいと戦わせたから、こんなことになってるんじゃない。……大体アナタ、レムレスに馴れ馴れしいのよ。前に言ったでしょ、《アナタの》レムレスじゃない、《アタシの》レムレスだって!」
「くぅ〜っ、レムレスはボクの憧れだ。おまえこそ、占いなんか信じてるお馬鹿じゃないか!」
「占い、バカにした……。……見えたわ、アナタの未来。今日ここで、死・ぬ・の・よ」
 少女がダウジングロッドを構え、少年も抱えていた魔導書を開こうとする。
「だあああ〜〜っ、うるさい、こんなところでケンカはやめんかっ。これだから子供は……」
 二本の大きな角を頭に生やした男が大声で怒鳴った。が、淡い桃色の髪を長く伸ばした少女が白けた顔をする。
「うるさいのはそちらも同じですわ。大人なのでしたら、もう少し静かに怒っていただけません?」
「ぐっ……。相変わらず、礼儀のなっていないガキどもだな。わたしの学校の生徒だったら、もっと厳しく指導しているところだ」
 すると、角のある男の傍らに控えるようにしていたグラマラスな美女が、凛とした声音で言った。
「あなたたち、静かになさい。サタン様の仰る通り、今は喧嘩をしている場合ではなくてよ」
「は、はい。女王様」
「ルルー先生がそう仰るなら仕方ありませんわね。その代わり、今度、新しい格闘と美容の技を教えてくださいね」
 そう言って眼鏡の少年と桃色の髪の少女は口を閉じる。(ちなみに、ダウジングロッドを持った少女は、とんがり帽の青年から貰ったキャンディーを、頬を染めて嬉しそうに舐めている。)「な、なんか差別を感じるぞ……」と角のある男が呟いたが、とりあえず、誰もそれには絡まなかった。
「それにしても、まさかアルルが得体の知れない異邦人に取り憑かれておったとはのー」「おどろきじゃー」「びっくりぢゃー」
 三体の白骨が頭をカタカタ鳴らしながら声を揃えている。
「オレは、おまえらが三人に分裂したことの方がびっくりだけどな」と手足のあるタラが呟き、「アルルに取り憑いてわたしを騙した奴、ギッタンギッタンにしてやる!」と、半人半竜の少女が炎を吹きながら怒鳴った。
「それでサタン様、アルルさんは? 見つかったんですの?」
 角の生えた男に、長い金髪を垂らした若い魔女が問いかける。
「うむ……それがな。見つからない、と言うか、見つかり過ぎて困る、と言うか……」
「どういうことなんですの?」と尋ねたグラマラスな美女に答えた。
「この《空間の歪み的なもの》の全体に、アルルの気配が満ちているのだ。どうも、すぐ近くにアルルそっくりの大きな気配があって、それと混じり合っていると言うのか……」
 彼らから少し離れた場所で、赤ぷよを模したニット帽をかぶった少女が、果ての見えないもやもやした空間を心配そうに見つめていた。
「アルル、どこにいるのかな〜……。りんごも心配だし……」
 彼女の全身から淡く光が漏れ出し、この場にいる全員を包んでいる。もやもやした《空間の歪み的なもの》の中で、この明るい場所を作り出しているのは彼女の力なのだ。
 左の手と目が赤く染まった少年が歩いてきて、少女の近くになんとなく立ち止まった。
「ここ、ムシがいない。早く帰りたい……」
「そうだね。早く全員見つけて、ここから脱出しなくちゃ!」
「うん。アミティが探しに来てくれて、助かった」
「えへへ。みんなを集められたのは、ほとんど偶然なんだけどね〜」
 赤ぷよ帽の少女は照れ臭そうに苦笑する。左目の赤い少年はと言えば、一見して、眠そうな表情を変えることがない。
「ううん。アミティ、明るいから。すぐわかるよ」
「え、そう?」
「そう」
 他方、角のある男は腕組みし、「こういう場合は、わたしの強過ぎる力はかえって仇になるのだ」と言っていた。
「こんな時には、魔力に鼻の効くあの男がいると便利なんだがな」
「ああ……。確かに頼りにはなりそうですわね。アルルさん限定でなら」
 何故か胡乱げな半笑いで金髪の魔女が同意する。グラマラスな美女も同じ調子で「まあね」と頷いた。
「そういえばあいつ、いないわね。来てないのかしら。全く、こんな時くらい役に立ちなさいってのよ、あの変態!」
「いや。奴はいるぞ。気配がある。ただ、こことはかなり《歪み》に隔てられているようだがな」
 角のある男が言った時、人々の中心に、金色の羽根を生やした少女が舞い降りて、愛らしい笑顔でこう言った。
「みなさん〜、こういう時こそ歌いましょう〜。わたし、歌いますわ〜〜♪」
「あっ、あたしも歌いた〜い♪」
 赤ぷよ帽の少女が手を挙げる。
「では、ご一緒に〜♪」
「わ〜い♪」
 嬉しそうに少女が駆け寄った一方で、一部の人間がひどく慌てた様子で動きだし、何かを必死に叫んでいた。





 その時、俺は地下に隠された古代遺跡の奥にいた。幾つもの仕掛けを解き魔物どもをなぎ倒して、ついに最後の扉を開けようとしていた、まさにその瞬間だったのだ。
「なにっ!?」
 不意に辺りの景色が光を放ち、歪んで、俺は見知らぬ場所に投げ出されていた。
「……どこだ、ここは」
 気がつけば頭の上に広がる星空、肌を刺す冷気、足の下は砂。どう見ても屋外だ。先程までいた遺跡の周囲にはあるはずのない、広大な砂漠。
「罠を踏んだのか? ――いや……」
 その時、砂を踏む気配を間近に感じた。一瞬前まで何もいなかったはずの場所に。
「!?」
 ぎょっとして見やれば、背後に大きな月を浮かべ、見知った女がたたずんでいた。
「――アルル……?」
「やあ、シェゾ。久しぶりだね」
 何故コイツがここに。そんな疑問を口に出すより早く、奴は屈託なく笑うと高い声で話しかけてきた。
「最近会わないし。ダンジョンにばっかり潜ってるんでしょ」
「それはそっちの方だろう。近頃、顔を見かけないとか、しょっちゅう消えるだとか評判だぞ、お前」
「うーん。それは仕方ないよ。色んな世界からお呼びがかかるんだもん。人気者は辛いってことだよね〜」
「意味は分からんが、なんかムカつくな……」
 呟いた俺にはお構いなしに、アルルはにこにこ笑うと「でも、今回は大丈夫! キミにもちゃんと出番があるから」と、更に意味不明なことを言った。
「だからキミは、ここで頑張ってね」
「は?」
「キミは、そう、二番目のぷよつかいだよ。もうすぐ可愛い女の子がここに来ると思うから、その時はちゃんとぷよぷよ地獄で勝負してあげてね。じゃ!」
「ちょ、……待て! なんだそれは」
 追いすがり、俺はアルルの片腕をつかんだ。
「全く訳が解らんぞ。なんだ、そのぷよつかいってのは」
「何って、そういうのがある方が面白いでしょ? も〜、サタンはすぐにノッてくれたのに、キミってば意外とノリが悪いよね〜」
「これはサタンの仕業なのか」
 騒ぎを起こしてばかりの暇人魔王の名を聞いて、元々良くはない俺の腹の虫の居所が悪化する。確かに、ぷよつかいだ何だなどという悪ふざけは、あいつが好みそうなものではあるが。
「違うよ。僕のオリジナルの計画。失礼しちゃうなぁ」
 だがアルルはそう言うと、面白そうに俺の目を覗き込んで笑った。
「彼の過去の行動を参考にはさせてもらったけどね。折角なんだから、《ぷよぷよ地獄》らしく盛り上げたいじゃない?」
「………」
「何? 変な顔しちゃって」
「お前、本当にアルルか?」
 金無垢の瞳を見返して、俺は静かにそう問いかけた。
「どうしてさ」
「匂う」
「あっはは。ボク、食べ物なんて持ってないよ?」
「カルボ・ナ〜ラでもカフェ・オ〜レでもライス・カレ〜でもない。お前の魔力の匂い、確かにアルルだが……。背後に隠れて、微かに違う匂いがする」
「……」
 奴は笑っていた。まるで三日月のような口で、ピエロの仮面のごとき表情を貼り付けたまま。
『……やれやれ。魔力を匂いで判別するなんて。これだから変態は気持ち悪いよ☆』
 ややあってそう呟いた直後、奴の腕はするりと俺の手の中から逃れ、数歩分離れた位置に一瞬で移動していた。
「貴様っ……!」
 闇の剣を現出させた俺に向かい、奴は恐れ気もなく『お〜っと、やめた方がいいよ』と忠告する。
『この身体は、間違いなくアルルちゃんのものだからね』
「アルルはどうした」
『ここにいるよ。なかなか頑固なんだ。ボクはもっと自由に遊びたいのに』
 己の心臓の上に片手を触れながら奴は言い、ふっと、その瞳を真っ直ぐに俺に向ける。
『だから、闇の魔導師シェゾ・ウィグィィ。――ボクを助けに来て」
 一瞬、図らずも動揺した俺の隙を突いて、奴は満面で笑うと『じゃ、そういうことで〜☆』と言い残して姿を消した。
『この世界七不思議スポットの一つ、エジプトのピラミッドは、キミに任せたからね〜〜♪』
「ま、待てっ!」
 俺は叫んだが、後の祭りだ。
 魔力の痕跡すら残さずに、奴は消え失せていた。後に残ったのは月と、砂と、俺だけだ。
「アルル……」
 助けに来て、と言った。あれが動揺を誘う演技でなかったのなら、残されたアルルの意識からの呼びかけだったのだろうか。
「………」
 俺はゆっくりと辺りに視線を巡らせる。
 よくよく見れば、月に照らされた彼方に巨大な四角錐型の建造物らしきものが見て取れた。……長く世界を旅している俺だが、見たことも聞いたこともないものが。あれほどに大きなものなら、噂すら聞かないことなどあるはずがないのに、だ。
 奴は、ここを世界七不思議のひとつとか何とか言っていただろうか? 聞いたこともない地名らしきものを挙げて。
「……って。ここは一体、どこなんだぁあーーっ!!
 張り上げた声は、こだまを返すことすらなく、砂漠に虚しく消えていった。





幕間の2

「まいったな〜。これじゃただの中学生のボクたちには手も足も出せやしない★」
 もやもやした空間の中で、前髪で目を隠した少年が皮肉に笑いながら肩をすくめた。その肩には剣玉がタオルのように掛けられている。
「ごめんね。キミたちを巻き込んじゃって」
 申し訳なさそうに謝ったのは、金無垢の瞳の少女だ。
「ボクがエコロに抵抗し切れなかったから、こんなことになっちゃった。本当にごめん」
「いや。我々もエコロとやらに操られていたのだ。同罪ですよ、お嬢さん」
 白衣を着た、熊のようなリスのような頭と手足を持つ男が、優雅な仕草で向かいながら渋い声で言う。「そうそう、リス先輩の言うとおり」と、目を隠した少年もニヤニヤ笑顔を崩さないまま同意した。
「二人とも……。ありがとう」
 少女は瞳を潤ませる。
「ところで、あのエコロという奴は何者なんだね」
「判らない。ある日、急に話しかけてきて、そのまま体を乗っ取られちゃったんだ」
「あいつ、どーしてりんごちゃんにぷよぷよ勝負なんてさせたんだろう。ボクたちを操ってまでさ」
「りんごは、心の中に大きなチカラを秘めているんだと思う」と、金無垢の瞳の少女は答えた。
「だからエコロは、りんごの体を狙ってる。最初はアミティも狙ってたけど失敗したみたい。今も、ボクたちを《空間の歪み的なところ》に押し出して、りんごだけ自分の空間に連れ込んでるんじゃないのかな」
「な、なんだって!? それじゃ、今頃りんごちゃんは……!」
「まぐろ……」
「ダーク・りんごちゃんにっ!? リス先輩、それはそれで」
「ふむ。新たな萌えの誕生だ。まさしく愛の爆発だな。どどと……どっかーん!」
「え、えーと……」
 どうにか作った笑顔をひきつらせた少女の前で、目を隠した少年と熊頭の男は「と、まあ、冗談は置いておいて★」と自主突っ込みを入れる。
「早くりんごちゃんを助けに行かないと」
「うむ。あんどうりんご君が心配だ。だが、どうすればこの《空間の歪み的な場所》から脱出できるのか。ふんぬー! 先程から試みてはいるのだが、結果は出せていないのだ。ふんがー!」
「そうですよね、先輩。ふんぬー! どうすりゃ出られるんだか。ふんがー! ぐるぐるぐるーっと剣玉を回してみても、効果がありませーーんっ」
「多分、他のみんなもここにいるはずなんだ。みんなと合流出来れば、チカラを合わせて何とかできると思うけど、その方法が……」
 考えながらそう言いかけた少女は、足元にいた黄色い生き物が「ぐー」と鳴いたのを聞いて言葉を止めた。
「どうしたの、カーくん」
 直後に、黄色い生き物が見つめていた空間にシャッと線が走り、布を割いたように破れた。「わっ!?」と少年たちが声を上げた中、その向こうから、黒衣をまとった銀髪の青年がゆっくりと歩み入ってくる。少女だけが彼の名を呼んだ。
「シェゾ!?」
 片手に持った剣を下ろし、青年は舌打ちすると不快そうに目を伏せた。
「フン。ここに来るまで随分とかかったぞ。全く、この辺りの空間は歪み過ぎだ」
「探して来てくれたの?」
 そう言いながら駆け寄った少女に目を向けると、彼は無造作に彼女の頭にゲンコツを落とした。ゴン、となかなか小気味よい音がする。
「いったぁああ〜〜い! 何するんだよ!」
「うるせぇ! お前、よくも俺を異世界の砂漠に置き去りにしてくれたな! おかげで日干しになりかけたんだぞ!」
「あ、あう……」
「まあ、あの赤ぷよ帽をかぶったアミティとか言う女と、緑ぷよの髪留めを着けたりんごとか言う女どもの全てをいただいたおかげで、どうにか人心地はつけたがな」
「なんだってーーっ、りんごちゃんの全てを〜〜!?」
 素っ頓狂に、目を隠した少年が喚いた。熊頭の男も続く。
「しかも二人一緒とは。未成年者への強制的な変態行為は許せんぞぉ〜〜! あんがぁーっ!」
「誰が変態だっ! 大体、俺は無理矢理に奪ったんじゃないぞ。欲しいとは言ったが、あいつらが自分から、その全てを俺に差し出してきたのだ」
「ウヒョーーっ。い、イヤラシーっ!」
「どどどどどど………」
 奇声を上げ不穏に唸り始めた男たちの前に「はいはいはい……」となだめながら割り込むと、少女は黒衣の青年を見上げて「で、キミはりんごたちの何をいただいたの?」と尋ねた。
「決まっている。あいつらの、持っていた水と食料の全てだ!」
「あ、やっぱり……」
「だがあいつら、俺が飲み食いしている間に置いていきやがった。そのうえ、やっと砂漠から出られたと思ったら、今度はこんな時空の歪みに取り込まれるときた。なんなんだ一体っ。大体、お前もだ、アルル! うかうかと体を乗っ取られたりしやがって。自分がネギを背負ったカモだってことを、もっと自覚しろ!」
「ええっ、ボクってカモなの?」
「しかも助けに来い、だぁ? そもそも、マトモな魔導師が闇の魔導師に助けを求めてるんじゃねぇ!」
「ご、ごめん……」
「チッ。分かればいい。お前を探し当てるのに、俺はさんざん苦労させられたんだからな」
「うん。ありがとう、シェゾ」
 つんと顎を上げて言い捨てた青年の前で、少女は明るく笑う。熊頭の男が腕組みしてうんうんと頷きながら、渋い声で言った。
「愛だな」
「違うっ! ……って言うか、さっきから気になっていたんだが、お前はどういう種族なんだ?」
「あ、それはボクも気になってた」
「そーんなことより! 早くここを脱出しないと、りんごちゃんが危ない」
 目を隠した少年が割り込んだ。「あ、そうだった」と少女は目をパチパチし、黒衣の青年を見上げる。
「ねえ、シェゾ。どうにかならない?」
「俺にもここの出口は分からんが、向こうに、お前とよく似た匂いを感じる」
「え?」
 言われて、少女たちは青年の視線を追ってくんくんしてみたが、それぞれ小首を傾げて眉根を寄せた。
「多分、あのアミティとかいうガキだな。その近くにやたらと大きくて禍々しいチカラもあるようだが」
「ぐ、ぐー」と、黄色い生き物が鳴いた。
「あ、それはきっとサタンだよ! サタンもここにいるはずだから」
「あいつが脱出していないのは、恐らく、お前を探しているからだ。合流すればここから出られるだろうな」
「でも、どうやって合流するんだい? 歩いても少しも進めないみたいだけど」
 目を隠した少年が肩をすくめる。意に介した様子もなくわらうと、青年は手にした剣を示した。
「簡単だ。空間を斬り裂く、この闇の剣があればな」
 両手で掲げると、その刀身に禍々しい闇が蠢く。
「闇の剣よ……斬り裂けぇーーっ!!」






 ぷよ一匹いない砂漠には、ギラギラと太陽が照りつけていた。
「くっ……、ここは一体、どこなんだぁあーーっ!!
 黒衣を砂まみれにしたシェゾの叫びは、誰の応えも得ることがなく消えていくばかりだ。
(なんで俺がこんな目に……)
 顔がヒリヒリして痛い。殆ど行き倒れ寸前の態でとぼとぼと歩き始めた時、今まさに脳裏に思い浮かべていた、あの声が投げかけられた。
「あれ? シェゾじゃない」
「!?」
 見やれば、そこに金無垢の瞳の少女がいる。カーバンクルもちゃんとお伴に付いていた。
「何してるのさ、こんなところで」
「……お前は、何してるんだ?」
「ボク? 決まってるじゃない、探検だよ。この先に、小さいけど手つかずの遺跡があるって、サタンが教えてくれたんだ」
 明るい笑顔を作ると、アルルは言葉を続けた。
「いやあ、この間は大変だったよねえ。でも、アミティやりんごや、みんなと協力してエコロを倒せて、《地球》って世界を助けられて本当によかったよ。帰った後は、流石に疲れて丸一日ばたんきゅーしてたけど、それから何日かゆっくり休めたし、そろそろ動き回ろうかなって。ルルーは山の方に修行に行くんだって。ドラコと約束してたみたい。すけとうだらとスケルトンTは……」
 呑気に話しているアルルの前で、シェゾは顔を伏せると、わなわなと震え始めた。
「……あれ? シェゾ?」
「だぁああああっ!!!」
「うわあああっ!? 何!」
 突然叫んだシェゾに驚いて、アルルも悲鳴を上げる。構わずに、シェゾはアルルを睨むと更なる大声でぶちまけた。
「お前はなっ、なんでまた、俺だけ砂漠の真ん中に放置しやがるんだよ!!
「えええええっ。もしかしてキミ、ずっとここにいたの!?」
「いたよ!」
「そう言えば、帰った時いなかったような気もしたけど、気にしてなかったよ」
「気にしろよ!」
「だってキミ、いつも神出鬼没だから。って言うか、ボクが《地球》からここに送ったわけじゃないし。……それにしても、よく焼けたよね〜」
「くっ。不可抗力だ。闇の魔導師が日に焼けるなど、屈辱に過ぎんっ」
「焼けてる方が健康的でかっこいいのに。ね、カーくん」
「ぐぐ〜?」
「馬鹿を言え。闇の魔導師というものは、不健康に青白くなければいかんのだ」
「自分で不健康って言ってるよ……」
「と〜に〜か〜く! こうなったらアルル、お前に責任を取ってもらうぞ」
「え!? ………いやぁ〜な予感……」
 蒼い瞳でじっと見つめられて、アルルは表情を強張らせる。
「アルル……。お前が欲しい! お前の全てを、ここで俺にガバッと見せろ!」
「わぁあああっ、やっぱりーーっ! って言うかシェゾ、言い方がますます変態っぽいよ!」
「何を言う。ここには俺とお前しかいない。何も恥ずかしがることなんてないぞ。さあ、早く! お前の全てを、この俺に余すことなく詳細に開け広げにさらけ出すのだ!」
 水や食料がないか所持品を全て見せるよう迫るシェゾを前にして、アルルは何故か赤くなったり青くなったりすると、涙目になって脱兎のごとく逃げ出した。
「うわあああんっ、シェゾが変態すぎるよーーっ!」
「んなっ!? 待て、アルル! 逃がさんぞーーっ!」
「来ーなーいーでぇー〜〜っ!」
 砂を蹴って逃げるアルルを、同じくらい走りにくそうにしながらシェゾが追っていく。あれだけの元気があるなら、当分は行き倒れはしないだろう。
 その場に残っていたカーバンクルが、追いかけっこを続ける二人を眺めながら「ぐー」と鳴いた。





おしまい

『ぷよ7』に引っ掛けたシェゾ×アルルみたいな小説、というリクエストをいただいたので書いてみました。
『魔導物語』でもコンパイルのぷよシリーズでもなく、あくまで『ぷよ7』のキャラとノリで、
と意識して書いたつもりなのですが、そう感じていただけたならば嬉しいです。

'10/02/27 すわさき

戻る

inserted by FC2 system