セビリ物語2
「やっぱりあなたも私をいじめに来たのね。そうよ、そうに決まっているわ」
もう何度目かの台詞を聞いて「うわぁ」と男は唸り声を上げた。
どうしてうっかりこいつにかまってしまったんだろう。
先ほどから飽きるほど男は自問自答する。俺はここで休んでいただけなのに。俺がどんな悪い事をしたって言うんだ。
いい加減ぶちきれそうな感情を何とかなだめすかす。ここで切れたら事態は悪化するだけだ。そう自分に言い聞かす。
実は言い聞かせ続けてしばらくをこの状態ですごしている。
本当はぶちきれてさっさときりをつけた方が事態はすっきりするのだろうが、男はそこまで悪人になりきれていなかった。
「誰も私のことを好きになんかなってくれないんだわ」
ああ、うっとおしい。
「そんなこた言ってないだろう」
反射的に言ってしまってから、またうんざりする。
うるうるとした目で、大粒の涙を浮かべた目で俺を見るんじゃない。
と言ってみたいのはやまやまなのだがそれをこいつに向かって言える神経は持ち合わせていなかった。
大泣きでもされたら俺がモロ悪人じゃないか。同じ事を言っても冗談ですむ奴ならともかく…。
ちろりと相手を見る。人ではなく『うろこさかなびと』と呼ばれる種族の女である。こいつは、なぜか被害妄想が強くいつも自分が仲間はずれにされていると感じているらしい。厄介な性質の持ち主だ。
名をセビリと言う。
俺が湖近くの木陰で休んでいた所、奴の方が通りかかりそのときの俺の態度が気に入らなかったらしく、被害妄想の病気が出てしまったと言うわけだ。別段深い意味もなく応対した俺としては青天の霹靂、何がいったい起こったんだという感じだ。事故にあったようなものだ。
「だってひどいわ。そんな言い方しなくったって…。やっぱり私のことが嫌いだからいじめに来たのね」
同じ会話がエンドレスに続いている。
「だから…」
本当にうんざりだ。そのとき俺はふとひらめいた。同じ事が繰り返されていくうちに、違う可能性があるのなら、何でもいい。そのときの気分はそういうものだったんだろう。
呼吸を整えて俺は言った。
「そういう事はない。友達になりたいと思っている奴だっているんだ」
「嘘…、うそよ。そうやって私を安心させて、いじめる気なんだわ」
がっくり…。どうすりゃいいんだ…。
しばらく気落ちしてうなだれていたところ、セビリがおずおずと声をかけてきた。
「本当にお友達になってくれるの?」
疲れた顔をセビリに向ける。もう一度言った。
「私をいじめないのね?」
念を押す声。
ようやく、セビリが乗ってきたんだと感じた。これで、不毛な会話から解き放たれる。やっと、ここを離れられるんだ。
「そう言っただろう?」
俺はそう言って、疲れきった顔に無理やり笑みを浮かべさせた。
少しの間があって、セビリはようやくおびえきった表情をほっとした表情に変化させた。
「私はうろこさかなびとのセビリ。あなたは?」
「俺は、シェゾだ」
「シェゾさん…」
セビリは繰り返した。
「シェゾさん。お仕事は?」
はい?
一瞬、頭が空白になる。いきなり何を聞くんだこいつは。
セビリの視線が、返事を要求している。なんだか気圧されたように答えてしまった。
「闇の魔導師だ…、仕事と言うものでもないが…」
「闇の魔導師…っと」
おい、何に書きこんでいる。
「年収は?」
は?
セビリは、何か小さい紙に俺から聞き出したことを次々に書きこんでいった。
「シェゾさん、はい」
紙切れを差し出す。
「シェゾさんで、お友達登録二人目なんです」
にっこり笑う。
『セビリのお友達登録カード(はぁと)』
って、なんじゃこりゃぁ。
不可解な俺の表情に気づいたのだろう、セビリが説明した。
「このカードを持っていると、いつでも私に会えるんですよ。…ほら」
うれしそうに言ったセビリが指す方を見ると、いつのまにか真っ赤な巨大な魚が…、すけとうだらが得意のダンスを踊っていた。
このシェゾが、奴の出現に気づかなかっただと!
じゃ、なくってなにぃ〜!!
「よっ!セビリちゃん、この前欲しがってたヴィ○ンのバッグだぜ!!」
「きゃぁ、ありがとう。すけとうだらさん」
おい…。
満面の笑みを浮かべるセビリを見ながら、俺は最近すけとうだらが、ぷよまん本舗で汗水たらしてバイトしていたのを思い出していた。
「すけとうだらさん、実はシェゾさんもお友達になってくれたんです」
うれしそうにセビリが言った。
「ほう…」
すけとうだらが、表面は笑いながら、ギロリと大きな目を向ける。
つらがでかいだけに気おされる。
こいつがセビリを好きだった言うのは、誰もが知った話だ。もしかしてライバル出現だとか思っていまいな。
と、すけとうだらがずかずかと近づいてきて耳打ちした。
「あんたもセビリちゃんの喜ぶ顔が見たいんだろう…。ほんと、かわいいもんな」
はい?
状況が、把握できない。
すけとうだらは実に純粋な笑顔を見せた。
その表情で、すけとうだらの人の良さが見えた気がした。
「シェゾさん、私、あなたとお友達になった記念に欲しいものがあるんです」
はい?
にっこりとこれ以上は無いような笑みを浮かべてセビリが言った。
人のよさそうな顔ですけとうだらが笑っていた。
ちょっと待て。それって…。
「このカードを持っていると、いつでも私に会えるんです。カードにちょっとしたおまじないをしているから、無くすこともないんですよ」
逃がさないってことか…。
これがセビリちゃんのおさいふ、二号の誕生の物語である。
泣かせて逃げてた方が良かっただろ?なあ、シェゾ…。