雨期の起こり  ビルマ カレン族

 世界の初めには、雨期というものはなかった。雨は一年中穏やかに降ったから。

 

 ある村にとても美しくて気立てのよい娘かいた。母を助けるために家事を全て引き受けたが、とても手早かったので昼までには全部片付いた。すると娘は、母の許しを得て他の家へ手伝いに行った。そんなわけで、村中の者が彼女を好いて、《小さい娘》と呼んでいた。

 不幸にも母が死んで、父は再婚した。継母は魔女だと評判で、村中の者に恐れられていた。彼女も前の結婚で一人の娘を持っていたが、この娘は醜くて性質も悪かった。

 継母とその娘は一日中継娘に家事をさせ、父が畑から戻る頃合いになると家から追い立て、言った。

「あんたの娘は怠け者で役立たずだよ。私の娘が家事をやっているのに、あの子は河岸に座って水を見ているだけだ」

 父は娘を呼んで叱り付けた。娘はうちひしがれ、隣近所を訪ねる気にもなれず、独りで寂しく過ごしていた。

 三、四日後。二匹の小さい魚が娘の座っている河岸にやって来て、彼女を見つめた。翌日から、娘は僅かなご飯を持って来ては魚を呼んで食べさせ、話し掛けるようになった。

薄灰色の縞がある 小さい魚さん

黄色い縞のある 私の小さい魚さん

出ておいで、さあ 出ておいで

 こうして毎日魚を可愛がって、娘の心は癒されるのだった。

 しばらくすると、継母は娘に朗らかさが戻ったのに気が付き、こっそり後をつけて全てを見聞きした。そして翌日、河岸に行って呼んだ。

薄灰色の縞がある 小さい魚さん

黄色い縞のある 私の小さい魚さん

出ておいで、さあ 出ておいで

 しかし魚は出てこなかった。継母の声は乱暴でしわがれていて、娘とは似ても似つかなかったからだ。継母は腹を立てて家に帰り、継娘を河岸にやった。そしてまたその後にそっと付いていって、継娘が魚を呼び出した途端、大きな石を叩きつけて殺してしまった。娘は嘆き、継母は邪悪な哄笑をあげながら帰っていった。

「ああ、可哀相な魚。私の出来ることは、お前たちを薪の上で焼いて弔うことだけだわ」

 娘は い草の薪の上に二匹の魚を乗せて火を付けた。すると、脂がどんどん出て火が消え、脂は山となって盛り上がり、娘の腰の高さほどになった。娘がその山に飛び乗ると、山は更に高くなって、月にまで達した。

 月の女神は鏡の前に座って化粧をしている最中だった。

「おばあさま、どうか私をあなたの女中にして、手許においてください。こんなに遅くなってしまっては、父がひどく怒るでしょうから」

「お前は良い娘のようだが、いつまでも私のところに留まるわけにはいかないよ。だって私は毎月死ぬんだからね」

 溜息をついて月の女神は言い、黒い雲を指差した。

「あの雲の方がお前のいい家になるだろう。あそこに座っている老人は雨の神で、後ろに立っているのは甥の雷光さ。雨の神は手に雷を持っているけど、優しい老人だよ。だから、あそこへ行って頼んでごらん」

 そこで娘は、雨の神に呼びかけた。

「おじいさま、私は怒っている父の許へ帰るのが怖いんです。ですから私をお手許において、女中として使ってください」

 すると黒い雲が近付いて来て、雨の神の言うのが聞こえた。

「わしの家にはちょうど女手がいるところだ。さあ、こちらへ入っておいで」

 そこで娘は黒い雲へ入っていき、それからは毎日、掃いたり拭いたりして黒雲を清めた。しばらくすると甥の雷光が娘を好きになり、やがて二人は結婚した。

 

 結婚式の翌日、娘は夫に言った。

「私達の習慣では、娘は結婚すると両親に挨拶に行きます。もし雨の神様がお許しになるなら、一緒に私の村のあの魚脂の山に降りて、私の父を訪ねましょうよ」

 雨の神が許してくれたので、幸福な二人はキラキラ輝く衣装を着けて、娘の村の魚脂の山に降りていった。村中の者が大喜びして彼らを迎えた。継母も喜んでいるふりをして娘夫婦の為に祝宴を開いたが、その目的は、雷光に犬の肉を食べさせて、その光を失わせることだった。

 午後になって祝宴が始まり、お客達の前には様々なご馳走が並べられた。継母は笑顔をほころばせながら、雷光の前に「大切な婿殿の為の特別料理です」と、一皿の料理を運んできた。雷光が今しも料理に手を付けようとした時、一人の少年が泣きながら飛び込んで来て、それは自分の愛犬の肉だ、と叫んだ。その場にいた人はみな継母が何をしようとしたか悟り、雷光に「それは犬の肉です、捨てなさい」と警告した。娘と雷光は驚きと屈辱のままに魚脂の山に駆け登り、天に戻った。

 二人の話を聞くと、雨の神は激昂した。

「恩知らずの人間どもめ! わしは奴等の哀れな娘を保護したり、雨を恵んだりしてきた。それなのに、奴等は犬の料理を出してわしの甥を侮辱したのじゃ」

「ご主人様」と、娘が口を挟んだ。「どうぞ人間全てに対してお怒りにならないで。私だって人間の一人です。それに、非難に値するのは私の継母だけですわ」

「お前はもう人間じゃないのだ」と、雨の神は答えた。「お前は今は女神の一人なんじゃ。だから、わしはもうお前がお前の村へ帰れんようにしてやらなくては」

 こう言って雨の神が、猛烈な力で魚脂の山を蹴飛ばしたので、それは目茶苦茶に壊れ、シッタン川の低地一帯に転がり落ちて、今の山々や丘になったのだった。それから雨の神は下界を見下ろしたが、五月の光の下で村はとても明るく美しく見えたので、またもや腹を立て、空全体を雲で覆い、甥を側に呼んで雷を落とし始めた。

 震え上がった村人達は家の中へ隠れたが、その間に真っ黒な雲は雷光で引き裂かれ、雨は滝のように降り注いだ。娘が膝を折って主人に訴えたが、無駄だった。

 それでも、なんとか夫を雨の神から引き離す事が出来たので、雷はやんだ。でも雨はいつまでも降り続けた。雨の神の気がおさまるまでには四ヶ月かかった。

 雨の神が機嫌を直したのを知ると、娘は大喜びで、下界で怯えている人々を元気付ける合図として、幾色も色のついた吹き流しを空に飛ばした。雨は次第に小さくなり、やんだ。

 

 しかし、雨の神は自分の甥が受けた侮辱を忘れることは決してなかった。それからも毎年、あの日が巡ってくるごとに、再び怒りを新たにして雷を投げつけ、滝のような雨を降らせて人々を震え上がらせた。そして四ヶ月経って機嫌が直ると、また《小さな娘》が空に吹き流しを飛ばす。それを見ると村人達はほっとして言い合うのだ。

「ごらん、《小さな娘》の吹き流しが出たよ。ほら、虹が出た! 雨期もまもなく終わるよ」



参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.

※ノアの方舟の類話群を参照してみると面白いだろう。神の怒りによる洪水、その終息としての虹と、モチーフが同一である。




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