それは、朝の一杯からはじまった。 「おっちゃああああああ!! 茶柱が……茶柱が立たんのじゃあぁああ〜〜〜〜〜っっ!!」 びくびくと痙攣……もとい、わなわなと震えながら、彼は叫んでいた。手に湯気を立ち昇らせた愛用の湯飲み茶碗をにぎりしめながら。 「これで三日目じゃ、茶柱が立たなくなってから。 何故……何故なのじゃっ!? 不吉なっ。茶柱の立たない茶などでは、一日が始められんのじゃっ!」 言い捨てると、湯飲み茶碗の中身を地面に返す。濡れた地面から湯気が立ち昇った。 「かつてない茶柱のこの異変……。さては!! 世の中に邪悪と憂いが満ち溢れているのか!? それを察知して茶柱がわしの湯飲みの中から……いかん、それはいか〜〜んっ!! おっちゃああああ〜〜!!」 湯飲みを持った腕をさし上げ、彼は決意を込めて絶叫した。 「世の邪悪を正して、我が湯飲みに茶柱を復活させるのじゃああ〜〜っ!!」
かくして、朝ののどかな光の中、一人の勇者が誕生した。 全く肉の付かないスレンダーボディ、抜けるような色白。大きな目は強い意志を秘めて奥深く輝き、その手には緑釉に赤い「茶」の文字の輝く、特製の湯飲み茶碗が握られている。 そう、彼の名はスケルトンT! お茶に森羅万象の意義と真実を見出す、愛と勇理のホネ男である。
Tの冒険
「まずは地道に諸国を行脚しつつ、庶民の憂いをはらすのじゃ」 お茶セットを持つと、彼は住処を出発した。元々、決まった住処など在って無きようなものなのだが。とはいえ、いつもはお茶を飲むのによさそうな場所を探しての呑気な放浪。傍からは同じように見えても、その意気込みは全く違う。 「にゃんにゃん」「にゃんにゃん」 やがて、彼は道端でじゃれあっている二匹の 「これこれ、猫や」 「なんだにゃん」「なんだにゃん」 じゃれあう動きを止めて、二対の青い目が見上げてくる。 「わしは民草の憂いをはらすため旅をしている者じゃ。お前たち、なにか困っていることはないかの?」 「あるにゃん」「あるにゃん」 「おお! それは何じゃ? このスケルトンT様はお前たちの憂いをはらすためにやって来たのじゃ」 二対の目がキラリと光る。 「ウチらは、お腹がすいてるのにゃん」「ペコペコにゃん」 言うなり、二匹の猫はスケルトンTに飛び掛かった。 「骨、かじりたいにゃん」「舐めたいにゃん」 「のぉおおおおおお!」 ガラガラと骨の崩れ落ちる音が響き渡った。
「これでひとつ、世間の憂いは取り払われたのじゃ……」 白い骨には猫のよだれと噛み跡。 ほうほうの体で逃げ出し……もとい、まさに我が身を削って使命を成し遂げたスケルトンTは、更に先へ進んでいった。 「困ったなぁ……」 小さな呟きが聞こえた。 「川の向こうへ渡りたいのに、橋が壊れていて渡れない。 困ったなぁ。パオン」 見ると、小川の傍に小さな小さな、てのひらに乗るくらいの大きさのゾウが座り込んでいた。 「これ、小さいゾウや。何か困っておるのかの」 「パオン!」 「飛び上がって怯えずともよい。わしはお茶をこよなく愛すイケてるナイスミドル、スケルトンT様じゃっ!」 湯飲みを差し出してビシリとポーズを決める。 「世の為茶柱の為、民草の憂いを晴らす旅をしておる」 「僕を捕まえに来たんじゃないパオン?」 小首をかしげて、小さなテノリゾウはじっとスケルトンTを見上げた。 「もちろんじゃ。一体何に困っておるのかの」 「この川を渡りたいのに、橋が壊れていて渡れない。パオン」 「うーむ……なるほどのう」 大した幅ではないが、小川は結構流れが急で深そうだ。 「十年……いや五年前なら、この程度の川ごとき、わしの華麗なジャンプ一発で飛び越せるのじゃが。最近、どーも腰の調子がのう。ぎくり、ときて。ぎくり、と……」 「パオン。困ったなぁ……」 川面を眺めて、悲しそうにテノリゾウは呟いている。 「ううう〜〜む。 ……おおおっ、そうじゃ! ゾウよ、安心してわしにまかせるのじゃ」 「パオン?」 「ほぉ〜〜〜れ!」 言うなり、ガラガラと勝手にスケルトンTはくずれ落ちた。その骨が独立した生き物のようにすうっと空に舞いあがり、一つずつ向こう岸へ渡る。ガシンガシンと縦に長くくっついて、細長い骨のアーチを形作った。 「さぁ、このわしの体を渡るのじゃっ」 「パオン!」 小さなテノリゾウがちょこちょことおっかなびっくり渡っていく間を、骨の橋は懸命に耐えた。 「ありがとう。 うれしいな、うれしいな。これで僕は自由。新たな世界が待っている。パオン」 ペコリと頭を下げると、テノリゾウは草むらの向こうへ駆けていった。 「ふっ。これでまた、世の憂いを一つ晴らしたのじゃ」 細長い橋の形になったまま、スケルトンTはフッと満足の息を落とした。 「さぁ、また別の憂いを晴らしに行かねばなっ。……よっと」 ぎくり。 破滅の音がした。縦に繋がった骨々の、腰骨の辺りから。 「おおっ!? 腰が……腰が、ぎくりとぉ!!」 それでも暫くの間、骨の橋はわなわなと小刻みに震えつつ、そのままの形で耐えていたが。 「だっ、駄目じゃぁああ!!」 力尽きた骨は、バラバラになって小川の流れの中へ落ちていった。
がぼがぼがぼがぼ。 行く川の流れは絶えずして、白骨は枯れ木のごとく、瞬く間に下流へと押し流されていった。幸いにして既に死体である身は溺れ死ぬことだけはないが、どこかの岩にぶち当たって砕ければ、それはそれで一巻の終わりである。 「あらあら〜〜ぁ」 川のほとりの、わずかなへこみに流れ込んだ淵。 岩に裂かれた流れと共に入り込んでくるくる回っていたされこうべを、下からぬっと現れた白い手が掴んだ。 「久しぶりに誰かが落ちてきたと思ったのに、残念だわ〜〜ぁ」 腕に続いて淵の底からせりあがるように現れたのは、青い髪にウサギのような黒い耳、豊満な肢体にレオタードを纏った妙齢のおねーさん……水の精霊・ウォーターエレメントだ。 「おおっ、キレイなおねーちゃん、わしと一杯、熱〜〜いお茶でもどうじゃっ?」 「あら、喋れるんだぁ」 わずかに眉を上げて言うと、ウォーターエレメントは肩をすくめた。 「若いオトコがよかったのよねぇ〜〜。大負けに負けて若い女の子でもよかったんだケド。……ま、いいわ。コレでも何もないよりはマシよね〜〜ぇ」 むっちりとした胸にされこうべをぎゅっと抱え込むと、ウォーターエレメントは淵の底へと沈んだ。 否、沈もうとした。 かぽん。 するりと腕から逃れたされこうべは、ぷっかりと水面に浮かびあがった。かぽかぽと揺れている。 「………」 ウォーターエレメントの長い耳がぴくぴくと揺れる。 もう一度、がばりと抱えて沈めようとした。 かぽん。 再び浮かび上がるされこうべ。 ウォーターエレメントの長い耳が更に揺れる。案外落ち着きのない性格なのかもしれない。 「……考えてみたら、とっくに骨になってるのなんか持って帰っても邪魔なだけよねぇ〜〜。悪趣味だわ。 こんなの、いらなぁ〜〜いっ!」 いらないゴミは捨てなくっちゃ。川はキレイにしないとぉ。 そう言い捨てて彼女が片腕を振ると、淵によどんでいた川の水が渦を巻いて盛り上がった。浮かんでいる骨ごと。 ばっしゃああああん! 「地面の上にもゴミを投げ捨ててはいかんのじゃぞ〜〜!」 そのまま、骨は水と共に川岸へと投げ捨てられた。
「う うう……。 流石に、川の流れは老骨にはこたえたわい」 バラバラになった体を一つ一つ寄せ集めつつ、スケルトンTがどうにか体を再構成したのは、岸に投げ捨てられて少しばかり時間が過ぎてからだった。 「ん……?」 「ぐぐ〜〜ぅ」 上がる小さな声に、眼窩の奥の目(?)を瞬かせる。己の白い骨に混じって、鮮やかな黄色い物体が見える。大き目の黄色いおまんじゅうのようだったそれは、ぶるぶると震えると ピン、と丸まっていた長い耳を伸ばした。ぴょこぴょこと短い手足が出てくる。 「ぐ〜〜〜」 「おお? お前さんは確か、あの無駄に元気……いや、溌剌とした嬢ちゃんといつも一緒にいる……」 「ぐー」 ずぶ濡れのカーバンクルが、ぐるぐると目を渦巻きに回しながら小さな手を上げた。どうやら、一緒に川から投げ捨てられたらしい。 「お前さんも川に落ちて流されとったのかの」 「ぐー!」 「嬢ちゃんはどうしたんじゃ?」 「ぐー……」 「そうか、はぐれてしもうたのか」 「ぐっ」 「迷子か……困ったのう」 スケルトンTは半身を起こしてあぐらをかいた。 「ぐー……」 つぶらな瞳で、カーバンクルが見上げている。 「むぅう……わしとて世のため茶柱の為、世の憂いを晴らす大事な旅の途中……。し、しかしっ。いたいけな迷子をほうっておくなどそれこそ言語道断。茶の心に背けば我が心の師マスター・イッサに鼻をつままれるというものじゃっ」 ぐっと右手を握る。 「一緒に川を流れたのも何かの縁。任せるがよい! 見事、嬢ちゃんを探し出してみせようとも。 だっぽりと安心して、このわしに付いてくるのじゃぁ〜〜〜っ!」 「ぐーっ!」 背後に炎をしょってそうな勢いで高らかに宣言した彼に合わせ、カーバンクルは瞳をきらめかせて声を上げた。しっかり、このホネ男を頼りにすることにしたらしい。 「……と、その前に熱い茶で一服せんことには。年寄りは冷えると関節がどうも、のぅ。いたたたた」 へなへなと座り込んだ背後で、ぷしゅうぅ〜〜と消える炎。 「ぐー」 言うまでもなく、限りなく不安な道連れではあった。……お互いに、ではあるが。 「ではまず、湯を沸かそうかの」 スケルトンTが手品のように肋骨の奥から道具を取り出し始めた時、カーバンクルが鋭く鳴いた。 「ぐーっ!」 「んっ?」 傍らの茂みが揺れている。勢いよく掻き分けられると、ドスのきいた声が響いた。 「んんんっ、聞こえるぞ、聞こえるぞ。ついに見つけたぜっ!」 茂みを割って、硬そうな毛に覆われた巨大な影が飛び出してきた。 「よくも逃げだしたな。このアウルベア様をバカにするヤツは許さねぇぜ、オラオラァ!」 丸太のような腕を振り上げ、それは大きなくちばしを開けて叫んだ。 「な、なんじゃ、お前さんは」 「んんっ? なんだ、じじぃかっ」 大きく舌打ちして、アウルベアはスケルトンTをねめつけた。 「やいやい じじぃ、この辺で俺様の大事なコレクションを見なかったかっ? 隠すとタメにならねぇぜっ!」 長い爪をこれみよがしに打ち鳴らす。無駄に威圧的なのは、虚勢なのか、もはや癖なのか? 「コレクション……? わしらはつい今、ここに流れてきたばかりじゃが」 首を捻ると、アウルベアは地団太を踏んだ。 「俺様が苦労して捕まえたのに、逃げ出しやがったんだ。橋は壊れていたし、遠くに逃げられるはずがねぇ。誰かが逃がしやがったに違いねぇんだ! チクショウ、チクショウ! いくら捕まえても、ちっこいヤツラは逃げていきやがる。なんでみんな、俺様のところからいなくなっちまうんだ。オラオラオラァ!」 毒づきながら腕を振りまわすと、引き千切られた小枝や葉が、バラバラと傍らの骨の上にはね踊った。 「俺様のコレクションを逃がした奴、許せねぇ。この爪で引き裂いてズタズタにしてやるぜ!」 「まぁまぁ、そんなにカッカせんと。落ち着いて茶でも一服いかがかの?」 「茶だとォ? ハン、そんな年寄り臭いモノ飲んでたまるか。俺様の口には合わないぜっ」 湯気の立つ湯飲み茶碗を差し出していたスケルトンTの表情(?)が、ビクリ、とひきつった。 「な、なんじゃとぉぉ!? 口に合わないとなっ!!」 既に周知のことであるが、茶を否定する発言は彼を激昂させる。いわば逆鱗であった。 「許さぁ〜〜ん! お茶を笑うものはお茶に泣くのじゃあ!」 「ワケのわからねぇことを言いやがって。俺様に文句あるのかじじい!」 「大有りのオオアリクイじゃあぁ〜〜〜っ!! 若人よ、時の重みの制裁を受けるがよい! くらぇい お茶ホネパァ〜〜ンチっっ」 へなへな……ポスッ。とパンチがアウルベアの脇腹に炸裂した。 「……………。 くだらなすぎ〜〜〜るっ! オラオラオラァ〜〜〜!!」 「きゅぅ〜〜〜〜っす!」 目にも止まらぬアウルベアの爪の閃きで、あっけなく、スケルトンTはバラバラと崩れ落ちた。 「フン、手応えがなさ過ぎる。俺様とケンカするには百年遅すぎるぜ!」 「くぅぅ……。伝統の……伝統の力が……」 地面の上で積み重なりながら、骨はカタカタと震えている。キッとアウルベアを睨んだ。 「覚えておくがいい。手から手へと、先人から伝えられてきた時の重みを軽んじれば、いずれその報いを受けるじゃろう!」 「その有り様でよくそれだけの捨て台詞がはけるな」 呆れて言ったアウルベアは、ふと地面の上で踊っている黄色い生き物に目を留めた。 「ぐぐっ」 いついかなる時も平常心を忘れない。それとも応援か、まさか挑戦なのだろうか? 「ほう。ちっこくて可愛いヤツがここにもいるじゃねぇか。 よぅし、逃げたアイツの代わりに、こいつをコレクションにしてやるぜ」 アウルベアは、その長い爪でカーバンクルを掴み上げた。 「ぐぐぐっ!?」 流石に、驚いたようにじたばたと暴れるカーバンクル。だが、かなり強く握っているらしく、逃れられない。 「くくく。今度こそ絶対に逃げられないようにしてやるからなっ」 「ぐっ」 嫌だ、というようにカーバンクルがもう一度身をよじった時。 「待つのじゃーあっ!!」 「!?」 振りかえったアウルベアの視線の先に、再びすっくと立つスケルトンTの姿があった! 「ぐーっ!」 「なんだと!? じじぃ、もう復活したのかっ」 「ふっふっふっ……。驚いたようじゃのう。このわしは不滅なのじゃっ。たとえお前さんに何度倒されようとも、わしが真に屈することはないっ。 さぁ、その小さき者を放すのじゃ!」 ばばーん、と背後に派手な背景でもしょってそうな勢いで、スケルトンTはビシリと湯飲みを持った右手を伸ばした。一歩も譲らないという気迫十分である。 「くぅうっ……じじぃのクセにナマイキなっ。 時にじじぃ、その力の秘密とは何だ!?」 「ふぉふぉふぉふぉふぉ! その秘密はこの湯飲み茶碗にあり、じゃ。この湯飲みの中のお茶がある限り、わしは不滅なのじゃ〜〜〜 あっ」 「そうか、それはいいことを聞いたぜ、オラァ!」 あっさりと、湯飲みはアウルベアの手にもぎ取られていた。がくり、とスケルトンTの腰が落ちる。 「あうっ。再び腰がぎっくりと!」 「何度でも復活させてくれる茶か……いいものが手に入ったぜ。俺様のものは俺様のもの、お前のものは俺様のものだっ。この湯飲み茶碗とコイツは、俺様かいただいていくからな!」 高らかに笑うと、アウルベアは背を向けた。 「ま、待つのじゃ」 手を伸ばすものの、ふるふると震えるだけで老骨は動けない。今度こそ、万事急須……もとい、休すかっ。 アウルベアに握られているカーバンクルの額が、キラリと光った。 「ぐーーーーーーっ!!」 「ん ぎゃあああああっ!?」 まるで感電でもしたかのように。 カーバンクルの額の宝石から放たれた光線で、アウルベアはビリビリと痙攣してしびれた。 「今じゃあっ! 必殺の、お茶ホネアタ〜〜〜〜ック!!」 バラバラに崩れたスケルトンTの骨の一本一本が、石つぶてのようにアウルベアにとびかかった。 「いでっ、いでっ、いでででで!!」 よろめくアウルベアは避けられず、その全てを体に受けて悲鳴を上げる。 「チクショウ、おぼえてやがれ〜〜っ!!」 握っていたカーバンクルを取り落とすと、涙目になってアウルベアは逃げ去った。その勢いで、反対の手に握っていた湯飲み茶碗がすっぽ抜ける。 「おちゃ〜〜〜〜っ!? わしの湯飲みが!」 大きく弧を描いて宙を飛び、湯飲み茶碗は地面へ吸い込まれていった。 「あ あ あ ぁ」 ごつっ「いてっ!」 鈍い音がした。地面よりももっとやわらかいものに当たったような。 「な、なんだ? なんでこんなものが空から……コブになったじゃねぇか」 頭をさすりつつ茂みの奥から出て来たのは、夜のような服を着た、銀色の髪の青年だった。――闇の魔導師シェゾ・ウィグイィである。その手には緑の地に赤く”茶”と書かれた湯飲み茶碗。どこも割れても、欠けてもいない。 「おおおぉお………おちゃああああああ!!」 「ぬおっ!? なっ……なんだお前は、抱きつくな!」 「わしの湯飲み茶碗が……お前さんは恩人じゃあぁあ」 黒い服に感謝の涙をこすりつけて湯飲み茶碗をもぎ取ると、スケルトンTはぐちゃぐちゃの笑顔でシェゾを見上げた。 「無事に湯飲みも帰ってきたし、さっそく茶を飲むのじゃ。お前さんも一緒に飲んでいっておくれ、是非」 「はぁ? 俺はこんなところでホネ男と茶を飲むほどヒマではない。……おい、いいかげん放せ」 「まぁそう言わずに。特別の茶を淹れるのじゃ」 「いらんと言っとろーが! 放せ!」 「ぐーっ」 ちょこちょことカーバンクルが駆けてくると、スケルトンTの傍らにちょこんと座った。こちらは茶を飲む気 満々らしい。 「ん? こいつはカーバンクル! 何故こいつがここに……。 ということは、アルルもこの辺にいるのか?」 慌てて、シェゾはキョロキョロと辺りを見回した。――当然、目当てのものは見当たらないが。 「おおそうじゃ、お前さんも無事でよかった。お前さんにも特別美味しい茶を淹れるからの」 「ぐうっ」 カーバンクルは嬉しそうに声を上げている。共に潜り抜けたピンチが、二人の絆を強固なものにした……のかもしれない。常になく密な空気が二人の間に流れている……ような気もする。 「……ふん。 こいつの傍にいれば、そのうちアルルの方からここに来るかもしれんな」 シェゾはひとりごちた。その場に居残る気になったようだ。 こうして、奇妙な面子でのお茶会が始まった。 スケルトンTがどこからともなく取り出した緋もうせんに、ザブトン。熱い湯の入った鉄瓶。(どこで沸かしたのかは謎である。)茶器のセット。まもなく、座る一人一人に湯気の立ち昇った湯飲みが供された。 「ぐぐっ」 待ちかねたように、カーバンクルが湯飲みを舌に巻き取って一気に中身をあおる。熱さは気にならないらしい。一息ついて、キョロキョロと緋もうせんの上を見回した。 「ぐぐぐ?」 「ん、すまんのぅ。生憎お茶菓子の準備はないんじゃ」 「ぐーーぅ」 がくりとうなだれるカーバンクル。が、ややあってゆるりとそのつぶらな瞳を上げた。 「な……なんだ。何故俺を見る」 期待にきらめくカーバンクルの目。つられたようにスケルトンTまでが尋ねた。 「お前さん、何かお茶請けになるようなものを持っておらんのかの?」 「食料はらっきょぐらいしか持ち合わせが……って、なんで俺が出さなきゃならん。 ……おい。やめろ、勝手にまさぐるな!」 「ぐーっ」 暴れるカーバンクルをどうにか引き剥がし、シェゾはげんなりした顔でらっきょを取り出した。観念したらしい。 「くっ……なんで俺がホネや怪生物に大事な携帯食を……」 「ぐぐぐっ♪」 踊りながららっきょを口に放りこんでいくカーバンクル。これこそホントの踊り食いというヤツか。 「どうしたんじゃ? 早く飲まんと、茶がぬるくなるぞ」 「………。 これもそれも、アルルが来るまで……来るまでの辛抱だ」 深く息をつき、シェゾは無造作に湯飲みを掴んで中身をすすった。 一口、二口と黙って飲んでいる。 「どうかの?」 伺うようにスケルトンTが言った。 「あ? ……ああ、うまいな。 渋味の中にも甘みがある。いい茶だ。茶器も予め暖めてあるし、茶葉の蒸らし具合と浸出の時間も見切ってある。――いいんじゃないか?」 「…………」 淡々と評して、また湯飲みに口をつけたシェゾの前で、スケルトンTはふるふると震えた。 「……ぉおおおおおっちゃああぁあ!!」 「んぶっ!?」 突然間近で絶叫されて、盛大にシェゾは茶を吹き出した。その腕をガシリと骨の手が掴み、カクンカクンとされこうべを揺らしながらまくしたててくる。 「かっ感動じゃああ! お前さんは茶の心がよぉ〜〜っくわかっとる。こんなにもわしの茶を理解してくれる者に会うのは、わしゃ初めてじゃーーっ!」 「いちいち叫ぶな! お前の感動の仕方は心臓に悪いっ」 吹き出した茶をぬぐいながら怒鳴る様子には頓着せず。掴む骨の指に一層力がこもる。 「お前さんこそ我が真なる茶の心の友。べすとおぶ茶飲み友達じゃ! これからも茶の茶による茶の為の人生の機微を熱く深く語りあおうではないか」 「そんな抹茶臭い人生のコトなんざ知るかっ」 「おお、抹茶もいいのう。一度本格的な茶会を開くのもいいかもしれんなっ」 機嫌よくスケルトンTが言ったとき。 「ふっふっふ……。逃げもせず同じ場所で茶を飲んでいるとは、随分のんきだな」 不敵な笑い声と共に、傍らの茂みがガサガサと不穏に揺れた。 「オラオラァ! あの程度でこの俺様をあきらめさせられると思ったら、大間違いだぜぇっ」 茂みを割って、アウルベアの巨体が飛び出してきた。腕をかざして、長い銀の爪をきらめかせる。 ――が。 「ぐぐぅ!」 「ん、そうかそうか。お前さんも来るかの。 そうじゃ。今日からわしらは仲良し茶飲み三人組じゃあぁ!」 「却下だーーっっ!!」 構わずに続けられている三人の会話に、アウルベアの意気が少々落ちた。 「おい……無視するなよ」 閑話休題。アウルベアは気を取り直す。 「ふん……まぁいい。トボけていられるのも今のうちだけだぜ、じじぃ。今回は、お前を倒す強力な助っ人を呼んで来たんだからな。俺様に逆らったことを泣いて後悔しやがれ、オラァ!」 先生、お願いしますっ! そう言って道をあけたアウルベアの背後から、ゆっくりと細身のシルエットが進み出てきた。 細い――いや、細すぎる。 「おっ……お前はっ!?」 カラカラと干からびた白い体。ぽっかりと暗く開いた眼窩。 見た目、スケルトンTと寸分たがわぬように見える。――骸骨の姿をした魔物。 「お前は、D! 我が積年のライバル、スケルトンDではないか!」 「久しぶりだね、T」 叫ぶスケルトンTに、それは不敵に笑って(?)みせた。うりふたつ――唯一、手に持っているのが茶色い小ビンに入ったドリンク剤だという点が、Tとの相違点か。 「永き確執の決着をつける時が、ついにきた。辛気臭くて胡散臭いお前より、この僕の方が優れていることを、今ここに知らしめてやる!」 「むむぅ……。ついに決着をつける時が来たというのじゃな」 「ふっ……怖気づいたのかい?」 「なにおぅ! こちらこそ、望むところじゃ!」 対峙する二人のホネ男の間に、ただならぬ緊張感が漂った。 この二人の間には、永き時すらも風化させることが出来ぬ、深く広い溝が有る。己が己である限り、決して譲れぬ思い。そして今、それをぶつけ合い雌雄を決する時がきたのであった。例え互いに倒れ伏すことになろうとも。 「では、いくぞ」 「おうとも!」 それぞれ手に湯飲みとドリンク剤を構え、二人のホネ男はぐぐっと間合いを取った。 先に動いたのは、Tの方だった。 「聞けぃ! 日本茶に含まれるカテキンは抗菌作用を持ち、ガンにも効くのじゃーーっ!! その他、ビタミンCやEも豊富で老化防止にも効果があるんじゃぞっ」 「なんの! 僕のドリンクにはタウリンが1000mgだぁあーっ!! タウリンは目や心臓によく、肝臓を強化する他、子供の頭もよくなるのだ!」 ずるり、と傍で見ていた闇の魔導師のマントがずれ落ちた。 「まだまだーぁ! 消臭効果があり、虫歯の予防にも効果じゃ!」 「あらゆる栄養素をバランスよく配合した滋養強壮効果で、虚弱体質の人も精力増進だぁっ!」 「なにおっ! わしの茶を飲めばいかなる疲労も怪我もたちまち回復じゃっ」 「なら、僕のドリンクを飲めば元気モリモリ、魔力だってアップして、強力な魔法を使えるようになるんだからな!」 「ほう……。魔力アップドリンクか」 思わず落ちたシェゾの呟きを聞き逃さず、Dが勝ち誇って叫んだ。 「見ろ! お前の弟子は僕の側についたぞ。やっぱり僕の勝ちだ!」 「にゃにゅおぅ! わしの……わしの茶の力は、ドリンクなんぞに屈したりはせん! 何故ならわしらは仲良し茶飲み三人組じゃから!」「ぐーっ!」 「だから却下だと言っただろうがっ! つーか誰が弟子だっ」 シェゾは今度は叫んだが、これは無視された。 「ふっ……。最後の決着をつける時が来たようだな、Tよ」 「ふん……。そのようじゃな、D」 どちらが真の勝者か。 二人は決意を込めた瞳(?)でにらみ合った。最後の時がきたのだ。互いの、飲み物を持つ手がかすかに震えている。 殆ど同時に、それを勢いよく振りかぶった。 「くらぇい! 究極の…… お茶ボンバぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」 「受けろ! 情熱の Dスプラぁ〜〜〜〜〜〜〜ッシュッッ!!」 壮烈な気迫と共に、互いの手の容器からそれが激流となってほとばしった。 スケルトンTの手から熱い茶がDに、スケルトンDの手から冷たいドリンク剤がTに。 一瞬の後、二人は全身ずぶぬれになって悲鳴を上げていた。 「おちゃあああぁああ! 腰がっ。腰が冷えて神経痛がぁ」 「うわぁあああああっ。火傷っ、火傷したぁあっ」 互いにのたうち、がくりと地に膝をつく。 しかし、どちらも倒れるには至っていない。 風が、通りぬけた。 ようやく顔を上げて、荒い息の下からDが呟いた。 「引き分け……だね」 一見して、ダメージは同等だった。互いの最終奥義を交錯させてこの結果だったのだから、雌雄を決するには未だ互いの力量が足りなかったといえるだろう。 「ふっ……。そうではないぞ」 同じようにうなだれて息をついていたTが、言った。 「なに!?」 「感じるじゃろう。 ……ドリンク剤は乾いても、ただベタベタするだけ。 じゃが、お茶は体に塗っても健康にいい。シミソバカスが消えて美白効果がある上、アレルギー性皮膚炎にも効果あり。更には、患部に塗布すれば水虫にも効くのじゃあぁあっ!!」 「み、水虫にも!」 ガーン! ハンマーで殴られたかのごとく、Dはガラガラと崩れ落ちた。 この瞬間、雌雄は決した。 「せ、先生がっ。――チクショウ、おぼえてやがれっ!」 ワンパターンのセリフをはきながら、アウルベアが逃げていった。 「弟子にも見放されたようじゃのう」 「ふっ……。僕の完全な負けだね」 「………」 「………」 カシャカシャと骨を組み合わせると、よろよろとDは立ちあがった。Tに背を向けて。 「だが、負けるのは今回だけだ。次こそは……お前を倒す!」 「うむ。待っておるぞ、Dよ。 ……どうせ次もわしが勝つに決まっておるじゃろうがのぅ」 「今のうちにせいぜいほざいているんだね。 さぁ、行くよ。我が新たな弟子よ」 と言ってDが顔を向けた相手は、ハトが豆鉄砲食らったような顔で間抜けに声を上げた。――言わずと知れた、シェゾ・ウィグィィ。 「はぁ? なんで俺が」 「そうじゃぞ、Dよ。彼はお前の弟子ではない。 わしの茶飲み友達、略してチャノミーじゃっ」 「それも違う!」 「しかしね、Tよ。 彼のように青白くて不健康そうであの若さで全白髪になってるような虚弱体質者は、僕の滋養強壮ドリンクを飲んで元気をつけるべきだと思わないかい」 「むむぅ。それを言うなら、彼のようにいつも無意味にムッとしてて眉間にしわが寄ってて怒りっぽい男は、わしと一緒に茶でも飲んで神経を休めるべきなのじゃ。そうじゃろう」 「いやいや。彼のように夜更かしが好きそうでいかにも生活のサイクルが狂ってそうな男は、僕のドリンクで体調を整えた方がいいと……」 「いーや。彼のようにじじむさくていつもいつもヒマそうな男は、わしと一緒に茶を……」 言い争うホネ達の間近で、シェゾは黙って魔剣を構えた。 「アレイアード!」 軽い爆発音と共に、二人分の人骨がバラバラと宙に舞った。
余談。 二人の骨はごちゃごちゃに入り混じり、しかもあちこちに散らばった。互いの骨を正確に分別し、体を再構成させるのには、かなりの時間を要したという。
「カーくん! ここにいたんだね。心配したんだよ〜!」 「ぐーっ!」 夕闇が押し迫る頃、再びティータイムに入っていたスケルトンTとカーバンクルの元に、ようやくアルル・ナジャがやってきた。 ちなみに、シェゾは怒って帰ってしまっている。つくづく間の悪い男だ。 「スケルトンT、キミがカーくんの面倒を見てくれていたんだね。ありがとう!」 「いや、世のため茶柱のため、世の憂いを晴らすのが今のわしの使命じゃからの」 言いながら、今しがた淹れたばかりの湯飲みの中身を覗く。 やはり、茶柱はない。ため息をついた。 「どうしたの? ……えっ、茶柱?」 話を聞いて、アルルはちょっと考え込む。 「ねぇ、ちょっとそれ、貸して」 言うと、急須のふたを取って覗きこんだ。 「あ、やっぱり。 ……ね。この茶漉しのせいだよ。茶漉しを使うと、お茶っ葉がお茶に入らないから。だから茶柱も出来なかったんだね」 顔の横に掲げられたアルルの指には、小さな丸い茶漉しが挟まれている。急須の注ぎ口の内側にはめ込むものだ。 「………。 おおっ! そうじゃった。さきおととい、行商人に勧められてその茶漉しを買ったんじゃったわい! なんじゃ、そのせいで茶柱が立たんかったんじゃの」 「そうみたいだね。外したから、もう大丈夫だよ」 にっこりと、花のようにアルルは笑う。感激のあまり、スケルトンTは湯飲みを差し上げて叫んだ。 「おちゃあああぁああああ!!!」
かくして、スケルトンTの湯飲みの中に茶柱は復活した。 しかし、これからも彼の茶に茶柱が立たなくなることがあれば、彼は再び、世の憂いを晴らすために旅立つだろう。 行け、僕らのスケルトンT! 戦え、僕らの勇者スケルトンT!!
似たような話ばかりだと厭なのでクッションとして書いたもの。元は裏用の書下ろし(01/9/25)でした。 |