■虹のカップの話

 ドイツを中心にしたヨーロッパ諸国には、虹の根元に金のカップがある、という伝説があります。

 ドイツの伝承では、そのカップには太陽か月か星の模様が入っているか、あるいは中に虹のあらゆる色が煌めいています。虹は水を飲みに天から現れるのですが、虹が水を飲んでいる間にその場――虹の根元に辿り着ければ、そのカップを手に入れることが出来るのです。あるいは、虹がその場にカップを置いていくこともあります。

 カップを手に入れると、一生幸運に恵まれます。ただし、カップを売り払ったりしようものなら、たちまち不幸に見舞われるのでした。

 フランスでは、虹が水を飲む場所では柄杓かカップが見つかるといい、ブルガリアでは虹が水を汲んだ場所には銀のお椀があるといいます。

 虹の根元に金のカップ――財宝がある、という観念は、実はヨーロッパに限ったものではありません。中国の『異苑』にはこんな話があります。

 晋の時代、薛願の家に虹が入ってきて、釜の中の水をガブガブと飲みはじめました。水はすぐになくなってしまいましたが、薛願は「虹がやってくるなんて目出度いことだ」と喜び、釜の中に酒を注ぎ足しました。虹はこれも飲み干し、釜の中に沢山の黄金を吐き出して去っていきました。おかげで薛願は俄かに大金持ちになったのでした。

 現代の台湾でも、「昔、おじいさんが虹の両端を掘ったら黄金が出た」とか「虹の向こうへ行ければお金持ちになる」とか「竹の担い棒を投げて虹の黄色いところに当たったら、金が湧き出てお金持ちになれる」と言うそうです。

 そして、実は日本にも虹の黄金の伝承はあるのですよね。青森から熊本まで、果ては奄美大島にもあるそうで、虹の根元を掘ると宝や金塊が出ると言われているそうです。

 

 虹の根元に黄金があるという観念は、虹がしばしば竜(蛇)と考えられていること、ヨーロッパやインドなどで「竜蛇ドラゴンは土中の黄金を守る」と考えられていることと無関係ではないと思われます。では何故竜蛇が土中の宝を守るのか。それは蛇は大地の力(生産力)の象徴であったからです。黄金は本来、豊穣(大地の実り――命)のことなのでした。

 天地を繋ぐ虹は天父と地母を繋ぐ蛇――すなわち天父の男根であり、また地母の呑み込む子宮でもある。よって、大地に”子供”を生ませるための天の精液――雨を降らせる働きがあります。世界中で、虹が地上に降りてきて水をがぶ飲みすると言われているのは、虹がそうして水を天に持ち帰って、雨を降らせるためなのです。

 ヨーロッパでは虹の擬人化が進み、虹は獣のように頭を突っ込んでがぶ飲みするのではなく、金のカップなどを使って水を汲むのだ、と考えられるようになっていったわけです。ロシアでは、虹はヴェセルカという少女の姿をした妖精が水を汲む時の現象だと言われます。ヴェセルカは泉や湖沼の水を汲んで、それを大地に注ぎます。ギリシア神話では、虹はイーリスという輝く翼を持った女神が天空を翔ける姿だと言われますが、イーリスも「黄金の水差しで冥界の河ステュクスの水を汲んだ」とされています。



03/03/26
更新日記03/02/14分より再録

参考文献
『銀河の道 虹の架け橋』 大林太良著 小学館

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