「カーくん、一体どこにいっちゃったんだろう…」

 途方に暮れて、ボクは城の入口に突っ立っていた。

 ボクも急いで扉をくぐったんだけど、もうカーくんの姿はどこにも見当たらなかった。城の中は迷宮みたいに複雑な作りになっている。だから、単にここから見えないだけなのかもしれないけれど。

「カーくん! どこにいるの!?」

 ……返事は、聞こえないなぁ。

 仕方がない。

 ボクは迷宮の中を歩き始めた。

 とにかく、早く探さなくっちゃ。

 入ってすぐの壁には、プレートがはめ込まれていた。

"エリーシオン城への来城を歓迎する。健闘を祈る"

 歓迎されるのはいいけど……。

 何しろ急だったから、殆ど迷宮探索向けの準備なんてしてないんだよね。「秘密を解け」っていうくらいだし、色んな仕掛けがあるような気がするんだけど……ま、いいか。

 真っ直ぐ進むと、左右に扉がある。うーん…。左。

 左は袋小路の狭いスペースだけだった。…あれ、壁にプレートがある。何が書いてあるんだろう。

"欲を捨て、悪心を抑えよ。さすれば、願いを叶えることができるだろう"

 願い事、かぁ…。

 そんなことより、今はカーくんだよね。実際、ここにだってきっと魔物はいるんだろうし。カーくんのことだから心配ないとは思うけど、やっぱり心配だもの。

「ぷよぷよぉ!」

 …なーんて思ってたら、早速魔物が現れた。緑ぷよだ。

「よおっし、このくらいの相手なら負けないぞ!」

「ぷよ! ぷよぷ〜よ!!」

 あれ、怒ったのかな?

「ぷよぉ」

 ぷよが口をきいたら、きっと「ぷよぷよアタック!」とか叫んでたんだと思う。緑ぷよの体当たり! うぐ。ちょっと痛い。

「やったなぁ! アイスストーム!」

 カチーン!

 ありゃりゃ。見事にキマったようで、緑ぷよは氷漬けになっちゃった。ぷよって、ぷよぷよしてるから凍り易いのかな?

 とにかく、もう動けないみたいだ。このまま放っとこうっと。

 その場を離れて、ボクは最初の通路に戻ると、突き当たりまで進んでみた。

 あれ…? 誰かいる。

「ぼく、迷路は苦手なんだ。やっぱり、早速迷っちゃってるんだよね……」

 トホホな顔で言っているのは、同じ学科の男の子。最近掛け始めたらしい眼鏡を押し上げて、ため息をついている。そういえば、彼は期末試験の時にも、ダンジョンの一階で迷ってたっけ。

「せめて方向石くらいあれば、いいんだけど…」

 君、持ってないかい? と尋ねてくる。

 方向石というのは、その名の通り、方向を示すアイテム。正確には渾天石っていうんだけどね。こうした迷宮状の場所は勿論、方向の分かりにくい場所を探索するには必須のアイテムだ。

 ちなみに、ボクも持っていない。……普通、学校の講堂に集まるときに方向石なんて持ってこないよ…。

 まぁ、これは高価な貴重品だから、どっちにしても個人用のなんて持ってる人はまずいなくて、大抵学校から貸し出してもらってるんだけど。ボクだってそうだ。

「そうかぁ。やっぱり、ぼくが一番でクリアするなんて、無理だよね。……あれ、どっちから入ってきたんだっけ」

 ……頑張ってね。

 ボクは引き返すと、入口から見て右手の扉に入った。通路が、ぐるりと回廊状になっている。ぐるぐると回っていくと、中心部に扉。それを開けると、他のとは少し違うデザインの扉がある。取っ手に手を掛けると……あれれ? 開かない。ガッチリと鍵がかかっているようだ。よくよく見ると、扉にはプレートがはめ込まれていた。

"緑の石を必要とする"

 ……緑の石?

 なんのこっちゃ。

 ボクは道具袋を開いてみたけど、当然そんな物は入っていない。

 うーん……。この階のどこかにあるのかなぁ?

 今までにも幾つか宝箱は見つけているけど、そんなのなかったと思うし。

 なんにせよ、扉が開かないんじゃしょうがない。ボクは来た道を戻って、もう一度全体を探索してみることにした。

「……っと」

 危ない危ない。氷漬けのぷよぷよにぶつかっちゃうところだったよ。

 よけて通り過ぎようとしたんだけど。

 ピシ……ピシ………パリーン!

「ぷよぉおおお」

「わぁあっ!」

 氷を剥がし落として、復活したぷよぷよが襲ってきた! ぷよはなんだか闘志に燃えている。氷漬けにされてたんだから、当然かもしんないケド。

「ようし、もう一度……。アイスストームっ」

「ぷよっ」

 あっ。ぷよはさっと冷気の渦をよけた。くぅー、生意気だ!

「ぷよぷよっ」

「げげげっ」

 緑ぷよは仲間を呼んだ。

 どこからともなく降ってきたぷよが、最初のぷよの上に乗っかる。

「ファイヤー!」

「ぷよぷよぷよ〜っ」

 更に攻撃をよけると、ぷよぷよ達はまた仲間を呼んだ。

 ううう…。それほど強力な魔物じゃないとは言え、一抱えほどあるぷよが三つも重なってしまうと、かなりの威圧感がある。

「ぷよぉ〜!!」

「きゃああっ」

 いったぁああ…。ぷよ三匹分の体当たりは、かなり効いたよ…。じわりと涙がにじんでくる。

「アイスストームっ」

「ぷよっ」

 げ。またよけられた! ぷよ達は更に仲間を呼ぶ。

 う、わぁああ〜〜。このままだと、一体どうなっちゃうのぉ〜〜!?

「ぷよぷよぷよぷよ〜〜っ」

 そんなぁ。こんなところで、ぷよにやられてばたんきゅ〜するなんて。まだカーくんだって見つけてないのにぃ。

 ――あっ、そうだ!?

「オワニモっ!」

 ぽひゅっ。

 以前、謎の魔導研究所跡で見つけた禁断の呪文、オワニモ。

 咄嗟に唱えたその呪文で、四匹重なったぷよぷよはどこかの違う時空間に飛ばされて、消えてしまった。

 …た、助かった……。

 ……ん?

 床の上で何かがきらきらと光っているのを、ボクは見つけた。まるで緑ぷよみたいに、透き通った奇麗な緑色をした石だ。

 ――これ、方向石だよ!

 どうしてぷよがこんなものを落としていったんだろう。どこかの宝箱から持ち出したんだろうか。なんにしても、ありがたい。

 ボクは方向石を掌に載せ、意識を集中した。魔力を吹き込まれ、石は淡い輝きを放ち始める。僅かに浮かび上がると、ゆっくりと回ってその尖った先を北に向けた。

 前にも言ったけど、方向石は方向を示すためのアイテムだ。持ち主の魔力を利用して動作する構造上、その輝きで持ち主の魔力の状態を示すと言う余録効果もあるんだけどね。

 とにかく、これがあるとないとじゃ、探索の能率が断然違う。方向石なしに迷宮探索するのは、目隠ししたまま道を歩くみたいなものなのだから。

「…ん? あ、もしかして!」

 掌の上に緑の輝きを載せて、ボクは急いでさっきの閉じた扉に向かった。だって、"緑の石"っていったら……。

 思った通り。

 さっきまであんなに硬く閉ざされていた扉が、何の抵抗もなく開いた。

 やっぱり、緑の石って方向石のことだったんだ。

 扉の向こうには、転送の魔法陣が昏い輝きを落としている。

 とりあえず、この階……声の届く範囲には、カーくんはいないみたいだ。だとすれば、きっとこの先に進んでいっちゃったんだろう。カーくんも方向石を持ってたのかは知らないけど。ボクも早く行かなくちゃ。

 魔法陣に足を踏み入れる。視界が歪み、ボクは次の階へ運ばれていった。

 

 

 転移してすぐ、真正面にプレートを発見した。

"四つの角が出会う場所で、北に向かい、一帯を冷たくする"

 ……? 暗号、かな…?

 意味が分からない…。とりあえず、あちこち歩き回ってみようっと。

 幾つか、授業で習うようなことが書いてあるプレートを見て、転移位置から左手に進んでいくと…。

「おい、そこのお嬢ちゃん!」

「え?」

 見ると、通路の真ん中に緋もうせんを敷いて、ガイコツの魔物が座り込んでいた。何故か日本茶をこよなく愛するアンデッド、スケルトンTだ。どういうわけだか、こうした迷宮の浅い階層には、必ずといっていいほどいるんだよね…。こんな暗い場所でお茶を飲んでいて、楽しいのかなぁ?

「お嬢ちゃん、わしとお茶を一杯どうじゃ?」

 スケルトンTは湯気の立った湯飲みを差し出す。

「またお茶? キミって、毎日お茶ばかり飲んでるの?」

 なんだかお年寄りみたい。実際、口調もじじむさいんだけどさ。

「それより、そこどいてよ。ボク、その先に行きたいんだから」

「なんじゃと〜!? わしのお茶が飲めんというのか!」

 スケルトンTは頭から湯気を出して怒った。

「許さん! お茶の素晴らしさを、骨身にしみてわからせてやる!!」

「もおおっ、こんなことで骨折りたくないよぉ〜っ」

 ボクはスケルトンTと戦った。湯飲みを持った手で殴られたり、熱いお茶をかけられたりして結構痛い目にも遭ったけど。

「はっぱぁ〜〜」

 やがて、力尽きたスケルトンTはガラガラと崩れ落ちた。というより、自らバラけてボクに体当たりしてくるっていう戦法を取った後、失敗したのか、うまく組み合わらさずにバラバラになっちゃったのだ。

「うう……持病のギックリ腰が…。これで許してくれぇ〜」

 泣きながら、何かアイテムを差し出してくる。いや、そりゃ、ボクだって鬼じゃないんだからさ。

 アイテムを受け取ると、スケルトンTはヨタヨタとどこかに逃げ去って行った。

 それにしても、何をくれたんだろう。…あれ? ……ただの白紙!?

 ……違う。よく見たらうっすらと枠が描いてある。…ああっ、これって地図なんだ! 白い部分ばかりだけど、この城の構造について描いてある。

 やったぁ、いいもの手に入れちゃった。足りないところばかりだけど、自分で書き足していけばなんとかなるよね。

 早速、ボクは地図を見た。方向石の示す方角と照らし合わせて現在位置を確認すると……。

 ふぅん…。どうやら、この階のちょうど南半分しか、今のボクは踏査できていないようだ。でも、ここから別の場所へ行ける仕掛けも扉もなかったと思うしな…。

 ちなみに、地図を見て分かったんだけど、ここの各階を移動する魔法陣は、垂直軸の位置がかなり大きくずれているようだった。ちょっと専門的な話になるけど、普通、こういった塔やダンジョンの各層をつなぐ転送の魔法陣は、その真上、または真下に配置されていることが多い。つまり、転送とは言っても、階段と同じような移動しかしていないわけなんだけど。ここの魔法陣はそうじゃないみたい。普通のダンジョンよりも、やや高度な陣が描かれているのかな。

「あら、あたし以外にもうここまで来た人がいるのね」

「え?」

 地図を見ながら考え込んでいたボクは、ぎょっとして身構えた。

「な、なによ!?」

 ボクの反応に、少し怯んだ顔を見せているのは…あ、魔物じゃない。

 よ、よかったぁあ…。いきなり魔法をぶっ放したりしなくて。

魔導学校の女生徒 服装からして、魔導学校の生徒だった。知らない顔……だけど、どこかで見覚えがある。

 あ、そうか。さっき講堂で話していた女の子だ。

「ふふっ…。あなたが模範生のアルルね」

 そう言うと、彼女はじろじろとボクを眺め回した。

「…なに?」

「そんな顔しないでよ。…カーバンクルっていったっけ? いつもくっついてる黄色いのは、いないんだ」

「そ、それは…」

「さっき、カレーみたいな黄色いのが這ってくのを見た気がするんだけど」

「ほ、ホント!?」

 ボクは身を乗り出した。やっぱり、カーくんはこの階まで来てたんだ!

「それで? カーくんはどこに行ったの!?」

「さぁねー。それより、この階から先に進む方が先決じゃない? …ま、このあたしが解けないものを、もうあなたが解いてるとも思えないんだけど」

「へ…?」

 あさっての方を向いた女の子の頬は、ほんのりと赤く染まっている。

「"四つの角の出会う場所"よ。……それがどこなのか、もうあなたには分かってるのかしら?」

「………」

 そうか。

 ボクは、急いでマップを広げた。

 四つの角の出会う場所……。それは、つまり、四つ角の中心。この階で今行くことの出来る場所で、その条件に当て嵌まる場所は、一個所だけだ!

「ありがとっ!」

「えっ…? ちょ、ちょっと待って。私にも教えてよ〜!!」

 ボクは"四つ角の中心"に立った。方向石を確かめて、北を向く。

「アイスストームっ!」

 どこかで、魔力の発生した気配がした。その気配を辿り、ボクは南東の端に行く。そこに、魔力の場が発生していた。ワープゾーンだ。やったぁ!

 ワープゾーンに入ると、ぐにゃりと視界が歪んで、どこかへ移動した。ここは多分、入れなかったフロアの北半分。まっすぐに通路が伸びていて、左右に幾つか扉や宝箱が見えていた。

 ふぅーん…。

 とりあえず、ボクはその一つの扉をくぐってみた。

 ……あれ?

 目の前にプレートがある。

"パートナーがいるのは、素敵なことだ"

 このプレート、前にも見た事がある。同じ事が書いてあるの? って…。

 見回して、ボクはぎょっとした。いつのまにか、ぼくはフロアの南半分に戻っちゃっていたのだ。どうやら、開けた扉の先にワープソーンがあったらしい。

 うぅ〜。

 ボクは再び南東のワープゾーンまで行き、フロアの北へ転移した。余計な寄り道しちゃったよぉ…。今度は、まっすぐ突き当たりまで進んでみよう。

 突き当たりには、他とは少し違ったデザインの扉があった。多分、これが次の階への扉……う、開かない!

 例によって、扉には鍵がかかっている。

 鍵なんて、持ってないなぁ…。

 ボクは来た道を振りかえった。

 多分、あの扉の奥のどれかに、鍵を開けるための何かがあるのだ。

 しかたがない…。さっき開けた扉は、また開けないように注意して…。

 なんだかんだで、またフロアの南に戻っちゃったりしたけど。

 最後の扉を開けると、奥の壁に大きなレバーが取り付けられていた。いかにも、引いてくれといわんばかりだ。

 ……また、罠かなぁ?

 こういうレバーを引いてひどい目に遭ったことって、実は結構多い。…でも、引かなきゃ始まらないよね。

 ボクはレバーを引いた。

 ギィイイ…と、どこかで何かが軋む音がした。…あ、成功した?

 急いでさっきの扉のところに行ってみると、果たして、扉は開いていた。やったぁ!

 そしてボクは、扉の奥にあった魔法陣に乗って先に進んだ。

 

 

 次の階。

 一歩踏み出すなり、魔力の重圧を感じた。

 あ、あれ!?

 掌の上にあった方向石が急にその輝きを失い、下に落ちた。

 どうしちゃったんだろう。慌てて拾い上げたけど、やっぱりウンともスンともいわない。…ボクの魔力がなくなったってワケでもないし…。壊れたのかな?

 …ううん。多分、そうじゃない。さっき感じた魔力の重圧。きっと、あれが方向石の働きを失わせるものだったんだ。この階では方向石は使わせないってことなんだろう。にしても…厄介だなぁ。気をつけていないと、方向が分からなくなっちゃう。

 正面には、例によってプレートがはめ込まれていた。

"この階の主な目的はスイッチ操作だ。北を向いた後に考えなさい"

 北…。北って? …今向いてる方でいいのかな? 多分…。

 少し進むと、またプレートがある。

"一歩ごとに、格別に神経を使わねばならない"

 ……何があるっていうんだろ。ちょっと怖いかも…。

 だけど、それがなにを意味していたかはすぐに分かった。

「きゃあああっ!? な…。なんで床がくるくる回るんだよ!」

 勿論、全部の床が回るわけじゃないんだけど。踏んだ途端にくるくる回る床があちこちにあって、うっかりしているとすぐに方角が分からなくなってしまうのだ。疲れるけど、地図と頭を突き合わせて、一歩一歩先に進むしかなかった。

「……よくわかんないなぁ」

 しばらくして、書き込みを入れた地図を見ながら、ボクは頭を悩ませていた。

 ここには幾つかの小部屋がある。フロアの四つの角に一つずつ。そして、中央に固まって四つの扉。それぞれに番号が振ってあって、北東の部屋に2、南東の部屋に4、北西の部屋に8、南西の部屋に6。中央の扉には2番、4番、8番、10番のプレートがかかっていた。四つの角部屋の扉は開いていて、中にスイッチがあるんだけど、中央の扉には鍵がかかっていて開かない。番号順にスイッチを入れていったら開くのかな…と思ったけど、そんなこともないし。

「このトンカチかなぁ…?」

 ボクは手に持ったトンカチをためしがつ見つめた。これ、さっき宝箱から見つけたんだよね。少し意味ありげかも? ちなみに、柄のところにこんな注意書きが彫り込んであった。

"決して人には使わないでください"

 ……ヘンなの。勿論、こんなもので人に殴り掛かる趣味はないけどね。

 ボクは、思い切って扉の一つをぶん殴ってみた。

 ゴーーーーン!!

 うひゃあああ……手がじんじんするぅう……。

 当然、扉はびくともしていなかった。

 壊すって訳じゃないとすれば、やっぱり何かの手順を踏んで開けるしかないってコトだよねぇ…。

 そして、ボクは今、最北端の扉の前にいる。

 他とは少し違うデザインのその扉には、こんな文字が刻み込まれていた。

"0時を越え、最も近い時間から順に、2種類の条件"

 うーん…。どういう意味なんだろう?

 気になるのは「0時」。時間を表す言葉が入ってるんだけど。まさか、本当に真夜中過ぎまで待たなきゃならないって訳じゃないと思う。ボクの他にもここに挑戦している生徒は沢山いるんだし、多分カーくんも先に進んじゃってるんだもんね。という事は……。

 ボクは考える。うぅ〜。頭がうにになりそう〜…。

「ぼけな〜すっ!」

 誰かが、ボクをバカにした。紫色の丸っこい奴。

「あっ、ナスグレイブ!」

 ナスが眼鏡を掛けてちっちゃい手足を生やしたみたいな謎の生物が、目の前に現れていた。

 そういえば…お腹すいたなぁ。

「ナスみそいため…焼きナス…肉詰め…ナスのグラタン…ナスとトマトのスパゲティ…ナスカレー…」

 呟いたら、ナスはビクリと身を震わせて後ずさった。

「あ、ごめんごめん。ちょっとお腹すいてたから」

「おたんこなーす! 料理されるのはそっちだなすっ」

 叫ぶと、ナスは太鼓を取り出して叩き始めた。わぁあああっ、すっごい音!

「誰がおたんこなすだよ。ボクは謝ったじゃないか! アイスストームっ」

「なーす!」

 ナスは仰け反る。でも倒れない。

「食らえなすぅう!」

 ヘタをカッターみたいに飛ばして襲ってくる。痛いっ!

「とどめだなぁ〜〜すっ」

 すぅっと息を吸い込むと、ナスグレイブは炎を吐き出した。

「リバイアっ」

「なーす!?」

 跳ね返った炎が、ナスグレイブを襲う。あちゃあちゃと跳ね回るナスグレイブの前に、ボクは立ち塞がった。手にファイヤーの炎をちらつかせて。

「さーて。やっぱりナスは焼きナスかなぁ?」

「なすっ!?」

 涙目で、ナスグレイブはボクを見上げる。

「言うことな〜っす!」

 転がるようにして逃げていった。

 やれやれ…。にしても、ナスグレイブってホントに真ん丸だよね。実際に転がれそう。

 …ん?

 ボクはマップを見る。

 今ボクのいる、この最北端の位置。ここを時計の文字盤の深夜0時、つまり12の位置と考えると…。

 ボクは、頭に時計の丸い文字盤を思い浮かべた。

 つまり、2の部屋のスイッチ、4の部屋のスイッチ……という順番で、時計回りにスイッチを入れていけって意味なのかな?

 だけど、それだと"二種類の条件"っていうのが謎のままだ。

 ……うーん。

 ボクは、まず2の部屋に行った。スイッチを入れる。それから、回転床に苦労しながら中央の四つの扉に行った。そこの、2番と刻まれたドアの取っ手を引く。…開いた! 扉の奥には、またもスイッチがあった。

 そっか、二種類の条件っていうのは、こうして二つの対のスイッチを入れるってことだったんだね。

 次に、ボクは4の部屋に行って、同じように中央の4の部屋を開けた。

 さて、次は…。6の部屋だけど。あれれ? 中央には6番の扉なんてないよ?

 仕方なく、ボクは10番の扉に手をかけた。

 ブブーッ

 途端に鳴り響くブザーの音。

 あ、あれれ…?

 どうやら失敗したみたいだ。10番の扉が開かないのは勿論、今まで開いていた扉も閉まっている。リセットされたみたい。

 あぅ〜、最初からやりなおしだよぉ〜。

 結局、正解は6の部屋のあと8番の部屋のスイッチで、最後に8の部屋のスイッチを入れて、10番の扉を開けるというものだった。……なんでなんだろう?

 ともかく、全ての対のスイッチを入れ終わったとき、ボクはあの奇妙な魔力の重圧が消え去るのを感じた。

 最北端の扉に刻まれた文字が変わっている。

"巧くクリアしたな。次の階へ進むがよい"

 ……なんだか面白がられてるような気がするのは、気のせいだろうか?

 でも、ここにもカーくんはいなかったんだから。早く次に進まなくちゃ。

 ボクは、次の階に跳んだ。

 

 

 そんなこんなで、もうここは地上5階。

 カーくんは…。本当に、どこに行っちゃったのかなぁ?

 なんだか、ボクは心配になってきた。

 そもそも、あんなにちっちゃなカーくんが独りでこんなところまで来れるんだろうか。今までになにか見落としたりしているのかも。

 考えれば考えるほど、どんどん不安になっていく。

「サンダー!」

「わぁっ!?」

 突然閃いた雷を、すんででボクはかわした。

「あ、危な……誰だよ!」

「あーら、アルルさんでしたの」

 上の方から、ほうきに乗ったウィッチがすうっと降りてきた。金色の髪に、青い魔女の衣装。今日は動き易そうなミニスカートだ。

「失礼しました。わたくし、てっきりナスかと思いましたわ。危うく焼きナスにしてしまうところでしたわね」

 オーホホホ、と高く笑うウィッチを、ボクは睨んだ。

「ウィッチ…。キミも、ボクの邪魔をするの?」

 ボクは早くカーくんに会いたいのに。

「あら、邪魔をするのはあなたでしょう、アルルさん。わたくし知っているんですのよ」

「え?」

 カーくんの居場所を!?

 ボクの顔を見て、ウィッチは勝ち誇ったように笑った。

「やはり、噂は本当でしたのね。この城の秘密を最初に解いた者は、大魔力の助けを得る…。アルルさん、今日はあなたに譲るわけにはいきませんわよ。大魔女の力は正当な魔女の後継であるわたくしのもの……。今日こそは決着をつけますわ!」

「ボクだって負けないよ!」

「そうこなくては。では、行きますわよ。――メテオ!」

 げっ。いきなり、ウィッチ得意の大魔法。魔女の一族に受け継がれる、天空を操る独自の魔法だ。

「つぅうっ」

 降り注ぐ流星を、ボクは防ぐ術もない。でも。

「ダイアキュート!」

 痛む体を宥めながら、ボクは魔力増幅の魔法を掛ける。

「アイススリップ!」

 間髪入れず、ウィッチは拳ほどもある氷塊を飛ばしてくる。

「ファファ ファイヤー!」

「なんのっ。旋風陣!」

 ウィッチが振り回したほうきが、炎をかき消した。勝ち誇ってウィッチは笑う。

「ホホホ。甘いですわね、アルルさん!」

「ボクは負けないよっ。絶対勝って…そしてカーくんを返してもらうんだからぁ!」

「は? それは、なんの…」

「ダダダダダダダダ ダイアキュート!」

 一気に、ボクは自分の魔力を高める。

「アアアアアアアア アイスストームっ!」

「きゃーっ!?」

 冷気が氷塊を孕んで荒れ狂い。

 ボクは、ウィッチをばたんきゅ〜させた。

 

「…だからぁ。知りませんわよ、カーバンクルなんて」

「本当に? だって、さっき"知っている"って言ってたじゃないか」

「あれは、この城に隠された秘密のことを言ってたんですわ! 全く、どうしてわたくしがカーバンクルをさらわなきゃならないんですの? 失礼しちゃいますわっ」

 ぷんぷんしながら、ウィッチはほうきに乗って行ってしまった。

 うーん……。悪いことしちゃったかなぁ…?

 と。あれ? ウィッチが戻って来た。

「そういえば、思い出しましたけど…。さっき、黄色いものが走って行くのを見たような気がしますわ」

「え、本当!? それでどっちに行ったの?」

「ちょ、ほうきを引っ張らないで下さいません? このフロアの中央辺りで、南に向かっていきましたけど…そっちは行き止まりなんですわよね。だから、見間違いかもしれませんわよ」

「中央を、南だね! 行ってみるよ。ありがとう、ウィッチ」

 ちょっと照れたようなウィッチにお礼を言って、ボクは急いで駆け出した。

「ウィッチが言ってたのは、この辺りなのかな…」

 しばらくして、ボクは行き止まりの袋小路に立っていた。成る程、ウィッチの言う通り、そこは壁になっていて全然先へは進めない。カーくんの姿もないし…。

 だけど、これまで見てきた限り、この先へ行くための扉も仕掛けもないみたいだ。これって、どういうことなんだろう?

 マップを見ていたボクは、ある書き込みに目を留めた。この階に入ってきたばかりのとき、見つけたプレートの内容を書き留めておいたものだ。

"壁をよく調べなければ、永久にここから進むことはできないだろう"

 壁、かぁ……。

 ボクは目の前の壁を見る。

 別になんてことのない、ごく普通の煉瓦の壁だ。ノックしてみると、鈍い音がする。そして正面、通路の突き当たりの壁を叩くと…少し違う感じの音がした。

 なんのことはない、壁にひびがはいってるんだ。

 ……この壁だけ、あからさまにボロボロになってるよね。

 ボクは、道具袋からトンカチを取り出す。

「せーーのぉ!」

 渾身の一撃! …ってつもりでもなかったんだけど。大音響と共に、壁は爆発したみたいに吹き飛んでしまった。跡形もない。

 ひ、ひぇえええ〜〜…!

 吹き飛んだ壁の向こうには、通路がある。び、ビックリしたけど…。これで先に進めるようになったよ。

 こうして、ボクは次の階に進んだ。

 

 

"魔法岩の前で無意味にくだらない魔法を使うな。後悔するだろう"

 地上七階で、ボクが見つけたのがこんなプレート。

 ……魔法岩って、なんなんだろ…??

 とにかく南に向かって進んで行く。と。

 ごぉんっ!

 何かにしたたかに顔をぶつけた!!

 う、な、何ぃいいいい!?

 目から火花が散ってる…。

 慌てて前を確認してみたけれど、何もない。

 そうだよね。いくらボクだって、目を開けて歩いていて、壁にぶつかるわけがない。(いや、実は結構ぶつかるんだけど…ここだけの話。)

 おかしいなぁ…一体何にぶつかったんだろう?

 首を傾げながら、また先に進もうとして…。

 ごんっっ!!「いったぁああい!」

 鼻を抑えてボクは座り込んだ。こ、これは…。目に見えないけど、ここに壁があるよ!

 そっと手を伸ばして探ってみると…確かに手応えがある。きっちり、そのスペースの端から端までを覆っていて、そこから先へは全然進めなくなっていた。

 まいったなぁ…。

 仕方がないので、引き返して、もう一つあった細い道を進んでみのだけど、こちらも同じ透明な壁で塞がっていた。

 近くには、壁を動かす仕掛けらしきものはない。トンカチはさっき使っちゃったし…。(壁と一緒に、先が吹き飛んでしまった。)うーん? 一体どうすればいいんだろう。

 ……もしかして、これがプレートにあった"魔法岩"なのかなぁ?

 この岩の前で魔法を使ってはいけないという掲示を、ボクは思い出した。……何が起こるって言うんだろう。イケナイって言われると、やってみたくなるのが神話の頃からの人のサガってやつ。

「ファイヤー! …アイスストーム! ライトニングっ!!」

 結果。

 なんにも起こりませんでした。

 なにやってんだろボク。魔力も減っちゃったし、無駄にくたびれたよぅ。……だから魔法を使っちゃいけなかったのかな。

 魔法に意味はないと分かって、ボクはまた思案する。

 うーん…。とりあえず、転送の魔法陣の北側にはまだ行ってないよね。よし、行ってみよっと。こういう場合は、大抵は未探索の場所に道を切り開く何かがあるもの。楽観的かもしんないけど、まずはそう考えないとね。

 結果的には思った通りだった。北の突き当たりを曲がると、奥の壁に白いスイッチがはめ込まれている。

 やっぱ、スイッチを見つけたら押してみるべきでしょう。

 ぽちっと。

 ……別に何も起こらないな。

 魔法岩がどうにかなったのかもしれない。ボクは、岩を見に行くことにした。

 消えたのは、細い道を塞いでいた魔法岩だった。

 その先はすぐに行き止まりになっていたけれど、ワープゾーンがある。転移したのは、ええと……あっ、最初の魔法岩の向こうに出たんだ。

 奥へ進んでみたけど、あったのは宝箱の中の竜の角くらい。北に続いている細い道は、これまた魔法岩が塞いじゃっていた。それではとぐるりと南側に回ると、もう一つワープゾーンを発見。これで先に進めるのかな?

 ……あれっ?

 転移したのは、見覚えのある場所。

 さっき押したばかりのスイッチの前に出てしまったのだ。

 おっかしいなぁ…。どこか、道を見逃したんだろうか。

 もう一度、ボクは道を辿ってみた。…結果は同じ。

 あ、あれれ? 困ったなぁ…ここからどうやって進めばいいんだろう? 先へ進むための仕掛けみたいなものはなかった…と思うし。

 最初から考えてみよう。

 ボクは腕を組む。

 まず、このスイッチを押すんだよね。そうしたら岩が消えるから南に行って、ワープゾーンで移動して……。

 スイッチを押すマネをしてみて、ボクは目をみはった。

 んんっ? このスイッチ、まだ奥に入るよ。

 カチリ、と音をたててスイッチは奥深くに埋まり込んだ。もう、いくら押しても動かない。

 それから、大急ぎで魔法岩の方へ行ってみると、果たして、先への道を塞いでいた壁が消え去っていた!

 よおおおっし!

 その先にまだ魔法岩は幾つかあったけれど、仕掛けが分かれば後は簡単。途中にあるスイッチを押して、消えた岩の向こうに進んで…と。

「わぁあ…」

 そうやって辿り着いた宝箱の一つには、プラチナの鍵が入っていた。大振りで複雑な紋章があり、キラキラと光を放っている。奇麗だなぁ…。

「くぅーんくぅーん」

 え? この声は…。

 甘えるような声がして、半人半犬のスキュラが現れた。

 スキュラはボクの回りを飛び回り、にやにやしながら上目遣いの視線を送っている。…っていうか、ボクの持っている鍵を見てるんだ。

「な、何よ?」

「くぅーん。あんた、いいもの持ってるわねぇ。それ、アタシにちょうだい!」

「え、ええー? いやだよ。これはボクが見つけたんだから」

「いいじゃない。アンタ見かけによらず、ケチよねぇー」

「ケチ!? なんだよ。それじゃ人の物を欲しがるキミはなんなのさ。人のものを欲しがる前に、自分で探せば?」

「だってぇー。それが欲しいんだもん」

「あのねぇ…」

「ねぇーちょうだいったらちょうだい」

「ダメっ。……もーっ、鬱陶しいなぁ」

 歩いていくボクの回りをうろうろしながら、スキュラはついてくる。ヤな感じ…。ボクは自然に早足になる。けど、スキュラもそれに合わせてついてくるんだよね。

「もう、付いてこないでよ。コールド!」

 追い払うつもりで、ボクは冷水の魔法を放った。けど、スキュラはささっと避けると。

「噛むわよぉ」

「いたたたたっ」

 か、噛まれた!

「もらってくよぉー」

 その隙に、ボクはプラチナの鍵を奪われてしまった!

「ま、待ちなさい!」

 あぅ。

 目眩がして、追いかけることも出来ずにボクはうずくまった。スキュラの牙には毒がある。ふええ…。噛み付かれて鍵を取られたうえに、毒まで受けちゃったよう。苦しいぃ……。

 ボクは道具袋をまさぐる。……ダメだぁ。毒消し草も毒出し草も持ってないよ。…といって、ここで意識がなくなるまでうーうー言ってても仕方がない。

 鉛のような体をおして、ボクは来た道を戻った。確か、下の階に魔物商人のショップがあったのだ。

 

「ふふふ。来たのね」

 辿り着いたのは、金魚商人のふふふの店。

「あの…毒消し草を…」

 言いながら、なんだかちょっとヘンだな、と思う。でも、何が変なのか分からないや。毒のせいでそう感じるのかも…?

「ふふふ。毒消し草、毎度ありなのね」

「むぐ、むぐ…。うぅ、苦い〜。でも助かったあ」

 伝統的な解毒剤である毒出し草に対し、品種改良された毒消し草は一瞬であらゆる毒を消してしまう。驚異の魔導植物だ。

「ふふふ、行くのね?」

「うん。ホントに助かったよ、じゃあね!」

「ふふふ。また来るのね」

 金魚の商人は、宙に浮いてゆらゆらとひれを揺らしている。その姿が扉の向こうに消えようとした瞬間、ボクはそれに気付いた。

「――あ〜〜っ! 金庫がないっ!!」

 いつもふふふが床の上に置いている、あの金庫。ふふふが移動すると一緒に付いてくる、あの謎の箱が今日は見あたらなかったのだ。…そっか、それでヘンな感じがしてたんだ。

「一体どうしたの?」

 まさか商人のふふふが金庫を持ってないなんて。…忘れたなんてアリかな?

「ふふふ…聞きたいのね」

「え?」

 気が付くと、ふふふの巨大な目玉が間近にある。

「ふふふふふ…本当に、聞きたいのね」

「い、いい! 別に聞きたくないですっ!」

 大慌てで両手を振ると、ボクは外に転がり出した。

 なんだかわかんないケド…。

 こ……怖かったよぉお!

 

 七階にボクは戻る。

「あっ、いた!」

「わんっ!? あ、あんた!」

「鍵は返してもらうよ!」 

 やっとのことでスキュラを見つけ出して、戦いを挑む。今度は、毒消し草を沢山買い込んできたんだからね!

「アア アイスストームっ」

「きゃいいいんっ」

 烈しい戦いの末、ボクはスキュラから鍵を奪い取った。

「きゃいん。ど、ドロボぉー」

「どっちが泥棒だよ。全く!」

 

 鍵を持ってボクは北西に進んだ。突き当って右に曲がると、行き止まり。

 でも、こういう仕掛けって、前に解いた事があるもんね。その時はぐるぐるレバーを使ったんだけど。

 ボクは、壁に見つけた鍵穴にプラチナの鍵を差し込んだ。

 ゴゴゴゴゴ……

 思った通り、鈍い音をたてて壁がスライドする。その向こうに新たな通路が現れた。

 よっし。これで先に進めるね。

 この階にもカーくんはいなかった。…とにかく、先に進むしかない。

 

 そして、次の階でのことだった。

  

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