SS版『魔導物語』突発劇場


キキーモラ戦の時、キミは気にならなかったか!?

「お、おかしいよっ」
 アルルが叫んだ。いつになく真に迫った表情で。
「言われなくたって、キキーモラの様子がおかしいのは、見れば分かるわよっ」
「このヘンな煙を吸い込んで、おかしくなってしまったんでしょう?」
 側で、それぞれ技を繰り出していたルルーとウィッチが言葉を返してくる。
 今は、家事精霊キキーモラとの戦闘中だ。このタイアド・ベリーの塔で今しも行われている最中さなかの大魔術大会において、彼女とは確かに優勝を競うライバルであり、これまでにクリアに必要なヒントを消されるといった妨害を受けもしたが、本来はこういう形で戦う理由などはないはずだ。なのにこうしてお互いの持てる力・技を出しつくして激突しているのは、ヨグの煙を吸ったキキーモラが異様に好戦的になり、「わたしの腕で あなた方をピカピカにするまで、ここは通しませ〜ん!」と襲い掛かってきたからだった。
 ヨグ――それは異界から現れた謎の怪物であり、その撒き散らす煙に精神を侵された者を救うには、とにもかくにも戦って昏倒ばたんきゅ〜させるしかない。そうしてヨグに侵された人々を救い、ヨグを倒して回るのが、ここ最近のアルルとルルーが自らに課した使命でもあった。
「なんでもいいから、さっさとボコボコのズタズタにしてやるのよっ。この美しいわたくしの顔の作りがキタナイだなんてぇ、キィ〜ッ、許せないわぁあ!」
 ……今のルルーには私情も入りまくっているようではあるが。
「だって、ヘンだよ、おかしいよっ。ほら、見て!」
 アルルはまだ言っている。その示す先で、ルルーの強烈な蹴りによろめいたキキーモラが、側に置いてあったバケツの中に、抱えていたモップの先を突っ込み、じゃぶじゃぶとすすぎ始めた。先ほどまでの苦痛のにじんだ表情はどこへやら、満面の笑顔を浮かべて、実に楽しそうだ。ただバケツに突っ込んで何度か揺すっただけで、手でもみ洗いしたということもないのに、やがて引き出されたモップの先はキラキラと輝き、見違える白さを誇っていた。
「まぁ確かに、戦闘中にニコニコ笑ってモップを洗うのもヘンですし、たったあれだけでモップがあんなに白くなるのもおかしいですけど……」
「そうじゃないよ。ウィッチ、ほらっ、キキーモラを見て」
「あらっ……」
 場にそぐわない笑顔や異様に白くなるモップに気をとられていたが、言われてよくよく見れば、キキーモラの顔や手足に付いていた傷やあざまでもが、キラキラした光に包まれて消えうせているではないか。
「なるほど、アレは回復技なんですわね」
 頷いて、キキーモラの戦闘中にそぐわぬ行動を納得しかけたウィッチであったが。
「ヘンだよっ。どうしてモップがキレイになると、キキーモラが回復するのさぁーっ!!」
「ああっ……!?」
 アルルの叫びに愕然となった。
「い、言われてみればそうですわっ。確かにおかしいですわ。どうしてモップを洗うと、キキーモラさんが回復するんでしょう?」
「そんなコトどーでもいいわよ。手を休めないで、戦いなさいっ!!」
 ルルーが怒鳴っているが、それも耳に入らない様子だ。
「はっ……。もしかして!」
「なんですの、アルルさん!」
「キキーモラの本体って、実はあのモップの方なんじゃあ……っ!?」
 ガラピシャーン、と心理的雷鳴が轟いた。別に、背後で放たれていたルルーの電撃雷神拳の轟きというわけではなく。
「なっ………!? ……な、なるほどっ。確かにそう考えれば全てのつじつまが合いますわ。いつどこへ行くのにもモップを抱えていたのも、モップを洗うと回復するのも。キキーモラさんは、実はモップの精霊だったんですわねっ。モップの方が本体だったんですわぁあっ!!!」
「と、いうことは……。キキーモラの『モップ投げ』は、武器を投げてるんじゃなくって、捨て身の体当たりっ!!」
「だぁあ〜〜〜っ、なんでもいいから、さっさと攻撃せんかぁ〜〜〜〜〜っっっ!!!!!!」
 一人で戦いながらキレているルルーの向こうで、キキーモラがモップを掲げて巨大な光輝を集め、大技を放とうとしていた。



もしも「ラグナスはシェゾにしか乗り移れない」という設定が存在しなかったら。

 最後のヨグ――汚染のヨグを倒して、急ぎクリスタルプリズンに引き返したアルルたちは、その奥に浮かんだ不思議な水晶がひび割れ、ついに崩壊を始めるのをの当たりにした。それだけではない。まばゆい光が水晶の中から発してまたたき、呼応するように、アルルたちと並んで立っていた男――シェゾの体も輝く。その輝きがすうっと抜け出し、吸い込まれるように、水晶の中に見える人影――黄金の鎧をまとった男へと重なった。
 ガッシャアァアアアン!!
 水晶が粉々に砕け散る。砕け散ると同時にそれは光の粒となって消え、その中に囚われていた黄金の鎧の男は四肢を伸ばし、ゆっくりと地に降り立った。同時に、シェゾが糸が切れた人形のように床にくずおれる。
「あれっ、シェゾ、どうしたのっ?」
 驚いてアルルは呼びかけた。彼は、今や彼女にとってかけがえのない仲間だ。異界生物ヨグの情報をもたらし、これまでの長い旅を共にしてきた。――時折、気まぐれに姿を消すのが難点ではあったが、その度に新たな仲間が現れて助けてくれたので、戦力に不自由したことはない。
 一体何故、こんなにもヨグについて詳しいのか。また、たまに姿を消すのは何の理由からなのか。シェゾは黙して語らなかったが、この、クリスタルプリズンの奥に水晶に包まれて眠る男――彼が解放されれば全ては分かる、と、ただそう繰り返していた。水晶の封印を解くには八体のヨグ全てを倒すことが必要で、長い戦いの果て、ついにアルルたちはそれを成し遂げたのだったが。
「……ふぅ。やっぱり、自分の体はいいな」
 その鳶色の目を上げて、男は――いや、一人前に黄金の鎧をまとった小さな少年は、ホッとしたようにそう言った。
「キミは、誰……なの?」
「水晶から出たら、なんだかズイブン縮んじゃったみたいだけど……」
「え……?」
 アルルとルルーの声を聞き、少年は目をしばたたかせる。そして弾かれたように自分の両手を見て、「あ……あれっ!? ななっ、なんだこれはっ!?」と叫んだ。
「ま、まさか……オレは、ヨグスに呪いを………くっ、くそっ!」
「ちょっと、だからアンタは一体誰なのよ。ワケわっかんないわねぇ〜っ。シェゾ、早く説明しなさいよ!」
「ダ、ダメだよルルー。完全に気を失っちゃってるし……。ねぇキミ、キミは一体……? どうしてヨグの水晶の中に閉じ込められていたの?」
「あ、ああ……。そうだな、この体が解放されたら全てを話す約束だったからな」
「え?」
「まず、最初に言っておこう……。オレの名はラグナス・ビシャシ。だが、ついさっきまで、お前たちと共にヨグと戦っていたんだ。……その男、シェゾ・ウィグィィとして」
「え……ええーーーーっ!?」
「ちょっ……どういうコトよ!」
「話せば長くなるが……実は、オレはこの世界の人間ではないんだ」
 ラグナスは語り始めた。様々な世界に現れ、その世界の生物を狂化してその魂を食らう恐るべき怪生物、ヨグスのこと。彼の世界にもそれは現れ、彼はその世界の勇者としてそれを撃退したこと。だが、その直後に現れた別次元のヨグスに次元の挟間に引きずり込まれ、この魔導世界に転移してしまったこと。その際のショックで肉体と魂が分離してしまい、肉体を取り戻すためにもヨグスの八体の分身・ヨグを全て倒す必要があったが、肉体のない魂の状態では何一つ出来なかったこと……。
「それで、悪いとは思ったが、この男の肉体を使わせてもらっていたんだ」
「そ、それじゃあ……今までボクたちと戦ってきたシェゾは、シェゾじゃなかったってコトぉーーー!?」
「なるほど……確かにね。あのイヤミの魔導師にしてはヤケに物分りがいいし、協力的だから、おかしいとは思ってたのよっ」
「ま、まぁな……。とにかく、そうして戦っていたんだが、残念なことに、一つの肉体に乗り移っていられる時間には限界があったんだ。だから、限界が来ると別の肉体を捜して乗り換えるしかなかった」
「えっ……それじゃまさか、シェゾがしょっちゅういなくなってたのは……?」
「ああ。限界が来て、元のコイツに戻っていたんだ。コイツは、ヨグのことも、お前たちとパーティを組んでいたことも、何も知らなかったからな」
「ちょっと待ちなさいよ! じゃあ、シェゾがいなくなっている間に強引に仲間に入ってきた、無駄に踊るたらとか、ハッピー音痴鳥とか、のほほんデカマル商人は……?」
「ああ。全部オレだ!」
 ラグナスは高らかに明かした。「いや、バレないように演技するのに苦労したよ」などと言いつつ。
「へ、へえ……そうだったんだぁ……。すごいね、ラグナスって演技上手なんだねっ。ちっともわからなかったよぉっ」
 驚きながらも、アルルが褒め称える。
「ありがとうっ。勇者にならなかったら、役者になるのもよかったかもしれないな。
 だけど、戦えるような適当な肉体が常にあるわけでもなかったから、結構大変だったんだぜ」
 それを聞いて、ルルーがふと眉をひそめた。
「ま……まさかとは思うけれど、シェゾがいない時に時々出てきて、これからの道筋なんかを教えてくれた、あの人語を喋る謎のぷよは……?」
「ああ、オレさ」
「じゃあっ、じゃあ、ボクに新しい呪文を教えてくれた、あの”通りすがりのナスグレイブ”もっ!?」
「ああっ。勿論オレさっ!」
 異世界では勇者として女神に導かれる彼も、この魔導世界では導き手として地味に苦労していたようである。なんにしても、呪いを解いて完全復活できるのはまだ先。苦労はまだまだ尽きないだろうが……。
 ちなみに、盛り上がる三人の後ろでは、気を取り戻したシェゾが「何がなんだか全然分からんが……俺は、もう帰っていいのか?」などと、不機嫌そうに呟いていた。



誰もが一度は妄想するであろうネタ

「おい……。一体お前は誰なんだ!?」
 不機嫌そうに眉根を寄せ、シェゾは目の前に立つ少年――アルルたちはラグナスと呼んでいたか――を目で指し示した。
「あ……。そういえば、シェゾはラグナスを知らないんだっけ……」
 アルルが、昨日の献立を思い出した、とでもいうような気安い調子で口を開く。ラグナスの方も言われて初めて気づいたという風情で、それでも幾分かはしみじみとした口調でこう言った。
「そうか……。そうだったな、お前にはズイブン世話になったからな……」
「……何の話だ?」
「体が無かった時のラグナスはシェゾの体を借りてたんだよ」
 衝撃の事実を、アルルが太陽のように明るい笑顔で暴露した。
「はい〜っ!?」
「いや、すまなかった。乗り移ることが出来るのがお前の体だけだったんだ。断ろうにも言葉が届いてなかったみたいだしな……。
 ヨグは暴れ始めるし、魂のままでは何も出来なかったんで、つい……」
「な・に・が「つい」だっ!」
 笑顔で語るラグナスに、シェゾは沸騰した。まぁ、当然ではあるが。
「というコトは何か? 俺が今まで気がつくと知らない場所にいたり……、時々キズを負っていたり、道具が減ったり増えたりしていたり、アルルたちに騙されたり……、道端のウ○コを踏んでたり、マントに鼻水を付けられたりしたのは……、全部キサマのせいってコトかっ!?」
「う……。最後の方は覚えがないが、殆どその通りだ……。悪かったと思っている……」
「俺は……俺はなぁっ! 自分が変な病気になったのかとスッゲェ不安だったんだぞっ!!
 知らない町や村の連中……しまいにはアルルたちまでが友達みたいに親しげに俺に声を掛けてきやがる……。
 お前、俺の体を使ってヘンなコトをしなかっただろうな!?」
「………」
 ラグナスは黙り込んだ。満面の笑顔のままで。
「……おい?」
 よもや、こういう反応が返るとは予想もしていなかった。つーっ、と冷や汗が頬を伝ったシェゾの傍らで、「……まぁ、でも、確かにアレはねぇ……」と、アルルが苦笑している。
「ちょっと待て! お前、本当に何かしたのか!?」
「いや、悪かった。だが、これも世界平和のためだったんだ」
 当然許してくれるよな、と言わんばかりの揺るがぬ笑顔に、シェゾは初めて恐怖を抱く。
 コイツは……世界平和のためという名目であれば、どんなコトでもしかねないのではないのかっ?
 ましてや、他人の肉体からだなのだし……。
「おい……何だっ、俺の体で一体何をしたんだぁ〜〜っ!!?」
「まぁ、あんたは元からヘンタイなんだものねぇ。今更、失うものなんて何もないわよ」
 青ざめて苦悩するシェゾの背をボンと叩いて、ルルーが笑顔で止めを刺した。



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05/6/21の毒つぼより再録


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