Dark Wizard
闇が辺りを支配していた。
当然だ。今は日の昇らない夜。更に、夜を徹する街の灯りも届かぬ森の中であれば、今、この場には正に闇しかない。
ただ、月の光だけが深淵の中に薄い紗をかけていた。
何もない――闇だけに塗り潰された世界。
……否。たとえ闇一色に侵されていようとも、そこには様々な気配がうごめいている。ただ、闇の存在は密かなもの。己の気を隠し、闇に同化し、機をうかがう。
闇にたたずむこの青年も、また。
漆黒の衣服、影を切り取ったマント。だが、ほぼ全身黒づくめの中で、見事なまでの銀色の髪が、青年の存在を際立たせていた。まるで闇夜を照らす月光の様に。
青年は両目を閉じている。とはいえ思いに耽っているというわけでもない。今しもその口唇からは、低く独特の韻律を持つ言葉が紡ぎ出されてはじめていた。謡のようなそれは魔導を形作る呪文である。
物理的な力を喚起しようとしているのではない。闇を吸い、月光に己が身をさらして、己が内在する力を高めようとしているのだ。
青年の唱える言葉は一般に魔導師が唱えるそれではなかった。古代魔導語と呼ばれるそれは現代使われる魔導言語とは異なる体系を持つ、過去に滅んだ魔導文明の残滓である。
闇の力を振るい、古代魔導を操る――闇の魔導師シェゾ・ウィグィィ。
それが彼の名であった。
「――誰だ」
不意に詠唱を止めると、シェゾは短く誰何の声を上げた。
「先刻からそこにいる奴。俺に用があるのなら姿を現すがいい。その自信もないのなら、もっと上手く身を潜めるんだな」
闇の中にはどんな気配も感じられないように思えた。
「……それとも、それすらできないのか?」
その刹那。
………………。
闇にわずかな色を見せたその気配は、ほんのかすかな吐息のような――。
嘲笑。
瞬間、シェゾは攻撃魔法を放っていた。呪文の詠唱すら要しない、兆速の、しかし必殺の一撃。
気配が潜んでいた茂みが引き裂かれ、木の葉や小枝がばらばらと散った。ギャア、とどこかで鳥が鳴いて飛び去る。
シェゾはわずかに眉根を寄せた。
「……逃げたか」
気配は消えていた。跡形もなく。