謎の人、カンタビレ

 ダアトの図書館で閲覧出来る神託の盾オラクル騎士団の組織図の中に、第六師団師団長カンタビレの名前があります。配下は八千人で、神託の盾の師団の中では最大です。けれどこの人、名前だけで、物語の中には全く登場しません。人々の噂に上ることすらないのです。

 プレイヤーの間では、イオンが語っていた「ロニール雪山に任務に赴いて、雪崩で多くの部下を失った六神将」こそがカンタビレで、彼(彼女)は大怪我を負うか死ぬかしたのではないかと考察されることもありました。(現在の六神将は、カンタビレを除いて特務師団長のアッシュを数えるとされていますが、本来は第一〜第六師団の師団長を六神将と呼んだ、または全員で七神将と呼ばれたとも考えられるので。)ですが、ゲーム中にそれを確定できる要素はありません。

 カンタビレは何者か。どうして名前だけで、全く物語中に現れないのでしょうか。

 

 私は単純に、カンタビレは元々シナリオに存在しないキャラだったのではないかと考えています。

『アビス』の世界では、音階の数でもある「7」という数字が象徴的なものとして扱われています。七つの譜歌、七つの音素、七番目の音素意識集合体ローレライ、七番目のレプリカイオン、アッシュに七年・ルークに七年仕えたガイ、七年前に誘拐されたアッシュ、生まれて七年目のルーク。

 ところが、敵キャラ(神託の盾騎士団の師団長)は六人です。そこで、設定上だけでも数を「7」にするために、名前と役職だけ、帳尻合わせで決められたキャラではないのかと。

 

 そんなカンタビレの人物像が僅かなりとも明かされたのは、ゲームの三ヵ月後に出版されたファミ通版の攻略本が最初でした。その前に発売されているナムコの公式攻略本には全くその情報はありませんので、この頃作り足された設定ではないかと推測します。この本の用語事典には、カンタビレについて

強固な導師派であるため
ヴァンやモースに反発したため、疎まれてつねに地方に派遣されている。

と書かれてあります。

 なんと。左遷されていたとは……。しかし、カンタビレは神託の盾騎士団の兵士たちを統率する師団長の一人、それも最大の師団を束ねる人物です。それが師団長としての任を解かれることもなく、ただ左遷? それに地方とはどこでしょうか。ローレライ教団の領地はパダミヤ大陸ですが、都市はゲーム中で確認できる限りダアトくらいしかありません。他国が攻めてくる様子もないのに、人のいない辺境に、一個師団ごと無意味に駐屯させられているのでしょうか。魔物討伐でもさせられているのか。だとすれば、やはりロニール雪山に任務に向かった六神将はカンタビレで、危険任務をいちいち押付けられ、外国であるキムラスカやマルクトにも、何かにつけて派遣されているのでしょうか。これだけでは状況がよく分かりません。

 

 ところで、雑誌『ファミ通PS2』Vol.210のシナリオライターインタビュー中、イオン(レプリカ)についての話の中に、こんな一文があります。

ジェイドと密接なつながりを持っていた改革派の詠師が失脚し、そのあとに改革派のトップになった導師イオンと引き合わされてジェイドとイオンの親交が始まります。このときのイオンはすでにレプリカです。

 私はこれと、強固な導師派であるというカンタビレの地方派遣を結び付けて考えて、「ジェイドと繋がりがあった改革派の詠師=カンタビレ」と考え、カンタビレ失脚後に導師イオンがヴァンの手によって改革派のお飾りの頭に据えられたのだ、と考えたりもしました。

 尤も、詠師は教団に六人しかいない要職なのですから、詠師の一人たるヴァンの部下であるカンタビレもがそうだと考えるのは、無理があるかもしれません。

 

 それはそうと、改革派=導師派で、導師イオンは「預言は生活の指針の一つに過ぎない」というという思想の持ち主であり、主人公であるルークたちの仲間……と考えると、強固な導師派(改革派)だというカンタビレは正義の人、ルークたちと思想を同じくする味方、のように思えてしまうのですが。そう考えると、物語上で疑問が出てきてしまうことになります。

 カンタビレがモースやヴァンに疎まれ、なのに地方に派遣されるのみで地位を失わない程度に強い存在で、かつ「同志」ならば、ルークたちがヴァンやモースに対抗して導師イオンと共に世界中を巡っていた時、全く接触してこないのは異様だからです。

 モースとヴァンが教団から失脚するまでは押さえつけられて動けなかったのだとしても、レプリカ編では動いて然るべきですし、イオンが同じ思想の持ち主としてカンタビレを認めていたなら、教団再編を始めた時に中央に呼び戻さないはずがないでしょう。なのに、やっぱりカンタビレは現れませんし、イオン、モース、ヴァンらの口にも名前すら出ることがありませんでした。

 そんなわけで、カンタビレはヴァンやモースの敵であっても、ルークたち(イオン)の味方という訳ではないのではないかと考えました。

 二年前、ユリアシティで特訓していたティアとリグレットに襲い掛かり殺そうとした男は、改革派です。

 ゲーム後半、ルークたちにとって心強い味方となってくれる詠師トリトハイムは、大詠師派です。

 改革派(導師派)は保守派(大詠師派)に比べて「正義」という訳ではないのです。

 昔ながらに預言に大人しく従うことを美徳と考えるか。

 都合の悪い預言にまで唯々諾々と従うことなんてない、預言は道具だと考えるか。

 この二つの大まかな思想の中で、更に、「預言は絶対遵守、人を殺してでも預言は守られるべき」と考えたり、「預言に盲目的に従うなんて愚か。預言にしがみつく奴を殺してでも教団を変えてやる」と考えたりする過激な人たちがいる。

 そんな感じで、カンタビレは「保守派を殺してでも預言を否定してやる」という過激派だったのだろうか、と考えたりもしました。だから、改革派とは言え甘い(影でヴァンに操られていた)導師イオンに疑念の目を向けており、最後までルークたちに協力せず、狡猾に事態を見守っていたのではないか……なーんて。

 実際は、元々シナリオに存在しないキャラだったから、話に絡めようがなかったんでしょうけどね。

 

 そんな風に考えていたのですが、そのカンタビレが、ついに公式ストーリーに登場することになりました。『アビス』の一年半後に発売されたゲーム『テイルズ オブ ファンダム Vol.2』で、ティアの過去に関わる人物、隻眼で刀使いの女将軍として登場したのです。

 その報を聞いて、一体どんな人物として描くのか興味を持ちました。なにしろ、「本編には全く絡まない」という制限のあるキャラクターですから。あまり「素晴らしい人」にしてしまうと、どうして本編では何もしなかったのという話になり、それを突き詰めると、本編中では既に死んでいただとか実は幽閉されていたという話にするしかない。一体どうするのか。小物扱いか? それとも、お約束に「本編キャラに重大な影響を与えた、過去の死にキャラ」になるのか?

 

 正解は……。「派閥争いに興味はないとアピールしつつ、ヴァンやリグレットの思想は嫌いで、彼らがやろうとしていることにある程度勘付いている。が、自分で動くつもりはなく、ティアを焚きつけて、彼女一人にヴァン討伐の責任も覚悟も丸投げした」人でした。容姿やぱっと見た目の性格は豪快な「女傑」のイメージなんですが、根が日和見なのか、単に狡猾なのか……。

 初めて会ったとき、カンタビレはティアを含む士官候補生たちにこう言います。

「半人前のヒヨッ子ども、よく聞きな! あたしは神託の盾騎士団第六師団を預かる、カンタビレだ。これから実地訓練を通じて、あんたたちには実戦で物になるだけの実力を、身につけてもらう。
近ごろは教団も世知辛くてね。やれ誰が導師派だの、大詠師派だの、そんな話ばっかりだ。ま、かくいうあたしも、導師派ってことになってるらしいけど。あんたたちにあらかじめ断っておくが、そんなのは、一切関係ないからね。あたしは自分の実力だけで、今の地位に上り詰めたんだ。だからあんたたちも、余計なことは考えず、技を磨くことに集中しな。
いいかい、ヒヨッ子ども。あたしは実力のある奴が好きだ。そういう奴はどんどん取り立ててやるよ。あんたたちの力次第で、あんたたちの人生は、望むようになるってことさ」

 カンタビレは叩き上げの実力主義の人間らしく、派閥争いを疎んでいるようです。攻略本にあった「強固な導師派」という人物像はここには窺えません。「つねに地方に派遣されている」など、ちょっとギャグのような設定でしたので、キャンセルされたのでしょうか。自分一人の力でこの地位まで上り詰めたという自負があるためか、ティアを「コネで贔屓されている人間」だと色眼鏡で見ていたようで、ティアがリグレットに特別指導を受けたことやヴァンの妹であることに関して嫌味を言い、生意気だと怒鳴りつけたりもしていました。

 ティアの入団志望の動機が「兄の側で働きたいから」だと知ると、覚悟が足りない、その甘さを改めない限りティアを高く評価することはないと非難し、ヴァンに傾倒するのはやめるよう忠告します。

「あの男は、あんたの理解できる域を超えている。あんたがいくらあがこうと、近づくことはできないよ。自分の無力さを思い知らされるだけだ」

 そして自分の目で見ないと納得しないだろうと、ヴァンが外殻崩落のための超振動実験を行っている場所にティアを行かせたのでした。

 この流れを見る限り、カンタビレはヴァンが何をやっていたか・やろうとしていたかをかなり深いところまで知っていたことになります。そして「自分の無力さを思い知らされるだけ」と言っているのですから、諌めようとしたことがあるのだとも読み取れます。カンタビレは陰謀を止めようとしていた、主人公側に立つ人間だったのか……?

 ですが、問題はその後です。

 実験場で兄への疑念を深め、ついに兄を討つ決意をしたティアは、カンタビレに大詠師モース配下に自分を推薦してくれるように頼みます。この時、カンタビレはティアに「どうやら覚悟を決めたようだね」と言うのです。「あの親父はあたしを煙たがって、どこかへ飛ばそうとしているからね。言う事を聞いてやる交換条件にでもするさ。無言で従うだけじゃ、面白くないからね」とも。つまり、最初から自分が左遷されることが分かっていて、ティアの願いを叶えてやったのです。

 物語の文脈上、彼女のこの行動は「賞賛すべきこと」に位置づけられています。ティアはカンタビレに感謝し、恩人だと思うという結末です。しかし、私は疑問を感じました。

 カンタビレはヴァンの陰謀を知っていた。そして自分では止められなかったし、止めようとしていなかった。ヴァンと彼の計画が十四、五歳の女の子の手に負えるものではないことを、カンタビレはよく知っていたはずです。なのに彼女は全てをティアに丸投げし、「せっかくあんたの頼みを聞いて、大詠師の下にねじ込んでやったんだ。あたしを失望させるんじゃないよ。あんたの覚悟がどんな結果を生み出すのか、楽しみにさせてもらうからね」とまで言ったのです。そしてそれ以降、ティアとは全く会っていないことになっています。ヴァンが世界を滅ぼそうとしても、教団が大きく傾いても、カンタビレが動くことはありませんでした。

 案の定、「本編では何もしない」のに「本編キャラに重大な影響を与えた、素晴らしい人」にしてしまったため、歪みが生じてしまっているように感じます。

 

 カンタビレはティアには覚悟が足りないと指摘していました。正直、ティアを色眼鏡で見ていたから評価が厳しかったのだと思いますが。戦場に出ていない士官候補生にそこまでの覚悟を求めるのは酷ですし、ヴァンを討つことを決意したティアのような「追い詰められた獣」状態になること、刺し違えてでも兄を殺すのが自分の責務だと思うこと……それが士官としても望ましい精神状態だとは思えないからです。正直、この時点のティアは悪い方向に「覚悟」を決めていたと思います。(本編では、ティアは外殻大地編の自分をそのように評価しています。)カンタビレは恐らくティアがヴァンを討つ決意をしたことに気付いていたと思うのですが、それ自体には手を貸さず、「楽しみにさせてもらうからね」と言い残す。狡猾な人間だと思います。こんな人だから、世界が大変な時も教団再編の時も全く動かずに事態を見守っていたのでしょう。納得はできましたが、少々残念でした。

07/07/07
(07/04/19のレス板記事を加筆修正)



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