――名もない原野――

 辺境に広がるその原野には、いくら地図を見ても名前なんて載っていない。

 延々と草の波だけが続く。主要な街道からも外れたこの場所には、まず訪れる人さえ少ないからだ。

 この原野を、後にボクたちは"エリーシオン原野"と呼ぶようになる。それは、ボク達全員を巻き込んだ、ある事件(?)に由来するんだケド……。

 その顛末を、これからボクは話してみようと思う。


 

魔導傳記 エリーシオン城の秘密



「……学校が改修工事をするんだってさ…」

「改修工事ぃ…? また突然、なんでよ?」

「さぁ。でも、当分校舎が使えないらしいよ」

「それであたし達を全員ここに集めてるっていうわけ? はん、どうせまた、校長先生が何かおかしなことでも企んでるんでしょ」

 耳を澄ますと、ざわめきの中からそんな会話が耳に飛び込んできた。

 ボクの名前は、アルル・ナジャ。魔導学校に通う、16歳の魔導師の卵だ。ちなみに「ボク」と言っているけど女の子だからね。

 ここは、魔導学校の講堂。珍しいことに、今日はそこに全ての生徒が集められていた。魔導学校はそんなに生徒数の多い学校じゃないけれど、こうしてみると知らない顔が結構ある。

「聞いた話じゃ、どうも君の言うことが正しいらしいね…」

 へへ、と笑いながら言っている男の子は知った顔かな。一緒に試験を受けた事もある。

(あ、最近眼鏡かけたんだ…)

「当然でしょ! あたしがいつ間違えたことがあるっての!?」

 こっちの女の子は、知らない顔だなぁ……。

「ぐーっ!」

 耳元で可愛い声が響いた。ボクの左肩に乗っている、ちっちゃな黄色いトモダチ。

「うん。カーくん、学校が工事で使えなくなるんだって」

 カーくんっていうのは、"カーバンクル"の略。額の秘宝石ルベルクラクをきらめかせて、カーくんは黒いビーズみたいな瞳でボクをじっと見上げた。

「ぐぐっ」

「休校になるのかな…? その間退屈になっちゃうね。何しよっか、カーくん」

「ぐ〜…?」

 なぁんて、ボク達が首を捻っていたときだった。

「よし、全員いるな。静かに!」

 壇上に、舞踏会で着けるみたいな怪しげな金色のマスクを着けた男の人が現れた。

 といっても、変な人じゃないよ。この魔導学校の長、マスクド校長先生だ。

 恰好の通り、ちょっと変わった校長先生で、ボク達生徒はいつもそれに振り回されっぱなし。でも魔導の知識や技術は他の追随を許さないともっぱらの評判なんだよね。

 よく通る声でざわめきを静めた後、校長先生は話し始めた。

「諸君の耳にも、既に噂くらいは入っていることと思うが。明日から、我が魔導学校は内部修理のため、校舎を閉鎖する。その間は臨時休校だ。工事が終わるときまで、皆、折角の休みを楽しむように」

 みんなの間から、わぁっと歓声の波が起こった。

 魔導学校へは、勿論みんな苦労して志願して入学したわけだけど。それでも休みは嬉しい。

 ………まぁ、だからといってタダで休めるわけがないのが、魔導学校なんだケド…。

 校長先生は、黙って皆のそんな様子を見ていた。なんだか嬉しそうに。そして、おもむろに、壁にかかっていた巻き紙をさっと引き落とす!

 う、うわぁぁぁ……。やっぱり。

「諸君も知っての通り、宿題のない休みなどというものはありえなぁ〜〜いっ! というわけで、各自頑張るように!」

 途端に、講堂の床全体が輝きを放った。

 床には巨大な転送の魔法陣が描いてあったのだ。

 悲鳴と怒号と、諦観のため息を乗せて、魔法陣はボクらをどこかへ送り出していった。

 

 ちなみに、広げられた巻き紙にはこんな文字が書いてあった。

魔法の勉強とは、教室で習うものがその全てではない。
遥か異郷を訪ね、実践を重ねることにこそ意義がある。
休みの間に、机の上では得られない何かを得ることが、今回の宿題だ。
                                  ―マスクド校長―

 

 そして、ボクらはここ、名前すらない辺境の原野にいるというわけ。

 それにしても…。一体ここで何をすればいいんだろう?

「全く、ヘタないいわけよね!」

 ひどく憤慨した声が聞こえて、ボクはそっちを見た。

 あ、ルルーだ。

 青く波打つ髪にナイスバディのこのおねーさんは、こう見えて総合格闘技の使い手だ。実を言えば魔法を全然使えないんだけれど、なんだかんだで誤魔化して、魔導学校に居着いている。なんでも、サタンのお嫁さんになるために偉大な魔導師になりたいんだとか。

 ちなみに、サタンっていうのは自称魔王のおっさ……おにーさん。以前、ボクが魔導学校へ向かうために長い旅をしていたとき、寄り道したライラの遺跡の奥深くに潜んでいた。こうした遺跡の奥に魔族が居着いていること自体は全然珍しくないんだけど、問題は、サタンがそこにやってきたボクを妃にしようとしたこと。当然そんなのお断りのボクは、サタンをばたんきゅ〜させてその場を立ち去ったわけなんだけど……。

 その後、介抱したルルーにサタンは言ったらしい。"私は偉大な魔導師と結婚する"と。

 そんなこんなで、その後しばらく、ボクはルルーと一緒に魔導学校を目指して旅をしていたことがあった。正確には、魔導学校目指すボクにルルーが無理矢理くっついてきたんだけど。それでもしっかり入学できたんだから、ルルーってほんと、スゴイと思う。……ルルーに頼まれて断われる人がいるとも、そうそう思えないケドね。

「修理で臨時休校だなんて言って、こんなところに放り出すだなんて……。校長先生がなにかあらぬ考えを持ってらっしゃるのは明らかだわ。あたくしの予感が的中したわね」

 細く美しい指を口元に当てて一人ごちているルルーの側で、低く太い声が彼女を呼んだ。

「あっ、ルルー様! あそこをご覧ください」

 筋肉の盛り上がった丸太のような腕で一方を指差したのは、牛の頭を持った巨漢、ミノタウロスだ。彼は魔導学校の生徒ではないけれど、ルルーに従う従僕として、強引に一緒に学校に通っている。

 彼の指差した先をボクも見ると、生徒達が沢山集まって人だかりになっているのが目に入った。

「どうしてあんなに集まっているのかしら…? ミノ、あたくしたちも行ってみましょう!」

 ルルーは足早に去って行く。

「カーくん、ボク達も行ってみよう!」

「ぐぅ!」

 

 なんだろ、これ……。

 人ごみを掻き分けて覗いてみると、そこには大きな石碑が建っていた。割と古いもののようで、真っ黒い石の表面は苔むしてしまっている。

 書式は古代魔導風だけど、そんなに難しくはないな……。どれどれ。

 殆ど凹凸のなくなってしまっている文字をなぞりながら、ボクはそれを読んだ。

 

本日、偉大なエリーシオン魔法城がここに姿を現す。
おお、永遠なれ! 偉大な大魔導の力よ!
この城の秘密を最も先に解いた者は、
大魔力の助けで
自らの願いをひとつ、叶える事が出来るだろう…。

 

 ほえー……。

 文字の上に、ドクロみたいなマークが浮き彫りにされてるのがちょっと気になるケド……。

「面白そうー! ねえカーくん、ボク達も挑戦してみようか」

「ぐう」

「うん。一番でクリアできたら、願い事を叶えることが出来るんだよ!」

「ぐぐー!」

 カーくんは、ボクの肩の上で嬉しそうにくるりと回った。

 ――と。

「あ………?」

 ぴょんと肩から飛び降りると、カーくんはそのまま駆けていく。

「カーく……あっ!?」

 一瞬、空気が弾けたような衝撃があって……。

「ちょっと、なによあれ!?」

 誰かの声が聞こえた。

 空間に水面のように波紋が広がり、揺らめくその向こうに、忽然と巨大な石の城が現れていたのだ。中央には高い塔があり、遥か天空に尖った爪先を伸ばしている。

 ――エリーシオン城、だ。

 音もなく、その扉が開いていく。

 そして、小さな黄色い姿はその扉の中へと駆け込んでいった。

「カーくん、待って!? 一人で行っちゃ駄目だよ!」

 

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