「遠慮しないで、いっぱい食べてね」 そう言って、にっこりとアルル・ナジャは微笑んだ。 彼女とテーブルを挟んで椅子に座っているのは、銀髪の青年。闇の魔導師シェゾ・ウィグィィ。彼の前にはカレーが一皿。温かそうな湯気を上げている。 「……なんでオレは、こんなところでこんなことをしてるんだろうな」 ぽつり、と彼は呟いた。彼の黒い服は、心なしかあちこち白い埃で汚れている。 「いいじゃない。大掃除するのに男手は不可欠だもの。今時、男の子はこれくらい女の子に優しくなくっちゃ、モテないからね」 「オレは闇の魔導師だ。モテる必要などない!」 「ふーん。じゃあ、シェゾってモテないんだー」 「うっ」 「そうかもね、なんかいつも暗いし、むつっとして怖いし」 「くっ、ほっとけ!」 結局、シェゾは始めた会話を悔し紛れに自分で切った。――いつものパターンである。 「ふふっ。まぁいいから、カレーを食べてよ」 慣れているからか、まるで気にしていない様子でアルルは笑った。 「大掃除を手伝ってくれたお礼ってわけでもないけど。キミだけに用意したんだから」 実際、アルル自身の前にはカレーの皿は置かれていない。こういう席には必ずいるはずの、カーバンクルさえ見当たらない。 「………。 ――フン、強引に手伝わせた、だろうが」 言いながら、それでも食べる気にはなったようで、シェゾはひとさじ、カレーをすくって口に運んだ。 (………うっ!!) 一瞬、産毛が逆立った。 なんなんだ、この味は。 確かにカレーであることには違いないが、おなじみの味の向こうから誤魔化しようのない異質な味がはみ出していて、味のハーモニーをぶち壊している。 もうひとさじ、口に運ぶ。 にゅるっ。なんともいえない異様な舌触り。 もうひとさじ。 ガリッ、ボキッ。カレーにあるまじき歯応え。 なんというか、口に運ぶたび、今まで抱いてきたカレーというものの概念をぶち壊されるというか……。 「おい……いったい何なんだ、このカレー……というか料理……というか物体は」 息も絶え絶えに水のコップをつかみ、果てなく低い声で、 「いやぁ。実は今日、冷蔵庫の大掃除もしてさー」 「……なに?」 「冷蔵庫にあったもの、片端から使ったんだよね。カレーにしたら誤魔化しがきくかと思ったんだけど。ほら、カレーって何を入れてもある程度受け止めてくれるっていうかさ。母なる混沌の海というか」 「いくらなんでも、限界があるわい! なんだこのむちゃくちゃな味は、得体の知れない具は! 悪いが、いくらなんでも不味すぎるぞ!」 「やっぱり? ……実は、カーくんも食べてくれなかったんだよねー、これ」 「な!?」 「でも、捨てるのも勿体無い気がして。シェゾなら食べてくれるかなーって」 あはは、と笑うアルルの声に、へなへなと全身の力が抜けていく思いのするシェゾである。 「カーバンクルも食べないようなものをオレは食ったのか……?」 あの軟体動物以下か……オレは……。 追い討ちをかけるように、アルルが言った。 「でも、キミ、結局全部食べてるじゃない。よっぽどお腹がすいてたの? 今、ビンボー?」 「………」
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蛇足雑談。
この文章は、日記ではなく、4周年&34万、35万超ヒット記念の展示場に載せたものです。しかし内容的にこのレベルなので、ここに。
この話の中でシェゾがカレーを全部食べたのは、勿論、お腹がすいていたからではありません。アルルに「キミのために作った」と言われて、実は結構嬉しかったからです。(恋愛感情云々は別にしても。)アルルが「キミのため」と言ったのはシェゾをからかっただけの半分ウソ。「シェゾなら食べるかな」というのは本当ですが。……こう書いてみると ものごっつ悲惨ですね。でも、アルルに悪気や悪意はありません。冗談の域だと思っています。
なお、被害者がシェゾなのは、たまたま。この日捕まった”男手”が彼だったからです。サタンであろうとラグナスであろうと、同じ目に遭ったかと思われます。