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 その足音はズカズカと近付いてきた。気配を隠そうなどと微塵も考えていないに違いない。

「げっ……。やっぱりキミかぁ、シェゾ」

 強い魔力を感じると思ったら、などと言いながら苦い顔を見せる女に、俺は軽い頭痛を覚えた。

 「げっ」と言いたいのはこっちの方だ。

 アルル・ナジャ。古代魔導学校に籍を置く魔導師見習いの女。――いや、生徒という身分ながら、既に教師陣にも一目置かれている、魔導学校校長の秘蔵っ子……。そんな肩書きはどうでもいい。俺にとっては獲物であり、また、どうにも視界をチラついて気に障る、目の上のタンコブだ。無視を決め込んだつもりでも、結局はこうして顔を見てしまう。

 一体全体どうして、この女はこうも俺の行く先々に現われるのだろうか?

「ま〜ったく。どうしてキミってばいつもボクの行く所に出て来るのさ」

 そんなことを、こっちが言うより早く抜かしやがるので、頭痛どころか胃の辺りがムカムカする気がした。それはこっちの台詞だ!

「まぁいいや。それより、キミがここにいるってコトは、このダンジョンには何か面白い秘密があるんだね」

「くっ。面白いとは何だ! 『異界の石版』は異世界を行き来したとされる古代文明の技術を記した学術的にも重要な……って、まさか、お前そんなことも知らずにここに来たのか?」

 うん、と頷かれて俺はクラクラした。怒りで頭に血が昇ったあまりに。

「しろよ! 下調べくらい、ダンジョンに潜る前に!」

「えー。フラッと入るから面白いんじゃないか」

 それに大抵キミがいるからね、と言われて力が抜けた。俺は説明要員か。

「だけど、『異界の石版』かぁ……。確かに研究テーマとしては面白そうかもね、カーくん」

「ぐーっ」

 奴の肩に乗った黄色い怪生物が鳴いて頷いている。アレに魔導研究のことなど分かるものか。のーみその中はカレーとらっきょで埋まっているのだから、間違いなく。

「言っておくが、俺はお前に『石版』を譲る気はないからな」

 言って手の中に取り出した魔剣をかざして見せると、奴は肩をすくめて、「つくづくキミの言動って悪役だよねぇ」などと言った。

「当たり前だ! 俺は闇の魔導師なんだからな。悪事を働くのが本懐なんだっ!」

 自棄になって喚くと、奴はにやっと笑って魔導杖を構えた。

「じゃあ、ボクは正義の味方だよ。悪いことを企むのなら許さないからねっ」

「……また今回はやけに嬉しそうだなお前は」

 うんざり顔をされることも多いだけに、このテンションの高さには多少の違和感を感じてしまう。

「いやぁ。なにしろ、目標達成までには まだまだ運動しなくちゃいけないし……」

「はぁ? 運動って……」

 問い返して、俺ははっとした。

「お前、まさかまだダイエットのためにダンジョン探索してるなどと言う気じゃないだろうな」

 つい先日、別のダンジョン(不老長寿の秘密が隠されているという噂だった)で鉢合わせた時、奴はそんなふざけたことを言っていた。ダンジョンを健康増進施設か何かと勘違いしたような言動にはいたく腹が立ったものだが、もっとムカついたのは、そんなふざけた了見の女に返り討ちにあったということで。

「いい加減にしろ! っていうか、まだ終わってなかったのか?」

 思わずまじまじと奴の体を見ると、「う」と奴は喉を引きつらせて後ずさった。

「シェゾ……。キミは、知ってはいけないことを知ってしまったね」

「は?」

「リバウンドしたという、暴いてはいけない乙女の秘密を!!」

「知るか! っていうか、お前が自分で暴いたんだろーが、今!」

「とにかく、しょーぶっ!! ボクのカロリー消費と体型復元のために!!」

 馬鹿馬鹿し過ぎて眩暈がするが、これもまた日常の風景になりつつあるのだから実際どうかしている。だが一番どうかしているのは、俺が結局その茶番に付き合ってしまうということかもしれない。まあ、これもいいかと。

「フン。ならば俺はお前の魔力をいただくまでだ! 覚悟しやがれ!」

 これは妥協だろうか。それとも堕落なんだろうか。

 答えは出やしない。保留したまま、俺はこの女に付き合い続けるのだ。






終わり



06/05/14 すわさき
i-mode版『魔導物語』の小ネタ。別館の日記から再録。

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