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 夜明けが近い。

 だが、まだ陽の恩恵を受けるには早い。

 そんな蒼い闇の中を、彼らは駆けていた。

 先頭に立つのはやや小柄な男。年の頃は中年にさしかかった辺りか。

 懸命に走っていたが、死にもの狂いの速さではなかった。連れを慮ってのことだろう。

 その両手に一人ずつ、彼は他者の手を引いている。

 それはどちらも同じ程度の体格で、彼以上に小さかった。着ているものなどからして、女。――恐らくは、彼の娘たちだ。

 茂みを掻き分け、張り出した細い枝から身を守る事さえせず、彼らは走った。

 ――逃れるために。

「あっ」

 足音と荒い息遣いのみの中に、不意に小さな叫びが混じった。手を引かれていたうち、右側の少女が転んだのだ。

 その一瞬の失敗で、彼らの間にはかなりの差が開いた。男はたたらを踏んで立ち止まったが、一瞬の迷いの後、決断する。助け起こしに戻る時間はない。自分と、もう一人の娘の身を守るためには。

 だが、刹那、握ってきた父親の手の力の強さに、それを悟ったのだろう。男の左側で手をつないだままだった娘が、その手を振り切ると駆け戻った。

「リシェン!」

 姉妹の名を呼びながら手を伸ばす。

 だが、その数瞬で事態は決した。

 地面に半身を起こした娘の背後に、闇が出現する。それは渦を巻き膨れ上がると、食虫植物が獲物を捕らえるかのごとく娘を飲み込んだ。

「……!」

 何事か叫びかけた声も共に食らわれ、闇は速やかに消える。駆け寄った方の娘、もろともに。

 男は声にならない悲鳴を上げた。

 彼の両手にはいまだ娘達の手の感触が残っている。

 だが、今、明け始めた光の中で、彼は一人きりだった。






 蒼き闇




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